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「響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん長い夏」

 

アニメからはいったくちなのでようやくではあるけれどテレビシリーズの二期前半を読んだ。関西大会出場を決めて夏の練習が進むなかで、昨年辞めた希美が部活への復帰を認めて欲しいとあすかにかけあう事件から。

その後、夏休みのプールでの出来事とか、花火大会とか、合宿とか、そしてのぞみぞ事件を経ての関西大会まで。

実際読んでみると原作小説とアニメでは少しずつ違う部分は確かにある。ただ、大筋の部分に変更はないし、たとえばのぞみぞ事件が関西大会前日に起きたように原作では書かれているのだが、アニメでは明確ではないが数日前。ここはアニメの変更のほうがなにかと有効に感じる。現に指導の応援にきていた滝の友人、橋本が大会前日の挨拶でみぞれについて「とてもよくなった。なにかいいことあった?」と言う場面が描かれている。みぞれはそれに珍しいくらいの笑顔を見せつつ「はい」と即答する。希美とのわだかまりが解消されて本来の力を存分に伸ばす時間がとれたという余裕がある。原作のほうではその心の余裕が少し忙しい。

合宿のあたりも少し変更されている。眠れない久美子が優子に付き合わされてという場面の描きかたは少し変更されている。ここはどちらがということはさほどない。ほか、いくつかちょっとずつ変化はあるが、概してアニメ化にあたって全体を見直したうえで、適宜場所を入れ替えたりしているものの、エピソードの意味として全体の印象が変わるという変更ではない。より印象的な、効果的な並びを検討した結果という印象。

また、原作では上級生が下級生を呼ぶときにはほぼ名前のほうで呼ぶのだが、アニメでは久美子だけは「黄前ちゃん」と苗字で呼ばれることが多かった。ここはアニメならではの狙いがあったのかもしれない。確かに久美子が主人公ではあるし、ほかの同学年と少し違った印象を持たれているというのはある。

構成や演出を変えるうえで、あるいは一番大きな影響を及ぼしたのは楽曲かもしれない。小説では曲名はあっても実際の音はわからない。アニメではそのあたりを音なしでぼかしてしまう手法もあるいはあったのだろうけれど、京都アニメーションはそうはしなかった。しっかりとオリジナルの楽曲を作品用として用意してきた。そして、その曲にあわせて完璧な運指を作画するという驚異の仕事まで。

実際の音ができたことで、作品に対するイメージというものも大きく影響した部分はあるのかもしれない。二期 5 話の演奏シーンなどは特別な構成にして臨場感まであふれていた。これは小説ではなかなか難しい。逆に、アニメができたことで読み直せば、その音が(あくまでもアニメとしての楽曲ではあるのだが)イメージされてより鮮明なものに変わってくるという効果はあるかもしれない。

さて、ことばの上では少し気になるところはあった。「口端を上げた」と類似の表現が何度かでてきたのだが、おそらく作者は漫画的な表現によくある口の端のほうを上にあげてニヤリとするような表情の意味で使っていたようなのだが、「くちのは」にはそういう意味は本来ない。「口角」というのであれば近いが、やや印象が異なるかもしれない。

プールで希美と話したときの最後で希美が「久美子ちゃん」と名前で呼ぶのだが、名前を教えたという場面がなくて少し疑問には思った。そのときも「ユーフォの子」とか「自分」と呼んでいたのに。仮にそれ以前に夏紀なりに聞いて知っていた、あるいは本人が実は名乗っていたとして、そうであればはじめから名前で呼びかけているのではないかという感じで、やや不思議な感じがする。

 

響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏 (宝島社文庫)

 

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