「古典落語 上」

 落語そのものは好きだ。昔から落語本は読みたいとは思っていた。が、なぜかいまひとつ手を出さないまま年月が過ぎていた。今回たまたま 100 円ほどになっていたのもあって電子書籍で購入して読んだ。やはり落語は読むものではないな。だいたいのところでは。

 やはり落語のおもしろさは演者がいかに語るかに左右されるわけで、一般化されたテキストだけ読んでいても今ひとつ面白みがない。それは、かけあいのようなやりとりのところは読んでいるだけでもそれなりには面白い。けれど、やはりサゲのあたりとかの絶妙の間合いというかテンポというか雰囲気というか、そればかりはテキストに落とし込めない。

 やはり落語は見聞きするほうがよいようだ。

 余談ながら古典落語とはいうのだけれど、なぜか金銭の単位が「円」であったり、警察がでてきたりしてしまって、それでいて登場人物は長屋のはっつあん、熊さんだったりするのが結構あって、なんとも興ざめしてしまうのだった。いつの時代なのだと。

 あとがきというか解説というかを見ると、原典そのものは古典らしいのだが、収録した時点のものは近年演じられているものだったりでいろいろ替えられているものだったりもするらしい、とは理解できるのだけれど、やはりちょっと不似合いだ。江戸のはなしかと思っていたらいきなり 10 円とか言われたら一気に冷めてしまう。

 そのあたりはちょっと残念な感じがした。一方で一番よかったのは最後の解説部分だった。解説といってもそれぞれのはなしの短い解説がならんでいる部分ではなく、そのあとにある落語の創世記から現代にいたるまでの話のところ。これがなるほどそういういろいろな経緯を経ているのかと非常に面白く読んだ。いかにして落語家という職業が誕生してきたのかというところから、栄枯盛衰をへて現在にいたるその物語こそ、この本の価値なのではないかなと思ったりは。

 その意味ではお安く読んだのもまた正解だったのか。下巻とさらにそれに続く続巻とかが延々あるようだけれど、多分読むことはないかな。


B00IR836RG古典落語(上) (講談社文庫)
興津要
講談社 1972-04-15

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「茶の本」

 「100 分で名著」で取り上げていたのを読むシリーズ。番組を見ていたときにはついつい読みたくなってしまうわけで、このところ諸般の事情もあって青空文庫のお世話になっているのでそれならばと読んでみた。

 結局、やっぱり茶道の本でしかなかった。

 そう言ってしまうと失礼かもしれない。確かに茶道のことから日本的文化であったり芸術であったりについてあれこれ論を進めてはいるわけで、外国人にとっては「なんという魅惑的な国なのだ、日本とは!」という印象を持つのかもしれない。

 ただ、日本人が読むとそういう部分もわかるけれど、結局お茶の話でしかないなあ、という印象が残ってしまう。そんなにすごいのか? といった風に。

 もちろん、時代というものもあるのかもしれない。明治期というまだ日本という国が海外に詳細に知られていないような時代であればこそ、得るものが大きかったのかもしれないけれど、今、それも日本人が読むとそこまでという感じがあまりしない。また、それはある意味そうしたことについての一定に理解が自分のなかにあるのであまり目だって感じられないということなのかもしれないけれど。

 もうひとつはやはり文章の問題があるかもしれない。いっそ今風に新訳があればもう少し違うのかもしれないか。底本が岩波文庫なのでやや古いものではあるようなので。

 転じて思えば、紹介されているのを見て面白そうだと読み始めてみても、案外自分には合わなかったということもありそうだなとあらためて感じたり。本との出合いはなかなか難しい。

4003311515茶の本 (岩波文庫)
岡倉 覚三 村岡 博
岩波書店 1961-06-05

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 新訳というのもあるな。

4043093039新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)
岡倉 天心 大久保 喬樹
角川書店 2005-01

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 そして英文つきというのも。

406159138X英文収録 茶の本 (講談社学術文庫)
岡倉 天心 桶谷 秀昭
講談社 1994-08-10

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とりあえず直すのが修復ではない

 ソニーが単独スポンサーを降りてしまった「THE 世界遺産」。番組も 20 年だそうでその間の変化を特集した番組が放送になった。取材した当時と今との変化であったりいろいろ。

 平等院鳳凰堂の修復に関しては、発見された昔の瓦から確認された当時の赤の顔料の成分から今回の修復を行ったということらしかった。酸化鉄を含む赤というのだが、つまりベンガラということではないのか? と思っていたのだけれど、一切「ベンガラ」という言葉は登場しなかった。

 イスラム国・IS による歴史遺産の破壊活動にも触れていた。本当に無学で無知で破壊することしか能がない愚かな集団で、世界共通の敵であり害悪としかいいようがないなと認識をあらたにするところ。他を許容することができないものに誰が賛同したりするだろうか。

 なかでも一番驚いたのがパルテノン神殿の修復。比較的早くに取材しているのだが現在もまだ修復作業中。さながらサグラダファミリアの逆をいくかのよう。その理由というのが過去に行われた修復が杜撰で、かえってそれによって遺跡が破壊されつつあったからというもの。

 梁となる石が割れているのをつなぐために鉄のくさびをうちこんでつないだという。鉄がさびて膨張し石をさらに破壊していった。そこでそられをすべて取り除きあらたに修復を行っている。

 また、柱では大理石の代わりにセメントで補完してしまった部分があり、これもすべて取り除き、あらたな大理石を削りだして元々の部分に合致するように修復を行っているとか。しっかりかみ合うようにこまかな削り出しをしつつあわせていく作業。その膨大な作業。

 結果、新しいところと古いところとの色の違いでまだらにはなっているが、大理石どうして修復することができたので本来的な修復ができつつあるらしい。

 もちろん、その当時としてはそれがよいと思ったのかもしれないが、もう少し文化財・歴史への配慮というものがあったならと思わないではないなと。

 人類の歴史を葬ろうとするものはすなわち自分たちの存在すらも葬るべきものと判断されてしかるべきと思うのだが、魔の手による破壊を防いで、人類の敵を排除できる日が訪れることを願ってやまない。そんないろいろを思ってしまう短い時間だった。

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貝桶、いぢめる? いぢめないよう

 [ 漆芸の極みをもとめて ~輪島塗超絶技巧への旅~|NHK 日曜美術館 ]

 職人技という工芸品などでもすべて自分でつくるというものであったり、工房になっていてまとまっているものもあるけれど、分業がしっかりなされていてそれぞれの専門に分かれていて作業している。それぞれの工程だけを処理したら次の人のところに渡すという手法も案外多い。

 たとえば木版画とかでも彫師と刷師は別で場所そのものが違うので届けにいったりとか。扇子の作業工程なども分業が進んでいたかと記憶する。輪島塗についても同様だそうで、塗りやその後の絵付け? など分業がされていてお互いに他の工程の仕事ぶりなど見る機会もない。

 そこへ江戸時代に作られたという貝あわせの貝をしまっておいたという貝桶というものの技巧を現代に再現しようというプロジェクトではじめてとられた工房システム。すべての職人が同じ場所で一緒に作業する。もちろん同時進行というわけではないので、とにかく一緒にいてお互いに意見をきいたりしながら進めていこうというもの。

 江戸時代の作品を見ると一見なんでもないように見えて実はいろいろととんでもないような技巧がこらされていることに気づくといい、それを現代に再現することの困難さと、まったく新しい試みによる職人相互の変化や成長といったものが伝わってきてなかなか素晴らしかった。

 塗りと沈金の複合技のところでは塗師と沈金師が一緒に相談している場面があり、塗師が「傷をつけて」などと発言したら「そんなふうに言われるとちょっと傷つく」といったようなことを言われて、あわてて訂正して言い直していたり。つまり自分以外の工程についてはあまり意識しないというか、こんなものだろうみたいな思い込みのようなものがあって、ある意味他の工程を低く見るようなところがあったのかもしれない。

 ところが作業をすすめるうちに、お互いに新しい試みではいろいろ試行錯誤があり、うまくいかないところもでてくる。そんなときにひとりで悩まずにみんなに相談してやっていこうよと。ひとりで悩んでいるっだけでは時間がもったいないよと。そうして次第にプロジェクトが動きだしていく過程がなかなかステキでもあった。

 できあがったものの素晴らしさはもとより、職人たちの交流によるあらたな発見もまたすばらしかった。職人というものには、あこがれていたなあ。もう到底無理ではあるけれど。

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土牛記念美術館は25周年らしい

 [ 奥村土牛記念美術館 開館25周年記念特別展示を実施中です ]

 新聞にあって知ったのだけれど 25 年になるという。とすると、比較的できてすぐに訪れていたのだなと思い返す。多分二度ほど行っていると思うのだけれど、気軽に行けるというほど近いわけでもなく、といって東京などに出るほどでもなく、なかなかに微妙な位置にある。車で行けばそうでもないのだけれど。

 以前にも書いていると思うのだけれど、作品そのものはもちろん、その建物のよさ、隣接する庭園のよさがまたよい。喫茶でもあったら、小一時間はゆっくりとしてしまいそうな、そんな空間なのだった。

 記念のブックレットを作ったということなので、この機会にまた訪れてみたいなあ。

#念のために書いておくと、「土牛」は「とぎゅう」と読むのです。

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回向柱の世界観

 [ 春宵、回向柱を照らす光 前立本尊きょう開扉|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 一昨日、回向柱に古式ゆかしく建立され、昨日には無事に前立本尊(まえだちほんぞん)の遷座もすみ、雨や曇りのやや不穏な天気の中ではあるものの、御開帳がはじまった。

 しかし、回向柱建立にあたって古式というのだが、2本の柱で支えてというのは実に不安定で、よく毎回事故もなく済んでいるものだなとやや感心してしまう。昔、仕事で支柱 3 本で吊り上げ作業をしていたときに、バランスを崩して倒れてしまったことがあった。その支柱が頭にあたって大変だったりしたのだが、まあ、それはバランスを崩すような配置に移動してしまったのがすべての原因なのだが。

 で、回向柱である。建立を前に墨で各面に文字が書かれたのだが、これは角塔婆の種子(しゅじ)と、奉納のための文字などが書かれている。

 ときどきに新聞記事やニュース原稿にもでてきたが、「空」「風」「火」「水」「地」の五つを表す梵字が書かれている。四角柱である角塔婆や、よく墓地で見かける卒塔婆もそうで、ここに書かれる種子は決められているわけで、角塔婆の場合には 4 面あるだけにそれぞれ変化があってなかなか不思議な眺めになる。

 上から「空、風、火、水、地」であるのは同じなのだけれど、正面と裏側、左右それぞれでは言ってみればフォントが異なるというような状態であると。

 さらにその下にある三文字が三尊をあらわしている。今回の回向柱について言えば、一光三尊阿弥陀仏ということで書かれているわけで、上に大きく書かれた一文字が阿弥陀如来、その下にふたつ並んでいるのが勢至菩薩と聖観音。回向柱のそれでは左が勢至菩薩で右が聖観音になっているが、この左右には両説あるとのことで、どちらになることもあるようだ。

 ただ、その他の三尊の組み合わせの場合には左右は厳密に定義されているようで、なぜ阿弥陀三尊だけそうしたことなのかは不思議でもある。

 で、昔むかし、この手の梵字がなにを意味しているのか興味を持ったことがあり、ちょうど折りよく出版されたとある本を買ったのでいろいろわかって重宝したのだった。

4886021395梵字必携―書写と解読
児玉 義隆
朱鷺書房 1991-09

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 幸いまだ手にはいるらしい。書き方の手順とかも丁寧に解説されているのでなかなか便利な一冊。いや、まあ、なにに使うのだといえばいえるのだけれど。

 ちなみにあみだくじアプリ「あみだ WARS」のアイコンは、もちろんこれをヒントに阿弥陀如来を表す梵字をデザインしたのだった。

 今回は夜間の参拝客増加を見込みたいということで、回向柱に照明を当てるという。個人的にはこういうのはあまり好きではない。灯明祭りで五色に照らしたのも気持ち悪くて嫌いなのだ。夜は夜で暗さがあってよいと思っていたりはする。仲見世の店舗がどこまで営業を延長するつもりなのかというのも不安なところだったりする。普段は 16:00 ころともなると店じまいしてしまうところが多いやに聞くからだ。

 大本願の鷹司上人さんもいわれていた。観光として訪れる方が増えるだけではいけないと思うと。やはり祈りの場であることがなにより大切なので、ぜひ祈りをささげる場面も忘れずに参拝して欲しいと。ただただ観光客が増えればよいという感じの長野市や関係団体の思惑は正直うそ寒いものを感じてしまう。

 もちろん副次的に観光面でもよい効果が生まれることを否定はしないものの、まず参拝する、お参りする、お祈りするという気持ちをもってもろもろがなされていくことを願いたいなと回向柱の意味を考えつつあらためて。

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大漁

2012nakashimaart


 初夏のころに京都に行った際、せっかくなのでどこかの特別公開があれば見てこようか、などと思っていた。 残念ながらそういう時間は取れなかったのだけれど(ひとりではなかったのもあり)、その時に清水寺の襖絵など見られるのだろうかと調べてみたのだった。 残念ながら清水寺で一般に公開というのはまったくしていないようだった。

 ところが、そのページを見ていたらなぜかこの夏から秋にかけて長野で展覧会があるという。 わざわざ京都まででかける交通費が不要となれば、これは見ておくべきだろうか? と思いつつもなかなか行く機会にならずにいた。

 ひとつには中島潔さんが直接説明をしてくださるツアーがあったときにものすごい人出だったのがニュースでわかり、これは普段も込んでいてゆっくり見るという感じではないのかも、と勝手に思い込んでいたこと。

 もうひとつは、襖絵を描いている過程を取材した NHK スペシャルなどを見ていたので、絵の雰囲気そのものはわかっているし、あえて直接見たからといってどうだろう、というような気持ちもあったのだった。

 そうはいっても、せっかくごく近くで開かれる展覧会。 しかも開催中に何度となく近くまで行く機会があったのもあり、ついでに寄ろうかと思いつつなかなか時間とかもろもろあわずにやりすごしていた。 どうせならということで重い腰を上げた今日は、展覧会が終わる前日。 さすがに人出は多いかと思ったが、さほどでもなかった。

 ほかのものもあるのだが、それはややさくっと見ていってお目当ての襖絵あたりをじっくりと。

 「大漁」は意外と小さく感じた。 というのも襖なので高さは一定とはいえ、その幅は部屋によっていろいろで、そういう意味では大漁はやや小ぶりだった。 けれども、迫ってくる迫力はこれが一番だった。 鰯の躍動感というか、フィッシュボールもかくやというような圧倒的な迫力。

 一匹いっぴきの微妙な表情の違いであるとか、色合いの違いであるとか、光の反射による微妙な変化であるとか。 意図してかどうかはわからないが、鰯によってはエラから口のあたりに赤や黄、緑といった色があしらわれて、さながらそれらは捉えられてしまった死すべき鰯だったのかも、と思わせるような。

 ただ、襖絵全般にそうだったのだが、人物は黒い枠線で縁取られていて、ほかはそうでないだけになんとなく違和を覚えてしまった。 なんとなく塗り絵みたいな感じに思えてしまって。 実際衣服などは妙に平板な描かれ方でちょっと物足りないようにも感じてしまった。 鰯の圧倒的な迫力を思うと、ちょっと異質なくらいに。

 「かぐや姫」は中国的な雰囲気。 「向日葵」やほかのものはいかにも従来の中島さんを思わせるイラストタッチ。 それはそれでもちろんよいのだけれど、やはり圧巻は「大漁」というしかない感じだ。

 とはいえ、間近で見られたからこそこんなことも思えたわけで、やはり行ってみてよかった。

#ポスターと同じ図柄のチラシあたりがあるのであれば、それを配布してもらえたらよかったのだがなあ。

 [ 信州・長野の日本庭園が美しい近代日本画美術館 「公益財団法人水野美術館」 ]

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落語 昭和の名人 完結編5 二代目桂枝雀 弐


B004N3BFNG落語 昭和の名人完結編(5) 桂枝雀(弐)[雑誌]
小学館 2011-04-05

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 震災のことなどもあってうっかりしているうちに、既に発売されていたのをようやくに思い出し、あわてて買いに行ったら意外なくらいにたくさん在庫があって、ある意味拍子抜け。いやまあ、うれしいことではあります。

 で、ふと思うと、CD 一枚が 1190 円、およそ 1200 円というのはまあ安いといってよいのかなと。全部そろえるかは別としても、気になるものをいくつか選んで買ってみてもいいかなあなどと思い始めているこの頃だったり。

B004N0HGGO落語 昭和の名人完結編(2) 古今亭志ん朝(壱)[雑誌]
小学館 2011-02-22

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B004N3BFMC落語 昭和の名人完結編(3) 古今亭志ん生(壱)[雑誌]
小学館 2011-03-08

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B004N3BFM2落語 昭和の名人完結編(4) 柳家小さん(壱)[雑誌]
小学館 2011-03-22

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すびばせんねえ


B004KS1M3C落語 昭和の名人完結編(1) 桂枝雀(壱)[雑誌]
小学館 2011-02-08

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 桂枝雀という落語家を知ったのは、たぶん雑誌・奇想天外だったかと思う。SR なんてのもそれで知って、不思議な噺家さんだなあと思ったのだった(有名な「定期券」のやつなんか、いまだに覚えているのだから)。高座を見た(テレビ)のがいつかはもう覚えていないけれど。英語で落語をやったりといろいろ精力的に活動されていたのに、還暦にもならないうちに亡くなられてしまった。

 この一巻目だけ例によって安いということもあって、買ってみた。久々に聴いてみたくなったので。収録されているのは「代書」と「親子酒」。どちらかといえば「親子酒」のほうが面白かったか。

 ただ、残念なのはやはり音声だけではこの人の落語は楽しみの半分くらいしか伝わらないことか。しぐさまでもが芸のうちだったので、やはり演じている姿が見えないと客席の笑いの反応が伝わらない。声だけではなにが起きているのかわからない。DVD かあ。

 ひとまずこれは続きなので購入予定。

B004N3BFNG落語 昭和の名人完結編(5) 桂枝雀(弐)[雑誌]
小学館 2011-04-05

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 DVD 全集は 40 枚あるんだよねえ。ちょっと厳しい。

B0000635L7桂 枝雀 落語大全 第一集 [DVD]
EMIミュージック・ジャパン 2002-04-11

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 くだらん「ショートコント」ばかりの笑えないお笑い番組乱立よりも、こうした名人芸を淡々と流してくれる番組とかやってくれないかなあ。

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メモ:特選!米朝落語全集

 「米朝ばなし」を読み終えて、特に解説の司馬遼太郎の文章など読んだら、あらすじなんかではなくしっかりと高座を聞きたくなってしまった。CD でも悪くはないけれど、やはり所作や表情も楽しみのうちなので、少しそろえてみたいようにも。まずはメモということで。

B00006IU1N特選!!米朝落語全集 第一集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1O特選!!米朝落語全集 第二集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1P特選!!米朝落語全集 第三集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1Q特選!!米朝落語全集 第四集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1R特選!!米朝落語全集 第五集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1S特選!!米朝落語全集 第六集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1T特選!!米朝落語全集 第七集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1U特選!!米朝落語全集 第八集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1V特選!!米朝落語全集 第九集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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B00006IU1W特選!!米朝落語全集 第十集 [DVD]
EMI MUSIC JAPAN 2002-10-17

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