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社会復帰の難しさ

 NHK スペシャルで「老後破産」を見る。お定まりのように言ってしまえば、本当に今にはじまったことではないし、老後だけではなく若い世代をはじめとしてすべての世代において類似のことはあるのだよなあとも。もちろん、年金頼みというところの破綻というところは老後特有ともいえるのだけれど。(前段階の制度として破綻してしまっている年金制度ということではすべての人に通ずるけれど)

 今もおそらくは多くの旅人がいるのだろうと思うけれど、オートバイや自転車、あるいは徒歩でと日本を旅して回っている人というのがいる。かつては自分もそんなひとりだったわけだけれど、そうした仲間が話すとかならずといっていいほどでる話題は「社会復帰」への不安だった。

 もちろんみずから選んだことではあるので、誰を恨むでもなくというのは当然であるが、ひとたび社会の枠から外れてしまうとなかなかそこに戻ることが難しくなる。離れている時間が長くなればなるほど、社会が見る目も厳しくなる。そうした現実も理解できるからアプローチする側もどうしても腰が引けてしまう。そしてどんどんマイナスのループにはまってしまう。

 少ない年金で暮らす高齢のかたが言われていたが、金がなくなると友達も訪ねてこないし、こちらとしてもなんだか呼びにくいようにもなる。結果友人とでさえ疎遠になっていく。ましてその他大勢の社会全般。そうしてどんどんひとりになっていく。まさしく同じ構図。

 繰り返すけれど別に誰が悪いというわけではなくて、望むと望まないとを問わず自分が選んだ道であったり、選んだわけでなくてもなるべくしてなってしまった道なのかもしれない。

 かつての社会(ことに終戦後まもないころとか、さらに昔など)は、比較的全般に貧しかったりしたので、社会全体が人々に寛容だったというか、支えるという心が自然とあったようには思う。今はそうしたものが希薄になってきているのはあらがえない事実なのではないかとも。

 みずからの未来を見るようでもあるし、まさしく今現在だって似たような状況ともいえる。ブランクが長くなってしまうとなかなかそこから抜け出る一歩を見つけることは自分にとっても難しい面があるし、周りが見る目というのもますます冷めてくる。人づきあいも疎遠になって頼れる人もいなくなってくると、本当にどうしようもなくなってきてしまう。

 もちろん、自分がどうにかするよりないのは事実なのだ。それでもやっぱりひとりは頼りないし、さびしいものでもあるのだ。時には支えて欲しいと思うことだって。

 なんとかしなくてはいけないのだけれど、なかなか道が見えないのだ。曲がり角の先はまた曲がり角なのだ。その先にあるものが一番よいものだと信じつづけることは、なかなか容易ではないのだよなあ。

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