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有機溶剤

 解体予定のオリンパス岡谷事業所の敷地土壌から有害物質が検出されたという記事が新聞に。観測井戸を掘って調査したところでは有害物質検出されなかったとか。六価クロム、鉛、トリクロロエチレン、カドミウムなどが基準を上回る量で検出されたとか。

 トリクロロエチレンは昔仕事で使った。有機溶剤という名前が示すように洗浄用に使われる。超音波だったかの洗浄機でも使われたりするもので、類似の溶剤もいろいろあったかと思う。

 確かに汚れがよく落ちる。仕事あがりの手洗いに使う人もいたものだが、実のところ汚れだけでなく皮膚まで溶かしていく。キムワイプという製品名のふき取りようの紙があって(細かなゴミがでないように作られた特殊な紙(いわゆる紙と同じかどうかはわからないが))、それに溶剤をつけて製品の汚れをとったりもする。このとき指の指紋がどんどん消えて行く。

 トリクレンと呼んでいたけれど(同じものか、はたまた商品名としてのそれかは未確認だけれど)それよりも少し弱いものであっても、指紋はどんどん消えていくのでトリクレンではさらに危険性は高い。素手ではなくゴムの指サックなどを使うのだが、それすらも溶けていってドロドロした感じになってしまい、頻繁に交換が必要にもなる。ひどくなれば皮膚が裂けて血がにじむようにまでなってしまう。

 それでいて揮発性が高いので洗浄機ではたびたび液を補充しなくてはならないし、廃液をドラム缶とかにいれて処理するまでは保管するわけなのだけれど、そのドラム缶の周囲もドロドロした感じになってしまう。ドラム缶そのものまで溶かすというまでではないのだと思うものの、どうしても扱いの中でこぼれてしまったりというのがあったのかもしれない。

 結果としてそれらが次第次第に土壌へと浸透していくというのは十分想定できることで、そう思うとやはり恐ろしい薬剤なのだった。

 電子部品方面であったり光学レンズ研磨の工場があったところでは、どうしても有機溶剤の問題があとあとまで尾を引いてしまう。茅野・諏訪方面などは特に盛んであった土地なので、そうした問題はまだまだ見つかってくるのだろうなと。

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「応援よろしくお願いします」 ふたたび

 野球のイチロー選手が入団会見で話したこと。

これからも応援よろしくお願いします、とは絶対に言いません。応援していただけるような選手であるためにやらなくてはいけないことを続けていくことを約束して、メッセージとさせていただいてもよろしいでしょうか。

 ファンへの一言ということで答えたものなのだが、スポーツ選手へのインタビューで日ごろ何度も「応援よろしくお願いします」というのを聞いていて嫌だったので、「いいぞ、イチロー!」という感じでニュースを見ていた。

 応援してくれなかったらやらないのか? 応援はお願いするものではなくて、あなたががんばっている姿にファンやその他の人がおのずとあなたを応援したいと思うものではないのか? 応援しなければやらないよ、みたいな物言いは違うのではないか? と感じてしまうのだった。

 もちろん、応援してくれなければやらないなどというつもりはないのだろうけれど、その前後関係というか主従関係というかが反対ではないかと思うのだった。

 だから、イチローが「自分は応援してもらえるような選手でいられるための努力を続けるだけだ」と、応援するかどうかはファンの事情であるし、自分がお願いするようなことではないということをきちんと分かっているよなあと。

 ただ、最後の「させていただいてもよろしいでしょうか」は、あまりよろしくない。駄目だといわれたら訂正するってことなのか、と。ここはきっぱりと「メッセージとさせていただきます」と言い切ってよかったのにと、少し残念な思いもした。

 とはいえ、今ちまたにはびこる「応援よろしくお願いします」を一掃するはじめになるとよいのだがなあ。

 [ ”応援よろしくお願いします”: つらつらぐさ ]

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ラスト・ターゲット

 なにが起きていて、主人公はどういう事情で、裏でなにがあって、でどうなろうとしているのか。といった設定そのものから話そのものまでなんだかよくわからないままに雰囲気で済ませてしまう。そんな映画。

 ジョージ・クルーニー演じる男はどうやら殺し屋らしいというのはわかる。で、次の仕事は連絡を待てとかいわれて与えられた携帯電話を持って車で田舎町へやってくる。が、携帯電話では居場所の足がつきやすいという不安からか途中で投げ捨ててしまう。よって公衆電話からボスというか連絡役なのか(そのあたりの関係もよくはわからない)に連絡を取る。

 依頼があるというのでいくと待っていたのは女で、狙撃用のコンパクトだが威力がありというようなライフルを一丁仕上げて欲しいというのだった。依頼を受けて銃やパーツを用意してホテルの部屋で加工していく。その間に商売女と親密な関係になっていく。

 そんなこんなで依頼の品を渡すという段になると、どうも自分が狙われているのだなという気配を感じていて、何度か命を狙われる。なぜ、居場所がわかったのだと。結局銃を依頼し女が狙っていたのはクルーニー演じる男であって、自分を殺すための銃を作らされていたらしいことが最後にわかる。が、誰がそれを指示したのかとかはよくわからない。例のボスらしき男がその女に命じた風にも見えるのだが、なぜか狙撃しようとしたところでその女を殺してしまうからだ。

 にもかかわらずその後クルーニー演じる男を執拗においかけて殺害しようとして、結局殺されてしまう。最終的にはクルーニー演じる男も撃たれていて意識が朦朧としながらも商売女と約束の場所で落ち合おうとして車を運転していくのだった。

 というような話なのだが、本当にいったいなんなの? という感じなのだった。監督がもともとカメラマンらしく、物語というよりは映像としてなにかを作りたいだけのような感じ。映像はたしかにそれなりに美しい感じではある。ただ物語りはそっちのけというところがあって、そもそもなぜ狙われるのかとかは一切説明もないし、いやそもそも設定すらされていないのではないかと。

 見ず知らずの街にやってきて、たまたまであった神父が男の素性をなにからなにまで見透かしているような言動が続くのも出来すぎであるし。

 いってみればイメージとしてこんな映像を作ろうというものを書き出しておいて、それをつなげてみましたというだけなのでは。

 邦題はやや譲歩的なタイトルで「ラスト・ターゲット」となっているが、つまりは最後の仕事のターゲットは自分自身だったという意味と、引退しようとしていた最後の仕事の相手としての意味と。まあ、わかりやすいといえばいえるけれど、全体の物語からするとそれもやや不十分な感じ。まして原題の「アメリカ人」ではどうにもならない。

 映像美をいう評もあるようだけれど、かならずしもそこまで美しいとはいえないと個人的には感じてしまう。舞台となった街の風景はたしかに美しいのだけれど。

 というなんだか唖然とするしかないような映画なのだった。

B009R6XV5Oラスト・ターゲット [DVD]
角川書店 2012-11-16

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日本の布をめぐる旅

  E テレで放送していた「にっぽんの布 ~訪ねて・ふれて・まとう~」というのをたまたま途中の回から見ていた。きょうの料理の流れでなんとなくといういつものパターンだったかと思う。ところがこれがなかなか興味深くて面白かった。

 簡単にいってしまえば日本にあちこち残る伝統的な織物がどのように作られているのかという現場を訪ね、その歴史と技を知る。後半ではそれらの布を使ってちょっとした(ときにはやや大物の)作成をして楽しむというもの。

 紬であったり絣であったり、友禅であったり、刺し子であったり。とにかく名前としては知っていても、それが実際どのような特徴を持ち、どのように作られているということまではよく知らなかった。そしてそれぞれがいかに手間隙かけて作られているのかというのをつぶさに知るにつけ、これは値段がはっても仕方あるまいとも思い、さらにはこれだけ手がかかるだけにきちんと技術を伝承して残していくということもまた、しなくてはならないのだろうと思いを新たにしたり。

 模様を織り込むために緻密に計算された位置に糸の段階で色止めのためのしぼりなどをしておいて染め上げる。それを寸分たがわぬ位置に配置して織り上げていく気の遠くなるような作業。

 紡績という言葉が持つ本来的な意味における作業の実際。それなくして糸はできず、それなくして布はできない。

 温かさを与えるためになんどもなんども針をさして厚くしていく刺し子。それだけでなくデザインとしての美しさ、楽しさまであたえるのだが、その緻密な作業の根気強さ。気が遠くなるような手間隙をひたすらかける気力、体力。

 近代のさながら印刷のようにただただ大量生産していく布地との違いが大きすぎて、申し訳なく思うくらいだった。そうして得られた大切な生地であれば、それはそれは大切に扱わなくてはもったいないし、何代も受け継いでき続けられることこそ喜びというものでもあろうなと。

 案内役となった川上麻衣子さん(冒頭の回だけは白石美穂さんだったらしい)の着物姿も素敵で、ああ着物の似合う女性っていいよねえとか思いつつ見ていたのだった。終わってしまったけれど。貴重な知見を得られた番組だったなあ。

4141897930にっぽんの布を楽しむ―訪ねて・ふれて・まとう (趣味Do楽)
吉岡 幸雄
NHK出版 2014-11-25

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花とアリス

 タイトルは聞いたことがあったし、おそらく CM でやったりしていたなにかも見覚えがある。とにかく映像が美しいのだみたいなことが書かれていたりして、それでは一応見てみようかということで見た。うーん。なにかよくわからないプロモーションビデオが延々と続いているという感じだった。美しいというほどよいとも思わないし、駄目ということでもないのだけれど、やっぱり長くしすぎてしまった程度のよいプロモーションビデオとしか。

 内容としては仲良しのハナとアリス。高校進学を前に列車でなんとなく素敵っぽい男子生徒を見つける。高校の先輩だとわかる。所属している落語研究会にハナははいる。アリスには内緒? その先輩をストーキングしていたらどこぞにぶつかって気を失ったので記憶喪失になったのだと主張するハナ。で、自分たちが付き合っているということにしてしまうと。

 それからその嘘をまことにするためのあれやこれやがドタバタと描かれるのだけれど、どうも今ひとつ脈絡がなく。母親は独身のふりをしてなのか男性と付き合っていたり、妙に年配の男性と一緒にいると思ったら父親だったり(もっともこれはアリスのほうだったか)、などなどが断片的に現れていって、全体としてはまとまりがいまひとつないエピソードが繰り返されていく。

 面白いかどうかという意味では正直面白くはないように思う。美しい映像かといえば特別そうでもないと思う。あくまでも個人の感想としては。

 個々のエピソードも面白いものもあるにはあるが、全体としてはちょっと無理があるし、やりすぎな感じのものもあったりして正直見続けるのがやや苦痛だったりしたのも事実。PV ならばもう少し短くまとめておきましょうみたいな。お菓子の CM かなにかで使われた記憶があるのだけれど(どちらが先かは知らない)、それにとどめておくほうがよかったのかもしれないなあと。

 ま、悪までも個人の感想ですけれど。

B008OAY55Y花とアリス [Blu-ray]
ポニーキャニオン 2012-09-05

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あなたは本物ですか? 本物ってなんですか?

 NHK スペシャルで「NEXT WORLD」 3 回目と 4 回目。大雑把に言うと 3 回目がサイボーグ化の話で、4 回目が仮想現実や拡張現実の話。サイボーグ化については人工的に機械と一緒になって能力を増強したり、はたまた永遠にも似た命を得たりといったようなことが可能であったとして、それを受け入れるかいなかは人それぞれであるし、はたしてそこまでしてよいものなのかどうかといったあたりをいろいろ。

 失われた機能を補完するものとしての脳と機械との接続例として、体の自由を失っていてわずかに顔が動かせるだけという女性の脳と機械の腕を接続し、思ったように動かすための実験が取り上げられる。かなり意のままに使えているようでそこそこ制御できるようになっていたようだった。が、実験の年齢的制限とかで最終的には外すことになったのだと終わった。そのあたりの詳細はわからない。

 今もある体力を補完するためのアシストロボット装置。重労働や介護現場など体力仕事の現場においていかに負担を軽減するかという目的を持って使われる補助装置。実社会的なものから軍事的なものまでいろいろ紹介されるけれど、常に技術の進化は軍事かエロかのどちらかによっているというところ。

 人が無意識的に見ているものをコンピュータ処理して、危険を知らせたりというのはもはやマンマシーンインターフェースとしてかなり不気味な世界にいこうとしているような感覚も覚える。が、やはり漫画や SF 小説のほうが先に行き過ぎていて少々物足りない感じもしてしまう。

 そもそも 2015 年がすべてのはじまりであった。というフレーズがあまりにとってつけた感が強すぎていやになってしまうのだった。

 機械の腕と脳を接続する話も面白くはあったが、できれば以前見た目の見えない人の脳に機械を接続して映像を脳に送り込むという実験のその後あたりをやってくれたらさらに面白かった。数年前に「地球ドラマチック」でやっていたかと思うのだけれど、当時はまだ大雑把な形とぼんやりした色わけくらいしかできなかったのだが、それでもはじめて”物を見た”という被験者にとっては大きな感動だったのを覚えている。

 わたしたちが普段目で見ているような世界を機械的に脳で見ることが可能になるなら、非常に画期的なことかもしれない。

 4 回目の拡張現実や仮想現実については、歳をとったり怪我や病気で自由がきかないような人にも移動する楽しさを与えてくれたり、懐かしい風景にもう一度出会うことを可能にするという意味では有益なことなのではないかなとは。

 ただ、やはりデジタルクローンとかいうのは果たしてどうなのかというのはある。今それを思っているあなたは本物なのか? という問いはなかなかよいところをついていた。もっとも、その時代がかりにくれば、そもそもそうした質問そのものにもはや意味はないということでもあるのだろうけれど。

 可能であるからなにをしてもよいとは思わないし、というかそうまでする必要などないであろうし、そもそもあなたはそれほど重要なヒトなのだろうかと。すべての生物が永遠に仮想の生を受けるとしたら、それはちょっと困った世界になりはしないかと。

 すべてのヒトがもはや実体のないデジタル世界での存在にすぎない社会。それはある種、映画「マトリックス」の世界にも似て虚しい社会ではないのか。など。

 時代は変わるし技術も変化していく。きっと未来はいまとは違う。それはそれで受け入れるしかないのだろう。ただ、それでもこの 2015 年がすべてのはじまりだったというのは、この番組のための方便でしかないので、やっぱりなんだかなあと思ってしまうのだった。(まあ、面白いのは確かなのだけれど)

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ついにやってきた、薄皮つぶあんドーナツ

 ヤマザキの薄皮つぶあんぱんが発売されたのは、記憶としては 1990 年代後半だったのではないかと思う。正確には違うかもしれないけれど、コンビニエンスストアではじめてみかけて、はじめて買ったのはたぶんそのくらいだったかと思うのだった。

 そのときの衝撃というのは「やるなヤマザキ」、という感じだった。アンパンが好きな人にとってなにが不満かといって食べたときや割ったときにアンがスカスカしていることではないかと思うのだった。特に昔のアンパンとかにはよくあったのだけれど 8cm 大くらいのアンパンで中のアンは全体の 4 分の 1 くらいで偏ってひっそりと収まっている。あんぱんとは名ばかりで、大半はただのパンということもよくあることだった。

 その後比較的あんたっぷりといったものもでてきた反面値段は少しあがってきた。まあ、それはパン全体的にということかもしれないが。ところが薄皮つぶあんぱんはこれを逆手にとったという感じ。

 まず、あんぱんそのものを小さくしてしまった。せいぜい二口くらいで食べきれてしまうような大きさ。よってなかにいれるあんの量もそれまでに比べて少なくてすむ。が、ここでちょっと多めにはいるとそれだけでたっぷり感が醸成される。相対的な量としてはそう多くないのだが、食べたときの印象としてたっぷり感を味わうことができるという見事な作戦。

 このため 5 ついり(近年は 3 つ入りとかもあるみたいだが)とはいえ、ついついふたつみっつと食べてしまうという罠が待っている。気がつけば全部食べていたなどという経験がある人も少なくないのではないか。

 これは見事な罠だ。

 その後、薄皮の名を冠したさまざまなパンが登場した。ジャムパンであったりチョコパンであったり、クリームパンであったり。なかにはほどなく姿を消したものもあるし、いまひとつという感ながらいまも残っているものもある。けれど、やはり一番人気は純粋なつぶあんぱんなのは疑いようのない事実ではないかと想像される。データはないのであくまでも想像。とはいえ、その店頭にしめる割合であったり、多種類にも関わらずまずほとんどの店で売られているなどからもそれはあきらかではなかろうかと。

 そしてこのごろついに登場したのが「薄皮つぶあんドーナツ」。あんぱんファンに勝るとも劣らない人気商品(と思う)あんドーナツをシリーズに投入するとは。というか、なぜいままでなかったのだ? つぶあんパンとしての人気は不動のものだし、ゆるぎないのになぜあんドーナツに手を出さなかったのだ。

 ということでついつい手をだすと間違いなくおいしい。これは決して「SHIROBAKO」効果ばかりではあるまい。気がつけば全部なくなってしまっている。あんぱん以上に誘われるつぶあんドーナツの引力。つぶあんパンをそのままドーナツにしたかのような味わい。唯一の問題は粉砂糖だ。これがあるからドーナツなのだろうけれど、ぽろぽろと細かな砂糖がこぼれてしまうのでちょっと食べにくい。これはちょっと切ない。このあたりが解決されたらもういうことないのだが。なかなか難しい。

 ということでしばらくは薄皮つぶあんドーナツにはまってしまいそうなのだった。まあ、安上がりなことではある。

薄皮つぶあんドーナツ


つぶあんドーナツ。中の餡もなかなかたっぷり


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イシクラゲには、まずはお酢で

 案外イシクラゲについての検索があるので忘れないうちに書いておく。現在も大量発生中・増殖中で困っているのも確かなのだけれど、駆除の方法としてあれこれ試したひとつの結果として。

 安上がりにするならばやはりお酢に限る。そしてお酢は確かに効く。醸造酢、穀物酢など大容量で安く買えるタイプでよいのでまずはそうした大きなものを買う。スプレー容器もあるとよい。別にあらたに買う必要は必ずしもない。なにかで使い終わった容器があればそれでよいし、買うとしても 100 円ショップあたりでもよい。

 で、原液そのままをスプレー容器にいれてたっぷりとイシクラゲに噴霧しておく。乾燥状態よりは、多少雨にあったりしてぶよぶよしているくらいのほうがよいかもしれない。乾燥状態で危機的状況に会うと胞子を出して増殖しようとするというのもある。

 ここでたっぷりと吹き付けておけばしばらくすると(数日から一週間程度)もすればすっかり色が抜けて薄茶色といった感じになり、やがては朽ちてしまう。

 ただ、広範囲であったりすでに大量に増殖していると相当な量のお酢を必要とするのでなかなか大変。それでもそうして地道に行えばかなり駆除の効果はでると見られる。(まだ途中)

 土壌改良としての鹿沼土ではあるが、大量に混ぜ込んでみたところでも増殖は見られるので十分な効果があるのかどうかはなんともいえない。価格としては高くはないのでその点ではさほど困らないが、作業としてはやや大変かもしれない。まいておいくだけでは雨のときに靴の裏などに付着して困るので、できるだけ混ぜ込むようにしたほうがよさそうだ。その上でお酢を使って集中駆除すれば今後安心なのかもしれないが、十分な効果はまだ確認できていない。強い酸性の土であるのは確かなので、時間をかけて効果があらわれるかもしれない。

 専用の薬剤は非常に高価なのと手軽に入手できるという状況にはないようなので、あまり実用的ではないと思う。

 よって、イシクラゲの駆除にはまずは安いお酢を大量にふりかけておく。ということに尽きるような気がする。

 タマノイさん、お世話になっています。(食用としても)

B004LWEC48タマノイ ヘルシー穀物酢 1.8L
タマノイ酢株式会社

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追記:15/07/11

 このところさかんにアクセスされるので一応現状の感じを追加しておきます。

 お酢で簡単にすべて駆除できるとは、必ずしも言い切れまん。効果が顕著にあらわれる状況やそうでない状況があります。ただ、まったく効果がないとまではいいきれません。鹿沼土を混ぜ込むことも一定の効果はあるようですが、その上にイシクラゲが増殖していることもあって、こちらも必ずしも確実とはいいきれない様子。

 とはいえ、お酢をかけたことで大きくなることを阻害する効果が一定見られるようでもあり、よくわからないというのも正直なところ。

 まだ少ないうちであれば、雨上がりでぷっくりとふくらんだところをビニール手袋やゴム引きの作業手袋などをして、あるいは割り箸など使って袋に集め、可燃ごみとして捨ててしまうというのが確実かもしれないとも思います。実際ある程度そうしています。

 表土と一緒にかきあつめ、穴を掘って埋めてしまう(ついでにお酢もかけておく?)というのもある程度有効なようでもありますが。

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バニシング IN 60"

 ニコラス・ケイジの「60 セカンズ」だったかの元になった映画らしい。限られた時間のなかで大量の車を盗まなくてはならなくて、特定の車種だけはいつも鬼門でケチがつく。さあ、間に合うのか。という大筋の設定が同じものの、ずいぶんと違う感じの映画で、見ごたえという点ではこちらのほうがあるかもしれない。

 リメイクでは現在では足を洗っているかつてのすご腕の車泥棒に、弟がへまをやって車を用意しなくてはならなくなって仕方なくかつての仲間を呼び寄せて盗みを働くことにしたといった内容だったかと思う。こちらでは現役バリバリで、その中で大きな仕事としてこなそうとしている。そもそもが事故現場に赴いて事故車両を預かっては車を作り変えてしまう(事故車が事故車でなくなってしまう、みたいな)ことをして儲けを出しているという仕事をしているのだった。

 数人の仲間が組んでとか紅一点の美人さんがいてとかは同じだけれど、あとは結構違う。盗んできたという一台には麻薬らしきものが大量につまれていて、これはヤバイから戻して来いなどとやっているところになじみの警官がやってきてひやひやする、なんてところは同じ演出が使われているけれど。

 で、すごいのは後半ほとんどカーチェイスが続くというあたり。例のいわくつきの車種を盗んだものの、警察が別件だったのか目を光らせているところで見つかってしまい、パトカー総動員での追跡になってしまう。ハイウェイは爆走するち、市街も爆走する。店らしきところも走り回る。もう駄目か、と思わせつつ、そんな手が! という手段でうまくかいくぐって逃げ回る。

 普通にカーチェイスといってもせいぜい 10 分程度がよいところかと思うのだけれど 30 分 40 分と延々続く。普通なら飽きてしまいそうだけれど、意外とこれがそうでもない。いよいよこれで駄目かという最後になっても包囲されたところをぐいぐいと逃げ回ってしまう。

 実のところ最終的なきちんとした結末はでてこないのだけれど、一応うまく逃げおおせてしまったというところで終わる。基本的なアイデアということでいえばリメイクはそれを超えることはできていないともいえるかもしれない。というくらいにハラハラさせる後半のカーチェイスがとにかく面白いのだった。

 あ、ゆえにカーチェイスになるまえにトイレとかすませておいたほうが吉。

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住所録

 群ようこさんの手帳にまつわる話を読んでいて、ふと自分のことを考えた。そもそも手帳は昔からほとんど縁がない。仕事にしろ私生活にしろ。まあ、つまりはそういう生活だったのだ。ゆいいつあったといえば仕事の作業記録をメモするのに手帳というか、その類を使ったということはあるくらい。また、むかしもらいものの手帳に年度とか関係なく、いろいろ気になったことなどをメモしておいたというようなことはあった。ゆえに何年も同じ手帳がカバンの中に入っているといった状況だったりした。(実際、現状では使っているわけではないけれど数十年前の手帳がそのまま残されていたりする)

 で、住所録のことだ。今では手帳の住所録がおまけていどになおざりなものになってきているという話なのだった。確かにペラペラのものしかついていないというのは見かけたことがある。で、人数が多いとそれではとても足りないと。

 友人に話すと今では携帯電話なりにいれているから必要ないのじゃないかと。群さん自身は携帯はどうも苦手なので所持していないということだった。自分でも確かにそちらにはいってはいるが、紙に書かれたものもあるにはある。が、よく考えてみるとずいぶん古いものしかなかったかもしれない。

 むしろ、最新という意味においては PC のはがき印刷ソフトの住所録にはいっているものが一番新しいのかもしれない。そうして考えると形の違いこそあれ、確かに携帯電話なり PC なりが駄目になったらわからなくなってしまうのだなと。

 いや、群さんのほうの話では、万一紛失した場合に、携帯電話のほうが紙の住所録よりも安全ではないのかという声だったらしい。ロックされれば簡単には閲覧されないが、紙では誰でも見られるからと。そこからその住所氏名がなにかに使われたらどうするの? みたいな話だったらしい。

 確かにそうかもしれない。けれど、携帯電話のロックくらいなら、そのつもりの人にとってはさほど面倒なことでもないのではないかという思いもある。むしろ紙の住所録など今時見向きもしないのではないか、などとも思ってしまう。

 どちらにしても紛失してしまったときに代替がきかないというのはバックアップを取ってなければ同じことではあるし、現状の PC 内の住所録だけというのはよろしくないなとあらてめて思ったり。バックアップそのものはあるので代替手段があるとはいえ、やはりもう少し考えておくかというところも。

 結局紙の手帳であろうと携帯電話であろうと、紛失したら同様に不便をこうむるであろうし、仮にそれがなんらかの不本意な使われ方をしてしまう可能性も同様に確からしいということではあるのではなかろうかと。どちらがよりよいということでもなく。

 逆に携帯電話でかけている相手の電話番号はすっかり記憶から抜け落ちてしまっているが、手帳を見ながらかけているような番号は、いつしか記憶に焼きついて手が覚えているというものになっていたりする。かつてはだいたいそうだったのだ。そう思うとはたしてあながちデジタル全盛の時代ばかりがよいともいえないのかもしれないなあと思ったりもする。

 まあ、いずれにしても紙の住所録を一度更新しておくべきだなと、あらためて思うのだった。

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ココログのデザインテーマを変更しようと思ったのだが・・・

 前のうさぎのテーマデザインだと文字が読みにくいというコメントをいただいて、実際自分でもコントラスト悪いよなあと思ったりもしていたので、違うものでなにかよいのがあるだろうかと久々にデザイン方面の項目を確認した。で、もうずいぶん前にココログオリジナルでのデザイン設定に変わっていたのだなとあらためてわかった。

 いや、確かにそんな案内はあったなあとは知っていたけれど、こうも違うとは。ただ、用意されているテンプレートとしては相変わらず文字サイズなどは自由にならない。スタンダードプランでは。見ていたらある程度変更可能なものもあったけれど、テンプレートは使えずに、背景色などを自分で決めるようなタイプではある程度文字サイズも変更できるようだった。

 ただ、それではあまりにつまらんかとも思えて。

 それならばと新しいやつで設定してみるかと進め、サイドバーも右において、項目も同じようなものを選んでおき、んラビ順もおおむね同じにして、さて反映させてみたところ。まったく設定したものと違うものになってしまうのだった。サイドバーもない。

 使えない。

 いや、あるいは設定のなにかが違っていたのかと思ったりもしたのだが、確認すればそのテーマにはなる。ただ、途中確認していたときにまるっきりサイドバーが出ないのはおかしいとは思った。確認画面とはいえほかではサイドバーだって表示されたのだし。すべて設定が終わった段階でもサイドバーがでないとか変だ。

 まあ、よくわからないが結局古いもののなかから文字の読みやすいものに変更してみた。途中 Firefox がクラッシュしたので不安だったけれど、一応大丈夫な様子。

 というかココログであまりデザインテーマを変更したくない理由というのが静的にファイルを用意しているということで、設定を変更すると過去のすべてのページに対して反映作業をすることになる。もちろん手動というわけではないので労力的には問題ないのだけれど、ページ数が膨大になってしまっている今となってはそれにかかる時間は相当なもの。その間になにかあるといろいろ嫌だなと思うのだった。

 その点 tDiary ならば動的に生成しているからテーマを変えたからといって適用するための膨大な時間というのは必要ないわけで、TypePad というのは長期にわたって使われることを想定していなかったのだなあとつくづく思うのだった。

 というわけで文字サイズは相変わらず大きくすることはできないのだけれど、文字は多少読みやすくなったのではないかなと。あるいは、本当にシンプルなデザインにしてしまうということは考えてもよいかもしれないけれど、だんだん面倒になってきているのも確かなのだった。

うさぎのテーマ

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大寒なので寒さを確認してみる

 昨年の予想では暖冬ではないかという予想だったのだけれど、「案外寒くないか?」という声が昨年あたりからも聞こえるようだった。やっぱり寒いんじゃないの、という声も聞こえてくるけれど、少しデータで見てみる。もっとも、これは当地での数字なので全国的なものでもなければ、東京などでのものでもない。

 ここ 5 年の 12 月から 1 月 19 日までの最高・最低気温から、それぞれの月の平均を出してみる。

20112012201320142015
最高 12月8.395.735.336.164.38
最高 1月1.782.842.682.593.22
最低 12月0.17-1.18-2.35-1.27-1.06
最低 1月-4.78-4.78-4.72-4.76-3.63


 こうしてみるとわかるのは、この冬は最低気温についていえば温かいほうだということ。12 月に関していえば二番目に温かいわけだし、1 月にいたっては一番温かい。

 一方で最高気温のほうは 12 月はもっとも寒く、1 月はもっとも温かい。

 つまり、総合的にいえば確かに暖冬傾向であるのは間違いない。と言えるのではないか。ただ、12 月の最高気温が低かったためになかなか温度が高いという温かさを感じることができずに、気候以上に寒さを感じていたということはいえそう。

 また、今年にはいってからは最高・最低ともに高めに推移しているということがわかる。もちろんあくまでも平均でしかないので、具体的に個々を見ると異様に寒暖の差が激しかったりもするので、寒さをより感じやすくなっているという側面はある。

 先月のうちは極端に低いときもあったので、あるいは今年はと思われた諏訪湖の御神渡りではあるものの、やはりここへきて -5 度程度でしかないのもあって無理そうな気配。過去においては諏訪や茅野というのは -10 度は平気であるという寒さだったのに、それが近年では少なくなってしまった。ゆえに寒天作りもなかなか苦労が多いらしい。

 少なくともここまでの数値的なところでは、今年が暖冬傾向であるということに、大きな間違いはないのではないかという感じはするのだった。

 まあ、先月の例にもあるように最高が低いので暖房してもなかなか温まらないために、全般に寒く感じるという傾向はあるので、体感的にはやはり寒い冬であるのも事実かとは思うのだけれど。

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フルメタル・ジャケット

 いかにして無垢な人間を殺戮だけを考える生きる兵器へと改造するか、という映画。

 下品で野蛮な台詞も多いので、見ていて気持ち悪くなる人もいるかもしれない。

 まあ、戦争とはそういうものなのだということを、これでもかと叩き込んでくれる映画としては最適かも。

 ただ、これをみてやっぱり「戦争最高!」とか「カッケー」とか思う輩も、恐らくは一部にはあるであろうから、そういう方面には逆効果でしかないし、そういう方面にはつける薬もないのでいたし方ない。

 当時は、「プラトーン」とか「ハンバーガーヒル」とか類似の映画が多く作られたけれど、これは見ていなかったが、まあ、見なくてもよかったかもしれない。

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四千万歩の男よりも古い、琉球国之図

 「琉球の石 地図伝来の謎」とかいう番組をたまたま見た。番組ガイドによれば 1796 年に完成した「琉球国之図」という地図があって、それが実に精巧に測量されたもので正確。伊能忠敬よりも前にこうした測量が行われていたのはなぜなのかといったことを探っていく番組だった。

 沖縄のあちこちに点在して残っている石があって、それが実は測量の基点として使われたものだったらしい。今となってはその意味など分からなくなってしまい、なくなってしまった石もあるらしいが、そこここにいまだ残っているものもあると。嘉手納基地内にも残っているものがあるということで紹介されていたりもした。

 で、そもそもなぜ琉球でそんなに早くから正確な測量が行われていたのか。いろいろ調べていくと 1733 年ころだったかからフランスで国土の詳細な地図を作ることをはじめたのだが、これに関わった人物が中国をへて琉球にまできていたのだとか。

 当時のルイ 14 世は自分の国土の詳細な広さを知りたいとかで、カッシーニをイタリアから招聘して測量を行わせたと。そして次には関心を持っていた中国へと使節を送り、中国でもやはり測量がはじまる。そうなると近隣との関係も詳細に知っておきたいということもあって琉球にまで赴く。

 とはいえ重要な技術だから手取り足取りそれを伝えるということではなかったようで、その技術をなにがなんでも盗みとれとのお達しが琉球ではでると。そうして独自に測量道具を作って測量をはじめたのが 1737 年とか。四人一組でチームを組ませ、そこには役人的なもののほかに農民なども混じっていたとか。優秀なものもいて後に称えられたりもしたらしい。

 そうして詳細な地図が作られ始めたと。残されている記録から測量された現地を探す試みをした教授は、そのうちのひとつを見つけて現場にいくと確かにそこに例の石が存在したとかなかなかワクワクする歴史物語。

 もっとも、測量についてはドラマ仕立てにされていたのだけれど、なんだか中途半端に現代用語がはいってしまったりでちょっと変な感じがしてしまった。基本沖縄言葉を使っているのだけれど「うちなータイム」とか行ってしまうのはご愛嬌くらいに思うものの、うーむと眉をひそめるようなところもあったりして。さらには長さの単位が尺貫法で、当時の琉球でも本当に使われていたのだろうかとちょっと疑問に思ってしまった(本当かもしれないし、それっぽくしただけかもしれないし真偽は不明)。

 とはいえなかなか面白い番組だった。

 [ RBC琉球放送 創立60周年記念特別番組「国仲涼子がたどる 琉球の石~地図伝来の謎~」 ]

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井上 ひさし
講談社 1992-11-04

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善光寺へお参り

 先日、少し落ち着いたころというのと天候のよいところで善光寺にお参りに。仲見世がやや寂しい印象はあるものの、それなりの人出が相変わらず。

 先の地震の影響で土台部分が崩れてきていた鐘楼は向かって左側(北側)へ少し移動して(曳きやで)いる。右手に白く見えているのがもともとの土台部分。これからご開帳までにここを修復して戻すということになるらしい。
善光寺鐘楼は仮住まい


 東側にある車椅子や足の弱い人用のスロープなのだが、ちょうど屋根からの雪が落ちてしまって凍るということで使用禁止になってしまっている。確かに分からないではないけれど、なんだか本末転倒な感じがしてしまう。
車椅子用スロープ 凍結のため使用禁止


 経堂は保存修理工事がはじまってはいることはできなくなっている。
善光寺経堂保存修理事業中


 数年前に行ったときには、なぜか大勢の人が御印紋頂戴に並んでいてびっくりしたのだが、今回はそういうこともなくすぐに戴くことができた。近年ほぼ欠かさずに頂戴している。これをよい方向に結び付けなくてはなと。

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おかえり、はやぶさ

 はやぶさのプロジェクト物語に名を借りたねるとん映画。ということかも。以上。

 どうも話の主軸がはやぶさそのものよりもほかにあるような感じで、最後には唐突にねるとんよろしく「お願いします!」「お友達から」みたいな展開があっちでもこっちでもされていて、それ必要だったの? そういう兆候なんてなかったじゃないですか、という感想をいだいた人も多かったのでは。

 プロジェクトの難題解決とかについては、前に見た「HAYABUSA」(竹内結子主演のやつ)だったかと重なる部分やそうでない部分はあるので、補完するようなところはあるかもしれないものの、ほかはさほどという感じを持ってしまった。まあ、竹内結子主演のほうも切り口が変わっているのもあって、それはそれでいまひとつかなあという印象もあったのだけれど、まだそちらのほうがこちらよりはよいかなという感じ。

 もっと本音を言ってしまえばどうにも藤原竜也が苦手なのが原因のひとつなのかもしれない。木村拓哉と同じくなにを演じても藤原竜也でしかなくて演じ分けるということができない人なのだよなあと思ってしまう。あくまでも個人的な印象として。なので、どうもワンパターンな感じが途中からつらくなってしまう。というのもある。

 確かはやぶさ映画ではもうひとつ渡辺謙主演のものがあったと思うので、それを見れば一通りか。いずれ機会があれば。

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松竹 2012-08-01

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 3D 版もあるのか。

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松竹 2012-08-02

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 残るひとつはこれか。

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黒豆二号(2014-2015年冬)

2014年から2015年冬の黒豆第2弾


 年末に煮た黒豆が終わったので二回目を煮る。終わりそうな時期を見て鍋の予定をたてる。

 実のところ前回のは一昨年のおひねの黒豆だったのだけれど、今回は昨年収穫された新しい黒豆。量もやや多かったのだけれど、砂糖はやや控えめに、重曹も気持ち少なめにした。味はやや薄い感じだけれど豆の味がしっかりしてこれはこれでおいしい。

 お節とするにはややしっかりした味付けのほうがよいかなというのもあってそうしたけれど、今回はやや日常的な味付けということで。

 重曹が終わりそうなのでそろそろ調達しなくてはいけない。食用の重曹はやや高上がりなのだが、こればかりは仕方ない。

 煮汁がやや多めに残ったけれど、実のところこの煮汁も好きなので(ご飯にかけて食べたりもする)それはそれでまったく問題ないのだ。もう一回くらいは煮るかなと予定している。冬の栄養源のひとつとなっているなあ。

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蕎麦の実?

 たまにアニメ「はなかっぱ」など見るのです。まあ、「クックルン」とかも見るんですが。 E テレというか昔風の教育テレビといったほうが好きなのだけれど、その番組というのはいい大人が見てもなかなか面白かったり、あらためてなるほどと思わせてくれたりがあってなかなか面白い。

 それはさておき。

 はなかっぱの「こだわりおじいちゃん」というやや古いお話を昨年夏に見て以来、もう一度放送がないかと実はずっと待っていた。ようやく放送の機会がやってきたので、半年ごしでこうしてネタにすることができる。

 内容としては、はなかっぱの頭に咲いた花はなんだろうという話になり、おじいちゃんがそれを見て「そばの花だ」と指摘。じゃあ、食べようというのだけれど、まだ花だからだめだよといって、それならまずは最高の水を取りにいってくるといっておじいちゃんが出かけてしまう。

 山の清水を取って戻ってくると、そばは実をつけていたので、では蕎麦打ちをはじめようということで打ち始める。愛用の七つ道具を取り揃えて。ようやっと打ち終わって蕎麦を茹で、さあ食べようというところで、お父さんがお母さんにわさびをもらう。おじいちゃんが再び「ちょっと、待つんじゃ!」と。最高のわさびをこれから取ってくる、と。で、おじいちやんはわさびを取りに出かけてしまう。ゆでた蕎麦はそのままに。

 残された家族は顔を見合わせてどうしようか? と。伸びちゃうから食べちゃおうねと。で、おいしくいただきましたとさ。

 が、それは本当に蕎麦だったのか? という疑惑が。

おー、これは蕎麦の花じゃよ


実になったんだよ、早くお蕎麦にしてよ


 はたしてこれは蕎麦の実といってよいものなのだろうか? どんぐりではないのか? どう見ても。
蕎麦の実というよりはどんぐりではないのか?


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ブロンテ姉妹

 「嵐が丘」とかで知られるブロンテ姉妹のおいたちを描いた映画らしい。というか、恥ずかしながら「嵐が丘」「ジェイン・エア」ブロンテ姉妹それぞれによる作品だったとは知らなかった。なんとなくみんなエミリ・ブロンテ作のような気がしていた。

 で、映画なのだけれど、どうにもすっきりしないものだった。貧しい家の生まれで女が小説など書くなどもってのほかという時代背景もあって、文学好きで小説や詩を書くのが大好きだった三姉妹にとっては不遇の時代を生きたと。兄もいたが、これまたフラフラした感じの生き方をした兄で、家庭教師先の奥さんといい仲になってすわ駆け落ちというところまで行ったのに、旦那が亡くなったら遺産を手に入れるほうを選んだということで捨てられてしまったり。

 なんとか作品を世に出す術はないものかといろいろ苦労をして、性別不詳な感じで出版してもらい、世間では男なのか女なのかという議論を巻き起こすというような描き方なのだけれど、実のところ描かれているエピソードが実に散漫で、おおざっぱに不遇な生まれということがわかる程度で、なぜそういう生活だったのかであるとか、具体的にどうなってこうなったという過程がほとんど省かれてしまうので、どうにも見ていて分かりにくい。

 三人(プラス兄)のすべてを描こうとしているがゆえに誰も詳細に描けていないというところか。妹ふたりは非業の死を遂げてしまうし、もちろんそれは兄もそうなので、残された一人をもっと中心において描いていたらもう少しましになったのではという感じも。

 とにかく物語の主軸が定まらないままにいろんなエピソードを断片的にだしているだけなので、いまひとつ伝わるものが少ない。正直、見続けるのが少々苦痛に思えてしまうくらいに。役者さんも当時の名のある人を使っているらしいのだけれど、もったいない感じだ。

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紀伊國屋書店 2013-07-27

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旗日は遠くなりにけり

 祝日というと昔は旗日とも言ったものだったけれど、いまではすっかりそういう表現も聞かなくなったように思う。そもそも旗を掲げる家がまずない。

 我が家でも昔は旗日となれば玄関に日の丸の旗を掲げたものだった。特別なにか思いいれがあるというわけでもなく、単にそういうものという意識だけで掲げていたし、周辺の家でも当時としては比較的そういう家が多かった。近年というかここ数十年くらいですっかり様子は変わったようには思う。実際、我が家でももはや掲げることはないようだし、かつてはあった掲揚用の棹をさす金具も、もはやない。

 たまたま外に出ると珍しく掲揚されているお宅を一軒だけ見つけた。さほど古いお宅ではないのだけれど、今となっては珍しい。もちろん公民館であるとか公共的なところでは、いまでも祝日といえば日の丸の旗が掲げられていることは多いのだけれど、老齢化を受けてなのかたまに半旗になってしまっていることもあったりして、お気の毒さまと思ってしまったりもする。そもそもあの旗竿が今となっては長すぎるのだろうな。

 世代が進み、戦争の記憶も薄れてしまった現代にあっては、もはやそんな旗日という意識も過去のものであろうし、それはそれである意味では平和なことといえなくもない。妙にナショナリズムをあおられて変な意識高揚を目論まれても、それは危険な兆候にしか思えない。

 そもそも日の丸の旗なんてどこで買うのだ? というのが昨今の意識かもしれない。さる方面のかたがたであれば日ごろ買いなれたものだろうけれど、一般の者にしてみれば、はてさていったいどこで売っているのだろうか、と悩んでしまうかもしれない。(ちなみにデパートなどだとだいたいあるらしい)

 実際、ずいぶん昔とはいえなかなか見つからなくて困ったという話は身近にあるし、そんなあおりもあって我が家にあった旗も今では存在するのかどうかわからない。次第にそうして忘れられていく。確かにそれは平和なことかもしれない。旗の下になにかがうごめいていたら、それはそれであまりよろしくない。とはいえ、きっとそういう動きというのは今でもどこかでひそかにうごめいていそうではあるなあ。

 それはともかく。

 成人の日は小正月という以外にはあまり意味がなく制定されたらしい。その意味では、現状の移動祝祭日となったのにも許容ができそうだけれど、であればいっそこんな真冬の時期ではなくもう少し季節の穏やかなところへ移動してしまってはどうなのか、と思ったりもする。大雪のなかを振袖で歩く女性の姿とか気の毒以外のなにものでもないのだし。

 8 月だけ祝日がないのだから、いっそ現状の 1 月 15 日は小正月の休みとでもして、 8 月に成人の日をあらたに制定したら、省エネにもなってよいのではなかろうか、などとも。

 まあ、そんなのんきなことを考えられるくらいには平和であることを、まずは喜ぼうということかもしれない。

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鏡開き

お汁粉


 すっかり鏡餅とは無縁になってしまったのだけれど、特に考えることもなくお汁粉にしようと思っていた今日。鏡開きであった。

 鏡餅というとどうしてもカビてしまったり、そもそもすっかりひからびて固くなっていて割るのが困難。にも関わらず古き伝統てきには刃物を使わずに小さくするものというので、それに忠実に従おうとするとこれはもう至難の業。そうでなくてもむき出しの餅はカビカビになってしまってそれはそれで食べようという意欲を失うに十分だったりもしたもの。

 餅のカビは本当に気をつけないと結構な毒性があるので中毒を起こしてしまったりして苦しむことになる。取り除けば大丈夫とか軽く思っているととんでもないことになる。菌糸はかなり深くまではいりこんでいるので、十二分に深いところまで分厚く取り除く必要がある。

 そんなこともあって次第に旧来の形でむき出しの鏡餅をお供えするというのは、特定の場所以外ではなくなってきたかもしれない。

 そんなこともあってメーカーではパックしたものなども出すようになったのが 30 年あまり前くらい? ただ、一体成型だったのでこれもまた食べるのに不便ということで、近年では入れ物の形だけお供え型で、中にはパックされた切り餅がはいっている、などというものまででてきた。これなら確かに楽ではあるけれど、もはや鏡餅とは別物になってしまった感は否めない。

 同時にお休みを利用してというところではこのあたりで行われるどんど焼きとかさぎちょうとか呼ばれるお焚き上げで餅を焼く行事。松本方面では三九郎といったりも。

 これもまた日付てきに昔から変化してもきたし、時間帯にしてもかつては夕方とか夜だったりしたものだけれど、今では昼下がりにというところも多くなった。役員さんにしても準備やら始末やらを思えば明るいうちのほうが便利。子供の安全という意味でもよいかもしれない。

 ただ、やはり夜であってこその炎のよさというのは失われてしまっているのは否めない。まあ、時代は変わるのだからしかたないし、確かに行いやすいのはあるのだ。

 成人の日が移動祝祭日になってしまったために、もはや本来の意味を失ってしまっていることを思えば、成人式だって雪のなか行う可能性があるこの時期ではなくて、夏場にしたほうが行いやすいってのはあるのではないかとは思うのだが。地域によっては夏場にやったりするのだし、むしろそちらにあわせるほうがより便利なのではないかとも。雪のなか晴れ着を気にして歩くより、よほど安心のようにも。

 さいわい雪ということもなく、どんよりした空ではあるもののさほど寒くもない今日。どんど焼きにはありがたい天候かもしれない。鏡餅もどんど焼きで焼いた餅もないけれど、普通にお汁粉をつくっていただく(作り方は手抜きで、あんこをお湯でといておいてから電子レンジで加熱して、焼餅をいれてできあがり)。正月明けの楽しみのひとつ。楽しんでばかりもいられないな。

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吉本隆明さんの183講演がフリーアーカイブに

 [ 吉本隆明の183講演 - ほぼ日刊イトイ新聞 ]


 以前から予告はされていたのだけれど、ほぼ日さんで吉本隆明さんの講演音声を無料で無期限で公開をはじめられた。一部はテキスト起こしもされているようだ。

 著作権そのものはもちろんそのままなのだけれど、基本的に自由に使って欲しいということらしく、転載したり、引用したりしてもらってかまわないのだということらしい。また、テキストにできていないものについて独自にテキストに起こしてもらうことも自由であるし、もしもその場合にはせっかくなので連絡してもらえれたらと。そういう集合知的な運用がされることこそ望ましいのだろうなと。

音声と、音声を文字に起こしたテキストデータの著作権は吉本隆明さんのご遺族に属します。しかし、この無料公開にあたり、「吉本隆明の183講演」の音声の転用、テキストの転載、内容の引用については「みなさんで、ご自由に使ってください」という申し出がありました。ですので、実質的に著作権はフリーです。

 以前になにかの講演の音声を聞かせてもらったことはあって、当時は膨大なそれらを購入するくらいしか方法がなかったのだけれど、こうして無料で公開されることは非常にうれしい。ということで、ありがたく少しずつ拝聴させていただこうかなと思う。

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海月と私 2

 うっかりしている間に 3 が出るという情報をえて、ようやく 2 を読んだ。3 もすでに出てしまったところではあったけれど。相変わらず海月さんはふわりふわりとしていて、旦那さんはすっかりコロコロ転がされていて、なんだかもううらやましいわ、という感じ。

 魚屋のお兄ちゃんが、友達が彼女を連れて帰ってくるからと海月さんに恋人役をお願いするところとか(こんな感じか!とさっそうとポーズを決める海月さん)、「海月さんはお前らなどにはわたさん!」みたいなことをいう旦那さんとか。もう、海月さんの魅力とパワーが満載でくらくらするという。いや、作中ではちゃんと名前がでてくるのだけれど、海月さんが頭についてしまってまるっきり覚えられないという。

 最後では温泉の権利相続とかについて海月さんが調べているらしき痕跡がでてきたりして、いったいどうなるのだという展開が気になってしまって、これは早いところ 3 を読まなくてはならないのではないかと、これまた海月さんにうまくのせられているような気がしないでもない。

 うーむ、海月さん、恐るべし。

 という、ゆったりと、温かく、ぐっとくる物語たちなのだった。

4063879674海月と私(2) (アフタヌーンKC)
麻生 みこと
講談社 2014-04-07

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2014 年秋アニメの記録

 2014 年秋アニメの記録。

■七つの大罪
 はじめは見ていなかったのだけれど七つの大罪というワードを扱うアニメが重なったのもあって、ためしに見てみたところ案外正統(?)なファンタジーでもあり、団長のとぼけたエロさ加減が楽しかったのもあってつい見ていた。このごろはちょっとありがちな無茶苦茶な、さながらドラゴンボールの末路みたいな雰囲気もあってちょっと不安もあるものの、そこそこ楽しめている。このペースだとどうあっても 1 クールでは無理だなと思っていたように 2 クール目にはいっているけれど、連載中ということを抜きにしてもまだまだ終われないのではないかという感じが。

■異能バトルは日常系のなかで
 途中までは見たのだけれどやめてしまった。どうもあまりに無意味なぐだぐだばかりな感じで。「六畳間の侵略者」みたいな展開ならばまだよかったのだけれど。半分以上は見ていないので多くは言わない。

■トリニティセブン
 こちらも七つの大罪というワードが使われていたもの。もっともキリスト教にいうそれとはあまり関係がないようで(それは七つの大罪も同様ではあるか)。まあ、魔道とハーレムアニメということ。設定の壮大な感じとはうらはらに、案外あっさりと 1 クールで終わってしまったので(物語そのものは続いている。連載中でもあるし)、いまひとつ物足りない終わりという感じも。なんとなくエロい感じばかりが目だってしまって、物語そのものはちょっと弱かったのかなとも。キャラクター設定とかは魅力的なので、もう少し展開がすっきりしていたらという感じも。恐らくはしばらくしたら続編があるのだろうなと。

■結城友奈は勇者である
 どうやら讃岐の宣伝アニメとしての側面があったのではという「うどん」押しのアニメ。勇者部という部活動の真の目的は外的をやっつけるために選抜されたお社に属する少女たちといったもの。なんとなく「まど☆マギ」みたいな雰囲気の絵であったり、内容そのものも似たところがあったり。外的をやっつけていくたびに勇者が身体機能のなにかを失っていくとか、やっつけたと思ったそれらがまた復活していて何度でも襲ってきて再現がないのだと実はわかるとか。この世はもう実際終わっているのだとかだったり。そういうダークなところとか少女ばかりがある種契約を結んでといったところは本当によく似ている。結局はハッピーエンドに終わるとはいえ、その過程はいまひとつあいまいな感じもあって、なんとかがんばってみましたという終わり方だったような。

■デンキ街の本屋さん
 ちょっと際物的な部分もあったりでどうしようかと思ったけれど、最終的にはまあそこそこほんわかした恋愛物語という感じで、まあよかったのではないかという。先生さんがうぶすぎて、もうね。というくらいにはよかったです。まあ、散発的なネタアニメなので。

■ガールフレンド(仮)
 見るつもりなどはなくてなんとなくだった。これってゲームのアニメ化だったのかしらん? ゆえに内容はあまりなく、雰囲気で毎回終わるというところがなんというか。まあ、そういうものだったのでしょう。

■SHIROBAKO
 この秋では一番かなという。アニメ製作の舞台裏そのものをアニメにしてしまったという、ある種発想の勝利みたいなところが。もちろん、誇張されている部分もあるではあろうけれど、そのドタバタぶりをうまく作品にしているので、アニメファン心理としてはうまく捕まえているのではなかろうかと。少なくともドーナツを食べたくなるというサブリミナル効果は絶大ではないかと。作中作品である「エクソダス」も終わったので、てっきり 1 クールだけと思っていたらまだ続くそうで、そうなるとこれは上手に終わらせないとかえって失敗してしまうということにもなりかねない。評価も期待も高いであろうと思うので、さてどう着地させるのか。

■旦那が何を言っているかわからない件
 5 分番組ということもあるのだけれど、そもそもがネタ作品なので長くやるような感じでもなく、はじめの 3 回くらいでやめてしまった。つまらないということではないのだけれど。

■暁のヨナ
 出だしからきっちりひきつけてくれるあたりはなかなかうまいのだけれど、そこまで物語がたどりつくのは半年くらい先なのではないかと思うと、ちゃんと続くのかという不安がなくもなし。中国的な舞台と設定で、オープニングテーマもそれっぽいものを用意。あえて歌詞などいれずに曲だけという演出もいい雰囲気を出していて、それだけでも期待が高まる。展開としては王家を追われたひ弱な姫を助けて仲間を探し、復習を遂げに戻るのか? という感じ。世界観としては「精霊の守人」みたいな感じなので、ファンタジー系が好みなら合うのかなと。2 クール目にはいるけれどはたしてこれで終わるのかどうか。

■アカメが斬る
 夏から続いて 2 クールで終了。なんだかんだで王を倒してエスデス将軍も倒して、なんとか帝都を新しい政府で変えていくというところまでやって終わり。漫画はまだ連載中みたいではあるので最後は別物かもしれない。ナイトレイドの仲間がことごとく死んでいってしまうのはちょっとと思わないでもないが、生き残ってばかりというのも不自然な感じになってしまうので仕方ないのか。それにしても後半はどんどん死んでいった。こういう超人戦闘系というのはドラゴンボールを例にするまでもなく、次第にエスカレートしてしまうのでその限界というかが難しい。その意味ではまあぎりぎりという感じに収められたのかも。面白くは見たのだけれど、ちょっと脱力感が残る作品。

■天体(そら)のメソッド
 円盤が存在したときの 10 話くらいまでが、半分くらいでもよかったのではないかという感じ。そして、ノエルの役割がいまひとつ見出せないところが演出の不満か。最終的なところがわかっているのになかなか展開させないとか。さらにはシオネがやたらと反発する理由がまったく見えない・理解できないところとか。最後のそれはわかりやすいくらいだが、そこまではまったく意味不明すぎる。結末でノエルが復活するのだが、これも果たしてよい演出だったろうかという感じは残る。洞爺湖方面の宣伝もかねたアニメだったかと思うのだけれど、コンセプトだけで作られてしまっていて、内容に乏しかったというのは否めないのでは。ただ、キャラクターの動きに関しては一番すぐれていたアニメだとは思う。エンディングなどは秀逸。

■失われた未来を求めて
 1 回目ですでにして事情はわかっているにもかかわらず(未来から過去にやってきて、起こってしまう事故をなかったことにしようと画策する)、そこにまったく触れることなくたどりつくことなく、延々とうだうだとした日常を描き続け、最後の最後になって解説モードで未来の様子とリンクして描きなおしてみて、さてどうだというのはちょっとがっかり。そうそう安易に過去の事実を変えることができずに何度も時間遡行しているというのも十分わかっていたのに(幽霊騒ぎで)最後のネタばらしがいまひとつ唐突なのだった。時間ものでは全体を通してのきっちりした脚本作りをしないと面白みがなくなってしまうのではないかなという好例ではないかとも。

■ヤマノススメ セカンドシーズン
 夏からの 2 クール目。途中多少のインターミッションを置きつつも、谷川岳にとうとう登って終わるというところまであせらず、かといってだらけることもなくきっちりと描いていて好感が持てた。最後はあらたな友達もできたわけだし。安易な山登りの薦めということでもなく、きっちりとした装備や準備、心構えといったところまでさりげなく出しているあたりもよかった。1 クールの最初を見ていないのが残念。

■テラフォーマーズ
 なにやら異様に力をいれていたようだったけれど、冒頭はあまり面白いとは思えず、なんとなく気持ち悪さしかなかった。中盤(火星についた)あたりからなかなか面白くなってきたのだけれど、そこでふいに終わってしまった。いろいろ事情はあるのだろうけれど、そこまで力をいれていたのならば継続してやるべきだったのではないかと。いったいあれはどうなったのだ? というふいな終わりは、せっかく面白くなってきたというのにがっかりさせるだけだ。

 なんだかんだといいながらもよく見たものだなあ。継続は「七つの大罪」「暁のヨナ」「SHIROBAKO」。冬では「神様はじめました」の続編があるらしく、これは先のやつをようやく全部みたのだけれど、夏目友人帳などとも違ってまた面白いので楽しみにしている。ほかはまだよくわからない。いや、アニメばかり見ていてはいかんなあ。

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リミット90

 どうせ B 級もしくは C 級の映画なのだろうと思いつつ見ていたら案外面白かった。

 銀行強盗などしているとある集団。四人ほどで仕事をしているのだがボスは弟に跡をまかせようと考えている。しかし弟は割りと謙虚なところもあって自分よりも兄貴分の男のほうがふさわしいのじゃないかと言う。ボスである兄は「あいつはなにかとぶっ放すだけだから駄目だ」といったようなことを言う。

 とある現場。銀行強盗にはいるのだけれど、金を集めに行った奥のほうで発砲音がする。警備員がひとりトイレにでもいたらしく、ボスである兄が打たれて死んでいる。それを見に行った兄貴分が警備員を殺して落着はしていたようだが、あとからかけつけた弟が兄の死を前にして思わず覆面をとってしまう。あろうことか防犯カメラにしっかり写る。

 結局仕事は中途半端な感じになってしまう。そこへ銀行の女がやってくる。実は手引きをしたのがこの女で、女は横領のネタを上司につかまれており、その証拠を隠滅したい。ついては上司のオフィスにあるので爆弾かなにかで吹き飛ばしてくれないかと持ちかける。

 いや、爆弾とかはちょっとと。それにあの仕事は一応もう片がついている。と拒否しようとするのだが、防犯カメラの映像を警察に渡してもよいのだがと脅されてしまう。やむなく引き受けることになる。

 爆弾を用意して、三人で目的のビルにやってきて、弟が爆弾のはいったアタッシュケースを持って内部にはいり、清掃員のふりをしてうえに向かう。本当ならばほかの人間とはできるだけ接触したくないのだがたまたま男女それぞれひとりずつと一緒になってしまう。そうして、途中でエレベータが止まってしまう。手元にはすでに時限装置が起動しているアタッシュケースの爆弾。90 分後には爆発してしまう。

 なんとか連絡をつけて事態を回避させようとするのだが、外で待っている仲間(兄貴分)はなにもしようとしない。実はこの兄貴分がエレベータを止めてしまった張本人。詳細はわからないが亡くなったボスの弟を殺してしまいたいと思っているふし。

 一向に事態が進展しないのでエレベータ内では気が気でない。同乗している男が電話してようやく点検にきた業者を見て、兄貴分が様子を見てくると称してビルにはいると業者を殺害。

 一方でエレベータ内ではもう時間がないということで事情を打ち明けてしまい(!)、一番体が小さいこともあって女をエレベータの天井から出してワイヤを伝って上の階に出させることにする。助けを呼ぶために。なんとか外にでてから最上階に向かわせ、エレベータの非常装置を使って少しずつエレベータが移動をはじめるが、それに気づいた兄貴分がそれを阻止しようと向かう。

 わずかに移動したエレベータからなんとか脱出することに成功した男ふたりと爆弾。最上階を目指す。外で待っていたもうひとりの仲間も異常に気づいて後を追うと、件の兄貴分が誰かに殴られるかして倒れている。自分は動けないから代わりに爆弾をとか言われて探すのだが、犯人は女だといわれる。たまたまエレベータから先に脱出していた女が姿を見られていたため。

 そうこうして全員が最上階のオフィスに集まろうかというあたりがクライマックスで。なぜ、兄貴分がボスの弟を殺そうとしていたのかなどなどいろいろ分かってくる。

 ごくごく狭い空間でしか物語が展開しないので緊迫感が十分にあるし、なぜ? というあたりであたりはつくのだが、明確なところがいまひとつだったりしてなかなかに面白い。いや、確かにそれはそうかと思うのだけれど、爆弾というアイテムがうまい具合に作用してくれるためにそうした瑣末なところがおろそかになってしまう効用がある。

 結末へとなだれ込むあたりもうまく伏線が活かされていたりしてなかなかにくい。意外と掘り出し物といった感じの作品なのだった。

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アルバトロス 2009-04-10

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小寒

 小寒だから寒さがやってきた。というわけでは必ずしもないわけだけれど、不思議とそのタイミングがよくできていたりしてなるほどと感心してしまったりする。

 もっとも、この冬の場合にはすでにして強い寒さが昨年のうちにやってきていたりするので、あまり感動がないというか驚きはさほどなかったりする。実際、予報としてはそこまで厳しい予報ではないようでもある。

 先日の「日曜美術館」で川瀬巴水(かわせはすい)という版画家を知る。かのジョブズも気に入ってまとめ買いしたとか。確かにこれが実によかった。日本人の心をぐっとつかんで離さないようななにかがある。

 夕暮れとかの薄暗い感じの作品が多いというのだけれど、その中にポッと明かりがさしている部分があって、実はそれはいかにもな作り物としての光。実際的では決してないのだけれど、作品としてはその光が非常に重要な位置をしめていたりする。

 どんな作品であれ虚実をうまくとりまぜることが、より現実っぽく、あるいはより幻想的に、魅力を与えるということはあるもので、しかもそれが何度も何度も試行錯誤された上で最良を目指そうとしていた巴水の過程がわかってくると、さすがだなあとしかいえなくなる。

 絶筆となったという中尊寺金色堂の雪景色を見ていて、どうしてこうも日本の雪景色というのは映えるのだろうかと思った。海外のそれにはこの手の感覚というのを感じないと思うのだけれど。まさに日本的な侘び寂びといった風情が雪景色には存在するのではなかろうかと。

 その金色堂で、スケッチの段階では存在しないひとりの僧侶の後姿をどこに置くかを最後まで逡巡して書き直していたらしい。寒々とした景色のなか、人の温もりがぽっとさしているような一枚が、なんとも素敵なのだった。

 日本というのは不思議な国だなあと。まあ、炬燵にあたりながらぐだぐだとつらつらと思うだけなのだけれど。

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ザップニュース集計(2014 年 12 月まで)

 昨年末までの「世界のニュースザッピング」の集計。年末にきて衆議院銀選挙などがあったので政見放送があり、放送がなかった(と思われる)日があった。積雪のために雪かきしていて見逃してしまったというのも一日。そんなわけで 12 月は少し数が少なめ。

世界のニュースザッピング 2013/7-2014/12
国名など回数
アメリカ245
韓国174
フランス129
アルジャジーラ120
中国110
イギリス102
オーストラリア90
ロシア5
ドイツ5
ベトナム4
フィリピン4
インド4
スペイン3
シンガポール2
ブラジル1
インドネシア1
タイ1


 ちなみに 2014 年一年間での数は次のとおり。

アメリカ167
フランス129
韓国84
イギリス74
アルジャジーラ57
中国55
オーストラリア49
ロシア5
ドイツ5
ベトナム4
フィリピン4
インド4
スペイン3
シンガポール2
ブラジル1
インドネシア1
タイ1

 アメリカの勢いのすごさとフランスの追い上げのすごさ(フランスは 4 月から増えた)、そしてなぜか失速気味の韓国。なんともいろいろ面白い感じに。

 さて、この先どうなっていくのでしょうか。(コーナーの存続そのものと合わせて春以降が気になる)

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NEXT WORLD はP.K.ディックの夢を見るか

#長くなってしまった。要するに「いま未来予測として扱われているものはやや眉唾な部分が多いのではないか」「ビッグデータという言葉の言い換えでしかない部分も」「番組としての本論は2回目以降だろう」「よほどディックやアニメのほうがより進んだ世界を予測しているのでは」といったようなこと、です。

 昨年の暮れも近くなったころから GYAO! の CM でさかんに流された NHK スペシャルの「NEXT WORLD」。番組ホームページで登録してアバターを作れというようなもの(もちろん高圧的なメッセージなどではない)。はじめはなんのことやらと思っていたのだが、そのうちにようやくわかったのだった。

 ふたを開けてみたところ冒頭で 30 年後のコンサート風景というイメージ映像として観客アバターが取り囲むなかで行われるコンサートが描かれたわけだ。一応その部分はライブ映像ということらしい。

 内容としては近未来ではコンピュータによるさまざまな予測によって社会が営まれ、人々はもはやそれなしでは生活できないレベルになっているのではないかということ。それを裏付ける意味での近年のコンピュータ技術・科学の進展などが紹介される。

 ドラマ仕立てではその正負両面(?)的なところが描かれはしたものの、否定的な比重が高いのかと思わせつつも、「もはや後戻りなどできないのだ」と追い立てる。

 が、しかし、本当に進み始めた技術・社会は後戻りすることも、それを拒否・否定することもできないのだろうか? と。

 現代においてもスマートフォンにばかり向かい合っていてそれに翻弄されているかのような人々の多さはもはや後戻りできない状況かもしれないし、似たような風景にすでになっているともいえる。けれども、そんな世界とは無縁な人がいるのも事実であるし、一度はそこへ身をおきながらもそれを捨てていわばアナログな世界に戻ってくる人も一定数いるというのもまた厳然たる事実ではなかろうかと。

 「もはや後戻りできない」というのは、さながらどこぞの政府が推し進める「この道しかない!」という論法に通ずるものを感じるのは考えすぎだろうか。

 また、未来予測と盛んにいっているものの、震災以降騒がれるようになったビッグデータの延長線にあるとしか思えないのも事実。ビッグデータを処理する、その目的だけを取り出したかのような未来予測が 2015 年からはじまったみたいな物言いはやや無理があるのではないかとも。ビッグデータ活用にともなうさまざまな分析やそれにともなう予測などはすでにはじまっていることであり、2015 年からすべてが変わり始めたというようなことではないと思うのだが。

 番組の趣旨としての 2015 年を無理やり意味づけようとしていると考えてしまうのは、無理があるだろうか。

 また、そこで紹介された予測にしても、たとえば「攻殻機動隊」であったり、「PSYCHO-PASS」であったりで描かれる社会のそれに比べてやや陳腐といえなくもない。人間性や職業適性、犯罪を起こす可能性などまですべて左右されてしまうような社会。あるいはまたそれはディック的な世界のほうが、よほど真にせまって見えてくるというもの。

 いや、番組の出来のよしあしということではなく、そんな未来予測としてそれらはどうなのだろうか、というレベルでの話。

 アメリカで人口知能によって犯罪の検挙率があがっているとかいうニュースは以前もニュースだったか「クローズアップ現代」あたりだったかでも紹介されていた。しかし、これはちょっと違うのではないかとも思える。そもそもパトロールなどまったくしてない地区だったということ。つまり、犯罪者および犯罪者予備軍にとって(一般住民にとってもだが)その地域はパトロールの手薄な地域であり、犯罪にとっては有利にな地域であるという認識はむしろ公共のものであったはずではないかと。であれば、珍しくそこをパトロールしたら犯罪に遭遇することは十分ありうる。それがたまたま指定された範囲内ぴったりであるかどうかはあまり重要ではなく、たとえばそこまでいったところでたまたま見つけられただけに過ぎないかもしれない。

 また、すべてが予測されるのであれば、本来的には犯罪そのものが起きないように社会を誘導できてしかるべきというところもあって、はてさて不思議なはなしにもなってくる。事件の発生を予測はできるし、それを避けるように誘導することもできる。しかし、発生そのものをなくすような方向へ誘導はできない。わからないでもないが、なにか矛盾しているような気がする。つまり、都合のよいように論理を展開しているだけのような。

 とまあ文句をつけたようにも見えるけれど、恐らくはきょうからはじまる4回こそが普通に NHK スペシャル的な内容になるのではないかと思うので、はっきり言って昨夜のは余計なものだったという印象も強い。あくまでもプロローグとしての余分なのに張り切りすぎたのではないかとも。もっと普通にテーマを実行したらよかったのではないかとも。

 余談ながら、ここまであらゆるものにコンピュータが入り込み、それがネットワークに接続される社会において、もはやネットワークインフラというのは個人が敷設したり契約する類ではなくなるのだろうなと。過程に光ケーブルであれ電話線であれひいてというのはもはや不要にならざるをえないのではなかろうかと。どこにいてもあらゆるものがネットワークにつながるのだから、無料 WiFi がどこでも使えるというようなイメージではないのかと。

 であれば過程にわざわざ線をひくということも無用になってくるのではないか。携帯電話であったりというはなから自身の回線を使用しようとする機器は別として、あらゆるものに組み込まれたそれはそういう手段を持たないわけだ。であれば無料 WiFi といった感じのものが普及しない限り実現は難しいのでは。でなければあらゆる機器を購入するたびに回線契約までしなくてはならないようになってしまうのではなかろうか。そんな未来は嫌だし、駄目だと思う。

 とすればもはや回線契約をすれば安くするような売り方はできなくなる。いろいろ変わってくるものがありそうだ。では、その回線使用料というのはどうなるのだろう? 誰がどう負担するのだろう。あらたな税金として国が徴収するのだろうか? アニメにしても映画にしてもさすがにそうしたところに言及されるものはないが、現実的な問題として将来はでてくるのかもしれない。

 ともかく、こんなふうにあれこれと考えるきっかけにはなったのだなと。さて、シリーズ最後でどんな感想をもつにいたるか。

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新年

 なにかが道をやってくる、雪の朝。
2015 年。なにかが雪道やってくる


 雪の甍。向こうは青空。
快晴に雪の甍


 西日本から寒気がはいりこむパターンでは四国などの太平洋側でも大雪にみまわれたり、名古屋あたりでも大雪になったり。

 一方でこちらは山越えがないのでさほど行きに悩まされることがないという状況で、県境の新潟県側ではやや大雪傾向。

 もちろん、県境に近い方面ではいつものように積雪はあるのだけれど。こちらはさほど困らない程度の積雪にいまのところとどまっている。

 もっとも、このパターンの場合、昨年の 2 月の例にもあるように、少し遅れてどか雪が降るということが予想されるので油断はできない。とりあえず比較的穏やかに過ぎていく正月に感謝しつつ。

 冬はちゃんとスタッドレスタイヤなど冬用の装備を守りましょう。雪道を走るかどうかに関係なく。いつ必要にせまられるか分からないのだから。生活全般、冬は冬らしくということで。

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突然、みんなが恋しくて

 レントゲン技師として働く女性。これまでに多くの男性とつきあってきたが、なぜか長続きしないらしく分かれてしまう。必ずしも自分からというわけではないようだけれど、少し変わっているところもあるのは確からしい。最近付き合いはじめた男性(靴屋店員)を職場に呼んでレントゲンをいろいろなポーズで撮影。その写真を組み合わせてアート作品にしたりしている。

 そんな彼のところにやってくるのが彼女の父親。付き合っている相手が気になってしかたない。が、話はじめるとどうしても相手の癇にさわるような言葉ばかり。彼女の父親とわかって男性は頭にきてしまう。

 父親は家族で食事にでても隣席の客にちょっかいを出して顰蹙を買う。家族も父親に辟易としている。父親はまったく父親らしいことをしないままにこれまで過ごしてきたらしい過去がそれとなくわかってくる。今も自分よりも若い女性と結婚して、しかも最近子供ができたらしいというが、やはり産むべきじゃないから「君、おろしてくれないか」みたいなことを言い出す始末。

 この父親は寅さんだなと。寅さん映画のファンというのは多いのだが、よくよく考えて見て欲しいのだが、本当に身近にこういう人物がいたときにそれはうれしいだろうかと。悪気がないのだろうことはわかるものの、それでもいつもイライラさせられるというのはあってそれはとても不快なことではないだろうか。寅さん的な人というのは自分の都合が優先していて回りのことなどあまり考えない。周りを考えているようでいて、実はそこまで深く考えていない。結局は迷惑をかけてしまう。

 結局この父親と仲直りするべきだという友人知人の言葉もあるのだが、なかなか彼女はそれを果たせない。嫌な思い出のほうがどうしても先にたってしまう。父親が家族を思っていないわけでもないとわかりはするが、なかなかそれを素直に許すのは難しい。そうこうしているうちに父親が亡くなってしまう。もはや仲直りすることもかなわないということで、ようやくいろいろと父親のことを知ることになる。

 父親は不器用なだけだったのだ、みたいな終わりでそれはそれでよいのだが、それでもなおこうした寅さん的な人物というのは基本迷惑であるというのも拭えない事実なので、美談にして終わりというのはちょっといやだ。あの父親の言動はどうあっても単純に許されていいものには思えない。まず、父親が「すまなかった」という言葉があってよいのではないかとどうしても思う。という意味においては、いろいろ思わせてくれる佳作ではあるけれど、嫌な気分が残ってしまうのも事実なのだった。

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詣でる

 年またぎで「日本人のしきたり」を見つつ、つらつらと。

 初詣。二年参り。昨今ではすっかり大晦日の深夜 0 時をまたいで新旧両年にお参りする(二度お参りする)みたいな誤解が生じていたりもする気配があるのだけれど、本来的にはちょっと違う。除夜の鐘を聞きつつ神社へ向かいお参りをすませ、元旦のうちに帰ってくるということらしい。

 除夜の鐘を聞きつつというあたりは地域によって難しいところもあるので(少なくとも自宅にいて聞いたことはない。というか聞こえたことはない。というか、さすがに無理)、まあそのくらいの時間にでかけるというところか。考えてみると父も昔はそんなふうにして(やや遅めの時間ではあったけれど)近所のお宮にお参りに行ったものだった。そう思うとおおむねなんとはなしにそうした風習に習っていたのだなとあらためて思う。

 近頃では元旦という言葉すらも誤解が生じているようで(いや、近頃なんてものではないか)、元日と元旦と正月とみながみなごちゃまぜになってしまっている、そんな予感すらする。元日といったら一月一日全体をいうわけだけれど、元旦というのは元日の朝、あるいは午前中のことを言うのであって、夜になっても元旦という意味で使うとちょっと違う。だからこそ年賀状には元旦と書くわけであるし。

 しかし、そう思うと深夜 0 時の「ゆく年くる年」とかの中継時に並んでいる多くの人々というのも、ある意味奇妙な風景なのかもしれない。もちろん、著名で大きな規模の神社などであるからたくさんの人が集まる。であるから早くにいかないとそうでなくても帰るのが遅くなるということもあるので、早々に行っているというのもわからないではないのだけれど。そもそもは地元の神社などにお参りしていたはずで、それがいつしかそうした有名どころにばかり集まるようになっていったというのは、そろろ回帰してみても面白いのではなかろうか、などとも。

 いや、そうして身近な神社にひっそりとお参りすると、また新鮮なものがあるのではないかとか。

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