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終の棲家

 しばらく前になってしまったけれど、NHK ラジオの「夕方ニュース わたしの一言」の特集としてお墓を扱っていた。自分が亡くなったときの葬儀の方法などについて希望を残しておくといったことはよく聞かれるようにもなった。もちろん、亡くなった時点で本人にはもうわからないので、残されたものがその意思は尊重しつつも遺族の気の済むように行うしかない、という面があるのも事実。

 同様にお墓というものもどうしていこうかといういろいろの問題というか悩みがあると。まずもって入るべきお墓がないという人の場合。近年だとマンションみたいなお墓というか遺骨の貸金庫みたいなものもあるようだが、番組で扱っていたのはこのごろ注目が高まっているという樹木葬? というのだったか。

 時間が経過したのもあってうろ覚えだけれど、つまりは林というか公園というようなつくりの場所があって、そこに埋葬はするけれど、墓石といったものは置かないということだったかと思う。いわばそこ全体がお墓なのだということかもしれない。あるいは、自分が好きだった樹木を植えるということもあったかもしれない。

 なになに家の墓、というものが出来てきたのはまだここ数十年でしかないという話もでてきた。そんな風にして家庭ごとにこぞって墓を作ったのではすぐに場所が足りなくなる。家族構成によっては、はたしてどう墓を守っていくのか、維持管理していくのかという問題も起きてくる。一代二代で使われなくなってしまうようであれば、それは本当に必要なことなのだろうか。

 もちろん、だからといって墓はなくてよいというのも、当面の遺族としては手を合わせるよすががない。それはそれで寂しいことでもありそうだ。

 散骨というのは法的には自宅庭でも可能だとか。ただし、少しでもそこに土がかぶるようなことがあると、それは違法になるという。あくまでも撒くのであって、埋めるようになってはいけないとか。 もっともそのうちにはそうなってしまうだろうから、なんとなく意味のないようなことにも感じる。

 などなど、そんなことを自分でもあれこれ考えてしまうような歳になったのかと。なによりも自分で希望したとしても、自分ではいかんともしがたいということでもあるので、なかなか難しい問題ではある。

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