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ザップニュース集計 4 月まで

 おはよう日本「世界のニュースザッピング」の月次集計。アメリカの独走は相変わらず。韓国はフランスに追いつかれそうな気配。

世界のニュースザッピング 2013/7-2015/04
国名など回数
アメリカ311
韓国187
フランス170
イギリス130
アルジャジーラ123
中国121
オーストラリア103
ロシア13
スペイン12
インド11
ドイツ11
タイ10
フィリピン9
ベトナム8
シンガポール6
香港4
ブラジル3
インドネシア2
トルコ2

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昔日のソニー

 [ おっさんホイホイ in 銀座:あなたの“My First Sony”があるかも――歴代ソニーデザインを集めた展示会 (1/2) - ITmedia LifeStyle ]

 ソニー製品というのは案外好きで結構使ってきたと思う。ナショナル(現パナソニック)とかはいかにも普及品的なシンプルさというのがよさでもあったけれど、目をひくようなデザイン性というあたりでは、やはりソニーのそれは群を抜いていたとは思うのだった。

 まあ、好みの問題ではあるので一概に言えるわけではないのだけれど。

 たぶんはじめに手にしたのはラジカセだったかと思う。やや重量感のあるタイプでそこそこ使ったのだけれど、調子が悪くなってしまって処分したのだったか? 

 その後 MD ウォークマンは録・再タイプと再生タイプと買って、これはまだあるし、たまに使うこともある。MD 機器の生産が終了してしまっているので、今のうちに MD からデジタルデータにでもまた移し変えなくてはいけないのだなとは思っているのだけれど。まだ、完了はできていない。

 カセットテープのウォークマンも再生専用で途中ひとつ買ったことがある。これは手元にはない。まだ、動くだろうか?

 バイオ 505 も一台使った。小さくて軽くてというあたりは持ち歩きに重宝した。出張用にと買ったのだけれど、いつしか常用になっていた。が、バッテリーは終わってきたし動作が不安定になってしまったので手元に残しているだけになってしまった。現在は別のバイオ。普及タイプのやつなのでちょっと大きめで重いものの、普段はこれだけなので壊れてしまうと困る。液晶画面への配線の不良がでてきたのか、接触具合とかで色が抜けてしまって真っ赤になってしまうことがあるのが難。 5 年になるのでそろそろ買い替えを検討しなくてはいけないのかも。

 最後となったブラウン管テレビはトリニトロンだった。デジタルテレビを購入したときに処分してしまったので、もうない。PS2 ゲームをしたりとずいぶんと長く使っていたし壊れていたわけでもないのでちょっと残念ではあったけれど。

 ビデオレコーダーもそうだった。 Hi8 と VHS 一体型。少々おかしくはなってきたけれど、なんとか動作はするようだ。もっともアナログチューナー時代のものなのでいまでは使うことはまずないのだけれど。VHS テープの再生をするようなとき(そこから PC に取り込むとか)くらいのものだ。

 しかし、会社としてのソニーはずいぶんと変化が激しくなってしまい、バイオにしても別会社になって販売だけは請け負っているというような状況では、さて今後はどういうつきあいになるのかはまったくわからない感じも。

 まあ、別にこだわりは特にないので、ときどきに気に入ったものがあるならという程度でしかないのだけれど。

 昔のラジオ、スカイセンサーはちょっと憧れだったなあと懐かしく。

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名残の雪

名残の雪


 毎年のこととはいえこの雪を見ると少し驚く。さすがに本当の意味での雪国では、桜が散ろうという季節でも名残の雪があるのだった。

 とはいえ夏日が連続するような季節ともなってしまった今年にあっては、よくぞ残ったというべきなのかもしれない。

 そうはいっても来月ともなればさすがに消えてなくなるのだろうな。どのみち融けるのであれば、積もらなければよいのにとは誰しも思うのだけれど、それはむしろ雪の少ない地域の発想かもしれない。雪深い土地ではもはや雪の存在を受け入れているので、それ自体については特に嫌がらないというところはあるのかも。まあ、少ないに越したことはないのだろうけれど。

 里であってもこうなのだから、まして雪山ではまだまだと思うのが正しいのだろうな。

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「僕達急行 A 列車で行こう」

 たまたま知り合った列車好き同士。片や不動産会社につとめるちょっとさえないサラリーマン。片や小さな鉄工所の跡取り息子。不動産会社の社長が九州支社で難問解決に彼を送り込む。もっとも彼には特にそんなことを話しているわけでもないし、実のところちょっと変わった視点を持っているところが案外役に立ちそうだとの判断から。

 彼のほうはとにかく会社の金で鉄道に乗れるというだけで大満足。向こうにいったらあの列車に乗ろうか、この路線に乗ろうかとワクワクしている。九州での難問は確かに難問でなかなか進展しようとしない。地主はちょっと偏屈な頑固者であるし、重要な顧客とはなかなか会うこともかなわない。

 ところがたまたま休日に列車に乗り合わせて意気投合した年配の男性がその顧客ということがわかり、一気に話が進展。さらには工場の経営が厳しくなったのもあって、彼のところを訪ねてきていた跡取り息子の仕事が生かされそうな気配となり、そんな列車好きの三人が真剣勝負でお互いをぶつけあって、新しい仕事まで生まれてしまう。

 そんな都合のよい話があるのが物語の世界。それでも、これはきっとこうだなと思うあたりがきっちり期待を裏切らずに展開されるという安心感と、そうでありながらそうまでは優しくない展開がなかなか見せてくれる面白さ。

 恋愛模様も織り交ぜつつではあるのだけれど、これはまあときおりに入れて見たスパイス程度のもの。また、そのちぐはぐさというのも面白さの一助となって、なかなか楽しめる娯楽映画となっているという感。タイトルやあらすじだけだといまひとつかという印象を持っていたものの、案外そうでもない面白さはあって、そこそこ充実しているのではないかと。

B0083260A6僕達急行 A列車で行こう [DVD]
バンダイビジュアル 2012-09-14

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メモ:「民のいない神」

 新聞で紹介されていたのを読んでなかなか面白そうだったのでメモ。いや、メモしたことも忘れてしまいそうであるということは忘れることにする。

 なにやらオカルト的な UFO だか神だかが登場するようなとか、いろいろ謎めいた不可思議な小説らしい。らしいということで。


4560090386民のいない神 (エクス・リブリス)
ハリ クンズル 木原 善彦
白水社 2015-02-13

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土曜日のお楽しみ

 新年度の NHK 土曜日。楽しみにしていた人も多いやに思う「ブラタモリ」が帰ってきた。某レギュラー番組が終了したことをうけて勤務体系が大幅に変わったために、平日昼間のロケが可能になったということでようやく東京近郊だけだったこれまでとは違い、全国へ出ようということだ。で、そのはじまりが長崎からだった。

 番組としては著名な観光地のようなところではなく、隠れた、あるいは知られざる歴史的な遺構や遺物といったものをとりあげることが多いので、それだけでも十分にほかにはない面白みはある。それは間違いない。ただ、前のシリーズのときも次第に傾向が変わっていったのだけれど、当初はもっとぶらぶらするのが主な目的だったはずで、そういう意味においては少し面白みはなくなってきてしまっているのも事実。

 今では入れ替わり立ち代り案内人が現れては「ご案内します」。あまりぶらぶらして発見する楽しみというはじめのころのような面白みはなくなってしまっている。むしろそれこそがブラタモリというタイトルそのものだったはずなのだが。

 同行するのは桑子アナウンサーに変わっていて、これはこれで悪くはない。そもそも新人だったころに長野局に配属されて頭角を現した桑子さん。好きなアナウンサーさんなのでうれしくないわけはない。ただ、広島に異動になってから BS の子供番組を担当するようにもなり(長野時代も首都圏向け番組の司会をやったりしていたので、はじめから目をつけられていたのだろうとは思う)、はじめは男の子っぽい感じがよかったのだが、すっかり女子力を高めてしまったらしく、かわいい女の子を演じているかのような印象がしてしまって、なにか違うなあというふうにも思ってしまう。新人のころの印象があるだけに。(それが悪いというのではもちろんないし、このあたりはあるいは本局からの演出的なものもあるのかもしれない)

 とりあえずは今後を待ってということにはなるのだろうなと。

 さらには遅い時間だった「凄ワザ」とかいうのが見られる時間帯になったので、それはそれで楽しいのだが、どうももったいつけて伸ばしすぎる嫌いがあって、そのあたりはよろしくない。せめて前後二回くらいで十分だろうにと。

 そしてドラマ「64」がはじまった。これも楽しみではあるのだけれど、いかんせん 22:00 からというのが少し悩みどころ。最近はこのくらいには寝てしまうようになってきたのもあって。やはり 21:00 くらいからの放送であればもう少し楽なのだがなあと。

 内容的には文句ないところではなかろうかと。小説の噂は聞いていたし、面白くないはずがないのだろうと。配役も今のところなかなかうまい感じでよろしい。民放の悪いくせは流行のイケメンタレントとかを多様して名前と顔だけで売ろうとするあたりではないか。もちろん、そればかりではないのだけれど、そうした傾向は少なからずあるように思えてしまう。

 いずれにしてもこの春の土曜日は少し楽しみになりそうなのだった。(いや、そろそろ初夏になろうかという季節か)

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さよなら船戸与一

 船戸与一が亡くなった。多くを読んだというほどではないのだけれど、いくつかの好きな作品がある作家だった。面白かったのだが晩年は今ひとつという感もあって、訃報に添えられた写真(比較的最近なのだろう)を見ると、少しげっそりとして昔のような覇気はもうなくなっているので、そんなところにも現れていたのかもしれないなと思ったりした。

 そもそもは多分月刊だかのコミック誌に連載された「猛き箱舟」だったかの漫画だったような記憶がある。あるいは「山猫の夏」のほうだったかもしれない。いずれにしてもそのあたりが漫画化されて連載されていたのを読んだのがはじめだったような記憶なのだった。

 それ以前から噂は聞いていたように思うものの確かに読んだということはなかったような。まあ、その漫画化されたものがなかなかに面白かった。日本人作家によるものとしては格段の出来で、まさに手に汗握るという感じで続きが待ちきれないといった感を久々に味わったような記憶がある。

 そうして原作小説もいくつかは読んで、「猛き箱舟」などはその分量の多さにやや唖然としつつも、読み始めるとすぐに作品世界に引きずり込まれてしまい、ページを繰る手ももどかしくといった風になるのだった。文章としてはやや荒削りな感じがするのだけれど、それを補ってあまりある迫力のようなものが行間から迫ってくるとでもいおうか。

 近年になって(10 年くらい前か?)新聞連載になった「藪枯らし純次」を連載中に読んでいたのだけれど、どうもかつてのような勢いがないままだった。結末にしてもどうも煮え切らない感じで、残念な思いだった。ことによればもうそのころからかつてのような勢いを失っていたのかもしれない。

 追悼の意味もこめて急遽「猛き箱舟」を出してきて再読をはじめているところ。今は、ゆっくり、ゆっくりと。

4087486362猛き箱舟〈上〉 (集英社文庫)
船戸 与一
集英社 1997-05

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4087486370猛き箱舟〈下〉 (集英社文庫)
船戸 与一
集英社 1997-05

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 漫画はこれか。というかプレミアムみたいだ。

486225473X猛き箱舟 (キングシリーズ 漫画スーパーワイド)
船戸 与一 柳澤 一明
小池書院 2009-06-25

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「阪急電車」

 以前見たのはテレビでの放映だった。どれほどカットされていたのか、はたまたカットはあまりなかったのか、もうすっかり忘れてしまっているけれど、あらためて通して見た限りではカットはあまりなかったのかもと思うようではあった。まあ、わからないのだけれど。

 鈴木亮平がでているというのだが、いただろうか? などと思いつつ見ていたらなるほど結婚相手の役だったのかと。たかだか 4 年ほど前でしかないのだが、どことなく初々しい感じで若い。中谷美紀は相変わらずきれいでかっこいいし、谷村美月も有村架純も相変わらずかわいい。宮本信子も安定した演技ではつらつとしている。

 昨年あたりにようやく原作小説を読んだけれど、この短い路線の時間の中に上手にいろいろのエピソードを織り込んで、それらがうまく絡みあってすり抜けていくさまが実に気持ちよい。それぞれにささいな事件ではあるものの、それだけにどこにでもある日常であるし、誰にでもおきているであろう生活の一部が切り取られていて、物語に自然と入り込んでいける。

 自分の悩みなどほかの誰に影響を与えるというわけでもないし、それは自分に限らず誰にとっても同じ。であれば、きっとそれは誰のなかにもあるし、起こり得ること。それでも、きっとそれは誰かに支えられることで乗り越えることでもあろうし、誰かがきっと見ていてくれることでもあるのだろうなと。

 つながるとかつながろうとかやたらとくっつきたがる昨今ではあるけれど、本当の意味での人と人とのつながりというのは、あるいはこういうものなのではないだろうかとも。

 なんど見てもさわやかなすがすがしさと、あらためて自分自身に元気としっかりしなくてはなと思わせてくれる、そんな映画。

 うん、この世界だって悪くないさ、と。

B005GOIOZS阪急電車 片道15分の奇跡 [DVD]
有川浩
ポニーキャニオン 2011-10-28

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4344415132阪急電車 (幻冬舎文庫)
有川 浩
幻冬舎 2010-08-05

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ブッダさんのことば

100分で名著 ブッダ 第3回 在家信者と出家修行者との関係の図


 E テレ「100 分で名著 ブッダ」第3回。ブッダはとあるところでもらった食事で食中毒になってその後死んでしまう。が、死ぬ前にその食事を提供してくれた者のことを案じて話したという。

 その者が出した食事で死んだのだから罰があたると責めるかもしれないが、それは違うと。最後の食事を与えてくれたものにはきっとよいことがある。それによって涅槃にはいることができるわけで、あらゆる苦しみから解放されるのだから。そのきっかけとなった食事に罪があろうかといったようなことを。

 そんなこんなにあわせて上のような図を示して解説。一般の人は功徳にあずかろうと修行している人にお布施をする。修行者は自らを高めようと修行を重ねている。そうした人にお布施をして得たいと思う一般の人の求めるものとは、つまりはお金が儲かることであったりとか、健康であったりとか、そうしたある意味ごく普通の幸せであると。

 一方で修行する人はお布施をもらうことを目的としているわけではなく、自らの求める理想へと近づくためにひたすらに修行を続けている。そうした姿にたいして一般の人がお布施をしたいと思うわけであって、それらが逆転してはいけないのだと。

 修行のための援助としてお布施をするというのも違うし、お布施を得るために修行をするというのでもない。ところが今はたとえば大学などでも設けることが優先してしまって、研究がその後になってしまっている例もあるやに聞く。昨今世間を騒がせている問題もそのあたりがおかしくなっていると。

 お布施する側もそれがどのように使われようとそれ自体は構わないと考えるべきであり、研究者もお布施の有無などに関係なく、自らの目指すところをひたすらに目指すだけでなくてはならない。

 このお布施でこちらに都合のよいようにやってもらえないか? とかいうのも間違いであるし、わたしはこれだけの研究をしているのでお布施をくださいというのも間違いであると。

 昨今の事情から思えば、それも辛いと思わないではないけれど、本来的にはそうあるべきというのは理解できる。なかなか難しい。

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エコはエコではない

 サイエンスゼロで燃料電池のことなどやっていた。いつものごとく生活笑百科を見てからなので冒頭を見逃しているので(つまり再放送で見ている)ちょっと半端ではあるのだけれど、なるほどと思いつつ見ていた。

 燃料電池車は水素を燃料にして電気をつくり、排出するのは水だけというからものすごくエコ。というけれど、そうじゃないと。(そもそも昨今の「エコ」という言葉の使われ方が変な意味を持たせすぎている嫌いも次第に鼻につくようにはなってきたけれど)

 なぜかというとそもそもの水素を作るためにどうしても二酸化炭素が発生してしまい、それらを考慮して他の発電方法と比較してみても、特段よいとは必ずしもいえないということなのだった。

 ところがどうも昨今の宣伝ではそうした部分はまったく触れられることなく、「排出するのは水だけ!」ということだけがことさらに強調されすぎていると。まあ、極論するとある種詐欺みたいな戦略といえなくもないかもしれない。

 実際にはそうしたことも含めて、よりよい生成方法はないのかといったあたりでの研究が進められているのだという話だったか。

 「夢の扉+」では水道管を通る水流を利用して発電してはどうかという取り組みをしている中小企業の話。大手の下請けをしているが、それではどんなに優れたものを作ってもみずからで特許をとることもできず、悔しい思いをしていたと。自社の強みを持たなくては今後経営にも厳しくなるということでいろいろやっていて、ようやく見込みが立とうかというところまできたというのだった。

 番組では蛇口それぞれにその発電装置を組み込むような説明をしていたけれど、量水器から家庭に入ったあたりにひとつつければ十分ではないかと。個々の蛇口につくる必要はない。もちろん発電量はそう大きくはないので、各家庭のすべてをまかなうまでにはいかないものの、いくばくかを補うことはできるのだし、確かに無駄にしてしまっている水力ではある。

 ただ、こうしてテレビに出してしまうと大手とかが進出してしまってというのはあるのだろうか。特許はとられているようではあったものの。

 エコ、エコというけれど、本来はエコロジーであって生態学。省エネルギーという意味ではないわけで、本質を見るようにしなくては、やはりいけないのだろうな、などと思うのだった。エコという言葉にだまされないために。

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オープンハードカンファレンス2015 長野をちょっとだけ見学してきた

 [ オープンハードカンファレンス 2015 Nagano | OSHWC ]

 予定はしていなかったのだけれど、申し込みとは不要で(懇親かについては人数の把握もあってできれば申し込みをということだったらしい)なんとなく自由に参加できそうな感じもあったので、急遽行ってみることに。 Ruby を使った発表もあるというのもあって。

 そもそもあの場所はかなり狭いところなので、会場案内図を見る限りにおいては、自由に身動きできるような状態ではなく、まして、中央部分ではセミナーがいわばずっと順繰りで行われているという状況なので、周囲に置かれた展示ブース(というか長机)を回るというのもいささか不便であろうなとは思っていた。で、実際その通りだった。

 そんなこんなもあってつぶさに見るということはなかったのだけれど、何度か目にしているものやら、メインになるらしきピザ窯らしきレンガの集合であったりとか、3D プリンターの鎮座まします姿とか、さらには友情出演的な pepper 君が時折すっとんきょうな合いの手を入れていたり。なかなか面白い光景ではあった。

 で、Ruby を使って小型ロボットの制御をというのは通して聞かせてもらうことができた。手作りの手作りロボットキットを使って、子供を対象とした教室を開いているというような話だった。制御に使うのは Ruby ではあるのだけれど、まんまコードを書けといっても大変だからということで KidsRuby というプラットフォームを使っているとのこと。

 なるほど、それなりに手軽に使えるような仕組みではあるようなのだけれど(事実小学生とかも比較的簡単にその場で試してみていた)、それでも scratch ほどの楽さにはやや弱いような印象も。はじめのうちはきっとパーツを並べていくだけといった方式のほうが簡単で遊びやすいのではないかなとは。で、それでは物足りなくなってきたら、じかにコードも書けるといったツールであればよりよいのかもなあと。

 そうとは知らずに見ていた迷路工作の話は小学生の女の子の発表だった。なかなか立派。

 カニ型ロボットの動くのを見ていたらなかなか楽しい。まあ、カニというには四本足なのでというのはあるのだけれど、六本のときにクモとしたら気持ち悪いというような話があったやに聞こえた(もれてきた話でしかないので)。が、まあクモは八本ではあるが。

 あの動きのよさはぜひタチコマ的な造詣と動きでデモンストレーションして欲しいなと思ったりもした。

 電子工作というと昔むかしで止まってしまったけれど、今はもうないパーツ屋さんに行っては買い揃えて作ったりしたものだった。今もその残骸(というか使わないままになってしまったもの)などが残っていたりする。もはやそれをどうこうするということもないか。

 それ以外では望遠鏡はいくつか作ったし、プラネタリウムも作ったし、工作やあれやこれやのモノづくりは好きなのだった。最近はどちらかというと家の補修関係が多かったりするのだが。

 今回は初回ということもあり、子供や初心者(ある意味興味のあまりないような人)を対象に考えられたらしいので、かなりゆるい感じの内容だったように参加していた時間内では感じた。ある意味きちんと目的に沿っていたので十分成功ということなのかなと。

 ただ、やはりあの会場の広さ(狭さというべきか)で、あれだけ詰め込もうというのは無理があるので、そのあたりは検討課題なのではなかろうかとも。次回があって、よさそうであればまた見せていただこうかなとは。

#次回 NSEG はアジャイルジャパンとかで、内容を見ているとさすがにヒトリモノ素人の域ではないなという感じでもあり参加はないと思うのもあり。というか時間がもろもろ怪しいというのもあるのだけれど。

#カニロボットは信州大学教育学部の方だったのか。

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長野マラソンの朝

 第 17 回長野マラソン当日。

 スタート地点である運動公園へ向かう道が選手送迎のためのバスや乗用車で大渋滞。まだ、07:00 を過ぎたあたりというのに。普段ですらここまでというのはなかなかない。

運動公園前に大渋滞


 この渋滞原因のひとつが、交差点で整理をしている警備員の誘導。歩いてやってくる参加者を優先してわたらせているために車がほとんど動けない。結果信号が変わろうというあたりでわずかに動くだけだったり。まあ、それも仕方ないのではあるけれど。

 そして、サブトラックでは体を温めたり、のんびりと過ごす選手たちであふれている。名残の桜がそこそこ残っていて目を楽しませてはくれるものの、気温が低いのでみな寒そうではある。

走ったり休んだり思い思いの参加者たち


 結局日差しがあったのは早朝のうちだけで、スタート前からずっと厚い雲におおわれたまま。弱いながら雨も降ったり止んだりというところで、暑すぎないとはいえやや寒い中でそれなりに大変そうだ。昔は長距離ランナーだったけれど、もうすっかり走ることはなくなってしまった。

 寒さもあってエントリーはしたものの、出走した選手は 9000 人を割るのではなかろうか、などと想像している。それぞれに完走できますことを。

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善光寺御開帳へ

善光寺御開帳の回向柱を待つ列にて

 来月あたりでもよいかと思っていたのだけれど、案外早いほうが空いているという話も聞いて、それもまた一理かと出かけてきた。まあ、晴天ともなるとどうしても人は増えるようで(といって遠方からの人は天候を選べるわけではないはずなのだが)ものすごい人出だった。(ゆっくりしたければ 9 時前までがおすすめ)

 回向柱の列は山門の入り口あたりまで伸び、これでは少々時間がかかりすぎると時間をずらすことに。昼食を先にすませてから行くとずいぶんと短くなっていてこれならばと並んだ。ほどなく対面。が、正面はなぜか 50cm あまりは間があるため(お賽銭箱をかねている分もあるが、さらに隙間があって異様に距離がある)、横に回りこんだほうが楽に触れることができる。

 どうしても正面に固まり勝ちなので、警備の方がさかんに横や後ろも触れられるのでと案内している。ご利益は変わりませんよと。いかにも。

 ちなみに、今回は山門から見た本堂の様子がウェブカメラで常時配信されており、下がそのカメラ。法要が行われるときにはむしろこの映像を見ているほうが現地でよりもよく見えるかもしれない。もちろん現場にいるという臨場感であったり、ありがたみといったものは、それに勝るものはないけれど。


善光寺山門にすえられたウェブカメラ


 きちんと記憶にあるものとしてはずいぶんと久しぶりかもしれない。自助努力ももちろんのことながら、ご利益に預かれますようにと。

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大地に桜花、咲く

 ここ連日雨、風が続いていて、なんとか持ちこたえていたかに見えた桜の花も、さすがにはらはらと散りはじめていた。

地面に桜花、咲く

 枝もすっかりすきずきしはじめて、いよいよ名残の桜という風情になりつつある。

度重なる雨風で散らされた桜の枝


 長野マラソンはこの日曜日。天候としては問題ないようではあるものの、桜はやや盛りをすぎて名残の桜や葉桜の中を走るという風景になりそうではある。

 今年の桜は本当になかなか受難の桜であったなあという印象ばかり残ってしまうが、それなりに楽しませてもらったという年でもあるのかも。

 来年もまた見られることを祈りつつ。

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2015 年冬アニメの記録

 2015 年冬のアニメの感想メモ。

■七つの大罪
 秋からの 2 クール目。1 クール目の終わりでもまだ仲間が 2 人くらいしか見つかっていなくて、この調子では 2 クール終わりでようやく全員そろうくらいか、という感じだった。実際、中盤くらいまではなかなか話が進展しなくて、これはまだ続くなと思っていたら、最後の数回になってドドッと仲間が集まってきて、最後にいたっては、気づいたらいたという状況。
 で、あれよあれよと展開して一連の悪事が解決して終わったのだった。めでたし、めでたし。
 物語としてはそれなりにきちんとまとまったし、実のところまだまだ物語りは続いていくぞ、というところで終わるので、ひとつの区切りでしかないというのは将来の続きにも期待させるようで、それはそれで楽しみ。この 2 クールとしてはそれなりにうまくまとまって楽しませてくれたのは確か。ちょっと最後がバタバタした感じだったけれど。

■純潔のマリア
 通常の配信は有料配信しかなかったので諦めていたら、月に一度、一日限定で 4 話まとめて無料配信をしてくれたのでおかげさまで見ることができた。で、完結している漫画原作というのもあってかうまい具合にきっちりとまとめてあってよかった。マリアという魔女の立ち位置もしっかりしていて、当時の宗教の位置であるとか。なかなか興味深い内容でもあり。そもそもこういう中世ヨーロッパを舞台にした漫画ということだけでも珍しいのではないかと。
 正確にわかるわけではないものの、時代考証もしっかりされていたようで、この冬のアニメでは出色の出来ではなかったかと。それだけに広く見てもらう機会がやや少なかった配信方法は残念といえば残念。

■アイドルマスター シンデレラガールズ
 はじめの 2 話くらいまではなんとか見たのだけれど、全員がそろったあたりからあまりのお子様な女の子たちがわちゃわちゃでてきてしまうことにさすがにちょっと気恥ずかしさのほうが先にたってしまい、見るのをやめてしまった。たださんが押していたのは分かっていたのだけれど。
 で、結局最後のほうの 2 話くらいになってまた見てみたら(多分本放送では終わっていた頃)なかなかよい出来だった。「SHIROBAKO」が好きならというたださんの声も確かにわかるなと思うので、もしも途中を見る機会があればということで。

■SHIROBAKO
 秋から続いての 2 クール目。1 クール目ではやや周辺的なネタでやってきたけれど、 2 クール目では扱うことになった作品を巡るネタということで、よりディープな感じになってきて「どんどんドーナツどーんといこう」という感じが途中まったくなくなって、ハードな感じになってしまった。
 それだけにアニメ作りの現場というのは本当に大変であるのだなと。それでも面白いし、好きだしということでかかわっている人は多いのだろうけれど、やはりもう少しこの業界は変わらないと本当につらいのではないかと心配になってしまう。
 原作漫画のアニメ化の悲喜こもごもというあたりも切なくて、でも、やはりとてもよい作品だった。ドーナツ食べたくなるくらいに。

■ローリングガールズ
 絵柄がなんとも不思議な感じのアニメだった。そしてはじめはちょっとギャグっぽいだけのアニメかと思ったのだけれど、あちこち旅をしているうちにしだいになんだか分からないアニメになってきてしまった。そのうちに実は宇宙人がどうのこうのという話になってもう何がなにやら。
 結局一応の決着はしたけれど、あの石はいったいなんだったのか? とかいろいろ分からないままに終わってしまったような。どうにも着地点がうやむやな感じで終わってしまったようで、せっかくのはじめの期待(なんだかわからない面白さに対する)が急速にしぼんでしまった感じだった。ちょっと消化不良。

■夜ノヤッターマン
 ドロンジョ一味の末裔が世の中の不条理に怒り、こんな悪政をしいているヤッターマンにおしおきしてやる! とうために旅をするというコンセプトが面白かったのだけれど、実はそれはどくろべえだったというオチはそれとして、途中からこのふたりはいずれという先が見えてしまったあたりから変化がなく、そのあたりがちょっと面白さを半減させてしまった。そのわりに長々とやっていたからということかもしれない。
 どうやったらなにもないところからあんなメカを作れるのだとかいうことを言ってはいけないのだろうけれど、そのあたりも無理がありすぎてしまって。設定は面白いのに詰めが甘かったのかもという感じが残ってしまうのだった。悪くはなかったのだがなあ。

■暁のヨナ
 秋からの 2 クール目。七つの大罪と同様に四龍がそろったあたりで終わりではないかという展開の遅さで、こちらもまた最後にいきなり最後のひとりがそこにいたということになってしまった。で、原作がまだ続いていることもあってまったく決着するはずもなく彼らの旅はまだまだ続くのだというあたりで終わってしまう。やはり最後がちょっと時間不足になってしまった感。
 舞台設定とかなかなか面白いだけにちょっと最後が物足りない感じ。決着できないのはわかっていたので、それは構わないのだけれど。原作継続中のジレンマといえばそのままなのだけれど。

■新妹魔王の契約者
 ただのエロアニメでしかなかった。しかも自己規制の激しい。すでに秋口だかに続編をやるらしいのだが、もういいかな。

■アルドノア・ゼロ
 春の続きだったか夏の続きだったかの 2 クール目。どう展開するのかと思ったらずいぶんと時間がたっていて、状況がずいぶん変化している。もはや宇宙戦争状態になっていてそれはそれでいろいろ変だったりする。
 というのもこのアニメではやたらと物理学的な理論を提示して、これこれこうだからこうすればいいみたいなことにして相手を倒したりしている。それが実際の物理学に合致するかどうかをつぶさには調べていないけれど、一応それとして考えるとあの宇宙空間での戦闘機動は絶対に無理なはずなのだが、なんの迷いもなく猛スピードで動き回る。
 で、物語としても火星側の首領として戦うスレインがなにをしたいのかがよく見えない。なりものいりではじめたものの結局なんとも中途半端に終わってしまった感じしかしない。どうせなら、間をおいてもう 1 クールやったほうがよかったのではないかとも。とはいえ、きちんとした最後が描けていなかっただけなのであれば、どうにもしようがない。期待が大きかった分がっかり感も強かった作品。出来映えは悪くなかったのだが。

■ユリ熊嵐
 正直最後までわけがわからないままだったアニメ。いや、一応最後にはそういうことだったというのはわかるのだが、途中が本当にわからない。あえて分からないように分からないように描いているとしか思えない。しかも何度も何度もはいるいろんな回想シーン。
 そのうちにどれが本当なのかわからなくなり、いまどういう状況なのかも分からなくなる。ユリという雰囲気はあるものの、それで終わっているわけでもないし、さらにはそれすらも実は違うようであり。
 なにを描きたかったのだろうねえ。

■神様はじめました◎
 相変わらず安定した感じの内容でまずまず見た。前回よりも続き物が多かった印象で、やや大きなテーマでつながっているというような。個々の回はそれぞれよかったし、全体としては、あの存在がそのままになっているので、いずれまたやるのかなという。
 やや安定した内容だったので、あまりめぼしいというほどのこともなく安心して見ていられたというのはあるかな。

 冬もやや少なめだったけれど、春はさらに少なくなりそうな気配である。それでもアニメばかり見ているなあ。(ドラマとしては「コールドケース」という出物があったけれど。

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4月15日の桜事情(耐えている)

アスファルトに散る桜のはなびら


風雨に耐えて残る桜


 満開になったと思ったら連日の雨、風。しかも風はやや強いものでこれでは花が散ってしまいはしないかと不安に思っていたのだけれど、案外残ってくれていた。よくがんばりました。

 とはいえ、さすがに少し痛々しい感じもあるので週末には散ってしまいそうだ。長野マラソンは次の日曜日なのだが、今年は名残の桜くらいはあるかもしれないけれどという風景になりそうだ。比較的桜の中を走れるようにというような日程設定ではあるのだけれど。

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「クラッシュ」 (人種差別テーマのほう)

 2005 年のアカデミー賞で話題になっていくつか賞もとったという「クラッシュ」。そういえばあったなと思い出すくらいで、実のところ J・G・バラードの「クラッシュ」の印象のほうが強くていけない。内容はまったく、まったく別物だ。

 で、人種差別をテーマにということなのだけれど、まあ確かにそういうことなのねとあからさまにわかる一方で、やや悪徳警察官が交通事故現場で危険もかえりみずに救助に向かうが、以前嫌がらせをした車に乗っていた女性が運転していた車で、女性は強烈に拒否。なんとかいいなだめて救助するとかがでてくる。

 いくつもの差別事案が複合的におきていて、それでいてそれぞれが少しずつ関連していたりして、映画だから仕方ないとはいえ、そんなにみんな関連してしまってよいのかという気持ちもあったり。

 で、それらがあまり重くはなく流れていって重いテーマであり、実態でありながらやや軽く描かれていくような印象もあって、いまひとつ見終わっても特にこれというほど残るものがなかったというのが正直なところ。悪くないとは思うのだけれど、そんなに高く評価されるようなものだろうか。

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東宝 2006-07-28

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 バラードのはこれ。交通事故による興奮がないと駄目という倒錯の世界。小説読んでいても、なんじゃこりゃ! という感想しか。映画はホリー・ハンターがいい演技だったので、そこはよしということで。

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NHK データ放送画面変更の謎(というか不便)

 テレビがデジタル放送になってよく利用するのがデータ放送画面。特に NHK の気象情報をよく利用しているのだけれど、この春からデザインが更新されたらしくあまりうれしくない状況になってしまった。

 まずは、リモコンの「d」ボタンを押した直後のトップ画面が以下の画面。

NHKデータ放送 2015 年版トップ画面

 全体に白地になって以前と比べると見た目のきれいさというのは向上したかには見えるのだけれど、項目の文字がやや読みにくくなったのは情報量を増やすために文字サイズなどが小さくなったために、小型のテレビでは判読が難しくなったというのもありそうだ。

 縮小された番組枠は向かって左上側にある。以前、この番組の枠と項目列の位置関係は左右が反対になっていた。

 ここから気象情報メニューの「赤」ボタンを押して切り替えると、

NHKデータ放送 2015 年版気象情報画面


 これまた情報量を増して文字サイズが格段に小さくなった画面となる。情報量が多いのはよいのだけれど、やはり 20 型程度のテレビでは小さくて読みにくい。まあ、それはまた別の問題なのだが、本題は番組の枠の位置。向かって右上に変わっている。各種情報はその左側と下側全体にある。

 実は以前、番組枠は右側に統一されていたので画面によってさらに縮小されるということはあっても位置が左右に変わるなどということはなかった。ところが、今回はトップから気象に切り替わると番組枠が左から右に移動してしまうという作りになってしまった。これは見ていてあまりうれしくない。たかだか左右に切り替わるだけだというかもしれないけれど、この視線を取られる切り替えはユーザーインターフェースとしてどうなのだろう?

 全体の色使いもあまり考えていないような感じでやや見難くなってしまった。

 番組によってはこの番組枠の位置は中央であったりというのはある。その番組独自の情報を盛り込むときにいろいろ工夫するのは民放でもいろいろパターンがあって、それはそれで構わないとは思う。ただ、そうではない標準のもので左右が切り替わってしまうような作りはやはりよくないだろうと思うのだが。

 情報量を増やすというのはそれとして、なぜトップとそれ以外で番組枠の位置が変わらなくてはいけないのかというのは、どう考えてもわからない。レイアウトの都合でサイズそのものが拡大縮小されるというのは問題ないのだが。

 これはぜひ改善して欲しいと思うのだがなあ。

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桜にメジロ

満開の桜にメジロ


 県議会議員選挙投票日ということで、そうそうに投票を済ませ、まだ早いうちに桜を撮影したりして回る。メジロがいたのでよしよしと構えたが、すぐに飛び立つという最悪はなかったものの、なかなか落ち着いてくれないのでタイミングがなかなかない。結局お尻しか撮れなかった。残念。

 ほかの場所ではヒヨドリが大声をあげたり、枝がしなっているばかりで正直あまり絵にならない(ごめん)。ということでざっと回って終了。

 あちこちほぼ満開という感じが続いていて、このところやや気温が低いので比較的もちがよいようではある。この先もしばらく天候はパッとしないようでもあり、とはいえ雨ともなるとこの花は散ってしまいそうだろうかと心配にもなり。

 しかし、上田へ行くなら今日くらいであるし、小諸ならば来週でもよさそうだが、どうしたものかなあ。

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桜前線面

 [ 「満開」高遠 サクラ色 タカトオコヒガンザクラが見頃|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 新聞に掲載されている県内各地での桜の開花状況など見ていると、今年は本当に不思議な感じになっていて、ほぼ全県的に満開状態になっているという状況。もちろん、まだ咲いていないところや、ようやく開花したというところもちらほらあるにはある。ただ、本来は遅いはずの北部で早々に開花してしまい、高遠の桜のほうが遅く開花したなどという状況も。

 真っ先というのは確かに飯田方面ではあった。そちらはすでに散り始めてしまったということ。そこから続々と県内全体として開花が進んで、北部も中部も南部もいっしょになって満開。

 例年としても遅い小諸であったり大町であったりというあたりがようやく咲き始めたかというくらいなのは順序通りではあるものの、こうまで全県的に満開になるというのはあまり聞いたことがない。

 そんなことだから、さていつお花見しようか(というか撮影にでようか)と思うのだけれど、タイミングをはかれずにいる。咲いてしまったと思ったら寒くなってしまったり、雨が降ったり。この先もやや雨が多そうな予報でもあり、そうこうしているうちに散ってしまいそうな予感すらしてしまう。

 本当に今年は近所の桜を目一杯楽しむということにするしかないのか、などと。折りよくというか、明日は選挙の投票日であるので早朝に近所をついでに回ってみようかと思っている。投票を済ませたあとで。天気としては問題ないし、雨もやんで一日おいて。

 しかし、お出かけするというには、さてどうしたものかと悩ましいのであるなあ。

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マクロの世界

コケのズームアップ


 アップにしてみるとまったくもう何なのかわからない世界が広がるというのは、なかなか面白い発見に満ちているような気がする。マクロ撮影の魅力のひとつというのはそういう未知の世界を見る、というところにあるのかもしれない。

 見慣れたはずの景色が、実はまったく違ったものであったと気づかされるような。

 ちなみに、苔のアップ。こんなケバケバした世界が広がっていようとは。

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愛 するということ

 先日、長野県阿南町でふるさと納税の申し込みが一時休止された。1 万円につき地元米 20kg をプレゼントするというもので、昨年なかなか評判がよかったらしい。そこで今年はインターネットのホームページからも申し込みができるようにしたそうなのだが、あっという間にパンクしてしまいアクセスしづらい状況になってしまったとか。

 そのためもあってか電話回線も混雑し、ひっきりなしに電話があるというか、誰かが電話を切らないと電話をとったりかけたりできない状態になってしまったらしく、翌日にはとうとう申し込みそのものをいったん休止すると発表。ホームページのほうは一度にアクセスできる人数を制限して再開するとか言っていたらしい。それは、現実的な解決になっているのだろうか?

 それはともかく。

 今年は米の価格がやや下がっている傾向にあって、よほどのブランド米とかでもなければ小売の価格としては 10kg あたり 2000 から 3000 円くらいで落ち着いている。卸の価格としては 60kg あたりで 1 万円くらいというので、これでもそこそこ利益はでる計算。もちろん、稲作にかかった費用にみあっているかどうかはここからはわからない。とはいえ、兼業農家ではあるものの親戚の話を思えば 10kg を 3000 円程度で売れるならば案外よい値段という話は聞いたことがある。まあ、それは状況によって異なるで一概には言えないとはいえ。

 さて、20kg をプレゼントというと小売的な観点でみればおよそ 5000 円あまりのものをお返しすることになる。農家さんからの買取価格ということで考えれば小売と同じくらいは支払うべきであろうから、そのくらいとおよそ考えれば実際に残る金額は半分ほどになることになる。

 ではということで「ふるさと納税」はいったい何かを見ると、納税という名前にはなっているものの実態は寄付であると総務省のページにも書かれている。で、それによって所得税などの減免措置を受けることができる。

 では、そもそも寄付とはどういうことか。新明解国語辞典によれば、

きふ【寄付】-する  人の仕事を助けるためにお金や物を無償で提供すること。

 とある。そもそも寄付は見返りを求めないもののはずで、しかしながら地方への資金(寄付金)の還流という目的を果たしやすくするためか、減免措置がある。にもかかわらず、さらにその半分(今回の阿南町の例の推定)ほどが寄付者に対して還元されるというのはいささかやりすぎではないのだろうか、と。

 全国の自治体がこぞってふるさと納税による集金をもくろみ、あの手この手を繰り広げお返しの品の豪華さを競い合っている。いかに自分たちに金を集められるかを競っている現状は、やはりなにか間違っているように思うのだけれど違うだろうか。

 そうして、寄付金の半分以上もの金額に相当する品物などをプレゼントするというのは、さすがに景品表示法に照らしてもおかしいのではないかという風に思うのだが。

 少なくともお返しとしての品は景品であるというところには異論はあまりないのではないかと思う。寄付してくれたらこれだけ見返りがありますよという品物であり、景品に該当するというのは正当なところかと思う。もっとも、一応寄付という行為なので、これをサービスや販売にかかわる景品と同じようにとらえるかというのはやや判断が分かれるところかもしれない。

 けれど、仮に景品表示法の過剰な景品という概念に照らし合わせてみたときには、圧倒的に違反するような例ばかりではないかと思うのだ。一般懸賞では最高額は 10 万円までであり、総額は売り上げ予定総額の 2% までとされている。かりに 50% 還元していると考えれば 25 倍もの大幅な金額であり、違法もはなはだしいといえる。

 そうでなくてもお返しの豪華さはますます過激になっているようであり(なかにはいっさいそうしたお返しはしないという自治体もあるようだ)いくら当初の目的が地方へのお金の還流としても放置しておいてよい状況ではないのではないかと。これはもやは利益供与もはなはだしく景品表示法に則った対処が必要なのではなかろうかと。

 いや、根本的には寄付なのだからお返しなど一切認めてはいけないというくらいでよいのだと思う。少なくとも税の減免は受けているのだから。これを国が放置しているということ自体が嘆かわしいと思うのは、間違っているのだろうか。


[ 総務省|ふるさと納税ポータルサイト ]

[ 表示対策課 | 消費者庁 ]


 フロムも愛は技術あると言っていたではないか。

4314005580愛するということ
エーリッヒ・フロム Erich Fromm
紀伊國屋書店 1991-03-25

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花冷え やや冷えすぎ

みぞれの中のムスカリ


 気圧配置の妙で時ならぬ寒気がぐぐっと回り込んで関東方面に入り込んでいるとのことで、寒い寒いの声が聞こえてくる。関東にもみぞれが降ったとか降っているとか聞こえてくる。

 今朝方 03:00 過ぎの時点で雨があたってきたのをたまたま記憶しているのだけれど、まさか白いものに変化していたとはおきてみるまではわからなかった。一昨年の長野マラソン当日にはもっとひどい降り方で、軽く雪かきしないとならないくらいだったので、それを思えばまだまだ楽なもの。とはいえ、夏のような暖かさのあとにこの仕打ち。桜もすっかり満開か? という季節のこの天候。

 すっかり咲いてしまった桜や他の花たちにとっては受難ともいえるけれど、咲き始めということで多少は長持ちするきっかけになるのかという観測もあり、さてお花見に多少はよい影響を与えてくれるのか否か。それにしても、恐らくは次の週末くらいが花見の適期となりそうで、その後天候があれてあっという間に終了などということになってしまいそうな予感も。

 本当に今年はゆっくりとお花見という風情はなさそうな感じであるなと。厳しい春をなんとか乗り越えたい。

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「バック・イン・クライム」

 川岸で発見された他殺遺体。どうも状況が過去の事件と似ている。あれはなんだったか? そういえばと思い出したのが若い頃に出会った事件の記録。自宅の箱にしまいこんでいた新聞記事やらを探しだして手帳を見てなどして、そういえばそんな事件があったのだなと。未解決らしい。

 で、捜査中に川に落ちてしまったと思ったら、そこは過去だった。

 警察署に戻ってみると少し様子が違う。ふと見ると若いころに自分がいる。顔を合わすのはまずいのでそれを避けつつ行動する。ようやく今自分がいる時代がつかめてくるので、当時なにがあったのかを思い出し、警察に情報を与えたりするが、かえって犯人と思われて行動が難しくなる。

 そこでたまたまであったのは、現代に起きた川岸での事件の発見者である女性の若いころ。当然、若い彼女は自分を知らない。けれど唯一頼れそうなのは彼女くらいと面会するが、話を信じてもらえるはずもなく。

 当時の事件の動きをしっているので(というか記憶のなかにある情報でしかないので多少はおぼろげだが)それにそって次なる被害者の所在を調べて被害を防ごうと行動するのだけれど、なかなかそうはうまくいかない。仮にその人物を助けても、当時は被害にあわなかった別の人物が被害者となるだけだったりする。

 最終的に若い彼女も不審に思いつつも、協力することになって、犯人を追い詰めようというところで、当時の自分の失敗を反省になんとかうまく立ち回れるようにと計画するのだが、やはりそうはうまくいかない。犯人を追い詰めるが逃走されてしまう。それを追ってだったか自分も水に落ちてしまい、気がつけば現代に。いや、正確には過去にいっていたことももはや覚えていない。

 現代において彼女は犯罪心理学だったかの方面で権威のようになっている。そしてふたりが再開。彼女はようやく若いころに出会っていた彼本人(年齢的に)と出会う。が、彼のほうはもはやその記憶はない。が、ふとそこに過去の手がかりがそれを埋めようとしてくれる展開。

 彼の捜査手帳がなかなか重要なキーになってきて、細かな伏線がじつにうまく生かされているのがなかなかにうまい。もちろん、パラドックス的なことをいうといろいろアラがないとはいえないのだけれど、伏線の生かし方が実によくできているので、それはそれとして楽しめる。なにより見事なラブストーリーの出来上がりという結末にはもう微笑むしかないだろうという。

 そう、これはサスペンスでもミステリーでもなく、純粋なタイムトラベルラブロマンスなのだった。そういう意味で実によい脚本と映像にしあがっていて満足感間違いなしという作品なのだった。

 ある意味拾い物としてうれしい誤算ともいえる。原題は「L'AUTRE VIE DE RICHARD KEMP」。

B00N4P39ISバック・イン・クライム [DVD]
竹書房 2014-11-05

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#当初は「時限捜査」の映画化なのかと思ったのだが、無関係だった。

4488269036時限捜査上 (創元推理文庫)
ジェイムズ・F・デイヴィッド 公手 成幸
東京創元社 2009-07-20

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加速する開花(桜の場合)

加速する桜の開花


 あまりの暖かさに一気に開花が早まってしまった長野の桜。終末は連日暖かすぎるような陽気だったためにさらに開花が加速。三分から五分咲きという様子になってきてしまった。火曜日水曜日と冬の終わりのような寒さに逆戻りという予報なので、いったんその加速も穏やかになるのだろうかと思われるものの、さて、どうなることは誰にもわからない。

 本当に今年ばかりはお花見とか予定するというのはもはや不可能ではないのかという様相になってきてしまった。撮影に行く予定も立てようがない。

 驚いたことには例年であれば南信(なんしん)から桜前線が北上してくるはずの長野県にあって、なぜか上田、長野といった北よりで早く咲きだしてしまった。松本でも咲いたとはいえ高遠城址公園のほうが後になろうなどと誰が予想しえたかと。

 もう、なにがなにやら。

 [ 高遠しっとり春の色 城址公園開花|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 近所の桜を精一杯見ておくのが、今年の桜との正しい接し方かもしれない。

 というか、梅も、桜も、杏もみんな一緒になってしまった。しかも全県的に咲き出してしまって、本当にもう何がなにやら。

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回向柱の世界観

 [ 春宵、回向柱を照らす光 前立本尊きょう開扉|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 一昨日、回向柱に古式ゆかしく建立され、昨日には無事に前立本尊(まえだちほんぞん)の遷座もすみ、雨や曇りのやや不穏な天気の中ではあるものの、御開帳がはじまった。

 しかし、回向柱建立にあたって古式というのだが、2本の柱で支えてというのは実に不安定で、よく毎回事故もなく済んでいるものだなとやや感心してしまう。昔、仕事で支柱 3 本で吊り上げ作業をしていたときに、バランスを崩して倒れてしまったことがあった。その支柱が頭にあたって大変だったりしたのだが、まあ、それはバランスを崩すような配置に移動してしまったのがすべての原因なのだが。

 で、回向柱である。建立を前に墨で各面に文字が書かれたのだが、これは角塔婆の種子(しゅじ)と、奉納のための文字などが書かれている。

 ときどきに新聞記事やニュース原稿にもでてきたが、「空」「風」「火」「水」「地」の五つを表す梵字が書かれている。四角柱である角塔婆や、よく墓地で見かける卒塔婆もそうで、ここに書かれる種子は決められているわけで、角塔婆の場合には 4 面あるだけにそれぞれ変化があってなかなか不思議な眺めになる。

 上から「空、風、火、水、地」であるのは同じなのだけれど、正面と裏側、左右それぞれでは言ってみればフォントが異なるというような状態であると。

 さらにその下にある三文字が三尊をあらわしている。今回の回向柱について言えば、一光三尊阿弥陀仏ということで書かれているわけで、上に大きく書かれた一文字が阿弥陀如来、その下にふたつ並んでいるのが勢至菩薩と聖観音。回向柱のそれでは左が勢至菩薩で右が聖観音になっているが、この左右には両説あるとのことで、どちらになることもあるようだ。

 ただ、その他の三尊の組み合わせの場合には左右は厳密に定義されているようで、なぜ阿弥陀三尊だけそうしたことなのかは不思議でもある。

 で、昔むかし、この手の梵字がなにを意味しているのか興味を持ったことがあり、ちょうど折りよく出版されたとある本を買ったのでいろいろわかって重宝したのだった。

4886021395梵字必携―書写と解読
児玉 義隆
朱鷺書房 1991-09

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 幸いまだ手にはいるらしい。書き方の手順とかも丁寧に解説されているのでなかなか便利な一冊。いや、まあ、なにに使うのだといえばいえるのだけれど。

 ちなみにあみだくじアプリ「あみだ WARS」のアイコンは、もちろんこれをヒントに阿弥陀如来を表す梵字をデザインしたのだった。

 今回は夜間の参拝客増加を見込みたいということで、回向柱に照明を当てるという。個人的にはこういうのはあまり好きではない。灯明祭りで五色に照らしたのも気持ち悪くて嫌いなのだ。夜は夜で暗さがあってよいと思っていたりはする。仲見世の店舗がどこまで営業を延長するつもりなのかというのも不安なところだったりする。普段は 16:00 ころともなると店じまいしてしまうところが多いやに聞くからだ。

 大本願の鷹司上人さんもいわれていた。観光として訪れる方が増えるだけではいけないと思うと。やはり祈りの場であることがなにより大切なので、ぜひ祈りをささげる場面も忘れずに参拝して欲しいと。ただただ観光客が増えればよいという感じの長野市や関係団体の思惑は正直うそ寒いものを感じてしまう。

 もちろん副次的に観光面でもよい効果が生まれることを否定はしないものの、まず参拝する、お参りする、お祈りするという気持ちをもってもろもろがなされていくことを願いたいなと回向柱の意味を考えつつあらためて。

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さくらが、さいた

桜開花


 どうも今年の春は気が早いらしく、あまりにも足早にやってきてしまった。気がつけばどんどんと暖かな空気を呼び込んで初夏のような気候を置いていくことを繰り返していて、あっという間に桜も梅も花盛り。4 月 4 日をもってして桜の開花があるなどという、長野としてはあるまじき現象をもたらしてしまった。早すぎるよ。春。

 おりしも善光寺御開帳にあわせるかのように開花、といえば聞こえはよいけれど、これでは花見の予定など立てられるべくもなく。今年は近所の桜を愛でるくらいが関の山かしら。

 桜の開花と梅の開花とほぼ同じ。梅も桜も、あれもこれも花という花がいっせいに咲き誇る。それはそれで見事なながめではあるのだけれど、一気に行過ぎる春というのは少し寂しい。春はゆっくりとやってきてくれたらよいのだけれど。

 とはいえ来週から少し寒さが戻る(例年並み?)という予報もあり、このところ春の嵐で強風が続いているというのもあり、なんとも桜には不遇な年なのかもしれず。

 お花見、できるかなあ。

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かまどの休息

 E テレ「グレーテルのかまど」は今年度新規収録番組はないということらしい。これまで 3 年半のアンコール放送を放送するのだという。番組そのものは終わらないが、ということは瀬戸さんが忙しくて新規の収録ができないということなのかもしれないし、まったく別の理由なのかもしれず。

 ということでひとまずの最後になるクロカン・ブッシュがとんでもないお菓子であった。プチシュークリームでつくる塔型のお菓子。フランスではウェディングケーキとして使うこともあるらしく。アメリカンな生クリームケーキよりもこちらをという人も少なからずいるというのが、面白いというかうれしいというか。日本ではそういうことがあまりないなあ。

 アンコール放送とはいえ、まだ見ていない回もあるのでそれはそれで楽しみではある。かまどさんもしばらくは開店休業。

 一方で「サラメシ」。これも食べ物系なのだが、こちらは働く人のお昼ご飯というテーマだけにお弁当の風景だけでなく、さまざまな働く場が見えるというのが面白い。世に仕事はたくさんあるけれど、その実際を知っている仕事なんてほんのわずかでしかない。

 ということで番組で紹介されるさまざまな職業の現場がとても面白い。そういう仕事があるのかと思ったり、具体的な作業をしらない仕事の実際を知ることができるというのはなんとも面白い。

 先日はアナログレコードを作っている工場だった。レコードの原盤は理解していたつもりなのに、なるほどカッティングするのは原版だけで、当然といえば当然ながら曲の長さによって溝の間隔は異なるということ。とはいえ狭すぎると音とびの原因になったりもするので、そのあたりは難しいのだとかで、職人技となっているらしいこととかも。

 そうして作られた原盤からプレス型を作り、あとはもうセルロイド材料をプレスしてレコードが量産されると。そうか、そういうことだったかと、いまさらながら関心したり。

 お弁当の、お昼ご飯の番組のはずなのだけれど、それだけにとどまらないあたりがなんとも楽しい。

 という食べ物番組の新年度模様なのであった。「サラメシ」は普通に継続のようだ。

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「アナザー・フェイス」

 MI6 のスパイの父親、小学生くらいの息子と一緒に転々としながら任務をこなしているらしい。が、なにやら奇妙な感じで物語が展開していって、これはいったい何なのだ? と思いつつ見ていると、そういうことかとわかりはじめる。

 あっさり言ってしまうと父親はスパイでもなんでもない。妄想癖の激しいある意味精神を病んでしまった人物であったと。

 そのあたりが冒頭の映像と台詞などに中盤になって追いついて、なるほどと思わせるあたりの演出はなかなかにうまい。

 そんな父親の行動が次第におかしな方向に進んでしまい、父親の状況がわかってしまった息子が決断をして警察署に赴くと。父親のことは街のみんながよく知っている。息子の決断に誰もが心を砕いて事態は静かに進行していく。

 スパイとしての行動が奇妙なのは展開上仕方ないのだけれど、どうも事情がみえてくるあたりまでがややもやもやした感じでしか見られないので辛いところがある。終盤の展開はなかなかにすばらしいのでそれらを相殺するものの、やはりちょっと残念な感じも残ってしまう。

 ただ、なんとも切なく心に残る物語ではあるのだった。

 邦題はやはりちょっとなあという。原題は「I KNOW YOU KNOW」。

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春、焔立つ

 [ 岡谷 山火事250~300ヘクタール延焼 260世帯 避難準備情報|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 夕方になってニュースで知ったのだけれど、かなり広範囲にわたって燃えているようで、鎮火の兆しはあるようだけれど相手が野火であるだけになかなかに油断がならない。

 このところ新聞を見ていても下草火災が頻発しているようで、乾燥注意報もでていた。通常であればそれほど乾燥するようなことがない北部ですらかなりの乾燥状態にはなっていて、普段から湿度の高い土地としては、ここぞとばかりに室内の乾燥に力をいれていたところではある。ようやく湿度 60% くらいを維持しようかというところまできていた。

 中南部では 20% を切るような数値だったらしく、おまけに風も強く吹いていた。お墓参りで線香に火をつけようとして燃えたという話もあるものの、現状では原因として特定されたわけではないので、それ自体についてはひかえるとしても、なぜこういう湿度が低く、風も強いという条件で火を使おうとするのかというのがいつもわからない。

 農作業にかかわることであれば、確かに時期のものとして予定されるのである程度は仕方ないのかと思わないでもないのだけれど、それでもやはり各種気象条件に留意して、可能なかぎり危険な日を避けるということはあってしかるべき。

 まして墓参りとすれば、彼岸もとうにすぎた日のこと。なにも線香やろうそくに火をつけなくてはお参りできないわけでもない。乾燥の度合いや風の強さを考えて、火を使うことはやめてお参りするだけにとどめていれば、なんのことはなかったのではないのかとも。

 それはきっとどれほど情報が伝えられても詐欺被害にあう人があとを絶たないのと同様、どれほど言われても野で火を使いたがる人というのがいるわけだなと。そして、きっと「まさかこんなことになるとは思わなかった」とか言うのかもしれない。危険だと知っていればやらなかったとかいうかもしれない。

 どこまでいってもヒトというのは愚かな生き物なのだという悲しい現実がそこにあるのかもしれないなあ。

 だとしても、失われたものの大きさははかりしれず、自分の行動についてもう少し慎重に考えてはどうなのか? と思わざるをえないなどとも。

 被害が大きくならないことを祈るばかり。

#諏訪湖が近いということが、せめてもの救いなのかもしれない。

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