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浜村渚の計算ノート

 きむらさんところを見ていてずっと気になっていたのをようやくに読み始めたところ。うん、確かに面白い。学校から数学教育が廃止されてしまった社会ということで、「数学などなんの役にもたたないので教育する必要などない、芸術やほかのことを教えるべきなのだ」という体制にはむかう数学テロリスト集団が挑戦的な犯罪を挑んでくる、という趣旨。

 まあ、荒唐無稽ではあるけれど、実際に数学とか理科とかなんの役に立つっていうの? と思う人というのは相当に多いはずなので、そういう意味では案外起こり得る未来社会なのかもしれない。などとまっとうに考える必要はなくて、おとぎ話系の物語のように「数学なんてなくなっちゃえ!」と思ったら本当になくなってしまった世界のお話、くらいに思えばよいのだ。

 ではと、数学のこむずかしい話が出てきたり、それが事件を解決するのかというと、確かにそうではあるし、そうでもないと。ネタとしての小難しい話はもちろんあるけれど、それは付けたしみたいなものだし、それが解決するというわけでもない。数学のちょっとしたエッセンスを謎解きや犯人篭絡の手段として使ったコロンボ的なミステリとでも言おうか。

 ゆえに 0 で割るということはできない、してはいけないということを利用して、0 のオブジェでとあるものを壊して犯行に及ぼうとしたところを説得したりするわけだ。「0 で割ってはいけない」と。数学を愛するものならば、数学を愛するがゆえに犯罪をおかす集団だけに、数学を汚してはいけないじゃないですか、と。

 まあ、それを中学生の小さな女の子が言うというあたりがラノベ的面白さなのだろうなと。ガリレオみたいに頭脳明晰でちょっと鼻持ちならない雰囲気の大学教授とかが言ったのでは、いまひとつ説得力がないというか逆に莫迦にされているという感じがしてしまうもの。

 それを、数学は大好きなのだけれどほかはからっきしというかわいい女子中学生に言われてしまった日には、おじさんもおばさんも腰砕けしないわけがない。

 数学が事件を起こし、数学が事件を解決などと聞くと、身構えてしまうかもしれないけれど、このシリーズに関しては(ほぼ)そんな心配は無用。さくらんぼノート欲しい、などと思うようならば、完全に渚と数学の魅力にはまっている証拠なので、まあご用心ということで。

#帯に「さくらんぼノート」プレゼントとあったので、よしよしと思ったら、応募期間はとうに過ぎていたのだった(数年前というほどではないが)。がっかり。

4062769816浜村渚の計算ノート (講談社文庫)
青柳 碧人
講談社 2011-06-15

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