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メガからミニへ

 テレビ番組でも雑誌などでも食べ物の特集といえば大盛りが取り上げられることは多く、安くて多いのが最高さ、という空気を撒き散らしている。 確かにこのご時勢であれば安くてお腹一杯食べられることは、手軽で切実な幸せのひとつかもしれない。 ただ、本当にそれだけでよいのかとは思う。

 たとえばコンビニのお弁当にしても、スーパーの惣菜コーナーにあるものにしても、はたまたファミリーレストランなど飲食店メニューにしても、大盛りを自慢するものが多くはないか。 自慢というとなんだけれど、アピールしていることは日常のようには思える。

 基本が多いことで困ることもあるということに、いい加減気づきはじめたところも若干はあるようだけれど、この高齢化社会でそこをもっと考えるべきなのではないかなあ、とも思う。

 お年寄りや病気などによってたくさん食べられない、といった人は多い。 たまには外食でもしたいと思っても、どこへ行っても量が多いので気がひける。 年配であればあるほど残すということに抵抗を感じて、そのくらいだったら食べに行くのを止めるという選択をしてしまう。

 お弁当ならよいかと思いきや、ご飯の量が多くてなかなか大変で、こちらもまた敬遠しがち。 場所によってはご飯の量くらいは増減が可能なところもあるだろうけれど、まだまだ少数派ではないか。

 欧米のように持ち帰りできるようにすればよいというかもしれないけれど、そもそもの基本が少なめであればそれすら不要だ。 基本は少ないところにおいて、多少増量が可能になっていれば、多く欲しいひとはそうすればいい。 多いものを減らすのは大変でも、少ないものなら増やすことはさほど面倒なことではないと思うのだが。 メニューを余計に頼んでもよいのだ。

 先ごろセブンイレブンの小さなパックにはいったお惣菜のひとつ、肉じゃがを食べてみる機会があった。 量もほどほどで、お年寄りとかでも一回で十分に食べられるくらいの量。 味付けも決して濃くはなく、かといって味が薄いとか染みていないということでもなく、やや大振りのジャガイモなのに柔らかく煮えていてしっかり味もしみていた。

 もちろん、こうした小分けの商品はどうしても割高になりがちではあるけれど、今後もっともっとこうした基本を小さくおいた食品を手軽に入手できるようにしていくべきではないのかなと。 飲食店にしても、大盛りよりはむしろ小盛りこそを基本におくほうが、あらたな客層の増加にも結びつくというものではないかと。

 そうでなければますますお年寄りや病をもった人などは外出する楽しみをなくして、閉じこもるようになってしまう。

 日本は小型化するのが特異な国ではなかったか。 いまこそ食の世界にもメガを目指すのではなく、より少なくを目指すことも必要なのではないかなあと。

#そういう意味とは違うかもしれないが、サイゼリアはある意味そういう方向性があって伸びているようにも思える。 少ない量で十分な人にちょうどあった分量だと思うので。

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コメント

しかも安いから自分のお腹+お財布具合に併せて調整できていいですよね(^^)>サイゼリヤ

投稿: tako | 2012.07.04 14:45

そういうメリットもありますね(^^)
1は2にも3にもなれるけれど、2や3は決して1にはなれないということを優先したらいろいろ幸せだと思うのになあ。

投稿: ムムリク | 2012.07.04 15:38

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