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字幕の楽しみ

 字幕といっても外国映画の日本語字幕つきという話ではなく、テレビ放送の字幕のこと。映画を見るにも字幕で見るのは好きではあるけれど、手軽に見るには吹き替えも捨てがたいところはある。が、とりあえずテレビのほうのはなし。

 もともとというところで考えると病気や年齢などで聞こえが悪いといった人のアクセス方法という面が従来的なところ。聞こえないところを文字で補ってくれる。耳が遠くなった年寄りが字幕を使ってテレビを見ていれば、音量を無闇に上げなくてもすむ面もあるので、家の外でもなにを見ているのかわかるほどの大音量でびっくりした、などということも減るかもしれない。

 同様のところでは激しい雨のときに字幕があると助かるというのがある。屋根をたたく雨音がうるさくてテレビの音声が聞こえないということが、年に一度や二度はある。そんなときに音量を上げたところで雨とけんかしているだけであまり実りがない。字幕にしてあげると案外あっさりと解決する。

 もちろん、残念ながらテレビ番組のすべてに字幕があるわけではないので、そうした番組ではそれも無理なのだけれど、こと NHK に関していえば収録番組であればまず字幕はついている。生放送のニュースでさえ、時間帯によってはリアルタイムの字幕(どうしてもやや遅れてではあるけれど)をつけるということまでやってくれている。

 同様にたとえば赤ちゃんがようやく寝付いたので静かにテレビでも見ていたい、などというときにも役に立つはず。

 最近になってもうひとつ字幕のありがたさを実感することがある。ドラマであるとかドキュメンタリーであるとか、とにかく字幕を入れてみることが増えた。

 ひとつはドラマなどでは特にそうなのだが、役者の声が異常に小声だったりする場面があること。それまでは問題などなかったのに、とたんに今言ったせりふがわからない。けれど、そんなときにも字幕があるとはっきりわかる。

 さらには時代劇など独特のせりふであったり、用語であったりが出てきたときに、字幕があるとその意味を類推しやすい。音で聞くだけではどういう意味のことを言っているのかわからないこともある。その時代のことに詳しければまだしも、そうでないとなると音だけではなんのことだか分からないというのもままある。

 現に今年の大河ドラマ「八重の桜」にしても、武士のいわば専門用語のような、役職であったり、さまざまな事柄を示す言葉でわからないものが案外ある。字幕なしで聞くだけであれば、なんとなくやり過ごしていた言葉を目にしたときに、「なるほど、そういう意味のことか」と理解できる。理解がより深まるというもの。

 まあ、字幕も完璧ではないので、先日も役名が間違っていたりした例であったり、役者さんの実際のせりふと微妙に違っていたりというところもあるにはある。それでも、この字幕を表示させてのドラマ鑑賞とかはじめると、なかなかやみつきになる。

 問題があるとすれば、字幕の分だけ画面が切れてしまうというところ。テレビによって字幕の表示の仕方が決まってしまっているので、こればかりはいかんともしがたい。ソフトウェアのアップデートでといっても、発売から一年くらいしかサポートしていないというのが現実のようでもあるし。まあ、より大きな画面のテレビであれば、多少は我慢できるのかもしれないけれど。

 放送局としても、もっと字幕にしろデータ放送にしろ充実させていくことが、よりてっとり早いテレビへの集客をあげる手段のひとつなのではなかろうかと。ゴテゴテとコンテンツなど作るよりも、身近で小さなことからはじめるのがよいのではないかなあと。

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