« 茶碗を求めて幾千里 | トップページ | 「一方」 »

好きなだけやりなはれ

 NHK 「にっぽん紀行」にて 85 歳の魚行商人スーちゃん(さん)のおはなし。漁港では漁師の奥さんたちが、長らく夫が捕ってきた魚を行商して歩くことが続いていたと。けれども時代の移り変わりでそうした人もすっかり減り、今となってはスーちゃんを含めてふたりとか。そして、そうして辞めていく人のお得意さんを引き継いでいるうちに、今では一日 15km あまりを歩いて行商するのだとか。

 お得意さんを回り、多少高くても下ごしらえしてくれたり、そもそもスーちゃんとの会話を楽しんでいるという人を回ることが、生きがいのようなものでもある様子。お得意さんのいろいろを気にかけてくれて、大事な日にはやっぱりスーちゃんの魚でないと、という信頼関係がしっかりできているところが、なんとも素敵。

 とはいえ 85 歳という年齢を思うと家族の心配も当然のことで、すでに現役漁師を引退し、日々行商の裏方に徹している夫や、近所に住む娘さんには心配の種。

 雨の日。いつもの時間になっても戻ってこない。心配で探しに行く旦那さんだが見つからない。ようやくにして雨の中戻ってくる。雨を避けようといつもの道ではないところでやり過ごしていたらしいが、結局止まないので歩いて戻ってきたということらしかった。

 さすがにこういうことがあると家族の心配はつのってしまうわけで、それも仕方ない。とはいえ、恐らくこのお歳でこれだけ元気に歩けるというのはすごいことで、仮に事故や病気でできなくなったとしても、周りにいわれて渋々とやめてしまったのとは大きく異なる。もしも、そうなったら一気に老け込んでぽっくりといってしまうかもしれない。そのくらい生きがいというのは意義があるのだろうなと。

 結局、雨の日は行商をやめるということでお互い了解し、そうでなければ毎日好きなだけ働きなよ、ということになったらしくひと安心。自分が動ける間は、思うようにさせてあげるのがなにより。危険だから、心配だからと子供に刃物を持たせないとかと同じように、年寄りであってもできるだけ本人が活動することを妨げてはいけないのだと。心配であっても、そこをグッとこらえることもまた、家族のつとめというやつなのだろうな。

 もっとも、気力がなえてしまって、なにもしたくないという年寄りになってしまうことこそ、一番の心配なのではあるけれど。上手に上手に外に連れ出したり、いろいろに興味を持たせるように促していく。それもまた家族のつとめなのだろうなと。

|
|

« 茶碗を求めて幾千里 | トップページ | 「一方」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28835/57808926

この記事へのトラックバック一覧です: 好きなだけやりなはれ:

« 茶碗を求めて幾千里 | トップページ | 「一方」 »