風の色、空の色
先日書いたものの、うっかりブラウザの戻るボタンにでも触ってしまったのか、保存前だったテキストがすべて消えてしまい、そのままにしていたのだけれど、時間がたって落ち着いたのもあるし、簡単にもう一度記録しておこうかと思う。
アニメ「風立ちぬ」のことだ。総じていえばよい作品だったのではないかと。ただ、子供向けではまったくないので、そういうことを期待して映画館に足を運んだ子供連れの観客にとってはあてがはずれたというか、がっかりというかだったかもしれない。ジブリとしてはここまで子供を無視した作品は、本当は作りたくなかったのではないかとも思える。年齢的にもだんだん辛くなってきた宮崎駿が、子供向けということを一切無視して今の自分が(企画時点ということではあるけれど)作りたいと思うものを作りたいように作らせてもらった、という作品だったかと。
そこで描いたのはひとつの極端な社会であり、人物であり、恋愛であり、世界だった。だからこそ主人公の声には庵野さんを起用したことにも映像となってみると頷けるのだった。あの素人まるだしの感情のかけらも感じないような台詞はプロの声優がやったのではかえっておかしなものになる。わざとらしさが残る。
主人公のただひたすらに美しい飛行機を設計したいという願望だけで、それが戦争に使われようとそうでなかろうと、そのことにはあまり関心がなく、ある意味人としての感情が少し欠落したような性格を表現するには、やはり庵野さんでなければならなかった。
それは彼女となり、妻となった菜穂子に対してもそうであり、家族に対してもそうだった。妹が訪ねてくることをいつも忘れていて待ちぼうけさせるが、それを妹になじられても特に気にするそぶりもない。菜穂子に対しても常人が思うような恋愛感情はおそらくないのだと想像させるに難くない。
ある意味、とても冷たいが、それがゆえにとても美しい物語を作り出したというところ。実際の堀越二郎がそうであったかは知らないし、それは無関係のこと。堀辰雄の「風立ちぬ」などに登場する菜穂子についても、この作品とは無関係だ。あくまでもこのフィクションを作るにあたってイメージを借りたにすぎない。美しい物語のためのパーツとして。
ゆえにここに軍国主義のようなものはそもそも存在していないし、戦争を賛美するような意識が宮崎さんにあるわけでもない。彼自身が純粋に飛行機やそうした乗り物(場合によっては戦争道具であるそれら)に興味関心が強いというだけのことだ。それは過去のそうした仕事にも十分に現れている。
だから、この作品は悲しくも美しい作品としては、みごとに出来上がったといえるだろうと思う。菜穂子を演じた瀧本美織もなかなかにすばらしい仕事をしたと思うし。
おしむらくはそのあまりのボリュームがゆえに時間がどんどん足りなくなってしまったことだ。中盤、飛行機開発に苦労するあたりであったりとか各所で演出が極端に少なくなった。なにが起きているのかすらよくわからないようなカットも増えた。あちらもこちらも十分に時間を使いたいという欲望が、どんどん作品を長くしていってしまい、結果どうしてもという部分以外を削らざるをえなくなったのではないか。
正直ドイツ視察あたりはなくてもよかったのかもしれない。あるいは端折るならあのあたりかもしれない。などと勝手に思ったりもするけれど。どうせならば、とことんやってしまえばよかったのだろうにと思うと、少し残念にも思う。
間違いなくアニメーション作品としては傑作の部類に残るとは思うのだけれど、これまでの路線などから思えばきっと評価はわかれるのかもしれないし、やや中途半端になってしまった感もどうしても残ってしまうかもしれないなあと。そこまでは割り切りきれなかったということなのか。
ということで、堀辰雄の「菜穂子」など再読したりしているのだった。
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