悠々
[ 信濃毎日新聞[信毎web] 桐生悠々、検閲前の原稿発見 軍批判貫いたジャーナリスト ]
地元紙の一面に記事があって、なるほどねえと。ことによればいち庶民の書き残したテキストが後の時代になにかの役にたつことがあるいはあるかもしれないけれど、そういう可能性はそれほどではないのだろうと思うけれど、こうした人々のテキストがひそかに残されていて後世にきちんと伝えられるということは大きな意味を持つのだろうなと。いや、そうでなくてはいけないと思うし、当時の生の姿を知るためにもやはりなんらかの形で残すべきなのだろうなと。
もちろん、当時としたらそれを残すということも大変な苦労があったのかもしれないし、そのまま忘れられて失われてしまうなんてこともまたあるのだろうとは思う。まして、公文書に関してなど保存期間が過ぎたからとさっさと処分してしまって後は知りません的な運用は、少しばかり反省してもらわないと困る。
すべてを残すというわけではないにせよ、一定のものはきちんと保管した上で後代にそれをきちんと確認することができて、検証することができる。それが歴史を作るということなのではないかなあとも。アーカイブとかアルヒーフとかいう概念が日本にはやはりまだまだ欠落しているのではないかなあと。秘密保護の法案とかでいささか騒がれているけれど、都合の悪い事でもきちんと残すという姿勢がなくては。そもそも日本にはきちんと記録を取るという習慣が未熟であるし、ましてそれを保存するという概念にも乏しいから、さまざまな重大局面がどのようであったかがまったく闇の中。
日本はどっちへ向かおうとしているのかなあ、などとふと思いをはせてしまったり。悠々としているわけにいくのか、いかないのか。
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