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お先にどうぞ

 [ 「エスカレーターでは片側を開けず、並んで立つ」を少しずつ浸透させたい - 頭ん中 ]

 きむらさん経由で読んだ。で、自分ではどうしているかというと、基本としてエスカレーターとかエレベーターを使わないのだった。可能なかぎり階段を歩く。建物によっては階段がないとかで(あっても裏口の非常階段とかだと普通は使えないし)エスカレーターしかないというようなときに使うだけ。

 で、そうした場合、ひとりであれば真ん中に乗る。ええ、堂々と。ふたりであれば並んで乗る。よほど混雑しているとかでなければ、第三者と相乗り的に並んでというのは、あまりないかもしれない。

 もっともこれは地方だから済んでいることなのかもしれない。ほかであまり使うことがないのでよく分かっていないともいえる。ただ、基本的にはひとりで乗るなら中央にという意識は持っている。エスカレーターの保守・維持の観点からも。

 偏った乗り方だけしていると重量バランスが崩れて磨耗が偏ってしまい、装置としての寿命を著しく短くしてしまう。重量バランスを考えて中央に重心がくるように乗るべきというのがエスカレータ業界の考えだったはず。実際そのとおりだと思う。

 歩いてあがったり、走ってあがったりというのは、その程度急いでどうする? というレベルでしかないと思うのです。

 人はその移動速度で思考する、という言葉があります。いや、わたしが考えたんだけれど。つまり車で移動している人はそういう論理で思考します。目と鼻の先にあるコンビニに買い物に行くにも車で行こうとしたりしますし、車で 10 分は気にならないのに、自転車で 5 分は嫌だったりします。

 物が増えすぎてしまったので広い家に引っ越すというのがあります。そうすると広がった空間に応じてまた物が増えるわけです。速さを手に入れた人は、ますます速さを求めます。その差はそう大きくはないとしてもより速さを求めます。

 一方で歩いてみます。速く歩こうと思えば自分が疲れます。心地よい速度というものがあります。それ以上急いでも始まらないということがあります。だから、速い人はお先にどうぞという気持ちになれます。

 もちろん、必ずしもその限りではないけれど、えてしてそういう傾向にありがちなのは事実ではないかと。

 ゆえにたとえば交差点にさしかかろうとした時に、車がこちらに曲がろうとしている。歩いていたり自転車であったりするこちらに気づいて止まる車。しかし、交差点にはまだ距離がある。それでも待っていたりする。こんなときに、先に行ってくれと手で合図することがよくあります。車はさっさと行ってくれと。こちらはそのために急かされてもなんの特にもならないのだと。

 というわけで(どういうわけだ)エスカレーターにひとりで乗るなら、どうどうと真ん中に乗ればよいのです。もしも後ろからやってきた人が追い抜きたいというのなら通してやってもいいでしょう。喧嘩になって怪我などしてもつまりませんから。でも、中央に乗ればいいんです。

 とまあ、田舎者は思ったりするのでした。

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