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「わが青春 わが放浪」(P+D BOOKS)

 ブクログはユーザーも多く、まず当たることなどないだろうと思いつつ応募を続けていたら、今回は数も多かったためか、はたまたややマイナーなあたりを選んだためなのか当選しましたと連絡があってびっくりした。実のところ手元に届くまでは嘘ではないかと思っていたくらい。というわけで、ありがとうございます。

 実を言うと森敦は読んだことがない。ただ、名前はよくよく知っている。けれど読んだことはなかった。「わが青春 わが放浪」というタイトルと内容がどうやらエッセイらしいというあたりから、入門するにはちょうどよいのではないかと思った。「月山」からはいったらあるいはちょっと敬遠してしまったかもしれない。もちろん未読なので杞憂にすぎないかもしれない。

 森敦の放浪生活のいったんが書かれているとはいえ、やはり記憶に強く残っている物語が繰り返し語られることが多く、わけても作品ともなった月山での生活は特別なものだったようだ。すっかり荒廃した注連寺(ちゅうれんじ)で一冬過ごすことを決めたというのだが、雨戸も朽ちてぼろぼろでふすまと障子をたてて古い祈祷簿で蚊帳をつくりその中で過ごしたという。吹雪けば雪が吹き込んでくるかような様子だったようで、さながらサバイバル生活。

 そうかと思えば奈良での暮らしもなんどとなく描かれる。まるでコピーでもしたのかというくらいにほぼ同じ文章が長々と必ずついてまわることにちょっと感動を覚えるくらいだ。奈良公園からつらなる丘陵にあるという瑜伽山(ゆかやま)に暮らしたというのだが、その周辺の風景を描いた部分がまさに一言一句同じといえるような長々とした文章にもかかわらず毎度使われているのだったが、読むたびにそれは美しい風景であるなあと目の奥に想像するのだった。。

 そこで不思議な母娘らと出会って町の喫茶店に一緒にでかけたりするのだが、森のことを莫迦にしたような替え歌だったかを作って歌っていたというその娘とどういう縁でか結婚の約束をする。ところがそのまままた放浪にでてしまい 5 年あまりが経過。すでに母娘は事情あって故郷の秋田県酒田市に帰ってしまっているという。さっさといって一緒になりなさいとか周りにいわれて、いや自分はもともと結婚しないつもりなどなかったのだからとか思いつつ酒田へ向かったり。

 10 年働いては 10 年遊ぶのがどうやら自分にあっているのだといって奥さんもむしろそれを受け入れていて、仕事などしないであちこち放浪することを望んでいたり。そうはいっても金がなければというところで、どうしてもとなると友人・知人が口をきいてくれたりして、その縁でとある印刷会社に勤めているという。が、出勤するのは週に一日くらいらしく、出勤しても仕事しているのだろうか、という雰囲気ではあるのだった。

 印刷所の社長が放浪ばかりしていたということをかえって面白いと思い、働かなくてもいいからというような印象すら覚える。果ては住まいの心配までしてくれて、高台を紹介してくれそこに家をたて娘と暮らしている。はじめはアパート暮らしだったが、風呂もトイレも別。裏の竹やぶが風情があってよかったものを他の住民が暗くて邪魔なので撤去しろといったときにも、森がひとり反対し、やがては他の住民が転居し、手狭なことを理由に四部屋も森は借りることになるものの、それぞれに敷金・礼金やら必要でそれは無駄であろうと家を建てることになったとか。

 なんとも荒唐無稽というか、自由奔放というか、まるでそうしたことについて苦にも思っていないという森が不思議でもあり、頼もしくもあり、うらやましくもあり。

 まだ若いころの壇一雄や、横光利一や、菊池寛や、太宰治やといった著名なそうそうたる文人との交流の片りんなどもあちこちにあって、それが実にさりげなく、なんというか時代というものを感じたりする。

 森敦。実に不思議な、そしてしわせな人だなとあらためて思ったのだった。次はほかの作品も読んでみなくてはと切実に思った。「月山」はやはり読まなくてはなと。

余談:
 ペーパーバックということで 600 円という値段はこの時代に破格。昔は文庫も新書ももっともっとずっと安かった。時代とはいえこのくらいの値段で読める環境こそ本には必要なのではなかろうかとも。欲を言えばもう 1 ポイントほど文字サイズが大きければとは。

4093522480わが青春 わが放浪 (P+D BOOKS)
森 敦
小学館 2016-01-05

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 [ 『わが青春 わが放浪』のレビュー 森敦 (kishi24さん) - ブクログ ]

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