アマのアフィリエイトがよくわからないままに閉鎖された

#これまでわざわざリンクを踏んでくださったかたがあるかもなので、当面トップに固定します#

追記:2026/02/26

 アソシエイトセントラルへのアクセスが完全に断たれた。皆様もご注意ください。利用しているブログサービスがメンテナンスなどで停止しているときにアクセスできなかったといって一方的にアカウントバンされます。

 これまで踏んでくださった方々、ありがとうございました。


 登録した URL にアクセスできないから登録しなおせというのだけれど、ここしか登録してなくて問題なくアクセスできているはずなので不思議だった。

 手順に示された案内では当該ページに「次へ」というボタン・リンクがあるのでそれを押して進めというのだが、どこにも見当たらない。ブラウザを Edge にしてみても同じ。ということで問い合わせを送ってみたが返事のないまま「対応しないのでアカウントはバンした」とのメールが。

 ということで、終了しました。

 まあ、年に数千程度だったので、なければないで。ツイッターとか検索してもそういう情報はないようなので、まあ、きっと正しい運用なのでしょう。たぶん、ここは見えないブログなのだと思われる。知らなかった。

ウェブサイトにアクセスできないことを確認しましたメール

 

 2/3 ココログメンテナンスについて

 (まさかとは思うけれど、タイミング的にこの時間にアクセスしたけれどダメだったからといういちゃもんという可能性はあるなあ。閲覧もできなかったらしいので。まあ、いまさら、聞く耳は持っていないようなので、どうでもいいか)

 (最初のメールが 2/4 02:50 ころのタイムスタンプなので、可能性大ありな感じはあるな)

 

 

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「華胥(かしょ)の幽夢(ゆめ) 十二国記 エピソード 7 短編集」読んだ

 半年以上も前に(いや、下手をすると一年近い)読み終えていたのですっかり内容が記憶の彼方へと消え去っている。あらためてパラパラとしていると、おぼろげに思い出されるところもあるが、実に怪しい。

 「書簡」については、アニメ化もされているので比較的覚えが強い。楽俊と陽子との伝言を媒介する鳥を通しての掌編。幼いころの泰麒の話や、陽子らが国を平定(といってよいのだろう)したあとの物語であったり、他の作品でも少しずつでてきた謎多き国のやんごとなき方々が出会う物語など、世界観を補完するにあまりある短編たち。というところは思い出せる。

 まあ、いずれまた再読しよう。

「華胥の幽夢(かしょ の ゆめ)」十二国記シリーズ エピソード7 短編集

小野不由美著

新潮文庫

 

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TOMOO さんのアルバム CD を買った

 アニメ「違国日記」の影響がもうひとつ。オープニングテーマ「ソナーレ」が、作品にあっていてよいなあと思っていたら、アオのハコの 2 クール目エンディングの「コントラスト」もそうだったのだとあらためて知って、そこからさらに昨年武道館の単独ライブをしていたとか、メジャーデビューしてまだ数年らしいとかいろいろ、いろいろ。

 で、ライブ映像とか見たりしているうちに、ついつい昨年暮れにでたセカンドアルバムと最初のアルバムも併せて買ってしまった。すっかりはまっている。やられた。

 ファンにも人気の高い「Ginger」などは、コミカルでありつつもぐっとくる内容を持っていて、曲は実に軽快。「しょうが」ってなんだ? とか思っていたのだけれど、どうやらそれは「かわいい」という意味を持っているらしい。ネコのように自由奔放だけれど愛すべき彼女を歌った曲。

 ほかもなかなか趣のあるものが多くて、にぎやかだったり、元気だったり、しっとりだったり、実に多彩で多才。才能ってのはあるのだなあと。実のところ数々のドラマやアニメのテーマ曲を手掛けているようで、忙しさで倒れなければよいけれどと思ったりはするものの、この才能がますます発揮されるのは楽しみでもある。

 ライブ映像を見ても、ファン層が実に厚いようでそこもまたすばらしいところだなあと。今後も注目。

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「違国日記」 全 11 巻

 この冬のアニメのしょっぱなに「違国日記」を見て、「ああ、これは大当たりだ」といたく感動してしまった。が、ゆえに原作を調べてすぐさま全巻購入した。

 ちょうどアニメの企画が進行していたころの 2023 年には完結したようで、ただ、脚本の方のコメントを見ると 2023 年の夏に最終話の原稿を引き渡したということらしく、仮に原作の最後までを網羅する形でアニメ化というのであれば、ちょっと時期がカツカツな感じはある。

 物語としては、姉夫婦(内縁)の乗った車が事故にあい、ふたりとも死亡。同乗していたひとり娘・朝は、たまたま外にいて(高速道路とかのパーキングエリアだったのだろうか?)難を逃れた。妹で作家の槙生は、姉とは折り合いが悪く、ずっと疎遠なままだったので朝との面識もないままに、訃報を受けて病院へかけつける。その後、葬儀の際に、親戚をたらい回しにされている朝を知って、

あなたを愛せるかどうかわからない

でも

わたしは決して あなたを 踏みにじらない

それでよければ 明日も明後日も ずっとうちに 帰ってきなさい

たらいまわしは なしだ

 と、朝を引き取る決意を表す。この場面だけでグッと引き込まれる。

 この作品は決して面白いだけの作品ではない。いや、むしろ面白いという笑いの観点だけを望む読者・視聴者にはつまらないものだろう。笑える場面はもちろんある。けれど、たぶん、そういう人たちにこの作品は、響かないだろう。それは、仕方がないことだ。趣味嗜好というのは、そういうものだ。

 作中、何度となく槙生は言う。

あなたの感じ方は あなただけのもので

誰にも それを責める権利はない

 と。

 そして、不器用だが誠実でやや打たれ弱い小説家と、両親をふいに失い感情のやり場を失ったまま自分を探し続ける 15 歳の少女との共同生活がはじまる。その、一部始終。

 静かに、けれど時に荒々しく、おのれの感情をぶつけあい、感情と向き合いながら、おとなも、こどもも、ともにあがきながら成長していく、そんな物語。近年、稀に出会った良作。

 アニメがどこまで描くのかはわからない。多少端折りつつもほぼ原作にそった作りを丁寧にしている。セリフと間を大切にしている。監督の意気込みが伝わる。このペースでは完結までではないかもしれないのが、やや残念に思うが、できればなにかの形で完結までアニメ化してもらえたらよいな。なによりも作風も声優さんのチョイスも実にすばらしいので。ああ、槙生ちゃんだ、朝さんだと実感できる。

「違国日記」

ヤマシタトモコ著

祥伝社

 

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「チェコのヤポンカ 私が子どもの本の翻訳家になるまで」を読んだ

 

 ラジオ深夜便の明日へのことばだったかで登場された木村有子さんの本。インタビューをなんとなく聞き始めたら、とんでもない経歴の方でそれは読んでみなくてはとさっそくに買った。

 1962 年生まれで、プラハの春、そしてチェコ事件。読売新聞の記者だった父親はロシア語ができるということで、チェコ事件後にプラハ支局を作るために赴任する。木村有子さんも母親と妹と一緒に半年遅れてプラハへ。

 父親とてチェコ語はわからないのだが、ロシア語がある程度通じるところがあるということなのだろうが、母親にしてもまったくわからない。ちょうど公団住宅のようなアパートらしきところで暮らすようになるのだが、なにしろ 1970 年ころなのでまだまだチェコの情勢はよくない。庶民の生活はいつも汲々としている。食べ物ひとつにしても簡単には手に入らない。

 そんな家族にアパートの住人のなかには手助けをしてくれる人もあって、なにくれと世話をしてくれる。子供の面倒を見てくれたり、食材の知恵を授けてくれたり。そうして片言でチェコ語を学んでいったり。

 有子さんらもなんとか子供の輪にはいって交流を深める。学校は現地の普通の小学校なのでまわりはチェコの子供ばかり。学校の先生であっても日本語はもちろん、英語であっても十分とは言えなかったのだろう。いや、仮に英語ができても有子さんには英語もわからない。

 それでも、日本という知らない国から来た彼女に子供たちは興味津々で、あれこれ話しかけてきたり一緒に遊んだり。そうしていつしか言葉にも不自由しないくらいにはなってしまうという子供の順応性の高さ。

 ただ、あまりにチェコでの生活に慣れすぎてしまうことに父親が心配し、中学にあがる前にひとり日本へ帰ることになる。けれども、チェコでの子供たちと違い、同じ日本人であるのに誰も近寄ろうとしない。外国から帰ってきたよくわからない子供という感じで疎外感を覚え、チェコに帰りたいと思う日々。

 やがて、母親や妹も帰国し、それなりに生活は落ち着いていくもののチェコへのあこがれはつのるばかり。そして、二度の留学を経てきちんとチェコ語を学ぶことになり、はては結婚してのちにベルリンで暮らすことを選ぶ。時まさに壁の崩壊の時。現場を目の当たりにしたその様子や、それ以前にチェコの友人と訪れたときのチェコ人は壁を通ることはできないが、日本人である彼女は煩雑な手続きではあるものの、それを行いさえすれば行き来は可能だという現実も体験。

 そうした、当時のチェコの人々の暮らしぶり、社会というものを知る貴重な資料ともいえる本書。そういう時代があったんだよとあらためて思う。

 40 歳を過ぎたころになってようやくチェコの絵本を翻訳することになるのだが、残念ながら今ではそれらは絶版状態だ。いまもチェコ語に関わる仕事としてあれこれ関わっておられるようではあるけれど、本来の夢であった絵本関係が堅実でないことは、いささか苦悩されているのかもしれない。

 もぐらくんの絵本、読んでみたいのだがなあ。

「チェコのヤポンカ 私が子どもの本の翻訳家になるまで」

木村有子著

かもがわ出版

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