「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編・後編」を読んだ

ようやく「響け!」シリーズの久美子二年生編を読んだ。

これまでは劇場版「誓いのフィナーレ」「リズと青い鳥」でしか知らなかった部分をようやく全体を通して知ることができた。二年生編はテレビシリーズがなく、ふたつの劇場版で終わってしまっているので、さすがに双方にからむような部分がごっそりカットされていたりで、いろいろもったいない感じが強い。

それぞれがそれぞれにまとめるために多少の修正をしてしまっているので、なんだか物足りない。「リズと青い鳥」の希美とみぞれの関係の修復についてもそうであるし、奏をめぐる低音のあれこれも深みが足りない。

もちろん、それぞれの作品として十分にまとまりはとれているものの、原作を読むとようやく腑に落ちる部分が少なくない。サンフェスにいたる過程もそうだし、夏の合宿もしかり、束の間の休息のプールの話とかも決してインターバルなどではなくて、それぞれの関係のために必要な部分が少なくない。そこをカットしてしまって大団円に持ち込んでもどうにもおさまりがよくない。

トランペットの夢の件もマネージャーに専念することになる先輩にしても、さまざまなことがそれぞれに食い込んでくるのに、そこがなくなってしまうとやはりどうにもおさまりがよくない。

仮にこれがどちらかひとつということだったらそのあたりも加味したものだったかもしれないものの、それぞれに分かれてしまったがゆえに変な齟齬を生じないようにあえてまったくばっさりと切ってしまったかのようで。

いろいろもったいないエピソードも多いので、すでに三年生編がテレビシリーズで制作されているようではあるけれど、二年生編もテレビシリーズでやり直してくれたらよいのだがなあと思うのは、少々贅沢な希望だろうか。

響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編 (宝島社文庫)

 

 

響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編 (宝島社文庫)

 

 

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「響け!ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」

昨年 2021 年暮れに読み終えていたのだけれど、ずれこんでしまった。アニメを見て気に入って「原作もいいよ」と聞いていたので少しずつ読んでいるもの。

確かにアニメとは設定とか、展開とかエピソードとか少し違っているけれど、原作のそれはそれでよいし、アニメはアニメで枠が決まっている中で取捨選択するということもあるし、効果的な展開のさせかたも考えて全体構成していて十二分によいと思っている。なので、なるほど原作にはこういう展開をさせているのかとか、ほんのささいなエピソードがあったりして作品世界全体を補完するという意味でそれはとても有意義。

副部長でもあるあすかの家庭事情におおいに踏み込んだ三作目では、ここまでにはない重さがあるものの、あすかの人柄を裏付ける話でもあり、それがあるからこそうすっぺらい青春物語に終わらないともいえる。

利己的ともいえそうなあすかの私情と、あすか不在によって気づかされた部内における彼女の存在であるとか、部全体を含めてそれぞれが考えさせられていく経過がよい。滝の決然とした姿もまた亡くした妻への思いとかもあいまって物語に深みを与えているし。

全国にはあっさり行かせてしまうが、決して金を取らせるような安易なことまではしないというあたりも悪くない。いろいろの場面で結果はもう知っているのに不覚にもうるっとさせられてしまう。ちょっと入り込みすぎたかな。

このあと劇場版にもなった久美子二年生編があり、久美子がとうとう部長となる三年生編も制作されるというので、原作のほうもぼちぼちと。

で、読むとついアニメのコンクールの演奏シーンを見たくなっていけない。あれはもう神の領域ではないかという。それらを作ったであろう失われた人々の命もまた。

 

響け! ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機 (宝島社文庫)

 

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「響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん長い夏」

 

アニメからはいったくちなのでようやくではあるけれどテレビシリーズの二期前半を読んだ。関西大会出場を決めて夏の練習が進むなかで、昨年辞めた希美が部活への復帰を認めて欲しいとあすかにかけあう事件から。

その後、夏休みのプールでの出来事とか、花火大会とか、合宿とか、そしてのぞみぞ事件を経ての関西大会まで。

実際読んでみると原作小説とアニメでは少しずつ違う部分は確かにある。ただ、大筋の部分に変更はないし、たとえばのぞみぞ事件が関西大会前日に起きたように原作では書かれているのだが、アニメでは明確ではないが数日前。ここはアニメの変更のほうがなにかと有効に感じる。現に指導の応援にきていた滝の友人、橋本が大会前日の挨拶でみぞれについて「とてもよくなった。なにかいいことあった?」と言う場面が描かれている。みぞれはそれに珍しいくらいの笑顔を見せつつ「はい」と即答する。希美とのわだかまりが解消されて本来の力を存分に伸ばす時間がとれたという余裕がある。原作のほうではその心の余裕が少し忙しい。

合宿のあたりも少し変更されている。眠れない久美子が優子に付き合わされてという場面の描きかたは少し変更されている。ここはどちらがということはさほどない。ほか、いくつかちょっとずつ変化はあるが、概してアニメ化にあたって全体を見直したうえで、適宜場所を入れ替えたりしているものの、エピソードの意味として全体の印象が変わるという変更ではない。より印象的な、効果的な並びを検討した結果という印象。

また、原作では上級生が下級生を呼ぶときにはほぼ名前のほうで呼ぶのだが、アニメでは久美子だけは「黄前ちゃん」と苗字で呼ばれることが多かった。ここはアニメならではの狙いがあったのかもしれない。確かに久美子が主人公ではあるし、ほかの同学年と少し違った印象を持たれているというのはある。

構成や演出を変えるうえで、あるいは一番大きな影響を及ぼしたのは楽曲かもしれない。小説では曲名はあっても実際の音はわからない。アニメではそのあたりを音なしでぼかしてしまう手法もあるいはあったのだろうけれど、京都アニメーションはそうはしなかった。しっかりとオリジナルの楽曲を作品用として用意してきた。そして、その曲にあわせて完璧な運指を作画するという驚異の仕事まで。

実際の音ができたことで、作品に対するイメージというものも大きく影響した部分はあるのかもしれない。二期 5 話の演奏シーンなどは特別な構成にして臨場感まであふれていた。これは小説ではなかなか難しい。逆に、アニメができたことで読み直せば、その音が(あくまでもアニメとしての楽曲ではあるのだが)イメージされてより鮮明なものに変わってくるという効果はあるかもしれない。

さて、ことばの上では少し気になるところはあった。「口端を上げた」と類似の表現が何度かでてきたのだが、おそらく作者は漫画的な表現によくある口の端のほうを上にあげてニヤリとするような表情の意味で使っていたようなのだが、「くちのは」にはそういう意味は本来ない。「口角」というのであれば近いが、やや印象が異なるかもしれない。

プールで希美と話したときの最後で希美が「久美子ちゃん」と名前で呼ぶのだが、名前を教えたという場面がなくて少し疑問には思った。そのときも「ユーフォの子」とか「自分」と呼んでいたのに。仮にそれ以前に夏紀なりに聞いて知っていた、あるいは本人が実は名乗っていたとして、そうであればはじめから名前で呼びかけているのではないかという感じで、やや不思議な感じがする。

 

響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏 (宝島社文庫)

 

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「完訳版 赤毛のアン」(松本侑子訳)

村岡花子訳でひととおり読んではいるが、さすがに昭和初期の翻訳なのでいささか古臭いことは否めない。ここへきて松本侑子さんがさまざまな訳注を含めた新しい完全翻訳に取り組んで出版となったので、ずっと気にはなっていた。ようやく買ったものの、分厚さもあってか少し後回しにしたのだが、ここへきて読み終えた。よかった。

厚さはその文字の大きさにもよっているし、訳注の多さにもよる。文字の大きいのは年寄りにとってもありがたい。文章も今の時代にこなれたものなので読みやすさは格段に違うだろう。

もちろん、それで村岡花子訳に価値がなくなるなどということはなく、今も変わらず読者をひきつける魅力にあふれているのは間違いない。ただ、おそらくはこれから先の時代において次第にその文章ではとっつきにくくなっていくことも想像に難くない。いま、ここで新しい翻訳がでることの意義もまた大きいし、膨大な訳注はその世界をより詳しく知ることに大いに貢献してくれる。

以下、いくつか気に入ったフレーズ。

「マリラ、明日は、まだ何の失敗もしていない新しい一日だと思うと、すばらしいわ」

 

アンは勝手口にある大きな赤い砂石にすわり、マリラのギンガムの膝に、巻き毛のくたびれた頭をのせ、一日の出来事をさも嬉しそうに語った。(22 章)

 

アンのように思いのたけを言葉にして伝えられるものなら、マリラはいくらでも話しただろうが、生まれつきの性格と習慣がそうはさせなかった。マリラはただ、アンの体に両腕をまわし、この子を手放したくないと願いながら胸に優しく抱きかかえるのが精一杯だった。(34 章)

 

「そうさな、でもわしは、一ダースの男の子よりも、アンのほうがいいよ」マシューはアンの手をとり、掌で優しくなでた。「いいかい、一ダースの男の子よりもだよ。そうだよ、エイヴリー奨学金をとったのは、男の子じゃなかったろう。女の子だよ……わしの娘だ……わしの自慢の娘だよ」(36 章)

 

でも、今、その道は、曲がり角に来たのよ。曲がったむこうに、何があるかわからないけど、きっとすばらしい世界があるって信じていくわ。それにマリラ、曲がり角というのも、心が惹かれるわ。 曲がった先に、道はどう続いていくのかしら……緑の輝きや、そっときらめく光と影があるかもしれない……新しい風景が広がっているかもしれない……美しいものに出逢うかもしれない……その先でまた道は曲がって、丘や谷があるかもしれない」(38 章)

 

マシューが「一ダースの男の子」というところ、村岡花子訳では「十二人の男の子」となっていて、時代を思わせる。戦後間もないころでまだ「ダース」という単位についてはあまりにも一般的ではないということで「十二人」ということになったのだろうと想像する。ただ、なぜ切りのよい「十人」ではなく「十二人」なのかと疑問に思った読者も少なくなかったのではなかろうか。

もちろん、今も「十二人」といったところで特に不便はないだろうけれど、一対一という対比における「ダース」だったのだろうから、このほうがしっくりとくるといえるかもしれない。

 

いっぽうで一か所気になる文章もあった。

「はい、この箱よ。ジョゼフィーンおばさんから大きな荷物が送ってきて、いろんな物が入ってたの。(25 章 2020/3/25 3 刷

 

「荷物が送ってきて」というのは違和感のある文章。「荷物が送られてきて」とか「荷物が届いて」とかならばわかる。あるいは、原文に忠実に訳すとこういうことになるのか、はたまたミスなのか、あるいは、松本侑子さんにとっては自然な文章なのか。それは、わからないが。

赤毛のアン (文春文庫)

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「明暗」

 ちょっと読むものがなかったのでどうしようかと思っていて、ふと昔高橋会長が SONY Reader 用に PDF にした青空文庫の作品があったなと思い出して、それならばと見ていて選んだのが、たまたま「明暗」(夏目漱石)だった。

 で、読み始めると案外長い。しかも、例によって寝る前読書でさして進まない。間にほかの献本とかもあったりで結局二か月くらいかけて読み終えた。しかも、中盤くらいになってからようやく「未完」の作品だと知った。

 なんとなくまだまだページがあるなと思いつつ読んでいたら、ふいに「未完」の文字。Adobe Reader を使っていたのだけれど、どうやらページ位置をしめすマークは必ずしても端から端までではなかったらしい。騙された。

 で、作品。

 主人公はとにかく金がない。金遣いが荒いというわけでもないが、来月の生活費も危うい。仕事はしているようなのに。実家の父親に無心したり、親戚すじに無心したり。そんな中でなにやらよくはわからないが手術をすることになって、親戚筋と妻と妹やらちょっと困った古い友人やらがでてきてごたごたする。

 あげく、今のあなたが煮え切らないのは、かつて付き合っていて結婚するかと思っていた相手の女性とふいにわかれてしまい、別の男性と結婚してしまったが、その理由がよくわかっていないのでまだ悶々と引きずっているのでしょうというのだった。

 で、彼女は今療養のために湯治場にいるから、退院したらあなたも療養という名目でそこにいきなさいと。費用は持ってあげますと親戚だったかなんだかの奥さんがいうのだった。で、そんなことはないというのだが、あながち間違ってもいないかという気持ちもあるらしく、同行するという妻をなんとか言い含めてひとりで湯治場に行くと。

 滞在していることは確かめたものの、そうそう出会えるわけでもないと思っていたら、宿のなかで迷子になっているうちにふいに出会ってしまい、そこから意を決して対面。さて、そこからどうなるのだというところで終わってしまった。

 うーん、なにが明暗だったのだろう。相手の女性とどうしたかったのだろう。謎は深まるばかりで終わってしまった。未完にもほどがある。これをどう評価すればよいものやら。


 ちなみに先の PDF なのだけれど、縦書きではあるものの左とじなのでページめくりが逆イメージになってしまってちょっと不便ではあるのだった。

B009IXL5PY明暗
夏目 漱石
2012-09-27

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「ラブコメ今昔」

 昔は恋愛小説とか、恋愛ドラマとか、恋愛映画とか、とにかくその手のものはなんだか恥ずかしくって苦手な意識というのがあった。特に若いとき。女性はむしろそういうものが好きな人は多いと思うけれど、男だとそういうのはちょっとと敬遠する向きというのはある。

 もちろん、それは嫌いだというのではなくて単に面と向かってととかあけっぴろげにというのはちょっと苦手だな、恥ずかしいなということであって、そういうことに関心がないわけではないはず。まあ、そういうもの。

 それでも「赤毛のアン」くらいなら読んではいたし、まあ、そのくらいならそう辛くはなかったようには思う。それに比べて「ラブコメ今昔」が当時あったらどうだろう? やはりちょっと手を出しにくかったろうなとは。ずいぶんとラフでライトではあるけれど、それでもその裏にはあまりにもベタな恋愛が描かれているのでちょっと気恥ずかしいところは否めないだろうなと。

 ところが今となれば、つまり歳を食えば次第にそういう意識というのも変わるし、和らぐ。まあ、気恥ずかしさといったものはどこまでいってもそう変わりはないかもしれないけれど、少し離れたところから眺められるといった感じ。若いっていいなあとか、あの頃はそういうことなかったなとか、逆にあったなとか。まあ、いろいろ思いをはせながら。

 自衛隊を舞台にした恋愛コメディ短編集の第二弾。ということもあってバリエーションもいろいろで、深刻なようでライトなようで、とにかくぐいぐいと引っ張ってくれるのでえいやっと引き込まれてさえしまえばなんということはない。こそばゆい感じも味わいつつ楽しませてくれる短編たちがぎっしりつまっている。

 しかも、自衛隊。特殊な環境下での恋愛は、などというどこぞの映画の状況まで思い出してしまいそうになるくらい特殊。けれど、それだけにかえって少し離れた現実の恋愛として見られるという効果は高いのではないかとも。恋愛小説はちょっと苦手という向きにもこれはけっこうアピールできるのではないか。

 どれも面白いけれど表題作とその裏表になるようなおまけとの対比あたりがなんとも好きではある。

 自衛隊をとりまくもろもろの事情みたいなものも見られるという特典つき。自衛隊シリーズの長編内での恋愛模様よりもずっと濃いところが読めるというのも面白い。恋愛小説はちょっと、という人にこそおすすめ。

404100330Xラブコメ今昔 (角川文庫)
有川 浩 徒花 スクモ
角川書店(角川グループパブリッシング) 2012-06-22

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4043898045クジラの彼 (角川文庫)
有川 浩
角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-06-23

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阪急電車

 テレビで映画は見ていて、よいなとは思っていたのだった。毎日隣に住んでいる人でさえ、その家庭がどんな暮らしをして、会話をし、何を考えているのかなどということはほとんどわからない。ましてたまたま同じ列車に乗り合わせただけの見ず知らずの他人が、どこからどこへ向かおうとしており、何のためであるのかや、なにを考えているのかなどわかろうはずもない。乗り合わせている人の数だけ物語が確実に存在しているのに、誰もそれを知ることはまずない。そこに目をつけたというのがまず面白い。

 それぞれに描かれるのは実に些細な物語であったりする。寝取られ翔子さんの物語ばかりは少し重いものを感じるかもしれないけれど、それすらも沿線のもつゆったりとした暖かさで決して重過ぎない。

 その多くは老若の女性が主人公であるといえるのはひとつの特徴かもしれない。男性が首としてでてくるのは若者の恋愛物語での相手くらいだ。小学生からおばあちゃんまで、それぞれが悩みや迷いを抱えていたりして、そのお互いが少しずつ次の誰かに影響しながら物語がつながって行く様が、路線の進み具合とともに描かれるという物語の構造もまた面白い。

 「人の縁とはふしぎなもので」ということばを地で描いたような物語たち。どこか悲愴に感じられそうな物語もきちんと最後は明るさをもたらす展開も読後をさわやかにする。

 恋がはじまった二組をはじめとした会話にも、相変わらずの有川節が満載で楽しいやらほほえましいやら。実に気持ちの良い小編であるなあと(連作短編集といったところ)。

 もっとも映画を先に見てしまったがために、翔子さんが中谷美紀に見えて仕方なかったという面はあるものの、似合っているのでむしろよしということで。他の人が誰だったのか思い出せないという老害はまた見るきっかけということにしておこう。

4344415132阪急電車 (幻冬舎文庫)
有川 浩
幻冬舎 2010-08-05

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有川浩
ポニーキャニオン 2011-10-28

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群青の夜の羽毛布

 映画を見たのだけれどかつて原作を読んでいるのにまるっきり新鮮すぎたので再読。おおむね原作と同じ内容ではあった。そういう話だったか。

 とても仲がよく幸せそうに見えるお隣さんであっても、その実家庭内でどんな会話がされているのかとか、家族それぞれがどんな生活をしているのかなどということは外部の者にはわからない。外面がよい人というのが世の中にはあるけれど、家の中と外とではまるっきり違う顔・態度を見せるという人はいて、仮に「○○さんって本当にいい人ですよね」とか言われたときに、「いや、家ではこうなんです。困っているんです」とか言ったところで信じてもらえずに、逆に「どうしてそんなひどいことを言うんですか?」とか悪者扱いされてしまったりすることだってありうる。

 家族という閉鎖社会のことなど他人にはなかなかわかりようもないのに、自分の知っているその人でだけ判断してしまうということはある。

 似たようなことが恋愛にもいえて、まさに恋愛のさなかにあるふたりには(あるいはひとりには)相手の悪いところなど見えなかったり、たとえ見えてもそれすら美点に思えてしまったりする。恋は盲目だの、あばたもえくぼだの、夜目遠目も傘のうちだのいうのはまこと正しい。

 もっとも、そんな風にしていられるのもそうそう長い時間であるはずもなく、結婚していざ一緒に暮らし始めるとささいなことが気になりはじめたりする。そんなことを織り込み済みで許容できればよいが、限界を超えたりすればたちまち関係は破綻をはじめる。

 ただ、それが傍目にもわかるようであればむしろよいほうで、傍目には何事もないかのように振舞っているような場合ほど危険をはらんでいたりするのではないか。そんな狂気を描いたのがコレといったもよいのかもしれない。


 大学四年生の鉄男。スーパーでアルバイトをしているが、若くてきれいでちょっと華奢な感じのお姉さん客に惚れてしまう。で、ふたりは付き合いだすのだが、24 歳の彼女(さとる)は夜 10 時の門限をいつも気にしている。

 出会ってほとんどすぐに(映画では最初のデートで)体を許したさとるではあるものの、鉄男以外の人との付き合いは得手ではなくできれば避けたい。母親はさながら王様ゲームの女王様かのように君臨し、ある意味さとるとみつる、ふたりの娘を支配するかのように扱う。

 そんな姿を見て鉄男はこの家をでるべきだとさとるに告げるが、自分はこの家を離れることはできないとだけ答えるさとる。

 長い長い坂の上にようやくにして建った我が家。重い荷物を持って毎日まいにち通いつづける坂道。なんらかの理由で家に縛り付けられているかのような女たち。

 「お父さんは?」と問いかけた鉄男に、父親はいないのだとだけ答えたさとる。けれど、それこそがこの家族にまとわりついた家族という怨念のようなものだと終盤明かされる。さながら座敷牢であるかのような奥座敷にひっそりと暮らす父親。けれど、それは薬によって眠らされているもはや生きた屍のような姿。

 なぜ、父親にそのような仕打ちをしなくてはならないのか。いや、父親はいったい何をしたのか。結末にむけて淡々と語られていく。そこにいたる道はさまざまに衝撃的な事実であふれている。

 「明るく楽しい家庭を築きたい」などと結婚したときには思うもの。けれど、現実は必ずしもそうとばかりは限らない。楽しいことも嫌なことも、ときにはいさかいを起こすことだって当然あるはずで、そうしてきっと家族というものはできあがっていくのだろうけれど、きっとどこかでなにかが狂ってしまうとそれは次第に思い描いたものとは違う姿に変貌していってしまうものなのかもしれない。そしてそれはどんな家庭にも内在する危険なのではないかと。

 けれど、きっとそれを救うのもまた、そこから生まれるあたらしい家庭なのかもしれない。そんなわずかな希望をもたらしてくれる最後が、まだ救いになるような物語。「死なないでよかった」。さとるのその一言にすべてが集約されているのかもしれない。

 久々の山本文緒に、一気読み。


 持っているのは幻冬舎のものなのだが、なにやらあちこちで出ているらしい。というか、現状だと角川なのだろうか?

4877287183群青の夜の羽毛布 (幻冬舎文庫)
山本 文緒
幻冬舎 1999-04

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4167708027群青の夜の羽毛布 (文春文庫)
山本 文緒
文藝春秋 2006-05

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4041006961群青の夜の羽毛布 (角川文庫)
山本 文緒
KADOKAWA/角川書店 2014-01-25

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千一夜物語 1

 100 分で名著でとりあげたときにふと思い出したので、久々に探し出して読んでみた。というかどうやら四分の一くらいしか読まずにそのままになっていたらしい。購入したのはもうずいぶんと前のことでたぶん当時はどうもあまり面白く感じなかったような記憶がある。

 ところが今回読み始めたら意外とするすると読み進められて、気がついたら 1 巻を読み終えてしまったというくらい。名前とか役職とかの名称についてはカタカナを見ていてもイメージがあまりわかないので、なかば読み飛ばすようにしていったのだけれど、物語の展開そのものにはそう影響しない。

 物語の中にさらに物語があるという入れ子構造が深かったりして、一瞬今どこにいるのかわからなくなるような感覚もまた楽しい。それにしても登場する女性たちの自由奔放でたくましいこと。ふがいない男どもをうまく操縦してしまうところはさながら「あんたは九州男児なんだから」みたいな感じもして、そのたくましさに惚れ惚れするくらい。

 さらには女性たちのあけっぴろげなところというか、性に対する積極性というかもすさまじく、いやそれはある意味男によって作られた物語であろうがゆえに、必然的にそうした男の願望というものも含まれているのではなかろうかなどとも思うのだけれど。それにしても、多くの場面でこれはポルノ小説なのではないかと思うようなところさえある。

 とはいえ部分的には児童物語としても使えるような不思議な冒険譚として楽しめるものもあるわけで、そのあたりの変化というのもまた面白いのだろうなと。翻訳者はそのあたりなかなかつらいものもあるのではなかろうかなどと。

 が、1 巻を読み終えてそうだったと気づく。これは延々と最後の最後まで終わらないのだったなと。物語が途中になってしまっている。うーむ、気になる。王様の気持ちをはからずも体感することとなってしまった。シャハラザードと妹の計略の見事さよ。

 似たような話がないとは言わないものの、かなりバリエーション豊かで、これが延々と続いているのかと思うとなんとも驚嘆すべき物語であるなあと。もちろんその成立の歴史をかの番組でも知ったけれど、ただ一人によってなされた結果ではないからというのもあるけれど、こうした話がゴロゴロとしていたアラビアというのはなんともすごいところであるなと、あらためて。

 さて、しかし、続きについては持っていないのでどうしたものか。読むのはずいぶんと先のことになりそうだ。


 佐藤さん訳のは古書店でしか入手が難しいか。バートン版では表現が軟らかくなっていることであろうなあ。

B00EXCXE2M千一夜物語(1) (ちくま文庫)
佐藤正彰
筑摩書房 1988-03-29

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レインツリーの国

 たまた値段がちょうどよかったので購入したのだけれど、なんだか世間の賑わいにはからずも合致してしまうような設定がはいっていて「なぜこのタイミングで買ったのか」と我ながらいささか驚いていたり。とはいえ、やはりここでもベタな恋愛が展開されているのだった。甘いかどうかは意見のわかれるところかもしれないものの、最終的にはやっぱり十分に甘すぎるくらいに甘い展開で、きょうのおやつはもういいですと思えるくらい(かもしれない)。

 読書の感想をあげたホームページを通じて知り合った男女ふたり。かつて読んだライトノベルの感想をお互いに話しているうちにいつしか直接会ってもっと話したいという思いがつのって実際にあって。というところからはじまる恋物語。ありがちといえばありがち。かつてのパソコン通信の時代にしてもあったろうし、今はもっともっと広い範囲でそういうこともあるのだろうなと。

 パソコン通信時代のほうが自分の好きなこと、趣味としているようなところに参加してだったので、そうした同じことを楽しむ仲間が集まるという意味では、そうした出会い(男女問わず)というのは今よりも多かったのかもしれない。もちろん、今ならそれは差し詰め SNS に場所を変えただけなのかもしれないので、状況はさほど変わっていないのかもしれない。

 まあ、そのくらいであればありきたりと思っていたのだけれど、相手の女性は聴覚障害を持つのだったというあたりで、おー、そう来ましたか、という驚きとなるほどという感心と。そうして単純に障害持っている人はかわいそうだよねだけでもなく、聞こえる人にとっての論理もきっちり描かれていて、身につまされたり理解したり。なによりも一方だけが(多くは健聴者)悪いのだという論理にならずに、聴覚障害を持つ人も変わるべきところはあるのではないか、というところが描かれているのが好感。

 きちんとした取材と調査とに裏づけられながら、書くべきところは有川流で料理しますといった潔さのようなものも変に同情するだけの作品になっていないところ。正直ふたりの恋愛の展開が気になるほうが強いので、聴覚障害そのものについてさほど意識するということがない。もちろん主題ではあるのでそこに対していろいろ考えさせられるし、それについての(健聴者であれば)いままでの不理解・無知というものをしっかり知る機会ともなる。

 なになにだからこうしなくてはいけない、といったことなどあるはずもなく、そんな強さとそこへいたるまでの弱さと葛藤があるからこそ、読後感のとてもさわやかな作品になっているなあと。いや、やっぱりベタ甘です。有川小説は。

4101276315レインツリーの国 (新潮文庫)
有川 浩
新潮社 2009-06-27

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