暗い鏡の中に
![]() | 暗い鏡の中に (創元推理文庫) ヘレン・マクロイ 駒月 雅子 東京創元社 2011-06-21 by G-Tools |
本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。
名作と名高いということで、天邪鬼としてはやや懐疑的な気持ちも持ちつつ、それでいて「幽霊の2/3」を読んだときのしてやられたという作者のうまさも知っていたので、楽しみつつ読み進めた。
とある女学校である女性教師が赴任後ほどないというのに、理由も告げられずに解雇されるところから物語がはじまる。授業態度などには問題はないというのだが、「あなたはここの校風にあわないのです」という理由になりそうでならないことをいうだけで、なにがいけないとも、問題なのだともいおうとしない。それだけにいっそう理不尽に思えるし、不可解なはじまり。
ところが、次第にそれは彼女がいるはずのない場所であいついで目撃されたということが理由となっているとわかりはじめるにつれて、物語はにわかにミステリではなく、サイコやホラーの様相をみせはじめるわけだ。
たとえばそれは下で今みかけたのに、階段をあがって上にいったらそこでまた彼女を目撃したといった事象が多発していたというわけ。そのことをやんわりと問いただすと、自分はずっとどこそこにいてそんなところには行っていないというものだから、気味悪がられていく。あげく、校長の耳にはいるにおよび、悪いうわさがたつことを何よりも恐れることから明確な理由を告げないまま解雇するという決定にいたるのだった。
彼女の同僚の恋人で精神科医でもあるベイジル・ウィリングはその話を聞いて奇妙に思い、なによりそのような意味不明で理不尽な理由で解雇されるのはおかしいのではということで調査にのりだす。そしてその奇妙な事象の数々を聞かされることになる。
そしてついには、はるか遠くにいた彼女の手によって殺されたかに見えた死亡事件が起きるにいたって、はたしてそれは事件なのか、事故なのか、はたまた怪奇現象なのかという模糊とした様相を見せはじめる。はたして、物語はどのような決着を見せるのか。
正直なところこの結末はややあいまいなので、恐らくはかなり読者を選ぶのではないかと思う。解説によると著名な作家の間では非常に高い評価をえていて、最高傑作との呼び声も高い作品ではあるのだが、やはり好みは大きくわかれるのではなかろうかと。個人的にはいまひとつすっきりしないので不満は残るものの、納得はできるところもあるので嫌ではないという、なんともすっきりしない読後感かもしれない。
とはいえ、「はたしてどう落としてくれるのさ、マクロイ?」という面白みは存分に堪能したので満足ではあるのだけれど。過去に実際にあったという同様の事件を下地においているだけに余計に物語りに重みがある。さらに魔女裁判やドッペルゲンガーなどにも触れられて、舞台装置は必要十分というところ。
加えて、マクロイの情景描写の妙がくっきりと場面を描いているので、世界が鮮明に見えてくる。流麗な文章でありながら堅苦しさやまどろっこしさといったものはなく、すっとしみこんでくるような描写はマクロイの妙でもあり、翻訳の妙でもまたあって、そのあたりも楽しみのひとつ。
マクロイがどのような決着を用意したのかは、ぜひ実際に読んで判断を。決着としての好みは分かれるかもしれないけれど、物語全体としては確実に満足できることだけは請合える。多彩な作家マクロイの新たな一面に遭遇できるはず。
実のところ、物語の展開そのものよりも、このあたりに深く納得したのだった。
十七世紀の魔女や魔法使いがなぜ告発された罪状をあっさり認め、自らの悪行を進んで事細かに語ったのか、ベイジルは初めて深く理解できた気がした。彼らの口を割らせたのは拷問だけではなかったのだ。たとえ恐ろしい処刑が待っていようとも、迫害者を震えあがらせることに喜びを感じたにちがいない。それが唯一の報復手段だったのだ。抱えている失望が大きければ大きいほど、自分には神秘的な力があると信じこみやすいのだろう。そのほうが、自分を野蛮な暴虐の無力な生け贄と見なすよりもずっと受け入れやすいのだから。魔女たちが決まって、自己の力を意識するための健全なはけ口を持たない者だったことは重要視すべきである。(P.159)

暗い鏡の中に
- ヘレン・マクロイ
- 東京創元社
- 945円
書評
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