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平安堂が東急へ移転するという

 [ 平安堂など出店発表 ながの東急、大規模改装 | 信濃毎日新聞[信毎web] ]


 飯田の平安堂が長野市に出店したのはもうずいぶんと昔になってしまった。守谷ビルの1 階と 2 階をつかって CD の売り場もあったり、ちょうど時代的にマイコン・パソコンが普及してきたころだったのもあって PC ゲームのパッケージなども扱っていたりしたので、そうした意味でもずいぶんと重宝したものだった。

 その後長野オリンピックを前にして駅前の再開発が行われ、ウエストプラザへの移転をすることになるのだけれど、目玉とするために紀伊国屋書店などがはいるという噂もあった。そうした県外資本よりはという意向を受けて平安堂が了承したわけではあった。

 とはいえ、少々無謀な賭けのような側面もあったのかもしれない。ただ、三階分を使った広い売り場は当時としてはかなり画期的で、ことに専門書の蔵書はなかなか見事なものだった。

 が、わずかでいったん休業して仕切り直しをしたのは先代の社長平野稔氏。再スタートを切ってそこからはそれなりに順調な営業を続けていたやには見えた。社長を息子さんに譲ってからは残念ながら凋落の一途というしかないか。失礼ながら経営に向かれた方ではなかった。そこでいったんは退いた稔氏が復活して采配をふるったのだけれど惜しくも亡くなられてしまった。

 書店のコンビニ版とでもいうようなブックボックスで全国、とくに地方に多数出店し、あるいは沖縄には今も残っているのではないか。それが廃れて、さらには JBC(ジャパン・ブック・センター)構想がとん挫したあたりからなにやら暗雲がたれこめてきたのかもしれない。

 そうして高沢産業の完全子会社となり、東急さんにさそわれて移転と。はじめの出店地にほど近いところにまた戻ってきたわけだ。

 ちなみに先の記事では東急に書籍売り場ができるのははじめてだとあるが、それは間違いだ。長らく長谷川書店が店を構えていた。新館シェルシェができたときにもそちらに移転して営業した。10 年あまり前に事実上廃業したときに東急の売り場も撤退したのかどうかを知らないのだが、あるいはそういう意味で知らない人がそういうことを言っているのかもしれない。

 が、少なくも知る限りにおいては 40 年あまりは営業していたと思うので、さすがにちょっと失礼ではないかとは思うのだけれど。

 さて、平安堂。どこへ着地するのだろうか。ウエストプラザには県外の大手がやってくるのだろうか。

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