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点検のけんは見学のけん

 NHK スペシャル「インフラが危ない」を見る。4、5 年くらい前にもかつての経済成長期につくられた道路や橋といった建造物が危なくなってきた、といった内容を放送していたのを思い出す。昨年暮れのトンネル事故を発端として、今年あいついだ事故も受けて、各自治体では国のお達しに従い点検を進めているとか。達成率だけでいえば 8 割り 9 割りという数字らしい。

 しかし、それは本当に大丈夫なのか? ということで、専門家を引き連れて再点検をする試み。初っ端はつり橋事故が起きたという浜松市だったのだけれど、担当者としては問題が見つかるとは思っていないというような発言だった。けれども、現場で見つかる問題の数々に正直生きた心地がしなかったのではないかと。重大な問題につながる危険性もいくつか発見されてしまった。

 土木の専門家が「それは点検ではなくて、単に橋を見にきただけ」と言っていたように、本当の意味で危険性を調べるべく点検を行ったというのではなく、点検をしたという事実だけを積み重ねることが一番大事にされたということなのではないかと。つまり、まあいかにもお役所的な仕事であると。

 もちろん、後段で語られるように、なによりも点検しなくてはならないその数が尋常ではなく、そもそも短期間ですべての点検を終えられるような話ではないこと。専門性をきちんと身につけた人材の不足。割の合わない補修工事は請けたくないという思惑もあっての、評価のゆるさ? 構造上容易には分かりえない問題もあり、点検が一筋縄ではいかないという事情。などなど。

 補修工事を請け負うと大赤字になるという構造の問題。いったん作られたものに対しての作業なので、感嘆には作業できない狭い場所での作業であったり、工法の難しさであったり、そうでなくても費用もかかるはずであるにも関わらず、積算基準にあるのは新規基準の数字。そのために金額は新規工事の金額でしかなく実態に則していない。これでは誰もやりたがらない。

 また、古い資料が残されていないというのもあるらしいが、これははっきりいって論外というくらい基本をないがしろにしているとしか思えない。ひょっとしてピラミッドとかの建造物と同じくらいのものを自分たちは作っているとでも思っているのだろうかと。形あるものはからなずいつか壊れるし、大昔の巨大建造物よりも現代の建造物のほうがはるかにはるかにもろいのは自明のこと。遠からず補修が必要になるのははっきりしているにも関わらず、設計図などが残されていないというのはなんということかと。

 そして、それによって構造をしっかり把握しないままに簡易に(ある意味思い込みで)点検をしておいて、問題ないと判断していた中に、重大な問題がいくつも発見されていく過程には、安穏と暮らしていて本当に大丈夫なのだろうかという不安を感じざるを得ない。

 残念ながら、次からは自治体は協力を拒否する可能性もありそうで、これがどこまで有効に働くのかは未知数。といって道路を走らないとか、橋を渡らないとか、トンネルを通らないとかで生活していけるほど、現代の生活は簡単なものではなくなっているということでもあり。

 国も地方もその実態としては補修よりも新規ばかりに目が向いているような気配でもある。補修よりも新規のほうが楽で儲かるということがある限りは、変化が訪れる様子は伺えないのではないかなと。

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