« ひとつ積んでは仲間のため | トップページ | ハッピーエンドのできるまで »

衝撃・波

 NHK スペシャルで「知られざる衝撃波」。当初は原爆投下の日である 9 日夜だったが、台風 11 号の影響で番組変更になったため放送が延期されていた。危うく忘れてしまうところだった。

 広島型原爆の 1.6 倍の威力というファットマン。アメリカの公文書館の文書によれば、当初から放射線による殺戮などにはまったく興味はなく、ひたすらその爆風の威力によってどれほどの破壊をもたらすことができるのか、という点において練り上げられた計画だったと。

 そのためにどの高度で爆発させることがもっとも威力を発揮し、マッハステムを最大限引き出して都市を破壊することができるのかを検討させ、それを実施し、終戦後ひと月ほどして現地調査を詳細に行ったといったことらしい。すでにしてマッハステムなる現象があることも把握しているし、それを最大限に生かすには爆発高度が重要であるということをしっかり認識していたあたり、日本の稚拙なそれと比べてどうなのかと思ってしまう。

 球状に拡散していく爆風が地上にあたってはねかえり、それがドーム状に上に広がろうとする爆風となり、それぞれの爆風が重なるようにして威力をます区域がマッハステムと。ゆえに爆心地から少し離れた場所にドーナツ状に存在すると。

 そのありさまを直後に記録した写真と、それをもとに爆風の強さを図示していたものが見つかって、それは藤田スケールを生み出した藤田博士だったというのも意外なところだった。

 取り上げられていた小学校。軍需工場となり動員された人や残っていた教員らがほとんど即死状態。米軍の調査団はどの場所になにが原因で亡くなった遺体があったかを図示して残してあり、単なる記号として記載された被害者のことは遺族に知らされることもなく今にいたっていたということで、生き残りのかたからようやくその旨連絡を受けてお参りにやってきたという遺族を最後に紹介していたが、そのあたりには少なからず番組的な意図があったのかもしれないと思うとやや複雑なところも。

 アメリカの研究者だったかが言っていたのには、爆風の威力を確かめるために家をひとつふたつ作って試すことはできるが、町を都市をそっくりということは不可能だ。といったことを言っていて、つまりそうした悪魔のような実験場にされたのだなと。そうして粛々とその威力について記録をとり、後の核開発の貴重な資料とされたと。無辜の市民多大なる犠牲は戦争という名の下に覆い隠してしまって。

 勝った側は善であり、負けた側は悪であり、負けた側はなにをされても文句をいえないうえに、お前たちのやってきた悪辣非道を謝罪しろと際限なく言われ続ける現実は、なんだか少しむなしさを覚えないでもない。

 ローマ法王は言われたではないか、赦すことが肝要なのだと。

4101134251ちいさこべ (新潮文庫)
山本 周五郎
新潮社 1974-05-28

by G-Tools

|
|

« ひとつ積んでは仲間のため | トップページ | ハッピーエンドのできるまで »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28835/60175614

この記事へのトラックバック一覧です: 衝撃・波:

« ひとつ積んでは仲間のため | トップページ | ハッピーエンドのできるまで »