« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

梅は咲いたよ。桜はまだだよ。

梅

 梅は木にもよるけれど、だいぶ咲き出していた。


桜 つぼみ

 早いとはいえ、桜はまだまだ。それでも来週には咲きそうかも。(携帯ではつぼみのような小さいものに焦点が絶対に合わない。不便だ・・・)

 ハクモクレンなのか、コブシなのかわからないけれど(あの区別はどうつけるのだろう?)街路に植えられているものも大分開きはじめていた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

散り行く桜?

 昨年久しぶりに見始めていた大河ドラマ。別にどこかの知事さんのように、絵が汚いだのとか分かりにくいだとかはたいして思わなかったものの、なんとなく今ひとつ感がしてきてひと月くらいで見るのを止めてしまったのだった。

 はたして今年は新島襄の奥さん? 女だてらに鉄砲撃つ! などなど、なんとなく惹かれるものがあって見始めていて、今年はなんともしっくりくる出来で見続けているのだった。

 ところが。

 世間では「方言が分からない」だの、兄様(あんつぁま)の入浴シーンを出せだの、なんのかんのとまたぞろクレームをつける輩があるとか。

 方言について何言っているかわからないと思ったことはないのだがなあ。実際特徴的な部分を残しながら、ある程度現代的な言葉に変えているのではないかと思うくらい。

 さらには字幕をつけろとかいう輩もあるらしいが、今はすべてデジタル放送になったわけで、基本字幕はついている。前にも書いたけれどこれは別に耳が不自由な人でなくても便利だ。音で聞くだけではどういう意味の言葉なのかわからなくても、字で見るとそういうことかとわかる言葉も多いので。

 ところが、どうも NHK はこうしたほとんどクレーマーでしかない意見におろおろして、あっちにフラフラこっちにフラフラとしすぎるのではないかと。その結果が先日 24 日放送分の「蛤御門の戦い」。当日はキャプチャできなかったので、本日再放送分をキャプチャ。

データ放送 ことば解説
 「ことば解説」というデータ放送利用のサービスをはじめているらしいが、そこまでしないと分からないような方言とは思えないのだけれど。当時の武家社会のいわば専門用語的なものは、あってもよいかもしれないけれど。


御門配置図
 解説図面がつくのは分かりやすい面は確かにあるのだけれど、これは果たしてドラマなのか? もはやドキュメンタリードラマというやつでは。


蛤御門内
 このくらいのテロップ(というにはあまりに中央だけれど)ならば、従来からもあったし、場面の説明程度なのでよいけれど。


薩摩勢到着
 このテロップはどうなのか? トーキー映画の弁士でもあるまいに。


薩摩勢 対 長州勢
 そしてここにきて、もうドラマはどこかに消えうせてしまった。これは「その時、歴史が動いた」なのか? 「歴史秘話ヒストリア」なのか? こんなふうに、画面のこの人たちがどういう軍勢で、こちらに映っている人たちがこういう軍勢ですよなどというテロップが本当に必要なんだろうか? これはもう本当にドラマじゃない。


 こんな風に視聴者らしい人からのすべてのクレームに応えてばかりいると、番組の本来の意義はどんどん失われていくのではないかと。そうして、そんな番組をせっかく見てくれていた正しき視聴者が却って離れていってしまう、という本末転倒の結末を生まないのか。

 さながら、民主党政権があっちにフラフラ、こっちにフラフラと定まらないままに転落の末路を歩んでいるように,
NHK も同じ轍を踏もうとしているのではないのかと。

 このままこんな調子が続くようであると、せっかく楽しみに見ている「八重の桜」はもはやドラマではなくなってしまい、多くの視聴者を逆に失うのではないのかと。

 少なくともわたしは、いささか興が冷めてきてしまっている。最後まで見たいと思っているのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

オオのつくのとつかないのと

オオイヌノ


 寒暖の差が大きすぎるのも困りもので、初夏のような暖かさかと思えば冬の終わりくらいに戻ってみたり。なんとも忙しくていけない。

 暖かな(暖かすぎる)陽気に、ちらほらと花が咲き始めたというのに。

 それにしても、よく考えると、これはイヌフグリなのか、はたまたオオイヌノフグリなのか。あらためて考えてみたことはないのだけれど、何か違いはあるはずなのだよなあと。

 ムスカリがいくらか頭をもたげはじめていたりもするし、街路のハナミズキなども大分蕾を膨らませてはいるのだけれど。

 陽気にさそわれて桜の開花もあと二週間くらいという予報。さて、どうなりますか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

遡りインデックス

 こちらで通常放送されていない(いなかった)アニメというのは数多く、そんなものが今はネット配信とかで見られるというのは非常にありがたいわけです。

 というわけで、すでに「とある魔術の禁書目録2」を見たあとになって、ようやく正編のほうを見たところ。なるほど、あの人はこうで、この人はこうであって、その人はこういう事情だったのね。というあたりをようやくにして理解した。

 もっとも、細かいことなど気にせずに「2」のほうを見てしまったし、実際知らないままでも楽しめないわけではなかったので、それはそれでかまわなかったのだけれど、やはり「はてな」が多かったままというのも気持ち悪いところがあるわけで、その意味ではようやく見られて実によかった。

 なにやら劇場版公開に伴ってということらしく、どれもこれもそうしたパターンが多いようで。

 今度はぜひ、「とある科学の超電磁砲」あたりをひとつよろしくお願いしたいところ。

#おそらくは有料であれば配信があるのだろうけれど、そこはそれということで無料配信待ちなのであった。

#不幸、不幸というけれど、絶対に不幸ではないだろう、とも思ってみたり。

B009VYJU0Wとある魔術の禁書目録 DVD-BOX (オリジナル劇場版鑑賞前売券付き初回限定生産)
ジェネオン・ユニバーサル 2012-12-28

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

思い出(メモリー)が一杯

 ようやく何人かの方に試していただけて、とりあえずクラッシュなどは今のところでていないようでなによりというところ。好意的なレビューもひとついただけたので、それも何より。

 で、自分でも解像度があがると絵の粗さが目立つなあと思っていたところもあって、早々にそのあたりを改善することに。

 当初は 320x480 を対象にして作っていたのだけれど、最近は解像度もあがっているようで、またスマートフォンだとまだそうでもないかもしれないけれど、7 インチくらいのタブレットとかだと大きさもそこそこあるわけで、やはりもう少し大きめの解像度を対象にしなくては駄目だなと。

 ということで大きくしたところ Out of memorys が頻発。「問題が発生しました」といっては終了してしまう。

 なんだ、なんだと思ってもよくわからないので、とりあえず検索してみると、ちょっと大きい画像を扱うとすぐにメモリー不足になるのだとか。そういえば画像を読み込むところでエラーになっていたのだった。

 で、対策としていろいろ出てはいるものの、なかなかこれという感じではなく、さてと思ったが、中間くらいの解像度ならどうかと 640x960 で作り、さらにはものによっては png でなくて jpg にしたりと試していたらなんとかなったが、それでもヘルプ画像がひとつ収まりきらなくなってしまった。

 そこで、ヘルプ画面ははなから読み込まないということに。というか最初からそんなものまで全部読み込む必要などなかったのだ。仮にヘルプ画面を見るとしても、はじめだけだし、その後はまず必要がない。毎回のように見たとしても、常に必要なわけではない。

 ということで、ヘルプ画面を選んだところで読み込み、ページが移るときにつど読み込みと削除をするようにしてみた。それなりにうまくいっているらしい。(あくまでも、らしい)

 ということで、ある程度遜色のない程度の画像になったバージョンにできたかなというところ。

 しかし、Android のメモリ状況ってのは、貧弱なのだなあというか、最近の PC が快適になりすぎているのか。さながらかつての 8 ビットマシン時代でも思い出すようで、それはそれでちょっと懐かしかったり、ワクワクしたり。

 でも、やっぱりもう少し楽に扱えるようになって欲しいなあ。

 [ 点とび虫 - Google Play の Android アプリ ]

B0000D0YYV想い出がいっぱい~the 21st century~
H2O
ユニバーサルJ 2003-10-29

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

アニメ「十二国記」を見終わったのだった

 ずいぶんと長くかかるなと思っていたアニメ「十二国記」の配信が少し前に終わったのだけれど、意外と早かったという印象が。つまり、面白かった、ということなのだ。

 50 話くらいまでだったのかと思ったら 45 話までということで、これで終わりなのかと思ったけれど、どうやら物語りはまだ完結していないらしいとわかった。なるほど。

 とすれば、アニメ化の時期にはそこまでの内容しかなかったということでもあるのだろうし、また、小説とは一部違った設定であるとか展開であるとかもあるらしいという話でもあるので、「ここで終わりなの」とか、いろいろはまあ仕方ないのだなと。

 とはいえ、最後のところはちょっと余分な感じもしないではなかった。インターミッションにしても半端な感じが。もちろん、王たるもののふるまいというか姿勢というか、そうしたものを考えさせるという意味では無意味ではないのだけれど、長さ的にも挿入の位置(一番最後)という意味でも、やや変な感じが残ってしまった。

 ついでに言うと、日本に戻った杉本とキリンであった男子のことがそのままだしとか、いろいろ。結局、そういったもろもろはその後の小説などでなにか描かれていたりするのだろうか。

 あらためて小説のほうを読んでみたい気持ちもあるのだけれど、未完の上に続くのかどうかも、終わるのかどうかもいささかあやふやな感じもするので、手を出してみたものかどうか。うーむ。

 当時(アニメ化よりも前の、小説が人気を呼んでいた時期)人気を博していたのも頷けるところではあるので、読んでみようか。(いずれ)

 [ 小野不由美「十二国記」新潮社公式サイト|新潮社 ]

4101240523月の影 影の海(上) 十二国記 (新潮文庫)
小野 不由美 山田 章博
新潮社 2012-06-27

by G-Tools
4101240531月の影 影の海(下) 十二国記 (新潮文庫)
小野 不由美 山田 章博
新潮社 2012-06-27

by G-Tools
410124054X風の海 迷宮の岸 十二国記 (新潮文庫)
小野 不由美 山田 章博
新潮社 2012-09-28

by G-Tools
4101240558東の海神 西の滄海 十二国記 (新潮文庫)
小野 不由美 山田 章博
新潮社 2012-12-24

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

すっかり冷めてしまった「アイスマン」

 NHK スペシャルの「完全解凍 アイスマン」を期待して見たのだけれど、なんとなくもやもやした感じが残ってしまった。なぜだろう。

 1991 年だかにたまたま登山者によって見つかったミイラ。当初は遺体遺棄事件的に扱われていたらしいのだけれど、どうも妙なのでと司法解剖の前に考古学者に見せたら 5000 年くらい前のミイラですよと。

 アルプス山中でずっと氷漬けだったので状態よく残っていたのが見つかったのだと。で、ひとまずは冷凍保存していて、表面調査くらいはしていたらしいのだけれど、それではやはりあまり分からないのでいよいよということで解凍して調査する許可を取ったと。内臓とおぼしきあたりやら脳の組織やら 150 箇所あまりのサンプルを採取して検査したとか。

 そのあたりだけならば、なんともわくわくという内容なのだけれど、どうもこの専門家というのが素人っぽいというか、説明がいちいち胡散臭いというか無理というか、どうもそういうあたりで鼻白んでしまったのかもしれない。

 必ずしもすべての人が医学的な専門家ではないのだろうから止むをえないのかもしれないが、鼻を出したままマスクしていたり、防護帽子をしっかり被らずに髪の毛が露出したままだとか、果ては採取したサンプル組織を試験管に入れるという時に、素手で試験管を持っていたりとか。もう、あなたがたは素人か? という感じがしてしまって。

 また、左腕を右方向に体の前を横切って伸ばしているという奇妙な姿勢についての考察も、やや奇妙なものだった。

 まず、左肩のあたりにやじりが見つかった。方向からすると後ろから矢を射られたものらしいと。さらに、右目のあたりに傷があり、なにかで殴られたものと考察。ここまではまあよい。

 はじめに後ろから矢で射られ、次に右横から石かなにかで殴られたと推定。アイスマンは後ろに仰向けに倒れた。アイスマンの右腕を取って体を右に向け、そのままうつぶせになるようにした。そして、矢を抜いた。だから左腕が体の前を右方向に向いているのだ。というのが、学者さんの考え。

 しかしだ。矢は体の左後ろから刺さっている。仮にその状態で後ろに倒れたら、その矢はどうなるか。やじりが残っているのでそれ以上はささっていない。とすると、ばったりと後ろに倒れて仰向けになったというのはやや違うような感じがする。

 また、仮に矢を抜くために起こすとしても、アイスマンの左腕を取って右を向くように(つまり先の説明とは逆向きに)体をひねらせたほうが、矢はすぐに抜きやすい。

 もちろん、利き腕がどうだったとかいろいろ考え方はあるだろうけれど、やや不自然な推論ではなかろうかなと。

 いろいろ発見もあったということで、面白かったのも事実なのだけれど、どうも今ひとつ感が強く残ってしまったので、面白みも半減という感じ。阿部寛のでてくる部屋の感じも、先日放送された「中国文明の謎」のそれと酷似していて、あれは必要だったのかという感じもあって、ますます今ひとつ感が。

 期待して見ただけにちょっと残念な番組だった。

#その前に別番組でも残念があったのだが、それはまた改めて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

桜と城と

 [ 桜の名所なお城、花見にオススメなお城一覧 | 攻城団ブログ ]

 東京や九州方面ではすでに満開を迎えた桜。あわててお花見だー、という雰囲気らしいですが、まだまだ寒さの残る寒冷地です。ま、豪雪地とか北海道など、まだまだ雪の残っている地域と比べたら楽なものではありますが。

 ぼちぼちといろいろな花が咲き始め、ようやく春らしさを実感できるようになってきたこのごろ。やはり、日本人にとって桜というのは特別な感があるのは間違いないようで。

 まして、お城と桜といったらこれ以上に絵になるものはないのではないかというくらいで、そんな絵になる場所のリストアップが上記です。

 まだまだ、間に合う地域も多いはずなので、参考にして楽しむってのはよいと思うのです。

 でも、本音を言えば、本当によい場所は教えたくない、知ってほしくない、というのもまたあって。人が増えれば必ず環境はあらされてしまうので。哀しいかな。

 人生 80 年時代とはいえ、ゆっくり桜を見ることができる回数なんて 40 回もあるかないかなんですよ。いや、現実的には 10 数回かもしれない。今年の桜を毎年大切に心にとめておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ねえねえ。ねえねえ。

賑やかなクロッカス


 ようやくこの手の小さな花は咲き出すようになってきた。オオイヌノフグリさんも気がついたら咲いている。

 街路樹のアメリカハナミズキらしきもだいぶ蕾を膨らませているし。

 でも、桜はまだまだ小さなもの。

 そういえば、翁草も開こうとしているようだった。

 ツバメを見たという話もあることだし(もちろん、このあたりではないけれど)。

 桜に関しては異様に早い春、という感じはするものの、全般的にはさてどうなのだろう。

 なにやら賑やかであるなあ。春。

#あー、がんばって例のウェブサービスはじめてみたい。その前に作らなくてはいけないわけだけれど・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

空間亀裂


4488696201空間亀裂 (創元SF文庫)
フィリップ・K・ディック 佐藤 龍雄
東京創元社 2013-02-27

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 ディックといえばどちらかというと分けのわからない世界、分けのわからない物語展開という印象も強く、まあそのぶっとび具合こそがディックらしいという印象すらある。そんなディック作品としては比較的穏やかにまとまった作品ではないかと。

 では、だからといって面白みに欠けるのかといえば、そうでもない。解説などを見るとディック本人は駄作だと言っていたらしいけれど、いやいやここにはディックであればいくつもの作品を生み出して人々を驚愕させるに違いないというようなアイデアは満載なのだった。

 物語は地球の人口が増えすぎてしまい、ついに冷凍睡眠によって未来に活路を求めるという時代になっているところからはじまる。少なくともアメリカにおいては白人がマイノリティーとなり、働き口も多くない。有色人種がその数を増やしていて、ついに歴史上初の黒人大統領が誕生するのではと期待される大統領選挙戦を主軸として物語は語られる。

 人口が増えすぎて冷凍睡眠を行うくらいなので、当然繁殖にも規制がかかり、人工中絶も合法化され、それに伴ってか売春の合法化もなされている。数千人もの女性が待ち受ける娼館衛星が存在し、男どもはこぞって通う。その娼館衛星を営む男はひとつの頭にふたつの体を持つ奇妙な姿で、しかし、絶大な力をもまた持っている。そう、大統領選挙を左右するくらいに。

 黒人候補のブリスキンにもたらされたひとつの情報が、地球の未来を混沌とさせていく発端となる。それは超高速移動機というやや謎な機械に見つかった時空の亀裂。その先に見つかったのはどこかの惑星だったが、実はそれは地球だった。生命も存在していたが、それはこちらでいう北京原人の姿で、知能も文明も当初はまだ未発達なものに思われていたのだった。

 ところが不思議な飛行物体をもっていたり、エンジンらしき装置が木製であったり、実に奇妙な文明を持っていた。

 当初、そんな生命の存在を知らないままに、一億人以上という冷凍睡眠の人々の移住先が見つかったと発表してしまったブリスキンは、単純に移住できない事態に直面。さらには、それが公になってしまったので、現役大統領がそれを利用しようと画策。後先考えないままに移住計画がはじまってしまう。

 ところが、しばらくして亀裂の様子が変わってくる。接続された先の様子が以前とは異なり、原人たちがこちらに侵入してくる事態となり、状況はすっかり逆転するかという展開。

 ディック作品としたらずいぶんとあっさりした感じではある。どこへ連れて行かれるのか皆目わからないというような混乱はない。けれど、冷凍睡眠された人々であるとか売春合法化とか、謎の結合双生児であるとか、時空の亀裂を通じて異なる地球と行き来するであるとか、ディック的なシチュエーションは満載。ただ、どれもやや中途半端な展開で結末を迎えてしまうというところはあって、少々もったいない感じも残る。

 そのいずれかひとつだけを取っても、ディックであれば大長編を物していても不思議ではないのだけれど、そういう意味ではやや物足りなさは残る。とはいえ、風呂敷を広げるだけ広げておいて、さあどうだといったところであっさりと決着をつけてしまう。それもまたディックの才のゆえかもしれない。

 そんな意味では、むしろディックは初めてという人にとって、ちょうどよい入門になるかもしれない。

 難点としては登場人物の多さ。途中で一度「えーと、これは誰だっけ?」と思ったのは久しぶりの体験だった。その意味でもディックってすごいなあ。



空間亀裂 (創元SF文庫)
  • フィリップ・K・ディック
  • 東京創元社
  • 1029円
Amazonで購入
書評

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ほぼ日Xとらや、つぶあんレシピ体験メモ

 ほぼ日xとらやのコラボレーションつぶあんレシピの体験記録を簡単にまとめておこう。本当は、ほぼ日できちんとまとめられているべきだとも思うのだけれど、そういうのはないような気がする。

 材料はなぜか PDF なのだが以下。

 小豆 300g
 グラニュー糖 450g
 水(グラニュー糖用) 250cc
 水(小豆茹で用) 1000cc
 重曹 2g

 今回は小豆が 250g だったので、グラニュー糖を 360g 程度、その水が 200cc ほどということで作ってみた。

 あらかじめ水に漬けておくことなく小豆を鍋にいれて水を 3 から 4 倍量いれて火にかける。沸騰してきたら火は弱めた。渋きりまでのタイミングがよくわからないので、本当であれば小豆のしわの寄り具合を写真で示してくれたらよかったのだけれど、そのあたりが先日のワークショップにしても、リハーサルにしてもないので、(もちろん中継でもそのあたりは分かりにくかった)大雑把なところで。

 煮汁が紅茶色になってしわがいくらかはいったなというあたりでお湯をある程度きった。

 水を加えてまたまたたっぷり状態にして、はじめは強火で。沸騰してきたら火を弱め、煮汁で重曹をといて加え、軽くまぜて全体になじませた。ここでの火加減はもう少し強めでもよかったのかもしれない。小豆が踊らない程度の中弱火といったところか。やや弱火すぎて灰汁もあまりでてこなかったし、時間もかかった感がある。

 それでも後半はやや強めたのでいくらか灰汁をひいて、一時間あまりというところか。スプーンを前後に動かしてみると、最初の小豆がころころする感覚はなくなってやや重い感じがある。このあたりがサインと言っていた。実際指先で押してみるとあっさりとつぶれるのでよしとした。

 細い流水で温度を下げてから水を切って茹で小豆が完成。

 鍋の都合で小豆のほうを移し変えてからグラニュー糖を溶かす。水の量が少ないのではと思うが、ここが肝心ともいえそう。そのまま溶かしても全部は溶けきらないので、弱火にかけてかきまぜているとやがてすっかり溶ける。

 そこへ茹でた小豆をいれて中火もしくは中弱火くらいで煮詰めていく。中継を思い出してあまりぐりぐりするようにはせずに、軽く杓子をいれる程度にする。煮詰まってくると火加減を見つつ、全体をよく練るようにして焦げ付かないように注意した。都合 15 分から 20 分くらいか。

 おはぎを作るという目的だけだったので、一気に煮詰めてしまった。茹でている間に準備しておいたもち米を炊いたので、その後双方をやや冷ましつつ(本当は冷蔵庫にでもいれたほうがよかったようだが)、時間もないので作りつつさっそくにいただく。なかなか。

 もちろん餡を作っている最中にも時折杓子についたのをなめたのだけれど、そのうまいこと、うまいこと。やはり一度はレシピ通り(に近い)に作ってその味を実感しておくのが肝要かと。でも、次回は少しグラニュー糖を減らそう。おいしくてどうせ食べ過ぎてしまうし、どのみち自分で全部食べてしまうのだから。

 餡の作り方そのものはいたって単純なので、時間さえみれば特に面倒なことも難しいこともない。値段を考えても安いからといって素性に不安を覚えるものを買うよりはよほど安心でよいのでは。なによりも、手作りする楽しさは代えがたい。

 ということで、またしばらくしたら作ってみようかなと。もち米もあることだし。(もち米、500g くらいのものがあればよいのだがなあ。1kg が最低量であった)

茹で小豆


つぶあん

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

お中日におはぎ、つくりました

 かねてより予定した通りにお彼岸の中日である今日、小豆を煮て餡をつくり、おはぎを作った。手順は先日のほぼ日、気仙沼あんこワークショップにて披露された”とらや”さん直伝の作り方をほぼ踏襲して。

 ほぼ、というのは、実のところあの中継にしろ、そのほかのテキスト類にしろ、レシピとしては正直不十分で、曖昧なところが多いものだったため。中継そのものは結局最後まで見ていたので、そのときの感じと、あらためてテキストを見たうえで判断したところで、あとはこれまでの経験からという感じで。

 もち米のほうも準備しておいて、餡を煮詰める段階で炊き上がるようにしておいて、餡も米も少し冷まして使えるようにと思ったものの、やや時間が忙しくなってしまった(これは別の事情による)。

 そんなこともあって、お昼ご飯代わりに三つ四つをいただきつつ、都合九つくらいをおはぎにしたのだった。残った米は普通に食べるようにして、やや残った餡もタッパーにいれて保管。冷凍してもよいのだけれど、恐らくパンなどにつけて早めに食べてしまうので、チルド方面で。

 晩御飯もおはぎにしようか、などとも思ったが、さすがにそれはぐっとこらえて普通に食べることにしよう。おやつとかにもしつつ残りは明日くらいで。

 しかし、いつもは甘さを控えて作っている餡なのだが、一度は指示通りに作るべきという考えからほぼ同様の量で作ったところ、実においしい餡ができた。これはうまいなあ。もっとも、もう少し甘さをおさえても悪くはない。そして、なによりもこれまで白糖で作っていたけれど、グラニュー糖を使うと確かにさっぱりした甘さにしあがってよいなと実感。まだ、もう二回くらいは使えるが、さてどうしよう。

 子供の頃に近所のおばさんがおはぎを手作りされたのをもらったりした記憶はあるのだが、自分で作るのは今回がはじめて。その割にはまずまず問題なくできた。確かに餡を作る時間はかかるけれど、手がかかるというほどではなく、時間を待つという感覚なので、それほど構えることはないなと。

 丸める作業だって、大体でいいじゃないかと。さらしとかないので結局ラップで代用したわけだけれど、まあそこそこというところ。はじめてにしては上出来と自画自賛するのであった。(爺が自賛とも言う)

 やや雲は多かったものの、比較的穏やかで、暖かな日和になって、春彼岸という風情もあったお中日であったなと。「彼岸すぎたら、僕の部屋も、暖かくなる」。というには、少々このところ暖かすぎる今年ではあるけれど。

おはぎ


#おはぎ、ぼたもち、論争にあっては、言葉にこだわりすぎるのはよろしくないよと、言っておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

Google、Reader やめるってよ

 グーグルリーダーにアクセスしたら、「いついつで終わるけど。OK」とかポップアップされて、目が点になったのは先週のこと。実際にはOK はボタンで、あるいは確認だったかもしれないけれど、もう出てこないのでわからない。

 はじめは 6/1 と思っていたら 7/1 だったようで、英語表記の月名をうっかり間違ってみていたらしい。恥ずかしい。(老化ということで自分を許したい)

 ということで、リーダーどうする? といった議論やら、グーグルに存続を訴えようという動きやら、なにやらいろいろあるようで。

 いつから使い始めたのかも覚えてないくらいだし、その前は何を使っていたのだったかと思うと、ニフティはあまり好みでなかったので、Sleipnir のフィード機能だったのかもしれない。

 実のところ昨年くらいのうちに、ニックネームではなく実名を使えとグーグルさんに何度も何度も繰り返し催促されたのを期に、もう使うのやめるかと思ったことがあったのだけれど、なんとなくそのままになっていた。リーダーはこれで終わるから、さて何を使おうかというのはあるのだけれど、どうにかなるか。

 しかし、Gmail が終わりますとかいわれたら、それはちょっと困るだろうなあ。

 ちまたに流れる代替リーダーの話は、どうもまだしっくりこないので、あまり乗り気になれない。といってなしにするというのもなんだかだし。livedoor reader という話もあるけれど、それとていつまで残るかなんてわからないわけで。ま、それを言うとすべてのものに終わりがあるであろうからという帰結になってしまうのだけれど。

 ま、そのうちなんとかなるでしょう。

#ちなみに、大江戸 Ruby 会議で話題になったという nari3 さんのテーマにあやかっただけで、深い意味はありません。(桐島、Rubyやめるってよ #odrk03 - I am Cruby!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ブタがいた教室

 劇場公開時だったかに宣伝でも見たのだったか、なんとなく記憶に残っていたのもあって、見てみたいとは思っていた映画だった。実際の出来事を下敷きにしているという話でもあったし。

 で、見たのだが、映画としては悪くはないものの、詰めがどうにも甘いのではと。いや、甘いというか、制作側が結局結論から逃げてしまったとでもいうか。なぜ、最後にそれがないのか? と。まあ、それというのはつまり豚を食べるのかどうするのかという議論の中心から逃げてしまっているという意味において。

 まず担任教師が豚を飼って最後はみんなで食べたいといって飼いはじめる。ところが児童は名前をつけたりしてすっかり飼育ではなくペット(愛玩動物)となってしまう。校長先生だかがそれを指摘するのだけれど、「はあ・・・」と苦笑するにとどまると。

 はじめは汚いものに接するように嫌がっていた児童が、次第に豚とはこういうものだと理解し、飼うということがどういうことなのかがわかっていくという過程は有益なのだろうなと思う。なんとなく毛嫌いするトイレ掃除を率先して行うことが教育につながるというのはよく知られることでもあるし。

 印象だけで思い込んだり、避けてしまったりということのなにがいけないのかといったことを身をもって体験したという意味においては意味がなかったわけでもない。

 ただ、いざ、二学期も終わろうかというころになって、食べるかどうかという議論になったときに、段々論点がずれていく。かわいいから殺すなんてできないとか、食べるなんてひどい、みたいな意見やら、他の豚は食べるけど、ピーちゃん(飼っている豚の名前)は食べられない(食べたくない)とか。

 次第にそれは、自分たちが卒業しても在校生に引き継いでもらえばいいじゃないかという意見になっていったり、自分たちで食べるのではなく食肉センターに引き渡せばいいという話になってくる。

 教師は児童の自主性を尊重するということで一切意見をはさまない。そして最終的なところまで概ねその姿勢が貫かれる。

 児童が自主的に全校児童に呼びかけて引き継いでくれるクラスを探す。4年生だかに見つかるが、すでに体格も大きくなった豚をその子らがきちんと世話できるのかというと疑問があった。まして、自分たちで殺す決定をできなからといってそれを在校生に押し付けるかのようなことは本当によいのかといった意見もでてくる。

 みんなで豚を飼って、最後はそれをみんなで食べるといった本質はどこへ行ってしまったのか?

 最終的に児童の意見はまったくの平行線で、採決の結果もまったくの二分。先生にも一票あるはずだとのことで、最終的な決定は担任教師が出すことになる。結果、食肉センターに引き取ってもらうことになり、別れのときに、いつまでもその車の後を追いかけるというあたりで終わる。

 なぜ担任は議論の途中で、論点を戻すことをしないのだろうというあたりが非常に気になってしまった。児童主導の討論はよいと思うが、論点を戻したり、大人としてそれらの意見が持つ意味ということをもう少し違う視点で考えさせたりといったことはあってしかるべきではなかったのかと。それが、教師という仕事なのではないかと。

 ところが結局のところそれは一切放棄されてしまった。この豚は殺せないが、他の豚はよいというのはおかしくはないのか、とか。では、畜産業をしている農家のひとはどんな気持ちで豚を出荷しているだろうかとか。いろいろ考えさせるテーマは転がっていたはずなのだ。単純に教室で問答を繰り返すよりも、もっと多面的に考えさせる素材があったのに、それをまったく生かしていないのはなんとも残念。

 人は命を食べて生きざるを得ないのだということを教えるということでもなかった。豚はもう食べないという児童もいたりしたが、では野菜であれば生きていないのかというあたりもテーマだ。野菜は人に食べられるために育っているというのか? 栽培しているからといって野菜はたべらることを望んでいると、本当にいえるのか? そもそも野菜が意思なんてもっているわけないじゃん、と言うかもしれない。

 もっと、もっと、掘り下げて議論できるものだったのではないか。

 もちろん、映画という時間的な制約はあるのだけれど、最後の議論の部分にはそれなりに時間が割かれていたわけで、できなかったわけではないと思う。

 結果、見終えた感想としては、監督を含め制作側が、その究極の議論から逃げてしまったと言わざるをえないのではないかと。

 もともと食べるために飼育したはずが、ただのペットとなり、飼い切れなくなったので(卒業してしまうし、だからといって当初の話のように食べることも決断できず)、食肉センターに引き取ってもらうことでなかったことにしようという結論。と言われても仕方ないような結末だった。

 当初の目的は実に面白いものだと思うし、上手にやっていたらもっと実りの多い教育になったのではないかと思うけれど、実際がどうだったかはわからないけれど、映画の内容に限っていえば、こんないい加減な教育だったらやらないほうがよいのではないか、と思ってしまうのは、あながち間違いとも言えないのではないかと。

 ある意味、期待が大きすぎたのかもしれないということを割り引けば、そこそこ見られる映画ではあるものの、絶賛する前にもう少し考えたほうがよいのではという映画ではあったかなと。

B001O0U1EUブタがいた教室 (通常版) [DVD]
NIKKATSU CORPORATION(NK)(D) 2009-04-10

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

カジュアルゲーム

 [ カジュアルゲーム - Wikipedia ]

 カジュアルゲームというのはどういうジャンルなのかと思ったら、なるほど操作が簡単で短時間で終わるゲームの総称らしい。しかし、カジュアルというのは、なんだかイメージが違うような気もする。

 で、当初パズルとしていたジャンル設定をカジュアルに変更。点取り虫ゲームってアクションではないし、もちろんアーケードではないし、といってパズルというにもちょっと違うのだけれど、ほかにうまいところがないなあと思っていたので。

 しかし、そうなるとやたらとカジュアルゲームというのが横行して、大量に存在するのではないか、という感じもする。

 ついでにグーグル翻訳さんに訳してもらった英語も追加登録。デフォルト言語も英語にしておく。日本以外からまかりまちがってアクセスしてくれたら英語で表示できたほうがいいものね。いや、できればまかり間違ってアクセスしてインストールして、広告クリックしてくれたらなお嬉しいのだけれど。

 とりあえず Nexus7 あたりでは問題なくインストールできて動作しているらしい。小さめの画面だとどうなのか気になるのだけれど。誰か試してくださるといいなあ。(一応サポートする機能はつけてあるので、それが有効かどうかも確認できるといいなあと)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

春はぼちぼち

130316


 朝晩は冷え込むこともあるけれど、日中は少しばかり季節が進みすぎてはいないかというくらいに暖かくなるこのごろ。桜はどんな具合だろうかと見てみたら、まだまだ小さなつぼみというか花芽というか。こちらでの開花予想が 4/12 頃なので無理もないけれど。

 撮影してみたらみごとにピントを背景に持っていかれてしまったので、別の写真で。こちらもまだまだ 5cm ほど顔をのぞかせてきたところ。もっともご近所のはもっと勢いがよいので、個体差が大きいようで。

 今年の春はジェットコースターのように上がり下がりがめまぐるしいので、花のほうも困惑するのではなかろうかと。昨年は寒い春で、桜の開花も一週間あまり遅れたのだった。今年は例年並み、もしくはやや早いというところで推移しそうだ。

 なんだかんだと言っても、春はくる。そして、今度は夏の暑さかあ。

#外の日向は暖かなのだけれど、室内がひんやりと寒いのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

メモ:[RA]ゼルヤンツ錠、アクテムラ皮下注

 [ 新規作用機序の関節リウマチ薬の承認了承-国内初のJAK阻害剤、第二部会 (医療介護CBニュース) - Yahoo!ニュース ]

 経口薬というのが珍しい。これまでの生物学的製剤はたんぱく質由来のため、消化器官で分解されてしまうと意味がないために点滴や皮下注射にならざるを得なかったのだけれど、やはり患者の負担という点では大変なことで、それが通常の飲み薬として使えるならば便利なことこの上なし。

 ざっと見ると、これまで主流だったサイトカイン阻害とはちょっと手法を変えた感じで、それらの伝達経路を押さえようということらしい(あくまでも素人理解としてなので実際は違うかもしれない。そのうちにファイザーからきちんとしたリリースがでるでしょう)。

 また、アクテムラに関してもこれまでの点滴に加えて皮下注射も承認ということで、いくらか負担が楽になるかもしれない。とはいえ、補助具もよいものがあるとはいえ、やはり自分で自分に注射するというのは抵抗があるもので、なんとなく不安に思う人がいるだろうことも想像に難くはない。

 まあ、糖尿病などでインスリン注射をしている人も多いのだから、安心して継続することで慣れていけば問題ないのかもしれないけれど。それでもどちらを取るかという選択肢が増えることはうれしいこと。

 クローズアップ現代では免疫寛容という手法によって、肝臓移植に伴う拒絶反応を抑える(というか解消する)手法が確立されつつあるようで、これがさまざまな免疫疾患に応用されていくとすれば、新たなステージがひらける可能性もあるわけで、医学の進歩は目覚しいものだなと。

 もっとも、忘れてならないのは、医学的に、技術的に可能でさえあれば、何をやってもよいのだというマッドサイエンティストの登場は、いつの時代にもあるのだという負の面。別に宗教的に「神の領域」などというつもりではないけれど、倫理面をおろそかにすると後でしっぺ返しがくると思う。

 なんにせよ、うれしいニュースではあるなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

電気羊が一匹

 Android 用にゲームを作ってみた。手始めなので例によって点取り虫ゲームを作ってみた。

 作っているうちに、以前 Ruby/Tk で作ったものにいろいろ不備があったなあと気づいたりもした。引き分けを考慮していなかったとか、いろいろ。

 ということで一応もろもろ対処はできていると思うのだけれど、如何せん実機を持っていないという現実。昨年タブレットを購入はしたものの、手元にはないのでまだ試すことができていないという。

 結果エミュレータでの動作確認しかとれていないので、あるいは端末によってはうまく動かないとかあるのかもしれません。

 ただ、特別な機能とかはつかっていないので古いバージョンの Android 搭載端末でも動かないことは少ないのではないかとは思います。

 問題があるとすればむしろ画面の大きさかも。あまりに小さいと指で押せないという可能性があります。理想的には 5 インチくらいあるとよいかもしれませんが、多分 4.5 インチくらいなら大丈夫かも(あくまでも推定)。

 ゲーム終了のメニュー画面で広告がはいるためにインターネットアクセスを求めますが、ほかには特になにもしません。SD カードへの保存はもちろん可能です。

 というわけで奇特な方がおられましたら、お試しいただけると幸いです。

 [ 点とび虫 - Google Play の Android アプリ ]

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

夜と闇

 またまたではあるけれど「100 分で名著」から。先週からは年度末ということもあってか再放送になっていて、ちょうど見ていなかったので見始めているのが「夜と霧」。人類である以上は読んでおかなくてはいけないよね、という本の一冊なのではないかと思うくらい。

 読んだのはすでに 25 年あまり前のことなので詳細は忘れてしまっている。いや、ここ 10 年くらいのなかで再読はしていたか(そんなことも忘れている)。とはいえ、ただ自分で読んだというだけでなく、研究者といった人の手になるまとめを見ると、しっかりと整理されているので、見落としていたこととか、忘れていたこととか、もろもろを再確認できるという意味でもなかなかよいかもしれない。

 強制収容所関連では書物や映画がたくさん作られているし、そのどれもが身の毛のよだつような迫力でもってせまってくるわけで、同じ人としてそうした現実があったということを思い知るべきであるし、そこからきちんと学ぶこともしなくてはいけない。

 ただ、世の中の狂人的な社会、あるいは世界では、「なるほど、こういう方法があるね」などと歪んだ方向への関心をよせないとも限らないという面は否定できず。それはきっと、番組一回目で言っていた「人に与えられた最後の自由である、事態にどう対応するのかを決めること」というところでもあると思えば、どちらを選ぶにせよやむをえないところではあるのかと。

 もちろん、どちらが正しい道であるのかは自明であろうとは思うけれど。

 ということで再放送を見ながら「夜と霧」を振り返ってみようかなというしばらく。

 この手の本としては、「最底辺」も記憶にとどめておきたい一冊。西ドイツの最底辺の人々に潜入し(髪や体をあえて変えてまで)、その暮らしぶりの凄絶さを取材したルポルタージュ。発売当時(25 年くらい前にはなると思う)かなりの反響ではあったけれど、今ではすっかり忘れられた存在かもしれない。

 実のところ読んだ気になっているけれど未読なので、いずれはしっかり読まなくてはと思いつつ幾年月。

4622039702夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル 池田 香代子
みすず書房 2002-11-06

by G-Tools
400000882X最底辺 Ganz unten―トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ
ギュンター ヴァルラフ マサコ シェーンエック
岩波書店 1987-06-24

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

二年

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 栄村 未来への灯 県北部地震きょう2年 灯籠に願い ]

 全国ニュースにはあまりならないものの、ここをたまたま見てくださる方には簡単な報告はしておくべきかなということで。

 2011/3/12 の長野県栄村付近を震源として起きた震度 6 強の地震で、山間部の過疎の村の道路、家屋、田畑には甚大な被害がでたわけですが、ようやく復旧がほぼおわりかけているというのが現状らしい。

 昨年のうちはまだ主要道路でも工事が行われていて、片側交互通行などだったらしいものの、それらも概ね完了しているらしい。あるいは小さな道路などはまだ残っているところもあるのかもしれないけれど。

 田畑の修復についてもほぼ完了しているらしいが、昨年の話では一部は雪融け待ちという話も聞いた覚えがある。実際、補助金と自己負担金との兼ね合いなどから、補修すべきか悩む農地の所有者もあるやに聞く。

 そんなこともあって稲作ではなく、蕎麦の栽培を行政側からすすめていたりもして、それを福幸(ふっこう)そばとして商品化していたりもする。

 仮設住宅に関しては、昨年末に村営住宅の完成をみて移り住む人が増えたので、現状では二世帯が残っているだけとか。その方がそうかはわからないが、自宅の補修などのために一時的にという方もあったようで、そういう意味では夏までには十分解消されるのかもしれない。

 もちろん、自宅の改修が進まないとか、あきらめたとかいろいろあるようではある。村外にでてそのままという方も少なくないようで、人口の減少率が高止まりしているという。

 東北のそれと比べるとなんともいえないところではあるけれど、場所が場所だけに厳しい状況もあったし、この先の村の維持といったものも含めて楽観はできないのかなと。

 ちなみに、栄村、栄村というけれど、隣接する新潟県津南町でも同様に大きな被害はでていたわけで、それもまた忘れてはいけないこと。飯山線森宮野原駅というのは、栄村森地区と津南町宮野原地区とをつなぐ駅なので。

 東京のどこぞの大学の先生が、東京のどこかに栄村の居酒屋を作らせたのだけれど、あれはいったいどうなったのやら。

 人口は 2200 人あまりになっているとか。この冬も 3m 超えの積雪だった。春はまだまだだなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

大丈夫動きます。使ったことはないけれど。

 NHK スペシャル「メルトダウン」の第3回を見ると、定期点検というのはなんなのだろうなあとつくづく思う。40 年一度も使われたことのない装置。その装置が稼動したときにどのようなものであるのか誰も知らない。日常的な機器でも 40 年も前のもので、しかもずっと使っていないものがまっとうに動作すると信じ込める人がはたしてどれほどあろうかという。

 もちろん、ずっと使っているものだけに、その一部がたとえ使ったことがないものだとしても、全体としては使えるのだと思ってしまうということはあるのだろうなとは思うけれど。

 緊急冷却のための水の導線のことなのだけれど、福島で備えの消防車から原子炉に給水するということを当初したらしいのだけれど、この水の半分以上が原子炉ではないところに行ってしまっていたことを検証した部分。この水がきちんとはいっていたら少しは違ったのだろうけれど、複雑な配管の盲点といってはいたけれど、一度でも実地に試験していたらわかることなのだろうになあと。

 アメリカや欧州では定期点検で必ず作動させて確認するだとか、いろんなそうした実際に確認することがなされているのに、なんと日本という国は形骸化したところで終わってしまうのだろう。

 たとえなにかを規制するような法律ができたとしても、必ずそこには抜け道が用意されていたりするというのと似た構造があるんじゃないかと。なんとも情けない。

 原子炉冷却に関する指摘は、NHK による調査、検証によるものらしいが、国としても、東電としても、それについては公には触れていないようで。

 すべてがわかるということはなかなか難しいことではあろうけれど、地道に検証することは必要ではあるのだろうな。とはいえ、根本的なところの改善がなされないうちは、結局同じことの繰り返しにしかならないのだろうけれど。

 少なくとも定期点検とうのだから、すべての装置の動作を実際に点検してこそ、定期点検の意味が本来あるのではなかろうかとは思うのだけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

美しいひと

 筋があるのやらないのやらという映画だった。なんだったのだろう。

 なにやら転校してきたらしい女の子がいて、教師も生徒も彼女に夢中になってしまってよろしくしたいと思ってあれこれ。どの生徒も異性のことばかりで授業も勝手に休むし、先生も先生同士で色恋沙汰。フランス人というのはそんなに節操がないのかしらん? ま、映画だけど。

 で、なんだかんだで相手の男の子がなにかに嫉妬して校内で投身自殺してしまったり、女の子にせまる教師から逃れるべくひっそりと遠くにいってしまうというところで終わる。

 うーん、本当になにを言いたいのかと疑問な映画であった。どうやら主演の女の子が胸をさらけ出すシーンばかりが話題になっていたらしいことが後でわかったけれど、さほどということではなかったし、そもそもこの子は美人なのかというと、フランス人的にはどうかしらないけれど、さほどとい感じではないし、かわいいかといって特にかわいいというほどでもないし。

 ではといって生き方が美しいとかなのかといっても、女の子のいきさつについてもあまりよくわからないままだし。身内に不幸があって引っ越してきたという感じではあったけれど

 どうにもよくわからない映画だった。

B002GXQLF2美しいひと [DVD]
ビデオメーカー 2009-09-25

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

水いらず

 冷凍餃子の事件から数年。もはや人々の記憶からも雲散霧消、言われると「そういえばあったね」という程度ではないかというこのごろ。当時、冷凍餃子を使うという主婦などにもさやあてがあったり、冷凍食品はしばらくやめるとか、まあいろいろありました。

 個人的には確かに不安な面は否定できないものの、ある程度メーカーを信用できるか、あるいは信用するかどうかというあたりで折り合いをつけるという感じできていて、その意味では味の素の冷凍餃子などは変わらずに愛用していたりする。

 小麦などの価格上昇を受けた数年前。食品の多くが実質値上げとなったのを期に、数が減ったりということも多かった冷凍食品。材料のなになにがこれこれになりました、とかを持ち上げて、数が減ったことはおくびにも出さないといったことも多かったような。

 ま、それはそれ。

 そういう話ではなく。このごろの味の素冷凍餃子はついに水を加えずに調理できるとうたわれているのだった。たまたま今回補充したのがそれだったので作ってみたところ、確かに水不要。これはなかなか画期的。

 これまでは 20cc だったか 30cc だったかの水を加えて蒸すのだったが、そのためにトレイに工夫をして手軽に量れるようにしていたりしたのだった。今度はそれがいらない。テフロンとかフッ素樹脂とかの加工がされたフライパンであれば油ももちろん不要。さすがに普通のフライパンなので少量の油をひいて作ってみたけれど、実に簡単。そして、相変わらずいい味している。

 これはますます手軽に餃子を焼けるようになる。まあ、手作りするほうがよいとかいろいろあるだろうけれど、それぞれの環境に応じて使えるところは上手に使えばよいわけで、いまどきの冷凍食品の出来のよさはかつてのそれとはまったく別物といっていいほどなのだから。

 きょうは餃子パーティだ! とでもいうなら別だけれど、小人数で手軽に食べるにはうれしいところ。買い置きの定番としてこれからもサイクルにはいっていそうだ。

 ちなみに、冷凍食品だからといっていつまでも冷凍庫で眠らせておいてよいというわけではない。賞味期限が記されているということとは別に、家庭用の冷凍庫くらいでは温度がまだ高いのや、持ち帰りの温度変化とかいろいろあるし、結局数ヶ月くらいで食べてしまうのがおいしくてよろしい。一年も二年もそのままなんてのはおいしさを損なうだけ。

 冷凍食品もある程度の期間で入れ替えをして、どうせならおいしく食べてしまわないと。また、補充しなくては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

留めてて良かった

 2011 年の地震の際にホッとしたのは、大きなスライド書棚を固定してあったということだった。もちろん、3 月 11 日におきたそれではなく、翌 12 日早朝に起きたこちらでの地震。tDiary の長年日記を振り返ると、03:49 少し前くらいにふいに目が覚めて、なんだか揺れが来そうなのだなと予感していたら大きな揺れが来たと。

 体が P 波を感知したのかしら? という感じだった。それは、ともかく。

 なにより寝ている時間の地震が怖いなとかねてから思っていて、それはちょうど寝ているところに大きな書棚があるからなのだけれど、これが倒れたら命はないなあと常々思っていたのだった。

 だったらとっとと固定をすればよいではないかというところだけれど、ご他聞にもれず後回しにしがち。さらには借家と思うとどこまでとも思ったのだけれど、そうも言ってられない事案でもあるしと、地震の一年あまり前にようやく固定作業をしたのだった。

 構造や設置の関係で選んだのはチェーンを張るタイプの固定具。直接固定が可能な部分も一部あったので、そこにはL字金具を使ったけれど、基本はチェーンを梁と結んで固定。木材がやや固かったのと、ねじくぎもそれなりに長いものだったので、結局電動ドリルを借りて下穴を開けてから。

 そんなわけで、大きな揺れのあとに「固定しておいてよかった」と実感したのだった。

 最近では大きな地震への備えという考えが薄れてきているという話題もあって、確かに自分でもほかのもの(冷蔵庫であるとか、食器棚であるとか)の固定はまだできていない。で、これらがものによって、場所によって非常に難しい。まして借家だとあまりあれこれもできないしなあと。

 とはいえ、少しはやっておかなくてはと先日追加で耐震用のマットを用意したので、もう少しあれこれ作業しておかなくてはと思っているところ。

 この時期、思い切って作業するにはちょうどよいというか、こういうときを逃すとまた先送りになるので、まだの人はやってしまうのが吉だと思うよ。

B003BDWRZ4ニッサチェイン 転倒防止金具 80㎝×2本入 白 S-201
ニッサチェイン 2012-07-02

by G-Tools


 品質の高さでいえばプロセブンなのだけど、いかんせん高いのがなあ。(妥当な値段と考えることはできる)

B004NNJCVSプロセブン プロセブン耐震マット 40ミリ角 4枚入り P-N40L
プロセブン(株)

by G-Tools


 安いだけに不安は残る。

B000VXO0DO耐震用接着マット 地震番 30*30mm 4枚入
デビカ

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

100分でモンテ・クリスト伯

 このところつい見てしまっている E テレの「100 分で名著」。今週で終わったのだけれど、今回は「モンテ・クリスト伯」だった。

 言うまでもなく名作とか、ベストセラーとかだとどうも手が引っ込んでしまうので、当然のごとく未読。「岩窟王」ですら読んでいない。と、思う。

 岩波文庫版をベースに番組はすすんでいたけれど、全 7 巻だそうで、なかなかの長編。デュマは三銃士のシリーズにしろ長くて、読者を引き込んで話さないところがあったらしい。

 ところが、主人公のエドモン・ダンテスが無実の罪で投獄されて脱獄するまでというのは実はあっさりしているらしく、当の文庫では 2 巻くらいで脱獄して財宝を得て億万長者になってしまうのだとか。もちろん、あっさりというのは全体の長さに比してということで、部分としては十分らしい。

 で、すぐに復讐がはじまるのかと思いきや、中途は他の話やら枝葉の話やらが続いて、実際に復讐がはじまるのは 6 巻くらいかららしい。ずいぶんと無駄な、と思ってしまいそうなのだが、案外そうでもないらしく、その枝葉にあたる部分が後の復讐への伏線やら、材料やらになってくるのだそうで、いやあ、デュマは読者の心を巧みに操るすべを知っていたということらしい。

 当時、なにやらいろいろの作品を平行して書いていたという話もあったり、多額の金が手にはいったのだけれど、蓄えるという気持ちはなくてあれやこれやと投資して、家を作るわ、なにを作るわ、女性に貢ぐわ、まあ使いたい放題という感じで、最終的には無一文になってしまうらしい。

 稼ぐだけ稼いだら、見事なまでに使ってしまう。江戸っ子のような人だったのか。

 最終回では安部譲二が登場して、「獄中だから長いものが読めるんだよ」とか、「長くないと駄目なんだよ」みたいな話もでて、まあそうだよねと。そして、その長さを感じさせないほどの面白さというのが、ここまで時代を経て読み継がれている理由なんじゃないのと。

 なんのかんのいっても、つまるところは面白いか面白くないかというのはあると思う。主観かもしれないけれど、万人をひきつけてやまない面白さというのは、間違いなく存在するのじゃなかろうかと。

 今更ながらではあるけれど、読んでみるか、とついその気にされてしまった今回であった。

4142230239デュマ『モンテ・クリスト伯』 2013年2月 (100分 de 名著)
佐藤 賢一
NHK出版 2013-01-25

by G-Tools
400201133Xモンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)
アレクサンドル デュマ 山内 義雄
岩波書店 2007-12-18

by G-Tools

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

羊を数える前に牧場の補修

 いい加減 Java7 にしたほうがよいかなあと思い、ついアップデート。Java6 からのアップデートで Java7 の最新アップデータにしようとするのだよね。で、しばらくは「あとで」にしていたのだった。でも、やったほうがいいかと思いつつ。

 で、ADT のほうでプロパティを開いて修正したりしたけれど、なにやらおかしなことになり、いったん元に戻す。

 調べていたら、はじめに Android SDK のアップデートをしろとある。それもそうか、と今更思う。勝手がわかってないとこういうことをしてしまう。

 SDK マネージャを使ってアップデート。21.0 が 21.1 にはなった。eclipse を実行すると、ADT のバージョンもあげないと駄目だという。ということで、チェックしてもらうと「新しいのは見つかりませんでした」という。

 なにがあった?

 プロジェクトにはバツマークがついたままになってしまって、二進も三進も。それならばと手動で ADT プラグインをいれたらどうかとやってみたが、これもうまくいかずに途中でエラーになる。

 もうどの段階だったか覚えていないが、どれかのときには catalyst のエラーがでたり。いや、それはATI のグラフィック関係だったような。何が起きた?

 こうなるとどうにもこうにも困ってしまったので、元に戻すことに。幸い、windows 用は zip アーカイブを展開してそのまま使えるので(インストール不要)、フォルダをそっくり削除して、展開しなおしたものをまたおけばよい。

 いや、もしや少しは新しいものが? ということでダウンロードサイトを見ても、いつのどんなバージョンのパッケージがダウンロードできるのかがまったくわからないので、ちょっと不便。ダウンロードするとわかるのだけれど。

 今回はタイムスタンプが名前に追加されていて、すぐに以前落としたものよりは新しいらしいと判明。ということでまた時間をかけて落とす。

 あらためて実行しなおし、バージョンなど確認すると、Android SDK は 21.1 になっていたし、 ADT も 21.1 らしい。エミュレータも実行してみたら、途中でバージョンアップします、みたいなメッセージがでて再起動された。

 まだ、よくわかってないけれど、これなら Java7 にしても大丈夫かなあ。大丈夫だという噂はあるのだがなあ。

 そんなこんなで今日の作業がとまってしまったのが、しょんぼり。どのみち亀の歩みではあるのだけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

【せう】

日本太郎でございませう。

 みたいな文章に出会って、なんだかちょっと違和感があったのだった。自分のなかでそれは、

日本太郎でございましょう。

 と、翻訳されるので。

 書かれた方は、「日本太郎でございます。」というつもりで書かれたのだろうとは思うのだけれど。「せう」とあったら「しょう」と読むものだと、わたしは思っていたので。

 ところが、「す」と思っていたよ、という声も聞こえたので、はてさて本当のところはどうなのだろう? と思って検索したら、こんなページが見つかった。

 拗長音の表記について:歴史的仮名遣い教室

 まあ、これが絶対的に正しいのかはまだ確認してないけれど、「せう」は「しょう」と読むのが順当という感じではあるのかと。

 「行きましょう」というつもりで、「行きませう」と書くのはありだけれど、「行きます」を「行きませう」としたりというのは、やはり違うということなのかなと。

 ちなみに、長野言葉で「せう」と言うと、「言う」という意味になります。早口言葉かちょっとした言葉遊びみたいなごろのよさから、「せったか、せわねか、せってみろ」などという言葉もあったりします(地域によって多少表現が異なります)。つまり、「言ったか、言わないか、言ってみろ」という意味です。

 まあ、この「せう」はちょっと別物ではありますが。若い人はもう知らない言葉なのだろうなあ、と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

赤いダイヤ

 ほぼ日の「あんこワークショップ in 気仙沼」を、ついずっと見てしまった。マラソン中継でも見るかのように。はめられたなあ。

 いや、楽しかったのです。でもなければずっと最後までなんて見ないので(もっとも、お昼ご飯の間と、最後のほうでちょっと買い物に出た間は中断したのだった)。

 どうやら家庭向けに簡単にできるように工夫してくださったあんこの作り方をレクチャーしてくださったということらしく、「工場では三日かかる作業なんです」といったことを言われていた。

 ひとつにはその分量がそもそも違うというのもあるであろうし、シンプルにただひたすらに手をかけるだけにしているというのもあるのだろうし、決して急がない、というのもあるのかもしれない。

 それでも煮豆全般に言えることでいえば、基本は単純にじっくりと煮る。ということにつきるのではなかろうかと、これまでの自身の経験からも思うわけで。

 で、ほぼ日ファンというか糸井さんファンというかが多数集まってネット中継など見ていたようで、1600 人くらいが中継をリアルで見ていたようだった。で、はじめて小豆を煮ます、という人も多く、そうした人たちが家庭で 300g というわずかの量を小さな鍋で同じようにやっていたらしく、しかし、会場では大なべに数キロと思えるような量を煮ていたわけで、それではタイミングがずれてしまって「次はどうしたらいいんですか!」みたいなつぶやきが多数見えていたりも。

 まったく経験がないのにいきなり同時進行でというのはやはり無理だよねと。でも、みなさんも一緒に煮てください、みたいに勧めていたのもまたほぼ日側で。それはちょっと失敗だったのではないかとも。

 なにより中継ではあっても、中継のための中継というか、そこでこんなことをやっていますという雰囲気をとりあえず流しているという程度の作り方なので、ピンマイクをつけた人以外の音声は拾えない。ハンドマイクもあるが、現場では声が伝わっているのでマイクで拾えているかどうかということに関心はない。結果マイクを向けていてもまったく音が拾えないという状況。

 まあ、これは番組としてきちんと考えているわけではないと思えばあきらめもつくし、また仕方のない部分でもあるのだろうけれど、できればそのあたりもきちんと考えてくださっているとよかったのかなあと。

 はじめてという人が多かったのもあるけれど、料理に関する基礎的な知識もやや不足しているのが昨今なのかとも思ったりで、中途半端に中継していると誤解を招くなあという怖さも覚えたり。

 「みつづける」という言葉が職人さんからでて、「見続ける」だと思った人が多数。まあ、このあたりはやや特殊な用語でもあるので仕方ないかなあとは思うものの、和菓子方面ということからも「蜜漬ける」と理解されないとよろしくない。また、音声がはっきり流れていたらもう少し違ったかもしれないが、やや不明瞭なので誤解を生んだ面もあったかも。

 今年にはいってはじまった「あんこの旅」のコンテンツを読んでいれば、きちんとそんな話も文字としてでてきていたのでわかったとは思うのだけれど、なかなかきっちりと伝わるというのは難しい。

 何度か自分でも作っていたけれど、それを再確認できたという意味でもよかったし、やはりあんこはいいよねえとなんとなく思ってしまったので、この彼岸にはおはぎでも自前で作ってみようかなどとも思っていたり。

 少なくともにわかに小豆やあんこについて興味を高めた人が増えたことで、あらたな赤いダイヤ騒動が起きるのかも、とも思ったけれど、まあそこまではいくわけもないか。小豆の復権なるやいなや。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

科学の子

 すでに終わって一週間になるけれど、E テレで放送された「MIT 白熱教室」がとても楽しかった。全 8 回ということで、なかなか長いなあと思っていたのに、気づいたらあっという間。いやあ、楽しかった。

 世の中のいろいろを物理学の目で考えるというのは、まったく役に立たないのではないか、必要なんてないだろうと思うのが人の常かもしれないけれど、実はそのあたりの基礎的なところに気づけると生活は面白くなったり、便利になったり、はてはあなたの命を救うことになるかもしれないのだ。

 もちろん、普段の生活ではきっとそんなこと感じることもないかもしれない。けれど、ふとそういえばと考えてみたときに、あるいはそう考えることができるかどうかで、大きく何かが違ってくるということはあるんじゃないか。

 それは重力かもしれないし、光かもしれないし、音かもしれない。

 科学を学ぶことの意味というのは、気づかないけれど生活の役に立っているのだ、生活を楽しくさせてくれているのだということに気づけると、もっと人生が楽しくなるよね、という感じが満載だったなあ。

 まあ、最後の星の一生の話では、そうはいっても人の一生は短いからよき伴侶を見つけてうんぬんみたいに言われて最後にしたのは、ルーウィン先生、なんというかニクイわという。いろんな意味で。

 さすがに不確定性原理の回は説明がほとんどだったりしたのもあるけれど、なかなか難しくて十分理解できたとはいえなかった。それでも、部分的になるほどと思ったのも確か。でも、きっともうほとんど忘れてしまっているのだろうな。そして、なにかのときに「そういえば」となんとなく思い出す。まあ、それでもよいのだろうと思うことに。

 実験もわかりやすく、しかも楽しいというなんとも素敵な時間だった。学ぶっていうのは、まずは楽しくなくっちゃね。

#たしか、きむらさんを通じて知ったと思うので、感謝感謝なのでした。

4163757708これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義
ウォルター ルーウィン 東江 一紀
文藝春秋 2012-10-13

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ポケットのミイ

 arton さんとこで知ったのだけれど、ちょっと気になるなあ。内容はわからないけれど、というか既に知っていることだったり、持っているもので十分間に合っていそうな予感はあるのだけれど。

 どちらかというとトートバッグを買うと思えば許せるのかも。にしては小ぶりなようだからちょっと高いか?

 ムーミンはともかく、スナフキンとミイはちょっと気になるなあ。うずうず。

 ということで、ひとまずメモしておこう。(といって多分忘れる)

4800203058MOOMIN公式ファンブック SPECIAL BOX LOVE! リトルミィ (e-MOOK 宝島社ブランドムック)
宝島社 2012-11-22

by G-Tools
4800203074MOOMIN公式ファンブック SPECIAL BOX LOVE! スナフキン (e-MOOK 宝島社ブランドムック)
宝島社 2012-11-22

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

お天気屋さん

 [ 「天気予報は“お上”のものではない」――ウェザーニューズが見すえる「自分のための予報」の時代 - ITmedia Mobile ]

 確かに近年のウェザーニューズは独自な視点で予報をしているなという感じ。実のところ、テレビなどにでてくる気象予報士さんの場合、ほとんどは大本営発表を伝えているにすぎないわけで。

 詳細は知らないものの、こうした予報士さんたちも民間の気象予報会社などに所属しているはずなので、とすれば中にはウェザーニューズに所属されているような方もあるいはいらっしゃるのではないかなと思ってはいる。ただ、テレビなどではあまり独自の予報をするということはまずなく、おおむね大本営発表を伝えるための役割を担っているだけ、という場合は多いのではないかと。

 もちろん、独自の大胆な予報をしている著名な予報士さんもいらっしゃるにはいらっしゃる。それがよいとか悪いとかではなく、現状としてはどうしてもそうなってしまうのだろうなと。あとは、テレビ局のカラーといったものも影響するかもしれない。

 ただ、だからといって気象庁の発表がまったくのでたらめであるとか、信憑性に欠ける、などということはまったくないわけで、民間予報会社とて気象庁からのデータを利用している部分は確かあるはず。そこをさらに独自のデータや解析、判断で時によっては異なる予報を出すということもあるということではないかと。

 だから、どちらも間違っている場合だってあるだろうし、どちらかが当たることもあるだろうし、あるいはどちらも当たりということもあるのかもしれない。

 個人的にはちゃんと天気図が示されない気象情報は見る気がしない。それを見て自分なりにも判断する。予報士の資格などはないので、昔とったなんとやらくらいでしかないのだけれど(気象台を見学したときに「気象大学校受けてみない?」などと言われたことはあるけれど、あんなべらぼうな高倍率の大学なんて、とてもとても)。

 少なくとももう少し中学理科で習ったレベルくらいの気象に関する知識をおさらいしておくべきではないのか、というのはあると思うのだよね。自分なりということでもよいので。そうすると天気図を見るのも楽しくなるし、確実に役に立つ知識だとは思うのだけれどなあ。


 はじめてならこちらなのかな。

4904518004ラジオ用天気図用紙 no.1―NHK第2放送気象通報受信用 地上天気図
クライム気象図書出版 2009-08

by G-Tools


 実用的にはやはりこちら。

4904518012ラジオ用天気図用紙 no.2―NHKラジオ第2放送気象通報受信用 地上天気図
クライム気象図書出版 2009-02

by G-Tools


 正直に言うと、今でも描けるかどうかちょっと自信がない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »