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大漁

2012nakashimaart


 初夏のころに京都に行った際、せっかくなのでどこかの特別公開があれば見てこようか、などと思っていた。 残念ながらそういう時間は取れなかったのだけれど(ひとりではなかったのもあり)、その時に清水寺の襖絵など見られるのだろうかと調べてみたのだった。 残念ながら清水寺で一般に公開というのはまったくしていないようだった。

 ところが、そのページを見ていたらなぜかこの夏から秋にかけて長野で展覧会があるという。 わざわざ京都まででかける交通費が不要となれば、これは見ておくべきだろうか? と思いつつもなかなか行く機会にならずにいた。

 ひとつには中島潔さんが直接説明をしてくださるツアーがあったときにものすごい人出だったのがニュースでわかり、これは普段も込んでいてゆっくり見るという感じではないのかも、と勝手に思い込んでいたこと。

 もうひとつは、襖絵を描いている過程を取材した NHK スペシャルなどを見ていたので、絵の雰囲気そのものはわかっているし、あえて直接見たからといってどうだろう、というような気持ちもあったのだった。

 そうはいっても、せっかくごく近くで開かれる展覧会。 しかも開催中に何度となく近くまで行く機会があったのもあり、ついでに寄ろうかと思いつつなかなか時間とかもろもろあわずにやりすごしていた。 どうせならということで重い腰を上げた今日は、展覧会が終わる前日。 さすがに人出は多いかと思ったが、さほどでもなかった。

 ほかのものもあるのだが、それはややさくっと見ていってお目当ての襖絵あたりをじっくりと。

 「大漁」は意外と小さく感じた。 というのも襖なので高さは一定とはいえ、その幅は部屋によっていろいろで、そういう意味では大漁はやや小ぶりだった。 けれども、迫ってくる迫力はこれが一番だった。 鰯の躍動感というか、フィッシュボールもかくやというような圧倒的な迫力。

 一匹いっぴきの微妙な表情の違いであるとか、色合いの違いであるとか、光の反射による微妙な変化であるとか。 意図してかどうかはわからないが、鰯によってはエラから口のあたりに赤や黄、緑といった色があしらわれて、さながらそれらは捉えられてしまった死すべき鰯だったのかも、と思わせるような。

 ただ、襖絵全般にそうだったのだが、人物は黒い枠線で縁取られていて、ほかはそうでないだけになんとなく違和を覚えてしまった。 なんとなく塗り絵みたいな感じに思えてしまって。 実際衣服などは妙に平板な描かれ方でちょっと物足りないようにも感じてしまった。 鰯の圧倒的な迫力を思うと、ちょっと異質なくらいに。

 「かぐや姫」は中国的な雰囲気。 「向日葵」やほかのものはいかにも従来の中島さんを思わせるイラストタッチ。 それはそれでもちろんよいのだけれど、やはり圧巻は「大漁」というしかない感じだ。

 とはいえ、間近で見られたからこそこんなことも思えたわけで、やはり行ってみてよかった。

#ポスターと同じ図柄のチラシあたりがあるのであれば、それを配布してもらえたらよかったのだがなあ。

 [ 信州・長野の日本庭園が美しい近代日本画美術館 「公益財団法人水野美術館」 ]

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コメント

中島さんの絵は、色合いや緻密さはすごいなあと思うのですが、
人物の漫画っぽい描き方(永島慎二テイストの)がちょっと違和感
があって、正直もうひとつ好きになれないでいます(^_^;。

投稿: 黒豆 | 2012.09.23 10:41

わたしも今回見ていてその思いは強くしました。
人物や動物はイラストの範疇なんですよね(^^;
「大漁」も少女だけがちょっと異質な感じがあって、それでも鰯の群れだけ見るとなかなかよいものがありました。
源氏物語のやつなどでは、猫がニャーンとばかり飛び出す姿があまりに漫画チックで、「おいおい」という感じでした(^^;

投稿: ムムリク | 2012.09.23 10:48

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