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野菜の命

 [ 謹賀新年2013::更新日記 ]

 わたしもちょうど同じものを見ていたのでした。もっとも白川さんのほうは見なかったのですが。なんとなくこの人のはもういいかなあという感じがしてしまって。

 で、「美の壺」の新春スペシャルと「不思議の庭の野菜たち」とを見たのでした。

 「美の壺」のほうは夕方の放送をうっかり見逃してしまったのもあってみたのですが、邸宅特集ということで悪くはないものの、それ以上の感慨はあまりなく、そもそも現在では BS に放送が移ってしまっているのもあってさっぱりになっていて懐かしさから見てみたという程度。やはり谷啓さんの存在は大きかった。

 まあ、七福神の面々がなかなか楽しかったのもあって、おめでたい感じはよかったではないかとは思ってみたのでした。

 どちらかというとメインはこちらの「不思議の庭の野菜たち」。昨年あたりだったかの夕方にでも放送があったはずで、その再放送なのかと思ったのだけれど、どうやらその後を含めて再構成したものだった様子。前回、例の人参を丁寧に掘り出してたんねんに撮影するあたりがクライマックス。

 人間にとって野菜は植物でありながら植物ではない。野菜にとって本当にその命をまっとうすることはなく、人間にとって良いとされるころあいに食べられて、そこで終わる。それは、野菜にとっては時に無念かもしれない。

 今もあるのかどうかはわからないけれど、かつて北海道の絵葉書に丸くて赤い小さな実をつけた植物のものがあった。多くの人はそれにちょっとした感動を覚えるようではあったが、個人的にはなぜそれが絵葉書になってしまうのだろうか、という思いもあった。絵葉書として、写真としての良さは別として。

 それが、アスパラガス。食べ時をすぎて大きく育った姿を多くの人は知らない。実を食べるものであれば、花が咲いて実がなる過程を見るということもあるだろうけれど、そうではないものの場合、その後の姿を知ることはあまりない。

 けれども、野菜にとっての本当の姿、命のつなぎかたというのは、その後にも続いているのだということを改めて感じさせてくれる。野菜たちのそんな姿をたんねんに撮影するときの奥田さんの表情はとても生き生きとしている。

 魚や肉を切られて状態でしか知らない子供。いや、大人ですら知らない、あるいは知ろうとしないことで社会は満ちているのかもしれないなあ。などと、思いつつ。

 せめて NHK 「野菜の時間」などから、そんなことも発信していけたら素敵なのかもしれないなあ。

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