« cygserverが起動していない事象のその後 | トップページ | 進出の虚心 »

迎える

 お盆というのが単純に夏の休みという認識になり、本来的な意味が失われている世代というのが既にはじまっているのかなあと、思いつつも。 まあ、自分だってそれほどきっちりとというわけでもなく。

 樺を焚くというわけでもなく、馬や牛を作るでもなく(というか、この手のモノ作りはまったく覚えのない地域のような気がする。少なくともわが家方面)。 昔ならば、家で天ぷらを作ったものだけれど、今はすっかりそうしたこともなくなり、時によっては惣菜で買うことすらもなかったりするのは、なんとも寂しい。

 このあたりであればおはぎというか、はたまたおやきであったり。 時期的にも丸なすをスパスパッと輪切りにしたまんまと調味した味噌をいれて蒸してつくるおやきであったり。 ご近所におすそわけなんてことも、かつてはよくあったものの、今となっては隣はなにをする人ぞ。

 それでも、せめてもとお墓はもちろん、家の周囲も草刈をしたりしてすっきりさせておくのは、お盆前の配慮だったのだろうけれど、残念ながらそうしたことも今では失われつつあるのだなあと、膝丈を大きく超えてすくすくと育つ資源ごみ(雑草ともいう)のジャングルを隣家に見ながら、思ってみたり。

 ラジオをつけてもテレビをつけても五輪の閉会式だったので、朝早々からガス台の掃除と換気扇の掃除などしてしまった。

 おかげでなんともすっきりしたのでよしということではあるけれど。 昨年暮れ以来かとは思うものの、案外軽くすんだ。 それくらい使っていないということかもしれないし、重曹さまさまということでもある。

 稲も花をつけて実りの季節へ向かいはじめた。 ただ、今年はまだ稲光があまりないような。 急な激しい雨はあるのだけれど。

 季節は確かに秋へと向かいつつあるらしい。

|
|

« cygserverが起動していない事象のその後 | トップページ | 進出の虚心 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28835/55413114

この記事へのトラックバック一覧です: 迎える:

« cygserverが起動していない事象のその後 | トップページ | 進出の虚心 »