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逃げる幻

 本が好き! 経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 実に 8 ヶ月ぶりくらいでようやく当選できたのでじっくりと読みたいところだったけれど、不思議な世界の魅力か案外早めに読み終えてしまった。

 作家・赤川次郎がこのごろこんなことを言われたようで、それは、若いころには編集者の意向などもあって次々と殺人が起きるような物語を書いたものだったけれども、最近はどうもそういう物語を書けなくなった、あるいは書きたくなくなった、といった類のことだった。仮に意識不明の重体というような被害者がでても、かろうじて一命をとりとめたというような展開にするようになったと。

 小説だからといってむやみに人を殺していいはずがないというような意識に変わってきたというようなことだったろうか。確かにミステリといえばなにかと殺人事件がおきるのが常ともいえるわけで、いかな小説とはいえ書いているほうも読んでいるほうも、それが常態化するのはあまり好ましくないと思うのは自然なことかもしれない。

 あるいはマクロイのこの作品はそうした主義のもとにでも書かれたのだろうか、と思うほど事件らしい事件がおきないのだった。

 冒頭、スコットランドで休暇を過ごすためにやってくるダンバーが、その飛行機のなかで当地の所有者でもあるネス卿と一緒になり、ひと月の間に三回も家出を繰り返す不思議な少年の話を耳にする。特別家庭内に問題があるとも思えないものの、他人にその家庭の内実が正確にわかるはずもなく、きっとなにか事情があるのだろうくらいに思うダンバーは精神科医でもあり、本国アメリカでは少年に関わるそうした事例にもおおく触れていた。

 そして滞在先でまさしく家出をしてそこにひそんでいた少年ジョニーと鉢合わせすることとなり、本作唯一といっていい立ち回りを演じる。結局のところ落ち着かせたジョニーを家に連れて行き、母親への覚めたそしてやや悪意を感じるような目つきに疑念をいだき、そこに暮らす人々に少なからぬ妙な気配を感じるわけだ。

 そうこうしてわかっていくのはジョニーは実の息子ではなく、孤児となってしまった甥を養子に迎えたのだということや、実は作家である父親ストックトンは評判こそよいものの売れない作家であること。妻がペンネームで書いた小説は、逆に評判はよくないが読者には受けてよく売れている。ジョニーのためにとやってきているフランス人の家庭教師もひとくせありそうな気配がある。

 物語の大半はそうした様子が少しずつあきらかになってきたり、広がるムアと呼ばれる草原なのだろうか、霧のたちこめる幻想的なそして少しオカルトじみたケルト世界の雰囲気が包むばかりで、正直物語らしい物語は展開しない。少なくとも事件性を帯びたものは。

 いよいよ殺人がおきるのは物語が三分の二 もすぎたところ。ついであきらかになるもうひとつの殺人は密室ではあるものの(厳密にいえば密室ではないけれど)、それは結果的に密室ならざるを得なかっただけであまり意味はないとあとからわかる。

 そもそも謎解きの中心人物であるベイジル・ウィリングはさらに後にならなければ登場しない。そうしてダンバーが実はウィリングによる密命を帯びてやってきたことや、事件の背景にある第二次大戦収束後まもない時代特有の状況が登場してくるにいたって物語りは急加速。あれよあれよと結末になだれこんでしまって残すは 20 ページあまりという終盤。この時点ではまだ謎はまるっきりあきらかにされていない。

 もちろん最後の 20 ページあまりのウィリングの謎解きを見ていると、確かにと思う伏線がいたるところに張り巡らされていたことに気づくわけだ。終戦から長い年月を経てしまった今となっては、ややその時代の空気を感じることは難しいものがあるものの、なかなか見事なつくりだったのだなと思う。事実面白かったし、やられた感もある。

 ただ、やはり最後の謎解き部分があまりに簡単すぎて、すべてはお見通しだったのだよ的なものになってしまったのは、そこまでの言ってみればのらりくらりが長すぎたからともいえるかもしれない。もう少し早い時点でそうした展開がはいってくれば読者も事情がわかって読めるわけで、いっそうやきもきする展開となったかもしれない。そのくらい、最後があっけない。

 けれどもマクロイお得意の幻想的な雰囲気を漂わせた舞台設定は十分に機能しているので、いつしか物語にのめりこんでしまうのも事実。その意味では十分に面白いし、堪能できる。ことによれば殺人事件などはないままに終わるのかもしれないという淡い期待のようなものは、残念ながら果たせなかったけれど。

 血なまぐさいミステリはちょっと遠慮したいけれど、ミステリアスな方面であればという読者向きにはまずまずおすすめではないかと。

#個人的にはダンバーのその後がむしろ気になるのだった。

4488168094逃げる幻 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ 駒月 雅子
東京創元社 2014-08-21

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