油菓子の記憶
確か小学校の教科書だったか副読本だったかに登場した、油菓子という言葉。妙に新鮮な記憶としていまだに残っている。父親が子供に新聞紙でぶこつにくるまれた油菓子を手渡すような場面だったかと思うのだけれど。それは、つまりかりんとうのことで、そう聞くとなるほどと頷けるものがある。さしづめ今ならポテトチップスあたりかもしれないけれど。やはり、かりんとうにこそふさわしい。
事実、かりんとうの袋を見ると、名称として「油菓子」と書かれている。あるいはそれは一般的ではないのかもしれないけれど(未確認なので)、つまりはそうした菓子の総称ということではあるらしい。ポテトチップスあたりも「油菓子」の仲間なのかもしれない。(油で揚げた菓子の総称らしい)
黒糖を使った昔ながらのかりんとうの味わいというのは、どうも子供のころの記憶と強く結びついているような気がする。でこぼこした形といい、やや固めの歯ごたえといい、黒糖独特の甘さといい、不思議と記憶に残り、一口食べるとつい手が伸びてしまうような魅力があるような。
そんなかりんとう。長野県内ではやはり久星(きゅうぼし)が真っ先に思い浮かぶかもしれない。値段などの関係でついよそのメーカーとかを食べることが多かったのだけれど、この頃になって懐かしさから久々に食べてみたら、やはりおいしい。安いばかりのかりんとうというのはどうも今ひとつおいしさには欠けているのだった。あれは、なんなのだろう。
シンプルであるがゆえにごまかしが効かないということかもしれない。地元のメーカーでもあるし、やはりいつまでも手元におきたいというのもあるなと。
そんなかりんとう。久星さんのサイトを見ると、かつては一斗缶に入れて全国へ出荷したとか。復刻とかもあるらしく、なんだかわくわくする。あの大きな缶を隣において(あるいは抱えて?)思う存分食べたりしたら・・・。いや、それはやはり食べすぎだろうなあ。とはいえ、なんとも心惹かれるものがあるなあと。
一方でやや上品なつくりなのが米持製菓のかりんとうか。こちらも捨てがたいところではあるけれど。地元のお菓子屋さんというのも結構あるのだよね。あらためてそうしたところを見直していきたいなあと思うこの頃。
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米持さん、シンプルだわ。Flash バリバリがちがちよりはずっと好きだけど。
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コメント
かりんとうは、少し無骨な方がおいしい、というのは偏見でせうか(^^?
お上品だったり、つるつるした食感のものは、なんか違う!と思ってしまうのです。
投稿: 黒豆 | 2013.05.11 09:33
久星さんのパッケージとかにもかかれてますけれど、無骨な方がおいしいというのはありますよね。
絶対的にそうかというとそれはまた難しいですけれど、ぼこぼこしたもののおいしさってのはまた別格な気がします(^^;
投稿: ムムリク | 2013.05.11 11:52