「昭和史 戦後篇 1945>>1989」を、ようやく読んだ

 購入したのはずいぶんと前かと思う。後回しにしていてすっかり遅くなった。著者の半藤一利さんも亡くなられてしまったのでこの機会にと読み終えた。

 戦前篇についてもそうだけれど、学校の歴史の授業でも近現代史になると時間が足りないから「あとは教科書を読んでおくように」くらいにしかいわれず、結局きちんと学ぶこともないままに過ぎていたのが自分たちの時代。今もそうなのかは知らないけれど、おそらくはそう変わっていないのではないかと想像はされる。

 どこかの国のようにことさらに自国をほめそやし、特定の他国を貶めたり反感をもたせるような教育を充実させているようなことよりはよいのかもしれないけれど、そうしたことすら知らないままに過ごして逆にその国のプロパガンダを信じるにいたるケースも見られるような近年では、やはりきちんと学ぶことは必要なのではないかなとは思う。

 もちろん、ここで書かれたことだけがすべてで、正しいという保証はないと思うほうがよいのかもしれないし、少なくともそのくらいの気持ちで読んでおくべきかもしれない。より多くの信頼に足る情報を得て自分の判断をする。とはいえ、この本は一定の信頼に値すると個人的には思っているが、まあ、そう思いたくない人の存在というのもある。だからこそ、余計にこうした本にも触れておく必要はあるのだと。

 戦後篇だけに敗戦後の処理のあれこれなどが各種資料や証言などをもとに検証されていてよい。そして、昨今の日本や世界がどんどんそうした邪な世界になりつつあるようでよろしくないという恐怖も感じる。

 講演録の文字起こしということのようなので、平易な語り口も相まって比較的読みやすく接しやすい書物といえるので、昭和史の入門としては好適な一冊なのではないかなと。

昭和史戦後篇 (平凡社ライブラリー)

 

 

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「ライト、ついてますか 問題発見の人間学」をようやく読んだ

 発売当初から目にしていて、噂も聞いていて、気にはなっていたものの読まずにいたのでようやく買って読んでみた。ただ、そこまで絶賛されるのにはあまり共感しなかった。

 どうにも古いアメリカンジョークやコメディの調子が全体を貫かれていて、それが癇に障るというのはある。アメリカ人というのはどうしてそういうネタを面白いと思うのだろう、というくらいにどうもしっくりしない。いわゆる欧米のスタンドアップコメディというのが嫌いだというのにも似ている。

 また、どうにもはっきりと書かずにあいまいなままに書かれていてすっきりしない。強調される文言がいまひとつ響かない。表題にもなっている「ライト、ついてますか?」くらいはよいのだが、ほかはどうにもすっきりしない部分が多い。いや、わかる。わかるのだが、すっきりしない。しっくりこない。全体として古すぎるというのはあるのかもしれない。あるいは、日本的なものとして翻案しなおしたほうがよいのかもしれない。ついでにイラストも。

 というわけで、個人的には、いまさら無理して読まなくてもよいのではないかなという印象。申し訳ないけれど。

 

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「パピルスの中の永遠 書物の歴史の物語」を読むことをやめた

 わたしは書物という形態の歴史について読みたかったのであって、「ホメロス」とか「イリアス」とかが書かれたころの世間とか作者の日常とかを妄想した長大なエッセイを読みたかったわけではないのだ。

 ということで我慢して半ばまでは読んだがついに本を閉じた。

 パピルスから書籍の形態に変遷する過程でなにがあったのか、古くは収蔵に鞄が使われていた時代とは何であったのかとかそういう書物の歴史が読みたかったのだ。古の書物の書かれた時代を妄想するエッセイではないのだよ。

 

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「ジャッカ・ドフニ 大切なものを収める家  サハリン少数民族ウイルタと「出会う」」を(ざっと)読んだ

 新聞の書評欄で見かけたのだったか、はたまたなにかのツイートとかだったのか、今となってはさだかに覚えていないのだけれど、ジャッカ・ドフニということばに遠い記憶を呼び覚まされたので気になっていた。40 年あまり前に網走でたしかにその名称を見かけた覚えがあるし、三角錐型のテントにもなんとなく覚えがあったからだ。

 当時の自分はそこまで関心がなかったので資料館にはいるということもなく、あるいは近くには行っていないのかもしれない(看板とかを見ただけだったかもしれない)。ただ、今となってはなんとも惜しいことをしたなと思う。すでに無くなってしまったというので。

 サハリンはもと日本の領土となっていた土地。もちろん、住んでいたのはそこで生きていた民族の人々なので、勝手に日本領にされてしまっただけという面は否めないのだろう。当時のソ連とのいろいろがあって、北海道へ移り住んだ人々であったりの記録。数奇な運命の末に、いまでは絶滅してしまったともいえるようだ。

 そんなウイルタという少数民族の生活や文化の品々を集めていた資料館。運営が厳しくなって 21 世紀になって廃館したという。収蔵していた品々は道立の民族資料館に移管されたということだが、縁あって昨年 2024 年の 3 月から 8 月にかけて髙島屋史料館 TOKYO で展示会が開かれていたのだという。そのパンフレットというか記録というかを兼ねた書籍が本書。

 ウイルタを含むサハリンと少数民族との歴史であったり、北海道へ移り住んだ人々、そして資料館を開くにいたった経緯などが記されており、知らずにいた歴史の一端をみることになった。数々の品々はいかにも北方民族のそれであるが、今となっては貴重な資料。どうして、あの時に訪ねておかなかったのかと悔やまれる。

 本書にしても小さな個人出版社ということもあって、今後の増刷とかはなかなか厳しいのではないかと思うので、手に入るうちにと早々に入手した。

 往々にして無くしてからその重要性に気づくというものだけれど、せめて、今できることを。

ジャッカ・ドフニ 大切なものを収める家  サハリン少数民族ウイルタと「出会う」

 

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「ぱふの記憶」を読んだ(買った)

 どうやらコミティアの発端には雑誌「ぱふ」がかかわっていたらしい。などということは知らなくて、当時友人から知った漫画専門誌というくらいしか認識はなかった。気が付いたら目にしなくなっていて、かわりに「ふゅーじょんぷろだくと」とか「コミックボックス」とかだったかを見かけるようになって、さてその後はどうだったか。

 大判になったというのは、どこかで見かけた記憶はある。とはいえ、その程度の認識。かつて、いろんな情報やら作家特集やらでいろいろ重宝したのだったなあという思い出がかすかに。

 そんな「ぱふ」の記念誌的なものがでたのだと さべあ さんのツイートで知り、調べてみるとどうもこれは今買わないとすぐに入手不可になるなという感じなので速攻注文した。アマゾンでさえ扱いはなく書泉さんだけ。それでも問題なく注文できたのでよかった。しかも、迅速な処理で届けられたのでとてもよかった。

 さべあさんはじめ関係していた方々のメッセージで振り返る「ぱふ」の思い出と現状といった感じのもの。いち読者でしかなかった(しかもかなり古い時代だけ)というところでは、さほど感慨がということではないけれど、かつての賑わいをなんとなく感じさせてくれて過ぎし日の得も言われぬ雰囲気というのを思い出させる。あのころは総じてそういうゆるやかな時代だったなあと。

 どうやら手元には「ぱふ」は一冊しかないようで、山田ミネコ特集号だけ。たしか友人に見せてもらったやつで「ふくやまジックヴック」を知ったけれど(実物も見せてもらった)、すでに入手不可だったかいまだ入手できず。復刊の見込みもないようでとても残念。余談。

 むかしを懐かしむようになっては、つまり年を取ったということなのだなあ。

 

 

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「アンネナプキンの社会史」を(ようやく)読んだ

 出版された当時のおよそ 30 年あまり前にチェックしていたのだけれど、結局読むことなくきていた一冊。当時、おそらくは本の雑誌あたりで見かけたのだったか、それとも別のところだったのか、いずれにしてもちょっと興味をひかれたものの単行本はいささか値段があるのもあったりで結局そのままになってしまった。そのうち忘れてしまって今にいたり、たまたま調べたら単行本はすでに絶版。文庫がでているということだったけれど、こちらも事実上の絶版。古書に頼るしかなくなってしまった。

 ということで、古書があるというので、ではこの機会にと買ってようやくにして読んだ。

 そもそも、生理的な機能として必要不可欠なものなので、太古から月の処理というのはどうしていたのかという純粋な興味はあるものの、さすがにこうしたことの確かな記録というのはそう多くはなさそうにも思うし、事実そこまで多くはないのではないかと。

 ただ、読んでみると以外とそうした記録が見つかってはいるようで、少なくとも衣服を身につけるような生活になってからという時代においては、ある程度推測ができるように読めた。たいていの場合は、紙であるとかやや高価にはなるが綿などをまるめておしこんでおく、という今で言えばタンポン的な処置の仕方というのが、やや一般的だったように書かれている。本当のところがどうかは、正直よくわからないとはいえるだろうけれど、一定程度そういうものではあったのだろうと納得もできる。

 昭和前後となってくるとやや事情は変わってきて、当時の女性にどうであったかを尋ねることはできたようで、この時代においてもどちらかというと似たような状況ではあったらしい。ナプキン的なものを当てるという方法もなくはなかったようだが、結局手軽さという点では詰めてしまうほうが主流だったかに読める。

 また、少なくとも母親が娘に対して秘め事のように一子相伝のように処置方法を伝え、それをまた我が娘に伝えるということが行われていて、あまり一般的におおっぴらにされるということが少なかったということもうかがえる。

 それらに変化が生じたのが、昭和になって誕生したアンネ社のアンネナプキンという製品の登場。新聞広告も大きく打ち出し、その宣伝の妙もあって瞬く間にヒット商品となったらしい。実際、昭和の少女漫画であるとか、あるいはコバルト的な少女小説の世界などでも月経のことをアンネと呼ぶ流れがいつしか定着していたように思うし、月経用ナプキンの総称としてアンネナプキンという言葉が広く知られたようにも思う。実際には、海外の高価だがいまひとつ使いにくかった製品からあらたな発想をもって日本で開発された製品。その後、数社で類似のものが誕生する運びになったようでもある。それまではいわゆる T 字帯とかが使われていたらしいが、やはり高価なのと使いにくいのが難だったともある。

 けれども、アンネ社の勢いも長くは続かずにわりと短命で終わってしまう。そうして、なお、名前だけは一般名詞としてなぜか残っていったという感じ。もちろん、今ではもはやそういう名前も若い世代などには知られないものかとは思うけれど。

 文庫化にあたり、近年(21 世紀)の補足がついているので、それもまたなかなかに有益。現在ではあたりまえに売られていて使われているアンネナプキンだが、その登場はたかだか数十年でしかないのだという事実に少し驚愕を覚えたりもする。

 どうやら近年ほぼパクリかと思うようなタイトルで別書籍が刊行されているようだが、はたしてそちらはどのようなものなのか、いずれ機会があれば確認してみたい。

 

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「うつりゆく日本語をよむ ことばが壊れる前に」を読んだ

 ことばは変化するものではあるので時代を経てその意味合いや使われ方に変化が生じることは避けられない。

 そういう視点の上でなお、さすがにこうした使われ方は現状においてはどうだろうか? という気づきを忘れてはいけないのではないかという一連の提案。

 ことに新聞やテレビといったメディアでのことば使いがどうにも安易すぎるあたり。もちろんそれはおおやけの目につきやすいからというのもある。

 また、ことばには「書きことば」「話しことば」といった違いがあり、それぞれの特徴、状況といったことによってその意味あいが異なることにも着目。

 会話の場合には、お互いに話す内容についての共通認識というものが必要となるが、仮にどうも勘違いしているなと思えば、その時点で確認してただすことが可能であるのに対して、書きことばの場合には書かれているものがすべてであるので、そうした共通認識が得られるような書かれ方、ことば選びというものが必要となる。

 ところが昨今は「書きことば」に「話しことば」が進出することがふえていて、そうした共通認識をまったく考慮しない例が増えてきているのではないかと。実際、なんど読んでも意味をくみとれない文章というものが増えている印象はある。

 書きことばはややまどろっこしさがある。けれどそれを排除して話しことばだけにしては、のちのちの世にことばを伝えることも難しくなるとも。

 古文書が読解できるのは、そうした共通認識的な書きことばというものがあるからであって、話しことばだけで書かれてしまっては、それはもはや長く残されることも理解されることもなくなってしまうのではなかろうかと。

 近年は話ことばで書かれた文学というものも増えているけれど、そうしたものはおそらく 50 年 100 年後に読まれるたときに、読みにくく、意味の理解が難しくなっている可能性はたしかに高いのではなかろうか。

 そこへ近年「打ちことば」が登場して状況はますます混迷を増す。

 変化そのものは受容すべきではあるが、それはまた時と場合による使い分けを求められるということに過ぎないのではないか。そこをおろそかにしてしまうと本質的なことばの意味を失ってしまうのではないかと。

 大切な気付きを与えてくれる一冊。

 

うつりゆく日本語をよむ: ことばが壊れる前に (岩波新書 新赤版 1907)

 

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「数学者たちの黒板」を読んで(眺めて)いる

 新聞の書評欄にでていたのでチェックしていたら、松崎有理さんもおすすめされていたので、ついつい買ってしまった。この手は案外初版で終わるパターン。

 横長判型なのでさながら絵本のような扱いなので、そのあたりは少し不便に感じなくもないけれど、黒板写真をページにすっきり収めるためには致し方ない。そう、数学者たちの書いた黒板の写真ばかり集めた本。それぞれの内容などについて簡単な文章も寄せてもらっているので、まあ、門外漢にとってはそれを読むのが面白いというところ。板書の内容などほぼわからない。

 トポロジー方面の図形とか書かれたものならば、多少は理解できるところもあるけれど、数式ばかり書かれているものはとなりの文章を読んでも、「これがそういうことを表しているというのか」と目が点になるばかり。

 とはいえ、実にさまざまな数学者たちの黒板の使い方、黒板というものへの思いというのはほぼ共通していて、さらに日本産の今は亡きチョークをこよなく愛していたことにも何人もが言及していて、うれしくも悲しくもある。

 また、多くの黒板が実に全体に白いというのも特徴的。きっとアイデアが浮かぶにまかせてとにかく書き連ねたいという意識が、いちいち丁寧に消してなどいられるかとばかりにざっくりと文字さえ消えれば問題ないと、あるいは手で消しているのかもしれない。そんな、真っ白な黒板に書かれた文字の列はなんとも不思議な感覚になる。

 ホワイトボードでは黒板と似て非なるもので代用にはならないらしいが、黒くもないのに黒板というのも嫌だという数学者もいて、それはそれで面白い。最新のものが必ずしもよいわけではないというのは、どんな世界にもあるのだなと。

 

数学者たちの黒板

 

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「永遠平和のために」を(一応)読んだ

arton さんがなにかのツイートで触れていたので、どれどれと買って読んだ。薄い本だし。

正直な感想を言えば、なにを言いたいのかわからない、だ。

いや、わかる。わかるのだけれど、わからない。

章題はわかる。簡潔に書かれているので。なるほどそういうことをこれから縷々展開させるのだな、とは思いつつ読むのだけれど、小難しい用語を羅列するばかりで一向に頭にはいってこない。

訳者が末尾の解説最後に「読者には解説より本文を熟読されることを希望する」と書かれているのだけれど、さすがにこれはという感じも。

あ、E テレの「100 分 de 名著」でやってくれてもいい。いや、すでにやっていたりしたろうか? (やっていたらしい。たぶん見てはいるはず。なんということだ)

なんにせよ、論点としては至極まっとうな簡潔なことではあると思うので、時間を少しおいてまた再読するとしましょうか。

 

永遠平和のために (岩波文庫)

 

NHK「100分de名著」ブックス カント 永遠平和のために: 悪を克服する哲学 (NHK「100分 de 名著」ブックス)

 

 

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「セーラー服の誕生」

新聞の書評欄で見てメモしておいた本。日本にセーラー服がはいってきたのは、いつ、どのような経緯で、そしてそれはどのようにして広がったのかを調べた本。

著者冒頭のことばによれば、これまで類似の本では十分な調査が行われないままに特定の学校が発祥であると記載されていて、それはまことにけしからんと。まあ、このあたりの件は、それら著者を名指しして結構けんか腰で文句を言っているので、さすがにそれはどうなのかと思ったりはする。

著者は全国にあった大正から昭和初期の女子学校 900 あまりを調査したうえで、結論をだしている。その姿勢には頭が下がるし、なかなかできることではない。

さて、結論的には、大正初期ころまではいまだ着物に袴というスタイルが高女の服装として一般的だったらしい。「赤毛のアン」翻訳で著名な村岡花子を題材とした NHK の朝ドラ「花子とアン」でも学校へ通うはなたちの姿は着物に袴だった。

大正の時代ころから服装改善運動というものが起こり、女子生徒の制服というか学校での服装として着物が本当によいのか、洋服を採用すべきではないのか、といった議論が起きたらしい。

日本全体でどこがはじめというのは決めかねるところはあるようで、全国的活動の早かったところ、あるいは、外国人校長を擁するところなど海外での制服事情に通じたところがまずは導入し、それが広まったというところのようだ。

とはいえ、一気にということではなく、それぞれの地域特性もあってその伝播の仕方はそれぞれに趣きがあるようだ。

ただ、セーラー服になった理由としては、

  • 洋服へのあこがれのようなもの
  • 着物や制服を指定しない場合、家計の裕福な者が次第に華美になっていくことを避けたいこと
  • 安あがりであること
  • 生徒自身の手によって(比較的)縫製がたやすいこと
  • (追記):運動時に着物では不便。

などがあったらしい。

当初セーラー服の導入に否定的であったりしても、実際に着ている姿を目にするとなんとも華やかであこがれる気持ちは強かったようだ。

また、ほかの制服が指定されたところでは、さながらそれがバスガイドの制服のようで、修学旅行先で間違われたり、揶揄されたりしてとても悲しい思いをしたといった証言も多数あったようだ。

セーラー服であれば、そういうこともなく、清楚、簡素でありながら華やかな印象もあったようだ。

また、当初は全生徒が学校備え付けのミシンを共用して手作りしていたが、これは洋裁の勉強にもなり、やがては最上級生が新入生のセーラー服を縫製し、それを入学時に手渡す儀式もあったとか。百合物語にありがちなお姉さまと妹といった関係のはじまりのようなものが、ここにあった。

費用としては、ブレザータイプでは高すぎるし、素人が縫製することはほぼ不可能。セーラー服であれば冬服は別として夏服はシンプルな一枚布なので縫製も簡単。購入する費用の半額以下で手作りできたという。

今もセーラー服のプリーツスカートは悩みの種らしく、アイロンがけが大変らしいが、当時も敷布団の下に広げて寝押ししては学校へ行ったという思い出がいくつもでてくる。襞の数も今に通じるものがすでに決まっていたようだ。

スカートの長さについてはひざ丈くらいに規定されていたが、当時の流行はより長くすることだったという。今はより短くすることが流行というか好まれるようで、その違いも面白い。

そして、そのころから服装規定による服装検査が行われるようになっている。ふいうちで検査して長さを計る、着こなしを確認するといったこと。校則のはじまりといってもよいのかもしれない。

セーラー服の型については、なかなか定まらない。現在も地域による特色が残っているが、当時からということでは必ずしもないようだ。このあたりの系統だった分析はあまりなされていない。

さて、本書全般について。

著者はやや攻撃的な書き方があってそこはあまりよろしくない。冒頭の同業他社への悪口雑言はいささか短慮にすぎる。たしかに著者は膨大な数の資料にあたっているが、個々について考察を述べる段で、はっきりしないことを断定てきに書いている場面も多々ある。少々思い込みがすぎるのではないかという印象はぬぐえない。

また、文章で解説されるだけの各校のセーラー服。ときおり写真がはいるのだが、いつのころのどこのものなのか判然としないものも多く、写真については場合によって掲載の許可を得られないということはあろうが、であればカバーにイラストを用いたようにイラストで比較できるようになっていたら、なるほどそれぞれの学校のもののここが違うのかと一目でわかりよりよかったのだが、とは思う。

著者が所持しているという多くのセーラー服の実物写真が口絵にあるのだが、これもおそらくは著者自身の撮影なのか詳細が判然としない撮影なのでいまひとつわかりにくい。こういうものはやはりプロに頼むべきだったのでは。あるいは、これがプロの手によるものだったのなら、なおのこともう少しなんとかするべきだったのではとは。

都道府県ごとの解説は、実のところ大筋ではどこも同じようなことしか書かれておらず、あまりに退屈してしまったので半分ほどとばしてしまった。どこを開いてもほぼおなじエピソードの羅列なのだ。広がっていく過程や、それぞれの地域による事情そのものはなかなか興味深くはあるのだけれど。そのあたりもう少し編集が欲しかったようにも思う。

とはいえ、これだけ膨大な学校にあたって訝しく思われながらも地道に調査を行った実績はみごとなもので、ひとつの歴史的資料としては十分価値があるとはいえる。ただ、その考察にはさらに多くの人の手や目がはいるほうがよりよいものになるかもしれない、とも思う。

 

 

セーラー服の誕生: 女子校制服の近代史

 

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