伝説の「どりこの」
![]() | 伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた 宮島 英紀 角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-11-12 by G-Tools |
昭和 6 年 4 月。名古屋は南大津町通りの松坂屋わきの空き地で前代未聞の大景品つき大売出しがはじまった。米俵 1000 俵の大山を築き上げ「ひとつ買えば内地産上等白米一俵が 1000 名に当たる!」と打ち上げた。その場でわかるスピードくじ。しかも空クジなし。
米のほかには「奈良名所遊覧招待 100 名」「市電・バス回数券一冊 200 名」「名古屋城拝観券 1000 名」「活動写真招待券 3000 名」などなど。いくらでも金を使えと採算度外視、狂喜乱舞の大盤振る舞いをしかけたのは大日本雄弁会講談社。現在の講談社。
はたして何をそこまでして販売していたのかといえば、雑誌でもまして書籍でもなく、「高速度滋養料 どりこの」。
まだ、「光速エスパー」だってはじまってなかった頃。オロナミンなんとかも多分なかった頃。なんとも魅惑的な響き「高速度滋養料」。しかも、謎の名称「どりこの」!
謎の飲料「どりこの」は生産からわずか一年で約 220 万本を生産したという。昭和のはじめから昭和 19 年頃までに生産された総本数は 1061 万 7000 本あまり。戦時下にあっては材料の調達も困難を極めたものの、軍用に生産することができたためからくも終戦間際まで生産を続けており、終戦時には講談社の社員に物資配給のひとつとして配られたというもの。
著者は田園調布に見つけた「どりこの坂」という名称が気になり、そこにはかつて「どりこの」というもので財をなした著名な博士が住んでいたことをうけて、いつしかそう呼ばれるようになったのだという。調べるうちにその販売には現在の講談社が大きく関与しており、それが冒頭に示したようなとてつもない大宣伝の連投。
はたして「どりこの」とはなんだったのか。なぜ出版社である講談社が販売・宣伝を行っていたのか。講談社の創業からの歴史と野間清治の人となりをつまびらかにしていく過程がここにまとめられている。
全国民的(といっていいほどの)熱狂を生み、海外展開まで行っていたという「どりこの」。終戦とともに姿を消し、秘匿された製法は明かされないまま。軍にまで普及し戦地でも利用されていた「どりこの」。その甘美でわすれがたいという味は貧しかった時代の大きな憧れを持って迎えられたのだった。
「どりこの」そのものも興味深いが、講談社という会社もなかなかに面白い。「どりこの」の販売や配送に関して大きな力を発揮したのが「少年部」というもので、まさしく少年が社員として働く部署があり、多くの少年を雇い、住まわせ、そして仕事を通じて学ばせ、鍛錬をさせた記録がこれまたとてつもない。少年部出身でのちに会社の役員などを務めた人も数多いという。
なんとも豪快な社長であったのだなあと思うのと、実に志に篤い人物だったのだなあと。
「”社員総会も面白くて為になる会にしてもらいたい(中略)おもしろ味がないと、為になるところが生きてこない。 (p.53)
とはいえ、自分の眼鏡にかなったものでなければ決して宣伝に力を入れようとはせず、雑誌の出来がよくないと、さっさと広告を減らしたという。 たとえ返本が増えることになろうとも、「面白くないものを宣伝して売るのは良くない」と考えていたようだ。 (p.54)
昨年亡くなられた野間佐和子社長も子供の頃にいつも飲んでいたのだとか。ただ、昭和初期に生まれていても地方にあっては飲用したことがなかったり、記憶にないという人も多いようではあって、あるいはまだまだ都会での消費が主だったのかもしれない。それでも「二階で食べたら下までおいしい」というフレーズは記憶に残っているようでもあるので、どこかしらで聞き覚えていたものではあるのだろうなあ。
予断ながらどうやら講談社は社長である男子が若くして死去し、妻がその後を支えるという構図があるのではないかという節が。創業者の野間清治が 60 歳で亡くなったあと、以前より病魔に襲われていた息子の恒(ひさし)が亡くなり、妻の左衛(さえ)が社長を務めた。佐和子社長も夫の急逝を受けて社長に就き、昨年息子に引き継いだ。ご夫婦で視察に見えたときにはお元気であったのに、それからまもなくの訃報であったなあとおぼろげに思い出す。
「人間の卑俗な欲情をあてこんだものは、しばらくは売れるかも知れないが、すぐに捨てられてしまう。第一卑俗な欲情のみをねらっていては、編集者も出版社も常に良心の不安を感じなければならない」 (p.145)
今の出版界にこの言葉をささげたいようでもあるなあ。
さて、実はなぜこの本が目に留まったのかというのには分けがあるのだけれど、それは別の項で。
そういえばキング・レコードも講談社が作ったのだとか。
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