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”ぼくたちの軍隊” 武装した日本を考える

 「憲法第九条」の流れでふと再読。岩波ジュニア新書なので中高生くらいを対象にしているのもあって、すんなりと読める。とはいえほかのものに比べたら、やや硬い内容になっているのは否めない。冒頭こんな文章ではじまる。

海があぶない、大空も危険だ! 思わずそう叫ばずにはいられない。

 確かに昨今近隣の海も空も危険なにおいにあふれている。けれどそういう意味ではない。この本が出版されたのは 1988 年 12 月のこと。かれこれ 25 年あまり前のことなのだ。ということで、少なくともこれは 1988 年当時の日本のおかれた位置を確認する本ではある。けれども、どこか最近の風潮に重なるところも実に多くて一向に気配は変化することなく、むしろ現政権においては今のうちにとことん突き進むぞという強い意志まで確認できるほどで、そもそものところが本当におかしくなっていないかと、振り返りたくなる。

 ということで当時の状況やそもそも自衛隊はどのような経緯でできてきたのかとか、どのように変化してきたのかといったことを事例をまじえながらていねいにていねいに解説している。

「時代の大うそ」が始まろうとしている--フランク・コワルスキー陸軍大佐はこう記した。米軍事顧問団の幕僚長として警察予備隊の創設にかかわったこの米軍将校は、一方で警察予備隊の組織・装備・訓練・配置などに関し精力的に任務を果たしながら、そのかたわら個人的な感情としては少し悲しい気持ちを抱いて激動の時をみつめていた。

「アメリカ、および私も個人として参加する『時代の大うそ』が始まろうとしている。これは、日本の憲法は文面通りの意味を持っていないと、世界中に宣言する大うそ、兵隊も小火器・戦車・火砲・ロケットや航空機も戦力でないという大うそである。人類の政治史上恐らく最大の成果ともいえる一国の憲法が、日米両国によって冒涜され蹂躙されようとしている・・・」(コワルスキー『日本再軍備』)
(P.124-125)


 そうしてどのように歯止めが利かなくなり戦争もできるようにしましょうと変わっていくのかという過程はなんともやるせない思い。ぼくたちの軍隊は、いま ボクちゃんの軍隊となろうとしていて、都合のよい例示ばかりしては情にもろい日本人を懐柔しようと躍起になっているように見える。

 ひとたび軍備という疑心暗鬼にもとづくようになれば、それは際限のない軍備競争になるだけで、どこまでいっても相手を理由に拡大していく。危険は回避されるどころかますます増大する。

 もちろん、これも数ある見方のひとつでしかないと見ることもまた大切なことかもしれない。それでも、それすらも知らず、理解することなく「完全なコントロール下」に置かれてしまうことは、はたして望むべきことなのかどうか。今まさに考えるべきなのではないかなとは。

歩兵 → 普通科

砲兵 → 特科
工兵 → 施設科
戦車 → 特車
駆逐艦 → 護衛艦
揚陸艦 → 輸送艦
対地攻撃機 → 対地支援機
軍隊 → 自衛隊
(P.128 特車って何だ?)


 当然のごとくの、ああ絶版。

4005001505ぼくたちの軍隊―武装した日本を考える (岩波ジュニア新書)
前田 哲男
岩波書店 1988-12-20

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