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乾隆帝は遠くなりにけり

 NHK スペシャルで「故宮」を見る。一回目はいかにしてそれを守ってきたかという苦難の歴史などを扱ったもので、二回目のほうはその宝物を紹介しつつという感じ。

 ひとまずは二回目のほう。乾隆帝(けんりゅうてい)が紹介されて、この王様はすごいなあと。支配を広げていくにつれて多種多様な民族を抱えるようになっても、それぞれの文化というものをちゃんと理解してそれを尊重するという姿勢で貫かれていたと。だからこそそうした地域もそれにしたがっていたし、抑圧されたりして反乱を起こすというようなこともなかった様子。

 翻って現在の中国共産党。漢民族の優位ばかり保とうとして少数民族を抑圧することを異としない。だから反感を買って抵抗されるのだろうなと。中国というのは長い歴史を大事にしてきた国ではなかったのかなあと、その駄目さ加減を思ってしまった。

 それに関わる宝物として四家全書(しかぜんしょ)というのが紹介されていて、まあ通常はとても目にすることなどできないらしいのだけれど、浅田次郎さんが番組として見せてもらって感動していた。広い広い部屋にずらりとならんだ書棚すべてに納められている本すべてがそれという壮大さ。ありとあらゆる書物を集めて書写せよというプロジェクトだったそうで。

 相手の文化を蔑視せず認め、よいところはきちんと学ぶという姿勢は立派なものだなと。

 造型の極致はやはり象牙多層球なのだろうな。象牙を削って作った球形の中にさらに球が掘り込まれていてそれが 11 層だかになっているとか。それぞれがちゃんと独立した球になっているというのが驚き。どうやって作ったのかと思ったらドイツにその技が残っていたということで再現していた。もっとも、それはごくあっさりしたものでしかなく、宝物であるそれの微細に施された透かし彫りとは比べ物にならない簡素なものでしかなかったが。

 もっとも今ならさながら 3D プリンターで簡単に作れてしまうのだろうなというのは、いささか寂しい限りかも。

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メモ:男子の性教育

 新聞の書評欄で見て、なかなかよさそうに感じたのでメモを。とかく女子だけに行われがちであったりとか、男子にあるのはせいぜい性犯罪にいたらないようにという配慮の注意みたいなものくらいで、男子自身に関わる部分は欠落していたのではというところは現実であるなあと。

 いずれ目を通してみたい。

4469267600男子の性教育: 柔らかな関係づくりのために
村瀬 幸浩
大修館書店 2014-05-08

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ねじねじ

 ねじねじ。ねじねじ。

ネジバナ


 ねじ? あれ?
まっすぐだけどネジバナ


 このネジバナのねじり具合の向きは上から見ると左回り。さて、南半球でネジバナを栽培したらどちら向きになるだろう。右回りになったりするのだろうか。

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一週間の余韻が・・・

 アニメ「一週間フレンズ。」が終わった。まあ、2 クール続けるにはちょっと無理かというところはあるものの、最後はちょっと急ぎ足すぎた嫌いはあるのではないかと不安に思っていたのだった。10 話にきて急に友達の記憶を失ってしまうきっかけになった相手が現れたり、そこからトントンと物語を展開させて一気に結末。加えて山岸さん方面の話まで絡めてくるものだから本当に急ぎ足感が。

 とはいえ心配したほど妙な展開でバタバタ終わるというほどではなかったのでまだよかった。物足りなさのようなものはぬぐえないけれど。そもそもが四コマ漫画スタイルらしいので、こうした連続のアニメにしたてるということそのものがやや無理があるのかもしれないし(原作漫画は見てないので、よくはわかってない。そのうちに読む)。

 で、まずまずよい余韻で終わるのかと思ったら、最後の最後で大きな作画ミスをやらかされてしまったので、どうにもそれが気になってしまい余韻が吹っ飛んでしまったという。それは以下。

 長谷君がノートに日記をつけている。
横書きノートに書き書き

 そのノートを閉じて机に置く。
でもノートは右綴じ


 基本的にこういうノートは存在しないと思うのだった。横罫のノートで右綴じというのは。横罫であれば左綴じ。右綴じであれば縦罫というところ。よほど珍しいものでもない限り、通常売られている文具としてはまずありえないのではないかと。

 ということで、ブルーレイ化に際してはぜひ作画を修正していただくほうがよいのではないかと。ま、余計なことだけれど。せっかく細部までよく描かれていた作品なのでできれば期待したいところ。

B003APENDMキャンパスノート(中横罫) 6号(セミB5) 罫幅6mm100枚 コクヨ
コクヨ

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B00JHKLB52一週間フレンズ。 vol.1 Blu-ray【初回生産限定版】
東宝 2014-06-18

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金星怪人ゾンター

 金星に向けて飛ばしたロケットが行方不明だかになる(正確なところは忘れてしまったので違うかもしれない)。一方で金星人のゾンターと通信をしているという男があらわれる。ロケットを飛ばした科学者の友人らしいのだが、どうもいつもおかしな言動ばかりする男らしい。ロケットの失敗と入れ替わるように(というか実はそれはゾンターが破壊するかしたらしい)ゾンター自身が地球にやってくる。環境が似ているだろうからと温泉だかがあるような洞窟にしばらくいるようにとその男はゾンターに伝える。

 ゾンターはその分身みたいなものを飛ばして次々と科学者や人々をのっとり始める。男はそれを助けてゾンターに従うべきなのだと活動する。妻(あるいは婚約者?)はそんな男に愛想をつかすものの、あきらめきれない。

 そのうちに町がのっとられてゾンターによる地球侵略が進もうとするにいたって、男の友人である科学者が男やゾンターに立ち向かう。というような話。

 男の自宅には巨大な通信機があって、ほかの人間にはまったくなにも聞こえないのに男はそれでゾンターと通信しているという。しかし、誰もこの通信機を壊してしまおうということがなくて、どうして破壊しないのだろうと思ってしまうあたりから面白みが失われてしまう。

 ゾンターによってあらゆる機械が動かなくなり、車も動かない。電気機器も動かない。ゾンターに仕える男のものや、すでにゾンターによって支配された人間の関係だけは動く。とか、まあ面白そうな設定とかではあるのだけれど。

 最後には男の婚約者だったかの女性がゾンター退治に洞窟にでかけるのだけれど失敗するのだったか。科学者が結局やっつけるのだったか、忘れてしまうくらい。ゾンターがさながら巨大な鶏のお化けみたいな造型で、しかもそれがどうも映りが悪いので判然としない部分もあり(あまりはっきり撮影したくないという意図も感じられる)、どうももやもやした感が残るのだった。

B000UMXBY0金星怪人ゾンター [DVD]
有限会社フォワード 2007-08-24

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カメラの互換バッテリー

 中古のデジタル一丸レフカメラ。専用の充電池や充電器が付属しておらず、市販のリチウム電池をいれて使うアダプタが残っているというものだった。カメラ屋の話では「もうない」という話だったらしく、もっともそれは付属していないなのか、はたまた製造されておらず入手できないという意味だったのかは不明なのだが、リチウム電池を使うしかないのかという感じで過ごしていたのだった。

 ところがたださんが携帯電話の互換バッテリーを買ったという話を読み、しかも性能的にもさほど遜色がないようで、そういうことならばカメラ用のものだって案外でているのではないか、と検索したらあっさりと見つかった。

 はじめはセット品がヒットしたのだけれど、まるっきりレビューなどがなくて大丈夫かと不安に思っていたのあった。そのうちに個々の製品には多数レビューがあって、大半は良好な反応。さらにはセット品よりも個別のほうが安い。

 ということで万一駄目なこともありうるという覚悟で購入してみたところ、充電もちゃんとできたし、カメラでも問題なく認識したし使えている様子。電池のもちぐあいとか充電回数的なところはまだまだわからないけれど、なんとか困らない程度には使えそうだ。

 確かに昨今のリチウムイオン充電池の回収・交換事案とかがでてくるのを見ても、メーカー製の安心感というのは捨てがたいとは思うけれど、いかんせんやはり高すぎるようにも思えてしまうのだった。ちなみに今回のものはオリンパスで現役で(型番など新しくなってはいるが)存在するけれど値段はセットで 1 万円ほど。方や 2000 円ほど。やむをえないところはもちろんあるのだろうし、それが適正な価格なのかもしれないけれど、やはりもう一声という感じはしてしまう。脱デフレだそうなので、そういう考えは悪なのだろうけれど。

 いずれにしてもこれで高いリチウム電池を買い続けなくてすむというのはありがたい。一回分の電池代程度で互換バッテリーと充電器が買えてしまうのだから。

B003UXWOF8OLYMPUSオリンパス BLM-1/PS-BLM対応互換バッテリー
ノンブランド

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民族を越えて

 見ずに本でも読もうかと思いつつ、ニュースの流れをそのままにしていて見始めてしまったら、結局最後まで見てしまった。NHK スペシャル「オシムの国のワールドカップ」。ボスニアの内戦といっても、はるか彼方の国の昔の(というほど昔ではもちろんないのだが)話という印象を持ってしまうのはよろしくないなと。

 オシムさんが監督をつとめていた当時、ワールドカップで PK 戦になった。それまでの流れを見ていると「それはまずいだろう」とわかる。三つの民族からなるチーム。そもそも民族と宗教との対立が激しいなか、仮に失敗すればそれがあらたな争いの火種になるのは必定。

 「PK で蹴りたい者はいるか?」とたずねたら手を上げたのは二人だけだったとか。そのひとりがストイコビッチで緊張のゆえか失敗してしまう。最終的にどのような結果だったのかはわからないけれど負けたということがさらに民族対立を悪くしたことだけは事実のようで、その後泥沼の内戦にはいってしまったようで。

 責任を取るというか、むしろ民族対立や内戦に抗議する形で監督を辞任するオシム。けれど、それで内戦がどうなるというわけではもちろんなく。

 そうこうして内戦は一応収束して、あらたなワールドカップへの道を閉ざそうとしたのがまた民族問題。サッカー協会の代表が三つの民族それぞれに存在している。そんな状況では参加は認められないと FIFA が言ってきたのだとか。

 実のところサッカーのみならずあらゆる事で民族ごとに分離されており、内戦が収まったとはいっても内情は決してよくない。若い世代や一部のひとにはわだかまりのない人もいるものの、多くの人・民族にはまだまだ根深く遺恨や疑心暗鬼が残っている。

 そんな中で望みを託されたのがオシムさんだったとか。脳梗塞を患ったあとで十分に活動できないにもかかわらず、あらゆる関係者に会い説得をして、なんとかひとつにまとめることが果たせた。そしてブラジルでの大会に臨んだと。

 初戦をスポーツバーでファンと一緒に観戦するオシム。勝利はならなかったけれど、ボスニアでは民族が対立するような場面はなく、選手をたたえていた。それでも、まだまだ根強い反発はあるのだと番組は伝える。

 「これでお国はひとつにまとまったのではないですか?」といった質問に、「まだまだだよ」と答える。民族問題の根深さはいまも中東や欧州で絶えることがない。そんな中でようやくなにかが変わろうとしはじめたボスニアのサッカーがこの大会にはあるのだなと知ると、少し今回のワールドカップに対する見方が変わってくるような、そんな気がした。

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動画サムネールを作らなくなってしまった

 少し前から動画ファイルのサムネールが表示されなくなった。表示されないというか作成されないというほうが正しいのか。ある時期以前のものについては表示されているので。

 ということで調べてみると、フォルダーのプロパティでどうのこうのというのはまあわかっていたし、現に表示されてもいるのだけれど、あらためて選択しなおしてみたけれど、それでは変化がなかった。

 ディスクのクリーンアップをせよ。というので、それではと実行したら、それまで表示されていた分もふくめてまるっきり表示しないようになってしまった。まあ、そのはずで、これまでのサムネールファイルをいったん削除してしまったのだろうから無理もないなと(という仕組みなのだと理解しているけれど、違うのかな?)。

 さて、弱った。人によってはシステムの動きをきびきびさせるためにも余計なものはなくすほうがよい、とかいう向きもある。壁紙なんていらないんだ。いろんな効果も不要だし、クラシックスタイルが一番。みたいなことを言う向きも。

 まあ、それはそれでわかる。ただ、それで得られる速度がどれほどなのだろうというところもあるし、なによりあまりそうすると使っていて楽しくないのではないかとも思う。開発に使っているようなマシンであれば、無駄を極力省くことも重要かもしれないけれど、使っていて楽しいほうが日常に使うマシンだったらよくはないかなあとも思うのだった。

 サムネールだってなくても困りはしないけれど、どうせなら表示されれば見た目でもわかるし、それはそれで楽しいことではないかなあと。

 ということで、システムの復元を実行することに。最近動画関係のツールをいくつかインストールしたり削除したりしていたので、そのへんの何かがおかしくなってしまったのかもしれないので、できる限り古い時点に戻すことにした。

 無事にサムネールも作成・表示されるようになったし、さらには先日原因はよくわからないものの失われてしまった Firefox の開いていたタブのグループも復元できてめでたしめでたし。

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エイリアンが人類を救う

 E テレ「地球ドラマチック」でカブトガニを見る。しばらく前の「家族に乾杯」で糸井重里さんが登場のときにもたまたま出てきていて、カニといいつつもカニの仲間ではなく蜘蛛の仲間なのだと言っていて驚いたのだった。

 今回の番組ではなかなかそのあたりは出てこなかったが、サソリや蜘蛛の仲間なのだそうな。番組で一番驚いたのは、人類の生命はカブトガニによって保たれているという現実があまりにも知られていないということ。

 カブトガニの血液は青いのだが、これは鉄ではなく銅を含んでいるためで、この青い血液は細菌があるとすぐに固体になってくれるので汚染されているかどうかがすぐにわかるのだとか。この LAL (ラル)と呼ばれるものが医薬品や医療器具の検査の段階などで重要で、これなくしてそれらの製造はもはや考えられないような状況らしい。

 当然、そのためにはカブトガニから青い血液を採取しなくてはならない。アメリカで大量に捕獲されて採取施設に運ばれてその 30% を採取して海に返しているという。当初はとにかく海に返せばよいという考えだったらしいが、他の研究者の研究によってもといた場所に返さなくてはカブトガニは生きていけないことがわかってきたらしく、捕獲場所に返すようになっているとか。

 とはいえ、15% あまりは血液をとられて活動がにぶくなったまま死んでしまうという。採取にかかわる専門家は「人類の役にたっているのだから、そのくらいの代償は許容できるもので、カブトガニも満足だろう」みたいなことをいっていてそれはどうなのかとは思った。人間の都合だけで言っている発言であって、カブトガニにとってはまったくかかわりのないことでしかない。

 青い血液を人工的に作り出すことはまだできていないということでもあるし、本当に共生関係を持ちたいのであれば、もう少し謙虚な考え方をしないと本当に絶滅してしまってからでは遅いのだがなあと。

 そうして医療で重要な役割を果たしているにもかかわらず、ほとんどその事実を知らずにいる、知らせずにいるという現状はまさしく主従関係を暗示しているかのようで。

 カブトガニには目が 5 つあるとか、そのうちのひとつは体の下面にあるとか、いろいろ興味深く見たのだった。下にあるのはもちろんひっくり返ってしまったときにも周りが見えるようにということでの進化。また、蜘蛛の仲間ということからもわかるように複眼なのだという。

 いずれにしてもそこまで重要な役割をになってもらっているのであれば、もっと本腰いれて保護していかなくてはいけないだろうな。

 ちなみに番組はドイツ制作だったようなのだが、タイトルは「ALIEN CRAB 」。まあ、映画「プレデター」みたいなイメージはあるのでわからないでもないのだけれど。本当に英語的にはそういうのだろうか。手元のデイリーコンサイスを見たら horseshoe crab となっていたけれど。

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ホルダーの謎

 最近はすこし流し気味に読んでしまっている、ほぼ日トップの「今日のダーリン」なのだけれど、6 月 19 日のものだけは頭をひねってしまうのだった。翌日にはさらにそれにたいして賛同が多数寄せられたということで、ますます不思議に思ってしまったのだった。わかりやすくアーカイブされていないテキストなので該当部分を引用すると。

トイレットペーパーのホルダーっていうの、

あのカラカラカラッと巻いてあるしくみ。
ものすごくいろんな型式があるのですが、
ただの丸い棒で、片方を飛び出さないようにしてれば、
それ以上の工夫は不要なんじゃないでしょうかね。
屋根みたいなものをつけるのはいいです。
それがカッターを兼ねてるわけですし。

ただ、簡単に入れ替えられる(ふうな)仕組みは、
まったくろくなのがありません。
「ほぼ日」の男子トイレのやつがそれなんですけど、
トイレットペーパーの穴に向けて、
右左両サイドから折り畳みのできるでっぱりが出てるの。
ほんとに、うまくいかないんだ。
他にも、うまくいかないやつ、あちこちにあるよ。
どうして、率直に「棒に留め金」にしないのか。

今日のダーリン 2014/6/19

昨日、トイレットペーパーホルダーについて、

いままで言いたいけどガマンしていたことを書いたら、
読者の反響だけでなく、社内の男子たちから、
激しく賛同してもらっちゃったりしたので、
ちょっといい気になっているのです。)

今日のダーリン 2014/6/20

 心棒ではなく左右から棒(腕)がでているということだから、それはおおかたばね仕掛けで可動するようになっているかと思うのだけれど、少なくとも実際使っているタイプでいえば通常は水平位置にあって、上向きに左右に動きホルダーの側面におさまるようになっている。

 つまり取り付けるにはロールを下から上に動かすだけ。芯を抜くときには上に持ち上げるだけ。

 いったいなにがそんなに難しいのだろう? うまくいかないのだろう?

 もちろん糸井さんが「うまくいかない」といっている実物の構造がわからないので、あるいは、なるほどこれは不便だというものなのかもしれないけれど、文章から想像する限りにおいては、なぜ、なにが問題なのかがまったくわからないのだった。

 仮にいま書いたような下から上に動かせばよいタイプであるとして、それを上から入れようとすると面倒で難しいのは想像に難くない。もっとも、そこでなぜ下から入れればよいと気がつかないのか? いや、案外物事というのはそういうものだからともいえるけれど。

 本当のところ、どうなのだろうなあ。

下から上へのホルダー


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蛍日和指数

 最近では気象庁はじめ気象協会、民間気象会社でのいろいろの予報などが増えていて、サービス満点ととるか、なにもそこまでと思うか、まあ実に多様なことは結構なことです。風を引きそうな指数であったり、ビール飲むには最高な指数だったり。

 そんななかこの季節であればというのは蛍日和指数かも。ゲンジボタルの出現する期間は二週間あまりとごく短く、まさに季節を感じさせる風物なのだけれど、なにしろ梅雨時ということもあってなかなか条件は簡単ではないところも。

 雨が降っていればもちろん飛ぶはずもない。といって空梅雨で乾燥した晴れが続いていたりしてもあまり条件はよくない(らしい)。さらに、風があっても駄目。ちょうど、梅雨のわずかの晴れ間、少し蒸し暑いくらいの宵にこそ、蛍は優雅に舞うということに。

 いくらか湿り気を帯びたそよ風くらいがやや冷たい感触を肌にあたえるくらいで、ほぼ無風ともなればよいのかもしれない。

 そんな蛍日和な指数が出されていたら便利かもしれないなあと。まあ、最寄の場所ということならばそんなものなくてもかもしれないけれど、少し離れた場所を訪ねようなどと思うときには参考になるかもしれない。

 ただ、本当に大切なものはあまり公にしない、観光地にしない、お金もうけにしない、というようにしないと結局あらされてしまって終わりということになりかねない。(もちろん、誰かにではなく自らによってということも)

 だから、本当はそんなものなしにひっそりと見守っていけるほうがよいのかもしれない。つまり、そんなもの無くてもよいのか。

 辰野蛍祭りも今ではすっかり有名・著名になってしまったけれど、30 年あまり前は長野県民でさえ知る人が少ないような状況だった。今ではすっかり様子も変わってしまったようだけれど、あの頃見た風景・景色に触発されて書いたのもいまとなっては懐かしく。ちょっと余韻にひたってみましょうか。

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運動会は授業である(らしい)

 [ 学校での音楽CD利用についてQ&A集[学校行事・部活動編 他] ]

 小学校の運動会などでの音楽使用というのは権利関係で使用料金が発生するとかはないのだろうか、と思ったら上記のリンクを教えてもらったのだった。

 なにやら結婚式の DVD とかに音楽を使ったときにそうした問題(というか事実)を認識しているのかどうかというアンケートがあったそうで、最近あちこちでおこなわれて聞こえてきた運動会の練習音楽。なかには昔ながらの運動会といえばこれ、というようなマーチ系の音楽とかもあるのだけれど、さすがは今風というアイドル歌手とかの歌がそのまま使われていたりしていて、こういうのはどういう扱いなのだろうと思っていたのだった。

 大雑把なところとしては授業と認められるものでは許可は不要だが、それ以外は許可が必要だということらしい。ただ、素人的には判断が難しいところもありそうなので、本当に個人として楽しむ以外では伺いをたてたほうがよいのかもしれない。厳密な意味では。

 そうはいってもきっと大半のところでそんなことはお構いなしで使われ続けるのであろうなとも思うのだけれど。おそらくそこまで細かく見ていられないという事情もあるいはあるであろうし、ごく個人的に近いところは目をつぶるというような方向でもあるのかなあとは。いや、原則としては別だけれど。

 いずれにしてもメモがてらということで。

#もっともだからこそ振り替え休日を設けるわけではあるな。

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ブリッツ

 バイオレンス色が強い映画なので苦手という人にはあまりおすすめできない作品。いや、バイオレンス大好き! なんてのはちょっとどうかとは思うけれど、物語としてみるくらいにはまあ我慢できるというレベルまでならということで。

 ジェイソン・ステイサム演じる刑事ブラントは、どちらかというと力で犯罪者をねじ伏せるというタイプ。きょうもきょうとて自動車窃盗を企てている連中を見つけてちょっと挨拶。ボロボロにしてようやく静かに過ごせるばかりに帰っていく。

 女性警官が惨殺される事件がおきる。新聞社に匿名で垂れ込みがある。当の犯人からの情報。それをその記者だけに提供するのであんたは有名になれるぜ、というわけ。そうして警察官が続けて殺害されていく。

 さすがに警察としては面子があるので躍起になるが、ようやく捕らえたと思った容疑者を釈放せざるを得ない状況に。というのはまあありがち。

 情報屋や同僚女性警官とその隣人の悪がきなど、当初は物語がどう展開するのか読めない部分も多くて、実はこいつが犯人? とか思いつつ振り回される感じは悪くない。

 なかなか決着をつけがたい狡猾なところのある犯人に対して、最終的にどうわなをしかけていくかというあたりはわかってはいても、なるほどそうきたかという面白さ。ただ、本当にそれで大丈夫なのかとかいろいろ思うが、まあ映画なのでと。

 暴力シーンがそれなりにリアルなので、くれぐれも抵抗のある人は見ない方向でということで。でも、物語はダーティ・ハリーばりの面白さはあるのだった。

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教育に IT(愛の手) を?

 なにやら県内の学校における PC 類を利用した授業促進のためのセミナーだかが昨日開かれたのだとか。と、ニュースでやっていた。以前 E テレの趣味講座で PC などの講座で講師をつとめたこともある方が見えたりしていたらしい。

 で、全般的な話としては、日本ではどうも PC を利用した教育の普及が遅れている。長野県は中でも遅れているという話らしい。実際のほどはわからないけれど。

 だいたいこうした普及のための講演なので、どこの自治体へいっても「こちらは特に遅れている地域です」といわないとまあ話しにならないというような刷り込みはあるのではなかろうかとも。「こちらは先進的な地域です」とかいってしまったら、ならばセミナーなどやる必要なかろうという話になってしまうし。

 それはともかく。

 教員をしている友人から数年前にそうした話は聞いたことがある。いわく学校の先生の多くは PC についてさほど詳しいわけではないので、なんとかワードやエクセルを使ってみている程度の人は圧倒的なのだと。だから、たとえばエクセルの VBA マクロとかひとつとっても「おおー!」と感動されるくらいのものなのかもしれない。

 なかには好きな人もいるだろうから、そうした人は比較的詳しかったりするだろうし、そういう人が担当とかになって相談役になったりはするのだろうけれど、とにかく仕事に追われる教師ということを思うと、なかなかそうしたこを学んでいるような余裕がないというのが実情でもあるのだろうなと。

 タブレット PC などを利用するといっても、ソフトの問題もあるし、それをどう使っていくのかというのはとても教師個人でまかなえる領域ではないので(手作りの教材と同列にはとても語れない)、となればやはり専門の会社とか専門員といったような人の導入も必要なのだろうな。

 養護学校あたりでのほうがむしろそうした利用が盛んであったりするようではある。生徒とのコミュニケーションをとるためにも学習のためにもなかなか有益らしいというニュースをかつて見たこともある。

 単純にやれやれといっても、そうそう環境は間に合わないであろうから、やはりそうした人手というものを確保するほうがよいのだろうな。そういう仕事できるかなあ(^^; いや、そこまで詳しくはないから無理か。などと、余計なことまでいろいろ考えたニュースだったのだった。

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PC も衣替え

 今のバイオを買ったときに(正しくはしばらくしてからだけれど)キーボードカバー(バイオではキーボードウェアという名称)も購入したのだった。別段飲み物などをこぼしてしまう恐れがあるとか、過去になんどもそうした経験があるとかではないのだけれど、キートップとの隙間から埃がはいってしまっても、取り除きにくい形状をしているというのもあって、どちらかというと防塵対策という意味で購入したのだった。

 かつて Windows95 が流行したころだったのだろうか、一般の家庭にもごくあたりまえに PC というものがはいりこむようになったのをきっかけにして、透明なキーボードカバーが商品として立派に存在しえるようになったのではないか、となんとなく記憶する。当時も防塵という目的もすくなくなかったと思うけれど、どちらかというと PC 脇にカップを置いたままでいてこぼしてしまうなどという事故への対策という側面も強かったような印象はある。

 今でもそうした状況は変わらないと思うし、むしろノマドとかいうようにかつてよりもさまざまな状況で使用することが増えたにもかかわらず、キーボードカバーを使っているという人はあまり見かけないような気がする。あるいはそれはみかける部類の人が技術者よりが多いためなのかもしれないけれど、かの masuidrive さんですら使っているような気配はないのだ。お風呂で使っているのに。(いや、それはそもそも PC 本体がそのものが防水というわけではないという怖さがある)

 とまあ、それは余談で。防塵としても、万一液体をこぼしてしまうようなことがあったとしても安心できるキーボードウェアなのだけれど、いよいよそれをはずさなくてはならない季節になってしまった。そう、夏。夏になると本体の熱さも尋常でなくなってきて、キーボードカバーがあることでその熱がこもってしまう。

 もちろんファンによって放熱はされるのだけれど、隙間から逃げられるはずの熱がそのままこもることになってしまうので次第にカバーがフニャフニャしてくる。せっかくオリジナルがゆえに使用感のよいカバーなのに、いささか不便なそして残念な感じになってしまうのだった。

 ということで可能なかぎり放熱を促すという目的のためにも、夏場はキーボードウェアを取り外すという衣替えの季節がやってきたのだった。ある意味冷たい飲み物をかたわらに置きたい季節でもあり、本末転倒気味かもしれないけれど。

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NSEG#52 JAWS-UG 長野キックオフを聴講してきた

 NSEG#52 に参加してみた。いや、本当「参加した」というのはあまりにおこがましいので「参加させてもらった」でもよいくらいなのだが、あまり卑屈な感じもよろしくないので。聴講というのがもっともふさわしいところか。

 それはともかく。

 今回は JAWS-UG 長野支部の発足という意味もこめてとのことで、というか内容的にはそれ全面だったわけで。AWS を使うという予定もなく、恐らくは今後もそういうことはないであろうという点では本当に一般見学客といった感じで見せてもらっていた。

 もっとも、それなりに近年はやりになったクラウドの世界の一端を簡単に概観することができたというあたりでは、それなりに面白く見させてもらったともいえる。しかも状況に応じての対応が(細かい部分を別とすれば)比較的容易であるということの実例などもあって、なるほどと思ったりもしたのだった。

 わけても一番鮮烈に記憶に残ったのは最後を飾ったお話で、昨年末の NHK 紅白歌合戦でのスマートフォンなどを使っての投票システム? の構築にかかわっていたというお話。はじめは東京リージョンだけだったけれど、さすがに無理ですよね? という話から、それならと世界のあちこちあわせて 1000 台くらい(だったかな?)を用意することにして無事大過なく終了したという感動的なお話。

 Ruby から AWS-SDK を使うという話もそれなりに(一般化した話としても)興味深く見させてもらった。pry ですか。よさそうだなと。

 全般についていえば、先の Ruby のときのコードにしてもそうなのだけれど、投影画面は相当に大きいにもかかわらず、判読するのは困難があって、やはり高橋メソッド最強だなあと思ったりも。いや、高橋メソッドはどこへ行ってしまったのか? いや、あれは Ruby 界隈にあらわれたビッグバンで、もはや消滅してしまったのだろうか? などとも。

 懇親会はでない予定だったのだけれど、その場で簡単に行う形式になったので追加がもしあればという発表があったので、料金が安くなったのもあり、そうそうこういう機会はないのでとご面倒を覚悟でお願いし、手配していただいた。幹事役のすのさんには、気を使って声をかけていただき、申し訳ない限りです。

 正直なところ部外者感はまだまだ強いので、邪魔にならない程度にそれでも隅っこで参加させてもらうことだけはもう少し続けてみようかと思っているところ。


 ギークラボ長野という場所がこじんまりした一室とは思わなかった。壁面のイラストはなかなか面白い。
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 GEEK 神社らしい。
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 懇親会で Palm Top PC 110 を見せてもらった。一応動く!
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花のあと

 剣の腕がめっぽうたって本当であればそれを生かして出世したかったものの、家柄のこともあってそれはあきらめてお勤めに励んだ男に生まれたのが女の子。正直がっかりしたものの剣の相手をさせてみたらこれがなかなか筋がよい。鍛えてみたら男子にも劣らない腕前となり、いつしかあちこちの道場で名を上げるほどに。

 そんなとある春。その娘以登(いと)がお供を連れて花見をしていると、ひとりの若い武士と出会うと。先日不在にしておりましたおりに道場にこられたとか、いずれぜひお手合わせをという話でその場は終わる。月日がたってようよう手合わせの機会をもうけるが、以登の家でということ。いろいろの対面などもあってだが、実のところその武士 孫四郎には縁談があり、こちらはこちらで以登の許婚が長きの江戸暮らしというような事情も。

 なかなかの立会いなれどわずかの差で孫四郎に及ばない。当然、ひそかな恋心がお互いに芽生えていて、刹那高まるものの、お互いそれを静かに隠しながら二度と会わないと心に思うわけだ。

 そうこうして孫四郎は妻を向かえ、それがゆえに重要なお役を勤めることになり、慎重で勤勉であったにもかかわらず(あるいはそれがゆえに)江戸で不始末を働くこととなり、責任をとって切腹。ところが裏には孫四郎の妻(男好き)と藩の上役とができていて、孫四郎はわなにはめられたのだということが以登からの依頼で調べていた将来の婿殿の調べで明らかになってくる。

 この婿殿が実にいい。ひょうひょうとしつつ狡猾。あおびょうたんの昼行灯のと揶揄されるのをかえってうまく立ち回り、探りをいれるにソツがない。

 そして、いよいよ敵討ち。以登はひとりで迎え撃つのだが、当然相手は手下を連れてくる。間一髪敵を討ったところで婿殿登場。すべてわかって見守っていた。さらには後の始末は自分がつけるのでさっさと帰るようにと。そうそう好かれているわけではないということもわかりつつ、さりげなくちゃんと見ているあたり「惚れてまうやろ」というところ。

 主演の北川景子もそう悪くはないし、これはなかなか楽しめる時代劇映画になったのではないかなと。一青窈の主題歌はちょっと好みに合わなかったのが残念。

B003QPG244花のあと [DVD]
バンダイビジュアル 2010-09-23

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テレホンカード持ってますか?

 むかしテレホンカードというのがあってだな、とそろそろ言わなくてはならない時代になったのではなかろうかと思うこのごろ。公衆電話というものがその数を減らしたのと同じくしてその存在価値もまた忘れられようとしているかのようなテレホンカード。

 昔、北海道から電話するときに 100 円玉をたくさん用意しておいてから電話したのだったが、すでにだったかその頃だったかにテレホンカードを使うようになりずいぶんと長距離電話が楽になったのだった。主要な鉄道の駅前とかならばまずカードが使える公衆電話機があったものだし、ユースホステルへの予約電話などでも使えたりと、それなりに便利に使ったものだった。

 当時はまだいろいろのデザインカードなどはなくて NTT 謹製の素朴なデザインカードがあるくらいだったけれど、長距離電話利用者にとっては 5000 円のカードというのはなかなかにありがたかった。もっとも、そうしたカードはほぼ NTT に出かけないと買えなかったという不便さもないわけではなかったけれど。

 そのうちに観光地での土産用に 500 円(50 度数)のテレホンカードが売られるようになった。各地のいろいろのデザインが施されたカード。いっときブームになってあちらでもこちらでも売られていて、これというほどの土産がないときにもそれなりに重宝されたみやげ物に成長した。

 で、こうしたデザインカードの場合、多くは実際に通話に使われることはなく引き出しの中なりにしまわれることのほうが多く(一部は日常用に財布の中にはいっていたりもしたろうが)、大半においてはコレクションでしかないという状況は NTT にとってホクホクものだったというのも事実。プリペイドカードなわけだから使われないことがなによりうれしい。

 そんな土産用のテレホンカードも最近ではまだあるのかどうか、よくは知らないけれどそもそもの公衆電話機が少なくなっている現状を思えばそうそう販売が続いているとも思えない。で、たまったこのテレホンカードどうしたものか? と。

 NTT では通話料の支払いにのみテレホンカードを充当することができるというが、申込書を取り寄せて、記入して、送ってという手間が必要であるし、なにより通話料だけなので、通話をほとんどしないということだと死ぬまで使っても終わらない、などということにもなりかねない。

 では、金券ショップでの買い取りはどうだろうかと調べると、どうやらある意味二束三文にしかならないようす。50 度数の未使用カードでも 200 円程度でしか買い取ってくれないらしいし、度数が増えたところでさほど価格は増えないようだ。

 一番有効そうな利用方法は入院された方へのお見舞いに持っていくだそうだが、これもまたそうそうあるわけではないし、そもそもできればそんなことはないに越したことはない。いずれにしても大量にある場合、ほとんど死蔵するしかないのではなかろうかと。

 あるいは NTT で普通のデザインカードへの交換をしてくれるのであればどうかとも思うのだけれど。土産のものはなによりそのデザインが命。残度数なしでパンチを開けてしまい、汎用カードに集約してくれるのであれば、枚数も減るし、使うといっても使いやすいかもしれない。残念ながらそういうサービスはしてくれないらしいが。

 なんだかもったいない話である。

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エッヘン!

雀と自転車


 糞は落とさないように!

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”ぼくたちの軍隊” 武装した日本を考える

 「憲法第九条」の流れでふと再読。岩波ジュニア新書なので中高生くらいを対象にしているのもあって、すんなりと読める。とはいえほかのものに比べたら、やや硬い内容になっているのは否めない。冒頭こんな文章ではじまる。

海があぶない、大空も危険だ! 思わずそう叫ばずにはいられない。

 確かに昨今近隣の海も空も危険なにおいにあふれている。けれどそういう意味ではない。この本が出版されたのは 1988 年 12 月のこと。かれこれ 25 年あまり前のことなのだ。ということで、少なくともこれは 1988 年当時の日本のおかれた位置を確認する本ではある。けれども、どこか最近の風潮に重なるところも実に多くて一向に気配は変化することなく、むしろ現政権においては今のうちにとことん突き進むぞという強い意志まで確認できるほどで、そもそものところが本当におかしくなっていないかと、振り返りたくなる。

 ということで当時の状況やそもそも自衛隊はどのような経緯でできてきたのかとか、どのように変化してきたのかといったことを事例をまじえながらていねいにていねいに解説している。

「時代の大うそ」が始まろうとしている--フランク・コワルスキー陸軍大佐はこう記した。米軍事顧問団の幕僚長として警察予備隊の創設にかかわったこの米軍将校は、一方で警察予備隊の組織・装備・訓練・配置などに関し精力的に任務を果たしながら、そのかたわら個人的な感情としては少し悲しい気持ちを抱いて激動の時をみつめていた。

「アメリカ、および私も個人として参加する『時代の大うそ』が始まろうとしている。これは、日本の憲法は文面通りの意味を持っていないと、世界中に宣言する大うそ、兵隊も小火器・戦車・火砲・ロケットや航空機も戦力でないという大うそである。人類の政治史上恐らく最大の成果ともいえる一国の憲法が、日米両国によって冒涜され蹂躙されようとしている・・・」(コワルスキー『日本再軍備』)
(P.124-125)


 そうしてどのように歯止めが利かなくなり戦争もできるようにしましょうと変わっていくのかという過程はなんともやるせない思い。ぼくたちの軍隊は、いま ボクちゃんの軍隊となろうとしていて、都合のよい例示ばかりしては情にもろい日本人を懐柔しようと躍起になっているように見える。

 ひとたび軍備という疑心暗鬼にもとづくようになれば、それは際限のない軍備競争になるだけで、どこまでいっても相手を理由に拡大していく。危険は回避されるどころかますます増大する。

 もちろん、これも数ある見方のひとつでしかないと見ることもまた大切なことかもしれない。それでも、それすらも知らず、理解することなく「完全なコントロール下」に置かれてしまうことは、はたして望むべきことなのかどうか。今まさに考えるべきなのではないかなとは。

歩兵 → 普通科

砲兵 → 特科
工兵 → 施設科
戦車 → 特車
駆逐艦 → 護衛艦
揚陸艦 → 輸送艦
対地攻撃機 → 対地支援機
軍隊 → 自衛隊
(P.128 特車って何だ?)


 当然のごとくの、ああ絶版。

4005001505ぼくたちの軍隊―武装した日本を考える (岩波ジュニア新書)
前田 哲男
岩波書店 1988-12-20

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本当に必要な人にほど、情報は届かない

 たとえば近年話題に上ることも多くなった熱中症。その予防方法や熱中症とおぼしき状態になったらどう対処するべきかといった情報が、ニュースにしろ情報番組にしろ、新聞、雑誌、ウェブでもまあいろいろ流れてくるわけです。おそらくは多くの人がそうした情報にふれているし、目にしているし、あるいは耳にしているはず。はずなのだけれど、それが本当の意味で届いているのかは非常にあやふやなのかもしれないとこのごろ思うわけなのだった。

 というのも暑くなってくると「熱中症に注意しろといっても、どうしたらいいかわからないものなあ」といった言葉を受けることがあるからなのだった。いや、それはこれこれこうだしと話しても、「室内にいたってなるっていうんだから、どうしようもないよな」とか言う始末だったり。

 知らないわけではないし、見聞きしていないわけでもない、けれどもなんとなくそれらは右から左へとすり抜けているらしい。熱中症への恐怖だけが残存していてそこから先が欠落してしまう。事は熱中症にとどまらないのだろうなと。

 たとえば自転車の通行区分などに関すること。近年になって自転車は車両なので原則車道の左端を走るようにという話が(それなりに)頻繁にでるようにもなり、歩道通行可の場合は歩道内の車道寄り(見かけ上は歩道の右側通行をするようなことにもなる)を徐行するようにという話も出るようになった。

 また、歩道での逆走は一定程度許容されているようだけれど(それもどうかとは思うが)車道における逆走はそもそも罰せられるべきなのだろうけれど、これがまかり通っている状況もある。路側帯さえ走れば問題ないと考える人があるらしい。

 警察としてもそれなりには広報につとめているようではあるけれど、やはり広報不足は否めないのではないかと思うし、マスコミが報じる量もやはり少ないのではないかとも。それでいて一部の人にはよく知られ意識の変化もないわけではない。総じてその手の人というのは自転車に乗ることにきちんとした意識を持っているような人であることは多いかもしれない。

 つまり、周知の徹底が十分でないということもあるけれど、きちんと理解されていない、あるいは目にしていてもいざ自分のこととしてきちんと理解・行動してない人というのが多いような印象。

 たとえばマスクの装着方法。新型インフルエンザショック以来マスクを使う人は急速に増えた。同時になんどとなくその正しく、効果的な装着方法についてもテレビなどを通じてなんどとなく報じられているにもかかわらず、身近やテレビなどで見かけるそれはどれもこれも不十分なものばかり。すきまだらけであったり、鼻を露出させたままであったり。

 結局、どんなに情報を発信したところで本当に必要な人には届かないという不思議な現象がなにかあるのではないかという感じ。すでに実践できている人は何度も何度もそうした情報を目にすることになるので、相当周知されているはずだと思ったり、はたまたもういい加減目障りだからやめて欲しいと思ったりするかもしれない。けれども、本当に届くべき人にはその時点でもまだ届かない、あるいは届いてもそれを自分のものにしてもらえないという現状があるのではなかろうかと。

 これはいったいなんなのだろう?

 あらゆる情報が広く広く拡散しているかのように思う社会にあっても、必要な人に必要な情報がいきわたるとは必ずしもいえない。そのこと自体はある程度納得できるものの、どうしてこうまでそうした人の絶対数は減らないのだろう? あるいは、たまたま目にするのがそうした人々なだけで全体としては印象以上に認識されているのだろうか。どうもそんな感じはしないのだった。

 歩道でいえば自転車と歩行者を分離するために中央に白線がひかれたりしているのだが、これによってむしろ逆転が起きている例は少なくない。人が右側を、自転車が左側を走る。つまり、歩道の車道側を歩行者が、車道から離れた側を自転車が走っている。それも平気でというか、むしろそれが当然であろうというように。せまい歩道であるならばまた少し違ってくるかもしれないけれど、十分に広い歩道においてもそうだったりする。学校できちんと学んでいるはずの小中学生でも同様なのを見ると、なんとも残念な気持ちにもなる。

 結局、どんなに情報を流し、周知につとめたところで、本当にその情報を届けたい相手には決して届かない、なにかが存在するのではないか。そう思うしか説明がつかないような気がするのだった。

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ヴァン・ゴッホ

 ゴッホ最後の 67 日間を映画化したということらしい。が、ただのエロ親父の日常が描かれているだけとも。最後の自殺の経緯もそれが事実だったのだとしたら(なのだろうと思うけれど)即死するわけでもなく、といって医師が手当てして助かるというようなものでもなく、なにかできることもなくただ死ぬのを待たなくてはならないというのは、当事者にとってはある意味至極迷惑なことではないかと。部屋を貸していたほうにとっても迷惑千万。

 描いた絵についても売れないとかいうレベルではなく、売る気がなく(ゴッホ本人ではなくバイヤーとなっていた弟の考えらしいけれど)すべての絵を抱え込むだけだったというのも、実際そうであったならよくわからない行動であるなあとも。それでいていったいどうしていつから今ほどの人気というかになったのか?

 しかし、全体として思うのは、それぞれの人間関係とか感情とかよくわからないままに物語が勝手にすすめられていて、よくわからないままに終わっていくという感じが強くて、素直にいうと面白くないなあと思ってしまうのだった。あるいはありのままの生活なんて面白いものじゃない、ということかもしれないけれど。

B00H39UIU8ヴァン・ゴッホ [DVD]
紀伊國屋書店 2014-02-22

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料理本にも似たり

 ゲーム以外でもなにか参考になるものをということで購入したのだけれど、このところ離れてしまったので実際に使う機会はないまま。ちょうど折りよく(折悪しく?)改訂版が出たところで、内容も大幅に増えたらしく二分冊になったのに厚みも値段も変わらないという恐ろしい結果に。といって中を見るとすかすかとかではなく、それなりに小さな文字でびっしり書かれているので内容は確かに充実したのかもしれない。(実際に追加されたレシピもあるし、それぞれも加筆されたりしているのかもしれない)

 単純にゲームだけならば「A to Z」本で入門するのは割りと手軽ではないかという感想はある。Java も Android も知らなかったわたしにもわずかの期間でそれなりに作ることはできたので。出来のよしあしはともかくとして。とはいえ、ゲーム作成に特化したオリジナルフレームワークを使っているので、その他汎用として流用するには使いにくい部分もあるだろうからと、一般的なレシピということで買ってみたのだった。全般にぱらぱらと読むくらいはして、なるほどこまごまとした「こんなことができたらいいな」という要望にこたえてくれているようなので、そこそこ使えるのではなかろうかと。

 しかし、現状では宝の持ち腐れ状態であるのだった。ただただ料理本を大量に買い込むだけ、という状況にはしたくないなあ。

4844334751Androidプログラミングレシピ増補改訂版 アーキテクチャ/UI/ネットワーク編
Dave Smith Jeff Friesen 吉川 邦夫
インプレスジャパン 2013-09-24

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484433476XAndroidプログラミングレシピ増補改訂版 メディア/データ/システム/ライブラリ/NDK編
Dave Smith Jeff Friesen 吉川邦夫
インプレスジャパン 2013-09-24

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4844331132Androidゲームプログラミング A to Z
Mario Zechner 安生 真
インプレスジャパン 2011-11-25

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ねこみみ

ねこみみ【猫耳】:耳あかが柔らかで、近づくと少しにおう状態(の耳)。

-新明解国語辞典第四版-

 時々うわさにのぼってしまう新明解さん。ふと思い出してつらつらとページをめくっていたら目に付いたのが「猫耳」だった。まさか、そんな意味が本来的にはあったなどとは。

 今ではすっかりコスプレアイテム的な意味合いばかりなのに、なるほどそういう意味があったのねと。「猫っ毛」というのはまだそれらしい意味合いで使われるとは。

 しかし、ということはだ。猫の耳というのは匂うということだな。あらためて嗅いだこともないのでいずれ機会があれば。


 ぜひ匂い付きで。

B00JA83IKWBrainwave Emotion Controlled Cat Ears by Necomimi- Cosplay Headband おもちゃ (並行輸入)
Necomimi

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畝に花咲く季節

ジャガイモの花


 大きく育つのだぞ。

 花だけ見ていると南瓜や胡瓜のようでもある。仲間なのかな?

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フランスば第二の韓国になる(ザップニュース的な意味で)

世界のニュースザッピング月次データ
7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月合計
放送日数2220192020191913182020210
イギリス2669326777560
アメリカ151314913141410131014139
中国13124511107429784
韓国11181519131414101666142
オーストラリア9486867373566
アルジャジーラ14791112108389798
フランス000000001161532
すべての件数 621

  今年度からフランスが追加されたと思ったら怒涛のフランス攻勢。ほとんどフランスが選ばれない日がないというような印象を覚えるほど。一年分の遅れを取り戻そうとしているかのようだ。一方で韓国が激減。安定のアメリカとアルジャジーラというところか。

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狼の挽歌

 チャールス・ブロンソン演じる一匹狼の凄腕殺し屋。女性とバカンス中に命を狙われてなんとか返り討ちにしてやり過ごすものの、その女性が相手の首領と車に乗って行ってしまうのを目撃。どうやらはめられていたらしいと。

 その後アメリカに帰ってきたらしく(でもイタリア映画だ)空港で待ち受けていたのは、なにやら大物の手下らしく「一緒に来い」というのをやんわりとやり過ごして迎えの仲間と行ってしまう。そうこうしているうちに例の女性は今では別の大物と結婚しているとわかるし、その大物が一緒に組んで仕事をしようじゃないかという。その大物がテリー・サバラス。

 で、結婚しているのに、別宅のようなところでブロンソンと女が一緒に過ごしていたりして、なんだか脈絡なく物語りは進んでいく。最終的には魔性の女といったところで落ち着くのだけれど、なんだかメリハリがあるんだかないんだか、物語があるんだかないんだかわからないような映画なのだった。

 アクションというかなのだけれど、時代が古いせいか(とはいっても 1970 年だ)動きがなんだかもっさりしたところもあって今ひとつ迫力にもかけてしまう。前半の復讐劇あたりは、まだ見られる。

 でもよいのだ。この映画、内容なんてどうでもよいのだ。ブロンソンがでている、それだけで成り立つ映画なのだ。多分。

#そうでも思わないとやりきれないかもしれない。

B001ISXRGC狼の挽歌 デラックス版 [DVD]
ジェネオン エンタテインメント 2008-12-26

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tDiary使ってる?

 tDiary の 4.0.4 が出たということで、ふと「はたして tDiary ってどれほど使われているのだろう?」と思ったので手軽にわかる範囲で調べてみた。「Generated by tDiary」の文字列を検索してみて実際のサイトで使用されている tDiary と Ruby のバージョンを調べた。結果は以下。

tDiary のバージョン
2.0.023.0.184.0.02
2.0.113.0.224.0.11
2.0.233.1.024.0.26
2.1.413.1.114.0.316
2.2.033.1.224.0.43
2.2.213.1.32
2.3.323.1.41
3.2.04
3.2.14
3.2.28
2系小計133系小計344系小計28



Ruby のバージョン
1.8.561.9.212.0.011
1.8.611.9.3192.1.04
1.8.7232.1.13
1.8.81 2.1.24
2.2.02
1.8系小計311.9系小計202系小計24

 tDiary に関しては案外 4 系が多いというのがわかった。3 系もまだまだ多く、2 系は少ない。また Ruby については 2 系と 1.9 系が似たくらいなものの、1.8 系は圧倒的なくらいに多い。と、まあそういう表現というのはたぶんに印象操作をもたらすのでよろしくはない。

 実際のところ最新に近いバージョンを使っているのは開発に携わったり、積極的に WEB や PC を使っているという方面の(と思われる)人々が多いような印象だった。一方では、仕事としては無関係で使っている(多少 PC の心得はあるとか趣味であるとか)人はそこまで最新ではない例も多いようだった。

 もっともこれは利用しているサーバー側の事情というのもあるのだろうし(Ruby のバージョンがさっぱりあがらないので tDiary のバージョンも上げようがないとか)、すでにずいぶんと長いこと利用されていないらしいところも少なくはなかった。ただ、Ruby 1.8 系で今も使われているサイトも案外多くあったので、それはそれでいい加減どうにかしたほうがよいのかもなあ、などと思ったりも。

 先にも少し触れたけれど技術屋さん方面ではないところで使われているという例がいくつかあって、旅館であったり、宗教団体であったり、まあ意外なところで使われているのだなあという驚きもあった。


 一方で五月雨にリストされたものを調べてみたら、こちらは少し様子が異なって見える。tDiary に関しては 2 系と 3 系がほぼ同数の 15 前後。4 系は(4.0.4 発表少し前の調査時点)はわずかに 4 。Ruby に関しては 1.8 系が 15 、1.9 系が 7 、2 系が 9 という結果。実のところもうほとんど更新されていないというところが多かったりする様子。

 五月雨のリストに含まれていない著名人も少なくないように思うので、そろそろリストも更新するとよいのかもなあなどとも。わたしなんぞははずしていただいてまったく問題ないですから。(昨日あたりから五月雨が 404 になっているのでどうしてしまったのでしょうか)

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まだまだ夏ははじまったばかりだ

南国気分


 常夏の島にやってきました。

 という気分だけ。

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ツレがうつになりまして。

 夫のツレと妻のハルさん、そしてイグアナのイグの暮らし。まじめな、そう生真面目なサラリーマンのツレがある日”うつ”になってしまい、会社を辞めることに。ハルさんが漫画の仕事やイラストの仕事をもらってはなんとか生活していく。そんな厳しい”うつ”との共生の様がズキズキと描かれて、痛いやら辛いやら。

 ハルさんだって穏やかに受け入れられるばかりじゃない、そんなところも素直に描かれているあたりも好感が持てる。映画だから脚色ももちろんあるだろうし、もっと大変なことだってあるだろうと。まあ、それはそれ。具体的な付き合い方やら治療やらについてはもっと別で考えるべきで、映画として少し自分自身を見つめなおすきっかけにする。それができたらよいのではないかと。

 あくまでも脚色のうちとは思うのだけれど、最後のところで意外な伏線がうまく生かされていて、しかも直前までまったくそのことに気づかず、あまつさえ別の伏線に誘導されてしまったあたりがなかなかにくい。それだけでもうすべて「よし!」と思えるくらいの作品なのだった。

 堺雅人はもちろんのこと、宮崎あおいは本当にいい役者だなあと思わせてくれる。ちょっと辛いところもあるけれど、見てよかったと思える久々にホッとできる作品かなと。

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キングレコード 2012-04-12

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