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「リコリス・リコイル Ordinary days 」

アニメの思ったよりの人気にあやかってという体ではあるものの、出す予定はあったのではないか、とは思っているのだがアニメでは登場しない日常を小説にしてみたという文庫本が発売になった。事前の予約ですでに重版が決まっていて、円盤全巻セットの事前予約に負けじおとらずの人気だったらしい。

買うにしても落ち着いたころでよいかと思っていたのだが、発売当日のタイムラインを見ると「ない」「ない」という阿鼻叫喚が並んでいてあれまあと思った。

ではとネットショップなど見ると確かにそうらしいが、ヨドバシドットコムを見れば在庫がある。ならば買ってみるか、ということで注文したら問題なく届いた。とはいえ翌日には在庫がなくなって販売休止になった。(その後、取り寄せになり今は在庫があるようではある)

タイムラインにならぶ速攻読んだという感想は、どれも面白かったというものばかりではあったし、ラジオでの若山さんは「最後、泣きました」といっていた。

そうなのかあ。と思いつつ読み終えた。ページ数の割に短時間だったのは、ライトノベルにありがちな段落の短さもあるかもしれない。

で、ひとことで言うならば、

同人の二次創作小説

だった。

というのも、アニメのほうは監督の意向もあってキャラクター同士の自然な掛け合いが感じられるようにセリフを変えたり、アドリブをいれてもらってよいということだったようで、むしろそうしたアフレコ(最近は本来のアフターレコーディングの意味がまったく失われているが)の結果を受けて作画していたという面が強かったようで、声優さんの演技がキャラクターの動きにまで反映されていたらしい(クルミが機内のミズキを呼ぶ場面で地団太踏むのは台本にはなかったらしい)。

また、その後の脚本でのセリフ回しにも反映されたやに聞く。

そういうことがあって、アニメでのキャラクターそれぞれが、しっかりと独自の色を持っていたし、それが脚本にもきちんと反映されていた。が、しかし、アサウラ氏はストーリー原案であって脚本参加しているわけではない。別名義で実は参加しましたということが、あるいはあるかもしれないが、本作を読む限りでは考えられない。

それくらいキャラクターが別物になっている。

キャラクターの所作、話し方、そういったものがアニメとは違う。やや近いところはたまにある。けれど、やはり全体として見ると違う。アニメが作られるなかで醸成されていったそれぞれのキャラクターというものが、この小説には存在しない。

だから、同人の二次創作小説の域でしかない。

正当な本編とは違うが、正当な外伝ではなく、まったくの同人。

それぞれはそれなりに面白かったし、それは悪くない。ただ、土井というキャラクターにたきなが恋しているのではという冒頭作品の誤解はそこで解決してしまったはずなのに、あとの話でなぜかそれが蒸し返されたりというのは、時系列的にも少しおかしい。

若山詩音さんが泣いたというのは、おそらく最後の話が、あまりにハードである意味「リコリコ」らしくないからか。切ない話ではある。が、結局きちんと結末まで書き切ることができなくて、あいまいになってしまったのは、ちょっといただけないかなとも。そこを逃げてしまってはせっかくのハードな内容に水をさす。そこをきちんと書ききってこそ、ハードな内容をあえて書いた意味があったのではないかな、とは思う。もちろん、そういう書き方が悪いわけではない。

どちらかといえば、もっとライトな小品を連作にしたほうが、スピンオフとしてはよかったのではないか、とも。

まあ、同人としては上々です。

できれば、脚本担当の方々による正当なスピンオフを待ちたいところ。

(円盤二巻のドラマ CD の脚本がアサウラ氏ということで、ちょっと不安である)

リコリス・リコイル Ordinary days (電撃文庫)

 

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