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Pepper 君に会いに行く

 [ GEEKLAB.NAGANO 1周年イベント&&Pepperハッカソン 「Pepper長野初上陸!!」 - GEEKLAB.NAGANO | Doorkeeper ]

 ギークでもないし(いや、そもそもギークってなんだ?)、エンジニアでもないし、プログラマでもないわたしなのだけれど、GEEKLAB.NAGANO 一周年イベントとして Pepper 君がお披露目されるという午前の部はどなたもご自由におはいりください、だったので出かけてみたのだった。なかなかの盛況ぶりでよろしかったようで。

 人気者とあって人だかりが。
ペッパー君を取り囲む人だかり

 呼びかけにはあまりうまくこたえてくれなかったペッパー君。先週グッタリしていた姿を思えば、格段の回復ではあるのだけれど。
自由奔放なペッパー君

 最近話題の VR ヘッドセットの Oculus Rift も展示・体験が。
噂の Oculus Rift の体験も

 今回はじめてポケットティッシュをもらってきた。
GEEKLAB.NAGANO のポケットティッシュ(アプリの宣伝つき)


 というか、飲み物とかお菓子とかも無料でふるまわれていて申し訳ないです。玄関先での呼び込み、お疲れ様でした。

 午後は Pepper 君を制御するプログラム開発のハッカソンが開かれているということ。午前は子供もたくさんいてにぎやかでしたが、午後はいい歳した男たちがもくもくと作業しているわけですね。ぜひ、「ペッパー警部」を歌って躍らせて欲しいと願っています。

 場の開設から一年が経って、二年目はさらにいろいろされるようですが、長野からいろいろ発信がはじまるとよいですねえ。

#しかし、Pepper 君。あちこちはずれていたりして大丈夫か? という印象も。あの胸のタブレットは取り外しは基本できないようにも見えたけれど、まあ、仕方ないのか。手のひらの作りはなかなかよい感じだった。

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ザップニュース集計 2 月まで

世界のニュースザッピング 2013/7-2015/02
国名など回数
アメリカ273
韓国179
フランス146
アルジャジーラ122
イギリス117
中国117
オーストラリア95
ロシア10
ドイツ8
ベトナム7
フィリピン7
スペイン7
シンガポール6
インド6
タイ4
ブラジル3
香港3
インドネシア1

 さて、そろそろいつまで記録しているかが問題となりそうな。いや、あるいはコーナーが終わるという可能性もあるかもしれない。記録できるあいだはやってみるか。

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おんたけ2240スキー場営業開始

 [ 御嶽山のスキー場26日再開 規制区域にネット設置|信濃毎日新聞[信毎web] ]

 全国ニュースにものるとは思うものの、一応地元としてもメモをということで。

 昨年 9 月の噴火以来、火口から 4km 圏内を立ち入り禁止としていたことを受けて、営業の見通しがたたなかったスキー場。先月活動は続いているもののやや落ち着いているようだからということで(あるいは地元からの強い要望もあったのかもしれない)規制範囲が 3km に縮小されたことを受けて営業開始準備を進めていたもの。きょうようやく営業開始を迎える。

 このところは目立った(あくまでも報道によるが)活動はないようなので、やや落ち着きを取り戻しているわけではあるものの、やはり不安がつきまとうのは地元でもあるのだろうとは思う。まして、観光で足を運ぼうかという人にとっては。

 それでもマグマ性の噴火ではなかったことを思えば、たとえ再び噴火する事象があったとしても、営業範囲内を守り、各種情報にも留意していれば、一定程度の安全は担保されているのではないかなとも思う。まあ、いく予定がない者があれこれいうのは憚られるところではあるのだけれど。

 とはいえ、何事もなければ冬季の貴重な収入源でもあったスキー場。きょうから営業開始したところで実質ひと月くらいしか営業はできない。それでもやろうというのはなみなみならぬ思いもあるのであろうし、応援したいところではある。

 ということでよろしければ訪ねていただけるとうれしいかなと。

 もちろん、この状況下において、コース外をすべろうなどという不届き者は、行ってほしくはないですが。山の静かならんことを願いつつ。

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免許がない!

 自動車教習所でこれだけみごとなコメディになるのはなかなかよろしいかと。

 まあ、あれで合格してしまってよいのか? と思わないでもないけれど、それはまあ映画だしと。

 いまとなってはやや古めかしいところが気になるといえばいえるけれど、そればかりは。

 ほどほど楽しめるのではないかなと。

#別のものを書いていたらテキストが雲散霧消してしまい、がっかりしたのもあってあまり書く気がしないのでということであっさりと書いているのであった。ブラウザに直書きしているのはもうやめるべきか・・・。

B000063C0Z免許がない! [DVD]
バンダイビジュアル 2002-04-25

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銀漢の賦

 NHK の木曜時代劇として放送された「風の峠 銀漢の賦」がなかなかよかった。少年時代を仲良くすごして固く結ばれた友となった武士の子ふたりと農民の子? ひとり。やがて成人してそれぞれ暮らしていたが、藩の悪政に村人は苦しめられていたと。かつての友で村人をまとめた男十蔵は天狗の面をつけて、一揆を起こそうと画策。

 一方で学問に秀でた武士の小弥太は藩の重職にいて一揆を抑える役目。もうひとりの武士源ご(ごの字を忘れた)は鉄砲の名手として一揆討伐に加わることに。かつての友を殺すようなことはしたくないしと思うのだが、政の流れにも逆らえず、結局ことをおさめるために十蔵を首領として捕らえ、打ち首にせざるを得なくなる。

 子供のころに教えてもらった銀漢の賦という漢詩をいたく気に入っていた十蔵は、自分の命の捨て所はまさにここなのだと割り切る。細かな事情などあずかりしらない源ごは小弥太と友達の縁を切ってしまう。それから 20 年あまり。

 藩内においてはあらたな騒動が起きようとしていて、若手が藩主をそそのかして国替えをしたりしようと画策。それをとめようとする小弥太が邪魔で、かつての友でもあり今は縁を切っているという剣術の腕もぬきんでている源ごに暗殺を依頼。あくまでも私怨でのことと済ませようとしていたと。

 ところが、事情が見えてきたあたりで様子が変わり、小弥太家族を脱藩させ、江戸表の要人に訴え藩の危機を救おうと計画。それを源ごも手助けすることに。峠での死闘をへて脱藩を果たしたものの、なかなか動きがないことに藩主らはあせりを隠せず、源ごも捕らえられているものの、一向に裁きがくだらない。

 小弥太は時期を待っていたようで、思いもよらぬ方面に手を回して事態は急変。藩主は隠居し息子に家督を譲ることに。入知恵をしていた若手は命ばかりは助けてもらい仏門にはいったと。

 満足して小弥太も息をひきとり、源ごだけが残される。十蔵の娘がそばに仕えて。

 友情であるとか義であるとか、そういうものがなかなかうまくまとまったよい仕上がりだった。難をいえば、回想シーンと現在との区別がつきにくい部分が多くて困ったというあたり。子供時代はまだしも、その後においてはあまり見た目の違いなどないうえ、似たようなお家騒動が起きているところだけに、どちらの時期の話なのかがわかりにくいところが。

 4 回目くらいまではその繰り返しによってようやく今の事態が説明されて理解できるというような脚本だけに、いまひとつそのあたりの事情を理解するのが骨だったりもするのだった。

 細かなところをいえばいろいろあるかもしれないけれど、まずまず面白く見られる時代劇だったなと。


4167781018銀漢の賦 (文春文庫)
葉室 麟
文藝春秋 2010-02-10

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電線に鳩

電線にとまる鳩たち


 うららかな晩冬、というのも奇妙な表現だけれど、いや立春も過ぎたのだから早春というべきなのか、ともかく一気に春めいてしまった陽気のなか、ふと見たらちょっと珍しい光景だった。鳩(ドバト、キジバト)がこんなふうに電線にまとまってとまっているというのはあまり見たことのない光景だった。

 どちらかというと電柱の上にとまっていたりと、平らなところにいるようなイメージだったのだが、こうしてほかの小鳥などのように電線のような細いところにとまることもあるのだなと。

 もっとも烏とかがそうしているのを見たことはあるようにも思うので、まるっきりありえないわけではないのだろうけれど、やはり大きな体の鳥がそうしているのはバランス的にちょっと違和感がしてしまうのだった。丸々とした鳩がそうしているのはちょっと不思議な感覚でもある。

#しかし、小さくて鳩なんだかわからないというところはあるな。

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揚げミミパンを作ってみた

揚げミミパン


 前回は見つけることができなかったパンの耳。今回もスーパーに食パンを買いにいったところ、店内のパン屋さんの棚にパンの耳の袋を発見。どうやらタイミング的に買えなかっただけで、出会えることもあるらしいとわかった。ということでさっそく購入。

 問題は揚げ油の始末なのだった。揚げ物を自前で作るのはおいしいし、よいのだけれど、問題は大量の揚げ油の始末をどうしたものかということなのだ。

 食堂とかならば揚げ物専用の設備に常に油がはいったままという状況でよいわけだけれど、家庭ではそうもいかない。ということで油をいれておくポットとかに移して保管するといったことが通常は行われるわけだ。

 とはいえ、相当量の油ではあるし、そうそう毎度毎度ということでもないので、昔はやっていたもののそのうちにやめてしまったのだった。今では冷凍のメンチカツでも油で揚げるということはせずに、魚焼きグリルで焼いて食べるというふうにしているくらい。これだと油もたくさん必要ではないし(焼くときに少量の油をつけてはおく。そのほうがよい具合に焼ける)、なにより後の始末が楽なのだ。

 しかし、さすがに揚げミミパンということではそうもいかない。それではただのトーストになってしまう。そこで炒りおからを作る前にやや多めにひいた(とはいえ揚げ物をするというような量ではなく揚げ焼き程度の薄い量)の油で揚げるという方法を思いついた。

 どのみち炒りおからではやや多めに油を使って具材を炒めるので、最終的に残った分をそのまま流用すればよいはずだ。ということで上記写真のようなことになった。

 砂糖にしても白糖しかないのでいかにも家庭の味というつくりになって、それはそれでなかなかよろしい(個人の感想です)。食べてみたらカリカリに揚がったパンの耳に油と砂糖がからまってまあおいしいこと。低温でやっていたのでやや油を吸いすぎているだろうかという嫌いはあるものの、まあまあそれっぽくできたのではないかと満足している。

 ということで残っているものは冷凍して、来週炒りおからを作るときにまた揚げミミパンをおやつにしようと計画しているところ。しめしめ。

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声をかくす人

 ロバート・レッドフォード監督作品とか。リンカーン暗殺にまつわるなぞを、恐らくは独自の物語にしたのだろうか、という作品。

 暗殺にかかわった者たちが自分の息子の知人であり、宿屋をやっていたこともあってよくそこに泊まっておりたむろしていた。そんなことから宿屋の主人である彼女、メアリー・サラットも一味であるとして拘束され、大統領暗殺という事態の収束のためにも断じて有罪とし、断罪しなくてはならないと政治的な動きに対して、南北戦争の英雄ともなった弁護士が彼女の弁護をしていくという話。

 メアリー・サラットという女性は実在していて、実際アメリカではじめて死刑となった女性なのだということらしい。ただ、その背景としての大統領暗殺との関係の詳細については、恐らくレッドフォードの想像なのだろうかとは思うのだが、詳細については知らない。

 裁判が続くにしたがい、軍事裁判となるので相手は軍部なのだが、あちこち手を回して彼女に不利な証拠や証言を捏造していく。しかし、それを覆すこともできない。なにより、その裁判そのものがすでに有罪で死刑とすることを目的としているので、裁判をする意味がもはやない。

 息子の居所がわかれば、彼女がもっとなにかを話せばというような状況もあるのだが、かたくなに語ろうとはしない。もっとも、何かいったところでそれが有利に働くとも思えず、「物言えば唇寒し」という状況。結局、なにも語ることはなく、死刑を受け止める。弁護士は自分の無力を嘆きつつ、彼女の最後を見届ける。

 最後に息子がようやく出頭してくるのだが、結局無罪放免となったというようなテロップで終わる。どこまでが史実でどこからがフィクションなのか、それはよくわからない。少なくともアメリカ史上はじめて死刑になった女性ということだけは事実なようで、それ以外は先にも言ったようにわからない。

 ただ、こうした混沌とした事態においては政治はどろどろとした権謀術数と化すであろうことは想像に難くなく。少なからずここで描かれたような状況もあったのかもしれないと思わせる。そうしたことはアメリカに限らずどんな世界においてもきっとあるのであろうと思うと、なんとも寒いものを感じたりもする。

 なかなかに見ごたえのある作品だった。

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アミューズソフトエンタテインメント 2013-04-03

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Android に振り回される日々

 せっかく昨年暮れにインストールしてプロジェクトもインポートしていたはずなのに、またもや PC 初期化によってやりなおしになった Android Studio 。もはやこのところは触っていないのでインストールしなくてもよいかと思ってもいた。インストール数が少なく、恐らくは常用などされていないのもあってかクラッシュなどの報告もないことであるし(一応そのあたりにだけは気を使って作ったつもりではあるのだけれど)ということで、よほどなにか問題が発生しないかぎりはインストールしなくてもよいかと思っていたのだった。

 とはいえなにかあってからでは作業が面倒であろうしということで、やはり入れなおすかとインストール。バージョンが少しあがったのもあってかインポートのあたりも少しよくなったようで、文字エンコードの関係で文句を言われることもなかった(前回のときには日本語の一部にエンコードが違うというようなものがあったらしくエラーがでたりしたのだった)。

 インポートも終えて、ではためしにエミュレータで動かしてみようかとしたら一行に実行できる気配がない。前回そんなに苦労したろうか? というくらいにうまくいかない。結局しばらくやめてからあらためて見ていたら、ターゲットとしているバージョンの SDK がないためらしいとわかった。

 たしかに作っていたときからは時間があいているので、もはや新規のインストールパッケージでは最新の 5.0 ロリポップしかインストールしないようなので。当該の古いバージョン SDK をいれたら実行できるようにはなった。

 ところが、今度は肝心のエミュレータがいつまでたっても起動完了しない。先にためしたときにはエミュレータだけは起動したはずなのだが、今度は待てど暮らせど起動完了しない。なにがどうなっているのか。エミュレータを作り直して試してみるか。

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雨水のころ

 雪が雨に変わるころという雨水を迎える。文字通りという感じに天気が少し変わってきた感もある。昨日はみぞれが降って、やがて湿った雪となって積もりだした。積もるとなるともこもことした雪はあっという間に数センチに積もっていく。

 とはいえどちらかというと暖かいのと、湿った雪であるということもあって、場所によっては路面が見えるといった積もり方。車が走ればすぐに融けてしまう。事実雪かきなどしなくても夕方にはすっかり融けてしまった。日陰になる部分に残るは、まあ仕方ない。

 そうしてきょうは朝からよく晴れていて穏やかな陽気。午後になっていくらか雲も増えてきて、風もやや強くなってきたかというところはあるものの、総じて暖かい。春も近いのかと思うくらいには、雨水という季節を感じるような陽気ではある。

 長野的にいえば「神雪(かみゆき)」が降るようになると、春も近いなと感じる。神雪もしくは上雪と書くのだけれど、上下(かみしも)というように東京方面、県内でいえば中南信で雪が降りやすくなる天候が増え、そちら方面で降る雪を俗にそういうわけだ。

 春先になると低気圧が太平洋岸を通過することが多くなり、結果太平洋側の地域で雪が降りやすくなる。気温もそうだが、湿った雪になることが多く、そのおこぼれの影響が北信に及ぶこともままある。春に特有の降り方なのだ。その意味ではいかにも雨水らしい陽気に変わってきたのだろうと感じることでもある。

 と言いたいところだが、実のところこの冬は案外はじめからずっとそんな降り方をしているともいえるのだった。東京にも積雪がといわれたのはこの冬何度目かというくらいだ。早いうちから比較的そんな雪の降り方をしているというのも近年の特徴といえばそうだけれど、この冬はそれがやや極端な感じになっていたようにも思う。

 その意味ではいまさら雨水という感じがしないでもない。

 なんにせよ、それでも確実に春に近づいているのは確かなようで、ひところのような寒さとは少し違ってきているのも実感ではあるのだ。

 なんだかんだといっても自然というのはそれなりにきちんとめぐるのだなと。次は自らの春をきちんと獲得しなくては。

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特別な一日

 ローマを訪れたヒトラー一行を歓迎するパレードがあり、集会に参加するためにアパートの住民はこぞってでかけてしまうが、家政婦を雇うことができない程度には貧しいので自分で家事をすませなくてはということもあってひとり残る主婦をソフィア・ローレンが演じる。

 飼っている鳥が逃げ出してしまい、中庭をはさんだお向かいあたりに行ってしまうのでその家を訪ねると男がひとり残っている。事情を話して鳥を捕まえてすぐ帰るのかと思いきや、なんだかんだで妙な感じに。

 結局ひとときの情事に発展するのかと思わせたりそうでもなかったりという行き来が、そのわずかな時間のなかで繰り広げられる。確かに特別な一日。

 ところが、男はどうやら男色でということらしく(そのあたりは実のところよくわからないが、そういうことらしい)、実際に手を出すことができないまま。それでいてなんとなく親密になってしまいそうでもあって不思議な距離。男は実はレジスタンス? といった方面らしい。

 そうして最後は静かに仲間? とアパートを出て行ってしまう。パレードも終わり住民はアパートに帰ってくる。そうして何事もなかったかのように一日が終わっていく。特別な一日。

 うーむ。説明不足であったり、無茶苦茶な展開であったり、シチュエーションとしては面白いのはわかるものの、どのあたりが傑作なのだろうかと悩んでしまう作品なのだった。

B0002B5AVQ特別な一日 [DVD]
エットレ・スコーラ
レントラックジャパン 2004-07-16

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2014-2015年の黒豆第4号(そしてベスト)

2014-2015年の黒豆4号


 そろそろ春先の雪っぽくなってきて、寒い日もあるものの総じて暖かくなりつつあるこのごろ。そうなると次第にストーブの出番も少なくなってくるので黒豆を煮るのもそろそろ終盤。

 ということで恐らくはこの冬は最後になるであろう四回目の黒豆を煮た。今回がどうやら一番おいしく煮えたという感じ。なにごともコツをつかんできたころに終わりになるものだけれど、黒豆に関しては別にそこまで極端ではなかった。基本同じレシピなので。

 が、今回少し塩を多めにしてみたらこれがおいしい。いや、正確に言うとこれまでは塩をごくわずかにしか入れていなかった。それをレシピの分量ではないものの半分ほどいれてみたらあんがいおいしい。というかそれは当然ともいえるのか。

 塩分が適当にはいったので豆そのものがしまった感じになり、味にもめりはりがついたという印象。煮上がりを確かめるために食べてみただけなのに、つい手が進んでしまうという罠が。

 ただ、それでもやはり少し塩気が強く感じるので(普段の減塩のたまものでもある)、もう少し抑えたほうがよいかもしれない。それでも次回には今回よりは控えめとはいえやや勇気をもって塩を加えたほうがおいしくなりそうだ。

 なんだかんだいっても春はもう少しという感じになってきたか。とはいえ仕事が・・・。

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コニャックの男

 フランスからアメリカにひとり渡り、貿易商だかのところで名を上げて「娘をもらってくれないか」みたいな話になるも、実は結婚していて妻をフランスに残したまま(というか追っ手を逃れてということだったか)、ということで、ここはひとつ国に帰って正式に離婚してこようという目的を隠して、小麦の輸送という名目でフランスに戻る。

 ところがなにやら不穏な状況で戦争だ戦争だといった様子で、せっかく小麦を持ってきたというのに銃を向けられる始末。そうかと思えば旧知の人間に出会ったりして捕まえられようとしてあちこち逃げ回る。そんなドタバタのなかで反乱分子みたいのがでてきたり、その恋人に妻がなっていたり、とまあ、ぐちゃぐちゃといいろいろこんがらかっている状況が延々と続くのだった。

 欧州コメディに特有のくどく執拗なネタの繰り返しがどうにもつまらなくなってしまうのは個人的な好みとは思うのだけれど、やや疲れてしまう大仰さとかはやはり古い欧州コメディにありがち。もっとも今でも海外のコメディアンというのは人をさげすむようなことをいうのがギャグだと思っているようで、そういうネタで笑わせているのをみるとどうにも嫌になってしまう。それで笑う観客もそういうものなのだろうけれど。

 で、どうにも関係やら対立やらがごちゃごちゃしてよく分からなくなり、それでいてなんだかとにかくドタバタしていれば面白いじゃないか! というようなスタンスなのかと思うような展開が繰り返されるので次第に興味がなえていってしまう。それもまた個人的な好みの影響だろうけれど。

 最終的にはなんと将軍みたいに偉くなってしまって、元の妻(というより結局離婚しないままか)との間に子供ももうけて幸せになりましたとさ、という終わりになる。

 むかしは、こういう映画でも面白かったのだろうな、という程度には興味深い映画かも。

B000064ZMIコニャックの男 [VHS]
ビデオメーカー 1988-02-19

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 誰かに似ている。

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雪の波状攻撃

 昨日朝。思ったよりも積雪があって 10cm くらい。勢いは落ち着いたので早朝からではなくしばらくしてからはじめる。比較的軽い雪で始末は楽。ということもあって全面的にやってもさほど苦労はなかった。二時間かからずに終えることができた。路面もすっかり見えるようになり、さらには程なく空も晴れてきて日差しがでたりもしてきたのでその後すっかり融けて乾いてしまった。

 これで寒気も抜けたし明日も心配なかろうと思っていた今朝のこと。昨夜のうちに外を見たときには問題なかったのにいつのまにやらすっかり積もっている。またか。

 昨日は新聞がむき出しのまま配達されていたのでおそらくは本当に明け方になってから降りだしたと思われたが、今朝は新聞もポリ袋にはいっているところを見ると夜半過ぎには降りだしていたのかという様子。

 湿った雪で場所によっては路面が見えるような場所もあるのだが、日陰になるような場所では 10cm あまりはすでに積もっている。さらにはどんどん積雪が増えていくのが目に見えてわかるくらい。

 これは駄目だということであきらめて雪かきをはじめる。とはいえ猛烈に吹雪く早朝からやっても日曜のきょうははじまらないので(動く人は少ないし)というとであわてることなく準備万端整えてから。

 昨日は途中で雪もやんだし空も明るくなったのだが、そういうこともなくときおり強く吹雪くまま。昨日よりも長い二時間ちょっとかけて完了。湿った雪で車が通ればくだけて融けてしまうような雪なのだが、いかんせん日曜で車がほとんど通らない。結局あらかた雪かきすることに。とはいえその後は積もることもさほどなく落ち着いた。

 せっかく昨日夕方にはすっかり乾燥していた路面なのに、またぞろ雪になってしまうというのはなんの嫌がらせかというくらい。いっそ根雪になっているならあきらめもつくというものを。すっかり融けて跡形もなくなったというのに朝になったらまた積もっているなどと。

 これでいて明日は晴れということなのだが、その後はまた雪になりそうな予報。春先の雪はこの繰り返しなのだよなあ。昨年のような大雪ではないだけ(十分大雪ともいえるし警報も確かに発令されていたし)まだましかと思おうしかないのだな。

 はやく春にならないものか。いや、あまり早くても困るな。

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パンの耳やーい

 前にも書いたことがあるように思うのだけれど、E テレの「グレーテルのかまど」という番組を結構よく見る。人や物語にまつわるお菓子を紹介しつつ手作りしてみせる番組。ちょっと高級な感じのものや実にシンプルで昔ながらの手作りおやつといった感じのものまで種々雑多。今回は「きょうの猫村さん」にでてくる ”揚げミミパン” だった。

 なんのことはないパンの耳の部分をちょっと幅広めに切っておいてそれを油で揚げる。揚がったら砂糖をまぶす。それだけ。それだけなのだけれどカリッと揚がったパンの耳の部分のおいしさを知っているともうこれはたまらないということになる。パンの耳だから安く手に入るし、場合によってはただで分けてくれることもあるのかもしれない。とにかく安い食材。

 かりんとう風にしてというのもよく聞くけれど、まあ同じようなもの。今回は砂糖をまぶすだけなので時間があまるというのもあってか、少しアレンジしたものを紹介。砂糖以外の味付けにするというのと、ミルフィーユ風にするというのも披露していた。

 で、俄然パンの耳が食べたくなったのだけれど、考えてみるとどうも近所にパン屋さんがないのだった。唯一あるのはスーパーの中にあるパン屋さん。確かにここでは焼きたてを出しているので当然パンの耳もあるはずとは思うのだけれど、どうも見かけない。店頭に並んでいるようでもない。ふと見たらおばあちゃんがちょうど買うというところだったが、あるいはそれはお願いすると中から出してくれるというものなのだろうか? うーむ。

 昔は店頭で見かけたようにも思うのだけれど、ただたんに時間的にタイミングを逸しているだけなのだろうか。焼き上がりの直後あたりだとあってすぐ売れてしまうとか? はたまた、いつもお願いしているような人だけが「いつものお願いね」とかで買うのだろうか? などとあれこれ妄想してしまう。

 しばらく前には近隣にパン屋さんもあったりしたのだが、なくなってしまっている。どうもそうした店が次第に減ってきているのだろうかという感じも。

 ないとなると俄然欲しくなる。さて、どこかにないかとしばらく捜し求めてしまいそうだ。たかだかパンの耳なのだがなあ。高価なものよりもそうしたものに惹かれるのは庶民である証拠なのかもしれない。

 パンの耳。おいしいんだよなあ。

#山崎のランチパックを作る工場では大量に発生しているに違いないのだが。そのゆくえはどうなるのだろう。飼料にするだけではとてももったいないと思うが。

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リトル・マエストラ

 小さな漁村になぜか存在する素人オーケストラ。どちらかというと趣味でしかないような村人の集まりというもので、お世辞にも上手とはいえない。それでもコンテストに出場したいねえという思いだったのだけれど、指揮を担当していた人が急逝してしまう。変わりにと呼ばれたのがその孫娘で天才と噂されているらしい高校生。

 ところが連絡してきてもらうとなぜかヤンキーなおねえちゃん。が、それが清楚なお嬢様女子高生みたいに変身してメンバーの前に。適当にやっておけばよいかとはじめるものの、そのうちに実は天才でもなんでもなく、高校の吹奏楽部で指揮をしているだけとわかる。しかも、楽器演奏がどれもパッとしないために残った指揮をしているらしきことまで。

 一気にメンバーの熱はさめ、むしろだまされた感までしてしまう。呼び寄せた本人で唯一まともに音楽経験のある主人公にもそのしわよせ。

 そんなところから女の子の心境にすこしずつ変化が生まれて、ここでやれるだけ精一杯やってみたいということになり、メンバーはじめ村人を前に大演説。真摯に楽曲に向かい合うことでメンバーにも少しずつ変化がと。

 いよいよ大会本番。ところが……。という映画。

 まずまず見させてくれる映画でよかった。なかでも天才なのかもしれない女子高生を演じた有村架純がよい。かわいいだけでなく演技も上手。主人公といってよいのか、音楽経験のあるバイオリン担当で、有村を呼び寄せる役柄を演じた釈由美子がひどいだけに余計にひきたつ。

 物語そのものはまずまずよいのだけれど、ときどきちょっとやり過ぎてきな演出がはいるのが余計には感じた。もっと素直にシンプルに演出してよかったのではないかとも。くどさがすぎるとせっかくのよさが台無しになってしまう。

 それでも最後のすがすがしさがあることもあって、全体としては気持ちよい終わりではある。

B00D89MF6Cリトル・マエストラ [DVD]
角川書店 2013-08-23

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昭和史 1926-1945

 ずっと読もうと思いつつ月日ばかりたってしまった。ようやく前半のほうだけ読んだ。内容としては「失敗の本質」などと重なる部分もたぶんにあるものの、あちらがいわば研究論文といった体とすれば、こちらは講談というか講演録というかなので受ける印象はずいぶんと違う。

 そもそも編集さんらが学生時代近現代史というのは結局なおざりにされたままで、よく知らないままであると。だから、ひとつそのあたりの講義をしてはもらえないかということからはじまったらしい。

 ということもあって半藤さんが順に話をしていったものを文字にしたものなだけに読んでいても実にしっくりとくる。つまりは文章が平易であるからということでもあり、話はときに前後したりもするものの、必要に応じて前後しつつ補完しているというスタイルであるがゆえに、むしろそれぞれの出来事の関係というものがよりよくつながってくる。

 その意味においては「失敗の本質」とお互いを補完しあうようなところもあって実に面白い。

 そんなわけだから内容の詳細はほとんど「失敗の本質」と変わるところはないといってよいと思う。もちろん、逐一比較したわけではないので詳細にどうであったかはわからないのだけれど、全体の雰囲気から思い起こすにはおおよそ違いはなかったかと思う。

 最後のまとめから要約だけ記録しておくと。

第一に国民的熱狂をつくってはいけない。その国民的熱狂に流されてしまってはいけない。
二番目は、最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論をまたく検討しようとしない
三番目に、日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害
四番目に、ポツダム宣言の受諾が意思の表明でしかなく、終戦はきちんと降伏文書の調印をしなければ完璧なものにならないという国際的常識を、日本人はまったく理解していなかった
五番目として、何かことが起こった時に、対症療法的な、すぐに成果を求める短兵急な発想
昭和史全体を見てきて結論としてひとことで言えば、政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人びとは、なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか、ということでしょうか。

 原発推進にまい進していたいわゆる安全神話にもにて、「こういう事態が起きると困る。だからきっとそれは起きない。」という論理ですべてが動いていたという愚かさ。ある意味検察が自ら描いた物語に沿うように証拠集めをして裁判を行うとしていたなどということにも通じるかのような。

 まさしく、「失敗の本質」とあわせて読むことでより理解が深まるかもしれない。

 実のところ平凡社ライブラリー版としておまけがついていて、その中にある司馬遼太郎が詳細に調べていたノモンハン事件を結局書かないことにしたのはなぜだったのか? という件がなんとも面白い。ここだけでも読む価値があるいはあるかもしれない。なかなかに運命の皮肉のようなことが起きていて、とうとうモノすることがなかったのではないかという、まあ本人が直接語ってはいないのであくまでも想像でしかないとはいえ、なるほどと納得できることではある。

 また、戦地にこそ行かなかったものの、子供時代を生きた半藤さんだからこそのエピソードもあって、時代そのものをより具体的に感じることができるのも有益だ。もはやこうした事柄を実際に記憶している人々の存在そのものが危ぶまれる時代となってしまったので、このあたりが最後の時代なのだろうと思うと、より貴重な一冊かもしれない。

 さて、残る後半も早めに読まなくてはなあ。

4582766714昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)
半藤 一利
平凡社 2009-06-11

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4582766722昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)
半藤 一利
平凡社 2009-06-11

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4122018331失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
戸部 良一 寺本 義也 鎌田 伸一 杉之尾 孝生 村井 友秀 野中 郁次郎
中央公論社 1991-08

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現代版かさ地蔵

 寒いね。

赤い毛糸のマフラーをまとった歩行者用押しボタン

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リバー・ランズ・スルー・イット

 クロスレビューが終わってしまってからというもの、見た映画の即時記録がつけられないのでどうもよろしくない。いや、ほかのどこかに記録しておけばよいのだし、それはそもそもここだってよいというのももっともなのだけれど、クロスレビューの 100 文字というのはとりあえず印象的な文言だけ短くまとめて記録しておく、という使い方ができたところがよかったのだ。

 だから、次々ととにかく記録しておくという使い方でよかった。ここもどう使ったところでかまわないわけではあるものの、なんとなくもう少し構えてしまうところがあるのだった。ということで、ちょっと時間がたって細かな内容などは忘れてしまった。(いや、たいていみなそうだともいえる)

 古きよき時代。けれど父親の威厳がずっと強く、宗教色にも色濃かった時代。一見なに不自由なく、問題もなく大学を卒業しようという兄と、これというでもないが、地元に残って就職している弟。なかなか兄は仕事先が決まらずにややふらふらしていて本人も落ち着かないというか居所がやや見つからない。

 そうこうしているうちにとある大学での仕事が決まり、弟のほうは気がつけば新聞社もやめて自堕落な生活に落ちていく。飲み屋にいりびたるがけんかが度重なってあまり歓迎されない。むしろもう来るなという扱い。

 なんとなくうまくいかないかのような家族や知人との間をとりもつのがフライフィッシング。弟の腕前はなかなか。けれど次第になにかが食い違っていってしまって、弟の生活は落ちていくし、そして若くして死を遂げてしまうと。

 物語そのものは淡々としていて、誰もかれもが見栄っ張りの田舎者という感じなのだけれど、日々のなにげない生活は貧しくとも幸せな感じがあふれていて、今はもう失ってしまったのかもしれないかつての世界を見るようでもある。ちょっと昔を思い出せば、こんな時代だってあったのだよ、とでも言おうかとい空気が漂う。自然とともにある生活。

 それを忘れてしまってはいないか? とでも言うかのような。ちょっと切ないけれど、なにかが残る感じの作品ではあったなあ。

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Rubyist コードを編む

 それがいつのことだったのかも忘れていたのに、なぜか直前になって思い出す。そんなこともある。というか、新聞のテレビ欄を見ていたらたまたまその言葉がひっかかってきたからということなのではある。

 ということで E テレ「すてきにハンドメイド」でたださん(@tdtds)が登場するのか? という放送を見たのだった。確か日記で番組主催の編み物イベントにご夫婦で参加されたということを書かれていて、多くは未経験の男性や相方を連れての参加という感じのイベント趣旨だったらしいと理解。

 実際、はじめての男性にも編みやすい手法や題材を選んで男性向けのという感じで準備されていたようでもあった。

 たまたま抽選? にあたったらしくたださんご夫妻も参加されたと。いや、むしろたださんとしては狙ってということだったのかもしれないし、実際インタビューされたところには狙い通りのひとつを演じきった旨が報告されている。うーむ、ただものではないなあ。たださんだけど。と、冗談めいたことを連想してしまう貧困さ。

 編み物をしたことのないわたしにとっては、正直何をしているのかさっぱりという映像でしかなかったのも事実で、たださんいうように、あれで本当に「なんだ簡単そうじゃない」といってはじめる男性とか初心者がいるかというとやや微妙な感じがしないでもない。いや、裁縫くらいは日常的に行うので、大雑把なイメージというか理論的なところは理解はするものの、それでもよくわからないなあという印象はしてしまうのだった。

 しかし、ずいぶんと先のことと思っていたのに、もうそんな時期になってしまったのか、という事実のほうに驚愕を覚えるのだった。早くしないと春になってしまう。

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海月と私 3

 海月さんの行動があまりに怪しくて(というのはもちろん作者方面の策略なのだけれど)ついつい早々に 3 巻を読むことになってしまった。

 が、残念ながら肝心のあたりは当然のごとく明らかになどなるはずもなく、混迷はさらに増すというお約束。すっかり海月さんにコロコロされっぱなしですよという感じで 3 巻も終わってしまうのであった。

 とはいえ、いつものごとく不思議なふわふわ感としっかりとこちらの心をつかむようなラストが用意されていたりしてそのうまさに「まあ、いいじゃないの」と思ってしまう。

 それでも少しずつ海月さんの秘密にせまりそうなところが出てきたりもして、いろいろ想像は膨らむのであった。ただ、冷静に考えるとこの物語が結末を迎えるとしても、彼女の素性がはっきりとしてだんなさんの下を去るか、はたまたそれでもなおかつそのまま残るといったあたりで終わるくらいしかないのだろうと思うと、一定程度物語を展開したら終わらざるを得ないのかな、などとも思う。

 であれば、そう長くは続かないかもしれないのか、などとも思ってちょっとさみしく思ったり。いや、終わってもいないうちからそう心配してもはじまらないわけではあるのだが。

 いずれにしても、もうしばらく海月さんにコロコロされたい。そんなことを思ってしまう不思議な魅力にあふれる漫画なのだなあと。(しかし、追いついてしまったので当分読めないわけか)

4063880176海月と私(3) (アフタヌーンKC)
麻生 みこと
講談社 2014-12-05

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ハングリー・ラビット

 ニコラス・ケイジはわりと好きだ。二枚目というほどいけてないけれどブサイクというほど悪いわけではない。まあ、普通な感じがよいのかもしれない。ある意味ちょっと変な顔(ほめ言葉として)といえなくもない。ということでまあそこそこ不安もなく見始めた映画なのだった。

 話としては高校だかで教師をしている男。友達とカードゲームに現を抜かしている間に奥さんが暴漢に襲われて怪我をしてしまう。命を落とすこともレイプされることも幸いなかったものの、夫婦お互いに少し心に傷を負ったという感じ。

 病院にかけつけてひとまずは安静にしているというので待合室のベンチでぼんやりする。警察関係者かのように近づいてくる男。実は私刑団。警察にまかせておいてもいつ決着するかなどわからない。われわれは犯人を知っているし、依頼さえしてくれればすぐにでも報復することができる。どうする? というわけ。

 いやいや、そんな非合法なことはできないと突っぱねながらも、確かに警察にまかせていたからといって犯人がいつ捕まるかもわからないし、どのような裁きが下されるかもわかったものではない。どうしようかと内心揺れ動く。

 「もしも、頼みたいなら自販機でチョコをふたつ買え」といってその場を立ち去る男。結局、自販機のある場所にいってチョコ菓子をふたつ買ってしまう。その場の連絡役らしき男が姿を消している。

 その晩、すぐに犯人とおぼしき男が何者かに殺害される。妻から奪いとったらしいネックレスが証拠として返される。そして事件は終わったかに見えたが、それははじまりに過ぎなかったと。

 例の私刑団の男はたびたび接触してくる。この場所へ行け、なにをしろ。そして、事故に見せかけてその男を殺せと。

 すなわち、彼らは恨みを晴らしてやるという見返りに次なる仕事の実行者として利用しつづけている。自分たちは手を汚さずに。そして使えないとなればまた殺してしまう。秘密をばらされないために。

 ニコラス・ケイジ演じる男にも次々と指示がやってくる。従わなければ妻の命は保障しないぞとばかりに。家に不法侵入したり、いろいろと手を回し、ついには警察から追われる状況にまで追い込まれる。さあ、どうする。というあたりからなかなかドキドキさせてくれて見せてくれる。

 しかも警察内部にも仲間がいるということで、逃がしてくれたりかえって面倒になったり。もっともこれは最後の展開にもきいてくることで、そのあたりはあまりにも予定されている結末なので最後はいまひとつ新鮮さが足りない。それでも、なかなかうまく作りこまれたシナリオが全体を面白くしているのも事実で、なかなか楽しませてくれる佳作といってよいと思う。

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Happinet(SB)(D) 2014-12-02

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Ubuntu 14.10 の解像度でまたまたハマる

  PC 初期化になるとどうしてもいろいろ面倒が起きてしまうようで、そもそもデータやらソフトウェアやらの再インストールとかも必要で、そうした環境の再構築の手間がなかなか大変。

 Virtual Box の Ubuntu もそうで、実行しようとしたらなにやら見慣れない画面になってしまって一向に起動しない。調べてみるとこれは grub のなにかが壊れて正常に動作しないときに現れるレスキューコンソールらしい。

 そこで先達の例にならってコマンドをいれて確認しつつ進めていくのだが、これで起動できたというように起動できない。というか、当該ファイルがないとか言われる。うーむ。

 さらに調べてみるとなにやら方法はありそうなのだが面倒なようでもある。どのみちこの Ubuntu は常時何かをしているという環境ではなくて、以前 ReVIEW であるとかを試すためにはどうしても Linux 環境が必要だったわけで、そうしたものをテストするくらいにしか使っていない。ゆえに消去して困るファイルというのもとくにはない。それならばいっそ入れなおしてしまったほうが楽かもしれない、と思った。

 というころで 14.10 の ISO イメージを落としてインストールしなおしたのだが、VirtualBox に入れたときに画面の解像度が小さいまま(640x400だったか)で変更できないという罠にはまる。

 いや、それは覚えていた。なにかすればすぐ修正できたはずということも覚えていた。ところが今回はなぜかそれをやってもうまくいかない。結局別のところでモニターを検出するためのなにかをなんとか処理して復旧できた。

 [ Low screen resolution in Ubuntu 14.04/14.10 and VirtualBox | LinuxBSDos.com ]


 なにやらいろいろ問題が発生しやすくなっているのは、ことによるとこの PC もそろそろいい年数使っているということなのかもしれないけれど。まもなく丸 5 年となるのでまだまだという思いもあるのだけれど。とはいえ、今壊れてしまっても買い換える余裕がないので困るのでもあった。

 結論。早いところちゃんと収入を得られるようにすること。だなあ。

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Cygwin + tDiary を復旧(ただし、やや消極的に)

 Cygwin 上で運用している tDiary の復旧。当初 Cygwin 側にある Ruby-2.0.0 をインストールした状態で試してみたところ 500 エラーで使うことができなかった。エラーログとか見ていると cgi/util.rb の escapeHTML メソッドかなにかで UTF-8 以外の文字コードがあるからというようなエラーになっているらしかった。

 とはいえ、昨年夏頃に hsbt さんとかに教えてもらって tDiary のバージョンを少しだけあげて 3 系にしたときに、日記データの文字コードは UTF-8 へ変更してあるし、tDiary のコードその他には手をつけてないし、それでちゃんと動いているはずなのだが、と。

 で、素人的にいろいろ思うのは、つまりこれは Cygwin で使う以上避けることができないのではなかろうかと。

 そもそも Windows では SJIS というか Windows31J というか CP932 というか、いずれにしても基本はそれ。Virtual PC や Virtual Box などで Linux 系とか用意して運用するのならともかくも、Cygwin の場合はフォルダ管理とかまるっきり Windows のままに Linux 的な環境として動かしているだけ。それがために半角英数だけのファイルは UTF-8 として扱ってくれれば問題ないのに SJIS として処理してしまうために問題が起きているのではなかろうか、と。

 実際そういうことが起こりうるのかどうかはわからないのだけれど、昨年いろいろしたときにも 1.9 系以上の Ruby ではうまく動作できなかった。結局古い 1.8.4 をいれて運用していたのだった。今回もまた 1.8.4 にしたところ、なにごともなかったかのようにちゃんと使えるようになった。

 ということはやはり Cygwin で tDiary を使うには 1.8 系を使うしかないのではなかろうかと。悪までも修正を加えないで使うにはという意味において。

 件の場所の修正ができて運用できるのであれば、それがもっとも望ましいのだろうけれど、そもそも「Cygwin tDiary」で検索してもここくらいしかヒットしないという現状では、それもあまり必要性がないのではないかと。そこまでするよりも、本当にローカルでしか使わないという運用なら 1.8.4 のままでも特に問題はないので。

 あくまでも素人的な考えではということなので、実際は違うことが原因なのかもしれない。とはいえ、前述のように深く探求する必要性はとくにないので考えるのはやめにするのが吉かなと思うのだった。まさか、このためだけに Ubuntu なりに導入して日記を書くというのもなんとも面倒な感じであるし。

 ということでまたまた古い環境に戻りはしたものの、日記環境が復旧したのだった。とはいえ失ったおよそひと月分の日記データは返ってこないのであった。

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立春ですが

 そろそろ春の気配がたちはじめる頃、とはいえ近年は天候が極端になってきているので、今も北海道の東では低気圧が荒れていて羅臼で三日間孤立状態が続いたとか、車がそっくり埋まるほどの雪がいっきに降ってしまったりとか、氷点下 30 度以下の気温を記録したりとか。

 かと思えば割りと穏やかに晴れて気温こそさほど高いと感じないものの、まずまず立春ぽいのかと思うような地域だってあるはず。

 このあたりも風はあるものの比較的よく晴れていて、気温はさほど高くはないが室内にいる分にはまあさほど困らないかというくらいにはなっている。体感的なものとしては全般的に寒いというのが本音ではあるものの、原因はほぼ最高気温の低さにあるのでまさに冷蔵庫状態。雪が少なめであるのがまだ幸い。もっとも、たまにややまとまって降る雪が日陰で今も生き残っているので、油断はできない。

 立春とはいえ昔であれば寒中休みがあったころで(雪国ではこの時期に一週間程度の休みが小学校にはあった)、当時はもう少し寒かったろうし、雪もあったかもしれない。なにより諏訪湖の御神渡りが毎年起きていたくらいには寒かったのだから。だからこそ寒天作りにも適しているわけで。

 昨年のことなどを思い起こせば、今年もこのまま過ぎるということはないと思われ、現に明日くらいから南岸低気圧の通過が予想されていて今から関東地方は戦々恐々としているわけでもある。まあ、春先の(というにはまだ冬だけれど)雪というのは太平洋側の風物詩でもあるし、避けては通れないもので、あまり被害がでないようなものであるのを祈るくらいしかできない。

 季節としての春はどうやら近くまできているようなのだけれど、さてわが世の春はいずこに。


#立春大福食べたい。

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Cygwin 上の tDiary でまたまた悩む

 Windows としてはアップデートも大量に消化してだいたい落ち着いたところ。気がついたプログラムなどをインストールしなおしたり。が、やはり鬼門は Cygwin か。

 Cygwin そのものがというほどではないのだけれど、tDiary 環境を元に戻すのがどうも毎回苦労しているような。Apache2 の設定については以前のメモがそのまま役に立ったのだが、そのさきの tDiary の URL にアクセスすると 500 エラーがでてしまう。Ruby は Cygwin から 2.0.0 だったかを入れてみてある。

 public_html フォルダへのアクセスは問題ないのだけれど、日記を開こうとするとエラーになる。そういえば昨年の夏の初期化騒ぎのときにも似たようなことだったか。あのときは最新の Ruby をインストールしたらほかのエラーも出たりしたのだった。

 これはまたぞろ古い 1.8.5 あたりを入れてみるべきなのか? 日記関連のファイルはバックアップからそのままコピーしてきただけだけれど、問題はないと思うのだが。これが復旧しないと日記をつけられないので不便だ。まあ、ひと月分あまりの日記データは消失してしまっていて、空白はどうしようもないのであわてても仕方ないのだけれど。

 はてさて、なにをどうしたのだったか。

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いきなり Windows が起動しなくて途方に暮れる

 PC を起動しようとしたらいつまでたっても起動が進まない。スタートアップの修復とかしてもこちらも進まない。何度やってもだめで、やむなくシステムリカバリを行おうとするものの、これもまた一向に進まない。HDD 内のリカバリプログラムも進まない。リカバリディスクからも進まない。どうなっているのかといろいろしてもなかなか。

 ようやく 10 数分放置したらようやくゆっくりとプログラムが進んでいった。そうしてようやく HDD の診断をさせるとどうやら不良部分があったらしい。実際、セーフモードで起動しようとしてもやはり最後まで進まない(あるいは極端に遅くて進まなかったのかもしれないが)。どうもシステムドライバのあたりでおかしくなっていたのではないかという感じではあったのだけれど。

 その後とにかく時間を待つということでバックアップから書き戻したら、個人データはそのままとか言うわりにすっかり消去されてしまい最近のデータが失われてしまった。直近のバックアップにはなんとか戻したもののおよそひと月あまりのデータはもう戻ってこない。うーむ。がっかり。

 Cygwin も入れなおしになるので日記はもちろんまだ使えない。日記データももちろん失われてしまって、これももうどうにもならない。無念だ。

 しかし、あれもこれもがうまく進行しなくて本当にしばらくは途方に暮れたのだった。ようやくシステム修復がある程度すんだものの、まだまだすべてではない。というか、もはやなにがどうだったかもわからなくなってしまったので、あとで気がつくかもしれない。いやはや。

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ある熊の切手シート

アルクマ切手シート


 善光寺にお参りに行った際に見つけた。アルクマのデザイン切手があるらしい。たぶんずいぶん前からかと思うのだけれど気づかずにいた。いろいろやっているのだなあ。

 だが、まじめなアルクマのキャラクターは今ひとつ浸透度が低いのと(全国的には)、かわいいけれど面白そうではないというところが微妙な位置にいる理由なのかもしれない。

 ある意味、県民性を具現しているといえばいえる。

 今年は善光寺のご開帳。それを期にもう一声がんばれ、アルクマ。

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