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キャパシティ

 立春なので、それにからめて、と思ったけれど、こちらをまずは書いておこう。

 NHK スペシャルでキャパのことをやったのだった。沢木耕太郎さんは好きなほう。とはいえ、なんとなく見なくてもいいかなあ、という気分ではじめはいたのだった。番組案内をチラと見たときには。それでも、「八重の桜」「ニュース」ときてそのまま見ていたら、一気に引き込まれてしまった。うん、これは面白そうだ。

 キャパを一躍有名にした「崩れ落ちる兵士」という写真。「ちょっとピンぼけ」だったかのカバーにも使われていたと思う。で、漠然とした印象として、この写真はなんなの? と思っていた。番組冒頭で、なるほどと合点がいった。この写真は今まさに頭を打ちぬかれて倒れていく兵士の瞬間を捉えた写真として有名になっていたのだと、ようやくにして知ったのだった。

 が、自分にはまったくそういう風に見えていなかったので、そういう写真だったのか、と意外なように思っていたら、この写真は実は違うのではないか、という展開になってきた。

 件の写真にはネガが存在しないとかで、いろいろの検証を難しくしているらしい。が、キャパの遺品などを管理している団体が見つけた、件の写真と同じときに撮影されたと思われる写真群が公開されているということで、それらを丹念に調べることで撮影地を特定したと。

 写真で判別できる背景地形を、その地の地形をデジタル化してあわせてみると確かに合致する。この場所で撮影されたのは間違いないと。ただ、撮影された当時、その場所では戦闘は起きていなかった。確かにスペイン戦争のさなかではあったものの、その地ではまだ戦闘は起きていなかったのだと判明する。

 では、この写真はなんなのか。よく見れば、こうも撃ってくださいといわんばかりの写真ばかりであったり、当時の銃に詳しい現地の人の話を聞いても、実際撃つ状態になっていないと判別できるものが多数あり、戦闘中であればまず考えられないという。

 すなわち、これらの写真は民兵を集めて演習していたときの写真であって、つまりかの「崩れ落ちる兵士」も撃たれてなどいないし、まして死んでもいない。なにがあったかは定かではないが、バランスを崩すかして倒れてしまった瞬間にすぎないのではないかと。

 そういわれると自分が感じていた印象と符号して、なるほどとさらに合点がいく。実際あの写真の頭部を見ても撃たれたといえるような痕跡を見ることができないわけで、なぜそうなったのかと。

 このあたりについてもどうも写真が一人歩きしてしまったということをやんわりと出してはいたが、詳細はわからないままなのかもしれない。ある意味「ライフ」誌の汚点ともいえるのかもしれない。

 が、話はここで終わらなかった。

 43 枚の写真のなかに、ひょっとするとこれは件の写真の少し前、あるいは直前くらいの写真なのではないかというものが見つかった。その男はただひとりという感じで白いシャツを着ているので非常に目立つ。それと思しき男がやや座り込むようにしている姿の手間に斜面を駆け下りていく男が写っているのだった。

 もろもろ考えるとやはりそこで影になっているのは件の男と思われた。ところが両者の写真は撮影された場所がややずれていることが判明。そしてそこから見えてきたのは、カメラは二台あったということだった。

 キャパはゲルダという女性カメラマンと一緒に行動していたそうで、ふたりで「ロバート・キャパ」というカメラマンを作っていた(あるいはそう考えられる?)。そう考えるとこの撮影位置のずれが説明できる。では、どちらが撮影したのか。

 たまたまふたりが使っていたカメラは異なるもので、サイズも異なり、ゲルダのほうは真四角なもので、キャパのほうは2:3 の長方形。もっともネガに近いとされる MOMA に残される写真をもとに検証したところ、どうやらその写真は真四角なものからプリントされたものと思われた。つまり、キャパではなくゲルダが撮影した。

 しかし、ゲルダはその後ひとりで撮影にいった戦地で死亡。直後に「ライフ」誌で「崩れ落ちる兵士」として写真が掲載された。

 仮に、それがゲルダが撮影したものであり、なおかつ演習中のひとこまでしかなかったのだとしたら、この事態をキャパはどう受け止めただろうかと。

 その後、まさしく必死で戦地の最前線に身をおき、撃たれても当然のような状況で撮影を続けたキャパ。間違ったことで有名になってしまったことへの贖罪のような意識があるいはあったのではないかといった推理を展開していた。(具体的に贖罪といっていたわけではなかったけれど)

 50 分という時間があっという間に感じられるようなワクワクする時間だった。もちろん、これはあくまでもひとつの可能性でしかないかもしれない。けれど、十分に納得できる可能性のひとつであり、むしろそれが事実に近いのではないかと思われるという確率は、決して低くないのではないかなあと。


 使われていなかったみたい。

4167216019ちょっとピンぼけ (文春文庫)
ロバート・キャパ 川添 浩史
文藝春秋 1979-05

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4163803009フォトグラフス―ロバート・キャパ写真集
ロバート キャパ 沢木 耕太郎
文藝春秋 1988-06

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 まだ、あるんだ。

B00ATECICUCAPA (キャパ) 2013年 02月号 [雑誌]
学研マーケティング 2013-01-19

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