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”あるがまま”でなく、”ないがまま”

 E テレ「100 分で名著」で 5 月は荘子。伊集院さんと同じで、てっきり老子とかと同じ類のものとばかり思っていたら、どうやら少し違うらしい。もっと個人よりな身近な、そして妙に説教くさくないとでもいうか。いや、ずしっとくる教訓めいたものがないわけではないものの、そこで語られることが物語りとしてもっと身近で普通のこととでもいうのか。

 それでいてそこから導かれることが結構重いことであったり、わかるけれどなかなかに小難しいところであったり。「ないがまま」などというのも、なるほどそうかと思いつつも、あるがままに慣れてしまった身にはなかなかつらい感じもする。

 便利な機械があるのだから、それを使ってもっと楽をすればよいのに、という提案には、そういうものがあるのは知っているが、そうした便利な機械を使うとやがてもっと楽をしたいという思いにかられたり、あるいは楽をして儲けたいなどと思ったり、つまり卑しい心持とでもいうのかが生まれてしまう。そういうことにはなりたくないからあえて手間がかかろうとも使わない手段を使い続けているのだと。

 車ができて、列車ができて、飛行機ができて。遠いところにより早くいけるようになった。もう十分便利なはずなのにまださらに早くを目指していたりする。その早さでなにを得るのか? できた時間でなにをするのか? 結局とくにどうということをするでもなかったりする。

 講師役玄侑宗久さんは、「手紙なら 10 日くらいは返信を待てた」「電話でも何日かは待てた(日数は忘れてしまった)」、けれど電子メールとかだと 2 時間くらいしか待てない」みたいなことをいわれていて、いや、電子メールとか LINE とかだったら秒も待てないのが今かもしれないなあ、などとも思っていた。

 共依存ということも含まれてくるとはいえ、このせわしなさはなんなのだろうと。NHK のはに丸復活でグーグルに取材にいったときにも、「今だってこんなに便利なのに、なぜまだこれ以上に便利にしなくてはいけないの?」と尋ねられてグーグルの担当者がなにも答えられなかったことを思い出す。

 つまり必要があってもっと便利にとか、もっと早くというのではなく、いわば技術者の性とでもいうのか、とどまることを知らずに開発し続けたいという欲求でしかないのではないかと。つまり、そこにあまり意味はなくて必要性もとくにはなくて、とにかくさらに作り続けたいからということでしか、あるいはないのではないかといったような。

 なにやら非常に楽しみな四回になりそうだ。

4142230506『荘子』 2015年5月 (100分 de 名著)
玄侑 宗久
NHK出版 2015-04-25

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