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お百度参りか baidu 参り?か

 NHK おはよう日本でお百度参りを取り上げていたのだけれど、なんとなく違和感が残ってしまったのだった。大阪だったか兵庫だったか方面のとある神社らしいのだけれど、そこにはお百度石というのがあって、10m だか 20m の間をおいてふたつの石が境内に置かれている。そのふたつの石をたどるようにぐるぐると回っていくという形。

 で、昼日中炎天下を数十人の人が汗をかきかき回っている、という情景を映している。えっ?

 「きょうはなんの願掛けですか?」などと尋ねる取材者。なにかのスポーツクラブらしく「必勝祈願です」みたいなことを笑顔で答える若い男性。えっ?

 雨のなか傘をさしつつ回っているお年寄りの男性。願掛け内容は妻や家族の癌平癒をということだと答えられる。雨にも負けず風にも負けず、頭がさがります。が、えっ?

 母親が癌で余命三ヶ月宣告を受けたことを機に、何度もきているという女性。母親にはそのことは告げいていなかったのだが、幸いにして回復したことを受けてカメラといっしょに母親を取材して、そこで彼女が母親に実はと打ち明ける。その後母娘一緒にお百度をしているという絵があって感動的に終わる。えーっ?

 あくまでも自分が知っているお百度参りというのは、それをしていることを他人に知られては意味がなくなるのでひっそりと行わなくてはいけないもの。という点で昼日中にぞろぞろと数十人がやっているなんてのはなんだか変に思えてしまう。

 また、お百度の最中はもちろん、それをしていることも口にしないものなので、願掛けの内容について他人に話すとか、ましてそれを尋ねるなどということはしないもの。その時点ですでに先の他人に知られないという要件を満たしていないことにもなる。

 まして、願掛けの当事者ともいえる相手に自分があなたのためにお百度参りしてますという趣旨のことを話してしまうなんてことは、感動的な話かもしれないけれどなにか違う。これからは一緒にお参りしましょうねも、よい話ではあるものの、やはりお百度参りという趣旨からはなにか違うような気がしてならないのだった。

 もちろん、それぞれの地域でやり方は異なるのかもしれないし、時代によって変わるということもあるだろうけれど、変えてはいけないものとか変えては意味がないようなものというのはあると思うのだった。お百度参りでいえば、他人には知られずに人知れず誰かのために願掛けをするということに意味があるわけで、それを一切無視してしまっては本末転倒ではないのかと。

 最後の母娘の話などは、どうにもスタッフがお膳立てをしてそういう映像を撮りたくて演出しているとしか思えないような話にしたてているようにも見えてしまう。近頃 NHK のニュースがワイドショー化激しい一端を見るような思い。

 ニュース 7 でも広島の災害で亡くなった方々のお名前を紹介していたのだけれど、ときどき「弟思いのやさしいおにいちゃんでした」とか、「毎年一度は家族で温泉旅行に行っていました」とか情報をいれていたのだが、それは必要な情報だろうかと。まして、おしどり夫婦といってニュースひとつにしたててしまったのを見るにいたっては、正直目を耳を覆いたくなってしまった。

 そういうのは民放か NHK スペシャルあたりのドキュメンタリー番組でやってください、と思う。ニュースはあくまでもニュースとしてやって欲しい。ワイドショーにするならニュースなんてもういらない。

 しっかりしてよ、NHK 。と思うのは違うかしら?

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