« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

否も応も

 [ 【PC Watch】 ブラザーのドキュメントスキャナ「ADS-2000」を試す ~USBメモリやAndroid端末への直接出力にも対応 ]

 別に紙の本をスキャンして電子化したいという欲求は特にないので、そうした意味では感心はさほどないものの、スキャナー(ドキュメントスキャナー)にはそれなりに興味はあるので読み始めたのだけれど、とある一文にであって一気に読む気力を失ってしまった。

今回発表された2製品のうち最上位モデルの「ADS-2500W」はPCレスで動作し、読み取ったデータを直接クラウドにアップロードできるなど他製品にないユニークな機能を備えており、否が応でも注目が集まる。

 「否が応でも」とはどこの言葉なのだろう。

 言いたいことは、おそらく「これで注目されないはずがない」といった意味のことなのだろうとは思う。 しかし、それを言うならば、

弥が上にも

 ではないのか。

いやがうえに【弥が上に】(副)

 今までもその傾向は見えていたが、それにますます輪をかけることを表わす。
 「美しきものを--美しく飾る・酒が入り、宴会は--も盛り上がった」
 新明解国語辞典第四版

 仮に「否」や「応」を使いたいならば、「否応なく」とでもいうくらいかと思うけれど、なんとなく奇妙な感じがする。

いやおう【否応】

 「いやだ」という返事と「よろしい」という返事。
 「--を言わせない・--も無い[=異存が無い]・--無しに[=むりやりに]」
 新明解国語辞典第四版

 それとも言葉の意味は変わる例にならって、近頃ではそれが普通になっているのだろうか?

 少し時間を置いてから、続きの部分だけを読みたいと思うのだけれど、今はちょっと読む気になれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

惜しまれつつ去るのは案外難しいのかも

 今頃になってなぜ映画化などを、と思ってもいた実写版「るろうに剣心」の公開も近いということのようで、かつて放映されたテレビアニメ全話が GyaO! で無料配信されていたので、ついつい懐かしさもあって見たのだった。 とはいえ、96 話もあるので、配信がはじまったのは昨年の暮れくらいのことだったかと。 長かった。

 なぜかテレビ放送時に、結構見ていた記憶があり、それでいてはじめのほうとか後のほうとか記憶にない部分もある。 今回すべてを見てわかったのは、後半などは本当に見覚えがない。 はっきりと覚えているのは京都編あたりまでのような気がする。

 で、実際の物語としても、正直なところ京都編まではなかなかに見ごたえもあるのだけれど、それ以降はちょっとやっつけ感がしてしまってよろしくない。 変なおまけをつけないほうがよかったのではないか、とも思うくらいに。 もちろん、原作ままなのかもしれないけれど。

 実写映画のほうは当然、オリジナルな物語なのであろうから、それとの比較はナンセンス。 とはいえ、配役はいささか微妙な気もしないではないのだけれど、まあ、それは見てからの判断かもしれない。 例によってテレビ放映待ちですが。

 しかし、当時なぜこのアニメを見るようになったのだろうなあ。 壮大なホラ話でもあり、明治初期のスポーツ根性物的な剣客ものという雰囲気が、ちょっと珍しかったのもよかったのかもしれない。


 このボリュームでは、この価格も止むを得ないのだろうなあ。

B000FVX8M6るろうに剣心 DVD-BOX 全集・剣心伝
和月伸宏
アニプレックス 2006-12-20

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

風は止まる

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 富士見高原病院の「富士病棟」来月から解体 事前に一般公開 ]

 なにという感慨があるわけではないのだけれど、記念碑的なメモとして残しておこうかと。 あるいは、他県の人では知らずに過ぎてしまう人のなかには、感慨を覚える人もあるかもしれない。

 しかし、80 年あまりというのを長いと見るか、短いと見るか。 未来永劫にわたって維持可能な建造物というのは、まあそうそうあるわけもないのだろうけれど、といってずっとずっと昔となると、ピラミッドをはじめとして巨大な建造物がいまだに残っていたりするわけで、いろいろの違いはあろうけれど、近年になるほど建造物の寿命というのは短くなっているのではないかという考え方も。

 もちろん、なんでもかんでも残していけばよいというわけにもいかないであろうし、そのあたりは難しいところもあるけれど、なくしてしまってからではもう戻れないというのもまたあって(復元とかはありえるものの)、さて、本当のところどうなのだろうと考えたりもすると。

 ついつい堀辰雄などの連想から、「軽シン」などをひっぱりだしてしまって、久美子の悦に入った台詞など堪能しなおしてみたり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

認知科学

 [ 脳みそフィードバック:L'eclat des jours(2012-08-28) ]

 空間の把握(認識といってもよいかな)能力というのは、地図を見て実際のイメージとのリンクができるかであるとか、向きの異なる図形を見て、同じであるのか異なるのかとか、あるいは地図の話とも関わってくるけれど、自分が今どこにいるのかということとか、まあ、そういうのって確かに得手な人と不得手な人がある。

 そしてそれが脳の機能としては、おおよそ誰でも差異はそうないと思えば(実際そうかはわからないけれど)、うまく機能していない部分を鍛える(活性化する)ことができるようになれば、その機能は格段に向上するかもしれない。 その意味では、確かにスポーツ的な捉え方ってのもできるなあと。

 で、どうしてもこうした話題で思いだすのが、「傾いた図形の謎」(高野 陽太郎、東大出版会[絶版])。 ここでは実際の社会空間のなかでというわけではないけれど、図形の傾きや回転によって、似たようなもの、あるいは異なるようなものが実際にはどうであるのかを見極めるために、人間の脳はなにをしているのだろうか、といったあたりを考えている。

 メンタルローテーションというのがでてくるのだが、つまり頭のなかで図形を回転させたりして向きを変えてみることができる。 その一方で、人の認識能力というのは、意外とアバウトなもので、違和感なく見えているものはおかしなものではないと認識してしまったりする(逆さにした顔写真の例は割りと有名)。

 そしてもうひとつ。 「人はなぜ道に迷うか」(山口 裕一、筑摩書房)。 こちらは文字通り、なぜ道に迷うのかについての考察。 最初は、つまりは前出の空間把握の能力が弱いためなのではないかという話もあるのだけれど、そうした能力が優れている人でも迷う、あるいは迷いそうになることがわかってくる。

 では、いったい人を惑わせている本当の理由はなんなのか? といったあたりがなかなか楽しいのだけれど、こちらもほぼ絶版(という表現も奇妙だな)。

 話は戻って、脳のある部分の機能を格段に伸ばしていったその先には、きっとアルジャーノン的な物語や、シリウス的な物語が待っているかもしれず、それはそれで興味深くもあり、そら恐ろしくもあり。

 そういえば「イマココ」という本も読んだのだったが、この本はあまりという感じだったのだなあ。

4130130617傾いた図形の謎 (認知科学選書)
高野 陽太郎
東京大学出版会 1987-06

by G-Tools
4480041907人はなぜ道に迷うか (ちくまプリマーブックス)
山口 裕一
筑摩書房 1995-07

by G-Tools
4152033932アルジャーノンに花束を
ダニエル キイス 小尾 芙佐
早川書房 1989-04

by G-Tools
4150101914シリウス (ハヤカワ文庫 SF 191)
オラフ・ステープルドン 中村 能三
早川書房 1976-04

by G-Tools

 「シリウス」については、涼さんのを見てふと連想していたりもしたのでした。 犬狼星は美しく輝きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

REXMLことはじめ

 しばらくぶりにまとまったプログラムになると思うのではじまりのメモがてら。

 HTML というか XML というかになっているものから、その構造や属性などとテキストを取り出して、別の形態に変換する予定(と、非常にあいまいな説明)。

 ということで Nokogiri を試してみたいとも思ったのだけれど、できれば標準添付の rexml でいけたらそれはそれで幸せということで、試すことに。

 基本的なところがわかってきたので試してみると、入れ子になった部分ではちょっと工夫が必要らしいとわかってきた。

<span>あ<ruby>伊<rt>い</rt></ruby>うえお</span><span>かきくけこ</span>

 とかの span から /span までは順次分けていって、そのテキストを取得すればよいのだけれど、前半のような ruby タグがあったりという場合に、全体テキストは element.texts => ["あ","うえお"] とはなっているけれど、「伊」や「い」の部分はあくまでも、それぞれ ruby や rt の内容であって、これを正しい順序のまとまったものとして処理するにはちょっと工夫が必要になりそうなのかと。

 データベース的な構造がしっかりと決まった xml であれば、明示的に指定すればよいのかもしれないけれど、不定なものなので、再帰的にツリーをたどらせて終わるまでという感じにせざるはえないのかな、とも。 とすると、ruby などの部分を判定して処理をわけて行うとかだろうか。 などとあれこれ考えているところ。

 それとも Nokogiri を使ったらこのあたりが解決できたりするだろうか? 一応少し調べてはみようか。

 ちなみに「 私家版REXML APIリファレンス 」 がとても役にたっているのだけれど、「&lt;」の部分が「&amp;lt;」になってしまっていて、「<」が正しく表示されていないような感じが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ジャガイモの日々

 大量のジャガイモをもらってしまったので、消化する日々。 食べ物だけにまさしく日々消化にいそしむ。

 てっとり早くということだと小さめに切っておいて、電子レンジで加熱して軽く味付け(マヨネーズとか、めんつゆの類とか、各種油を少々とか)して食べてしまうのだけれど、まとまった量をとなるとやはり煮てしまうのが楽。

 しかし、いつまでも暑さが続くので長時間火を使うのは避けたい。 となれば、圧力鍋。

 さらには、いくらか大きめに切ってもしっかり火が通るし、味も染みるという願ったりかなったり。

 何も肉じゃがにするなんてことを考えずとも、ジャガイモだけで煮てもよいし、いろいろ野菜などいれてということでもよいわけだし。 ほくほく、ほろほろに程よく煮えたジャガイモの甘辛さというのは、なんともいえぬ美味というもので。

 原産地の南米では主食であり副菜でもありという感じだし、女性はナイフで上手に無駄なく皮を向けないとお嫁にいけない、などといわれるくらい。

 栄養価ももちろんのこと、カリウムが豊富なので、体内の塩分を排出する効果を高めてくれる。 ジャガイモの味噌汁なんて理想的。

 そうはいってもさすがに大量にありすぎると辛いのも確かで。 もろもろ肯定的に考えることで、消化する日々を乗り越えるのだ。

#しかし、たとえ終わっても、まだ某所にはあるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

夏の終わりの蝉時雨

 暦のうえはともかくとして、実感的な夏というのは例年でいえばいい加減終わっているはずの時期。 さすがに盆も過ぎれば吹く風もどことなくひんやりとしてきて、夕立も真夏のそれは蒸し暑さを残すだけと、ある意味嫌われ勝ちであったものが、それなりにひんやりした空気を残すようになる季節が、本来の今であったような気がする。

 ところがどうも今年はいつまでも暑い。 昨年の今頃はすでに最高気温で真夏日になることもほとんどなく、比較的過ごしやすいようだった。

 加えていえば、今年の蝉はなんとなく少し遅めで、しかもあれもこれもみなこぞって鳴いているような気もする。 あまりの暑さだから、少し早くからと思ってしまうところなのに、なんとなくずいぶんと遅くなって降り注いできた感がある。

 昔だったらこの時分まで蝉がなくのは、本当にもう名残のやつくらいだったのではなかったろうかと。

 そう思うと今年の夏の異様さというのも肯けなくもない。 まあ、きっと毎年そんなことを思っているようにも思うわけではある。

 台風にしても例年よりは発生個数が多いように思う。 しかも、大きかったり強かったり。 来月のシーズンが気がかりではある。

 物思う秋、とは言うけれど、夏の終わりもまた、なんとも物悲しいものを含んでいるなあと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「スターリングラード」

 スターリングラードの攻防戦というのは、実はよく知らずにいたのだった。 映画を見てみたけれど、だからといって極寒の地での戦闘という以外に、さほど感慨が残らない映画だった。

 土地や気候として厳しいところでの戦いだった、というのはまあわかる。 なにやら人を人とも思わないような軍の姿があったというのもわかる。 ただ、どちらもその程度のことは戦時下にあっては、どこでも起こっていたようなことではなかったのか、とも思えて、ことさらに特別なものをあまり感じなかった。

 あるいはそれは基礎的な歴史的事実を知らないことに由来するのかもしれないけれど、映画とは不特定多数が見るので前提をあまりに求められても困ることではあるし。

 どうもしっくりしないままに終わってしまったなあという印象だけが残ってしまった。

B001CT6L4Cスターリングラード [DVD]
ケンメディア 2008-10-31

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

数字の縦中横と全角半角混在など

 縦中横(たてちゅうよこ)というのがある。 縦書き文章の中に数字などがはいるときに、その数字部分だけは横に配置するもの。 おおむね二桁の数字(12 とか 30 とか)を縦書きの中に配置するときに使われる。

 2012 年とかになると一文字ずつにして縦に並べるということをしたりする。 あまり横長になりすぎるとバランスがよろしくない。

 ところで、このあたりは全角と半角で扱いが異なってくる。 全角で「12」とか書いてあると、縦書きになっても一文字ずつ「12」と縦に並ぶだけになる。

 一方で半角の場合、なにもしなければ縦書きの中で横向きになって「12」と並ぶ。 といって、たとえば英文のような中にあったり、計算式のようなものであったり、URL であったり、横向きのままのほうがよかろうという例もある。

 というわけでだいたい個々にどうするかを指定するようになる。

 そんな中で、「1おく234まん5678」とか書かれていると、「1」は全角なので縦向きに自動的に変換される。 しかし残った「234」と「5678」は半角なので横向きのままになる。 あいだの「おく」や「まん」といったひらがなはもちろん縦向きになる。

 数字の全角半角混在表記はどうもうれしくないような。 といって書いた人にはそれなりの意思があってのことだろうから、どちらかに統一してしまうわけにはいかない。

 縦書きではないけれど、「なん100まん」とか書かれていると、これもちょっとうれしくない。 これを人が読むにはさほど困らないかもしれないが、合成音声に読ませるとなると「なんひゃくまん」とは読むかもしれないが、「なんびゃくまん」とは読めない可能性はなかなかに高いのではなかろうかと。

 もちろん EPUB3 の場合には ssml 情報として付加しておくことで、正しい読み方を促すことは可能ではあるのだけれど、あまりうれしくないようにも思う。

 などとあれこれ考えている、まあメモみたいなもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「檸檬」

 こんなにも短くて、「一度は読め」的に長年言われている作品に限って、あまり読んでいないというのは、つまり天邪鬼な性格が理由しているのだろうな、とは思うのです。

 で、こういう機会を得て、あえて読んでいると「なるほど」と思うものもあるし、「これは一体?」と思うものもある。 さながらこの頃の某インスタントラーメンの CM のようなところも。

 檸檬のそれは、なんとなく雰囲気はわかる。 気分はわかる。 けれども、それでどうなのだ、とも思ってしまう。 なにがそれほど「よい」とされるのかはよく分からない。

 書店の棚から次々と本を取り出しては下に置き(とはいっても平台という意味ではあろうが)、そこに檸檬を残してニンマリして店を出るというのは、なんなのだろうなあ。

 「まったく、ゴミは持ち帰りなさい」と、店員には思われるだけかもしれない。 などと思うのは時代が違いすぎるためもあるのだろうか。

 きっとこれを中高生時代に読んでいたら、もっと反発していたかもしれない。 むしろ、今だからある程度冷めてみていられるのかもしれない。

 だからといってつまらない作品だというつもりはなく、雰囲気は好きだ。 ただ、なにを言いたいのかはよくわからない。

 まあ、小説なんてそんなものかもしれないかなあ。

4101096015檸檬 (新潮文庫)
梶井 基次郎
新潮社 2003-10

by G-Tools


 物語としては、こちらの檸檬のほうが広がりを感じてしまったり。

B00074C4LM私花集〈アンソロジイ〉
さだまさし
ワーナーミュージック・ジャパン 2005-02-23

by G-Tools


#底本が旺文社文庫では、もはや確かめる術は基本的にはないなあ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

「蜘蛛の糸」

 教科書あたりで読んだのがはじめだったのか、とも思うものの、短いとはいえこの長さをはたして教科書で載せていたのだろうか、とも思うので、さて、どこで読んだのだろう。

 それにしても悪いお釈迦様だよ、と思ってしまうのは、まだ人間ができていないからかもしれない。 でも、なんだか節操がないようにも思うのだけれど。

 カンダタひとりを助けようと思ったのなら、他のものは上がってこれないようにくらいしてもよいだろうし、登りきれればよし、そうでなければ諦めなさいというのであればまだしも、そんな人を試すようなことは、とも。

 しかし、なんとものんびりした感じの物語の終わりであるなあ。 どうもこの時代のものはこうした傾向があちこちにあるような。

4480020829芥川龍之介全集〈2〉 (ちくま文庫)
芥川 龍之介
筑摩書房 1986-10

by G-Tools

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

尾瀬

 NHK スペシャル「奇跡の湿原・尾瀬」を見る。 冒頭にでてきた白い虹状の映像はタイトルバックのための CG とばかり思っていたら違った。 実際に早朝に稀に見られる現象らしい。 白い虹。

 通常の虹は雨粒によって光が屈折して分光されるわけだけれど、この場合それが霧の粒なのだそうだ。 ゆえにきわめて小さいために分光はされているのだけれど、人の目にはその角度がわずかでしかないために結局白にしか見えないという。

 ついで思うに、それだけ小さな粒によってできる虹であるために、実に小さなものであるようで、目の前にそれこそ手に取れるような大きさの円弧が見えている。 通常の虹では広い地平のあちらからこちらというように広大なものができるのだけれど、こじんまりとしている。 霧を背景にぼんやりと浮かぶ小さな白い虹、というのはなんとも幻想的だ。

 あかしぼの原因は複数のバクテリアによるらしいという発見も面白い。 鉄で呼吸するという古代からのバクテリアも含まれていて、これによって酸化鉄が生じて赤くなると。

 これまで経験のなかったという昨年の大雨によって一面泥水になってしまった尾瀬。 しかし、それが数週間程度で徐々に透明度を取り戻していった過程も不思議だ。 こちらの理由はまだよくわかっていないらしい。 そもそも尾瀬沼はまだまだわからないことが多いのだろうな。

 で、この番組は自然の不思議を紹介してくれたのだが、もうずいぶん昔のドラマを思い出した。 「尾瀬 山小屋三代の記」(後藤 允、岩波新書)をベースにしたドラマで、長蔵小屋の歴史を丁寧におった、そして厳冬のなかロケをおこなった尾瀬の自然や風景も美しいドラマだった。

 たしか長蔵役が北大路欣也だった。息子、孫の代を演じたのが誰だったかはもう忘れてしまったけれど。

 冬の間は深い雪に閉ざされ、病になってもおいそれと医者へかかることもかなわない。 生きられる命も失われるのをただ見ていることしかできない。 そんな過酷な地でありながら、なぜそうまでしてそこに留まっていたのか。

 後の開発への反対運動とか、必死に守っていた姿が代々きちんと受け継がれている姿にジンとくる。

 もう一度見たいなあ。


 事実上絶版。

4004202639尾瀬―山小屋三代の記 (岩波新書 黄版 263)
後藤 允
岩波書店 1984-04-20

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「フェノミナン」

 近年お気に入りのドラマ「クローザー」の主人公を演じている、キーラ・セジウィックが出ているじゃないかということで、タイトルだけは聞き覚えのあった「フェノミナン」を見た。

 30 代そこそこかなという年齢での出演のようで、さすがに若々しい感じで、知らないだけでいろいろ出ているのだなあと(検索していたらケビン・ベーコンと結婚しているのだとかで、「クローザー」との逸話などもわかった。 シーズン7で終わりとか)。

 あらすじだけから見たらよくありがちな SF 的なファンタジーなのかと思ったら、途中からそういうわけでもなくて、脳にできた腫瘍によるいわば副作用といった話になってくる。 たとえが適切ではないかもしれないけれど、ある種遅れてきたサヴァン症候群みたいな印象。

 誕生日の夜に突如頭がさえてきてしまい、いろいろのことを学びたくなったり、いろいろのことが瞬時に見えてきたり分かってきてしまったり。 国家の危機にかかわるような暗号をお遊びで解いてしまったり、さまざまな日常生活の効率に考察したり。 当初は本当に身近ななにかの役に立ちたいというところなのだが、暗号を解いてしまったことからほとんど拉致されてしまったりも。

 そうかと思えばやや奇妙にも見える木の枝やつるなどを使った椅子を作る、キーラ演じる女性に恋してしまって、そこまで純粋になれるものかというくらいなアプローチを見せていったり。

 しかし、人間というのはあまりにも理解しがたいものには嫌悪を示すもので、人に対してでもそれは同じ。 次第に彼の存在を気味悪がってさながら宇宙人か悪魔かというくらいに変貌していってしまう。 誕生日を一緒に祝ってくれた街の友人・知人ですら。

 やがて、それが脳にできた腫瘍によるものだとわかると、研究のためにいますぐ手術をさせろと裁判所を通じて強引に手続きをすすめる医学莫迦が登場したり、自分たちと少しでも異なる人は、人ではなくヒトでしかなく、それはもはや興味の対象でしかないので、それに応じて貢献することこそ、有益なことなのだという恐ろしい人間心理。

 腫瘍によってもたらされた高度な知能であるがゆえに、いずれ死を迎えざるを得ないという板ばさみをどう決着させるのかといったところも含めて、なかなか見ごたえのある作品だったなあと。

 テーマに使われたのがエリック・クラプトンのチェンジザワールドだったりとか、いろいろと「あー、あの」と思うところもあって、印象に残る映画だった。

B000E8NA0Aフェノミナン [DVD]
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2006-04-19

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ルビ振りの不備をあらためて修正

 ルビ振りに失敗しているパターンに都度対応していたら、なんとも冗長な感じになってしまってきたので、一度シンプルに見直すべきだなとは思っていた。 ついでにカタカナを含む場合を想定してなかったことにも気づいたので、あわせて修正しようかと。

 MeCab によってそもそも単語や熟語といったレベルに細かくされてはいるので、極端に漢字かなが複雑に交じり合ったものにはならないはず。 となれば、かなだけ(ひらがな、カタカナ)、漢字だけ、漢字とかなといった組み合わせ。

 かなにマッチするかを見ていって、それが文字列の先頭にあるのだったら、そのままにして次に進む。 マッチした部分の前に文字があるなら、それは漢字であろうからその分をルビとする。

 「言いました」のようにルビも送り仮名も同じかなというような場合もあるので、読みの文字数が一文字以上であれば、頭の一文字はいったん退避させて削除しておく。

 文字列と読みのかなとが、カタカナとひらがなとに分かれてしまっていないかをチェック。

 といったところ。

 テストしたところでは、「フランス語」とか「返す返す」とか「言いました」とか、「築き上げた」とかも一応きちんと処理している様子。

 もう少し実際のテキストで確認してみる予定。

追記:
 当たり前なのに忘れていたので。 つまりかなの位置は文字列の先頭か、末尾か中間かの三種類であると。

 「見失う」とかに対応できていなかったことに気づいた。(以前はちゃんと覚えていたのに、すっかり忘れているらしいという鶏頭)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

夏の甘酒

 夏の季語でもあるはずの「甘酒」が、夏になると姿を消してしまうのはどうにもけしからん。 いや、けしからんとまでは思ってないのだけれど、なんとも残念な感じがしている。

 江戸の時代だって、夏は甘酒で英気を養ったわけだし、鰻高騰の折からも見直してあげたらいいじゃないの、などと勝手に思っている。

 なにしろ「飲む点滴」と言われるくらいなのだから。 まさに発酵の神秘。

 けれども、近年では甘酒を嫌う子供も少なくないようで、次第に廃れていくのかしらとも。 いや、嗜好などというのは年齢とともに変化するものだから、年齢を重ねていくうちにはこうした味を懐かしく(懐かしいというのは妙か)思うことはあるのではないかと、少しは期待したい。

 いや、そんなことでもなくて、スーパーとかでもっと売ってくれないかなあということなのだった。 通年で入手できるのが森永とかの乾燥甘酒ばかりというのは、なんとも寂しいじゃないか。

 めずらしくワンカップ的なものを見かけたけれど、もう一息、がんばれ甘酒!(そういう問題でもないような気はする)

#ちなみに甘酒を和英でひいたら、
「a sweet beverage made from fermented rice or sake lees. 」 だそうな。 まあ英語圏にはそういうものがないいじょう仕方ないのかもしれないけれど、長すぎるだろう!


 さすがに箱買いは・・・

B004QY6DP2森永製菓 甘酒14g×4袋×20袋入
森永製菓

by G-Tools

#「夏の」シリーズではないです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

夏の米

 最高気温がどうとか、猛暑日が何日あったとか、そうしたデータでも確かに暑さを実感するけれど、ここ数年あきらかに暑くなっているのだなと実感したのが「米」。 正確には米の保管。

 たぶん三、四年前の夏に、穀象虫がわいてしまったのだった。 それまでは米びつにいれたままで特に虫がわくこともなかったのに。

 以来、夏の間だけは冷蔵庫に入れるようにしている。 ただ、10kg で購入するのでわけて入れてもなかなかに場所をとって大変で、ことに一番圧迫される野菜室がつらいことになる。 キャベツとか丸ごと買っても入れる場所がなくなってしまうので、場所ができるまではしばらく我慢するようになる。

 それにしても、あいつらはどこからわいてくるのかと。 米の匂いを嗅ぎ付けてというのであれば、夏場だけでなくてもありそうなのに。 そもそも、端から米に生息しているのか? とか、いろいろ疑問はあるのだけれど、わからない。

 加えて炊飯時には保存という意味もこめて、生姜をいれて炊くようにしているのだけれど、これはなかなかよい。 乾燥生姜をいくつかいれるだけなのだけれど、殺菌にもなるはずだし、香りの点でもなかなかだし、夏場にはよい感じ。

 普通には生の生姜を細切りにして一緒に炊いたりすると思うのだけれど、まあ、これでも問題はない。 さらには油も少しいれている。これはどちらかというと炊飯器の内釜が少し年数がたってきて、加工されているのが弱ってきているような印象もあるため。 米の離れがよくなる。

 さらには一日大さじ1くらいは摂る必要がある油の摂取ということもあって。 他では油をほとんど使わないことが多いので、一石二鳥という感じでやっている。 まあ、炊き込みご飯と思えばよいので。

 そんな暑さも、9月になれば多少は、と思いたいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

耕すあいつが現れた

201208earthworm


 先日ちょっと話題にあったのだけれど、たまたま大きめのが姿を現していたので撮影。

 比較のためにいれたのは単三型のメタハイ充電池。 およそ 5cm ほどの長さなので、比較されているほうは 20cm ちょっとくらいでしょうか。

 どうしたわけか芝の上などにでてきてしまっていて(暑さのせいかしら?)、その後蟻さんのお世話になったようです。 なむなむ。

 このくらいの大きさのは割とよく見られるので、30cm ほどというのも稀にはまあお目にかかれるのではないかと(^^;

#一応小さめの画像にしてあります。念のため。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「インサイダー」

 どうもインサイダー取引という言葉の印象から悪いイメージが先行してしまうインサイダーという言葉。 まあ、今風に言えば「なかの人」といったところで(もちろん、派生した種々の意味合いはあるにせよ)、ことさらに悪いイメージの言葉というわけではないのに。

 映画の存在に覚えはあるのに見たことのないものはたくさんあって(もちろん、小説をはじめとした書籍もまたそうなのだけれど、これはまあ過去における職業ゆえといえる部分も)、「インサイダー」もそのひとつ。 ちょうど見る機会を得たので見たらなかなかに重いなあと。

 それにしても不思議なのはなぜ人が作った企業・会社というものが、さながら生き物であるかのようにひとつの主張や格、思想のようなものまで持ち合わせ、自らの 反映 繁栄 を求めるがゆえにヒトのそれをないがしろにすることを厭わないのだろうかと。

 確かに経営陣といわれる意思決定機関に属する何人かの人がいるのだろうけれど、しかし、それは別々の個体であって一個のものではない。 合議によってというかもしれないけれど、それによってもたらされるある意思というものは、本当に彼らの総意なのか? 本当はその企業・会社というヒトではない実態としてのなにかによって操られた結果なのではないのか? などと思ってしまったりするくらいに。

 法人というのはあくまでも概念的なところのものだと思うのだけれど、ある程度大きくなってくると、それはいつしか目に見えない不思議な実態を持った何かに変わっていくのではないか。 さながらそれはお化けとでもいうような。

 「これは会社の決定だ」と言う時に、では、その会社とは誰なのかといって誰でもない。 社長のことなのかといって、必ずしもそうとも思えない。 複数の経営陣全体なのかもしれないが、それもまた幻のような気がする。

 にもかかわらず、そんなとらえどころのない何かに人の運命も生命も脅かされ、侵されてしまうことの不条理というかは、いったいなんなのだろうな。

 映画の展開について思うのは、今であればネットに流してしまえばということなのかもしれない。 近年そうした事例はいくつもでてきているし。 ただ、だからといって本当の意味で有効な結果がもたらされたかといえば、それはまたそうとも言い切れず、やはり内部は闇なのだなあと思わざるを得ないか。

B0000DJWJKインサイダー [DVD]
マイケル・マン
ポニーキャニオン 2003-11-19

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

進出の虚心

 [ コミケと雑誌の未来::更新日記 - 日曜プログラマのひとりごと ]

我らが「TSNETスクリプト通信」もコミケ出展を目指すべき時かもしれないなどと戯言を言ってみる。

 ついにそんなところにまで進出の可能性が。

 ただ、そうなるとかかる費用もそれはそれでという気もいたします(笑)。

 もちろん、進出についてはなんら依存はありませんです。

 なにより、来月予定されている次号のネタもまったくないわたしです・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

迎える

 お盆というのが単純に夏の休みという認識になり、本来的な意味が失われている世代というのが既にはじまっているのかなあと、思いつつも。 まあ、自分だってそれほどきっちりとというわけでもなく。

 樺を焚くというわけでもなく、馬や牛を作るでもなく(というか、この手のモノ作りはまったく覚えのない地域のような気がする。少なくともわが家方面)。 昔ならば、家で天ぷらを作ったものだけれど、今はすっかりそうしたこともなくなり、時によっては惣菜で買うことすらもなかったりするのは、なんとも寂しい。

 このあたりであればおはぎというか、はたまたおやきであったり。 時期的にも丸なすをスパスパッと輪切りにしたまんまと調味した味噌をいれて蒸してつくるおやきであったり。 ご近所におすそわけなんてことも、かつてはよくあったものの、今となっては隣はなにをする人ぞ。

 それでも、せめてもとお墓はもちろん、家の周囲も草刈をしたりしてすっきりさせておくのは、お盆前の配慮だったのだろうけれど、残念ながらそうしたことも今では失われつつあるのだなあと、膝丈を大きく超えてすくすくと育つ資源ごみ(雑草ともいう)のジャングルを隣家に見ながら、思ってみたり。

 ラジオをつけてもテレビをつけても五輪の閉会式だったので、朝早々からガス台の掃除と換気扇の掃除などしてしまった。

 おかげでなんともすっきりしたのでよしということではあるけれど。 昨年暮れ以来かとは思うものの、案外軽くすんだ。 それくらい使っていないということかもしれないし、重曹さまさまということでもある。

 稲も花をつけて実りの季節へ向かいはじめた。 ただ、今年はまだ稲光があまりないような。 急な激しい雨はあるのだけれど。

 季節は確かに秋へと向かいつつあるらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

cygserverが起動していない事象のその後

 cygserver が起動してないことがある事態。 その後もたまに起きるので、これはもう少し確認しなくてはと見ていたら、プロパティのタブの中に「エラーになったときの処理」を設定するところがあったので、「再起動する」にしてみた。はじめは「なにもしない」になっていた。

 実際には、はじめのエラー、次のエラーみたいに三種類設定できるようになっていたのだけれど、ひとまずはじめのエラーのときに再起動するようにしてみたら、今のところ起動していないということがなくなっている。

 ということでこの状態でしばらく使ってみることに。

 それでまた頻発するようになったら、もう少し考えてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

わが家の相続を円満にまとめる本 新訂版


4788908034わが家の相続を円満にまとめる本 新訂版
小堀 球美子
実務教育出版 2012-07-24

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

君は今、君の親戚(しんせき)なぞの中(うち)に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型(いかた)に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。 少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです
「事実で差支(さしつか)えありませんが、私の伺いたいのは、いざという間際という意味なんです。一体どんな場合を指すのですか」

「金(かね)さ君。金を見ると、どんな君子(くんし)でもすぐ悪人になるのさ」


 夏目漱石は「こころ」の中で、先生にこう言わせている。相続という金を前にして日ごろ善人に見えていた人が、あっさりと悪人になってしまう様を描いてみせる。悪人というと聞えは悪いかもしれないが、少なくとも「どうせもらえるならば少しでも多く、少しでも自分によいように」と思ってしまうのは、ある意味、人の悲しい性なのかもしれない。

 それでいて人生のなかで実際に相続という問題に突き当たるのは、そう多い回数ではない。といってまったく出会うことがない人というのは、よほどでない限りまずない。誰しもが一度は通らざるを得ないというものなのだが、いかんせんそうそうあるわけでもないのでそうした実感なり、心構えなどあるはずもない。

 もちろん、すべての相続において問題が発生するというわけではないだろうとは思えるものの、だからといって絶対に問題が起こりえないといえるわけでもない。相続の問題は千差万別であって、その時々の状況で、その時々の解決をせざるを得ない。

 それは遺産の多寡にかかわらないということでもあり、少ないからこそもめるという例もあるようだ。

 そんな相続について広範囲にわたって丁寧に解説といくつかのアドバイスをまとめたのが本書。

 誰かの死はかならず相続という問題をあわせ持つけれど、そうした手続きなどについても細かく説明されているので、手続き上のことだけでも参考になる部分は多い。逆に言うとこれほど多くのことを、それも関係機関によって異なる書式や必要書類などをそろえる作業ということを思うと、個人がすべてを行うことの苦労を改めて感じる。

 相続にかかわる文書・手続き、相続税に関するもろもろの規定、税計算のためのさまざまな要素など見ていくと、これは本当に素人の手に余るといったほうがよい。もちろん、相続税を納めなくてはならない例はごく稀といえるので、多くの場合にはそうした心配は必要ないとはいえ、相続という点に関しては状況によってはそう簡単にはいかない。

 そうしたこともあって本書ですすめているのは、やはり遺言を残しておくということ。とはいえこれもまたそう簡単ではない。近年は簡易に書ける遺言ノートのようなものが売られていたりはするのだが、これらをきちんとしたものにする、死後きちんと処理されるようにするということも含めて考えると、それなりに手も多少の費用もかかると思わなくてはならない。

 遺言に不服があれば遺留分について検討しなくてはならなくなる。

 なによりも、遺言を残すということを実行しようという人はまだまだ少ないであろうし、たとえば親であったり配偶者であったりにそれを切り出すというのは、いささかためらわれるものもある。

 本書はひとつの参考にはなる。ことに遺産についてまとめるあたりなどは参考になる部分は多そうだ。実際の協議でのヒントについては、正直いささか参考にはなりにくいかもしれない。ごく一般的な論にすぎないので、はたしてどこまでそれが有効に作用するだろうかという不安はある。

 現実的には未成年の子供と配偶者という例では、実際には相続らしい相続はしないままに配偶者が全面的に相続するようなケースも多いかもしれない(本来的にはそれは間違いなのかもしれないが)。

 ただ、すべての相続で相続税がかかるのだと誤解しているような人をはじめ、あまりにも基礎知識に乏しい人には、本書で大雑把な知識を得ておくことは、いずれはあるであろう相続の現場に、少なからず役立つのではなかろうかと。それはことによればそう遠くないかもしれない。

 余談ながら、墓地などは相続財産には該当しないというのは、知らなかったのでなるほどと思った。

 なお、本題とは関係ないのだけれど、文字化けのまま印刷されている記号部分が二ヶ所ある。他のページにおいてはそうしたことがないので、なぜ化けているのか謎ではあるのだが、増刷されるような時には修正されるとよいのだが。


 豆腐+@ が丸付き数字の 1 。豆腐+A が丸付き数字の 2 と思われる。
122ページ


 ■、などではないかと。
181ページ





わが家の相続を円満にまとめる本[新訂版]
  • 小堀球美子
  • 実務教育出版
  • 1575円
Amazonで購入
書評

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「ボディ・スナッチャーズ」

 何度か映画化されているのは知っていたけれど、実のところ 2007 年だったかの「インベージョン」がはじめて見たのだったかもしれない。 ということで、1993 年の「ボディ・スナッチャーズ」を見た。

 じわじわくる恐怖という点では同じようなとも言えるけれど、こちらのほうがさらにおぞましさもあって怖さが倍増しているように感じる。 謎の生命らしきものからのびてくる触手のようなミミズのようなものに全身を這い回られる感じがしてきて、ぞわぞわとしてきてしまう。

 誰がすでに入れ替わっていて、誰がそうでないのかを明確にしないようにしているものの、まあ、すぐにそれと分かってしまうとはいえ、そのあたりもそこそこうまく機能していてよい感じ。

 もっとも、なぜ主人公らが生き延びられたのかは謎すぎるわけではある。

 いや、それよりもなによりも、原作に忠実な映画化というのは存在しないのか、と。

 まあ、映画は別物というのはわかるのだけれど。 原作のあの良さがどうもでてこないのだよねえ。 といっても、もう原作の詳細を忘れてきている気がする。 近々、再読してみようかと。


B00005HC6Vボディ・スナッチャーズ [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ 2000-07-14

by G-Tools


 盗まれた街という邦題は実にうまいと思う。

4150116369盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)
ジャック・フィニイ ハヤカワ・デザイン
早川書房 2007-09-20

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

長崎の鐘

 [ 長崎の鐘 - Wikipedia ]

 広島を取り上げながら長崎を取り上げないという法はないだろう、ということは思ったのだけれど、恥ずかしながら長崎を描いた作品に思い当たらずに、唯一覚えのあるこの歌を調べてみたら、なるほど元は同名の小説であったのかと、今更ながらに知ったところ。

 ということで、書くべき多くを知りません。

 現役らしいので、一度は読んでみたいところ。

4805664053長崎の鐘 (アルバ文庫)
永井 隆
サンパウロ 1995-04-20

by G-Tools


 歌はもちろん。

B0002ADGA4藤山一郎全曲集
門田ゆたか 藤山一郎 コロムビア女声合唱団
コロムビアミュージックエンタテインメント 2004-07-21

by G-Tools


追記:
 というか、青空文庫にあるではないかと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

プリンターインク貧乏

 Canon の現行プリンターのインクタンク。 以前よりも容量が小さくなってしまって価格は据え置きといった趣だったのだけれど、まあ仕方ないと諦めていた。 しかし、本当に気がつくと終わってしまうのだなあ。

 昨年年賀状の印刷に 40 枚ほど(カラー写真で)。 その後はほぼ使用することもなかったのに、一色は少なくなっているとのアラートが。

 まあ、8 ヶ月あまりたつので自然に蒸発してしまう分というのも見込まなくてはならないのだろうけれど、やはり毎年インクを購入しなくてはならないという予想は正解なのだなと。 仮に一気に使ってしまったとしても葉書印刷で 100 枚程度がいいところなのかもしれない(あくまでも印象)。

 一方で、モノクロ印刷用に独立した黒インクタンクがあるのだけれど、これはほぼ使っていないのでまるまるといっていいほど残っている。 なによりもこれだけは倍ほどの容量がある(幅的に)。

 で、あらためてインクタンクを調べてみると、単色は当然としてパックのものはどうも全色というかすべてのタンクセットでしかないらしい。 これはちょっと無駄だなあ。

 どこぞの学習塾の CM 流ならば、単純にひとつあたりの単価からパック品のほうがお徳、とかいうのだろうが、需要と供給ということからも考えないと必ずしもお徳にはならない、ということも教えたほうがいい。(単価が安いからと注文しても、食べ過ぎてしまったり、残してしまったりでは意味がないし、予算的にという意味でも単純ではない)

 毎回パックで買えばモノクロ専用黒が常にあまっていくということになり、それはそれで無駄。 いよいよというときにはプリンターの買い替えとなって、結局使うことなく廃棄ということにもなりかねない。

 むしろ、このモノクロ専用黒以外のセットだとか、黒を除いたセットとかあったらお徳感が増すのだがなあ。

 年内には調達しておかなくてはなあと。

 325 のないセットが欲しい・・・

B004184NE6キヤノン インクタンクBCI-326 (BK/C/M/Y/GY) + BCI-325 マルチパック BCI-326+325/6MP
キヤノン 2010-09-09

by G-Tools

B004184NDWキヤノン インクタンクBCI-326 (BK/C/M/Y) + BCI-325 マルチパック BCI-326+325/5MP
キヤノン 2010-09-09

by G-Tools


 グレーの消費が一番激しい様子。

B004184NDMキヤノン インクタンクBCI-326GY グレー
キヤノン 2010-09-09

by G-Tools

 黒以外の、マゼンタ、イエロー、グレー、シアンだけのセットがあれば一番よいのだがなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

立秋

 [ 夏の読書計画:更新日記 - 日曜プログラマのひとりごと ]

 秋の気配がたちはじめる頃、な日を迎えました。

 早くも読書の秋、計画を立てられているようで、なかなかです。

 わたしの読書計画は、まったくありません。

 買ったままの本もあるにはあるなあ。

 いえ、最近というよりは、過去においてですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

黒い国

 [ NHKスペシャル|黒い雨~活(い)かされなかった被爆者調査~ ]

 昨年暮れにある意味渋々その一部だけを公表したという広島における黒い雨のデータ。 被爆者への聞き取りで 1 万 3000 人あまりもの人がどこで黒い雨をあびていたかがわかる資料。 それも含めてどのような症状がでているのかといったことも詳細に聞き取りをしていた。 しかしながら、それはひっそりとしまわれたまま。

 原子爆弾による影響は爆心地から 2km 以内に限定され、残留放射線による二次被曝などというものはありえないのだというアメリカの関係者。 もっとも、それは現在の放射線影響研究所(放影研)のトップ(日本人)も似たような考えたらしく、黒い雨と原爆症との関係はわからないのだから、それを証明しなければ協力するつもりはないとでもいう立場らしい。

 一方で原爆症の認定のための裁判では、被爆者自身が黒い雨を確かに浴びたのだということを証明しなくてはならず、そんなものは到底ありようもない。 じつは放影研にはそのデータがあったわけで、その頃はすでにアメリカだけの機関ではなく、日本も共同で研究する期間となっていたことを思うと、国の側が被爆者が欲しい情報を手の内に隠しておいて、「さあ、自分で証明してみせろ」とでも言っているかのようだ。

 当時 ABCC で統計の担当者だったというウッドベリー博士が黒い雨に疑問を持ち、もっと詳細な調査をするべきだと訴えたらしいのだが、結局は本国の会議に呼ばれて後に辞職したというのは、「きみ、わかっているだろうね? これはアメリカにとってゆゆしき問題なのだよ」といったことでもあったのではなかろうかと。 事実、アメリカとしては原爆は爆心地以外ではまったく被害をもたらさないのだと自信を持っていたらしいわけで。

 しかしながら、原爆などというものははじめて使ったわけでこれまで実際の記録があるわけでもない。 にもかかわらず残留などせずに一瞬で消滅してしまうかのような発想というのは、政治家はともかくとして科学者としてはどうなのかと思わざるを得ない。

 水俣病にしても指定海域の魚を多量に食べていたことを自ら証明しろとか、SPEEDI にしても悪までも推定のものでしかないので意味が無いから発表しなくて問題はないとか(それならばそもそも大金をかけて開発する意味がない)、どうもこの国は国民をモルモットにしか思っていないのではないかというふうに思ってしまうのは考えすぎか。 少なくともなんでもかんでも申請主義の悪弊の極みを見る思い。

 被爆者の協力を受けて、今も放射線による人体への影響を継続調査・研究しているというのに、そこで得られたデータや知見が本当に被爆者のために生かされているのだろうか、と疑問に思ったり。

 オリンピックに浮かれているなかでも、きっちりと 8 月 6 日にはこうした NHK スペシャルを放送するあたりは民放にも見習って欲しいような。 いや、まあそれはどうでもよいのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「夏の花」


4101163014夏の花・心願の国 (新潮文庫)
原 民喜
新潮社 1973-07

by G-Tools


 確か岩波文庫版で持っているはずなのだけれど、あらためて読み直してみるとあまり読んだという記憶がない。 これほど強烈な内容が残らないはずもないので、あるいは読もうとしてそのままになってしまったか、はたまた他の作品を読んだところでとまっていたか。

 原爆も原発も依るところは同じなのだから、まして日本が使うべきではないのだという論もある。 そもそも人間がまともに制御できないものを使うことが間違っているという論もある。 となれば、レントゲンもやめるべきなのだろうし、あれもこれも危険性を排除できないものはやめるべきなのだ、という論もまたなりたつ。

 ということを言い出すと切りがないし、それは本題ではないので置くとして、少なくとも無差別殺傷兵器として使用される原子爆弾がいかにむごたらしい結果を巻き起こしたのかという事実は、唯一の原爆投下を受けた国としていつまでも伝え続ける必要はある。

 「夏の花」を読んで思うのは、あまりに凄惨な風景にも関わらず、非常に淡々と描写していて、それが却ってむごさや怖さをじわじわとしみこませていくような読後感。

 意味不明な言動をしている多くの人や、すでに死んでしまっている赤子を抱いたまま歩く母親であったり、水を求める人、川を流れる人、不安からあらぬ妄想を見るのか、なにかを叫ぶ人。 誰もがやけどをおい、かつての姿に気づけない人もある。

 そんな中でも必死に歩き続けてどこかに行こうとする。 文字だけであるから凄惨さが弱いというのではなく、その筆致がやはり事実をありのままにという思いにあるのか、ある意味冷ややかであるがゆえに、漫画や映画では描けない姿というのがあるような。

 地図の上でおおよその移動経路を見ていくと、かなり広範囲にわたってさまよったようなあとが見える。 けれどもどこもかしこも焦土であったわけだ。

 「黒い雨」に比べるとやや取り上げられることが少ないかもしれないけれど、読まれるべき作品ではあるなと。 今日という日にあらためて思う。 三部作ということなので、近々残る二作も読む予定。

テキストデイジー、あります


 たぶん、ダンボール箱のなか・・・

4003110811小説集 夏の花 (岩波文庫)
原 民喜
岩波書店 1988-06-16

by G-Tools


 実はこっちも読んでないのだった。

4101034060黒い雨 (新潮文庫)
井伏 鱒二
新潮社 1970-06-29

by G-Tools

4575297445夕凪の街桜の国 (Action comics)
こうの 史代
双葉社 2004-10-12

by G-Tools


 早く復刊すべき。

4652001649二年2組はヒヨコのクラス (理論社名作の愛蔵版)
山下 夕美子 長 新太
理論社 1983-10

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

サービスはサービスで

 cygserver が起動してないことがある問題。 はじめタスクマネージャを出して、サービスタブを開き、当該サービスを探すと確かに停止している。 そこで右クリックだったかして起動しようとしたら権限がないから駄目とか言われてしまったのだった。

 仕方ないなあということで PC 再起動とか、時間を置いてからとかしていたのだけれど、どうにもそれも面倒なのだなと。

 で、ふとタスクマネージャのサービスタブの右下にあるサービスボタンを押してみたら、なにやらサービスを管理しているらしきプログラムのウィンドウが。

 cygserver を探して起動を選ぶとあっさり起動してくれた。 なんだ、これでよかったのか。

 ということで、きょうは無事に日記を更新。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

だって、冷たいんだもの

夏の夜の猫


 さていよいよ寝るということで開け放していたサッシを閉めようかとふと見たら、猫がなにやら身づくろいでもしている様子。 お前たちは本当に冷たい場所やら暖かい場所やら、よくわかっているねえ、と思いつつ、つい見ていてしまった。

 そのうちにゴロンと横になったらしく、いよいよ寝るのか? という感じで、せっかくなのでとカメラを出したものの、さすがに暗いのでそのままでは無理。

 フラッシュ焚いたら逃げるだろうなあ、と思いつつも、仕方ないと撮影してみたら、まったく動じない。 一瞬のフラッシュにはあまり反応しないのだろうか。

 もしも、直接近づこうとするとすぐに逃げ出してしまうと思うのだけれど(一応野良なので(しかし近所の猫おじさんが家の中につれこんで餌付けしていたりはする))、フラッシュ焚かれてもあまり気にならないらしい。

 たまたま真正面だったので見事に目が光る。 なんとなくだらしないポーズだったりも。

 暑さ寒さも悲願のメダルまで、である。 まもなく立秋。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

Cygwin の Apache2 でたまにエラーがでる

 このところ Cygwin で apache2 を起動すると「 Bad System Call 」とかいうエラーがでたりするようになった。 毎回ではなく時々ふいにおきる。 それまでは使えているのでなにかを変えたというわけでもないし、怪しいソフトをインストールしたとかでもない。

 PC を改めて起動すると問題なかったりしたので、あまり気にせず使っていたのだけれど、検索してみたら「 Cygserver サービスが起動されていないから」、ということらしい。

 エラーになったときに確認すると確かに停止している。 PC 起動時になんらかの理由で失敗しているのだろうかと思うのだけれど、よくわからない。

 思いあたるといえば、この暑さ。 確かにこのところ暑くなってから時々出るようになった。 ノート PC も熱を持って触るのが嫌になるくらいだし、冷やす対策も考えないと駄目だろうか。 そもそも冷房のない家だからなあ。 団扇と保冷剤あたりでなんとかしのぐ日々。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「悲願」

 大きなスポーツ大会などがあると途端によく耳にするようになることば「悲願のメダル」。 うん、辛かったよね、がんばったよね。 と思う反面、やたらと悲願、悲願と安売りをしすぎはしないかとも思う。

 試みに新明解さんを紐解けば、

ひがん【悲願】

 [「悲」は衆生の苦を取り除く意] [仏教で] 仏や菩薩の大慈悲から出た、衆生済度の誓願。
 [ その人として、ぜひやり遂げたいと考える有意義な計画の意にも用いられる。例、「--が達成される」]
 新明解国語辞典第四版

 なんとなく「悲願のメダル」という表現もやや変化した使われ方なのかとも感じるけれど、それにしても「悲願」という言葉のイメージからは、「実力は十分にあって、当然金メダルがとれそうな人なのに、毎回銀メダルに甘んじている」といった人がようやく手にした金メダル、とかいったイメージがある。

 たとえていえばスキー、モーグルの上村愛子みたいな。 国際大会では優勝することもあるのに、なぜかオリンピックでは頂点に立てず、「どうしてこう一段ずつしかあがれないのだろう」といった感想をもらしたのを思うと、彼女がもしも金メダルとかとった時には、まさしく悲願というイメージにぴったりだろうなと。

 まあ、そういう用法が正しいのか、一般的なのかはよくわからないけれど、少なくとも言葉からイメージするのはそういうものを皆イメージするのではなかろうかと。

 ところが、昨今の使われ方はただただメダルを取れたということだけでも使うような傾向があるのではないかと。 誰しもオリンピックにでる人は一番の金メダルを目指してはいるわけで、それをもってして「悲願の」というのはちょっと違うのではないかと。 それは普通に「念願の」というくらいでよいのではなかろうかと思うのだが。

ねんがん【念願】

 その実現を常に願っていること。 また、その願い。「多年の--がかなった」
 新明解国語辞典第四版

 悲願に限らず、このところその意味など関係なく安っぽく使ってしまう言葉というのが、なんとなく多いような気はするのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

満月ではありますが

 [ StarWeek・星空に親しむ週間 ]

 [ サマーホリデーin原村星まつり実行委員会:StarWeek2012 イベント情報 ]

 今年は天体現象の当たり年、とか、宇宙ガールだ、とか、やたらと騒いでいたマスコミ界隈ですが、スターウィークもはじまったというのになんの反応もないようで。 やはり珍しい現象だからというだけでしかないということなのでしょうか。

 以前は原村に泊まりで行ったこともあったものの、今ではすっかりご無沙汰。 夜のうちに帰ってくるなんてこともあったりはしたのですが。 富士山にも行ったことがあったか。

 星を見るというのもあるのだけれど、天候によってよく見えなかったことも多かったので、どちらかというと出店を見てあるくのが面白かったり。 誠文堂新光社とか、アストロアーツとかもあってなかなかうれしかったりしたのでした。 実際「ステラナビゲータ」はその時に買った。

 今年は残念ながら満月なので、観望にはあまり向かない日程ですが、天候てきにはひとまずは大丈夫そう。 とはいえ、山の天気なのでなんともいえないのは悩みですが。

 マスコミが騒ぐからではない、本当の意味でこうしたイベントが賑わうとよいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »