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バク、なにを食う

 以前にも書いたことがあるけれど、数年前から雑穀をときどきまぜてご飯を炊いている。週に一度ていどなので頻繁とは言いがたい。本当は毎日のように食べられたならよいのだけれど、いかんせん案外値段が張る。雑穀とはいえ食べやすく加工されたものであることもあって余計なのかもしれないけれど。

 はじめは違ったかもしれないけれど、今ではずっとはくばくの製品を使っている。一番の理由は最寄の店での扱いがほかにはあまりないから、ということではあるのだけれど、実際使い勝手といい味の具合といい、価格のほどといい、まあ申し分がないのでほかに乗り換えるということでもなく。

 なによりメーカーとして一定の信頼を持っているということもあるかもしれない。もっとも、どれほど知っているのかというとさほどではなく、悪いうわさがあるでもなく、ややあいまいながらも信頼できないとするほどの事情もないということかもしれないけれど。

 昨年あたりにこの雑穀製品が少しリニューアルしたらしく、それまでは米の水加減をした上で、雑穀分として追加の水を必要としていたのだった。それが、追加は不要ということになった。試してみると確かに問題なく、わずかの手間とはいえ、さらに使い勝手は向上したといえるのかもしれない。本当、わずかのことではあるのだけれど。

 一番の問題はきっと米の方。米の水分量がどうであるかというところを見極めたうえで、はじめに水加減をするというところをきちんとすることが大事なのだろうなと。精米して時間がたったり、保存状況であったり、新米なのか古米なのかといったことでも水加減は変わってくる。

 加えて固さの好みというのもあるわけで。つまり、そのあたりを今食べている米できちんと把握したところで水加減するというわけで、まあ、それは雑穀うんぬんに限らないわけでもあるけれど。

 ただ、以前新聞の投書だったかで、小学生くらいの娘さんには雑穀が不評だったらしく、けれど母親としては健康を考えて雑穀ご飯を炊いていたのだとか。ある日、おなかをすかせた娘さんに、いつもは出さない卵かけご飯をと言うと、その喜びようは尋常でないくらいだったらしい。

 が、しかし。でてきたものをみて「もう家では白いご飯は食べられないの」と涙ながらに言ったのだとか。家族の健康を思ってしていたことでも、喜んで、おいしく食べられないのであれば、それは単なる無理強いでしかなかったのだなと母親が感じたというような内容だった。

 「あなたのためでしょ」とかついうっかり軽い気持ちで言ってしまうことも、本当はどうなのかと考えてみないといけないよね、とあらためて思ったり。

 まあ、雑穀が栄養的にすぐれているのは確かではあるものの、いやいや食べたとしても本当の意味で身になるかというと疑問はあると。なによりまずはおいしくいただくのが基本なのだろうね。

 というわけで、はくばくの雑穀はなかなかおすすめです。(そこか)

 ちなみにキャンペーンマークが気になっていたのだが、なるほどと納得した。はくばく、だけに白獏だったのだった。いいねえ。

B001HZ53FOはくばく 十六穀ごはんお徳用 30g×15P
はくばく

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 おいしさ味わう十六穀ごはん|はくばく

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ビキニの裸女

 またまた昨年に見たものだけれど(とりあえずクロスレビューに記録しておくのは、案外便利かもしれない)。

 タイトルはなんだかハテナなところと、勘違いされそうなところと、まああるのだけれど、実は内容としてはあんまりこのタイトルは関係がない。なぜこんなタイトルになったのかと不思議な感じもするが、当時としてはちょっと刺激的なところにしたかったのかもしれない。

 そもそもビキニなのに裸女というのが今ではちょっと奇異な感じがあって、とはいえ当時(正確に何年かは調べてないけれど映像的には十分古い。ブリジッド・バルドーがまだ少女ということをあわせても)としてはビキニというのはもう裸となんら変わりないじゃないか、けしからん、ゲフンゲフンという感じが社会的にはあったのかも知れず。

 原題は「マニーナ」でバルドー演じる少女の名前。でも、内容そのものは大学生の坊ちゃんが、難破船の宝のありかかもしれない場所を見つけたからと、学校を休んで船をチャーターし、宝探しをするものの、マニーナと親しくしているのを船長らが見るにつけ、「宝なんて嘘で、女に会うための口実として使われているだけなんじゃないか」と思われて、宝を持ち逃げされてしまう。という話。

 どこがビキニの裸女なのだ。いや、バルドーのビキニ姿は随所にでてくるけれどね。今と違ってむしろ節度を感じるくらいに初々しい感じだからあんまりいやらしさは感じないし。

 まあ、物語としては単純であるし、面白いかといわれればそうといえるほどでもないし、だからといってつまらないと一刀両断するほどのものでもないと。バルドーかわいいなあ、と思うくらいには十分な映画ではないかと。

 いや、つまりそもそもがそういうプロモーション的な映画だったのかもしれない。

 さすがに元のフィルムがいくらか傷になっているようなので、古い時代の映画はきちんと保存する作業をやっておかないともったいないことになるのだろうなとも。

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サードパティ 2008-01-20

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アレイ? の3(ごめんよアレイ)

 ふとしたところから問題が解決。というか、ちっとも配列のせいではなかった。ごめん、array。

 問題は条件式のあとで処理しているところの関連した別ファイルにあったのだった。そこまでは考えが及ばなかったので、てっきりこの配列の扱いになにか問題があるのだとばかり思い込んでいて二進も三進もいかない状態に。

 結果として配列の値をわざわざ仲介しなくてもいいのだとあらためてわかったし、それをしても問題が解決していたわけではなかったことも確認できた。まさか、そんな別のところに問題があったなんて。なぜ、そこだけ忘れていたのだろう。

 まあ、人生、そんなものです。

 ということで、問題なく動作するようにはなったのだけれど、今度は ArrayList なんて使ってみようかとしていて、ちょっとはまっているところ。ちゃんと理解してから使え、ということかもしれないけれど、まあ失敗しながら覚えていくたちなもので。

 とはいえ基礎も見ておかなくては無用な時間を費やすということもあるわけではあるな。

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アレイ? の2

 int array[][] = new int[5][5];
 Random random = new Random();

 for (int x = 0; x < 5; x++) {
  for (int y = 0; y < 5; y++) {
    array[x][y] = random.nextInt(5);
  }
 }

 としておいて、

 for (int x = 0; x < 5; x++) {
  for (int y = 0; y < 5; y++) {
   int num = array[x][y];
   if (num == 0)
    // 0 の時の処理
   if (num == 1)
    // 1 の時の処理
  }
 }

 みたいに書いたのだけれど、どうもうまくいかない。array[][] の中が期待しているものと違うのかなあ。(実際には foo.array[][] という感じなのだけれど。foo クラスでなくて試してみればどうだろう? などと試行錯誤中。(そもそも基本がわかっていないままであるというのは、あるのだけれど)

追記:
 アレイ? の3(ごめんよアレイ): つらつらぐさ

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アレイ

 int array[][] = new int[5][5];

 などとして、値をいれておいてから、

 for(int x = 0; x < 5; x++){
  for(int y = 0; y < 5; y++){
   if(array[x][y] == 0)
    //なにか処理
  }
 }

 みたいなことをしたら駄目で、array[x][y] == 0 を、

 int num = array[x][y];
 if(num == 0)
  //なにか処理

 といった感じにしたら動作した。そういうものなのか。なんだか面倒。

 それでいて、boolean array[][] でやった場合には、array[x][y] == true とかできるらしいのだけれど。

 それともスマートな方法があるだろうか。(などと四苦八苦しながらやっている)


追記:

 それとも、 if(int array[x][y] == 0) とかにすればいいのかしらん? あとで試してみよう。(eclipse さんに駄目だしされたので、違うとはわかった)

さらに追記:
 アレイ? の3(ごめんよアレイ): つらつらぐさ

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鶏と卵

 少しあとでと思っていたら忘れていて時間がたってしまった。で、放っておくとすっかり忘れてしまうので、そろそろ書いておくとしよう。

 素直によい出来と思う。「ゲド戦記」に比べたら格段に違う。ただ、それは成長したとという部分も否定しないものの、宮崎駿の力が大きかったなと思わざるをえないところはあるのではないかと。

 そもそもの企画・脚本が宮崎駿。物語全体を包む雰囲気や展開といった作品成功の可否を担うといってもいい重要なところはしっかりと抑えられた後のこと。

 さらには、NHK で放送された製作途中のドキュメンタリーを見ても、要所要所で宮崎駿によるストーリーボードによる影響は否定しようもなく。逆にそうした影響をあまり受けなかったであろう場面の描き方はいまひとつ物足りないものがあったりもする。

 冒頭、海が階段を下りてくる。そして台所なのか、移動していくところは、まるでエスカレーターか動く歩道に乗っているような動きでしかなく、どうも階段を降りている、歩いている、という動きが見えてこない。そうした細かな動きなどは、まだまだ不十分だ。もちろん、それは経験の不足でもあろうから、今後期待できないわけでもない。

 物語としても、ちょっとという部分はあって、海の家がいったいなんであるのかが後半あたりまでよくわからない。この同居人はどういう関係なのか? 下宿という感じなのか、いやそうでもないようにも見える、といったあたりで結局よくわからない。最終的にもよくわからない。なんとなくそういうものかと理解するにとどまる。

 母親が不在だというのもよくわからないまま続く。なかほどで実際帰ってきてようやく大学の先生でなにやら出かけていたので長期に不在だったのだという様子はわかるのだが、やはり詳細はよくわからない。父親との関係については、その後明らかにされるわけだが、どうもこの家族のこれまでや現在についてはよくわからないままだ。

 監督が力を入れて、お気に入りの場面ともいう最後の大型船のタラップに乗り移る場面。演出はわかるし、よいとは思うのだが、やはり描ききれていないために、不自然な動きに終わってしまう。まあ、このあたりも将来に期待ということなのかもしれない。

 総じて言えば、やはり本人の成長というよりは、宮崎駿の影響がゲドよりも色濃くあったためにそれなりに成功した作品というのが、無難な評価なのではなかろうかと。やや厳しいかもしれないけれど、本当に本人の力が試されるのは、おそらく次に自分だけで作品に取り組んだものの評価を待つしかないのではなかろうかと。

 繰り返しになるけれど、作品は十分によい出来だと思うし、好きな作品だ。

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スタジオジブリ 2011

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必死剣 鳥刺し

 劇場公開時、テレビでその CM を見たりしていて「なんだか焼き鳥屋みたいなタイトルだなあ」などと冗談みたいに思っていたのだった。「必死剣 鳥刺し」。

 必死というのも文字通り必ず死をもたらすという意味なのだろうけれど、なんとなく揶揄する方面の必死のイメージが強いのか、ちょっと奇妙に感じてしまうのもあったのだった。まして、鳥刺し。

 そうは思いつつも見ていたら、これは意外にも掘り出し物という感じ。鳥刺しという必殺剣を持っているとうわさされるものの、凡庸なお勤めだった藩士が、藩の財政悪化を招いている困った側室(だったかな)を公然と殺害。温情によって蟄居ですむのだが、何年にもわたると。

 その間けなげにその世話をするのが出戻りらしい姪。出戻りゆえ、実家に戻るのも気が引けていたところをおじが引き取って住まわせてくれていたのだが、実はそのおじに恋情を抱いてしまったと。一度だけお互いの心を許すのだけれど、それが公になればただではすまない。姪を田舎のどこかに預けると。

 前後してようやくに蟄居がとけて登城するようになると、殿の傍での勤め。側室を殺されたことを恨みに思っている殿は冷たくあしらう。老中だかがそれをとりなすようにしていたのだけれど、実はその後の展開はというあたりから面白くなっていくと。

 結局いずれ訪れるであろう危機に利用しようと生かしておいて、殿の傍においたという思惑で、さらには、それに乗じて始末してしまえばもはや面倒の種はないという策略。すっかり息も絶え絶えな状態で、もはやこれまでかというところで・・・。

 ひとりおじの帰りを待つ姪の腕には赤子がいるという結末は、いささか涙をさそうなあ。

 ごめんよ、鳥刺し。というくらいにはよい映画だった。

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ポニーキャニオン 2010-12-24

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みんな空なんじゃよ

 相対論に続いての「100分で名著」は、般若心経。以前には源氏物語もやっていたはずなので、実に見事な長短の対比。いや、この短さだからこそ 100 分という長さではある意味足りない深さを持っているともいえそう。

 まずは「空(くう)」の概念からはいるわけだけれど、やはりこの空(くう)というのは少々やっかい。いや、わかる。わかるけれど、なんとも抽象的なところから抜け出せない。その、もやもやした感じがなんとも気持ち悪い、いや、それこそ空(くう)なんだ、みたいにぐるぐるしてしまいそう。

 般若心経はもうずいぶんと昔に読んだ。そうして、一通りの意味合いはある程度理解して(と思って)、一時はすべて暗唱できるようにもなったのだが、やはり継続しないとどんどん忘れてしまうもので、今では前三分の一と後半の一部というくらいになってしまった。途中も断片的には覚えているかもしれない。

 「とくあのくたらさんみゃくさんぼだい」で、「あー、レインボーマン」であったか、などと思ったりも。

 いずれにしてもこの短さに集約できるなら、長いのなんてもはや無用であろう、などとも思ってしまうのだが、それは凡人の浅はかさなのだろうか。いや、「ぐだぐだ言ってんじゃねえよ」という声も聞こえてきそうな、違うような。まあ、観音様がそんなことを言われるはずもなく。

 百万言を尽くすよりもたった一言で言い尽くしてしまう、ということもあるわけで、真理というのは奥深い。

4142230220『般若心経』 2013年1月 (100分 de 名著)
佐々木 閑
NHK出版 2012-12-24

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 あらまあ、デザインがすっかり変わってしまっている。

4061456067「般若心経」を読む (講談社現代新書 606)
紀野 一義
講談社 1981-02-18

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もはやAVIを超えていたAviUtl

 4:3 の動画ファイルにできた上下の黒帯を削除したいなあと思った。拡大表示させてもそれがあるので期待するほど大きくできない(もちろん、そもそもの解像度を思えば、極端に拡大しても荒い画面にしかならないのだけれど、それはそれとして)。

 最初はフリーのビデオコンバーターを使ってみたのだった。クロップ機能があったので「よしよし」と思った。ところが、出来上がったのは黒帯をカットして、元の解像度にビヨーンと伸ばしてしまったビデオだった。つまり、640*480 の上下部分をカットしたのに、保存されたのは上下部分を伸ばして 640*480 にしたビデオだった。

 いや、そうじゃないだろう、ということで設定をいろいろ見ているうちに、なにやら 16:9 比率のところを見つけてやったら保存された動画は 640*480 なのだが、再生のときに16:9 に伸ばすようで、結果的には 850*480 くらいな動画として再生されるというものだった。

 いや、それも違う。この仕組みだと画面いっぱいには表示してくれないのは同じなのだった。単純に上下を切り取って、残った中央部分の解像度のまま保存しなおしてくれればいいだけなのに、そういうのってないの? と思っていたら、あった。

 AviUtl だった。

 まさか、そんな古参の動画編集ソフトに行き着くとは思わなかった。もっとも、6 年くらいだったかもう少し前だったかに WMV ファイルの編集に使ったことがあった。プラグインをいれると読み込みができてというものだったけれど、ファイルによっては駄目だったりすることもあるとかやや不安定なうわさだったような記憶。

 もっとも自分の用事には足りたので、「AviUtl やるなあ」などと思ってはいたのだった。

 遡ればもっと昔、本当に AVI ファイルの編集で使ったことがある。今ではちょっとした動画撮影も手軽にできるけれど、以前はなかなかそうもいかず、ようやくおもちゃのような動画カメラが 1 万円を切るくらいの価格で出てきたころだった。動画の形式も AVI だった。

 ということでその編集にちょうどよかった。以来、ディスクの片隅に残ったままになっていた AviUtl。基本機能としてリサイズやクロップがあって、ちゃんと切り抜いた残りのサイズで保存してくれるし、半端な解像度の場合にそれを指定したきっかりのサイズに調整することもしてくれる。

 リサイズするのであればプラグインを追加するほうが微調整がしやすいようではある。単純に黒帯を除くだけなら本体だけでも問題ない。

 そして、さらにはプラグインを使うと MP4 まで扱える。というか、最近では「 AVI ってなんですか? あやしいビデオのことですか?」といった声があるいは聞こえるのではないかというくらいに、もはや忘れられた存在なのではないかと。そうして、名前だけはそのまま残っているものの、着実に時代に沿うように進化していることを知ってちょっと驚いた。

 変換など処理にはそれなりに時間はかかるけれど、動画の編集となればそれはある程度仕方ない。拡張の編集機能などもあって、もうかつての AviUtl とは思えないほどの進化をしているような。それでいていまだに 0.99 というバージョンを継承しているのは、1 にはしないぞという意思の表れなのかしら、とか思ってもみたり。

 多少古い情報のままの部分とか、ニコニコ方面が対象だったりとかはあるものの、以下のサイトがなかなか詳しい。

 http://nicowiki.com/aviutl_h264.html#cf986354

 本家としては、AviUtlのお部屋

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福島が泣いている

 [ なんだか“ぬくぬく”なヤツを試してみよう:右手の冷えを救う名(迷?)アイテム――「USBあったか布団マウスパッド」であったかPCライフを満喫する - ITmedia PC USER ]

では、早速温まろう。USBヒーターは温まるのが早い。室温26度の状況下でUSBに接続したところ、1分でUSBヒーターの表面温度は約50度まで上昇した。

 震災以降いまだ福島では原発事故の収束はなっていない。近隣の住民はいまだ帰ることができない。東北の被災地はいまだ復興はおろか復旧すらままならない面も多々あるように見える。

 日本全体が理由はともあれ節電を求められ続けている今、東京のとあるオフィスではこの冷えた冬の暖房で室温 26 度もあるという。暖房設定は 19 度でといった話があったように思うのは、記憶違いだろうか?

 エネルギーをむさぼる都会と、搾取される田舎という構図が今も色濃く残っているのかしら、などと思うとなんとも切なくなる。

 福島の人の怒りは、やはり届かない。大阪で生徒の声が誰にも届かないのと同じで。

 結局は、強いやつが支配する社会に変わりなどないのだろうなあ。

 いや、ちょっと話が大きくなりすぎたか。

 いずれにしても、このご時勢に室温 26 度を恥ずかしげもなくさらせるという意識には、ある意味脱帽せざるをえないなあ。

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逢魔が時

 「ヒットラー: home&dry」を読んで、そういえばあったなあと思い出したので期限切れになるまえにと見たのだった。実のところ配信がはじまったころに見つけてはいたのだけれど、合計 3 時間あまりという長さもあっていまひとつ乗り気になりきれなかったのだった。しかし、うん、これはなかなかいいなあと。

 ヒットラーにはなんとなくのイメージしか正直もっていなくて、独裁者で悪でホロコーストで収容所でといったやや断片的な認識しかなかった。彼がどのようにして彼となっていったのかといったこととかはまったく知らずにいた。

 もちろん、このドラマ(映画ではなくてテレビドラマらしい)のすべてが正しいかどうかを判断するすべはないので、当然のことながらドラマとしての脚色がないとは言い切れないのだとは思う。おそらく、そうした点を割り引いたとしても、その異常さというか狂人ぷりはよくわかるし、その点に関してだけは多少の誇張が仮にあったとしても、全般として間違いというのは無理なのだろうなという認識。

 3 時間あまりという長丁場にもかかわらず、確かにまったくそんなことを感じさせないドラマの展開。仮想敵を作って「奴らのせいで我々の安寧が損なわれている!」という演説を強烈に繰り返す様は、某国の姿を彷彿とさせたりも。

 ところが、よくよく考えるとそれは某国だけの話ではなく、近年の日本の現状(政治、社会)を思っても、類似の影は実に多いと気づかされるわけで。(小泉劇場とかその最たるものではないのかとか)

 危険なにおいが充満している現代社会であるのだなと、改めて感じたりするわけで。

 ドラマにしろ映画にしろ、ドキュメンタリーにしろ、つまり表現するということについてはどうしたって製作側の意図というものがはいるのは避けられないわけで、その点でいろいろ批判もあるやに聞くけれど、それはそれとして評価するのが正しいところなのだろうなと。

 いやいや、なかなか見ごたえのあるドラマだった。そして、人間の怖さを強く思った。


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ジョン・パールマー
エスピーオー 2004-08-06

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大寒に、召しませ甘酒

 昨年あたりから甘酒に目覚め、聞けば夏にはちょいとしたブームが都会では起きていたとか。節電の夏を乗り切る栄養補給のひとつとしてだったか。

 もっとも、そもそも甘酒は夏の季語ってくらいに江戸の夏ばてに効く素敵な飲み物だったらしいと聞くし、飲む点滴だなどという表現もあるくらいに滋養のあるものとか。

 昨年の冬にたまたま紙パックいりのものを買って飲んでみたら、甘さといいほどよいアルコール分といい、体は温まるしおいしいしと申し分なかった。ただ、米麹から作ったようなタイプだとどうしても使い勝手がやや悪い感じも。

 で、森永のフリーズドライが便利かと思っていたら、昨年秋くらいだったかに粉末がでた。これまではフリーズドライのよくあるカップスープの固形のやつみたいな形のため、ひと袋に 4 つ入りだった。それが粉末になって 10 杯分で値段はあまり変わらない。少し高いくらい。これはお得。

 もちろん、酒かすから作っていたり、粉末になってしまっていることで多少の栄養価の違いとかはあるかもしれないけれど、手軽に飲めるというのはありがたい。特に冬場の今はいろいろのメーカーの製品が並んでいるのでよいが、夏場には入手が難しくなる。そんな時に力強い味方。(そこまで強調することでもないけれど)

 保存といい、飲み勝手といい、なかなか便利。もちろん、味もそれなりによろしいので、しばらく続けてみようかなと。

B009V8QRHC森永 甘酒 180g×12個
森永製菓

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 さすがにロット買いはしていないけれど。

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ゆきはよいよい、帰りは

20130119


 幸いにして晴れてくれる日も多いので、雪かきさえしてくれたならばかなりのところですっかり乾いているくらいにはなっているが、さすがに全面的にできるほどの積雪ではなかったので、いまだに残るところはしっかり残っていて当分なくなる気配はなし。

 自宅前にも 60cm くらいの雪の山脈がまだそびえている。まあ、そびえるというほどの高さではないけれど。

 1m 2m と積もるのであればまた別だけれど、数センチ程度であったならば積もったときにいかに雪かきしたかでその後は大きくわかれる。湿った雪がゆるんで凍ってとなるとすっかり氷の塊となってどうにもならなくなる。金属製のスコップをもってきたり、時にはつるはしとかで割らないとどうにもならない。

 凍ってしまったり、圧雪になるまえにやってさえおけば融けかたも早いし、日が出れば乾いてもくれる。そのちょっとのことでその後がまったく違うのだが、場所によってはまったくの別世界になる。

 車社会になって多くの人は車の周囲しか雪かきしないという様子も増えた。やっても家の前だけでほかはしらない。家に隣接していても北側の道は関係ないとか。いや、そこをやらずにどこをやる。

 特に困るのはアパートなど。結局誰がということもなく、誰もやらない。よってそうした場所の道路はかつての時代を思わせるような雪道が現出する。車と自転車の轍だけがむなしく残る。そして、スタッドレスタイヤによってピカピカに磨かれ、昼の陽射しでシャーベットにされ、夜の冷え込みで雪氷を生成する。

 はじめのちょっとしたことでいろんな人が恩恵を受けるのだが、なかなかそうした社会は遠いような。まあ、雪景色は嫌いではないけれど。今年はなかなか積雪が多い冬になっているなあ。

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雪崩映画二題(ただしC級)

 たまたま雪崩映画をふたつ見たのだけれど、どうもこれは変。まず、タイトルが変。つまりは日本語のタイトルがということなのだけれど。

 ひとつは「201X」で、ひとつは「大雪崩」という映画。しかし、これ、簡単に言うとあべこべであるほうがふさわしい内容になっている。

 「201X」では雪深い山村が舞台で、冒頭で山岳救助の女性の弟が事故を起こしてしまったので、救助に向かったものの、ヘリコプターがうまく近づけない場所で結局死なせてしまう。一緒にいた男性は傷心からパリにでてしまうと。

 8 年後、その遺体が発見されたというニュースを知って村に戻るけれど、女性からは冷たくあしらわれる。かつての仲間は暖かく迎えてくれるけれど。

 雪崩がおきそうな天候なのでいったん観光客は避難させたほうがよいと主張する救助の担当者に、村長は雪崩の防御設備があるから大丈夫だとはねつける。大事な観光客を帰してしまってその損害をどうするといった意見。

 が、結局大きな雪崩が発生して多くの人が生き埋めになってしまう。天候が悪く都市部との連絡がうまくつかない上に、なんとか無線連絡できたものの、悪天候で軍の救助部隊も出動できないといっている。その中で生き残りを探すために懸命に捜索を続けていると。

 たまたま村のヘリコプターで患者を搬送していた女性パイロットが軍に談判。自分が案内するから今すぐ出動しろと。で、あっさり出動。悪天候を超えると晴れていた。という映画。

 「大雪崩」はとある雪山の山荘のようなところ。どこぞの教授が女生徒をだまして一冬のバカンス? を楽しむためにやってくる。ハウスキーパーのバイトにやってきた女性がなにやら不思議な体験をし、過去の幻を見るようなことが続く。

 淡々と雪山でのレジャーや生活が続いて、最後の最後で雪崩があって、ハウスキーパーの女性がなにかに気づいて、なんだかわからないうちに終わる。どうも過去の人格みたいのがどうのこうの?

 結局よくわからないままに終わる。はっきりいってほとんど雪崩は物語に無関係だし、大雪崩というわけでもない。原題の「Lost Lake」でいいんじゃないのかと。スピリチュアルなオカルト的な内容なので。もっとも、結局わけがわからないままなので消化不良だが。

 よほど、「201X」を「大雪崩」、「大雪崩」を「201X」とでもするほうが内容にふさわしいのではないかと。後者の場合はそれも変なのでやはり「ロストレイク」とでもするほうが無難ではないかと思うけれど。

 前者の「201X」のほうが、まだ見られるというくらいで、正直どちらも B 級どころか C 級か? という内容で、なんともがっかり感が強い映画だったのだった。

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クロックワークス 2010-03-10

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グレート・ディベーター

 いい映画を観た。黒人への差別が色濃く残る 1935 年。テキサスの大学でディベートチームが選抜される。黒人の地位や社会的な立場をよくしていくためには教育が必要だという一環なのか、正々堂々と議論できる人材をということなのか、熱心な教師のもとでめきめき力をつけていく。

 一方でその教師は夜の顔も持っていて、経営者に搾取されている小作農を夜な夜な集めては集会を開き、組合を作って戦おうと呼びかける。

 当然、農場主らは面白くないので、保安官らと一緒になって自警団をつくり、集会を見つけてはリンチを繰り返す。首謀者として教師を逮捕するも、小作農や大学の教員らがやってきて、騒ぎは大きくなり、しぶしぶ保安官は釈放することに同意する。

 やがて、黒人ははいることが許されないハーバードとのディベート大会が実現。しかし、保釈の条件で州外には出るわけにいかないと教師は残り、生徒3人だけでハーバードへ。

 テーマが直前で変更され、「法に背き、不服従であることは正しいのか」といったテーマで討論。黒人チームは賛成の立場で討論。戦争などを例示して法に従うべきだといった論を展開するのがハーバード側。

 最終的には、ディベート大会を転々と移動するさなかに体験した黒人をリンチし、火刑にするのを目撃した話をもってきて「いわれなき仕打ちにたいしては、たとえ法をおかしても行動をすべきだ。ただ、それは武器を持って戦うことではなく、不服従であるべきだ」といった論で終わり、勝利を収める。

 実話に基づく話ということもあるけれど、余分なものもなく、といって足りないものもないという感じで十分に作られた映画だった。監督・主演を務めたデンゼル・ワシントンもよかったけれど、なんといっても主役はディベートチームの生徒を演じた4人だろうなあ。

 10 年あまりも前の映画ではあるけれど、よいものを見られた。

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2012-13冬の黒豆第二号

黒豆二号


 お正月早々で 250g (乾燥重量)の黒豆が終わったので、第二弾を煮た。都合により 200g * 2 = 400g ということで。そのためかちょっと重曹の量が足りなかったらしく、いくらか固めになってしまった。

 もっとも食べられないという固さではなくて、歯ごたえがやや残る程度というところなのでまったく問題はないレベル。

 普段保存に使っている小さめのタッパーでは入りきらずに、大きなタッパーにいれてもまだ足りないという量になってしまった。まあ、来週一杯くらいは安心か。

 なんとなく久々に金時豆もいいなあ、などと思いつつあるこのごろ。煮豆は箸休めにもよいのだけれど、本音を言うと実は黒豆の煮汁が好きだったりする。

 それにしても土井さんは偉大であるなあ。

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東京はいつまで言い訳を続けるつもりなのか

 本来なら春先の雪のパターンである降雪がこの時期にあったということで、東京をはじめ関東圏は大混乱だった。まあ、それはわかるし、気の毒なことだとも思うし、仕方ないかと思わないでもない。しかし、いったいいつまで言い訳を続けるつもりなのだろう。東京は雪に慣れていないので、などと。

 沖縄で10cm もの大雪が突如降った、とでもいうのならこれは大変なことで、交通機関がおかしくなって、事故や怪我が頻発してもそれはもう仕方ないよね、と同情するばかり。では、東京は、関東はどうなのかと。

 確かに冬の間に雪らしい雪、多少なりとも雪かきが必要となるような雪がどれほどあるのかを詳細には知らないけれど、毎年の様子を思い出すにはたった一度だけとか、まったく降らないということはそうそうないと記憶する。

 もちろんほとんどは 3 月くらいのことではあろうけれど、数年に一度くらいで大雪のニュースが騒がれたりということは繰り返しているわけだ。

 これほど降るとは予想してなかった。それもわからないではない。気象庁の予報がはずれたという向きもある。けれど、この冬の天気傾向からすれば量の多寡は別として雪になる可能性は十分にあったし、そこは指摘もされていた。

 にもかかわらず普通タイヤで平気で走っていて渋滞を引き起こす。ピンヒールで街を歩く。何を考えているのかと。

 長野市あたりでも雪の回数は減った。路面に雪が残っていてという状況は冬の間にそう多くはなくなってきた。それでも 12 月くらいともなれば車はみなスタッドレスタイヤにはきかえる。人によっては雪道を運転することなく(乾燥道は走っても)冬を終える場合だってある。

 スタッドレスタイヤにとって雪のない乾燥路面は最悪だ。柔らかいゴムが使われているのであっという間に消耗する。それでいて決して安くはない。できればいっそのこと雪があったほうがいいくらいだ。それでもみな履き替える。

 東京に雪が絶対に降らないというのならば、それでもいい。けれどそういうわけでないのだから、冬になったらスタッドレスタイヤに履き替えるくらいのことはするべきだろうに。それはひいては社会に迷惑をかけないことでもあるのだから。にもかかわらず、大半はそんなこと考えることもなく普通タイヤで走り回って動けなくなる。あげくのはてにはふかしすぎてさらにはまる。

 いつまでたっても学習しないのと、慣れていないというのとは別物だと思うのだが、それはいささか言いすぎだろうか?

 交通機関がとまるのはある意味仕方ないと思う。除雪まではなかなか準備できない面は否めない。こちらだって高速道路など通行止めにもなる。

 凍結で転倒しないようにと盛んにテレビが注意する。それはそのとおりなのだろうけれど、なにか少し違うような気もする。歩き方のポイントを教えている。それもちょっと違うような気もする。

 雪国の人は雪道の歩き方に慣れているという。けれど、一年中雪があるわけじゃない。冬のある日突如として大雪が道を埋める。そこをいきなり歩かなければならないのは同じではあるのだが。

 長年の積み重ねがあるだろうというかもしれない。では東京では、関東圏では過去にいっさい積雪がなくてはじめて雪道を経験しているのかということなのだが。もはや脆弱とかではなく、あまりに言い訳に終始していないかというところもいくらかは反省すべきなのではなかろうかと。

 やるべきこともやらずに「雪に慣れていないから」をいつまでも言い訳にするのはもうやめたらどうかというのは、あながち間違った意見ではないと思うのだけれど。

#昨夕すっかりきれいに雪かきしたところが、今朝になったらあっさりと 10cm あまりの雪に覆われていて、あわてて雪かきしたくらいには雪国らしい長野からそう思う。

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成人ならば雪かきだ

 雪だ、雪だと予報されてはいたものの、こうまでしっかり降ってくれると哀しくもなるという。東京や南信あたりでは大雪だ、と報道されるけれど、このあたりでは注意報がでるレベルでもないし(と思ったら一応注意報がでていた)、でも思ったよりも積もったなあという困った状況。

 幸いにして祝日であるので活動する人はそう多くなく、成人式ですらこのあたりは昨日であったり、ところによっては正月のさなかであったりお盆にやってしまったりなので、直接的な影響はあまりない。案外成人の日というのは雪の特異日なのではないか? と思ってしまうくらいに、結構雪の降る中の映像が記憶にあるのだけれど、それはただの刷り込みにすぎないのかしら?

 さすがに朝から一気に 10cm あまりも積もってきてしまったので(1 時間あまりで)、これでは仕方ないと雪かきをすることにする。長いこと使ってきたポリスコが暮れの雪かきの際にずいぶんと傷んでしまったので、急遽新調しておいたのだけれど、やはり新しいと便利だ。ポリカーボネイト製にしたので(多少値は張ったけれど)丈夫なのもありがたい。

 さらには湿った雪ばかりなので手袋がびっしょりになってしまう対策で、大きめの作業用ビニール手袋を購入しておいたのだけれど、これが便利だった。大きいので軍手をしたまま使える。炊事などによく使われる薄手のものではないので丈夫で、ぬれてしまうこともないし、グリップ感も悪くない。

 さすがに二時間も作業しているとほかはぬれてきたりもするのだけれど、なかなか快適に使えた。

 とはいえ、この降りはまだまだ積もるという様子なので午後にはもう一度やらざるをえないなあと。まあ、午前ほどは大変ではないと思いたい。ということで、合羽など乾かしたりしつつようやくネットにつないだり。

 しかし、昨日は 8 度近くまで気温があがって穏やかだったのに。この冬はこうした気温差、天候差が激しくてかなわない。いや、上雪条件だからこそでもあるのだけれど。

 さて、午後の作業までしばしの休息。成人式? なんですか、それ?

B001JQRO7Gアステージ 雪かき用 ポリカーボネート製 ポリカスコップ クリアブルー
アステージ 2012-12-03

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ショーワグローブ

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OWL に会う

 E テレで再放送の「森の賢者 海の哲人」を見る。実は二週間あまり前の本放送をワンセグ録画していたのだけれど、うっかり録画予約してなかったのもあり冒頭を逃したのと、バッテリーがもたなくて最後の 10 分あまりが録画できなかったままだったのだった。

 おりよく再放送が「MIT 白熱教室 第2回」の前にあるというので、そちらを見ることにしたのだった。

 聞き書き甲子園、なるものが高校生を対象にして行われているらしく、すでに 10 年くらいになるらしい。何をするのかと思ったら、おおむね老人という域に達したさまざまな仕事の名人(多くは森や山や海にかかわる)をたずねて話を聞くということらしい。どこぞの大企業のウハウハ社長にでもなく、政治家のえらーい先生でもなく、ひっそりと山で木を切っているおじいさんとか、海で伝統漁法に長年携わってきた人とか。

 最初はなんだかよくわからない感じだったが、あー、これはハローワークなのかと思った。会社説明会では絶対に知ることのできないハローワーク。しかも、仕事ということにとどまらず、人生のハローワークとでもいおうか。

 五箇山の萱葺き職人を訪ねた女の子は、自分の進路にも悩みを感じて、再び名人のもとを訪ねている。そこで、自分のことを語りはじめる。名人は「そういうことなんだよ。自分の心も開くし、だから相手も心を開く」みたいなことを話してくれる。

 具体的な答えを出してくれるわけでもない。具体的なことを尋ねられるわけでもない。けれど、その仕事に向けるまなざしであるとか姿勢であるとか、あるいはそこで暮らす普段の生活であるとか、70 年 80 年と生きてきたその歴史と経験であるとか、そうしたところから生まれる言葉の温かさと重さと強さと。

 そんなきっと言葉にはうまく表せないかもしれないものを、彼らはきっとつかんでいるだろうなと。

 大学卒業しても就職できないという時代。一流の名の知れた企業ばかりに群がる傾向。「とにかく一流大学に進学するほうがいいと思うな」という母親。けれど、本当にそれは重要なのかと迷う娘。

 サラリーマンとは違った、山の仕事や海の仕事に関心をもつ生徒。あるいは、そことは違ったとしてもこれまでとは違った視点で社会や未来を見ることになるであろう生徒。

 こういう取り組みが、あったのだなあと。

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巳年なれど虎

タイガー計算機


 善光寺へ行った帰りに見つけたので撮影。以前から類似の展示はあったと思うのだけれど。

 懐かしのタイガー手回し計算機。東芝の Rupo とか、カシオの QV-10 とかも。

 善光寺はといえば、なにやら修学旅行なのかという高校生の集団が多数いて、なんともという。ハンコをもらうのにあれほど並んだのは過去に記憶がない。

 ということでそそくさといつものようにお参りを済ませて帰宅する。街の中や途中はいつものごとく変化があって、いいのか悪いのか。アーケード東側はすっかり韓国街になってしまっていた。

 こんな写真を喜ぶ方がひとりふたりはあるような予感が。(以前にも載せたかしらん?)

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そんなんじゃクチコミしないよ

 気になってはいたものの、いつしか新刊書店からは姿を消してしまい、もよりの中古書店でと思ってもなかなか見つからない。しまいにはブックオフオンラインあたりでも見つからない時期に重なってしまったりというのもあって、ついそのままになっていた。

 そこへ、この年末年始だけパブーの電子書籍(PDF)を無料にしました、とのことだったのでさっそくに落としておいたのだった。

 パブーに出したというのは知っていたのだけれど、これまたすっかり忘れていたのだった。そして、いざ落としても、それに満足してしまってまた忘れてしまうということが起きる。事実、震災直後に落とした「ペリー・ローダン」2冊がそのままだったことに時々気づく。そのときに読めばよいのだが、それすらすぐに忘れてしまう。

 これはいけないということで、今回は正月明け早々に読み始めた。で、思ったよりもさくさくと読んで読み終えた。今更内容についてあれこれ言うこともないし、実際大きく頷きつつ読んでいたので特別なにもない。

 巷ではなにかとクチコミ、クチコミというけれど、絶対的にないとは言わないまでも、冷静に考えればそんなことが頻繁にあちこちで、しかも確実に起きるわけもなく、「これからはネットクチコミの時代ですよ~」みたいに言う輩はほとんどが詐欺師みたいなものと言っても過言ではないのではないかと。

 ネットさえ始めればクチコミが発生して売り上げが増大してもうたまりませんよ、みたいな話はあるはずもない、ということをきちんとわかりやすく、そしてあるときは厳しく言い切ってしまっているのがむしろ心地よいくらい。

 河野さん自身もそういう事例そのものを否定してはいないようであるし、まれにそういう成功事例はあるだろうけれど、ほとんどの場合のそれは幻想にしかすぎないということをきちんと踏まえるべきだ、という論旨と読んだのだけれど。にもかかわらず電子書籍版のあとがきで「では、どうしたらクチコミしてもらえるのか」というコメントがあったと紹介されていて、親切にそれへの答えも少しされていた。

 実際その人(たち)は見事に編集者の策にはまっているわけだ。この本の趣旨は「基本的にはクチコミなんて存在しないも同然なんだよ」というところにあるのでは、と思うのだけれど、タイトルはあえて「そんなんじゃクチコミしないよ」と煽る形になっている。そうなると、「じゃあ、どうすればいいのさ」という答えを求めたくなる。

 けれども、本の趣旨は違うのでそういうことを求めてしまった時点で、いったいこの本から何を読み取ったのさ? ということになってしまう。編集者の思う壺。だったかもしれない。

 わたしはマーケティングについてはよく知らない。けれども、「なぜこの店で買ってしまうのか」を買ってみたりするくらいに人間の行動心理には興味を持っているつもり。「これからはネットの時代だ」「これからは Twitter だ!」「Twitter はもう古い。これからは Facebook だよ!」とかいう変な人の指示で、ネットマーケティングをやれと言われてしまった、というような人が、まずはじめに心得ておく事柄としては、案外十分な内容なのではないか、と素人的には思うくらいの本。

 少なくとも「ネットさえやればもうウハウハですよ」みたいな幻想の声からは逃れる下地を持てるのではなかろうかと。

 もちろん、たかだか数年ではあるけれど、スマートフォンの急激な普及などもあって、ネットと社会との関わりは大きな変貌を遂げた部分も確かにあって、そのあたりの違いだけはいかんともしがたい。ただ、だからといってネットが持つ意味であるとか、社会にもたらす影響力といったものが変貌したのかというと、さほど変わったわけでもない。ただ、人々のネット依存は当時よりも格段に高まっている、というのは事実だろうと思う。

 そうした差異を踏まえたうえでなお、今も変わらず意味をもつところはあると思う。

 さて、内容とは別に編集という意味ではちょっと指摘したいところが。

 PDF 化にあたってどのようにされたのか具体的にはわからないけれど、英数文字の縦書き処理が不統一なのが気になった。(印刷されたものをスキャンしてなのか、それともパブーでの PDF 生成を使っていて、テキスト原稿から生成したのか)

 日付での年数が横倒しになっている場合と、一文字ずつ縦に並んでいる場合とが混在しているのは、ちょっと残念。縦書きでの日付では月日の二桁までは縦中横に配置し、年数は一文字ずつ縦に並べるというのが日本語文字列での基本的な扱いなので、それは統一してほしかったところ。(パブーのシステムによる生成であれば、数字の全角半角の原稿段階の差異が影響したと思われるけれど)

 また、本文 p.21 で「「時かけ」は2.6億円です」という部分があるけれど、p.97 の「1月は前月比4.8%増」では「4.8」を縦中横にできている。「2.6」はできていない。全角半角の別もあってではあるけれど、これもちょっと残念。

 また、「mixi」も全角文字で縦に並んでいるのはちょっと奇妙な印象が。ほかのサービス名はほぼ半角で横倒しのままなので。

 などというあたりはまあ瑣末なことで、本文には影響はないのですが、やはり本としてみたときにはちょっと気になってしまうのだった。

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プライミーバル シーズン1

 何年か前に NHK で番組宣伝しているのを見て面白そうだと思ったのだけれど、残念ながら BS だったので見られなかった。NHK オンデマンドではなくて、GyaO! で配信しくれたので見た。なかなか面白い。

 科学者のニックの妻は 8 年前に姿を消したまま行方知れず。最近になって奇妙な事件が起きるようになって、それを調べていたらどうやら太古の時代と現代とをつなぐ通路のようなものができてしまい、そこから太古の生物が迷い込んで事件を起こしていたのではないかとわかってくる。

 そうなるとこれは学術研究の範疇ではなく国家の危機管理の問題だということで政府の役人が介入してくると。

 しかし、その通路はいつどこに現れるともわからずに、しかも特定に時代だけにつながるわけではないらしいと。とはいえ、現象が増えるにつれてどうやら特定のライン上に現れているようだということがわかってくる。そのうちに、なぜか行方不明のニックの妻の姿が見え隠れするようになる。生きているのかどうかもわからなかったのだけれど、なにかこの現象にかかわっているか、知っていることがあるのではないかということで、捜索もはじまると。

 実際にニックが兵士?と通路を通って太古の世界を確認すると、先にだれかがやってきた跡が確認され、妻のものと後に確認されるカメラも見つかる。実際、そこには彼女の姿が収められていると。

 一度はつかまってしまう妻が逃げ出し、またやってきたり取引したり。ニックに一緒にこちらにこないかと誘ったり。

 ただ、不思議なのは彼女は 8 年もの間どう暮らしていたのだろうと。死んだと思われていたくらいなので、現代でずっと暮らしていたというわけでもなさそう。通路の出現に関して熟知しているようにも見えるものの、だからといって行ったりきたりを繰り返して暮らしているというのもちょっと奇妙。食事は寝る場所は、衣服は? そうしたところは一切でないのでなんとも不思議。

 いや、そんなことを描いていたらそれこそ面倒だったりつまらなかったりするかもしれないのだけれど、多少はそういう疑問を当事者たちは感じるのが普通じゃなかろうか、などとは思う。

 そして通路の出現を熟知するっていったいどうやったらできるのさ、というところとか、まあドラマとしてはそういうことにしないとというのはあるにしても、ちょっと無理がすぎるのでは、という風にも思ってしまう。

 それ以外では、なかなか面白い物語展開なのだが。シーズン1歳後の 6 話では、うまいパラドックスの伏線を使っていたし、次につながるアイデアとしてパラドックスをもってくるとか、なかなか面白い要素がつまっている。

 ついでにいえば太古の生物の行動や嗜好についてまで詳しくわかりすぎているのもちょっとやりすぎな感じがしてしまう。さすがに化石からではそこまでわからないのではなかろうかと。

 まあ、なんだかんだいっても細かなところはそういうものとして見られる程度にはよくできているし、テレビドラマというには費用もかかった映像で楽しめる。続きが気になる最後でもあるので、シーズン2も楽しみ。

 PRIMEVAL とは太古の、といった意味らしい。

B001TBUJ7Iプライミーバル 恐竜復活 シーズン1 DVD-BOX
ジェネオン エンタテインメント 2009-04-24

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 恐竜復活だなんてサブタイトルつけたらつまらないじゃないか・・・。

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あん、あん、餡

 ほぼ日で「あんこの旅」など読んでいたら食べたくなったので久しぶりに作ってしまった。いや、もとよりお汁粉は食べたいと思っていたので、調達はしようと思っていたのだった。ただ、どうせなら小豆から作りますか、という気分になってしまったのだったと。

 黒豆はもうずいぶんと長いこと自前で煮ている。10 年くらい前には金時豆とかいろいろ煮た時期があった。そして、数年前に小豆を煮て練って餡を作ったのだった。

 はじめはもっと面倒なものかと思ったのだけれど、作り方そのものはそう面倒なものではない。もちろん、こし餡にするとなると漉す手間がいるのでその分簡単とはいかないけれど、どうせ上品な和菓子にするでもないとなれば、皮もあってよいし、多少ツブが残っていてもかまわないというつぶ餡方面になるので面倒は一気に減る。

 そうとなれば圧力鍋の出番。あらかじめ一晩水につけておくのは当然としても、あとはたっぷりめの水を入れて圧力鍋でやや長め(10 分から 15 分くらいか)すれば十分柔らかくなって、指で簡単につぶれるようになる。あるいはもっと崩れた感じにしてしまってでもいい。

 そのあとに小鍋かなにかに移して多少の水加減をして(出来上がりの固さ加減で)、砂糖をいれて焦げ付かないようにかき混ぜつつ練り上げればよいと。

 基本としては実に単純。もちろん、それだけにプロの仕事はずっと繊細であろうし、丁寧でもあろうし、だからこそおいしいものができたりはするのだろうなと。

 ただ、昨今はお菓子屋さんとても自前で餡を作ることは少なくて、製餡所から購入したり、より多くの場合は中国などからの輸入もの(あるいは、製造は中国でというもの)。

 小豆の値段、砂糖の値段、調理にかかるガス代など考えても、どちらが安いと単純にはいえないだろうけれど、さほど高いというほどでもないと思うので、確実に安心して食べられるものを手作りしてみるというのも楽しいのではないかと。そういう楽しみが減ってしまうのはもったいない。

 唯一問題があるとすれば、つい食べ過ぎてしまうことかもしれないのだよねえ。

あずき餡


 どら焼きも好きですが、なんといっても温泉饅頭ですよ。はい。

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メモ:アシュリー事件

4903690814アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代
児玉 真美
生活書院 2011-10

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 新聞の書評欄で見て気になったのでメモ。読むのは先になるだろうけれど。(そして、メモしたことすら忘れているかもしれない)(ゆえに wishList なりに入れておこう)

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東京島

 無人島に女ひとりと男十数人、とかいうキャッチでテレビでも宣伝していて、桐野さんどう料理するのだろうとワクワクしていたのだけれど、映画は意外とあっさりした感じだった。もっと桐野さんらしいハードなディープなものを期待したのだけれど。もっとも原作は読んでいないのでいつものごとく別物という可能性は捨てきれないわけではある。

 やや年齢が上がっているとはいえたったひとりの女性だからということで男グループによる揉め事の種になるわけで、そこをうまく(なのかどうかは微妙ではあるけれど)渡り歩きつつ、結局島から脱出できるわけでもなく、あまり事態は進展しないというのが大筋。

 もともとの男グループが分派して、なんだかそのうち女性はもうどうでもいいじゃないのみたいにもなり、そこへ中国だかのグループが流れ着いたことで小さな変化が起きていざ筏脱出か? となるのだけれど、そううまくはいかずに逆戻り。

 そうこうするうちに今度はフィリピンだか東南アジア方面の女の子が集団で漂着。これに中国人グループが絡まって、唯一だった女性がそこにはいってきて、さてさてという。どうせ脱出なんてできないのだから、脱出計画立ててるやつらは倒してしまえ! みたいな諍いとか、狡猾な女の計画とか。

 そんなこんなに誰との間かはわからないものの、唯一だった女性が妊娠。なんとか産んではみたものの、諍いに巻き込まれて、さあ、どうするというあたりがクライマックス。

 島に残ったものがなんだか奇妙な南の王国を作ってしまうところとか、東京でしゃれた生活に戻っている姿とか、どうもいまひとつあっさりしすぎていて物足りなさが。設定はいかにも桐野夏生らしい雰囲気があったのに、展開はまったく別物か? というくらいに(繰り返しになるけれど、原作は読んでいないのでわからない)。

 少々興醒め度の高い映画であったなあ。でもまあ、木村多江さんだからよいか、という映画かもしれない。

B005JAENW2東京島 [DVD]
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2011-10-26

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4101306362東京島 (新潮文庫)
桐野 夏生
新潮社 2010-04-24

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科学ってワクワク(パクリです)

 テレビのはなしが続く。主な理由は忘れないうちに。

 E テレにて「MIT 白熱教室」とかがあるということで、なにやら面白そうなので見ることにしたのだった。(実のところサンデルさんのそれは好きではないので)

 はじめに重力加速度についての話があって、ボールと鳥の羽とを同時に落としたら、という話に。そしてアポロ宇宙船により月面で行われた実験映像が流されて、同時に落ちたが速度が地球上の 1/6 になるとかはなくて変わらないようだった。これについては次回ね、というので次回を忘れずに見なくては(わかっていないわたしです)。

 そして次は振り子の話に。周期を求める公式と実際に計測してみてというあたりの話。測定には誤差がつきまとう。「わたしがもっと若ければ 0.1 秒も可能かもしれないが、今は 0.2 秒くらいならがんばればまだなんとかなる」みたいなことを言って笑わせつつも、きちんとそのあたりの説明がされていて笑いながら(というかむしろ笑いながらだからこそ?)理屈が頭に残る。

 角度はこれこれで、これには意味がある。振り子のゆれる回数は 10 回で、これにも意味がある。 1回だって構わないが 10 回にすることで、誤差を 1/10 にすることができるのだと説明する。

 鉄球をつかった振り子の次は、もっと重いものだったらどうだろう、たとえば私とか、などといい始める。しかし、これにはいくつか問題があって、ひとつは私がずっと平らな姿勢を保たなくてはならないことだとかいって、また笑いを引き出す。でも、ちゃんとやってみせるあたりが偉いというかすごいというか。

 あげく、「もっと早く数えられないのか!」などと言ってみせる。

 などなど、物理学の基礎的なところを実験を通してわかりやすく教えてくれるのは、とても面白かった。そもそも基礎的なことってのはこうして面白く教えてもらえると記憶にも残るであろうし、科学への興味がわくもとにもなるのだろうなと。そこを飛び越していきなり最先端の魅力的なことで「どうよ?」とか言われても、確かに「へー、そりゃすごいですね」とは瞬間思っても、すぐに忘れてしまうし、興味もうせてしまうかもしれない。

 あー、次回が楽しみ。

 ついで、「大科学実験」では虹の上を歩いてみようという実験が。0.25mm のガラス球をたくさん用意して、それを糊で板にまんべんなくはりつける。ここに光を当てると虹ができる。

 そこで、夕日を利用して大きな虹を作ることにして、準備が進む。日が傾いてくると次第に下の端から虹の頭の部分が見え始め、だんだんとそれが大きく中央へと移動していく様がなんとも素敵。

 夕日を利用したがために、完成した巨大な虹を歩く風景は、急がないと暗くなって見えなくなってしまうという問題を持ってはいたのだけれど、なかなか壮大で面白い実験だった。

 さらについで、「大人のピタゴラスイッチ」。正月の深夜に二回にわたって放送されたのであきらめていたら、早々に二回続けての再放送というので見た。なるほどアルゴリズムをわかりやすく、面白い形で見せてくれる番組であったのだなあ。

 しめじをソートしてみたり、ジャガイモをソートしてみたり。あみだくじの仕組みであったり。なるほどなるほどと思っている間に一時間はあっという間に終わってしまった。確かにこれはプログラマが好きそうな番組であるなあとも。

 その上で、テレビのジョンがいたり、ペンギンが掛け合い漫才してみたり、不思議な歌があったり、謎な番組ともいえるけれど、そこがまたよいのだろうな。正直なところ、総合よりも E テレのほうが魅力的な番組があるのだけれど、意外とまだ知られていないところや子供向けと思われているところもまだあるのかもしれないけれど。

 こういう番組を作り続けることができるのは、NHK だからともいえるものの、それだけでは難しい面もあるはずで、ますますこの手の番組が面白く続いてくれるように、こちらも精一杯見たい、と思うのであった。

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R is Robot

 E テレ「地球ドラマチック」でロボットの特集。製作はフランス。フランスの科学研究施設でのロボット研究を中心に、現在のロボット最前線という感じのリポート。

 なぜか日本の大学だったかが作った歩行ロボット(戦隊ヒーローみたいなデザインの奴)があったり、パナソニックだったかが作ったかと思った癒し型のまるっこいロボットとか(名前が違ったけれど同じものではないかと)、いろいろ出てくる。人と同じ動作をさせようとするとまだまだ難しい面が多いと。それでもかなり自由度もあがっていて、日々進化していることが実感できる。

 ロボットというよりは機械的なところではやはり「daVinchi」が登場。アメリカ製の手術ロボット。医師がそのメリットを語っていて、確かにそういう面はあるかもしれない。つまり、術中であってもすぐに別の対応をしやすいということ。もちろん基本的には手術に集中するべきではあるものの、たとえば緊急を要する判断の助言を求めるべく電話がかかってくるなんてことはあるかもしれない。そんな時にこれまでであれば、サポートの看護士が電話を医師の耳に近づけてやっているなんて光景があったのでは。それがない。

 衛生上の配慮はもちろんするのだろうけれど、ひとたび手袋をはずしたらまた消毒してどうこうして手袋してなんて手間はなくなる。

 もっとも、そんな対応をしなくてはならない状況をまずは改善すべきかもしれないけれど。

 日本の石黒さんもちょっと登場。ジェミノイドだったか。まだまだ不気味ちゃんの域は残っているけれど。

 人の感情を推測するシステムであったり、会話をそこそこ楽しめる人口知能であったり。すっかり身近になったスマートフォンでの音声認識を活用したさまざまなサービスもある意味ロボット的な技術として紹介されていた。

 ロボットが社会に出ることで、人との距離が縮まり関係を深くすることで、人によっては不安や不快な思いを感じるということもあるのではないか、という研究もまた紹介されていたりして、なかなかに充実していた。

 まだまだアンドロイドというには難しいレベルではあるけれど、いずれ普通に人と同じように見分けがつかずに生活する日が、あるいは来るのかもしれない。いや、恐らくは確実にくるのだろうな。望むと望まずとを問わず。そのときアシモフのロボット三原則とかがどう扱われることになるのかもまた興味深いところか。

4042809030アイ・ロボット (角川文庫)
アイザック アシモフ Isaac Asimov
角川書店 2004-08

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 「R.U.R」はやはり読むべき。(どちらかというと社会風刺ではあるけれど、原点という意味においては)

4003277422ロボット (岩波文庫)
カレル・チャペック Karel Capek
岩波書店 2003-03-14

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 アンドロイドを見分けなくてはいけない未来。

4150102295アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
フィリップ・K・ディック カバーデザイン:土井宏明(ポジトロン)
早川書房 1977-03-01

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 遠くない未来?

406313248X攻殻機動隊 (1) KCデラックス
士郎 正宗
講談社 1991-10-02

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小寒召喚

 寒の入りとはいえ見事なくらいに寒気の洗礼を受けている日本列島。陸別町では -30.2 度だかになったとか。もっとも陸別ではさらに低い記録があるはずで、札幌あたりでも明治時代に -40 度台という記録があるようす。

 このあたりでも -8 度くらいにはなったものの、心配したほどには冷えなかった。この冬はどうも寒さが厳しいという印象。

 旭川方面で大雪でとんでもないことになっている、という噂が流れているようだけれど、実態はどうなのだろう? 本来北海道は積雪量ということではとりわけて多い地方ではないはず。もちろん場所によるけれど、本州のいわゆる豪雪地帯などと比べたらそれほどすごいという感じではない。むしろ気温の低さが問題というところは。

 現にこの年末年始で新潟・長野の県境あたりで 1m 以上の積雪になっていて、一日で 60cm 以上の積雪と記録と並ぶ多さだったらしい。酸ヶ湯の 3m はちょっと例外。

 暮れになってちょっとドッと降られたので、この冬は雪が少し多くなるのかと思ったものの、案外雪かきもなく過ぎている。問題はやはり低音か。まあ、陸別のそれと比べたらかわいいものではあるのだけれど、それなりに十分に冷えている。最低室温は 0 度を記録したし、-2 度を記録した場所も。なにより日中でも 3 度とかいうとほとんど冷蔵庫と変わりがないという。

 雪が少ないのはありがたいけれど、この寒さがどこまで続くのかというのもまた気になるところ。

 寒さ厳しき折、ご自愛くださいませ。

#衣料品はそろそろ春物とかに切り替わるのだろうなあ。この寒いなか。

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野菜の命

 [ 謹賀新年2013::更新日記 ]

 わたしもちょうど同じものを見ていたのでした。もっとも白川さんのほうは見なかったのですが。なんとなくこの人のはもういいかなあという感じがしてしまって。

 で、「美の壺」の新春スペシャルと「不思議の庭の野菜たち」とを見たのでした。

 「美の壺」のほうは夕方の放送をうっかり見逃してしまったのもあってみたのですが、邸宅特集ということで悪くはないものの、それ以上の感慨はあまりなく、そもそも現在では BS に放送が移ってしまっているのもあってさっぱりになっていて懐かしさから見てみたという程度。やはり谷啓さんの存在は大きかった。

 まあ、七福神の面々がなかなか楽しかったのもあって、おめでたい感じはよかったではないかとは思ってみたのでした。

 どちらかというとメインはこちらの「不思議の庭の野菜たち」。昨年あたりだったかの夕方にでも放送があったはずで、その再放送なのかと思ったのだけれど、どうやらその後を含めて再構成したものだった様子。前回、例の人参を丁寧に掘り出してたんねんに撮影するあたりがクライマックス。

 人間にとって野菜は植物でありながら植物ではない。野菜にとって本当にその命をまっとうすることはなく、人間にとって良いとされるころあいに食べられて、そこで終わる。それは、野菜にとっては時に無念かもしれない。

 今もあるのかどうかはわからないけれど、かつて北海道の絵葉書に丸くて赤い小さな実をつけた植物のものがあった。多くの人はそれにちょっとした感動を覚えるようではあったが、個人的にはなぜそれが絵葉書になってしまうのだろうか、という思いもあった。絵葉書として、写真としての良さは別として。

 それが、アスパラガス。食べ時をすぎて大きく育った姿を多くの人は知らない。実を食べるものであれば、花が咲いて実がなる過程を見るということもあるだろうけれど、そうではないものの場合、その後の姿を知ることはあまりない。

 けれども、野菜にとっての本当の姿、命のつなぎかたというのは、その後にも続いているのだということを改めて感じさせてくれる。野菜たちのそんな姿をたんねんに撮影するときの奥田さんの表情はとても生き生きとしている。

 魚や肉を切られて状態でしか知らない子供。いや、大人ですら知らない、あるいは知ろうとしないことで社会は満ちているのかもしれないなあ。などと、思いつつ。

 せめて NHK 「野菜の時間」などから、そんなことも発信していけたら素敵なのかもしれないなあ。

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面取り大根 2013

面取り大根2013


 この正月の面取り大根。そこまで取るのか、という面取りですが、これがスタイル。もちろん、取った部分もおいしくいただきました。少々甘く仕上がってしまったのが、いささか失敗。

 残り少なくなったところで凍み豆腐などもいれたりしてまたいただくという。

 およそ2本分の大根を煮たものの、そろそろ終わり。次は白菜で汁でも作りますか。寒くなってきたので少し温まるものでも。

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121231_シリウス


 よく晴れた大晦日の夜。シリウスがあまりに美しかったので、無理だろうなと思いつつもデジタルカメラで撮影してみたのだった。

 レベル調整をすると確かにそれらしい星影が見えたので、ちょっと驚いた。古いデジカメなので今では性能も見劣りするし、そもそもコンパクトタイプだから暗いものに強いわけでもなく。

 気をよくして(といっても撮影しているときにはどの程度写っているかなどわからないのだが)オリオンも撮影してみた。こちらは三ツ星から下あたりがそれなりに。

121231オリオン三ツ星


 なんとかなるものだなあ。もちろん、目一杯の露出補正をかけて柱などにカメラをくっつけて撮影したのは言うまでもないのだけれど。

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日本のお正月

 正月の NHK の朝は案外楽しみだったりする。問題は、前日つまり大晦日をどう過ごしたかだ。例年ならば、ほどほどで寝てしまうのだが、今年はついさだまさしの夜中にやってるアレ(今では「生さだ」が正式略称なれど)など見てしまったので遅くなり、いささか遅くなってしまうことに。ということで、やや冒頭を見逃すようなタイミングで見た(起きてはいた)。

 「奇跡の庭園 苔寺」。ということで、京都西芳寺を特集。確認されているだけでも 120 種類を超える苔が自生しているとか、いたるところに苔が繁茂しており、苔の上にまた苔という場所も多いようで、その厚みが 10cm を超えるようなところもあるのだとか。

 苔は強いようで弱いものでもあるので、人が歩いて道をなすような場所は絶えてしまう。橋の上にもびっしりと苔がついていたりすると、なんだか申し訳なくて歩けなくなるのではないかとも思ってしまった。

 京都の庭園であるからもちろん専門の庭師さんが、毎日毎日手入れをされている。自生しているらしい竹を毎年切っては 60 本あまりもの竹箒を手作りし、苔の上に落ちた葉っぱなどを掃き清めているとか。時期を選んで刈り取った竹で手作りした箒は穂先も実にあたりがよくて、苔にとってもやさしいのだとか。

 そもそもは苔がここまであったわけではもちろんなく、環境が適していたことなどもあって長い年月をかけて今日のような姿になってきた。そして、それを支えてきたのが庭師の仕事。紅葉も美しいらしいのだが、ここでは落ちた葉はすぐに掃き集められてしまう。

 外国ではあまり苔を愛でるという感じはなかったように思うのだけれど、近年の盆栽ブームにのってその不思議な美は日本人であるとないとを問わずに感じられるものなのだなと、あらためて思ったりする。

 とはいえ、家の周りが苔に覆われてしまうと、それはそれで困ったことになるのも確かなことで、そうでもなくても湿度の高い日本においては、環境によっては苔は邪魔者にされてしまうこともまた止むを得ないのではないかなあとも思ったりはする。

 どんなものにもふさわしい場所がある、ということなのではないかな。

 晴れた正月の朝。こうした番組をじっくりとゆったりと見られることの、しあわせ。

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冬の青

元日の青空


 予報では大晦日から年初めにかけて雪になりそうなものだった。この冬の偏西風の位置が西のほうで蛇行しているのもあって、九州や中国地方など例年であればそれほど冷え込みが極端でなく、積雪もそこまで多くないという地域にやや寒波や雪がやってきている状況で、そのためもあってか、このあたりは山を越えてくることが少なくなっている。

 そんなことも影響してなのか、大晦日は午前中こそあられが降ったり、大粒のぼたん雪のようなものが降ったりしたものの、午後には割りとすっきりと晴れてくれて穏やかな陽気になった。まあ、暖かいとはお世辞にも言えなかったけれど。

 夜もすっきりと晴れていてやや冷え込んだが、冬の夜空が美しかった。そして、今日。

 見事に晴れ渡った青空に日が昇った。その瞬間を捉えるにはコンパクトデジカメ(しかも 10 年以上選手という古い)には荷が重過ぎて駄目なので(撮るには撮った)、青空の写真を。左側にかすかに気配を残しているのは朝日の方角であるし、画面にハレーションが少しばかり。

 山のほうにはやや雲があるようだけれど(実際昨日は山はしぐれているようだった)、陽射しもたっぷりあって穏やかな正月を迎えることができたところ。

 真のプログラマは大晦日も正月も関係なくコード書きに余念がないようだけれど、アマグラマとしてはすっかり正月気分でのんびりしている。いかんなあ。さっそくに「 Thinking in JAVA 」でも読み始めるべきだな。がんばろう。

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