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水中生活の未来はくるのだろうか

 久しぶりに E テレ「地球ドラマチック」を見る。水中社会の実現に関する考察あれこれ。「宇宙兄弟」でも登場したけれど、アメリカが水中訓練基地を用意して、宇宙飛行士もそこで訓練をということをしていたり。また、個人で水中生活を実験する人がいたり。そうした事例を紹介しつつ、「水中社会」という本を書いた人の意見などをまじえてその実現に向けたステップを検証していくといった内容だった。

 宇宙空間同様、水中生活というものが人体にあたえる影響というものが、定かには計りきれないというところが一番難しいところなのかもしれない。水中生活においては、その深度によって気圧変化をどうするかという問題も発生する。無難にしようと思うと地上と同じ一気圧にするほうがよいだろうという考えではあるらしいが、減圧症のことを思うとそればかりでよいともいえないと。

 また、一気圧にするならば生活空間と外との気圧さが生じることになるので、その気圧さに耐えることができるような強度が必要になってくる。そして、それをどう作るのかという問題も。水中ということを考えれば地上でユニットを作っておいたうえで組み立てるという方法になるのではないかとも言っていて、それはまあその通りかと。

 これが宇宙であれば空間に内部が露出していたとしても、組み立てたあとで気密をして生活空気を送り込んでやればさほど問題はないのではないかと想像する。しかし、水中においてはそれはちょっとできないだろうと。気密を保った状態で沈めて接合するような方法を取らないと、いろいろ面倒なのではなかろうかと。

 また、二酸化炭素の処理の問題であるとか、食料や電気など各種エネルギーの問題であるとか。潜水艦のそれが参考になるといえばなるものの、規模や役割の点で必ずしも参考にはなりえないとも。

 そもそもと考えると宇宙空間、あるいは地球以外の天体に居住施設を作るということと比べて、水中にそれを作るということのハードルは格段に高いようにも思うし、人体に与える影響の大きさを想像するに、水中に進出する必要性を疑いたくはなる。番組では、水中に進出するべきだし、将来はそうなるといったスタンスではあるのだけれど。

 かつて「樹魔・伝説」だったかで、人類は宇宙に進出することができない、あるいはするべきではないのだという論がでてきたりしていて、あるいはそれは真実であるかもしれないと思わされたりもするのだけれど、少なくとも水中という意味においてヒトが進出することは諦めるべきではないのか、などとも思ってしまったのだった。

 とはいえ、田中光二の「我が赴くは蒼き大地」で描かれた世界のような、ヒトそのものに水棲生物に順応した改造を施して生きていくという手法であれば、あるいは可能なのかもしれないと思わないではないのだけれど。ただ、それは決して地上生活のそれのような生活を実現するものではなく、水中での行動・生活をヒトに与えるための手段でしかないかもしれない。

 番組の趣旨的には反対の感想を持ってしまう結果になってしまったなあ。

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