ホタルの歌


4896422104ホタルの歌
原田 一美
未知谷 2008-01

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 おそらくかれこれ 20 年あまり前から、全国的にあちこちでホタルの保護活動であるとか、ホタルを呼び戻すための運動といったものが盛んになっていたような記憶がある。もちろん場所によってはもっと以前からそうした活動はあったのだろうとも思うし、現に本書の活動などはおよそ 40 年ほど前のことだ。

 なぜホタルを保護しようとか、復活させようとするのかということを考えるときに、なんとなく昔への郷愁というイメージも強いけれど、ホタルの生息域の条件というものが現代社会に訴えるものをこそ主体的に考えるべきなのかもしれない。

 水の流れが清くなければならないこと、一生の間に水中、地中、地上と生活の場を移すということ、(少なくともゲンジボタルの場合)餌は基本的にカワニナという貝であること。

 どんなにきれいな流れがあってもコンクリートの護岸工事がされていたら、卵を産み付けることも、孵化のために地中にはいることも困難になるため、生息域としては適切ではなくなってしまう。

 たとえ川周辺の土地の条件がよくても、カワニナが生息していないのではホタルは生きることができない。

 ひいてはわたしたち自身が生活する環境のありかたそのものについても、思いをめぐらすきっかけとなるともいえるか。

 とにかく守っていこう、というだけではなく、そのためにはまずホタルのことをきちんと知ろうという姿勢がすばらしい。なにもわからない中で子供も先生も手探りで研究をはじめる。そうして地道に調べるうちに数多くのことを学び、そして失敗も経験する。そんな成長の過程がわかりやすく、楽しく、的確に綴られていく。

 子供たちはもちろんのこと、先生も、そして親もまたそれに引っ張られるようにしてなにかを得ていく。昨今、教育の現場で多くの問題が取りざたされるなか、学ぶということの、教えるということの根源的な本質というのはこういうところにあるのではなかろうか、とも思える。

 もちろん、昨今の教育現場における諸問題は一筋縄ではいかないことが多いようには思うし、それは、教師だけに責任を転嫁してよいものではないはず。

 ただ、このホタル研究の過程というのはあるべきひとつの形には違いないと思う。ことは理科に限らず、他の科目においても同様な姿というものがあるのだと思うし、それは必ずしも同じであるとは限らない。けれど自ら学ぼうとしていく姿勢というのは共通するものなのではないかなと。

「もうこれからは、本に書いてあるからといって、うのみには信用すまい。まず、ほんとうかなとうたがってみることだ」と心の底から思いました。

 ホタルの卵は白い泡の中にあると、本に書かれていたのに、実際は別の虫だったとわかったときの原田先生の思いは、どのような学習の場においてもいえることなのでは。なんでもかんでも信用しない、というのではなく、本に書いてあるからといって、ただただうのみには信用しないというところが大切なのでは。

 まず疑ってみたうえで確認してみるという行為が、科学的な見方というところでは。

 たとえばベテランが新人になにかを教えていて、ある方法ではうまくいかないことが経験的にわかっているので、違う方法を教え、そうするように言ったとする。人によってはそのまま教えられた方法を行うかもしれないが、別の方法でもよいのではないかと自分の考えで行う人もあるのは、よくあること。

 結果的にやはりうまくいかなかったり、仮にできても時間がかかったり。しかし、少なくともそうして覚えたことは忘れないということはある。なぜそうしてはいけないのか、そうしないほうがよいのかということまで含めて忘れないというのは知識の伝達という意味においてもあるいは必要なことなのかもしれない。

 確かにそんなやりかたをしていると、無駄に時間ばかりとられてしまうという指摘もあるはず。とはいえ、そういう姿勢こそが科学であり、学ぶということなのかもしれない。ことに子供時代の学びという観点においては、多少の時間の無駄よりもよほど得るものが大きいといえるかも。大人のばあいはもちろん、時によりけりというものだろうけれど。

 「新版へのあとがき」では、こんなことを書かれている。

今から思えば研究とは名ばかりの、幼稚で粗末な観察日記に過ぎなかったかもしれない。

 研究の過程で卵や幼虫を死なせてしまったりということもあったけれど、それもまたホタルについてきちんと知るための過程であり、たとえ自然界にあったとしてもそうして死んでしまっていく命は数多くあるのだということもまた知りうることとなる。

 どのような研究でも、一見つまらないことかもしれないことの積み重ねが意外な発見につながっていくというものでは。

 生きた動物とのふれあいで、命の尊さを学ぶことができると言ったニュースがあったのだが、命の尊さを知ることができるのは、残念ながら「死」と直面するしかないのではなかろうか。それが小さな虫であれ、大きな動物であれ、大切に接してきた相手が死んでしまったということに直面してこそ、命というのは限りがあり、失われてしまえば元に戻すことはもうできないものなのだと身をもって知ることになる。元気な姿と触れ合ったからといって命の尊さが分かるものではないのではなかろうか。

 身近な家族の死というものが、遠い存在になってしまった現代にあって、ペットなどの動物の死というものがその意味では唯一身近なものの死を知るきっかけでもある。(それだけに「ぶたばあちゃん」での最後の描き方はなんとももったいないもので、一番大事な部分を放棄してしまったような印象を持たざるを得なかったわけだ)

 「ホタルの歌」というタイトルを見たときに、どうにも記憶にあるような気がしていたのだが、1971 年に学習研究社から刊行されたものの、残念ながら 1998 年に絶版になってしまったのだと分かった。写真といいつくりといい、なにやら覚えがあるような感じだと思った(いや、読んではいないと思うのだけれど、この手のものはよく知っていたので)。

 学研や誠文堂新光社などから、この手の児童向けの科学読み物は多数出ていたのだが、絶版にしてしまうにはなんとも残念。もったいない。本書を読んだ子供はかならず学ぶことの面白さを知ると思うのだけれどなあ。

 幸いにして本書は、その後こうしてふたたび日の目を見ることになったわけで、なんとか読み継がれて欲しいと思う。

 佐野先生のこちらなども事実上の絶版。初版は 1974 年。

4416291116雪国のスズメ (自然に生きる)
佐野 昌男
誠文堂新光社 1991-03

by G-Tools

 こちらはダイジェスト版という趣かな。

4378038951わたしのスズメ研究 (やさしい科学)
佐野 昌男
さえら書房 2005-01

by G-Tools



ホタルの歌

Amazonで購入
書評/教育・学習

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぶたばあちゃん


4751514458ぶたばあちゃん
ロン ブルックス Margaret Wild Ron Brooks
あすなろ書房 1995-10

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 絵本としては難しい「身近な者の死」「死生観」といったものに取り組んだ作品。

 人そのものにしてしまうとテーマが重過ぎるということもあってか、豚の姿を借りて描かれているところは工夫としてもよい感じ。ほとんどの子供にとって生きている豚はさほど身近な存在ではないと思うので、いってみれば他人事として客観的に見られるのかも。

 これが犬や猫であったらちょっと身近すぎて、抵抗を覚える子供もあるかもしれない。それでいて愛らしいイメージで描けるという点でもなかなかうまい選択だったか。

 全体として「死」という言葉もイメージも一切ない。なんとなく匂わす雰囲気だけで描いているのは意見の分かれるところかなと思うし、実際ちょっと抽象的すぎるのかもしれないとは思う。

 けれども、孫むすめとあちこちを見納めるために回っていく描写は、なかなかに胸に迫るものもあるし、なるほどと思わせてくれる。もしもそういうことが可能な最後(恐らくは体力的にということになるだろうけれど)を迎えられるのならば、そんなふうになにかを伝えられたら、それは素晴らしいことかもしれない。

 残念なのは、そんな抽象的な風景のまま突然に物語が終わってしまうこと。最後の絵を見ればすべて語っているでしょ? ということだろうとは思うが、子供に向けた絵本ということを思えば、子供にとっては意味不明・理解不能なまま終わってしまって「で、どうなったの?」と問い掛けたいところなのでは。

 難しいところだというのはわかるのだけれど、せっかくそうしたテーマを選んだからには、もう少し踏み込んでもよかったのではないかと思うし、またそうでなければ意味がなかったのではないかとも思う。中途半端になげてしまったという印象が残ってしまうのは残念。それくらい唐突な終わりかた。

 もっとも、そもそも小さな子供にそれを分からせようなどということは、無意味なことなのかもしれない。わからないままでよいことも、その時代にとっては必要なことなのかもしれない。



ぶたばあちゃん

  • マーガレット・ワイルド文/ロン・ブルックス絵/今村 葦子訳
  • あすなろ書房
  • 1575円
Amazonで購入
書評/児童

| | コメント (0) | トラックバック (0)

RNAルネッサンス 遺伝子新革命


490296807XRNAルネッサンス 遺伝子新革命
田原 総一朗
医薬経済社 2006-06-08

by G-Tools


 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 ヒトゲノム計画などがメディアにも取り上げられたり、事件のニュースなどでもなにかとお目にかかることの多いのは DNA ですが、本書で取り上げるのはどちらかというと日の目をあまり見ないともいえる影の存在 RNA 。

 実際、理科の授業で覚えていることといっても mRNA だの tRNA だのという言葉くらいで、その実どういう役割であったとかはあまり覚えていない。

 ところが本書を読むと DNA なんかよりも格段に興味深い秘密が隠されているようだとわかって非常に面白い。

 たんぱく質を合成するさいに、DNA そのものがわざわざ出向いていってということはできないので(たとえるならばお寺などによくある絶対秘仏で、唯一無二なのでしっかりと安置されたままになっている)、その内容を伝えるために働くのが RNA (秘仏の代わりにそっくりに作られた仏像を普段は祀ったりする。ここでは伝達するので mRNA )。

 ところが、 DNA の内容は必ずしも必要な部分だけが連続しているのではなく、いくつか細切れになっていたりして、間には余分な部分がはさまれており、そのまま転写しても役に立たない。そこで転写のさいに mRNA は余分な部分をカットして必要な部分だけで完全な情報を転写する。

 さらには、その中のすべてを転写するのではなくて、ときによってはそのうちのいくつかを取捨選択して新しい形を作ることも行うという。

 そうした様々な能動的な機能を RNA がもっているということはこれまで知らなかった。

 そもそも RNA には世界の研究者はあまり目を向けてこなかったらしい。それまでは DNA が王様みたいなもので、やはりメインストリートは DNA 研究だろう、といったような認識が研究者はもちろん、世間的にもそんな意識があったのかもしれない。

 ところが、ヒトゲノム計画に関して日本は立ち遅れてしまい、結果としてほとんどの権利はアメリカなど欧米が持っていってしまう形になり、なにかしようとすれば必ずロイヤリティーを払わなくてはならないようになってしまったという。

 その同じ轍を踏んではいけないと、やっきになっていまこそ RNA に関して国としても企業としても予算をつぎ込んで研究していく時期だと、手をつくしてはいるらしいのだが、どうにも日本は腰が重いらしい。

 今、RNA を利用して新薬開発に大きな期待がもたれているらしい。RNA には非常に能動的な能力があるということとも関係しているようで、たとえばウィルスなどに対して増殖を止めるためにたんぱく質をつくれなくするということなどが考えられているらしい。ウィルスのたんぱく質合成にあたって作られる RNA にたいして転写の向きを逆にした遺伝子を写し取った RNA (アンチセンス RNA )を作り出し、この二者が結合して二本鎖の RNA となるともはやたんぱく質が合成されなくなる。それによって無害化してしまうのだそうだ。

 これが特定のがん細胞であったり、ウィルスなどに対して作ることができ、他の健康な細胞などには影響をあたえずに送り込むことが確実にできるようになれば、飛躍的な医療の進歩になりそうだ。

 抗体を使った薬が効くかどうかは受容体があるかないかで決まるという。これは人によってさまざまなために、同じ薬を使っても全然効かない人と、劇的に効く人とがでてくるという。その意味では、数多くの抗体で薬が作られることが、多くの人を救うことにつながるのでしょう。

 わけてもアプタマー RNA によるものは、モノクローナル抗体に比べて、より有効でより安全・安価で供給できると期待されているということで、難病治療に対して大きな期待が持てる。

 期せずして「万物を駆動する四つの法則」と重なったのが、アデノシン三リン酸( ATP )の話。アミノ酸からたんぱく質を合成するときにはエネルギーが必要なのだが、そのエネルギーの直接の供給源となるのが ATP 。ATP が切り離されてアデノシン二リン酸( ADP )になるときにエネルギーを出す。このエネルギーについて熱力学の法則できちんと説明される。まさに万物を駆動しているということを実感する。

 余談としては、学術誌の話がでてくる。どうしても「サイエンス」や「ネイチャー」といったところに英語での論文を出さなくては、どうにもならない現状というのがあり、それが日本人の活躍にひとつの障壁になっている部分は少なからずあるだろうというもの。
 もともとは日本にも世界に認められた学術誌があったそうなのだが、次第にみな「サイエンス」などに発表することを重視していってしまい、ついには消えてしまったという。
 もちろんそんなことにばかり責任をおしつけてはいけないのだろうが、欧米以外の人々にとっては、いろいろ簡単にいかない事情というのも避けられないのは確かなのだろうなと。

 12 ポイントの活字が行間を十分にとって印刷されているので、本としてのボリュームにしてはあっという間に読むことができます。インタビュー形式ということもあります。とはいえ興味深いエッセンスの部分を存分に味わえ、さらなる興味をかきたててくれる内容にしあがっていると思います。

 できればもう少し小さ目の活字でもよかったのではと思わないではないですが。ページ数はグッと減ったでしょう。とはいえ、読みやすさも考慮すればこれで正解だったのかもしれません。

 極端に難しすぎないので、多くの人におすすめできる一冊でしょう。


#あわせてどうぞ

4152090073万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を究める
Peter Atkins 斉藤 隆央
早川書房 2009-02

by G-Tools




RNAルネッサンス 遺伝子新革命

Amazonで購入
書評/健康・医学

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コーヒーの処方箋


4902968258コーヒーの処方箋
岡希太郎
医薬経済社 2008-05-30

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 コーヒーに含まれるさまざまな成分が、いろいろの病気の予防に役立つらしいということから、それぞれの病気にあった飲み方を処方箋という形にしてみよう、というのが本書ということになるようです。

 ただ、全般を通じてコーヒーを上手に飲みさえすれば、数多くの病気を予防できるというふうに書かれているのですが、こうした「これさえあれば病気にならない」的な人目をひく話題は常に繰り返し現れては消えしていて(欧米のタブロイド紙や国内の週刊誌、スポーツ新聞、健康雑誌などなど)、正直なところまことしやかではあってもよくよく気をつけるべきである、というのが冷静な判断ではないかとも思います。

 もちろん、本書でもコーヒーだけに頼るのではない。運動も一緒に行うのが望ましいとか、まあ多少はいろいろ書かれているわけではあります。とはいえおおむねコーヒーで OK という空気。

 また、いろいろの研究などで、確かに効果がありそうだと思われる成分がコーヒーにも含まれているという事実もあるでしょう。ですからコーヒーで病気を予防できるかもしれないということにことさらに異を唱えるつもりではないですが、かといってあまりに安易にそれを信じてよいものかと疑いの目を持つことも、ことに今の社会においては重要であるのもまた事実です。

 ちなみに本書で処方箋として書かれているのは次のようなものに対してです。

2型糖尿病

メタボリックシンドローム
高血圧
パーキンソン病
アルツハイマー病
レビー小体型認知症
大腸がん
肝臓がん
慢性肝炎・肝硬変
冠疾患・虚血性心疾患
脳梗塞の再発
鎌形赤血球貧血
通風・高尿酸血症
妊娠

 わたし自身もコーヒーは好きですから、一日に数杯は飲みます。もしもそれで多少なりとも健康に役立つのだとしたら、それはそれでありがたいことではありますが、それを鵜呑みにしてまるごと実践したいとは到底思えません。それは以下にしめすような、信憑性を損なうような記述があまりにも多いためでもあります。

つまり、カフェインには適量というものがあり、病気でもない人が多く摂るのは逆効果ということです。カフェインは摂った方がいいのですが、健康な人は摂り過ぎに注意が必要なのです。(P.22)
 病気の人は摂りすぎてもよいが、健康な人は摂りすぎてはいけないという意味にとれますが、どうでしょう。

 むしろ、健康な人が多少摂りすぎてしまったくらいなら問題ないが、病気の人は摂りすぎに十分注意しなくてはならない、ということなのでは?


このとき、揮発性の香りの成分の他に、匂いのしない不揮発性の陽イオンが沢山できています。栄養学ではこのような化合物を「糖化最終産物(AGEs)」と呼び、(中略)現段階では悪玉 AGEs を飲まないようにするには、ろ紙でろ過するドリップ式が「最も安全なコーヒーの淹れ方」と考えられます。(P.22-23)

 不揮発性の陽イオンがろ紙でなら取り除くことができるという、納得できる説明がないのでにわかには信用しがたいです。布でドリップした場合はどうなのか? インスタントのフリーズドライはどうなのかとか、いまひとつ不十分です。


たった1つの食品でこれだけの作用が発揮されるものは滅多にありません。いや、「ない」と言い切れるほどです。(P.36)

 納豆でダイエットできると事実を捏造して番組そのものがなくなってしまった例もあるように、テレビの情報番組であるとか週刊誌、健康雑誌などで「これだけで、こんなにも効果が!」といった話題には枚挙に暇がありません。真偽の程はともかくとしてほかにないと言い切れるとも思えないというのが正直な感想です。


太古の人は、調理して食べなければ生きて行かれない程度の少ない食べ物しか手に入りませんでした。言い換えると、食べ物は調理するとずっと高い栄養価を持つようになるのです。(P.37)

 少ない食べ物しか手に入らないので栄養価を高めるために調理することを覚えた、というように読めますが、はたしてそうでしょうか?

 たとえば昔ながらの生活を守っているイニュイ(イヌイット)の人々は生肉をそのまま食べます。焼いた肉の匂いを嫌い、食べようとしません。肉食動物が獲物をしとめたときにまず食べるのは内臓です。みずからの体内で作ることのできないミネラルなどは内臓を食べることで得るしか方法がありません。

 狩猟生活時代においてどのような食料事情であったのかということと、火の発見と調理のはじまりについて、食料が少なかったから調理するようになったというのはやや疑問です。


人は炎で調理することを知ってから脳を進化させましたが、匂いの感覚を失いました。(P.39)

香りこそ人間だけが知っている日々の生活を豊かにしてくれる炎の産物と言えるのです。(P.41)


 匂いの感覚を失ったのに、香りをなぜ人間だけが知っているのでしょう。焼いた香ばしい匂いをいいたいのかもしれませんが、香りはあくまでもよい匂いのことでしかなく、全般をさす匂いの感覚は失われたと著者は書いています。

 仮に他の動物に比べて感覚が鈍いということだとしても、もともと同じような鋭さを持っていたのか、はたまた他の動物が進化の過程で研ぎ澄ませていったのかはわかりません。そうしたあやふやなことにたいしてあまりにも断定的な気がします。

かおり【薫(り)】いつも身辺に漂わせておきたいような、いいにおい。「香り」とも書く。(新明解国語辞典第四版)


今世紀の生命科学はヒトゲノム解析で幕を開けました。結果が出てみると、ヒトの生命を維持するのに必要な遺伝子はほぼ2万個だけで、科学者の予想した10万個を大きく下回りました。(中略)人そのものの遺伝子はたった2万個かもしれませんが、人の皮膚や腸内には数え切れない数の細菌が住んでいて、人と共生しているからです。(中略)人と共生している細菌は100種類を超え、1つひとつの大きさは人の細胞よりずっと小さいので、共生細菌の数は人の細胞数を10倍も上回ると言われています。それら細菌の遺伝子を合わせて数えれば10万個を下らないと思われます。科学者の予想は正しかったのです。(P.47-48)

 人の体に住み着いている多くの微生物の遺伝子まで含めれば、総合計した遺伝子の数は10万くらいになるだろうから、科学者の予想は正しかったというのは、奇妙な論理だと思うのですが。


しかも、その数は他の哺乳類に比べるとずっと少ないものでした。ただし10倍も100倍も少ないわけではありません。数分の1程度と思われます。(P.48)

 「ずっと少ない」と断定しておきながら、「と思われる」と想像の話をされるというのはなぜ?


「表5.生豆と焙煎豆の違い」の図
「表5.生豆と焙煎豆の違い」の図

この表から想像できることを並べてみます。
1.日本では 100% 輸入品なので価格が変動しやすい
2.生豆はどこで買えるのかわかりにくい
3.生豆の品質を見分けるのは難しそう
4.焙煎豆に生豆をブレンドしても美味しくなさそう
5.生豆も病気によさそう
(P.70-71)

 この表から想像できることは、せいぜいがところ 1 と 5 くらいではないでしょうか。それとも想像力が足りないだけでしょうか。2 - 4 を想像することは難くないですが、少なくともこの表がなくても想像できることではないでしょうか。


コーヒーが病気を予防するからといって、コーヒーだけに頼るのは大間違いです。ファンダム博士も言っているように、運動もしながらコーヒーを飲む習慣が有効です。その効果がどれくらいのものかというと、「病気になったら直ぐに気づいて直ぐにくすりを飲んで治す」ことよりさらに優れていると言えるのです。(P.86)

 運動もしながらとは言っていますが、後段で示される運動はごく軽いものであったりでそれによってコーヒーだけに頼っているのではないといえるほどのものかは、はなはだ疑問です。

 さらに、効果について、それほどであるのであらば、この世から病気も医者も薬もまったく不要になっていてもよいのでは。あるいはコーヒーさえあれば病気のない社会が待っているかのような印象ですが、そういう発想を「フード・ファディズム」というのでは。

大腸がんの予防では、女性でコーヒーの効果が認められますが、男性に有効との数値は出てきません。

(中略)
●病気を予防できる確率
女性 1日3杯以上で  0.44
男性 1日3杯以上でも 1.0
女性+男性 デカフェタイプ1日2杯以上で 0.52
(P.131-133)


 処方箋内で書かれているものがすべてそうなのですが、この数値の書かれ方がおかしいです。

 たとえばこの大腸がんの例でいえば、女性が大腸がんを予防できる確率は 0.44 であり、男性が 1.0 である。すなわち女性はコーヒーを飲めば 44% は大腸がんを予防できるのに対して、男性は 100% 予防できるという意味に取れるのですが、これはわたしの読み取り方が誤っているのでしょうか。

 前段でも予防効果があるのは女性だと書かれています。

 とするならば、これは「予防できる確率」ではなく、「罹患する確率」すなわち「大腸がんになる確率」とされるべき数字ではないのでしょうか。

 こうした不思議な理解に苦しむ内容が、主張される信用を著しく下げています。真意がどこにあるのかがわかりませんが、もう少し明確な表現であるべきかと思います。


現在、NIH の指導により長期安全性試験が行われています。(P.156)

 NIH とは何? 本書の全体を通じてどこにも明記されてはいません。


「つわり」になると大抵の母親はコーヒーを飲む気がしなくなります。(中略)実は「つわり」がはじまると母親はお腹の子によくない食べ物を嫌うようになるのです。(中略)

疫学調査の中に、「コーヒーは妊娠前半の流産リスクを高める」という論文があります。しかしこれは、「つわり」を感じない母親、つまり流産リスクが高い母親がコーヒーを飲み続けた結果であり、コーヒーを飲まなくなった母親のほうは元々安全なグループだったと言えるでしょう。疫学調査の結果の判断は慎重でなければなりません。ようやく 08 年になってそれらしい調査結果が出たようです。「統計学的には、妊娠前半に飲むコーヒーと妊娠前半に起こる流産とは関係していない」という結果は、「つわり」による食べ物の自然選択(コーヒーを飲まなくなること)が、「つわり」を感じたグループでのコーヒーの害を消していると言えるのです。(P.163)


 ここは明らかに変。整理すると、
1.一般的に「つわり」がはじまるとコーヒーは飲みたくなくなる。
2.「つわり」を感じない母親がコーヒーを飲んだ結果、流産リスクが高まった
3.妊娠前半に飲むコーヒーと妊娠前半の流産とは関係ない
4.「つわり」によってコーヒーの害を排除した

 「コーヒーを飲まなくなった母親のほうは元々安全なグループだったと言えるでしょう」とも著者は言っています。すなわちコーヒーが妊娠前半には害悪であると認めている。4からもそれは確かです。

 しかし、3の結果が信頼できるといいながら、なぜ4の結果になるのでしょう。本来であれば「妊娠前半のコーヒーと流産とは関係ない」わけですから、「つわり」を感じない妊婦であってもコーヒーを飲んで、なんら問題ないという結論になるべきではないでしょうか?

 論理が支離滅裂です。


もう1つ重要なのは、「寝る子は育つ」の格言です。最近の調査によると、睡眠時間の少ない人は2型糖尿病のリスクが高いというのです。「寝る子は育つ」の中身は、単に大きくなるのではなくて、生活習慣病になり難い健康な身体を造るという意味だったのです。親や幼稚園の先生の都合で、子供に無理矢理に昼寝をさせるのはどうやら間違いのようです。夜寝なくなるからです。保育園や幼稚園のみんなで昼寝に「待った!」の声が掛かりつつあります。(P.167-168)

 論理の飛躍が激しすぎはしないでしょうか。昼寝をさせるので夜になっても寝ないで困るとどの親も思っているのでしょうか? むしろ夜更かしさせることが常態化している昨今の子育てでリズムが崩れているとか、特別楽しいことがあったときなどは興奮してなかなか眠ろうとしないということのほうが大きく影響しているのではないでしょうか。

 少なくとも一概に幼稚園や家庭で昼寝をさせるのは間違いだというのはおかしいのではないでしょうか。ましてそれが2型糖尿病のリスクをさけるためにだというのは。


風邪薬に何故カフェインが入っているのでしょうか。「昔の人が偉かった」からではなくて、昔からある薬の効き目を今時の専門家が忘れてしまっているのです。(P.171)

 ということは最近の製薬メーカーはなんとなくカフェインを風邪薬に入れていると。昔からそうだから入れているだけ、と考えているのだということになりますが、本当にそうなのでしょうか。実際に問い合わせて確認されたりしたのでしょうか。

 まして「昔の人が偉かった」から、などという答えがどこから思いつくのでしょう。


ぜん息の治療では素人には難しい点が多くあります。病院で治療を受けている患者でも救急車が必要になることさえあるくらいです。その確率を1として比べてみると、漢方薬で対応している人では 2.5 倍、コーヒーで発作を防ごうとしている人では 3.1 倍と頻度が高くなっています。一方、エフェドリンを含む市販の咳止めを飲んでいる人では逆に 0.8 と低くなります。でもこのデータは症状が軽い人が、病院へ行かずに家で治療している場合の話です。

ぜん息の発作は命の危険をともなうことがあるので、発作予防の治療法は医師の指導によらねばなりません。その上で、夕方になると咳が気になるという人は、夕方近くになったら1杯のコーヒーを楽しむ習慣も捨てたものではないということです。(P.172-173)


 「その確率」とはなにかを文脈から読み取ると、「病院で治療を受けている患者でも救急車が必要になること」がある確率、と読めるのですがどうでしょう。

 とすると、コーヒーで予防しようとしている場合には 3.1 倍も危険性が増すということになります。しかも、それは症状の軽い人の場合だといっています。病院で治療していても重篤になる可能性があるにも関わらず、病院にいかずに「ぜん息を悪化させる可能性のある」コーヒーを飲んで予防しようというのは、あまりに無謀な行為と読めるのですが、間違っているでしょうか?

 それでいて、続く段で「命の危険をともなうので医師の指導が必要」といっていたり。にもかかわらず夕方の1杯のコーヒーは捨てたものではない、などと書いていたりするわけです。


コーヒーが大好きな更年期の女性が、「骨粗しょう症に良くないのでコーヒーを止めましょう」と医者に言われたらがっかりです。(中略)1988 年に 40~76 歳だったスウェーデン女性 3 万人を調べた結果、10 年後までに約 10% にあたる 3279 人が何らかの骨の異常を経験しました。異常はカフェインの摂取量と関係していましたが、紅茶を飲んでいた人には骨の異常はありませんでした。(中略)1日に摂るカルシウムの必要量がちょっとだけ足りないと、骨粗しょう症のリスクが高まるということです。(中略)これで少しホッとします。牛乳をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいれば、骨粗しょう症にはならないということだからです。(P.176-177)

 実に短絡的な発想ではないでしょうか。コーヒーを飲んでいるから骨粗しょう症になるのでしょうか? コーヒーさえ飲まなければ骨粗しょう症にはならないのでしょうか?

 そうではなくて、女性ホルモンは骨に蓄えられたカルシウムが使われるのを抑制する働きをしているのですが、それがなくなると骨からカルシウムが溶出しやすくなるためにカルシウム不足が起きやすくなるわけです。

 カフェインの摂取量と因果関係があるらしいということであっても、基本的なカルシウムの摂取量の多寡が一番の問題であると理解できます。

 牛乳に含まれるカルシウムはおおむね 100g 中に 110mg とされていますから、仮に牛乳だけで一日の必要量を摂取しようと思えば 600ml 程度必要ということになります。

 一日の必要量のうちの不足分が牛乳たっぷりのコーヒーでまかなえる量である人は、それでよしということでしょうが、すべての人がそうであるというわけではありません。安易にそれだけで大丈夫だという表現は適当とはいえません。

 カルシウムの摂取量はもちろん、その吸収率を高めるために他の食品をあわせて摂取したり、骨の形成を促すための努力が大切で、単純な話ではないと思います。


 以下は信憑性とは別のことですが、近年の出版・編集という観点からいえば、なんともみっともないという事例です。

縦書きの数式が哀しいことになっているの図
縦書きの数式が哀しいことになっているの図

ボールドにすると行の中心がずれるの図
ボールドにすると行の中心がずれるの図


 全般的なことでいえば、個人がさまざまな種類の生豆にしろ焙煎豆にしろ入手するのはなかなか難しい面が大きいです。ここまで仰るわけですから、著者みずからがこうしたコーヒー豆の処方箋販売を事業にされ、実地データを得られてはどうかと思います。

 もちろんきちんとした疫学調査が行われるべきであることはいうまでもありません。

 結論としては、フード・ファディズムに走るのではなく、コーヒーはおいしく、適度に飲み、余計な考えに惑わされずに楽しくつきあうのが、もっとも有効なところなのではないでしょうか。



コーヒーの処方箋

Amazonで購入
書評/健康・医学

| | コメント (0) | トラックバック (0)

全・東京湾


4022612819全・東京湾 (朝日文庫)
中村 征夫
朝日新聞社 1999-12

by G-Tools

 NHK 「プロフェッショナル仕事の流儀」で中村征夫というので見る。22 年前に出版された「全・東京湾」と出会ったときの驚きとかが思い出される。当時は東京湾で魚が獲れるとか漁業が成り立っているということすら、なんだかもはや過去のことのように思っていたにも関わらず、汚れた海ではあるけれど魚たちは生きているし、文字通り江戸前の海産物が存在していたということ。

 ヘドロのなかでそれでも行きつづけている生き物達の姿やら、そんな海で生活を支えている漁業関係者の姿やらが丁寧に描かれていて、非常に面白かった。

 最近は多少改善されてきたのだという話も聞くけれど、まだまだというところもあるのだろうなと映像を見ながら思ったり。日本テレビ「鉄腕ダッシュ」でも東京湾に干潟再生企画が成り立つくらいでもあるし。

 番組では出てこなかったが、椎名誠らとの出会いというのも大きな影響があったのだろうなとあらためて思ったり。

 東京に住む人はもちろん、東京湾を知らない人びとにも身近な海に置き換えて読んで欲しい一冊。

 しかし、もはや情報センター版はないのか・・・。

4795806225全・東京湾
中村 征夫
情報センター出版局 1987-05

by G-Tools

 この本は話題になったので知っている人も多いはず。

4795801738海中顔面博覧会
中村征夫
情報センター出版局 1987-09-11

by G-Tools

 当時はこんなところにも登場。

B00008NX3P想い出にかわるまで DVD-BOX
内館牧子
TBS 2003-04-23

by G-Tools

 松下由樹の演技が光っていたなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

にゃめんにゃよ


 誰かがアマゾンでポチッとしてくれたらしい本。

 何かと思って見てみたら、実写版ねこ漫画だそうな。

 BoBA さんとこのニャルホランドドライブに癒されてしまう身としては、なんとも引かれてしまうなあ。

 ということでひとまずメモ。


4167753774女番(スケバン)社長レナ (文春文庫)
URA EVO
文藝春秋 2009-05-08

by G-Tools

#なめねこブームの再来か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メモ:Ruby逆引きハンドブック

 るびきちさんが本を書かれたという。したいことからひけるという点では「Rubyレシピブック」とかと同様かとは思うけれど、目次などを見るとまさしくリファレンスという体裁で全体にわたって網羅しているようで、手元に置いて常に開く辞書的なものかなと。

 現物は見てないのだけれど評判もよいようで、入門者からベテランまでの必携の一冊になりそうな様子。

 ただ、その分価格もよいのは覚悟しなくてはならないか。ページ数などから思えば妥当なところともいえるかもしれない。というか、恥ずかしながらこの出版社をはじめて知ったということもあり、推測するに初版部数は 3000 から 5000 部くらいではないかと思うので、地方での入手は困難かもしれない。

 すぐには無理かもしれないけれど、いずれは(なんていっていると内容が時代遅れになったころになりかねないわけだけれど)手に入れたいのでメモ。

4863540221Ruby逆引きハンドブック
るびきち
シーアンドアール研究所 2009-05-26

by G-Tools

#あ、今のうちに増刷して、きたる Ruby会議2009 会場で絶賛販売会ってもんでしょうかねえ。チケット販売の案内もでましたし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼくらの時代のおわり

 [ 栗本薫氏、逝去 - RetroPC.NET ]

 よもや RetroPC.NET 経由で知ることになろうとは。とうとう鬼籍に入ってしまいましたか。

 グインサーガは結局未完に終ってしまいましたねえ。予定の 100 巻で終っていたらといっても始まらないか。

 謹んでご冥福を祈ります。

4150301174豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)
栗本 薫
早川書房 1983-01

by G-Tools
4062637588仮面舞踏会―伊集院大介の帰還 (講談社文庫)
栗本 薫
講談社 1998-04

by G-Tools
4062759330ぼくらの時代 (講談社文庫)
栗本 薫
講談社 2007-12

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

渚にて(新版)


4488616038渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)
佐藤 龍雄
東京創元社 2009-04-28

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 無人島になにかひとつだけ(あるいはみっつだけ)持っていくことができるとしたら、なにを持っていくか? といった質問があったりするわけです。食べ物であったり、娯楽のためのものであったり、ひたすら時間をつぶせるためのものであったり、ひとによって様々ではあるけれど、多くの場合に共通するであろう認識は「とりあえず生きていくことだけはできる」というところなのでは。

 ゆえにいつまでともしれない生活を思うと退屈をまぎらわすための物を考えるということも多いかもしれない。

 「渚にて」で描かれた世界は、ある意味ではそんなものにも似ている。とはいえそれはまったく反対の立場としてであって、持ち物は自由になるが残された時間はそう長くないという世界。

 残された時間がそう長くないといえば、末期がんなどの病気で残された時間が長くないという、死期を目前にしている状況とも似ているかもしれないが、大きな違いは自分だけが死ぬのではなく、文字通り世界の終わりが静かにしずかに近づいているということ。

 もしも、そんな状況に追い込まれたらいったいどうするだろう。どうなってしまうだろう。

 第三次大戦が勃発し全面核戦争となり、地球全体に広がりつつある放射線の恐怖におののきながら最後の日を迎えようとする人々の暮らしを淡々と描いたのが「渚にて」。けれど必ずしも悲惨さばかりではなく穏やかにむしろ生き生きと暮らそうとする人々でもある。

 むろん、穏やかなばかりであろうはずもなく、取り乱したり泣き叫んだり、怒りや苦しみをあらわにしたり、町がじわじわとすさんでいく姿もきっちりと描き出されている。

 けれども解説の鏡明さんではないが、読み始めた手はいつのまにかページを繰りつづけ、気がつけば終わりを迎えている。悲惨な物語でありながら物語にはつねに暖かな思いが包み込んでいるようで、やさしさにあふれている。それだけに現実に返ったときにとても重いものを課せられたような思いにもおちいるのかもしれないか。決して暗い気持ちに沈んでしまうということはないものの、人々があまりに毅然としているのがむしろ悲哀を強くさせる。

 かつての翻訳も過去に読んでいるので久しぶりに見比べてみると、あらためて時代を感じる。実に今にあったよい翻訳になっている。読み手を止めない魔法はそんな新訳の妙にもあるのだと重ねて実感。もちろんかつての訳も悪くはなかったが、おそらく今の時代にはやや古臭く感じてしまうのはどうしようもない。その点でこれからも読み継がれていくべき作品として今回の翻訳の意味はとても大きかったであろうし、十分に成功したといっていいのだと思う。

するとオズボーンが笑った。「世界の終わりというわけじゃありません。ただ<人類の終わり>だというだけで。世界はこのまま残っていくでしょう。そこにわれわれがいなくなってもね。人間など抜きにして、この世界は永久につづいていくんです」(P.139)

 悲しいけれどそれが現実で、人類の滅亡こそが究極のエコなのではという考えはあるいは一理あるのかもしれない。


モイラはうなづいた。「(略)、どんな計画を立ててもやる時間がないってことよね。それでもわたしたちは、やれるだけやらなきゃだめなのよ」(P.304)

 今もって核の恐怖は消えていない。むしろ密かに拡大しているといってもよいかもしれない。いまだ核という媚薬にとりこまれている世界。

 読み終えたあとに映画「渚にて」の DVD を見た。多少のエピソードの違いや、設定の違いがあるとはいえ、原作の雰囲気を損なわないよい出来だとあらためて感じる。最後は映画のオリジナルな演出になったが、それも悪くない。

 解説で鏡明さんが書いていた「Walting Matilda」という歌。あらためて調べてみてその歌の意味を知ると、この映画に使った意味がなるほどと伝わってくる。なにもかもがオーストラリア以外では成り立ち得ない作品であるかのようだ。

 なんというタイミングなのか、読み終えたと思ったら、かの国が地下核実験を行ったとの報道。ヒトはどこまで愚かなのだろう。50 年たっても事態はなんら変わらない。むしろ、温暖化やエネルギー問題など新たな火種が増えただけとはなんとも皮肉なこと。

 いつの日であろうと、こんな悲哀が現実のものとなることのないように祈るばかりか。


 以下は正誤情報。

(P.115) すぐまだ出てきて、告げた。

すぐま[た]出てきて、告げた。


(P.149) 「・・・。可笑しいわよね、タワーズさんはあんなに物静かな人なのに。

物静かな人なのに。[ 」]
(かぎ括弧(「)が閉じていない)


(P.198) もちろんわたしもここは好きだけど、でもほかの国の景気を見たことがないからね。

「景気」→「景色」?


(P.217) しかも艦長は潜水時間をできるかぎり少なくとしようとしてる。

「少なく[ ]しようとしてる。」?


(P.223) 懸念されることといえば、麻疹が終息してくれるがどうかだけです。

終息してくれる[か]どうかだけです。


(P.262) 「あそこからホッピングも揃えているかもしれません」

あそこ[な]らホッピングも揃えているかもしれません


(P.262) ほかも店も結果は同様だった。

ほか[の]店も結果は同様だった。


(P.316) 」とホームズは訊き返した。片道一時間四十五分ほどで乾ドックまで通えるつもりでおりますが」

訊き返した。[「]片道一時間
(かぎ括弧のはじまりがない)


(P.432) 食べられるほどかどうか、まだなんといえない感じだ。

まだなんと[も]いえない感じだ。?


 もしもいま映画を作ったら安っぽい CG ばかりに頼ったありきたりなものになってしまうのだろうが、そんなものがないだけに迫力のある映像。

B000IU38WO渚にて [DVD]
グレゴリー・ペック, エバ・ガードナー, スタンリー・クレイマー
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2006-11-24

by G-Tools

 とはいえ原作のような精緻な筆致は望むべくもないので、原作は必読でしょう。


 そういえば聞き覚えがあるなあという程度の認識だったオーストラリアの愛唱歌「 Waltzing Matilda 」。自転車で放浪していた自分と重ね合わせてみたりもして。

 [ ウォルシングマチルダ オーストラリア第2の国歌 歌詞・日本語訳と試聴 ]


 あわせて読むならやはりこれ。

4751519719風が吹くとき
Raymond Briggs さくま ゆみこ
あすなろ書房 1998-09

by G-Tools


 ジムとヒルダの人生。うーむ、絶版かあ。

4784104593ジェントルマンジム
小林 忠夫
篠崎書林 1987-06

by G-Tools



渚にて【新版】
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アジャイルな見積りと計画づくり


4839924023アジャイルな見積りと計画づくり ~価値あるソフトウェアを育てる概念と技法~
安井 力 角谷 信太郎
毎日コミュニケーションズ 2009-01-29

by G-Tools

 るびま25号プレゼントでいただきました。ありがとうございます。

 正直なところソフトウェア開発の現場を知らないので、ここに書かれているアジャイルな方法というものとどう違うのかという実感はない。とはいえ、部分的にそういうことなら似たようなことは自分の仕事でもやっていたなあと思うところもあったりで、なかなか面白く読めた。

 もちろん、まったく内容が異なるので同列に扱うわけにはいかないものの、他の事柄においても似たような発想が有益なこともあるんじゃないかとは思う。

 順序立てて繰り返し繰り返し丁寧に解説されているので、開発現場にいる人々であれば理解することも実践することも非常に容易にできていると思う。障害があるとすればいつの世にも存在する「現状維持」しか認めたがらない人々をどう説得するかというあたりなのかもしれない。曰く「前例がないので却下」。

 全体の雰囲気ということでいうと、不思議なくらいに「プログラミングの心理学」との類似性が連想されたり。章立てて解説したあとで「まとめ」があり、「プラクティス(話し合ってみよう)」があるところとか。

 チーム全体で作業するのであらかじめ誰がどのタスクを担当すると決めず、その時々で流動的に全員が協力していくあたりとかは、「もしあるプログラマがかけがえのない人物だというなら、彼をできるだけ早く追い出せ」にも通じるような何かを感じたり。

 ま、とやかく言ってもわたしは門外漢であるのは事実で、とはいえそんなわたしが読んでも「ほー、いいねえ」とか思ってしまうのだから、ソフトウェア開発に携わる多くの人が読んで、よりよい作業に役立てて欲しいと思う。

 難を言えば、活字のポイント数がちょっと小さすぎること。紙質がよいので厚みをとってしまっているが、ページ数と厚みを調整することは十分にできたのでは。というか、そのほうが読みやすくまた手に取りやすかったのではないかなとは思う。

 以下は、気になったところ。

(P.98)見積りをするにあって、チームはストーリーポイントと理想日のどちらを採用してもよい。

「見積りをするにあ[た]って」?


(P.218)表18.1の最初のストーリー「SwimStatsとして、データベースベンダーが変更されても簡単を対応したい」

「変更されても簡単[に]対応したい」?


(P.229 Line 9)仕掛り作業が増えれば増えるほど、新しい要求を思い浮かんでから動作するソフトウェアのフィーチャとして開発するまでの時間は長くなっていく。

「新しい要求[が]思い浮かんでから」もしくは「新しい要求を思い浮か[べて]から」?


(P.232 2.1章 Line 2)リリースバーンダーンチャートは、プロジェクトの完了見込みがいつになるかをとてもわかりやすく教えてくれる。

「リリースバーンダ[ウ]ンチャート」


(P.275 Line 24)なので、それ以上の意味ありません

「それ以上の意味[は]ありません」?


(P.277 Line 26)アランが言った。「ファイルには複数の手を正解として保存しておけるようになってないと」

「保存しておけるようになって[い]ないと」?
(そのままでもよいのですが、小説とは違ってキャラクターの個性を目立たせるよりは文意がわかりやすいほうがよいのではないかと思うと、こちらのほうがよいのかもと)


(P.324 1.本書について Line 13)「本書は名著と呼ばれることになるだろう」という予言は見事成就したといえます。

「予言は見事[的中]したといえます。」
(成就するのは願いや希望。予言・予想であれば的中したというべき。)


(P.326 3.信頼のおける見積りと計画づくりのために Line 16)強みを活かし、弱みと補完するための仕組みによる支えによって、アジャイルな見積りと計画づくりは信頼のおけるプロセスになるのです。

「弱み[を]補完するための仕組みによる支えによって」?
(もしも「弱みと」が正しければ、「弱みと[それを]補完するための仕組みによる支えによって」というように、弱みもまた重要だという意味(表現)になるでしょうし、弱みはともかく弱みを補完するための仕組みが重要というのであれば「弱みを」という表現のほうが適切なのでは?) < サポートページを見たらすでに訂正されていた。


(P.301 Line 13)フランクは作り笑顔を浮かべて聞いた。

浮かべるとするなら笑顔は変(顔は浮かべるものではなく、浮かべるなら表情なので)。「作り笑いを浮かべて」とでもするべきかも。(笑顔をとるなら「作り笑顔で聞いた」くらいか。ちょっと文章としては変)


(P.305 Line 8)ポイントを一部だけをベロシティに数えるのは難しいんです。

「ポイント[の]一部だけを」?


(P.315 最下行)「今回は、みんなが食べたいものを何でもご馳走するな」

きっとフランクだけにフランクな言葉使いにしたかったのかもしれませんが、否定的な意味に取られやすいのでちょっと適切ではないような感じ。
「みんなが食べたいものを何でもご馳走する[よ]」のほうが自然でよいのでは。
そこまでのフランクの言動から類推できる性格とも、さほどかけ離れる印象にはならないはず。

余談:それにしても打ち上げがハンバーガー屋ってのも、アメリカ的ってことなんだろうか。

 見積りの本でも計画づくりの本でもないけれど、社会科学として普遍的なものを含んでいるとは思う。

4839915946プログラミングの心理学―または、ハイテクノロジーの人間学 25周年記念版
木村 泉 久野 靖 角田 博保
毎日コミュニケーションズ 2005-02

by G-Tools


#ところで「計画的に計画」はアジャイルなんだろうか。余計なお世話ですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

死者に祈りを


448828213X死者に祈りを上 (創元推理文庫)
高橋 恭美子
東京創元社 2009-04-20

by G-Tools

4488282148死者に祈りを下 (創元推理文庫)
高橋 恭美子
東京創元社 2009-04-20

by G-Tools


 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 時間があったこともあるのだろうけれど、意外なくらいに早いペースで読み終えた。上下巻それぞれ 340 ページほどずつあったのだけれど、正味三日ほどだった。原文のためなのか、訳文がすぐれているのかはわからないけれど、こなれた訳文だったのは確か。

 著名な心臓外科医が惨殺されたことから始まる。

 遺族へ知らせるために訪れるとそこに待っていたのは複雑な関係が伺える大家族。

 一方で勤務していた病院関係。ヒーロー的な証言も多い中、不可思議な行動が見えてくる。

 仕事のかたわら研究開発していた新薬についても、契約を交わした製薬会社にはなにかがありそうな気配。

 正直下巻の終わり近くまで、物語はなかなかまとまりを見せない。テレビドラマを見ているかのようなイメージで突き進む終局。

 はじめてのケラーマンだったが、まずまず楽しめた。まずまずといったのは結末がやや唐突であったこと。直前まであらゆる可能性ばかりが浮上する事件であったのに、結末直前になったらすべてを知っていたかのような刑事たちの動き。そこまでが異様なくらいに長いだけにあまりの早さに違和感は否めない。

 それはともかくとして、物語の展開は十分に楽しめる。どんどん読めるというその理由はほとんどが会話でなりたっているから。正確に調べたわけではないが9割以上が会話だといっていい。そのくせ登場人物が異様なくらいに多いので、時に誰の言葉なのかわからなくなるくらいだ。

 その意味でいって、正直なところ小説というにはお粗末といわれても仕方ないと思う。シナリオといってもいい。それだけにテレビドラマをそのまま読んでいるようなイメージで読めるので進み方が早いのかもしれない。娯楽小説としてはひとつの成功した形かもしれない。これでト書き部分まで一人称であったらそれこそ新井素子だが、新井素子は一人称であるだけに会話そのものはもう少し控えめだ。

 あとがきにもあるように、ミステリーとしての謎解きよりは、この複雑な家族関係と宗教こそがテーマなのかもしれない。父母と6人の子供、そしてその子供たちの家族。みながみなそれぞれに一癖ふたくせ持ち合わせ、社会的には高潔でまじめな父の存在、けなげに家庭を守る母。父親が殺害された直後の混乱があるとはいえ、険悪な雰囲気すら感じてしまう兄弟関係。

 傍目に幸せそうに見えるからといって、なにも揉め事がない家庭などおそらくない。多かれ少なかれなんらかの問題をどんな家族でも抱えているのが現実かもしれない。その中でなんとか折り合いをつけて家族然としようとしているのか。

 「家族はもっとも身近な他人のはじまり」

 とはいえ、どんな時にも愛情をもって接してくれるのもまた家族なのかもしれない。もしもそれがなくなっていたら、もはや家族ではないものになってしまっているということなのか。

 悲惨な事件に巻き込まれてしまったこの家族を見ていると、そんなことまでふと考えてしまいそうだ。そんな意味では、異色のミステリーなのかもしれない。



死者に祈りを
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

むらさきだちたるくもの

しんきらり(全)

 やまだ紫さんが亡くなったそうな。60 歳とは。

 たくさん読んだというわけではないけれど、ときどきグサリと刺されるようなするどい感性を見せられたという意味で印象的で好きな漫画家だったなあ。

 えてしてこうした人は文章を書いてもうまいもので、エッセイなども面白かったのだけれど。

 ご冥福を祈るばかりなり。

 大好きなのだけれど、もはや入手不可ですか・・・

448002221Xしんきらり (ちくま文庫)
やまだ 紫
筑摩書房 1988-03

by G-Tools

 どうぞ安らかに。

412203535Xどうぞお勝手に (中公文庫)
やまだ 紫
中央公論新社 1999-11

by G-Tools


 残念ながら漫画のほとんどが今では入手困難のようだなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日々のごはん

4902516276LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。
ほぼ日刊イトイ新聞
東京糸井重里事務所 2009-03-12

by G-Tools

 このところほぼ日の「今日のダーリン」を読むために毎日通っている。過日放送された NHK のテレビのこれからに出演したときのことを書いたものについて河野さんに教えてもらったのがきっかけだったのだけれど、基本的にアーカイブされないというので読んでいる(後になって一部がアーカイブされるみたいだけれど)。

 実にゆったりとした感じだけれど、うんうんそうだよなあ、なんて思わせることも多くて、それだけでちょっと気になって読み続けている。

 吉本隆明さんのインタビューなんかもほほうと思ったのだけれど、今頃になって「LIFE」という料理の本がほぼ日で連載されていたのをまとめたものだったと知った。テレビとかで見かけていて知ってはいたのだけれど。

 映画「かもめ食堂」やもろもろでフードコーディネーターとして仕事されている飯島さんという方の本なのだけれど、サイトを見ていると実においしそうだ。とりたてて凝った料理というわけでもなく日常的なものが大半のようで、それもまた身近な感じがするのかもしれない。

 この手の写真は絶対に卑怯なわけで、「ほーら、おいしいよお」というモード全開で訴えてくる。もちろん実際にもおいしいのは間違いないのだと思う。でもやはり写真の訴えるうまさ(料理のおいしさと、写真としてのテクニック)ってのは大きい。

 どどーんとでている「おばあちゃんちのおはぎ」を見るだけでうずうずしてしまう。冬の間に買っておいた小豆。いつ餡にしようかと思っているのだが、こういうタイミングで見てしまうと「おはぎ」モードに突き進むかも。いやいや普通にひとまず餡にだけしておくか。

 からあげとかおにぎりとかナポリタンとか、どれも美味しそうで、やっぱり見たら作りたくなるってものだろうなあ。特別な日の飾った料理は、やっぱり毎日食べたいわけではないと思う。なにげない日々の料理っていうのはやっぱりたいしたものなのだろうなあ。お母さんというのは偉大です。

 いや、まずはやっぱりこの本を買うってことだな。ということでメモしておこう。

# あー、この肉じゃがもおいしそうだ。この頃作っていないので近日中に作ろう!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

るびまのプレゼントが届いた

今度は届いたるびまプレゼント

 るびま25号のプレゼントが届いた。今度は事故もなく無事に届いたのでまずはなにより。

 とはいえ、文字もやや小さく、ページ数を思うとかなりの分量となるこの本。内容を思うとわたしなんぞが当選してしまってよかったのだろうかという申し訳なさも感じていたりはする。せめてきっちり読ませていただきます。

#できれば送りましたよメールがあるとなおありがたかったですが。わかっていれば極力配達までは在宅でなどとすることもできるので。ま、あまりぜいたくを言ってはいけませんね。ありがたく、ありがたく。

4839924023アジャイルな見積りと計画づくり ~価値あるソフトウェアを育てる概念と技法~
安井 力 角谷 信太郎
毎日コミュニケーションズ 2009-01-29

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

町長選挙


4167711036町長選挙 (文春文庫)
奥田 英朗
文藝春秋 2009-03-10

by G-Tools


 精神科医伊良部のシリーズ3作目。相変わらずの変人ぶりだけれど、どうしてもテレビドラマの影響でこの太った脂ぎった医師の姿が阿部寛のイメージになってしまって困る。文章と脳内イメージのギャップが激しい。でも体型を除くといいイメージなんだよね。

 前半2作はパロディなのだけれど、キャラクターもその舞台背景などもほとんどそっくりそのままなので個人的にはちょっと好みではない。そこまでやってしまうと小説家としての創造する楽しみってもはやないじゃないかと思ってしまうので。いやまあ、そこはきちんと小説としてまとめているわけではあるけれど、それまでがそうしたパロディがなかった(と思う)ので、違和感は否めないわけで。

 女優の話は特定の誰というわけでもないのだろうけれど、複数のモデルをついつい想像してしまうのがまだよいかな。ありがちな話だけに無難にまとまっていたところ。

 最後の表題作「町長選挙」はもはや一番楽しんで書いたのだろうなという。お遊びがだんだんエスカレートしていくので、読者によっては嫌悪を覚えるかもしれないけれど、わたしは「あー、じれったいやつよ」などと思いつつもうまい具合に大団円にもっていったという意味でやはり表題作にたがわぬ出来になったのではないかなと。

 それにしてもかつて「モノマガジン」での連載を楽しみにしていたころに、現在の小説家の姿など想像もしなかっただけに、うれしい出会いというものかなと次回作を楽しみに待っているのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

聖☆おにいさん3


406372784X聖☆おにいさん 3 (3) (モーニングKC)
中村 光
講談社 2009-03-23

by G-Tools

 どこまでもつものかと思ったけれど、案外いい感じに続いている。

 なかなかにクスリと笑わせてくれる。ま、好みは分かれるだろうけれど、わたしは結構好き。

 このところマンガを読む機会は減っているのだけれど、続きが楽しみな一作。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バラードへのレクイエム

 文庫あとがきに「現在闘病中」と書かれていたのだが、J・G・バラードが亡くなってしまったらしい。4月19日78歳。ビーケーワンで知るというのもなんともはや。

 インナー・スペースへと旅立ったかな。

 バラード作品はいくつかあるけれど、本来なら「ヴァーミリオン・サンズ」あたりは代表的な一作にあげたいところだが、残念ながらまとまった形では入手不可のまま。

4150106916ヴァーミリオン・サンズ (ハヤカワ文庫SF)
浅倉 久志
早川書房 1986-11

by G-Tools

 短編集に収められたものをぽつぽつと読むというところか。なかでもお薦めは、「時の声」

4488629059時の声 (創元SF文庫)
吉田 誠一
東京創元社 2000

by G-Tools

 長編として注目したいのは「世界」の作品群。

4488629016沈んだ世界 (創元SF文庫)
峰岸 久
東京創元社 1968-02

by G-Tools

4488629024結晶世界 (創元SF文庫)
中村 保男
東京創元社 2000

by G-Tools
4488629032燃える世界 (創元SF文庫)
中村 保男
東京創元社 1970-08

by G-Tools
4488629040狂風世界 (創元SF文庫)
宇野 利泰
東京創元社 2000

by G-Tools


 高層ビルが舞台の異色作。(でも入手は困難)

B000J8ANFKハイーライズ (1980年) (ハヤカワ文庫―SF)
村上 博基
早川書房 1980-02

by G-Tools

 こんなコミカルな風刺のきいた作品も懐かしい。

B000J7MP5C22世紀のコロンブス (1982年) (World SF)
南山 宏
集英社 1982-07

by G-Tools

 ご冥福を祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

楽園への疾走


448862913X楽園への疾走 (創元SF文庫)
J.G. Ballard 増田 まもる
東京創元社 2009-03-31

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 核実験の阻止とアホウドリを絶滅から救えと訴えて、サン・エスプリ島にやってくるドクター・バーバラとその一行。ふとしたことから活動に参加せざるを得なくなり、活動中に足を銃で打たれ、いちやく時の人としても話題になり、いつしかドクター・バーバラに惹かれていく少年ニールとを主軸に展開する「楽園」物語。

 世界から注目され、あらゆる支援物資が届けられ、なんだかよくわからないヒッピーや環境活動家を自認する幾多の人々がやってくる。

 いつのまにか小さな社会となってしまった島ではあるが、次第に様子は変わっていく。ユートピアがやがてディストピアへと変貌していく過程は、背筋に冷たいものが走るうそ寒い感じ。

 いつの世でも、集団は形成されたとたんにある種の強い力にひかれてどこかへ突き進む。その疾走の行き着く先は楽園なのか、それとも。

 連合赤軍しかり、オウム真理教しかり、ヒトラーしかり。社会にしろ宗教にしろ集団がいつも正しい方向に進むだけとは限らない。ひとたび狂気の先に突き進んでしまった場合、なにが待ち受けているのか、そんなひとつの姿がサン・エスプリ島にあるのかもしれない。

 現代にかえって思えば、果たして盛んに喧伝されている「エコ」ブームはどうなのか。グリーン革命はどうなのか。その先に待っているのは本当に楽園だと信じるに足るものなのだろうか。否、本当に考えるべきは「楽園と信じるに足るかどうか」ではなく、「楽園へと導き続けるものなのかどうか」、なのかもしれない。

 バラードが見せてくれる歪んだ社会が、ただの物語にすぎないと言い切ることが、はたして出来るものだろうか。

 誰の中にもあるであろう邪なものをしっかりと見つめさせてくれる意味でも、避けて通ってはいけない稀有な作品なのではないかな、と。

 あわせて読みたい。

4532314410グリーン革命(上)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

by G-Tools

追記:(4/22)
 4/19、78 歳でバラード逝去。こんなタイミングで読むことになろうとは。



楽園への疾走
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

万物を駆動する四つの法則


4152090073万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を究める
Peter Atkins 斉藤 隆央
早川書房 2009-02

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 熱力学の4つの法則をコンパクトに解説する。けれども、ポピュラー・サイエンスや一般向けの入門書という姿勢で臨むと玉砕すること間違いない。とはいえ指向としてはそちらを向いているのもまた確かなことなのだけれど。

 第0法則の温度の本質あたりはまずまずよい。身近な摂氏や、わたしたちにはあまり身近ではないけれど知られている華氏などの意味。また絶対温度も持ち出して、それらで見るよりも温度の逆数βで見るほうがよりよくすっきりと表現できるのだと説明する。

 温度が低い時のエネルギー準位の占有数はより低い位置に集中的に現れるけれど、温度が高くなるとその分布としては高いものよりも低いもののほうが多いものの、その差は次第に少なくなって全体的に分布するようになる。温度が低く分布が集中してしまう状態のβは大きく、温度が高く分布が分散している状態のβは小さいことを意味する。逆数という名の通り、現在使われている温度単位の考え方とは反対で、温度があがるほど(ベータであらわす)数値は小さくなり、温度が下がるほど(βであらわす)数値は大きくなる。

 まだ理解が十分でないのでうまく説明できないけれど、読みつつ整理していくとなるほどと頷けるはずだ。

 第1法則の「熱とはプロセスだ」あたりもまずまず。

 問題は第2法則のエントロピーあたりからだ。

 「エントロピーとは何か」(堀 淳一、講談社ブルーバックス)なども読んでいたので、なんのことはないと思っていたのだけれど打ちのめされた。分かるのだが、わからないといった感じ。

 もっとも、それで悲観する必要はないのだと思う。本書にもこう書かれている。

第2法則は、深遠であるうえに、難解なものとしてよく知られ、科学の素養を測るリトマス試験紙と言われている。(P.67)

 さらにはこの理解の難しさを高めているのは、ありふれたポピュラー・サイエンスの類書とは異なるという特徴によっているのかと。訳者のあとがきでも触れられているけれど、

本書は気軽に読めるポピュラー・サイエンスではない。読者に大いに思考を求めるのだ。(中略)、本書では、熱力学の本質を考察するうえで、論理と数式が駆使される。(中略)だが、よく読むと、ところどころわざと一部の導出過程を省いて記述している箇所があり、これが気になったら自分であいだを埋めていかなければならない。(P.167)

 実際、なんの迷いもなく専門用語がすらすらと並べられたりしてとまどうことも少なくない。あとになって解説されるものもあるが、ないものもある。解説も基本は文章によっているので、少ない図示と見比べながら、自分の頭のなかで考えて補っていかなくては、なかなかいわんとするところを理解することは難しい。

 そのため、何度もページを戻って読み直しつつ進めていくという感じで、ページ数の割りに読了までは時間を要する。けれども、それこそが著者アトキンスの目論見通りということなのかもしれない。

 第2法則については、さまざまな表現の仕方ができるようで、順を追って説明されていくのだが、「熱源から取り出された熱が、すべて仕事に変換されるような循環過程はあり得ない」などはわかりやすいか。先日も日本人のだれかが永久機関を発明したということで大々的な発表を行い、新聞でもまことしやかにとりあげたというのをやじうまWatch で見たけれど、それはとうてい無理なこと。

 たとえば冷蔵庫。庫内の物から熱を奪い、庫外の温度の高い環境に熱を捨てるには仕事をしなければならない。つまり電源につないで動かすということが必要なのだと説明する。電源により動かすことなく自発的に温度が高いほうへ熱が移動することはありえない。

 エアコンもしかりで、そうしたあたりまでの日常の例示はまあまあ理解もたやすい。けれど、その先に進んでいくとどうにもすっとは理解が進まない。このあたりがもどかしい。

 発展したところでは、人体の生命活動もまたエントロピーに切り離せないというあたり。食物から栄養を吸収し、物質を合成している過程はエントロピーを下げる非自発的な活動で、つまり系全体としたら無理のある活動とでもいうもの。ゆえに死亡するとそれらがなくなって自発的な活動として腐敗・分解などが起こり、エントロピーは増大する。

 熱力学についてコンパクトでありながら全体にわたって(多分)必要十分に解説されているという点で、非常に有意義な本なのだとは思うが、ちょっとした科学好き程度の読者がうかつに手を出すとなかなか手ごわいということは知っておくべきかも。

 けれども、そんな思考の過程も楽しめるという読者であれば、あるいは新しい知見の世界が待っているかもしれない。大学での副読本としてなら最適な一冊ではないかと。

 ということで、もう少し読み直しつつ思考を続けようと思います。

4061179969エントロピーとは何か―でたらめの効用
堀 淳一
講談社 1979-01

by G-Tools





万物を駆動する四つの法則
Amazonで購入
書評/サイエンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グリーン革命 温暖化、フラット化、人口過密化する世界


4532314410グリーン革命(上)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

by G-Tools

4532314429グリーン革命(下)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 一見したところでは、地球環境問題を考える本という受け止め方をしてしまうが、その実はビジネスの本である。というのがおおざっぱな本書の立ち位置。


だからこそ私はこの本の随所で、エネルギー気候紀元の難問に相対するのは、いくつものあらたな危険に直面することではなく、いくつものあらたなビジネスチャンスを出迎えることなのだと、何度も力説してきた。(下・P.284)


 とはいえ、それは綿密に調べあげ、分析された現状から導きだした、地球の未来への展望を実現するための方便にすぎない、というのもまた真実。

 誰しも昨今のさまざまな状況(気候がなんだかおかしいのではないのかとか、自動車を走らせるための燃料を作るために食料を不足させている状況であるとか)から、なにかを変えるべきなのではないかという感想は持ちやすいけれども、いざそうしたエコロジーな方向への転換はビジネス的なうまみが感じられないとか、面倒だとか、さまざまな理由をつけて後回しにされたり、結局ないがしろにされているのが現状であるという現実。

 それを打破して堅実に実行に移す可能性を秘めたキーワードが、この本の中には詰まっている。

 原題であり、副題にも掲げられている「温暖化、フラット化、人口過密化」のうち、フラット化については前著「フラット化する世界」を知らないのでどういう意味かつかみかねたけれど、つまりは世界の多くの人の生活がそこそこにあがってきて、テレビを見たり車に乗ったり、携帯電話を持ったり、インターネットを使ったりといったことが普通にできるような人々が増えてきたことで、世界が平準化されてきたことを示しているらしい。

 もちろん、いまだに貧困に苦しむ人々が多く存在するのもまた事実ではあるものの、一方で著者の言う「アメリカ的な生活をする人々」もしくは「アメリカ的な生活を望み、それが実現可能な人々」の増大は確かにあるのだろうなと感じられる。


ドーハと大連は、フラット化と人口過密化が出会うとどうなるかを、如実に示している。世界の総人口は、1955年の30億人から2050年には90億人に増加すると推定されているが、それよりもはるかに重大なのは、10億人がアメリカの生活様式で暮らしている世界から、20億ないし30億人がアメリカの生活様式で暮らしているか、あるいはそういう生活をしたいと望んでいる世界へと移り変わっていることだ。(上・P.84)

 そして、そうした人々の増加によって巨大なエネルギーが消費されているということ。そのエネルギーは残念ながらクリーンなものではないということ。

 現在の世界のなにが問題なのか、についてまずは考えていく。そのキーワードが「エネルギーの供給と需要」「石油独裁主義」「気候変動」「エネルギー貧困」「生物多用性の喪失」。

 近年の原油価格の高騰、それに伴って穀物市場が食料からエネルギーへと目的を移す場面が増えた結果を受けての穀物価格の高騰。あとは芋づる式にあらゆるモノの価格上昇。果ては金融危機を経ての世界的な不況。


私はつぎのような仮説をともなう石油政治の第一法則を提案する。石油資源が豊富な産油国では、原油価格と自由化の度合いが、逆の動きを示している。すなわち、世界の原油価格が上昇すると、言論の自由、報道の自由、自由で公正な選挙、集会の自由、政府の透明性、司法の独立、法の支配、独立した政党やNGOの結成が蝕まれる。こうしたマイナスの傾向は、原油価格が上昇すると、石油主義者の指導者が国際社会の評判を意に介さなくなることによって強まる。国内治安部隊を増強し、政敵を買収し、票や国民の支援を金で買い、国際的な規範に抵抗するのに使える余分な金が増えるからだ。

 石油政治の第一法則によれば、逆に原油価格が下降したときには、自由化の度合いが速まる。石油主義国は、より透明な政治と社会を志向せざるをえなくなる。政敵の意見に敏感になり、幅広い外国との交流にも開放的になり、国民が競争するための能力を最大限に発揮できるように、法律・教育体系の構築に本腰を入れる。新規の起業をうながし、海外からの投資を引き込む。さらに、原油価格が下降すると、石油主義の指導者たちは、当然ながら外部の意見に敏感になる。(上・P.149)


 確かにドバイなどの様子を見る限りにおいて(あくまでもテレビでではあるけれど)、それは間違いなく存在するのだろうなと思わざるを得ない。中東で実際に働いているのは外国からやってきた労働者で、地元の若者は金と時間をもてあまし、毎日ひたすら遊びほうけているだけ。それでも彼らには巨万の富があふれている。

 そんななかで暮らしていたら、それはおかしくもなるだろうに。


ロスは、169カ国のデータをもとにしたその後の研究で、中東の女性が依然として教育をきちんと受けられず、労働力として実力以下の評価を受け、政治力を持たない理由を提示している。原因は石油だ。(上・P.156)

ウィルソンはいう。「私たちが自然界を破壊すればするほど、それを維持する負担は大きくなり、どんどん自分たちで工夫を凝らさなければならなくなる・・・だから、自分たちの手で操縦装置を操って、人間の生活に必要な物事をすべて動かせる--たとえば大気をこまかく管理できる--ような宇宙船に、地球を変えてしまう計画がないかぎり、生物圏の維持は、数百万の種が私たちをよろこんで何事もなく支えてくれていた、当初のあるべき姿に戻すのが賢明だ」(上・P.231)
たしかに、火力発電所中心のシステムは、当面、アフリカや南アジアではある程度必要だろう。グリーンな発電手段は、まだ大々的な規模では実現できない。しかし、いま電力を使えない16億人が、石炭、天然ガス、石油を燃料とする火力発電の送電システムに移行した場合、気候にあたえる影響や汚染はすさまじいものになる。世界の4分の3が化石燃料による火力発電の電気を使っているだけでも、これだけの気候変動を引き起こしているのだ。残る4分の1がそこに加わったらどうなるか? だから、クリーンで信頼できる安くて豊富な電気を、早急に用意しなければならない。太陽光発電や原子力発電のコストを下げ、そういったテクノロジーを世界の貧しい国が安心して使えるようにすれば、一つの問題(エネルギー貧困)を緩和し、もう一つの問題(気候変動と大気汚染)を阻止できる。(上・P.246)
バイオ燃料についてはどうか(中略) 私たちのエネルギー問題の大々的な解決策にはなりえないし、解決策にしようとしてはいけない。私たちの必要とする規模のパワーを提供できるのは、電気だけだ。ただ、ガソリンを燃料とする自動車から電気自動車に移行するあいだは、バイオ燃料がつなぎの解決策になりうる--ただし条件が4つある。(上・P.287)

 昨年のガソリンの暫定税率をめぐる問題の時にも、与党のどなたかが言っていたが、確かにクリーンでない石油燃料の使用を減らすというのであれば、国内での税金を高く載せるという手法はあるともいえる。しかし、それは代替するものへの移行をも含めたものであるべきか。

 その意味でいえば、テレビのデジタル化が進まないのもむべなるかなというところ。そもそもデジタル化で電波の有効利用とかいっているものの、どうしてもそうしなくてはならない理由が明確に見えてこないのはおそらくテレビ局などにしても同じなのではないだろうか。

 もしもそれでも変更をというのであれば、既存のアナログテレビの購入費用は高くして、デジタルテレビの価格をぐっと安くするような相対的な選択基準を業界全体に課すような政策が行われるべきなのだろうけれど、それがないので進まない。本当に切り替えなくてはならないのであれば、助成程度でなくて総合的な施策が必要であろうに。


「経済を生かし、成長させるには、消費する必要があります。しかし、私たちは消費を増やすとともに、保護も増やすことができます。自然の状態を護っていかなければならない場所や資源を見分ける必要があります--それを中心に成長します」無駄の多い営み--必要性も計画性もなく、無知もしくは習慣でやっているようなこと--も見きわめて、やめていかなければならない。(上・P.293)

「環境問題に関しては、無関心よりも偽善的なほうがずっといい」--自分のやっていることがわかっていれば、正しい方向に向かっていれば、早まった勝利宣言をしなければ、そのほうがましだ。てっきり勝利を収めたと思い込んで、旗竿を地面に突き刺してしまうのが、いちばんまずい。最近の私たちはそんなふうなことをしている--グリーン・ブランド、グリーン・ブーム、グリーン・コンサートで問題を解決していると思ったら大間違いだ。それでは勝算はない。(上・P.323)

 多くの人々にとってなにができるかといえば、正直たいしたことなどできないというのが本音で、だからこそ「小さなことでも、出来ることから」ということになるのだろうが、昨今のレジ袋を悪者にする風潮はどうかとも思う。もちろん無駄に使うことは避けるべきではあるし、削減そのものが悪いことではない。そしてそれはレジ袋に限らない(そこが大事なはずなのに、レジ袋をいけにえにすることで他を除外しているきらいがある)。

 本当に悪だというのであれば、すっぱりと国が禁止を打ち立ててしまえばよい。それが環境のための必須条件なのだというのであれば、否応なく従うしかない。けれどももっと本質的なところがうやむやにされていて、単にいけにえにされている現状ではそこまで踏み切る度胸まではない。現実問題として、すべての人が常に買い物袋を持ち歩くということは期待できないわけで、それであれば有料にするだのなんだのとマイナスイメージを作るよりも、まさしくリユースを促すのが手っ取り早い方策。

 仮にレジ袋を二度使えば、総使用量は半減する(ごくおおざっぱな数字として)。実際にはよほど使用状況が悪くない限り、十回程度は使えることは経験済みだ。ブランド物の、高価で所有することに意義があるようなエコバックと名前のついた袋をこぞって買うよりも、よほど現実的な解だと思う。

 小さなことの積み重ねももちろん必要なことではあるが、悲しいかなその程度のことでどうこうできる問題ではもはやないという認識をこそ、本書などを通じて知るべき。(もっとも本書でもレジ袋はなくすべきだという主張をとっているようではあるが)


だが、いまや私たちはエネルギー・インターネット--頭のいい高圧送電線網--に移行しているから、電力会社は風が吹くときや太陽が照っているときに合わせて、家庭の冷蔵庫を動かし、サーモスタットを調整できる。需要と供給を一致させることができる。そのため、再生可能エネルギー源を、より低いコストで使えるようになった。雲が太陽をさえぎり、風がやんだときには、頭のいい高圧送電線網が、価格を上げることで需要を減らす(家庭のSBBが、いまは選択は控えようと判断する)か、あるいは家の温度設定を変える。太陽が明るく輝いていて、風がうなりをあげているときには、電力会社は家庭の乾燥機を最低価格で作動させる。つまり、高圧送電線網の知能と、エネルギー効率の向上と、再生可能エネルギーの利用のあいだには、直接の相関関係がある。(下・P.30)

ここまで述べてきたエネルギー・インターネットを構築することができるとすれば、エネルギー需要の曲線の頂上(ピーク)と谷間をならすことで、エネルギー効率を高め、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの利用を増やして、いまよりも少ない発電所で、もっと成長できる。(下・P.44)

 実はこのあたりについてはどうにも著者の意図が見えない。電気代の高い時には冷蔵庫の電源を落としてしまうのか? 落とさないまでも庫内の温度が上がってきても、電気代が今は高いからとそのまま放置するというのだろうか? 電気代の安いときだけ冷やして、そのほかはなにもしないという使い方ができる製品であるとは思えない。

 乾燥機もまたしかり。晴天で風もあってよく乾きそうな天気というのに、乾燥機を作動させるのはむしろ無駄であろうに。単純に表に干せば済む話だ。洗濯機が一日のなかの電気代の安い時間にというのはわからないではない。もっともそうしてすべての家庭の洗濯機が同じ時間に一気に動きだしたら、それはそれで電気使用量が集中して、結果的に電気代が高くならないかなどとも思ったり。

 また、需要曲線をならすというのだが、使い方を見直すことでピークをいくらか減らすことはできるだろうが、だからといって発電能力がピークよりも低い平均値で済むという話ではない。ピーク需要をまかなうために必要な発電所の数に対して、ピークはたいしてかわらないが、いくらか全体をならして使う利口なシステムなので発電所の数を減らせるという話にはならないはず。ならそうがならすまいが、そこはかわらない。それとも、なにか読み違いをしているのだろうか。

 もちろん、この話は将来を予想した物語として書かれた部分なので、そこまで言うこともないのかもしれないけれど。


ヤマニがOPECで仲間に語ったのは、つぎのような言葉だったと伝えられている。「きみたち、忘れてはいかんよ。石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない」最初は青銅、つぎは鉄というぐあいに、代わりになるツールを人間が発見したから、石器時代は終わった。石油消費国が本腰を入れて再生可能エネルギーの大規模生産に取り組むか、エネルギー効率が幾何級数的に改善されれば、数百万バレルの石油が埋蔵されたままでも石器時代が終わるはずだということを、ヤマニは見抜いていた。(下・P.60)

2006年、私たちの家族がペルーの雨林を旅したとき、ギルバートという原地のすばらしいガイドを得た。ギルバートはつねに先頭に立った。電話も双眼鏡も持っていない。iPodはおろか、ラジオも持たない。一度に10の作業をやろうとする”いつでも注意を分散”という現代の疾病に冒されていない。まったくその逆だ。ギルバートは、つねに周囲で起きていることだけに注意を払っていた。雨林のなかで、虫の音、鳥のさえずり、うなり声、枝の折れる音をすべて聞き取り、私たちの足をとめさせて、どんな虫か、鳥か、動物かをすぐに教えてくれた。クモの巣すら見落とさないような視力の持ち主で、蝶、オオハシ、シロアリの列を見つけた。ワールド・ワイド・ウェブとはまったく無縁だが、周囲の生命の驚異的な自然の織物(ウェブ)とは完全につながっていた。(下・P.158)
#一般に「原地」は「現地」だろうかと思うのだが?

 生物の多様性と同時に、環境の多様性もまた星にとって社会にとって重要なこと。


かつて欧米がやってきたように、いま成長し、あとで汚染をなくすという順序でやる余裕は、中国にはない。中国人の多くは、不公平だと思うはずだ。だから、地球温暖化は、欧米が中国の成長を鈍化させるための”陰謀”だと思っている中国人は少なくない。中国の工業の竜が炎や煙を吐きはじめるよりもずっと前に、欧米の工業国家は大量のCO2を無頓着に大気に吐きだしていたのだから、不公平にはちがいない。ましていま、欧米はもっとも汚い工業を中国に移している。だが、母なる自然は、そもそも公平ではないのだ。母なる自然は、自然科学とごまかしようのない数学しか知らない。中国が、いま成長し、あとできれいにしようとしたら、予想を絶する規模と速さの成長によって、環境が取り返しのつかない破壊をこうむるだろう。(下・P.198)

第一の最大の原因は、汚い燃料システムの旧来の産業だ。この産業は、自分たちの縄張りを護り、アメリカのエネルギー・インフラ支配を維持しようとしている。経営幹部や従業員やその企業を支援する政治家が、雇用や地域社会を護ろうとするのは、まだましなほうだ。最悪の場合には、貪欲な企業が、利益の母体を護ろうとして、タバコのように社会や地球に害があるとわかっている製品でも製造しつづける。いずれにせよ、エネルギー政策決定にかかわりがあるとき、この連中はイカサマを仕掛ける。事実をゆがめ、数多くの新聞やテレビに消費者を惑わす広告を載せ、政治家を買収する--すべては汚い燃料システムを維持するためだ。自動車産業、石炭産業、まだ目が覚めていない特定の電力会社、石油・天然ガス会社などの”エネルギー産業複合体”から出た金は、これまでずっと、私たちが現況についてのエコロジカルな真実をひろめる能力を弱め、エネルギー・インターネットを設置するのに必要な頭のいい政策を私たちが(大規模に)企画する能力を損ねてきた。(下・P.242)

 いわゆる発展途上国はこぞって「先進国がまずやるべきで、我々はもう少し放っておいてくれ」という論調が強いけれど、もはやそういう段階ではないということをもっともっと共通の理解に変えていく必要がある。

 同時に、政治や企業にとってももっと本質的な危機感を認識する必要がある。

 そのためにも著者が訴えるのは、「これがビジネスチャンスなのだ」ということかと。本来、そんなふうに考えて行動するのはこの問題に関しては不謹慎なようにも思えるが、そうでもしなければ行動が起こせない状況にあるという現実への答えが「グリーンはビジネスチャンス」ということかと。


この演説を聞いたり読んだりするたびに、私はちょっとひやっとする--ことに、「なにをいうかではなく、なにをやるかがおまえを決める」というところに。スズキの演説の魅力、力、美徳は、真のグリーン革命がなんであるかを手厳しく思い出させることにある。(下・P.274)

 むしろその後段の、「みなさんのやっていることが、私を悲しませています。大人は子供に愛しているよといいますが、ほんとうですか。言葉どおりのことをやっていただきたいと思います。」のほうが、ずしりと重みをもっているように思う。


だから、指導者を見つけて鍛えることが、きわめて重要なのだ。人種差別を終わらせるとか、世界戦争を戦うといったような、大きな難題に直面するときはいつでも、リーダーシップの質が趨勢を決する重要な要素になる場合が多い。エネルギー気候紀元の場合には、問題点をはっきりと示し、それを無視すれば恐ろしい脅威がもたらされ、それに取り組めば大きなビジネスチャンスがもたらされることを、人々に納得させられるような指導者が必要とされる。また、指導者たちは、この問題への対処が重要であるというのを理解しているだけではなく、システムをまとめられる大きな展望と権威をみなぎらせていなければならない。(下・P.288)

 アメリカはオバマ大統領がその方向に向かおうとしているかに見える。しかして日本はどうなのか? なんともお寒い状況が連綿と続けられていると思っているのは、国民よりもむしろ政治家なのではないかな。

 ソーラーパネルの設置補助などにしても、著者はそんな日本を評価しているようだけれども、現実のところとしては行政まかせのことが多いためにバラバラの対応で、十分に機能しているとはいいがたい面もある。どうせならすべての家屋に国が設置する、くらいの気概が欲しいのではないかとも思ってしまうが、それは望むべくもない。


私がいう”バナナ共和国”は、1960年代の中南米の独裁主義国のことではない。公益事業関係の専門家が使う言葉に似せてこしらえた造語だ。NIMBY(うちの裏庭だけはだめだ ノット・イン・マイ・バックヤード)という言葉を聞いたことがあるだろう。「風力発電機はおおいに結構だが、うちの裏庭にはあってほしくない」といったようなときに使う。BANANAはその変種だ。”なにかの近くのどこかにはなにも建てるな ビルド・アブソルートリー・ナッシング・エニウェア・ニア・エニシング”を意味している。(下・P.289)

 なにも国民レベルのことではなく、政治家にしても自分のお膝元にはそうしたものは作るなということで、結果遠く離れた田舎の山奥に作って満足しているということも同じことなのだと思う。

 ニューモなどもよい例では。地方の小さな村などでは財政が厳しい。調査をやらせてくれれば大金をあげますよといって地層処分候補地を募集している。安全に処分するのである。国会議事堂の地下にでも埋めたらどうだろう。議員宿舎を新築せずに地下に埋めたらどうだろう。

 一度でもなにかをやむなく受け入れたら、次からつぎへとそうしたものを送り込まれる。生活している以上避けられない問題なのは誰にでもわかる。であれば、等しく負担するということも必要なのではないかなあ。

 本書で書かれていることの多くは、まず地球の現状がどうなっているのかという分析。これにはきっと多くの解釈があるであろうから、取材した数だけ異なる見解というものがあるかもしれない。だからこそ同様な多数の意見をきちんと見聞きして判断できるようになりたい。

 ではどうするのかという手法についても同様で。著者が提案することが唯一無二の方策であるかどうかはわからない。少なくともアメリカは類似の方向へ走り出しそうだ。アメリカ人がアメリカでアメリカ人に向けて書かれた本なので、「アメリカがやらずに誰がやる」というメッセージが非常に強い。けれども、ことこの環境をとりまく問題だけは、もはやアメリカ人がなどという枠を忘れて地球的な視点で考える必要があって、国や人種の枠を超えた取り組みや発想が求められるのではないかなという思いもする。

 計画されているスマートグリッドに致命的な脆弱性があると、このごろニュースにもなっていたけれど、これほどまでに大掛かりなシステムを構築し、それを将来的な資産にしようと考えているわけであるから、この方式だけにとらわれずに遠い将来をきちんと見据えた(世界的な)取り組みこそが求められるのではないかと。著者の提案するエネルギー・インターネットはそのひとつのアイデアにすぎないという考えもまた必要なのではないかなと。

 究極をいえば、やはり「人間が多すぎる」につきるのだろうとは思う。諸悪の根源は、わたしたち人間だ。

 著者の描く未来は、やや絵空事に思えないこともないが、近年の地球の姿を理解するうえで十分に価値ある一冊であり、思索に寄与する一冊であるのは間違いない。

4150106525人間がいっぱい (ハヤカワ文庫SF)
浅倉 久志
早川書房 1986-02

by G-Tools
B001F4C65Cソイレント・グリーン 特別版 [DVD]
スタンリー・グリーンバーグ
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-10-08

by G-Tools


グリーン革命
Amazonで購入
書評/社会・政治

| | コメント (0) | トラックバック (0)

針の眼


448812903X針の眼 (創元推理文庫)
Ken Follett 戸田 裕之
東京創元社 2009-02

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 日本においては架空戦記といわれる「もしもあの時こうであったなら」というところからイメージを膨らませた物語がたくさんある。多くを読んだわけではないけれど、そのいずれもなんだか作り物くささをぬぐいきれず単なるSFとしてしか読めない印象が強かった。

 それに比べてこちらの「もしも」はまったくそれを感じさせない。詳細をよく知らない異国の物語であるからということを割り引いても、手に汗握る展開と、詳細に描きながらも読み手のリズムを損ねずグイグイと引っ張っていくその文章によって一気に大団円へと突き進む。

 <針>と呼ばれるドイツの有能なスパイ。イギリスで諜報活動を行うほとんどのドイツスパイが秘密裏に捕獲され、一部が二重スパイとして偽の情報をドイツに送らされるなか、唯一その存在を隠して行動する彼がつかんだのは戦況を左右するほどの重要な偽装作戦の有無。しかしすでにその段階で MI5 による<針>捜索のための罠や作戦が展開されており、逃げるものと追うものとの手に汗握る攻防戦へと事態は転換する。

 一方で物語の冒頭では結婚式の直後に自動車事故で両足を失うことになり、パイロットとして戦闘に参加することがかなわなくなった夫と若きその妻が傷心をいやすためにとある島に移り住む物語が語られる。

 中盤までははたしてその両者がどう関わっていくのかとわからないまま物語は進むのだが、意外なくらいの展開を見せるあたりから俄然緊張感が増していく。

 最後のさいごまで伏線の張られ方が効いていて、読後ニヤリとさせられること必至。

 早川文庫時代から作品のよさは聞き及んでいたので、読みたいと思いつつもそのままに終わっていたが、ここへきてようやく読むことができた。これほどのめりこませる作品をもっと早くに読まなかったことが悔やまれるくらい。もちろん、当初の翻訳とは訳者が異なることを思うと、あるいは今回のこの訳が非常にすぐれているという面もあるのかもしれない(比較できないので、過去のものが悪いというわけではない)が、よどみない実にいい訳なのは間違いないと思う。

 面白い冒険小説が読みたい、と思う人には文句なくお薦めできる一冊。

追記:
 間違い部分を記載しわすれたので。(2009/2/27 初版)

P.129:「義父も同じことをいってますけどね。彼はわたしほどニシカルじゃないから。」

ニシカル → シニカル

シニカル(Cynical)
 冷笑する様子。皮肉。「--な笑い」(新明解国語辞典第4版)

P.154:「だがそれらはみな古く、鯖が浮き、エンジンも内部の部品も抜き取られて、車体だけになっていた。」

鯖 → 錆

 毒でもまかれたのか、とかね。

P.205:「フェイバーは聞こえない振りをした。ドアの閉まる音がいた。」

音がいた → 音がした


針の眼
Amazonで購入
書評/海外純文学

| | コメント (0) | トラックバック (0)

後巷説百物語


4043620047後巷説百物語 (角川文庫)
京極 夏彦
角川書店 2007-04

by G-Tools

 それほどたくさん読んでいるわけではないけれど、京極夏彦の作品でどれが好きかというと、一連の京極堂のシリーズよりもこちらの巷説百物語のシリーズのほうが好きだ。

 なにやら不可思議な事件がおきて、どうみてもこの世のものではない妖怪の仕業ではないかと解釈せざるを得ないような展開をみせる。結果そういうものであったのだろうと巷間では理解されるのだが、実は妖怪のすがたを借りてうまく事態を収めた、すべては仕込みであったと語られる。その仕込みが見事でなるほどとガテンのいくものであったり、そうであったかと地団太を踏みたくなるようなものだったり。

 その妖怪の特徴をうまく作品世界に生かしているあたりはさすがは京極夏彦の本領発揮というところ。

 語られるそのリズムも昔がたりを聞くようで、ときにワクワク、ときにしんみりと読ませる。

 その巷説百物語の時代としての終尾をかざるのが「後巷説百物語(のちのこうせつひゃくものがたり)」。かつて大いなる仕掛けをおこなってさまざまな事件を収束させていった又市、おぎんももういない。生きているものやら死んでしまっているやら。それもわからない。いくつもの仕掛けを目の当たりにしてきた一白翁(いっぱくおう)こと百介が、若い者がもちこんでくる不思議な事件と類似のかつての話を聞かせるという形で物語りは進む。

 ことに冒頭の「赤えいの魚」はテーマといい結末といい人の世の重い命題をつきつけられるようでつらい。続く「天火」「手負い蛇」「山男」あたりまではまずまずだが、正直だんだんとあっさりとしたものになっていくような気もした。始めに力を注ぎすぎて後半は少し疲れてしまったのではないかというくらいに。

 それでも最後の「風の神」で物語全体の締めくくりを見事にしてのけているのは確かで、これで終わりなのかという虚無感にも似たような放心状態を味わう。

 昔、山はある意味よくわからない神聖で謎に満ちた空間だったように思うのだけれど、今では基本としてそうしたことはまずなく、ひたすらに高い土地であるという以外は神秘性はなくなっているのかもしれないといったことを語っている。妖怪についても、昔からいると信じていた人など実際はいなかったのであろうが、いるということにすることで片付くこと、救われることというのもあったのであろうと。

 今の社会に照らし合わせてそんなことを思うと、便利ではあるがなんとも不便な世の中なのかもしれないなどとも思う。

 さいわいにして物語りの始まりをになう「前巷説百物語」がすでにでており、こちらは未読。文庫を待つのでいましばらく先になるが、もう少しこの不思議な語り(騙り)の世界を堪能できそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

TSNETスクリプト通信第4号でました

 [ TSNETスクリプト通信第4号 - TSNETWiki on TextWorld ]

 なんとなく瑣末なことに思考をとられていたので今頃になってしまったけれど、TSNETスクリプト通信第4号でてます。

 で、ひとまずざっと見た(読んだ)ところですが、今回も機械伯爵さんの Python 入門は力いっぱい全開です。ちょっと圧倒されそう。Yささんはいつものように awk ゲーム(まだ試してない)。そしてとうとう海鳥さんが Ruby と PostScript を連携させて迷路をつくるということで登場。jscripter さんはいわずもがな。

 いよいよ Ruby も入ってきたのですね。それにしてもどれも内容が濃いのでうっかり妙な気をおこさずによかったとホッとしているところ。

 ちなみに P.11 の「:(セミコロン)」との記載はコロンの間違いでは?

#ひっそりと参加したのでまだROMしてます。TSNET。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ネコを撮る


4022731338ネコを撮る (朝日新書 33) (朝日新書)
岩合 光昭
朝日新聞社 2007-03-13

by G-Tools

 ずいぶん前になってしまったけれど diary.yuco.net で見て、そりゃ読まなきゃと思っていた本。ようやく読んだ。

 「ネコを撮る」とは題されているものの、猫の写真の撮り方について書かれたというよりは、猫にまつわるエッセイやら猫とのつきあい方について、これまでの撮影経験から思ったことがさらりと書かれているというのが正しいかも。

 もちろん、こんなことに気をつけるといいよとかの話はあるにはあるのだが、全体から受ける印象は猫っていいよねえという空気のようなものといっていい。

 いくつかの写真が収められているのだが、いくつかは残念ながら暗い仕上がりで(印刷の関係かとも思うのだけれど)よく見えないのがなんとも惜しい。モノクロだからというところもあるのか。

 それでも猫ってこんな表情が撮れるんだねえという驚きというか、面白みというか、そんなものも感じさせてくれるのはやはりプロたるゆえんか。

 もっとも読み終わると「これで自分も」などと不遜にも思ってしまうわけではある。

 ようやく暖かなひざしがそそぐ季節なのでカメラを持って猫探しにでかけるのもちょっと楽しみになれそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

十の罪業 BLACK


4488169066十の罪業 BLACK
エド マクベイン Ed McBain 白石 朗
東京創元社 2009-01-28

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 広義のミステリーであればなんでもよしとする中編小説のアンソロジーを、ということでエド・マクベインが編集した10作からなる2分冊、「RED」と「BLACK」の後者「BLACK」を読んだ。ジェフリー・ディーバーがとスティーブン・キングが含まれているというのが選択した理由。

 とはいえ恥ずかしながらディーバーは映画は見たことがあるが、小説としては読んだことがない。けれどもその噂はよく目にしているし読む機会を待っていたというところではある。

 一方キングはいくつか読んだことがある。さほど多いわけではないが、梗概によればかの 9.11 を題材にしているということで、キングはどんな切り口で捉えるのかというところに興味があった。

 収録されているのは次の5作。

  • 「永遠」ジェフリー・ディーバー
  • 「彼らが残したもの」スティーブン・キング
  • 「玉蜀黍の乙女(コーンメイデン) ある愛の物語」ジョイス・キャロル・オーツ
  • 「アーチボルド 線上を歩く者」ウォルター・モズリイ
  • 「人質」アン・ペリー

 なんといってもディーバーの「永遠」につきるといってもいいくらい、「永遠」は出色の出来。ぐいぐいと読ませるその文章のうまさと展開のリズムのよさ。最後の最後まで油断のならない伏線が張り巡らされている心憎さ。そして、必ずしも小説の世界だけにとどまらないのではという思いを起こさせる背筋の少し寒くなるような現実との符合。

 好みの問題でもあろうけれど、キングはなんとも肩透かしの印象が残った。確かになるほどとわからないではないが、もうひとつ物足りなさが残ってしまう。

 「コーンメイデン」はホラーといっていいのでは。終始、背筋の冷たくなる感触を味わってしまいちょっと切ない。

 「アーチボルド」は好みとしてはもっとも外している作品。で、なに? というところで終わってしまった。決して短すぎるという長さではないのだが、もうひとつ踏み込めないままに終わってしまった印象が強い。

 「永遠」についでよかったのは「人質」。アイルランド問題を踏まえた小品だが、ブリジットの心の動きがていねいに描かれている。結末はやや安易なものも感じないではないが、キャラクター造形がきちんとしているだけに安定した作品に仕上がっているような。

 分量は700ページあまりあるというのに、珍しく短期間で読み終えることができたというのも、全体として質の高い作品が揃ったということの証左かもしれない。アンソロジーのよさは好みの特定の作家ばかりにとらわれずに、あたらしい作家との出会いをもたらしてくれる可能性を秘めているというところかもしれない。ここは一番「RED」のほうも読んでみるというべきかもしれないと思っている。

4488169058十の罪業 RED
エド マクベイン Ed McBain 木村 二郎
東京創元社 2009-01-28

by G-Tools


十の罪業Black
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

油屋ごはん


4048675389油屋店主の旨いものレシピ 油屋ごはん
青木 絵麻
アスキー・メディアワークス 2009-01-13

by G-Tools

 本が好き!経由で指名献本していただきました。ありがとうございます。

 栄養素である脂質という言葉を見てもわかるように、脂というのは旨みを持っているもので、そこにはまりすぎるとやはりそれは肥満の一因ともなるであろうし問題をはらんでいるわけであります。

 一方で体を作り維持していくためにさまざまな栄養素がバランスよく必要であることもまた事実で、一概に脂質をなくせばよいという問題でもないわけです。先日の NHK 「ためしてガッテン」でも一食あたりにおおさじ一杯程度の脂は摂るべきなのだと説明されていました。もちろん、加工食品などに含まれている脂質もそこに含めて考えなくてはいけないのはあるにせよ、なくせばいいというわけではないということは認識しなくてはならないわけです。

 となったときによくあるのは、特定保健用食品の油(コレステロールをさげるとかの)を選ぶといったことですが、もっと根本的に油について知り、上手に料理に生かしていくということもこの時代だからこそ必要なことなのかもしれません。

 この本は老舗油屋で販売に携わる著者が、いろいろな油の特徴を生かした料理の数々を紹介したもので、まさに打ってつけ。比較的簡単に少ない材料で作れるものが多く収録されており、電子レンジで過熱するだけといったものもあるので手軽に作れるというのも嬉しいです。

 たっぷり使うからおいしいというわけでは必ずしもなく、ちょっとした油の使い方でこれまでの料理がぐっとおいしさを増したり、満足感を満たすといった変化を知るというのはこれからの油使いの基本となるべきかもしれません。

 さらに、料理の作り方だけでなく、様々な油についての基礎知識なども豊富で、おもわずこれまで使ったことのない油も使ってみようかと思うこと請け合いです。

 とかく肥満という観点からは敬遠されがちな油に対する認識を新しくするという意味においても非常に有益な一冊かもしれません。


 ということでレシピ本ですからさっそく作ってみることにします。まずは、たまたまカバー写真にも採用されている「秋刀魚のオイル煮」。秋刀魚は常にあるのですが、いつもは単純に塩焼きにするだけなので。先日普通に煮付けにしてみたのですが、このオイル煮のほうが風味といいよかったようにも思います。

 鍋に皮が貼りつきやすいという注意書きがありますが、普通のステンレス鍋を使用したこともあり、それならとクッキングシートを敷いて調理しました。これで皮が鍋に貼りついてしまう心配はまったくなくなります。鍋の汚れも少ないという利点もあるかも。

20090211_sanma0120090211_sanma02

 鍋を回しつつ火を通すようにすればやや少なめのオリーブオイルでも十分かもしれません。

 ただ、やはり内臓を取り除いたりしてというのはやや面倒かも。塩焼きなら丸ごと(頭は別として)食べてしまえるので。それでも一度たまに食べてみたいと思える味ではあります。

 続いては、「冬野菜のくたくた煮」。秋刀魚の時のオリーブオイルの残りをそのまま使ってしまうことにしました。冬は「ん」のつく野菜を食べるのがよいというので、大根、人参、と白菜、かぶの代わりというわけでもないですが小玉ねぎをいれてみました。塩味だけですが実に不思議なくらいの味わいに仕上がって、野菜が進みます。これは手軽で良さそうです。

20090213_vegetables

 紹介されていたなかではほかに「えごま油」に興味を持ったものの、なかなか見つけることができませんでした(「しそ油」という名前でもでているというので、あるいは気が付かなかっただけかもしれませんが)。ただ、ネットで確認するとなかなか高価な油のようで、さすがにおいそれと買うわけにもいきそうにありません。

 それでも、この本を参考にして新しい油とのつきあいを始めてみるというのはよいのではないかと。

追記:2/15
 「しそ油」の名前で売られているのを確認。しかし高価だ。



油屋店主の旨いものレシピ 油屋ごはん
Amazonで購入
書評/グルメ・食生活

| | コメント (0) | トラックバック (1)

女性が部下をもったら読む本


4495581910女性が部下をもったら読む本 (DO BOOKS)
蓮尾 登美子
同文館出版 2008-11-26

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 女性に限らず、これまでどのような形であれ人を使って仕事をしたことがないという人には入門として役立つ(かもしれない)本。反意としては、特筆するようなこともなくごくごくあたりまえのことが大半をしめていて、この程度の入門が必要ということは、それすらもわからない教えて君、マニュアルがないとなにもできない人々が多いということなのか? というところ。

 本当にごくごく初歩的な、正直普通に知っていたり体得できていて然るべきことがらがほとんどなので、入門の入門という印象がどうしても強い。もしも先にも書いたように、ここまでしないとならないほどの状況に昨今の人間形成(ことに若者?)が陥っているとしたら、ちょっと危機的なものを感じざるを得ないともいえるか。

 本としては悪くない。できるだけ分かりやすい例題をあげて理解を助けようとしている。堅苦しい物言いでもない。入門の入門だけにそこまでという印象もあるわけだけれど、そういう目標であればそれは正しいというところ。

 一方で女性のほうがこういう点でよいということをわざと挙げていたりするのだが、あまり女性に特徴的な印象をもてなかった。いや、結婚や妊娠、出産という事柄との関連はもちろん女性にこそ特有であるが、そうでない部分のこだわりはちょっと的外れというか無理強いというところも多いのでは。

 だからこそ冒頭に書いたように、女性に限らずまったくもって初めて人を使うことになった人への入門の入門という位置付けこそが正しいのではないかなと。

 「デキの悪い部下とのかかわり方」の章では、

まず本人に、(中略)自己改革したいかどうかの意思確認をしてください。本人にその気があり、あなたもサポートをする覚悟があれば、愛情をもってその改革に取り組んでいきましょう。

 と書かれており、以降具体策を示しているのだが、本人にその気がない場合については言及されていない。それはもう決まっているだろう、ということかもしれないが、本書を読もうと思う人は一から十まで教えてもらわないとならないマニュアル人間なので、たった一言であっても言及しておくべきだったかとは思う。

 終わりのほうででてくる「経験の棚卸」というのは河野さんの書いているディケードみたいなもので、書き方はどうあれ、己を知るという意味においては有効なことだろうなと。もちろんそこまで細かく考える必要は必ずしもなく、自分がなにをしてきてなにが出来るといったことを確認しておくということは、人生の節目には重要かもしれない。

 ちなみに P.109 に「今までの経験測をもとに」と書かれているのは、当然ながら「経験則」の誤りだ。

 時々はいる図版がいまひとつ微妙な出来なのが残念ではあるが、本当に右も左もわからない人が手に取る最初の一冊という位置付けであるなら、悪くはないかもしれない。



 この手のバイブルといえばやはりカーネギーってものでしょう。
4422100513人を動かす 新装版
デール カーネギー
創元社 1999-10

by G-Tools

4422100521道は開ける 新装版
デール カーネギー
創元社 1999-10

by G-Tools


女性が部下をもったら読む本
Amazonで購入
書評/ビジネス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おかけになった犯行は


448815008Xおかけになった犯行は (創元推理文庫)
Elaine Viets 中村 有希
東京創元社 2008-12

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 面白い。事情を抱えて一種隠遁生活めいた生活をしている主人公ヘレン。電話セールスの仕事をしているが、ある日ご褒美としての電話リサーチをこなしている時に殺人らしき様子を聴いてしまう。警察に連絡したものの殺人はおろか事件性は見つからないということで終わってしまう。女性の絶命と思われる悲鳴を聴いたヘレンとしてはとうてい納得のできるものではなく、いろいろと調べていくうちにどうやら殺害されたかもしれない女性の姉と接触。一緒に調べれば調べるほど事件性が疑われていく。

 その過程で電話セールスの実態などが克明に描かれて、おそらく多くの読者が今後は少し態度を和らげようかなどと思ってしまうのではないか。事実、著者のあとがきにもそれに類する記述があるくらいだ。

 物語の主軸は、あったかもしれない殺人を探るところだが、その枝に近隣の住人の謎やらがうまく織り込まれ、主軸の物語の緊張感をうまく盛り立てている。殺伐とした事件を描いているにもかかわらず、全体に明るさと柔らかさと暖かさといった人情的なものを感じるのは、主人公ヘレンの設定に負うところも大きいのかもしれない。

 シリーズではすべてヘレンの職業が異なるのだが、彼女が身を潜めなくてはならないという理由によっているのだが、それによって異なる職業の内情を垣間見られるという面白さと、物語として事件を発生させるきっかけをつくりやすいということの両方をうまく生かしているようだ。

 謎解きを楽しむとかいうのではなく、純粋に物語りの展開を楽しむ、そして楽しめる作品。細かな枝葉の物語がうまく主流の物語と交錯しながら展開していくその手腕はなかなかのものだと思う。邦題のつけ方も秀逸。

 なにやら経済がおかしくなって景気が悪いだの不況だのというなんだかわけのわからない風潮に動かされて雇用が怪しくなっている今、ちょっと身につまされそうな設定でもあるけれど、笑いとともに元気になれそうなそんな物語でもあるか。

 ちなみに個人的には電話セールスに対しては反対の経験のほうが多い。電話を取ると切られたり、必要ないといっている途中でブチッと切られたり。なので最近はその手の電話はもはや受け取る気にもなれない。なかにはきちんとしているものもあるのだが、そうでないもの(マニュアルでしかやっていないところとか)が多すぎるというのが実情では。お互い様というところもあるだろうけれど、社会悪のようなものになりさがっている主因はセールス側にあるようにも思う。(だからオレオレ詐欺が横行するのか?)(といって受けるこちらが横柄であっていいというわけでもないけれど。つまりは相手の対応しだいということか)

 さて。本書はシリーズ3作目。この面白さは未読の作品にも十分期待できること間違いなし。ワクワク、ドキドキ、スカッとしたい向きには是非ともお薦め。



おかけになった犯行は
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新編百物語


430940751X新編 百物語 (河出文庫)
志村 有弘
河出書房新社 2005-07-05

by G-Tools

 京極夏彦の書く作品がこうしたもののなかから材料をとっている、ということをあらためて実感したという点においては発見だったが、やはり古い文章のせいなのかいまひとつ面白みには欠けるような印象だった。

 淡々と語られるだけだったり、尻切れトンボだったり。ゾクッとするようなところもあるのだが、総じて「それで?」と思う間に終わってしまうというのが時代の違いなのかもしれない。

 資料や翻訳に手間がかかっているということもあるのだろうけれど、この分量を思うとちょっと高いなあというのが難点か。むしろそのもの(耳嚢であるとか)をありのままに読んでみるほうがあるいは面白いかもしれないか。

 逆にいえばそうしたちょっとした面白みの部分をうまく小説に生かしているというあたりは、京極夏彦のうまさなのかもしれないなと思ったり。とはいえ、作品そのものに注力するよりも印刷された体裁にこだわりすぎる性癖はどうにかしてもらいたいものだなあ。新作がちっとも読めやしない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆめつげ


4043888015ゆめつげ (角川文庫)
畠中 恵
角川グループパブリッシング 2008-04-25

by G-Tools


 しゃばけシリーズの文庫がなかなかでないので今年去年の夏頃に読んだのだった。すっかり忘れていたので記録。

 いろいろのことを夢にみて占うことができる神官がふとした頼まれごとを占うことになったのがすべての運のつき。さる大店の主が昔生き別れただったかの子どもを探すことになったら3人も出てきてしまい、さて誰が本物なのかというのだが、どうも夢見が悪い。そのうちに死人はでるわ、外には巷でうわさの辻斬りがでるわで帰ることもできない。

 ことの真相をさぐろうと何度もゆめつげを行うのだけれどそのたびにわけがわからなくなるという始末。

 次第に大きな事件に巻き込まれてさあどうなるというところなのだが、さすがにきっちりとまとめてくれるあたりも頼もしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

埴生の宿

 [ 今年は思いきりアホになるか::更新日記 - 日曜プログラマのひとりごと ]

 藤岡さんはとても哲学的だなあと、つねづね思わされるのがこうした日記の数々。哲学的なプログラマってなんとも魅惑的な響きかも。一方、arton さんはクラシックとかオペラとか映画とかそんなプログラマで、これまたなんとも魅惑的。

 さて、今回おおっと思ったのは埴谷雄高などという名前がでてきたこと。松本清張とか太宰治とかはよく知られているだろうし、読んだことがなくても名前くらいは知っているというものだと思うが、埴谷雄高となると「誰? それ?」どころか、「なんて読むの?」な世界というのが多くの人の反応なのだろうと思う。ちなみに「はにや ゆたか」と読むわけだ。

 正直なところ読んだことがないのであれこれ言うことはできないのだけれど、それでも代表作である長編「死霊」がなかなか完結せず、たしか 1980 年代だったか 1990 年代くらいになってようやく完結したかどうかしたのだったのでは、というあやふやな記憶だけが残っている。あの独特の装丁の箱入りの重々しい書籍のもつインパクトだけは妙に強烈で、うかつに手に取るのをはばかられるようなそんな雰囲気漂う本だったなあという記憶だけは未だに強く残っているのだった。ありていにいえばショタレ本の類になってしまっていたともいえるわけではあるが。

 文庫にでもなっていればこの機会に読んでみるというのも、そろそろ頃合というものかもしれない。

 おー、本当に文庫がでていた! 貴重かも。

4061983210死霊〈1〉 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2003-02

by G-Tools

4061983253死霊〈2〉 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2003-03

by G-Tools
4061983288死霊〈3〉 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2003-04

by G-Tools

 あとはこんなのも気になるなあ。

406198361X埴谷雄高政治論集 埴谷雄高評論選書 1 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2004-02-11

by G-Tools

4061983644埴谷雄高思想論集 埴谷雄高評論選書 2 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2004-03-11

by G-Tools
4061983679埴谷雄高文学論集 埴谷雄高評論選書3 (講談社文芸文庫)
埴谷 雄高
講談社 2004-04-11

by G-Tools


 なんとなく連想してしまう。埴生の宿。

B000CEK4UAあの頃の歌
コロムビア・オーケストラ
日本ウエストミンスター 2006-02-01

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金剛石のレンズ


4488538029金剛石のレンズ (創元推理文庫)
Fitz‐James O’Brien 大瀧 啓裕
東京創元社 2008-12

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 19 世紀半ばの作家ということで、内容そのものはやや古めかしいところもあるものの、その時代だからこそともいえる描写の細かさ、色彩の鮮やかさ、流麗な文章が如何なく発揮されていて、なんとも素敵なファンタジーに仕上がっている。

 それでいて現代のわたしたちにとっても非常にしっくりとくる読み易さを与えてくれるのは、ひとえに訳者大瀧さんのなせる技といっていい。

 14 編の作品が収められているが、正直にいえばどれもこれというほどすごいアイデアというわけではない。ただ、その独特の世界を描写するその文章の秀逸なまでの美しさにこそ作品の真価があるような気がする。

 そんな意味で唯一腑に落ちなかったのは最後の「手から口へ」。いよいよどう展開するのかと思っていたら意外な禁じ手を使われてしまい、作者にしては妙だと思っていたら、解説に答えがでている。物語が広がりをみせ収拾がつかなくなってきたと判断した編集者が書いてしまったということらしいという。非常に残念。

 読み方によってはちょっとした社会風刺も含まれていて、単なるファンタジーに終わらないあたりもあらためて評価されるべき作家なのではないかと感じた。

 時代が古いということもあって読者を選ぶことは否定できないが、構えずに手にとってもらえばその文章のすばらしさに引き込まれることは間違いないかと。

 訳者による解説によれば、長年オブライエンの作品は特定困難などによりまとめることが難しい時代が続いたらしいのだが、ようやく編まれた作品群が決定版のような形で近年は残っているらしい。ただ、今回出版されたものにはそのおよそ半数あまりの代表的と思われるものを収めただけで、もう一冊分ほどは残っているらしい。出版事情のもろもろの影響もあるようだけれど、この貴重な作品群は英断を持ってここに刊行してもらいたいものだ。残すということも出版の大きな意義なのだから。



金剛石のレンズ
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神の家の災い


4488219047神の家の災い (創元推理文庫 M ト 7-3)
古賀 弥生
東京創元社 2008-11

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 中世の修道院での殺人事件ということで、なんとなく「薔薇の名前」のようなものを連想してしまったがまったくそれとは違った。まあ、エーコのそれと比べることがそもそも無理なわけではあろうけれど。

 全体としては新鮮な感覚で楽しめた。なによりも主人公ふたりのキャラクター造形が面白い。わけてもクランストン検死官の飲みっぷりはそこまで飲むかという感じで、よくそれで職務が勤まるなあと心配になるくらいだ。

 クランストンと修道士アセルスタンが解決するのは(といっても実質的にはアセルスタンが解くわけだが)、クランストンが巻き込まれた権力絡みの密室事件。かつてアセルスタンが在籍していた修道院で起きた連続殺人。アセルスタンみずからが守っている教会で発見された白骨遺体をめぐる事件の三つ。

 ただ、どの事件もふいに解決してしまうような展開がちょっと残念にも思う。ミステリの面白さとしては基本的に読者が推理できるだけの材料を提示したうえで、謎解きにいたるというのが理想であったり、面白みだと思うのだが、確かにそのヒントとなる気づきは書かれるのだが、そのあたりがやや秘密にされてしまっていきなり謎解きになってしまう。どこでそれがわかったのだろうと思ってしまうくらいに。そのあたりがやや唐突さに思えて残念。

 修道院での殺人事件についても、どこかに送った使者が持ってくるものに期待しようといっているが、いつどうだったのかがよくわからないままだった。おそらくここであろうと思う箇所はあるのだが。で、結局それが解決の決定的な材料になるのだが、そこにいたる過程もやや不思議があったりして。

 謎解きを楽しもうとするとやや難があるミステリだとは思うが、珍しいシチュエーションでの物語の展開を楽しむという点においては十分に魅力的で、すいすい読ませてくれる。シリーズ3作目ということで、前作がどんな展開だったのかわからないが、このあたりが改善されたらよりミステリとして充実するのではないかなと。



神の家の災い
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (1)

現代語訳 日本書紀


4309407641現代語訳 日本書紀 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房新社 2005-10-05

by G-Tools

 基本的には先に読んだ「現代語訳 古事記」と同じ内容といってよいものながら、話すときの音を再現しようとした古事記と違い、漢文調で書かれたというので微妙に翻訳の雰囲気が異なっているあたりが面白い。

 さらにさまざまな異書の記載も収載しているので、同じ事柄であってもまったく違う話になっていたりするものもあり、そのあたりの違いも面白み。

 とはいえ、正直こんなものを公に残してしまってよいのかというくらいに神代の天皇のあからさまな姿を書いてあってよいのかという内容は、本当のところどうなのだと。いってみれば身内の恥みたいな部分が多分にあるわけなのだが。

 妻もいるというのに「ねえねえ、あの娘がかわいいからお后にしようと思うんだよね。いい?」と妻に言うのだが、「駄目です!」といわれると、執拗にいいより、「わたしはもう出て行きます!」というと、じゃああの娘を后にしちゃおうってことでさっさと呼び寄せ、その一方で妻に対して「ねえねえ、帰ってきてよ。君がいないと寂しいよ」てなことを言うのだが、頑として帰ってこない。やがて、妻がそのまま亡くなってしまうと、じゃあ君が皇后ねとさっさと位を与えてしまう。

 さらには新しい皇后の妹が今度は気に入り、「ねえねえ、君の妹を后にしちゃだめ?」などという話に。

 もう手当たり次第。源氏物語もかくやという有様。これがまあほとんど延々と繰り返されるわけだ。いやまあ、この現代語訳には面白そうなところだけを抜き出しているので、これがすべてというわけでないのは理解するけれど、それにしても登場する天皇が軒並みといっていいほどに同じようにやたらと娘に手を出す。こんな自由奔放な性でいいのかってくらいに。

 この面白さを知らずにいるのはもったいない。

追記:
 古事記とあわせて読むのが絶対お薦め。

4309406998現代語訳 古事記 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房 2003-08-05

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

読書は1冊のノートにまとめなさい


4901491849読書は1冊のノートにまとめなさい 100円ノートで確実に頭に落とすインストール・リーディング
奥野宣之
ナナ・コーポレート・コミュニケーション 2008-12-05

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 多くの本好きな人にとっては読む必要なしというのが率直な感想。著者は読んでも内容を覚えていないのが普通と思っていたり、ただただ読み流しているだけと断定しているが自分にとってはそうでもないし、不特定多数の本好きの友人知人はみなそれなりに覚えてもいるし、いろいろ感想をきちんともっているものだ。ノートに書いたほうがより深まるとか、書かないからどうも覚えていられないという人はいない。

 だから、

読書ノートをつけると、より理解が進む。記憶にも残るし、もっと身につく。そんなことは誰でも知っています。(あとがき)

 誰でも知っているというのも妙だし、それによってよりよいと断定してしまうのも妙だ。

 たとえば「窓際のトットちゃん」を書いた黒柳徹子さんは子どものころのことを一切なにかに書き留めるということはしなかったと書いていて、もしも書いていたらそれに安心してここまで詳しく記憶していて書くことはできなかったと思うと書いている。書くことは、忘れてもそれを見れば思い出せるという安心を生み、その時点で忘れることを前提にする。そして後になって見たときに思い出すのは結局そこに記された断片でしかないということになる。

 もちろん、本であればふたたびその本を読むこと(あるいは見ること)で補足することも可能ではあるからそれでもよいということはいえるかもしれないが、それこそがよりよいのだというこの手の本の手法に乗せられすぎないことが肝要だ。

本は読んだほうがいいと思っているのだが、なかなか読む本を見つけられなくてベストセラーばかりだったり、なかなか続かないという、本が苦手な人になら、ある程度薦められる内容かもしれない。

 というのが正直なところ。

 もちろん、細かいことは抜きにしてもしも知らずにいたのなら本探しに役立つという話もわずかにはある。末尾にある役立つかもしれない文房具などの紹介も面白いかもしれない。ただ、買ってまで読む本ではなかろう。前著の「情報は・・・」の内容も推して知るべしというところ。


 以下は気になってしまったところを列挙。(ノートを作ろうとして読んだのでもなければ、ぐっとくるところを探そうと思って読んだのでもなく、流せばよいと思いつつもどうにも見過ごせないところ満載なので、かえって疲れる読書だった) アマゾンでも珍しく低い評価が前面にでているところを見るとあながちこの感想が間違っているわけでもなさそうだ。

#かなり長文ですのでご注意ください。

財布を三つも四つも使っていれば、いくら几帳面に整理していても、どこに歯医者の診察券が入っているか、わからなくなります。

では反対に、まったく整理をしなくても、レシートや会員カードの類などを何でも突っ込んである財布ならばどうでしょう。机の上でひっくり返してひとつずつ見ていくことで、必ず診察券は見つかりますよね。
・・・
つまり、
「この中に必ずある」
「この中にないなら、もうない」
というわけです。
要は、いっぱいになり次第、次々に代替わりしていくことで、ノートをこのダンボール箱のような「何でも突っ込んでおける入れ物」として使っていくのです。(P.37)

 仮に複数の財布を使い分けているとしましょう。几帳面に整理しているのだから通院はこの財布というように使い分けができているはずです。月々の医療費としてその財布を使っているという使い方もできる。診察券がわからなくなるということはない。

 ひとつの財布でも結局全部をぶちまけてよりわけなくてはわからないわけで、4つの財布を順に調べていくことと違いはない。むしろ期待値としては複数のほうが高いのではないか。もちろん 100 個もあれば別かもしれないが、仮に同等の量がひとつに入っているのであれば同じことだ。

 さらに(これはあとでパソコンに頼ることになるのでそれはそれとしてなのだが)次々と代替わりするノートが存在するのだから、結局複数の財布を調べることと変わりはない。


僕は、これをA4用紙にプリントした上で四つ折にしてノートに挟んでいます。(P.54)

 わざわざパソコンに打ち込みなおして印刷するよりノートを使うのであるし手書きにすればよいのでは。これは検索のためにノートに書き散らした内容を、あとからパソコンに入力しなおして検索機能を使うということにも通じる。理解はできるが、そのための労力は万人に薦められるものでもなかろう。しかもエクセルデータにして携帯電話で閲覧するのが IT だみたいに書かれているのだが、それはどうだろう。いっそ携帯でメモしてメールで送って登録しておく、みたいなサービスのほうがよくはないかなどとも。あればの話だけれど。

大きい書店では買い物かごがあるので、それを借りて、次から次へと品定めしていきます。まるで書店員の人のようです。(P.59)

 書店員の人、って・・・。

英語学習法の本など、正攻法からトンデモ本まで、掃いて捨てるほどあるわけで、下調べもせずへたに棚の前に立ってしまうと迷うだけです。(P.60)

 と言ったかと思うと、

北朝鮮の体制に興味を持ったら、本屋で「国際政治」の棚を見てみる。(P.76)

 と言ってみたり。

家で冷蔵庫の中を見て、買い物メモを作ってから行けば、スーパーで買い物の時間を短くできる。これと同じ理屈なのに、書店に「探書リスト」を持っていく人はあまりいません。(P.61)

 スーパーの場合、時間短縮のためにメモを持ってというわけではむしろなく、余分な食材を買ってしまわないようにということであったり、必要なものを買い忘れないためであって、結果的に短時間かもしれないが、それが主目的ではない。仮に買い忘れた本(チェックし忘れた本)があったからといって、メニューの変更を余儀なくされたりすることでもないし、やむなくそれだけ買いにもう一度行くということもない。同列に扱うには無理がある。

 略記というのは自分にだけわかるルールでやると必ずいつか破綻するのであまりやらないほうがいい。世間一般的に言われている表記ならまだしも、いずれ重複するものが出てきたりして迷ったり分からなくなったりする。行うにしても最小限にとどめるほうが無難だ。

それに、購入前に読んだ書評をもう一度読むことで、「この人のすすめる本はこれからもチェックしておこう」と決めたり、「この書評家はぜんぜん自分と合わない」とわかったりする。(P.69)

 その本を読もうと思ったのはその書評を読んだからだったのではないのか? 漠然と面白そうだと思ったという記憶しか残っていないとしたら、よほど記憶力に障害がある人なのだろうか。むしろ読んでいる間にそうした評者との意見の違いや、同意といったものを感じつつ読んでいるというのが普通ではないのか。

仮に買いまくって「探書リスト」が空になったとしても、すぐに補充できるのです。(P.70)
このようにすると、読みたい本がなくなるということがありません。(P.159)
それに百科事典の入った電子辞書を持っているので、よほどのことがないと「読むものがない!」ということにはなりません。(P.170)

 どうもこうした「読む本がなくなったらどうしよう」という中毒的な強迫観念を感じさせる記述が著者には多いようです。そんなに困ることなのだろうか。読みたいと思えば読むものなどはいくらでもあるではないですか。さらにいえば読書だけが楽しみでもないし、時間つぶしでもない。テレビでも映画でも観劇でもゲームでもスポーツでも楽しいことはいくらでもあり、それによって得られることも実にさまざま。もちろん読書に関する本なのでということはわかりますが、ちょっと異常な感じすら覚えます。

書店に行く前にネットで検索することもあります。

こうしておくと、書店に置いてあるかそうでないか、だいたいわかるので、無駄に探しまわることを避けられます。
・・・
逆に、書店に行く前にアマゾンに在庫があるか確認しておけば、もし書店になくても安心です。すぐアマゾンで注文すればいいので、「せっかく探し回ったのになかった」と不機嫌になることもありません。(P.71-P.72)

 書店の在庫というのは言ってみれば相対的なものと絶対的なものとがあります。絶対的なものとはつまりどこの書店においてもほぼ同じような状況にあるもので、流通や版元在庫などとも関係しています。これにたいして他には置いていないが、ここならあるという特定のものも書店によってはあります。

 そうした特長がわからずにいたずらに書店めぐりをするだけならば、無駄足を踏むということも多いでしょう。書店で見つからなければアマゾンで注文すればいいのだからというのは、つまりもはや買うという行為は決まっているのですから、それならば端からアマゾンで買えばよろしい。それこそ無駄を省くことにつながるのでは。

 探書リストをつくるというところでも盛んにかかれていますが、リストの本だけを探して品定めするので早い。余計な本に目が行かないといったことを書いているのだが、多くの人は漫然と書店にいくばかりではない。紙のリストなどなくともそれを探している。当然リストがあろうとなかろうと探す過程で他の本に目が行く。気になる本が見つかるということは往々にしてあることで、リストだけを重視するのであれば書店員にこの本を見せてくださいとでもいうほうがまだましではなかろうか。いい迷惑ではあるが。

大学生が日経新聞の書評欄を読んでも、あまり感じ入るところはないでしょう。(P.77)

 いくらなんでも大学生に失礼では。そういう大学生もいるだろうが、それがすべてではあるまい。たぶんに予断を含んでいてよろしくない。

しかも意味のわからないことはさすがに書き写せないので、理解できるまで読み込む。知らないうちに、三回くらいは読んでいることになります。(P.85)

 理解したからこそ、そこが重要だと思ったのでは? 意味もわからず雰囲気で「なんかイイ感じ」と思ったということなのでしょうか。仮に意味がわからなくても、言葉の響きが気に入ったというのでも悪くはないでしょうし、「書き写せない」という理由がよく理解できません。三回読めばわかるでしょうか。

つまり、目的を「読了する」から「読書ノートを作る」に変えることで、自然と読書のアプローチが変化してくる。「読んだから読書ノートを作る」のではなく、「読書ノートを作るから読む」のです。(P.87)
このように読書を流れ作業化してしまうと、通勤電車の読書はかなり忙しい。(P.172)

 本書を読む限りにおいては、これはむしろ反対だと思う。読書ノートを作るために必死に読んでいるという作業に成り下がってしまっているような印象が強い。だからこそ「読む本がないと困る」という脅迫観念に囚われるようになる。あくまでも主体は読書であってノートを作ることではない。本末転倒というべきでは。

まず、読むときに読書ノートに引用することを前提としておくことで、読み方が「ぐっとくる箇所」を探す作業になってくるからです。(P.91)

 一つ前でいったように「作業」になってしまっている。たとえばビジネスのための読書であるとか、アイデアをなんとかひねりだすための読書というのであればそれは作業そのものなのでよいとして、通常の読書にそれを求めたのではそれはもはや読書といえない「さもしい読書」でしかない。

多くは、本棚の前に立ち尽くすうちに、読みたいと思ったこと自体を忘れてしまうでしょう。これでは再読につながりません。(P.139)

 本当に著者は記憶力が乏しいというか、「博士が愛した数式」の博士のように記憶が 80 分、いや 5 分ともたないのではなかろうか。仮に探している過程で他の本に目が止まり、懐かしさから再読したとしてそれが無意味なことだと誰が断定できるのでしょう。まして読みたいと思ったことを忘れるなんて失礼なものいいはどうかと思うのだが。

堅い木を削るとき、いきなり削りたい箇所に刃が入らなければ削れるところから削ります。すると、その断面や発生した角に刃が食い込むようになる。(P.165)

 堅い部分はどうあっても固いのです。やったことがありますか?

一括で入金しているわけですが、それを忘れたころにポストに雑誌が投げ込まれているのは、タダでもらったようでなかなか幸せな気分になります。(P.165)

 そんなおめでたい人がいるとは。

そうなると、考えが凝り固まることを未然に防ぐための本や雑誌は、投入を自動化しておくのがいい。歩けなくなってから、歩いてすぐの病院に行こうとしても遅いのです。(P.167)

 仮に歩けなくなったのなら、歩いていけない遠くの病院であっても歩いていくのは当然無理であるし、タクシーなどでどのみち行くでしょうから歩いていけないから病院にも行けないといった比喩は成り立たないでしょう。

 さらには、

僕はグラビアや広告のページ、読まない連載小説などはこの要領ですぐ取ってしまいます。(P.182)

 と、一つ前に意外な発見を与えてくれる出会いを期待して読んでいるはずの雑誌から不要と判断している部分を取り除いてしまうと書いている。グラビアだって話題のアイドルを知るきっかけであるかもしれないし、広告に意外な逸品を見つけることもあるかもしれない。なんとも一貫性がないのだ。

鹿児島空港の売店には、案の定、西郷隆盛や桐野利秋など、薩摩藩士の評伝や歴史小説が一ヵ所に揃っていました。こういうのをいちいち普通の書店で探して、全部立ち読みしてチェックするのはなかなか大変です。(P.169)

 本当に地方の書店に入ってみたことがあるのだろうか。郷土に関係する本はたいていの書店が入り口近くなどにコーナーを設けているものだ。これはとりもなおさず観光客などに向けたアピールでもある。それとも普通の書店とは東京の書店と同義なのだろうか。

健康やダイエットの本がよくヒットするのも、体を持っていない人はいないからだと思います。(P.169)

 そんな無茶な。

僕の場合は、カバーをまとめて、クリアファイルや大き目の箱に保管しておくことにしました。

・・・
これを繰っていけば、「こんな本を持っていたのか」と驚くことすらあるからです。(P.181)

 忘れるほど長い間膨大な数の本を併行して読んでいるというのだろうか。ちょっと信じがたい。いや、やはり著者は記憶力が・・・



読書は1冊のノートにまとめなさい
Amazonで購入
書評/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球温暖化の予測は「正しい」か?


4759813209地球温暖化の予測は「正しい」か?―不確かな未来に科学が挑む(DOJIN選書20)
江守 正多
化学同人 2008-11-20

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 闇雲に不安をあおるばかりの怪しい本や、ひたすら批判することだけが目的の本を読むよりも、まずこの本を読め。というのが率直な感想。

 著者は地球温暖化の気候モデルによる予測研究に携わっており、実際の予測作業がどのように行われているのか、その予測が意味することはどんなものなのかについて実に謙虚にけれども誠実に、そしてなによりも一般のわたしたちにも可能なかぎり理解しやすい言葉で説明してくれる。

 何よりもこの本の肝は、地球シミュレータを使った気候モデルがどのように作られているのかというその仕組みや考え方を、大胆に概説しているところ。

  • フォートラン(Fortran)で書かれている。
  • 予測は物理法則による方程式を計算して行う。
  • 現在の大気と海洋の状態からスタートし、10分先、そして10分先、さらに10分先くらいの間隔で計算をしていき100年先までを計算して求める。
  • 気候モデルに与えられている現実のデータはごくわずかで、物理の方程式を解くことで結果を求めている。
  • 予測する解像度は100キロメートル程度のグリッド。
  • グリッド内の細かなミクロの現象は半分の理論と半分の経験則などから導き出すパラメタ化という作業で算出している。

 などなど。

 さらにそこから導きだされた結果や IPCC の報告が意味しているのはどのようなことなのかを丁寧に解説している。予測の幅があるのはなぜなのか、そしてそれはどういう意味を持っているのか。


気候モデルが半経験的な部分を含むとはいえども、物理の法則に則っている以上は、そうそう好きなようには結果が変えられないということを意味しています。同時に、気候モデル研究者たちは、そうそう無理やりに過去のデータにモデルを合わせようとしているわけではなく、けっこう正直にやっている、ということも意味しているように思えます。


もっとも、解釈にかかわる部分については、僕がいうことだけすべて信じろというつもりはありません。温暖化予測の専門家である僕はその意義や問題点をほかの人より正確に理解しているつもりですが、逆に「温暖化予測業界の論理でしか考えられなくなった」ゆえに見えにくくなっていることもあるかもしれません。できればほかの人の意見と読み比べて、僕の書いていることが「正しそうか」、ご自身で判断してみてください。


 とかく無知な一般人であるわたしたちは、不確かな権威の発表する不確かな主張に踊らされてしまいがち(レジ袋ばかりが悪者にされているような現状であるとか)。無駄を省いたりつつましい生活を目指すことも大切ではありながら、もっと本質的な地球の現状を知るということは意識のもち方により確かな影響をもたらすのではないかなと。



地球温暖化の予測は「正しい」か?
Amazonで購入
書評/サイエンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メモ:Rubyで作る奇妙なプログラミング言語

 [ ■ [esobook] Brainf*ckとWhitespaceの本を書きましたwwww ]

 なんだか面白そうなのでメモ。すぐにポチッとできないところが悲しい。

4839927847Rubyで作る奇妙なプログラミング言語 ~Esoteric Language~
原 悠
毎日コミュニケーションズ 2008-12-20

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クセジュ

 見事に白水Uブックスの装丁と符合するなあ。で、ちゃんとそれを連想するってあたりがいいなあ。

 クセジュー、となればやっぱり文庫クセジュでしょうか? 数少ない手持ちにはこんなものもあったりするけど。

4560055548服飾の歴史 (古代・中世篇) (文庫クセジュ (554))
ミシェル・ボーリュウ
白水社 1974-01

by G-Tools

#あー、画像がない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

TSNETスクリプト通信第3号でました

 [ TSNETスクリプト通信第3号 - TSNETWiki on TextWorld ]

 TSNETスクリプト通信第3号が発刊されました。今回の肝はなんといっても機械伯爵さんの Python 入門。いやあこの分量もさることながら、「萌える Python 入門」という風情で素敵です。MYCOM さんあたりから出版されそうな予感も。まだ第1回ですからしばらく楽しめます。

 Yささんの AWK ゲームはまだ試していないものの、AWK をこんなに楽しんでいるってのが偉いなあと感心。ながらく AWK ばかり使ってはきたものの、このごろはすっかり Ruby に鞍替えしてしまったのでだんだん忘れつつあります。ただ、AWK の独特な不便さとでもいうものや、当然のごとく便利さというのもあったからこそ Perl に走ることもなく Ruby に飛んだということも。まあ Perl も準備はしていたのだけれど、なんとなくそのままにしているうちに Ruby に出会ってしまったもので。

 エディタに関してはあまり関心がなくて、秀丸一本できている。なんとなく統合環境としてのエディタという位置づけが Zed なのかなとは思ってますが、どうもそういう要望が自分のなかにないのですよね。まさに食わず嫌いってやつかもしれませんが。

 海鳥さんのマンガはもう言うことありません。新聞だって連載マンガで選ぶことがあるくらいですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイタス・クロウの帰還


4488589030タイタス・クロウの帰還―タイタス・クロウ・サーガ (創元推理文庫)
Brian Lumley 夏来 健次
東京創元社 2008-11

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 はじめて手にしたクトゥルーものだったのだが、正直に言うと失敗だった。あまりにも独特の世界ゆえにいきなり入ろうとするのはわたしにとってはちょっと無理があったようだ。四次元に逃れ、行方不明になっていたアンリやクロウが順に帰還を果たして語られる物語なのだが、なにやら設定や登場するアイデア、ガジェットはもはや SF の世界で、いろいろと面白そうなものがあふれているのも事実。これならいけるか? とも思ったのだがやはりやや玉砕気味。

 ひとつにはその独特の世界観が見えていないので話についていくのがきびしいという面。いやまあそういうものとして読み流そうとはするのだが、あまりにも強烈な世界ゆえか気圧された。また翻訳そのものは新しいと思うのだが、もともとがやや古いものであるのと作品世界がそうした雰囲気を持つために、やや古めかしい文体をとっていることもあって、さらに壁が高まった印象も。

 おそらくすでにクトゥルーファンであればなんの迷いもなく、作品を楽しめるのだろうとは思うのだが、いきなりここからというのはちょっと難しいかもしれない。やはりここは順を追ってラブクラフトの一連の作品からはいるのが正解かもしれない。

 逆にいえば、一度ファンになるとどっぷりとはまりこむ可能性を大きく秘めている作品群なのだろうなと。

 あらためてラブクラフトから始めるか、あるいは coco さんのあたりから始めるか。いずれにしても出直して参ります。




タイタス・クロウの帰還
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (2) | トラックバック (0)

きりん本

4873113679初めてのRuby
Yugui
オライリージャパン 2008-06-26

by G-Tools

 しばらく前のことではあるけれど、ようやくにして Yugui さんのきりん本を買った。なによりも多くの Rubyist のみなさんの評判も高いことから、それは読んでみるべきだろうと思いつつ今頃になってしまったわけではある。

 執筆前のころから(とブログで書かれてあったころを思い出すとそうかと思うのだけれど)言われていたように、また冒頭でも断っておられるけれど「初めての Ruby 」とはいっても、プログラミングがはじめてという人向けではなく、なんらかのプログラム経験が多少なりともあって Ruby を初めて手にする人向けの本であるというのがよく分かった。

 まだ読み始めでしかないのだけれど、それでも入門書などで Ruby を使い始めたけれどどうにもよくわからないところがあるんだよね、という人に向けているというのがよく伝わってくる。そういった疑問に思うはず、思っていたはずのポイントをついて端的に解説されているので、ある意味リファレンスとして傍らにおいて使うのに重宝しそうな内容だ。

 ページ数と価格を思うとちょっと手控えてしまいそうな感もあるけれど、中をみればそうでもないと思うはず。なによりも活字が小さいので実際に含まれている分量はそのページ数をしのいでいるはず。もっともそのおかげで老齢の身にはちょっと辛い感もなくはないわけだが。できればもう少しポイント数を上げて欲しかったような気持ちもあるかな。

 とにもかくにも、Ruby を使い始めてみたけれど便利じゃないか、と気づいてしまった人には必携の一冊(少なくとも現状において)といえるのではないかなと、道半ばのひとりとして思った次第。

 繰り返しておくけれど、プログラムそのものが初めてという人は買ってはいけない。そんな人は「たのしい Ruby 」あたりからはじめましょう。

4797336617たのしいRuby 第2版 Rubyではじめる気軽なプログラミング
高橋 征義
ソフトバンククリエイティブ 2006-08-05

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

待ちに待った個展の夜に


4488198074待ちに待った個展の夜に (創元推理文庫 M ホ 7-4)
安野 玲
東京創元社 2008-10

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 ごく身近なところでの事件を探っていくというもので、実に軽めな物語。ミステリ風味とロマンス小説風味がゆるくまとめられたというのが印象。

 事件としては友人の息子が死亡したことを受けて、友人の娘や友人本人、近隣の知人らをめぐるさまざまな秘密が明るみにでていく過程で、それぞれの人生模様が描かれる。原題の BETRAYED IN CORNWALL を直訳すると、物語にひそむものがどんなものか想像できるのだが、あえてそれを避けて邦題をつけてある。とはいえ謎ときというわけでもなく、ひたすら物語りの展開を読者は追うだけで、あっさりと結末はおだやかにやってくる。その意味でミステリとしては物足りなさは否めないかもしれない。

 ただ、謎解きが主題ではなくてコーンウォールに暮らす人々の姿そのものが、その風景そのものが主題のようなので、ひたすら物語を追えばよい。気軽に読めるという点でさながら赤川次郎のそれにも似ているかもしれない。

 残念なのは名前がちょっと判別しにくいところもあって迷うことが時折あったことか。似たような名前であったり、会話しているなかでファーストネームで呼んでみたりセカンドネームで読んでみたりとマチマチになっていることもあって統一感にかけるあたりも気になる。

 もうひとつが会話のなかに別の会話がはいってしまうという書き方。会話のなかで別の誰かと話したことを伝えようとするときに、いきなり別の誰かとの会話の部分が地の文も含めて展開されてしまう。うっかり読んでいると急に話し相手も場所も変わってしまってなんだかわからなくなってしまう。そしてそれが終わると、「再現を終えると」といった具合にして元に戻ってしまうのだ。新しい独創的な手法なのかもしれないが、お世辞にもよい手法とはいえないと思う。

 総じていえば翻訳がじつにすっきりとしていて読みやすく、リズムを崩さない。安心して読めるなと思ったらさきの「掠奪都市の黄金」の訳者と同じ方であった。

 ところでカバーに重大な誤植があるのだが、気づかれているのだろうか。原題のつづりが間違っている。BET[R]AYED であるべきところが BET[Y]AYED となってしまっている。なんと読むのか悩んでいるうちになかを見たら別のつづりがでていて、結局間違いであるとわかった。

Betyayedincornwall

 ボライソーというとやはりこれを連想してしまうのだが。

4150411042若き獅子の凱歌―海の勇士/ボライソー・シリーズ〈28〉 (ハヤカワ文庫NV)
Alexander Kent 高橋 泰邦
早川書房 2006-01

by G-Tools

 となればこちらもあげずばなるまい。

4150400369海軍士官候補生 (ハヤカワ文庫 NV 36 海の男 ホーンブロワーシリーズ 1)
高橋 泰邦
早川書房 1973-02

by G-Tools

 DVDは知らなかった。

B0002CHNHYホーンブロワー 海の勇者 DVD-BOX1
セシル・スコット・フォレスター
ハピネット・ピクチャーズ 2004-07-23

by G-Tools

 コーンウォールといえば。

4091816991MASTERキートン (9) (ビッグコミックス)
勝鹿 北星
小学館 1991-07

by G-Tools




待ちに待った個展の夜に
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うそうそ


4101461252うそうそ (新潮文庫 は 37-5) (新潮文庫 は 37-5)
畠中 恵
新潮社 2008-11-27

by G-Tools

 さて今回の若だんな。念願かなってはじめての遠出となるわけでございます。湯治に行ってゆっくりとお湯につかれば多少は元気な体になるのではないかということで、箱根まで佐助、仁吉、兄の松之助と四人ででかけたわけでございます。店の船ででかけたものの船に乗り込むやいなやなぜか佐助、仁吉が見当たらない。到着して船を下りても姿はない。普段であれば若だんなを心配して夜も日も目をかけて離さないふたりがまったく気配をみせず、連絡すらない。

 やむなく兄松之助とふたりで宿に入ったものの、湯にもはいらない間にかどわかされる。道中天狗に襲われたり、なにやら剣呑な村人の集団に襲われる、女の子には石つぶてをなげられる。ふんだりけったりでございます。みながみな若だんなに嫌悪やら憎しみやら、諸悪の根源は若だんなであるという認識で探し回るのでございます。とんと覚えのない若だんな。やがて、それがとんでもなく深い問題をはらんでいるとわかり、病身をおして騒動を治めるために出かけていくのでございました。無事騒動はまるく治めることができるのでございましょうか。若だんなは湯につかることができるのでありましょうか。

 ひとたび頁を繰ればたちまちにしゃばけの世界。鳴家(やなり)たちの活躍もめざましい話の続きは読んでのお楽しみにございます。

B000AGXR3Qにほんごであそぼ さんようかろく北から南から
神田山陽 柳家花緑
NHKエンタープライズ 2005-10-21

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心の社会


4782800541心の社会
安西 祐一郎
産業図書 1990-07

by G-Tools

 [ [マーヴィン・ミンスキー] Thinking Machines ::更新日記 ] に触発されて、ふと「心の社会」を読んだ時のことを思い出す。当時の月刊アスキーの書評に取り上げられていて興味を持ち、すぐに買ったような気がする。が、ボリュームというか、なかなか難しくて理解がついていかず、読み通すのにはかなりの時間を要したような記憶もまた残っていたり。

 とはいえ、心理学者とか脳科学者とかが考えてもこんな発想はきっと生まれなかったであろうし、非常に興味深い内容であるのは間違いないのだと思う。素人にはやっぱり厳しい内容だけれど。

 それでも案外いま読み直したら、もう少し理解できるかもしれない。というのは浅はかな希望だろうか。思い込みだろうか。慢心だろうか。

 ただ、これを読むにはきっと体力が必要だと思うので、さてどうしたものかというところでもあるかな。まして、触れられている新しい本に手を出すなどとてもとても。感想待ってます。

#室温 19 度。うらやましいです。室温 10 度です。冬場は暖房しても 15 度がせいぜい。設定温度は 20 度とかみるとうらめしく思うのは貧乏人の僻みでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?


4772695133プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?
小松 淳子
インターシフト 2008-10-02

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 先日の NHK 「病の起源 第4集 読字障害」を見ていたこともあり、梗概にそれを意味するディスレクシアについても触れているようであったので興味をもって読み始めた。字を読むということがうまくできないという人がいるということを知らずにいたのだが、意外と歴史のなかの著名人の中にもそうした障害を持っていた人がいるという。特に空間認知や芸術・科学など特異な分野において才能を発揮することが多い。

 本来脳というのは字を読むという専門の機能をもっていないという。それが次第に文字を認識して読み、理解するという経験を経ることによって脳内にあらたなネットワークが構築されていって自在に読むことができるようになるという。

 このときに活発に活動する脳の部分は使用している言語によって異なることがわかっていて、英語のそれと日本語のそれとは異なるという。基本的なところは同じ部分を経由するのだが、理解するあたりが異なるようだ。それは文字の成り立ち・特徴の違いということが影響しているようだ。

 基本的に備わっていない文字を読むという機能を、脳はどのように確立していくのかを解き明かすのが大半を占める。そのほとんどが乳幼児期に形成され、ヒトは誰もがその作業を経なくてはならないというある主の宿命を負っているわけだ。見るとか声を発するとかといった機能に関しては脳が生まれながらにして持っていながら、読むということのための専門の機能を司る部分は存在しないために、必ずそのための訓練をつみながら新たなネットワークを作らなくてはならない。

 その乳幼児期にどのような読書体験が望ましいのかということについても多くの紙数をさいている。まずは数多く読み聞かせてあげる体験が必要だと説く。その後自発的に読み書きに進むので無理にさせる必要はないとも。せかしてみてもうまくいかないし、概して男児のほうが字を読むという段階は遅いという。また、多言語に触れさせるというのは早い時期がよい。これはすなわち脳内の言語処理のネットワークを構築させるという意味で幼少期のほうが適しているからということにもよる。

 などなど。

 なのだが、正直なところこの本は成功しているといえない。その理由のほとんどは著者の文章の下手さによる。はっきりいってなにをいいたいのかわからない文章があまりに多すぎる。翻訳を担当された小松さんは相当に苦心されたに違いないと想像する。もちろんそれはあまり耳慣れない専門的な言葉などがでてくることにもよるのだろうが、それを踏まえてもなにをいいたいのか意味不明な文章が多すぎるのだ。あるいはそれはわたしの無能に由来するだけかもしれないが、それだけではないだろう。

 関連として学者バカとでもいうような文章もある。本来であれば A → B → C と展開すべき文章が、A → B で終わっていて C がなかったり、A → C と B を飛ばしていたりといった感じ。自分の頭の中ではわかりきっているので説明したような気になっているといったところか。学術論文ではなく一般向けの本であると思うので、もっと噛み砕いた表現を心がけるのは当然のことだと思うのだが、どうもそういう配慮が中途半端になっている感じがする。

この半流暢な段階では、読み手は解読できる単語を最低3000語は増やさなければならない。それまでに習得した37の一般的な文字パターンでは、もう間に合わないからだ。(P.194)

 ここよりも前に「37の一般的な文字パターン」について触れられている個所はまったくなくいきなりでてくる。あるいは脳の37野が読字に深く関係しているのでそのあたりの誤訳?

There once was a beautiful bear who sat on a seat near to breaking and read by the hearth about how the earth was created. She smiled beatifically, full of ideas for the realm of her winter dreams. "ea"の可能な発音をこれだけ並べてみれば、英語の正書法にはお手上げだ、子どもたちには無駄でも、文脈のなかで何もかも学ばせればいいと思う教育者がいるのも無理からぬこととわかろう。(P.195)

 例示されているのが英文であるということを抜きにしても、この文意が理解できる人を尊敬してしまう。

 もちろんそれは著者だけに責任があるのではなく、むしろ編集者の責任が大きいはず。内容を損ねないように一般向けに書き直すべきは指摘して修正するという作業が必要だったのではないかと。

 加えていうと(自分のことを棚に上げてということだが)、訳文についてもちょっと気になるところはある。おそらく原文の不備なところを補おうと苦労された結果でもあるのだろうと思うのだが、異様に読点が多い文が頻繁にでてくるところ。意味をきちんと読み取れるように気を配られたのだろうかと想像するのだが、かえって文意をつかみにくくなってしまう上に読みにくい(まさか読字に関する本だから、あえてということでもあるまい)。

ここで言う、視覚と概念形成機能や言語機能との接続は、たとえば、地面に残された足跡の形状を素早く認識して、これは危険を知らせるものだと即座に推論したり、認識した道具や捕食動物、敵を、それを表す単語の検索と結びつけたりすることである。(p.29)
子どもが初めて、たどたどしくも文字を理解しようとし始めた時から、読字は、体験すること自体が目的なのではなく、むしろ、ものの考え方を変え、文字通りにも比喩的にも脳を変化させる最良の媒体なのである。(P.36)
もちろん、たいていは、文字と言うより、落書きの”アート”だ。次いで、子どもが書く文字、それも特に、自分の名前に含まれている文字に、子どもたちが活字という概念を持ち始めた様子がはっきりと見て取れるようになる。(P.147)

 などなど。強調しているのだろうなということや、つながりをはっきりさせようとされているのであろうことは理解できるのだが、あまりに多すぎると却って読みのリズムを崩してしまう。

 こうしたことから考えると、一番読んで欲しいであろう小さな子どもを持つ親の大半にとっては、読み通すのが苦痛になりはしないかとも思う。もしもその場合は、最後のまとめの章(ここも他と違いはないものの)だけを読むか、はたまた解説だけを読むほうがはるかに内容を捉えやすいかもしれない。

 非常に興味ある内容であるだけにもったいない。(と、わたしとしては思う)

 最初に書いたように、ちょうど NHK の番組でも読字障害を取り上げていたり、さらにはおしまいのほうでは先日放送のあった「デジタル・ネイティブ」などについても簡単に触れている。まさに時代を得た内容であるだけに、もう少ししっかりとした書物として出されていたらと思わざるを得ない。もちろん、それはわたしの読解力の不足に起因するのかもしれないけれど。それこそ本書で語られている、脳が文字を読むという機能を発達させていく過程の解明とリンクするわけだが。




プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?
Amazonで購入
書評/サイエンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メモ:モダン・コンピューティングの歴史

4624000234モダン・コンピューティングの歴史
ポール E.セルージ
未来社 2008-10

by G-Tools


 arton さんの感想があまりによくって非常に興味をそそられるわけだけれど、やはりこの価格はちょっと我慢しなくてはなあと(現状をもろもろに鑑みれば。節約しなくちゃ)。図書館で読もうかなあ。

 それはともかくかつての NHK 「電子立国日本の自叙伝」で相田さんと三宅さんが狭い机をはさんで繰り広げていた番組の面白さを思い出してしまう。素人が取材して素人が納得し、それを一般視聴者がわかるように作られた番組であっただけに面白かった。しかも今となっては貴重な人々のインタビューとか多かったので、きちんとした形で残して欲しい番組だったなあ。その後の「新」よりも時代が古いだけにより貴重かな。計画されているアーカイブで閲覧可能であることを期待したいなあ。

4140840099電子立国 日本の自叙伝〈3〉 (NHKライブラリー)
相田 洋
日本放送出版協会 1995-12

by G-Tools

 なんだかまっとうに入手できなくなっていて寂しい限りだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ミスター・ミー


4488016464ミスター・ミー (海外文学セレクション)
青木 純子
東京創元社 2008-10

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 ロジエの「百科全書」という書物を探求する 86 歳の老人。その探求のためにコンピュータの導入とインターネットの世界を知ることになる。検索の結果行き着いたのはなぜか全裸の女性が本を読んでいる画像。その女性が読んでいたのは「フェランとミナール」。

 ふとしたことから友人となり同居することになったフェランとミナール。浄書を依頼されたロジエの「百科全書」と思われる原稿をめぐって、同じアパートで知り合った女性が殺されているのが発見され、ふたりはひそかに彼女の生地に行くことになるのだが、そこで待っていたのはジャン・ジャック・ルソー。ミナールはルソーこそが彼女を殺した犯人であると推論することに夢中になる。終始勘違いも甚だしいふたりの逃避行。

 ルソー研究をするフランス文学教授ペトリ氏。教え子のルイーザはひょっとしたら自分に気があるのではないかと思い始め、どうにもルイーザの様子もそれを否定できない。サークルと称して彼女と話し合ううちに次第に思いはつのり、さてその思いをどうしたものかと悩む。病床にある彼が思い出しつつ綴る記録。

 なにやら互いに関連がありそうでいながら、不思議な三つの物語が順繰りに語られていく。老人が見つけた「フェランとミナール」という本を書いたのはペトリ博士であり、ルソーの「告白」の中で登場するというフェランとミナール。

 老人のもとには大学生のカトリアナが訪れるようになり、これまで独身で世間とも隔絶した生活をしていた老人の生活にさまざまな変化をもたらす。カトリアナとの思いがけない甘い関係とその結末。

 次第しだいにこれらみっつの物語(必ずしも同時代ではない)が接点を見せ始め、複雑に重なりあってひとつにつながっていく。

 が、ことはそう簡単ではなく、最後の最後でとんでもないしかけが待っている。まさにエッシャーのだまし絵を見ているかのような世界。では、いったいあれはあれだったのか。これとそれはなんであったのか。老人は、フェランは、ミナールは、ペトリ博士は、いったいなんであったのか。ロジエとは誰であったのか。おそらく最後の最後まで頭のなかはぐるぐるとまわりつづけて不思議な混乱のなか読み終えるはず。

 ちょっとエロティックで不思議な世界。エッシャー的な円環をなすクルミーによってしかけられた巧みな罠。類をみない文学体験が待っているはず。

#amazon も本が好き!のデータも著者が訳者になってしまっているなあ。



ミスター・ミー
Amazonで購入
書評/海外純文学

| | コメント (0) | トラックバック (0)

掠奪都市の黄金


4488723020掠奪都市の黄金 (創元SF文庫 リ 1-2)
安野 玲
東京創元社 2007-12

by G-Tools


 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 現物を手にしたときに感じた「ジュブナイルだろうか」という感想が最後まで残った作品。訳者あとがきをみるとそれはあながち間違いではないようだ。もともと児童文学作品のイラストを描いていたこともあるとか、シリーズの第4巻は英国二大児童文学大賞のひとつガーディアン賞を受賞したとか。日本ではこうしてSF文庫に収められているので児童文学というくくりではないけれど、読んでみるとその設定のゆるさとか、物語の展開とか全体の雰囲気がどことなく児童文学っぽい匂いに満ちている。いや、どこがといわれると難しいのではあるけれど。

 だからといってつまらなかったのかというと、反対で、実にわくわくさせてくれる展開に存分に楽しませてもらった。かつてスペースオペラをわくわくしながら読んだ時のように。

 主人公であるトムとヘスターがちょっとした行き違いから、別れわかれになり、さらにそれぞれの思惑が少しずつ崩れていく中で、いつしか物語が再びふたりに焦点を合わせていく過程はなかなか見事。まさにこのあたりの「いったいどうなるのか」と手に汗握るような思いは児童文学的な本領を発揮しているとでもいおうか。

 わけてもヘスターのキャラクターが実にいい。自身にコンプレックスを感じつつ、突っ走るようでいて相手へのやさしさも見せる姿がなんともいじらしい。対してトムのなんとふがいないことか。

 前作「移動都市」を読んでいないので、そもそもの移動都市という概念がいまひとつ不十分なのだが、大雑把なイメージとしてはラピュタ国が地上を移動しているといったところなのだろうか。都市が都市を淘汰していくという発想は移動するがゆえに面白い発想で、ただ、イメージとしてもうひとつ捉えにくいのは全体としての描写不足というのもあるのかもしれない。

 ま、それもこれもSFなのだ、児童文学なのだという割り切りをもって読めば、ひたすらに物語りの二転三転する展開を存分に楽しめるのは間違いのないところ。本作から読んでもことの経緯は概ねわかるので問題はないが、可能であれば「移動都市」から順に読むのがよいかもしれない。

 それにしてもどうしてこう海外の作品の人名や地名は長ったらしく、発音しにくい並びが多いのか。このあたりだけはどうにも不便な思いをするのだが、わたしだけだろうか。もっとも日本の作品だって妙な名前でふりがながないと読めないようなものがあったりするので、いずこも同じということなのかもしれないけれど。

4488723012移動都市 (創元SF文庫)
安野 玲
東京創元社 2006-09-30

by G-Tools


掠奪都市の黄金
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

量子力学的世界像


4335750013量子力学的世界像
朝永 振一郎
弘文堂 1965-11

by G-Tools

 ノーベル物理学賞の話題を受けて、ようやく読んだ。昔もらった本。なぜもらったのかはいまだに謎。多少は読んでいた記憶はあるものの、通しては読んでいなかったはず。

 さすがに昭和 20 年前後に書かれたものをまとめた本であるだけに、やや古い言い回しがあったりするものの、古典というほどには古くなく、昨今の一般向け科学書のようなやたらとカタカナ言葉が乱立するようなこともなく、むしろわかりやすいという面はあるような気がした。

 なかでも「光子裁判」の章は、架空の話におりまぜながら巧みに光の特徴を証明していくあたりが面白い。部屋の中で捉えられた直前には門のところにいたが、どうやって中に入ったのだというところで、ふたつある窓の両方を通って入ったというのはありえるわけがなかろうという検察側の陳述。ではそれを実証してみましょうという弁護側。光のもつ粒子と波の性質をなるほどと(イメージとしてというべきかもしれないが)説明してみせてくれる。

 もっと早く読めばよかったなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最高の銀行強盗のための47ヶ条


4488115020最高の銀行強盗のための47ヶ条 (創元推理文庫 M ク 14-1)
高澤 真弓
東京創元社 2008-09

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 正直最初はカバーイラストでひいた。なんだかハーレクインでも思わせるようなイラスト。そこへきて「・・・のための47ヶ条」などというタイトルでは、なんだかいまひとつな感じが否めなかった。

 それでもまずまずよかったよという話をきいたので読んでみたら、結構いい感じに読ませてくれる。デビュー作ということもあって傑作かといわれたら、厳しい面はあるが、十分に楽しませてくれるという点においては満足できる。

 9 歳から父親の手伝いで銀行強盗を働き、唯一のおもちゃのバービー人形も強盗の段取りのためのアイテムでしかない。22 歳となって魅力的な美人になったが、仕事のときには男装しているので足がつかずに荒稼ぎ。父親はそんな彼女に仕事を覚えさせるために47の決まりを作ったのだが、どうも最近やたらと銃をぶっ放しては殺人を楽しんでいるような節が見えて、彼女にとってはなんとも腹立たしい。

 そんな折に下見をしたあとの合流場所のバーで彼女はマックスにひとめぼれ。悪ガキのマックスも彼女にひとめぼれ。といったあたりから物語りは大きく動き出して青春小説の様相が生まれる。

 銀行強盗の後に、父親をなぐりつけて全裸で置き去りにしてマックスのもとにやってきてふたりで逃避行。厳格なところのあるマックスの父親は町の保安官。ふたりは途中妙なコンビニ強盗を繰り返し、テレビでは虚実おりまぜられた報道で話題になるしまつ。それゆえに双方の父親の追っ手が迫る。さらに銀行強盗を捕まえるために FBI の無能だが金とコネはあるという捜査官らが追いかける。そこへさらに昔の強盗仲間がその機に乗じてあちこちに隠している稼ぎをネコババしようと動き出す。このあたりからが俄然面白い。

 逃げ回っていながら犯罪を繰り返すのでまた足がつく。追っ手は思惑の異なる多数。彼女の父親の執拗さと驚異的な体力。一方であまりにまぬけな捜査官。それらがいったいどう大団円を迎えるのかと思いつつ読ませてくれる。

 結末は概ねすっきりというところ。欲をいっても始まらない。とにかくどの人物もどこか変というかクレイジーなところがあって、それだけに展開の異様さが許される。それでいて収まるところにうまく収めたというところか。

 レナードはもっとしゃれたスマートな世界だが、それとは対極にあるといってもいいかもしれない。

 さて、いくつか気になった点。

(P.202)蜘蛛が足を這い上がろうとしているかのように、アクセルを踏み込んだ。

 原文ままなのだろうけれど、なんだか我々には意味不明だ。

(P.243)銃弾が頭蓋骨を貫き、車の窓ガラスも割、100 フィート先の岩のうえの蛇にあたったというのは、ちょっとやりすぎではないのか? まあ小説だからいいけど。

(P.325)モーテルの端の壁龕(へきがん)にいるのを見つけた。

 残念ながら広辞苑にも漢字源にもこの言葉がない。造語か? と思ったがネットの辞書サービスで調べると大辞林にあった。(「龕」だけなら割と載っているが)

龕(がん)

「岸壁や仏塔の下に彫りこんだむろ、中に仏像や宝物を納める。中に仏像を入れる厨子」(広辞苑)

壁龕(へきがん)

西洋建築で、壁・柱の垂直面につくったくぼみ。彫刻などを飾る。ニッチ。
大辞林 第二版より

 なんとなくわかったが、niche で英和辞書を調べると手元のデイリーコンサイスですらでているので、むしろこちらの「ニッチ」という表現のほうがまだよかったのではないか。ただそれでも意味が見えにくいので注釈をつけるとか、あるいはもっとわかりやすいくだけた表現にかえてもよかったのではないか。あえてこの言葉を使う意味はあったのだろうか、と思わざるを得ない。

 また最後にでてくるナバホ族の少年と FBI とのくだりは余分な気がする。”走るくま”という彼の名前も直訳してしまってはちょっと違うような気がするが。歌手のカーペンターズはあくまでもカーペンターズと誰しも呼ぶはず。大工、などという言い方は決してしないのと同じことで。

 ちなみに、作中にいくつも決まりが出てくるのだが、残念ながらすべてでてくるわけではない。第なん条なになにといったように書かれた部分が多数でてくるので、あるいは全部そうして出すのかと思ったが、途中まででその勢いは止まり、後半はほとんどなくなってしまう。47 のうち 15 個については登場しない。

 また、時々文字が太字になる部分があるのだが、どうにもこれは重要なんだという雰囲気も感じないし、あまりに多様されていてかえって目障りだった。これもまた原文がこうなのだと思うが、あまり効果的な使い方とは思えないのだが、原文での編集者は何も言わなかったのだろうか。

 と、気になった点もあるものの、中盤以降これでもかと畳み掛けるような展開にぐいぐい引っ張ってくれるのは間違いない。



最高の銀行強盗のための47ヶ条
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

空の中


4043898010空の中 (角川文庫 あ 48-1)
有川 浩
角川グループパブリッシング 2008-06-25

by G-Tools

 「図書館戦争」が、ちまたで話題になるにつれ、なんとなくそれほど面白いのか? と懐疑的になっていたので余計に手を出さずにいた有川浩だったのだが、春頃にたださんが一気読みした感想を読んだり、知人などの感想を見ているとどうやら相当面白いようだと認識を変えつつあったところへ文庫化というので読むことにした。やられた。

 面白い。そしてうまい。キャラクターの造形も見事だし、文章がじつにきちんとしている。それでいて堅苦しいわけでもないので、途中だるくなって飛ばし読みするような気分もない。ことに、白鯨とのコンタクトを深めていく議論の展開などはややもするとイライラしてしまいそうだが、その気分を抑えながらも引き込ませるうまさがある。

 白鯨が名古屋上空に突如として現れたときに、街がパニックになって死傷者が多数出るという設定は正直どうかと思ったが(なにせ上空二万メートルにいるのである。大きさは 50km 四方だ。そりゃもうただの空でしかあるまい。この状況で大惨事というのはちょっと解せないように思った)、とはいえ、その設定がなくてはその後の反白鯨グループの行動が生きてこないわけで、その対比という意味ではどうしても必要な設定だったわけではある。

 なにより、その反白鯨グループが実にいい味をだしていて、物語にふくらみをもたせているなと。双方の思惑を絡めて白鯨との共存をどう実現していこうかというあたりは心理学(多重人格の統合)や戦術的な要素もあいまって実に面白い。

 正直これほどの筆力のある人だとは思っていなかったので、申し訳ないというかくやしいというか。これはもうとことん読んでみるしかないのでは。解説の新井素子ではないが、自信を持って言えるな、「面白いから、読め」と。

 ところで、作品の最後を Fin. でしめるのは、新井素子ファンということなのだろうか。なんだかちょっと気になった。

 文庫に収録された書下ろしの「仁淀の神様」はよい話だし、後日談としてよく書けているとも思うのだが、単体としてはともかくとして、やや蛇足だったような気がしないでもない。

#なんとなく近々映画化の予感がしたりして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タナーと謎のナチ老人


448826803Xタナーと謎のナチ老人 (創元推理文庫 M フ 11-3)
阿部 里美
東京創元社 2008-09

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 感想をひとことでいえば、「娯楽小説はこうでなくっちゃ」。

 久々に一日で読み終えた。さほど長くないとはいえ読み始めたらテンポの良い展開と読みやすい文章でついついページが進んだ。翻訳なので原文がそもそもよい感じの文体なのか、それとも翻訳が実に絶妙なのか、そのあたりはよくわからないけれど、少なくとも翻訳の文章がこなれていて読みやすいのは事実。

 眠らない男という触れ込みの主人公タナー。さながらドラマ「24」ばりに忙しくて寝ているひまもないというようなことかと思ったらまったく違っていた。過去に脳の睡眠を司るあたりを損傷したことをきっかけに、真に眠らない男になってしまったのだという設定。そういえば以前にテレビでそんな男性のことを見たことがある。とはいえ眠っている時間に幸せを感じる人にはとてもたえられないことだろうなあ。新井素子だったらぜったいに発狂しているのでは。いやわたしもそうだ。寝るのが好き。

 そのタナーに今回やってきた依頼は、囚われた元ナチの老人。悪事も多くしてきたらしく処刑もやむなしかというその老人のにぎっている情報を手に入れたいということから、生きて助け出してその情報を手に入れろというもの。当然、まんいち発覚した場合にアメリカ国家に影響がないように、一切手を貸さないし、たとえ捕らえられても知らぬ存ぜぬを通すという条件で。そもそもそんな部の悪い条件など飲まなければいいものをといってしまうと話が始まらない。

 冒頭からすでにしてスパイがいると見つかりかけ、なんとか逃げ延びて協力者を見つけると現れるのは美しくて魅力的な若い女性というあたり、スパイ小説の王道もしっかり抑えられている。

 いかにして老人の捕らえられている地までたどりつくのか、救出はどうするのか、その後逃げおおせるまでの二転三転する展開は、書かれた時代が 40 年あまり前で国際情勢も今とは違うとはいえわくわくさせてくれてページが進む。

 もちろん、ご都合主義もそこここにあるが、それは物語上のちょっとした味付けでしかない。それを含めて全体を楽しむ、それが娯楽小説ってもの。まさに、読後「あー、面白かった」で終われる物語。唯一の不満は、あれほど魅力的なキャラクターのグレタが置き去りにされたまま最後はでてこないというあたり。最後のさいごまでからめて欲しかったような気持ちも。

 実のところローレンス・ブロックの評判は知っていたものの読むのはこれが始めてだったのだが、これなら他の作品にも期待できそうだ。もちろん、タナーの1作目も読んでみたいところ。

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
芹澤 恵
448829104X

 ところで本が好き!という献本サービスを知ったのはしばらく前で、arton さん経由で poppen さんのところを読んだときだった。そのときには在庫されていた本がさほど興味をひかなかったこともあってそのままにしていたのだったが、この夏になって久々にみると「フロスト気質」が出ていた。「フロスト」はずっと読んでいたし、ようやくの新作も読みたいと思っていたのだが、なんせ上下二分冊でそれぞれ 1100 円あまりする。どうしたものかなどと思っていたところだったので、これは参加するか、と思ったのだった。

 が、直後に体調を崩したのでとてもそんな状況ではなくなり、気が付いたらすべて配本が完了してしまったのだった。残念。

 それでもそこそこ良さそうな本もあるようであるし、次のチャンスを逃さないためには参加してみようかということで今回登録することにした。その第一回目がこの「タナーと謎のナチ老人」。幸いにしてよいスタートを切れたので、今後もよいお付き合いができればと思うばかり。

 さて、次は何を読もうか。

追記:10/2
 忘れていたが、本文で気になった点。120 ページで映画「カサブランカ」がひきあいに登場するのだが、なぜか「カサンブランカ」と書かれている。念のために調べてみたが Casablanca であって、どうにも「カサブランカ」と間違うような気配が見えない。原文が違うのか、はたまた翻訳の過程、校正の過程で間違ったのか?

カサブランカ 特別版
ハンフリー・ボガート, イングリッド・バーグマン, ポール・ヘンリード, クロード・レインズ, マイケル・カーティス
B001525JB2



タナーと謎のナチ老人

Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

現代語訳 古事記


4309406998現代語訳 古事記 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房 2003-08-05

by G-Tools

 ふと読んでみようかと思ったのは今年のはじめくらいだったろうか。ようやくにして読んだ。
 はっきり言ってこれは神話。こうも荒唐無稽な古代神話がつづられていたのかと改めて思った。いやまあ、だからこそ面白い物語(フィクション)になっている部分もあるにはあるのだ。

 全般にかかれているのは、誰が誰を生んで(まさに産んでいる。あるいは人知を超えた化学変化によって生成されている。などというと信心深い方面のかたには怒りを買うかもしれないけれど)どこを治めていくつまで生きて墓がどこにある。といった系譜。それにしても手当たり次第にいい娘を見れば子供を産ませたり、気に入らないやつがどこそこにいるといっては殺してしまったり、したたかな部下の悪巧みにだまされてあっさりと無辜のものを殺してしまったり。しかしここに登場するのは天皇の系譜の人物ばかりなのだ。うーむ。

 そんな意味においては、単なる神話というよりも、いったいそれで何を伝えたかったのかと思うところがあって、それゆえに信憑性に対する疑問をも持ちえるゆえんなのかもしれないが、それでもこれはフィクションとしての神話なのだろう。

 細かなところでホホーッと思ったのを列挙すれば、

  • 愛媛は古事記の時代からエヒメ(愛比売)であった(P.33)
  • イザナギ、イザナミははじめふたりで寝て(と書かれている)数々の神や土地を産むのだが、最後に産んだ火の神で、その出産をきっかけにしてイザナミが死んでしまうと、イザナギひとりで目を洗っては産み、衣服を脱いでは産み、と結局ひとりでできるもん状態で何人も産んでいく。いったいぜんたいふたりの共同作業で生み出す必要性があったのかと謎に思う。たとえば天照大神はイザナギひとりから生み出されている。
  • 天岩屋戸の話。岩戸を投げてできたのが戸隠で、そこに岩戸が隠されたといった伝説があるのだが、古事記にはそうした記載はいっさいない。案外各地に残されているその手の伝説・説話はのちのちに出来上がったものなのかもしれない。
  • 現在と同じ地名が当時からというのでは、焼津とか三重とかいろいろ
  • 有名な「大和(やまと)は 国(くに)の真秀(まほ)ろば、畳(たた)なづく 青垣(あおかき)、山籠(やまごも)れる 大和(やまと)しうるはし」は、ヤマトタケルノミコトが今の鈴鹿市あたりの山麓で故郷をしのんで歌った歌だとか。その後死んでしまう。そして死後は白鳥になったとか。
  • 海に落ちておぼれそうというのに歌を読む天皇とか、戦のさなかに歌を読むとか、とにかく歌なんか読んでいるときじゃなかろうという時の歌が残っているというのがなんとも素敵。
  • 映画「殯(もがり)の森」だったかがあったが、殯宮(あらきのみや)という葬祭に関連する言葉がでてきてなるほどと思ったり

などなど。

 身長が数メートルもあるような天皇とか、200年近く生きた人もざらにいるとか(そうしないと帳尻があわないのだろうけれど)、実に不思議なところ満載。とはいえ、これがひとりの人間による口伝で残されたものをなんとか統一的な表記で文字に残そうとしたという、そのプロジェクトに関しては、なかなか立派なことをしたものだなと感心せざるをえないか。

 もう少しくだけた現代語訳のほうが、さらに読みやすいかとも思わないでもないが、十分に読める内容なので、信心とかはともかく物語として一読してみる価値は十分ありそうだと思った。ということで、この現代語訳のシリーズを少し読んでみようかな。なによりも福永武彦というだけでも、間違いなさそうだと思わせるし。

 やはり、次はこれかな。

4309407641現代語訳 日本書紀 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房新社 2005-10-05

by G-Tools

B001393BRG殯の森
ますだかなこ, 斎藤陽一郎, 尾野真千子, 渡辺真起子, 河瀬直美
NHKエンタープライズ 2008-04-25

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

聖☆おにいさん1


4063726622聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
中村 光
講談社 2008-01-23

by G-Tools

 わがままなイエスに振り回されつつも、それを楽しんでいるブッダ。毎日家にいるので大家さんに「リストラとか大丈夫なの?」と心配され「安定した職業ですから」と答えてみたり、猫が集まっていて困るというので連れて行かれても「自分達の食事だってままならないのに猫に餌を与えるわけないよ」と嘆くと、猫が「わたしを食べて」とばかりに涙を流してお皿の上に載ってくる。徳のある人というのはかくも得なのか。

 お皿の上に小石を載せ、コップに水を入れてイエスにわたしたブッダいわく、「石をパンに、水をぶどう酒にできたよね」。

 そんなふうに笑って読めるのはきっとここが日本だから。かの国に持っていったら怖いことになるかも。

 聖人を扱ってこんなコメディにしてしまうというのがなかなかうまい。ただ、よく知られたエピソードをネタに使おうと思ったら、いずれ限界はくるだろうし、その意味ではあまりひきずりすぎないほうがいいのではないかとも思ったりする。なので、面白いうちに惜しまれつつ終了させるのが吉ではないかな。

 ギャグのネタがなかなか秀逸なので何度も繰り返し楽しめること必至。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハートボイルド

B00005R5J6紅の豚
宮崎駿
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2002-03-08

by G-Tools

 [ 「出発点 1979~1996」と「宮崎駿の雑想ノート」 ::更新日記 ]

 「雑想ノート」を選択されるなんてなかなか。ご存知かとは思うけれど、ここから生まれたのが「紅の豚」。みずからの興味と関心を存分に発揮して思い入れたっぷりに、それでいて十分に楽しませることも忘れずに作られたこの作品が一番好き、といってもいいでしょう。

 なにがいいって妙に説教臭くなくていい。それでいて、さりげなく心にぐさっとくるような台詞まわしがあちこちにちりばめられているという。

 もちろん、その意味ではあまり子供向け(特にそれまでのような幼児向けでは決してない)というのが短所と捉えられなくもないですが、結構子供連れの母親なども劇場には多かったものだった。楽しめたかどうかは定かではないけれど。

 先日放送の「プロフェッショナル仕事の流儀」をようやくにして見たのだけれど、アニメージュにナウシカを連載していたころというのはそういう状況であったのかとか、いろいろこれまで知らずにいたことを知って有益だった。あの時に採用されずによかったのだなと今となってはふと思う。

4499228646飛行艇時代―映画『紅の豚』原作
宮崎 駿
大日本絵画 2004-10

by G-Tools
4499226775宮崎駿の雑想ノート
宮崎 駿
大日本絵画 1997-07

by G-Tools

#「ハードボイルド」のタイプミスではないです。念のため。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

成長の過程

 [ Cobaltリニューアル::思っているよりもずっとずっと人生は短い。 ]

 ということで、ちょっとダンボール箱をさぐって昔のものを出してみた。

20080811_story_junior

 厚みもよくある文芸誌とかと同じくらいですね。ちょうど「夕暮れ 五つの情景」など(インタビューもあった)が載っているので残したままになっています。(1982 年 2 月号、290 円)

 「小説ジュニア」から「コバルト cobalt」へのリニューアルに際して版型が A5 から B5 になり、厚みもそれに比例するようにやや薄くなった。ちょうど、コバルトシリーズも順調に売れていてという時期かと思うのですが、正確には覚えていません。恐らく 1984 年前後くらいだったのではないかと。(雑誌「コバルト」については処分してしまったのでわからない。多分リニューアル号もあったように思うのだけれど・・・)

 で、また A5 に復帰したということらしい。もっともこのあたりは苦しい売り上げ状況とかも関係しているのだろうとは思うけれど。(たいていそれです)

#少女が大人になってそして、ということではないと思いたい。

追記:
 素研さんを見てきたら「コバルト」へのリニューアルは 1982 年夏号からだそうだ。そういえばしばらく季刊だったか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アニメーションの色職人


4198607265アニメーションの色職人
柴口 育子
徳間書店 1997-06

by G-Tools

[ 崖の上のポニョ II ::更新日記 ]

本日記のキーワードに「宮崎駿」を加えることにした。しばらく、書籍購入出費が増えそうだが、同時代人として宮崎駿がいたことを喜んでいる。「もののけ姫」以来のお付き合いではあるのだが・・・

 確かにあの年の「もののけ姫」フィーバーは、正直に言えばうんざりするようなものがありました。わたしのような天邪鬼な昔からの宮ファンにとっては。実際、そのあたりから劇場に足を運ばなくなったようにも思います。もちろん「もののけ姫」はアニメーションとしてもよい出来ですし、物語もよい視点で描かれていてなかなかの大作だと思っています。ただ、ちょっと風呂敷を広げすぎてしまった感は否めませんでした。そろそろジブリも終わりか、と思わせるものがあったのでした。

 「千と千尋・・・」ではやや目先を変えてみたものの、やはりテーマの重さはいかんともしがたく、「ハウル・・・」にいたってはちょっと作品として失敗しつつあったのでは、などと身勝手に思ったりしています。

 その点では「ポニョ」は起死回生かもしれない。これが最後という言葉は常に言われていたので、年齢的なことを無視すれば社交辞令的に受け止めておけばよいのだろうか、などと思わなくもないです。

 それはともかく。終始、色彩を一手に引き受けてきた保田道世さんを描いたこの本はなかなか読み応えがあるかと思うのです。アニメ製作の現場を知らない人であればなおのこと。お薦めです。

4198605416出発点―1979~1996
宮崎 駿
スタジオジブリ 1996-08

by G-Tools
4000223941折り返し点―1997~2008
宮崎 駿
岩波書店 2008-07

by G-Tools

 おー、鳥影社がいい仕事してます。

4886298761宮崎駿の仕事 1979‐2004
久美 薫
鳥影社 2004-11

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼくが世の中に学んだこと


4006031661ぼくが世の中に学んだこと (岩波現代文庫 社会 166)
鎌田 慧
岩波書店 2008-05-16

by G-Tools

 今年になってなにやら爆発的な売り上げをみせているという「蟹工船」。誰が仕掛けたのかは知る由もないけれど、時代をうまくとらえた戦略とでもいうのか。

 もっとももう少し現代的な視点で考えようと思えば、たとえばこの本などは特に若い世代に考えるきっかけを与えてくれる一冊だと思う。

 「自動車絶望工場」であるとか「ドキュメント失業」であるとか、さまざまな社会問題を扱ったドキュメントは発表当時はとても話題になったし、今となっては様子が多少変わったであろうけれど、別の問題が介在しているということを思えば、いろいろ考えさせられるところは多いはず。

 それらのドキュメントにくらべてやや軽い感じで書かれているのは、やはり基本的に子供や若い世代を意識して書かれたものだからだろうか。印刷工場で働く中で労働問題などにふれ、後々の著作へとつながる布石になったであろう若い頃の体験を読みやすい筆致で書いている。ことによると「蟹工船」よりも読みやすくてよいかもしれないぞ、と思ったりもするが、それはまあそれぞれなので。

 かつてはちくま文庫に収められていたのだが、今年になって岩波から出ているようで、値段は高くなったなあ。中高生の夏休みの一冊にお薦めしてもよいかな。<