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夜に日をつげばよいのかも

 [ 日本語電子組版の行方:更新日記(7/22) ]

 やはり現実に執筆・出版に一度でも関わるといろいろ感じるものはあるようで、なるほどと。

 で、もう少し考えてみた。 個々の書籍にレイアウトがあったほうがよいのはどういう例か。 一番は雑誌なのだろうなと。 であれば固定レイアウトの電子書籍? でも、それって PDF でもよいのではないか?

 雑誌でレイアウトをきっちりしてさらにリフローというのはちょっと意味不明な感じになってしまうと思うので、となればもはや固定レイアウトで。 であればわざわざ EPUB などにするまでもなく PDF でよいのだなと思考がぐるっと回ってしまった感じ。

 残ったものについては図版などがはいることはあるにしても、雑誌のようなそれではないし、そこまでのレイアウトを求めるものでも基本ないはず。 とすれば標準的なレイアウトというか組み版ルールがあればまず問題はなさそう。

 となれば、同じものを個々の書籍データが持つよりは、端末なりソフトウェアなりが持っているだけのほうがよほどよいのではなかろうかな? とも思う。

 あとは、最低限これだけは含めましょうという線を決めて、ほかはそれぞれが拡張するでもよいのではないかなと。 そのうちに利用者が自然とよいものに流れていくのでは。 そうして淘汰されて標準が決まっていくということもあるのではなかろうかと。

 恐らくどこかの議論ですべてを決めてしまおうとしても無理があると思うので、様々なものが存在することで自然と収束されていくという時間をある程度かけた方法というのもやむをえないのではなかろうかと。

 開けない開けないと、夜に向かってばかり逆戻りするようではちっとも開けるはずもなく。 とにかく日を迎えればまた夜もくるし、そうしてくりかえしていればよいのではないかという。

 余談。

 「プルーストとイカ」について書かれていて、読んだなあと思い出したのだけれど、松岡先生みたいな高尚な思考には結びつかなかったのであまりよい印象ではなかったな、ということくらいだったのでした。

 とはいえ、原文がよろしくないのか、あるいは翻訳がよろしくないのか、はたまた編集がよろしくないのか、いずれにしても今ひとつな感じばかりが残ってしまったのは確かだったような。 非常に興味深い部分も多かっただけに残念というか。 自分の無学というか。

#正しくは「夜を日に継ぐ」ではありますが、あえて。

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