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EPUB3 への遅々たる道のり

 テキストデイジー図書の作成はある程度固定できたようなので、epub3 化に取り組んでいたらなかなか偉いことになってしまった。

 はじめは提供されている Pipeline2 での変換を試みたものの、なぜかテキストデイジー図書は軒並みはねられる。サンプルの音声図書(daisy202)やまるっきりテキストだけ(smil なし)の dtbook はすんなりと変換したのだけれど。

 ということで、自力で変換するようにして一応できたと思ったら、epubcheck にかけたらものすごい量のエラーメッセージの嵐に。まあ、あとから考えると確かに間違っていたわけではあるのだけれど、どう違うのかがいまひとつわからないというか、時として的が外れたようなメッセージになることがあるようでこれがまた大変。

 結局なんとかそれなりにはなって epub3 対応リーダーソフトの「エスパー」を使って表示させることもできた。なえか途中で文字サイズが勝手に切り替わってしまうのは、テキスト量によって勝手に変えてしまっているのかどうだか。

 残りの部分を確認しつつ修正しようかとは思っているのだけれど、直しているのか壊しているのか次第にわからなくなる時が。つまりはテストを書けという一言につきるのだろうなあ。

 epub3 になるについてページ番号はもはや意味をなさなくなるので、インデックス的に残ってはいるものの、使われるという感じではない。prodnote もなくなってしまい、annotation が代用されるらしい。note 類の扱いもやや異なるようになる。

 table がなくなるのはただただ列挙するだけでは困ったことになるのだが、css ででも調整するということなのだろうか?

 ssml にするには xhtml の代わりに ssml にしなくてはいけないのだろうか? などなどわからないことも多く。さてさてというところも。

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なくしたものはかえらない

 屋代線などというある意味、意味不明な名称に変わってしまったのも、あるいは運のつきのはじまりだったのかもしれない。およそ 90 年あまり使われた鉄路が明日で終わる。どちらかといえば河東線(かとうせん)というかつての呼称にこそ親しみはあれ、かといって利用するという位置にはないので記憶の限りではほぼ乗ったことはなかったのではないか。いや、遠足で少しくらい乗ったかもしれないか。

 長野市街地と千曲川をはさんだ対岸の地区を走ることから河東線と呼ばれた。最後ということで名残を惜しんで乗車する人や訪れる人が増えているとか。余計なことを承知でいえば、なくなる前にそうしていたらなくなることもなかったかもしれないのにね、と。

 無論、経営側にも続ける意思というものがあるいはなかったのかもしれない。富山だったかの路面電車では、お客が望む路線はどうあるべきかを検討して、路線を利用に便利なものに変更したり、料金を下げたりということをして利用客を増やしたとか。

 デフレとかではなく、損して得取れのごとく、まずは利用したいと思わせる努力がなければというのは少なからずあって、利用者が少ないので本数を減らし、料金は上げる。不便なうえに高いのでますます利用が減る。といいうスパイラルに落ちては元も子もない。

 今後代行バスが運行されるけれど、それとてそうした意欲は見えてこないことを思えば、単純になくすことができないのでつなぎでバスにしているだけで、10 年とたたないうちにそれもまた消滅するのではなかろうかとも。

 まあ、屋代線に限ったはなしではないのだけれど。いまや都市部であっても交通弱者が生まれる時代なのだし。なんとも寒い時代になったものだなと。

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情報の文明学


4122033985情報の文明学 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社 1999-04

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 寝る前などにゆっくりゆっくりと読んでいたのだけれど、実のところはしばらく前に読み終えていたのだった。それなのにうかうかしていて記録するのを忘れていた(というか他にかまけていて後回しになっていた)ので、とりあえず記録。梅棹さん、ごめんなさい。

 以前に少しだけメモしたものの、以降は感心しつつもなんとなく漫然と読んでしまったところもあって、メモは残していないのだった。ただ、あらゆるものが情報産業と結びついているということをあらためて認識させられたというのは確か。

 およそ 50 年あまりも前に書かれたというのに(起点となった論文)いまでも古びた感じはないというのが、なかなか恐ろしいくらい。テレビや新聞などというメディアの未来への思考であるとか、今を予見させるようなものもあって、一瞬近年書かれたものなのかと思うくらいに。

 もちろん、古い時代背景の影響もあるにはあるのだけれど、基本的なところは決して古くなっていないなあと。

 もう少し早くに読めばよかったかと。

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FileUtils.rm_r が permission denied で削除完了できない(解決)

#解決したので下に追記。

 考えてみるとたぶんこれは三度目のことだったのではないかと。tempfile ライブラリを使おうとしたのは。それしか使ったことがないのか、ともいえるし、必要がなかったのだともいえるかもしれないけれど。

 生成ファイルを temp において、最後にそこからコピーしてきてから temp は削除といきたいのだけれど、時として permission denied エラーになって削除できずに終わってしまう。

 ファイル数は全部で 100 くらいを扱っている例で今はみられているのだけれど、ほぼ全部くらいのときもあるし、ふたつくらいを残してほかは削除しました(がんばったよ)というときも。このあたりは、FileUtils.rm_rf() を使ってみて多少改善した感じ。

 しかし、temp が残ってしまうのはよろしくない。カレントにあるならすぐわかるから最悪手動で削除というのもあるけれど、temp では気づかないうちにフォルダが膨れ上がってしまうこともありうるわけで。

 ではと、カレントに作るようにしてエラーを発生させると、やはり同様にいくつかはどうしても残ってしまう。

 これはバッファの問題なのだろうか?

 ということで、IO#sync = true を使ってみることに。ファイルオブジェクトに設定してみたのだけれど、やはり結果は同じ。

 今のところ生成しているファイルそのものにエラーが生じることはないので、まずそういう問題はないのだけれど、やはりきちんと削除できないと不便だ。やむなくまたカレントに作成するようにしてしまったけれど、できれば temp を使いたいところかなあと。

 Ubuntu ではそういうことはないのだろうか? Windows 特有のことなのか、はたまた自分の環境特有? ということで、あとで Ubuntu でも試してはみよう。

追記:03/28

 いろいろしているうちにようやく気づいたのは、明示的にファイルをクローズしてないことだった。ブロックで使っていないために最後にクローズすべきだった。それできちんと削除されるようになった。

 なんとも恥ずかしい結末。

 ただ、Ubuntu で実行したらまったく問題なく削除してしまったので、それはそれでどうなのかと思ってしまったりも。まあ、どちらがよいのかはわからないのだけれど。

 いずれにしても開いたら閉じるという基本を怠ってはいけないということだなと。

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伝説の翼

 [ 女性飛行家アメリアの消息に新証拠? 米、7月に現地調査 - MSN産経ニュース ]

 数日前に新聞でみかけたのだった。写真が目のはしにとまって「なぜアメリアが?」と思ったら、調査をするという話だった。

 写真に消息不明になったときの機体、エレクトラのものと思われる部分が写っている(らしい?)ということで、現地調査をするとか。しかも、相変わらずアメリカ国家が支援を表明しているとか。

 80 年あまりも前の話なのだがなあ。やはり、いまだに伝説の女性なのか。

 そういえば数年前に公開された映画も一応見てみたいと思っているのだけれど、なかなかそういう機会がないまま。テレビ放映などはまずないであろうし、ここはひとつ GyaO! にでも期待するしかないかなと。

 サッチャーさんの映画でメリル・ストリープがなかなかいい感じに似せて演じているのだけれど、あの映画でもヒラリー・スワンクだったかな? がアメリアによく似た感じで、それだけでも見てみたいなあと思ってはいるのだけれど。

 まあ、正直なところ今更見つかることもあるまい、とは思うのだけれど、なにか発見があればそれはそれで嬉しいことだなあ。

B005CUG0BGアメリア 永遠の翼 [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2011-09-21

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 復刊しないかなあ。

4197740123ゼリービーンズ (アニメージュコミックス)
ふくやま けいこ
徳間書店 1993-12

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女々しいのは男

 テレビにしても雑誌などにしても、一度見始めてしまうとついつい続きが気になってしまって連続してみたり、購入したりということになってしまいがち。ということもあって初回以外は見てきた E テレの「アンジェラ・アキのソングブック」。いや、実際面白かったし、なるほどと思うことも多かったので実に有意義だったのだ。

 最後の作品は「 Without You 」。ところが歌詞を訳してみていくといろいろと学生さんほかから意見が。こんなに女々しいのは絶対にこの主人公は男だ!とか、「君はどうしても知っておくべきことがある」みたいなのは、なにをそんなに自己陶酔しているのかといった感じで。

 まあ、確かに男だろうなあというところや、いくらなんでも諦めが悪いだろうという感じは次第に増してしまう。

 と、シンプルゆえにいろいろ妄想をたくましくするには楽しい歌でもあるのだなと。いや、そういう歌ではないのだろうけれど。

 そして、曲の紹介ででてきたのは実はカバーでマライア・キャリーが歌っていたとかで、その前にはニルソンという男性が歌っていたといって流れてきたのを聴いて、「ああ、はじめに聴いたのはこちらだなあ」と。

 しかし、それもまたカバーで、もともとはバッドフィンガーという男四人のグループだったとか。しかし、このメロディーはどう聴いてもうれそうにない編曲で、ニルソンのカバーがあったからこそ売れた歌だったのだなあと。

 さながらかつてのラジオ英会話を彷彿とさせるような大杉先生(随分と痩せられたけれど)もよかったなあ。残り一回。(再放送の視聴なので)

4142131052アンジェラ・アキのSONGBOOK in English (語学シリーズ)
大杉 正明
NHK出版 2011-12-24

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ひとまずパイプラインは開通するも

 pipeline2 を Windows 環境で試してもどうもうまくいかないので Ubuntu 環境で試すことにした。せっかくなので後回しにしていた 11.10 へのアップグレードも。ところがこれが時間がかかる。都合 4 時間くらいはかかったのでは。VirtualBox 上でというのもあるので多少は我慢してあげなくてはいけないとは思うけれど。

 そして当時噂にのぼった Unity の画面。なんだかタッチパネル向けという印象が。確かに少し不便な印象はぬぐえないけれど、まあ慣れることにする。

 Ubuntu で pipeline2 を試すとやはり作成した dtbook はエラーになる。とはいえ Windows よりはきちんと動作してくれるので、やはりこちらで試すほうがよいかもしれない。samples/dtbook で試すと epub3 が作成できた。Windows ではこれすらエラーになったのだった。

 それに気をよくして自作のファイルをやるとやはりエラー。Zedai Validate でエラーになっているようなのだけれど、エラーメッセージがそっけなさすぎてまったく対処するよりどころがない。

 日本語が駄目なのか、はたまた ZedVal でエラーとしていた pagenum が悪さをしているのかとそのあたりを対処してテストしてもやはり駄目。どうも他の部分でエラーにしている様子。謎だ。

 といって dtbook のバリデートが通ってないわけでもなく、いったいどうしろというのか。ひとまず生成されたサンプルの epub3 を参考にしてみるか。


追記:03/26
 記録のために。

 pipeline の z3986 バリデートを行って ZedVal が pagenum にエラーを出すのは「ページ」という文字が入っているため。削除するとエラーはなくなる。

 ZedAI = dtbook-2005-2 と判断しているのかもと思うのだけれど、実際はイコールではないためにエラーになっているのかも、などとは思っている。(その意味では開発が不十分ということかもしれないけれど)

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高々の自分

 ふたたび NHK。だって受信料払っているし。

 木曜の夜に東日本大震災時の NHK の放送を検証する番組があった。津波警報などに伴う避難の呼びかけなどが十分だったのか、原発事故の放送はどうであったのか、被災者に必要な情報を伝えられたのかといった項目をあげていた。

 気象庁でも警報などの発表方法を見直していて、より避難に結びつくようなものにという点ではどちらも同じような見直しをしている。より切迫感のある表現にしようとしていたり。ただ、NHK 的には「避難してください」では弱いとはいえ、「避難しなさい」はやはり失礼ではないのかという判断があったのか、「避難すること」などというなんとも煮え切らない表現になってしまった。

 その分をアナウンサーの表現力(というよりは演技力というべきか)で懇願するような大き目の声でという形をとろうとしている様子。

 確かに危機が迫っているという実感にとぼしい感じは否めなかったかもしれない。加えて映像としてはまさに津波が押し寄せている様子が映っているものの、それは見れば分かるということもあってかあまり言及されなかったようにも記憶される。もちろん、多数の警報などの情報を繰り返すことなどに時間をとられ、ほかの事を言う時間が取りきれなかったということはあるかもしれない。

 とはいえ、たとえテレビであってもそこに映し出されていることを直接に言葉として伝えて現状をしっかりと認識させるということも、こうした事態では必要なのではないかなとも思った。港がすでに冠水しているような状況から非常に危険な状況が進行しているのだと訴えるといったこともあってよかったのではないかなと。

 被災者への支援情報などについては、誰しもそうだけれど自分のいるところに直接関わる情報がまず欲しい。ところがあまりに広範囲にわたっていたためにそれがなかなか出来なかったと。地域のラジオ局などとも連携してという動きがあったりはしたようで、今後はさらにそれを深めようということらしい。

 テレビがデジタル化した今であれば、そのひとつはサブチャンネルの活用というのもあるであろうし(映像としては半分ほどの解像度になるが、文字情報としてならさほど影響はない)、まさにデータ放送の運用を災害時には変更して運用するということもできるはず。

 このふたつを使うだけでも NHK のふたつのチャンネルで 4 つの映像チャンネルと 8 つのデータチャンネルを持つことになるのではないかなと。もちろん、単純にそうはいかないとは思うので実際には減るだろうけれど、ある程度地域の情報をのせる可能性はあるのでは。さらに、データ放送であれば随時確認することができるというメリットがあるわけで。

 もっとも、それらもすべては電気が使え、テレビなどが使えるということが大前提になってしまうわけではあるけれど。

 公共放送だからという理由もあるのだろうけれど、民放ではそうした検証をする・したという動きはいっさいない中で、今後にむけてよりよくしていかなければというところには納得できるものもあったかなと。まあ、できればもっと早い時間に誰もが見られるような時間帯であってほしかったかとは思うけれど。

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山のあなたの

 NHK 「地球イチバン」でブータン。いつも(だったか定かに記憶してないけれど)幸せを感じるといった人が九割を超えるとか、冒頭にいくつかアンケートの結果を報告していた。ほぼすべての人が幸せだと感じているし、他人をうらやましいとかいう気持ちもないし、ねたむわけでもない。常に助け合って暮らしているという人もほぼ全部。

 そんな素敵な国であるがゆえに、逆にわずか数パーセントという「幸せでないと思う」人というのはどのような人で、あるいはどのような状況で回答したのかと、そちらのほうに興味があるのだけれど、当然番組としてそういう方向には進まない。

 電気も一部には届いているので電化製品のある暮らしというのもあるのだが、動物や自然の姿を尊重することからあえて電線をひくことをせずに、昔ながらのランプの暮らしを守っているという話もあったりして、身につまされるようなところも。

 もっとも、そんな家を紹介したときにすでに電気メーターボックスが見えていたので、すでにあったのではないか? 番組的にはそれはあとのこととしてという演出があったのではないのか、などとも思ってしまうのだけれど。いずれにしても動植物に配慮して地中に電線を通す工事が進んでいるということは確かなようだ。

 まあ、それはともかく。

 ブータンの役人が言う、「幸せというのは長期的な満足のことで、それはつまり安心が確保されているということだ」との言葉や、「幸せを探すのを止めたときにそれはみつかるのだ。幸せはわたしたち自身の中にある」という言葉は文明にかぶれた多くの現代社会に巨大なくさびを打ち込むかのようなインパクトがあったなあと。

 さながらそれは小さな星からやってきた王子にきつねが言う台詞みたいではないかと。

 欲しい物を手に入れることは嬉しいけれど、それは幸せとは違う。機能や性能のよい製品を作れば、次にはさらにそれよりもよいものをといってきりがない。そういうものは幸せとは違うのだと。

 恐らくは冒頭のアンケートでごくわずかにあるそうでない人々というのは、あるいは他の社会の生活・物質へのあこがれが生じて、次第にそちらへ流されつつあるブータンの動きを暗示するのかもしれない。あるいは、そうではないのかもしれない。

 それがわかるのはもうしばらく先のことなのだろうが、一度動きはじめたものは、さてどうなるだろう。

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CHIHAYA FULL

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 「小倉百人一首」競技かるた 飯田高1年の斎藤さん四段昇格へ ]

 そこはやはり「ちはやふる」を引き合いにだしてあげないと。とか思ってしまったり。

 漫画はともかくアニメのほうはこちらで放送されてないだけにネックというところでもあるか。

 全国に明日のちはやを目指す子たちがたくさんいるのだろうなあ。恐らくはあまり一般に知られることもなく、日々練習に励んでいる子たちが。

 まあ、どんなものでもそういうことは多いわけではあるけれど。日が当たるのはごく一握り。その世界そのものも、またその人も。

 しかし、近年の漫画というのはそうしたこれまで知らなかった世界を魅力的に描いてくれて、なかなか素晴らしいなあと。

 アニメのほうではかるたの協会が協力しているということで、読み手の声は本職の方が担当されているようで、なるほどうまいなあと。「CHIHAYA FULL」というのも、なかなかうまいなあと。

 学生の頃にはたいてい小倉百人一首をひととおり暗記させられると思うのだけれど、もう覚えているほうが断然少なくなっているなあ。

 いずれは漫画も読んでみなくてはなあ。

4063192393ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)
末次 由紀
講談社 2008-05-13

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4063803392ちはやふる(16) (BE LOVE KC)
末次 由紀
講談社 2012-03-13

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B005VO6PF4ちはやふる Vol.1 [Blu-ray]
バップ 2011-12-21

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ななつ

 [ 春の訪れ、春分の日::更新日記 - 日曜プログラマのひとりごと ]

 ネタにしていただいたからというわけではないのですが、7 歳になる PC の様子が気になります。うちのデスクトップはかれこれ 10 年。ここ 2 年あまりはメインの座を離れたので古いプリンターを使いきるという目的のときだけ起動するようなもので、余生という感はあるのですが、先日 HDD を古い 40GB に交換して OS もインストールしなおしたところ。ひとまずは動いています。

 まあ、あまり激しくは使ってなかったからなのかもしれませんけれど。もっとも HDD は一部壊れているものなので、はたしてどうなるか。その部分だけ使わないように領域を確保してあるので、結果的にパーティション切った状態。

 OS 入れなおした直後でもあり、さらに今更あれこれソフトをインストールという予定もないので起動の早いこと、早いこと。そういえば今メインにしているバイオもあれこれいれたので少し遅くなってきたなあ、などと感慨も。

 とりあえずノート PC に何かあったときのバックアップ用という形で残しているものの、OS のサポートを思うとあるいは Ubuntu とかに替える可能性もあるかも。

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鍵は金庫の中

2012_fretsopt


 時々こうしたものを見かける。フレッツ光でインターネットに接続できなくなったりしたときに、まずは自分で点検できるソフトです、ということ。しかし、なにかおかしくないかと。一言足りないのではないかと。

 インターネットに接続できないのに、それを診断するためのソフトをインターネットのホームページからダウンロードしろと?

 ノート PC ならば友人・知人のところでダウンロードさせてもらうということもできるかもしれないが、それも面倒な話であるし、デスクトップではそんなこともできない。一言「あらかじめダウンロードしておいて、もしものときにご利用ください」くらいのことを書いておけばまだしもではないかと思うのだけれど。

 こういう例は意外と多いのは、なぜなのだろう。

#入力して確認ボタンを押したら「問題が発生しました」とココログに言われて、全部消えてしまった・・・。ゆえに再入力。さて、最初よりもよくなっているだろうか?

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ゆっくりと、春

20120311_fuguri


 穏やかに晴れたときだとあちこち花が咲き出すようになってきた。小さいのに「オオイヌノフグリ」とはこれ如何に。

 西のほうではムスカリとかも咲いているというけれど、家のムスカリはまだ影もなし。

 今年の桜は小諸へでもと思いつつも、若いお兄ちゃんたちで一杯だったら、それも面倒かなあなどとも思いつつ。

 春は風の季節であり、きまぐれな季節でもあるなあ。

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あなたの青空

 達人出版会の「青空 for Reader」を真似して作ってみました。

 青空文庫 for テキストデイジー

 青空文庫のテキストファイルをテキストデイジー図書形式(dtbook3)で作成し、フォルダを ZIP アーカイブしています。

#諸般の事情によりリンクページは削除いたしました。

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混ぜて炊くだけ

 ここ 5 、6 年くらいはだろうと思うのだけれど、手軽な雑穀ブレンドをときどき混ぜて炊飯している。もちもちした感じとかも楽しいしおいしい。

 はじめのころは 6 種類くらいのブレンドされたものを使っていたのだけれど、入手の関係もあって近年は 16 種類のもの。黒豆とか小豆とかもはいっている。少し赤く色がつくのもなんとなくハレの食事っぽい。

 今回買ってきたら、これまでは追加の水を 60cc ほど入れるようにとあったのがなくなって、水加減は米の分のままでよいようになっている。お好みで追加して、とはあるものの試してみると固すぎるということもなかった。以前とはなにか変わったのか、はたまたもともとそういうものだったのか。なんにしても楽なのはありがたい。

 毎食だと変化がないので、週に何度かというくらいにするとよいかと。

B001HZ53FOはくばく 十六穀ごはんお徳用 30g×15P
はくばく

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前か後か

 テキスト読み上げの関係でこの頃ちょっと考えたのが「--」「・・・・・・」などの扱い。極論をすれば音声合成エンジン如何の問題なので、あまりあれこれ考えても始まらないということになってしまうのだけれど。読み上げさせるときの分割のためにどのように配置するべきか。

 たとえばあるエンジンではこれを長音としてしまうので、「だった--」というような場合に「だったああ」のように伸ばして読んでしまう。まあ、このあたりはお莫迦さんということで諦めるよりないのかもしれないけれど、仮にそれではと前に持ってくる。実際的には次のテキストにつなげおく。

 「だった
--そのとき」

 みたいに。そうすると確かに「だったああ」みたいなのはなくなる。「そのとき」にしてもおかしなことはない。ただ、続くテキストがないときにはダッシュ記号だけになるので合成できずに沈黙してしまう例もある。まあ、これもエンジン側の特徴によるとは思うのだけれど。

 それよりも問題なのはダッシュ記号に引きずられてしまうという例があること。たとえば「--酒を飲む」といった文章があって、本来は「さけをのむ」なのだけれど、ダッシュに引きずられて「しゅをのむ」と読んでしまうことがある。日本酒だとか果実酒だとか「なになに酒」という意味だと勘違いしてしまっているらしい。まあ、これもまた音声合成エンジン側の(より正しくは形態素解析エンジンの)問題だとは思うのだけれど。

 そう考えてくると、長音として読んでしまうことよりは引きずられてしまうことのほうを避けるべきかもしれないなあと思うようになった。文章のはじめに「ため」を作るためにはいる「--あの、」みたいな例は止むをえないけれど。基本としては文末に残して、文頭にはいれないほうがよいのかもしれないと。

#もちろん見かけのことではなく、分解するときの手段としてだけれど。

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養成

 [ 「デイジー図書製作のための音訳ボランティア養成講座」開催のお知らせ::音訳ボランティア事業|長野県社会福祉協議会 ふれあいネット信州 ]

 これまで見かけた覚えがなかったのだけれど(あるいは気づかなかっただけとも考えられなくはないけれど、多分それはないな)、広報に案内があったのだった。なるほど。

 詳細ともあまりいえない詳細の PDF を見るとどうやら PC で録音するということのように見える。なるほど、なるほどと。

 あるいは? などとも思ったのだけれど。いや、参加という話ではなくて。

 しかし、県内から募集となると南信の方は参加が大変だよなあ。

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接近遭遇

20120314_v_j


 金星と木星が近くにいるよ、というので外に出てみるとなるほど。いつの間にか近くに移ってきたのだなあと。

 ということで写真を撮ってはみたのだけれど。

 まあ、小さくしてみているぶんには問題ないかと。

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文明史的見地?

 たまたま読んでいる「情報の文明学」(梅棹忠夫)で、であった部分をちょっとメモ。

文字がなんのためにもちいられたかよりも、文明史的に重要なのは、それがなににかかれたかという点である。あるいは媒体の問題である。媒体次第で、文字の社会的役わりは一変するからである。(P.219)
紙に文字をかくことがはじまってから事情は一変した。情報は紙にかかれることによって、非時間的なものとなったのである。情報は紙という物質的媒体のかたちをとって、現にそこに存在するのである。文字と紙によって、情報は存在となった。(P.220)

 さながらデジタル化された情報は非空間的なものとなった、ということかもしれないか。

 ほぼナイトキャップみたいな読み方になっているので、なかなか進まないのが難点。まあ、ぼちぼちと。春も近いし。

4122033985情報の文明学 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社 1999-04

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種の保存

 [ 「後世に残る」のは紙か、電子か。 - ただのにっき(2012-03-07) ]

 コメント欄がなかなか興味深いことになっているのです。失礼を恐れずに言うとすれば、面白い。決して批判的な意味でもなく、本音がでていてよいなあという点で。

PDFを蔵書してくれる図書館が報告書出版時点でどれくらい存在しているのか不明だったからです。今後財団がなくなったとして、そのHPが消滅すればPDFの場合その置き場所がなくなってしまうことになります

 というのは失礼ながら現時点でそんな心配をしても始まらないのではないかというのが正当な反応ではなかろうかとも思うのです。

 確かにウェブのデータはいつどうなるのかなんてわからない。どこのサーバーであってもいつまでもそれがあるとは限らない。としたら、今現在数々のデータをあげている専門機関や国の機関も含め、あらゆるものが「もう電子化するのはやめてすべて印刷だけにするべきだ」という論法にもなりかねないのではなかろうかと。

 もちろん、それは極論ではあるのですが、図書館で PDF を収蔵してくれなければならないという理由はなにもないのではとも思うのです。いまや、図書館でも電子書籍の扱いを検討する動きは多いですし、図書館として電子化を進めようかという動きもあります。国会図書館はその先鋭でしょう。

 現状少ないとか多いとかはなんの関係もなく、仮に今後増えなかったとしてもそれはそれ。それは「紙か、電子か」という二極論にとどまっているとしか見えないのではなかろうかと。

 たださんの言うように、用は「紙も電子も」であり、必要とあらばモノリスにレーザーで刻むといったようなことまで視野にいれた、あらゆる方法で多面的に残し、とにかくひとりでも多くの人の目に触れるようにしようということが大前提にあるべきなのではないかなと。

「単に立派な装丁の本が欲しいだけなんじゃないの?」という私の疑念はちっとも晴れないのでした

 秋山さんご本人をさすわけではなく、世の偉いさんというのはとかく印刷されたものへの信仰というものが強くあるのは、社会でのある意味共通認識なのではないかとも思うのです。とはいえ、うやうやしく扱われるのは出来上がるまでで、手に渡った瞬間からそれはもはや飾り物になってしまう。大事にしまわれて誰の目にも触れない。そうした報告書は恐らく山のようにこの世に存在しているのでは。

 そうしないためにも手段は多いほうがよい。対価についてはあってもよいし、むしろあるほうがよいのかもしれない。けれど、さまざまな形で残るほうがより残存確率は高まるであろうことは、種の進化・存続を考えてもわかるのではと。

 あるいは本意とは違うところの議論であるのかもしれないけれど、結果として二極論に終始してしまっている現状は、なかなかなくならないという根の深さをもまた感じさせてしまったように思うのです。社会としての認識が。

 あらゆることに対して二極論ではなくて多様な視野を持っていきたいなあと。

4334751903種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
チャールズ ダーウィン Charles Darwin
光文社 2009-09-08

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4334751962種の起源〈下〉 (光文社古典新訳文庫)
チャールズ ダーウィン Charles Darwin
光文社 2009-12-08

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穏やかな未明

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 県北部地震、きょう1年 栄村に復興を祈る明かり ]

 昨年にもましての大雪となってしまっている長野・新潟県境方面。雪に埋もれた半年あまりの間は、道路や田畑の復旧工事などまったく手付かず。

 昨年にしても、地震発生時には雪に覆われていたので、はたしてこの雪がなくなったときにどんな姿を見せるのかが不安に思われていた時期だった。

 復旧・復興に関してはいずこも同じなので遅々として進まない面もある。隣接の飯山市などに生活を移した人もある。田畑の復旧ということでは、津南町なども同様に問題を残したまま。

 もちろん、あの津波の猛威のすさまじさはあまりにもなものであったけれど、地元としてはこのこともまた心にとめておかなくてはとあらためて思うしだい。

 雪が融けたらまた訪ねてみるとしようか。

 [ 未明の別地震: つらつらぐさ ]

 [ 2ヵ月後の栄村 ]

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テキストデイジー図書

 DAISY Pipeline2 が Ruby を使って作られているらしいと知ってちょっと驚き、ちょっと感動。そのためか GUI ツールはなく Web Service 用のあれこれが付属しているらしい。

 音声ファイルを使うタイプでないのであれば、もっと身軽で手軽な感じでよいよねというのと、テキスト処理なら Ruby だよねということで。

 当初は ReVIEW に取り込めないだろうか? と思っていたのだけれど、fork を使っているために現状のままでは Windows 環境では(Cygwin などでの運用を除けば)無理ということなのだった。

 ということで Windows 環境用ということで作ってみたのだけれど、いずれという期待のようなものもあって記法については ReVIEW を踏襲するようにしている。デイジー独自のものもあるのでそのあたりは新しく作った。まだすべてのタグを実装しているわけではないけれど、最低限必要なものは実装できているかなとは思う。

 EPUB3 に移っていくにおいては、DAISY4 (実際には DAISY => EPUB3 変換ということらしい)が取り込まれているのだけれど、すべての EPUB3 図書が DAISY 図書として使えるわけではないともいえるので、ReVIEW が完全に EPUB3 対応されたとしても、それをもってしてデイジー図書としても使えることにはならないのかもしれない。

 三年も放置していた Github 使ってみたので、どきどきしている。はじめてのおつかいの気分。

#あるいは、やや意味不明ながらも。

追記:
 いや、実際 ReVIEW に組み込むには自分の知識も技術も足りないので玉砕したというのはあるのだけれど。

 [ mumriks/rdaisymaker ]

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WindowsでUUID

 [ shyouhei/ruby-uuid · GitHub ]

 uuid を使わせてもらうことにしたのだけれど、いくつか生成したら「 Marshal data too short 」メッセージをだして止まってしまうようになった。

 調べていたらどうやら Windows のせいらしい。open で "w" "r+" となっている部分を、"wb" "r+b" に直したら動作するようになった。バイナリモードを明示的に指定しておかないとうまくいかないことがあるようで。

 とはいえ手持ちの本をみた程度では、どういう場合に指定しなければ駄目なのかがまだよくわからないのだけれど。

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確かに、ImageMagickで日本語パスが通るようになっていた

 ImageMagick での日本語パスの扱いができるようになっていますよ、と先日教えていただいたので最新版を落として入れてみた。確かに日本語のパスが通るようになっている。これはありがたい。

 もっとも基本的にフォルダ名やファイル名に日本語を使わないようにはしているので、それほど恩恵があるというわけでもないのだけれど、避けられないときというのもあるのでやはり対応しているほうがうれしい。確か、あの時も日本語フォントのパスでいろいろ制約がでてしまって、ものによってはフォント使用を諦めたものがあったような?

 当該のプログラムを実行してみたらエラーになってしまった。そういえば RMagick は更新してないのだった。ということでサイトを見てくると Windows 用バイナリは 2009/11 頃のものが最後で以降はない。Windows 用に自前でコンパイルするための情報が不足していたような記憶があるのだけれど、まだそのあたりまでは確認してない。

 対応している Ruby も 1.8 系のままだし。

 ということで、RMagick を使うプログラムを使うのであれば、ImageMagick も古いものを使わざるを得ないということかと。(その時点で日本語パスに対応しているかどうかは未確認。手元で使っていたのはもう少し前の版だったので)

 どのみち今は使っていないのでそのまま最新の ImageMagick を使っているのだけれど、いずれ Virtual PC のほうにでも残しておくとしようかしら。

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「任じられる」

20120307


 新聞のテレビ番組などガイドページの囲み記事。間違いとまではいわないものの、うーむ、ちょっとなあという感じがしてしまったのでメモ程度にということで。

 件のテキストでは、

才気あふれる通憲は、中流貴族の出身ながら高級官職の少納言に任じられる。

 とある。この場合はやはり「任ぜられる」とするべきではないかなあと。

にんじる【任じる】

1.引き受け(て自分の役目とす)る。
2.任命する。任ずる。 [ 受身形は「任ぜられる」と言うのが普通 ]
新明解国語辞典第四版

 個人のブログとかではないので、できればそう表現して欲しかったようにも思ったり。駄目というほどには思わないけれど。

 ちなみに、とりあえず「平清盛」は見続けているのだった。やや惰性のようでもあるけれど。

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縦割りでも横割りでもなく細切れな社会

 テレビ局も新聞社も雑誌でも、みなこぞって「あれから一年」特集をこぞって作っていたりする。NHK の力のいれようは特に強いようで、今週はずっと NHK スペシャルを流している。で、相対的には民放の奇妙なドキュメンタリーよりはよいので一応見てみるわけで。

 6 日放送の仮設商店街の話などを見れば、この国は無駄を生むためにすべてを動かしているらしいとあらためて思ったりする。商店街を正式に復活させることはまだできないものの、仮設であれば許可がでるというので用地取得に動く。間際になって金融機関から土地を貸せなくなったと連絡がある。金融法の関係で金融業務以外の用途には土地を使えないことに、あとになって気づいたからと。

 いざ国や自治体の担当者に立ち会って現地を見てもらうと、瓦礫の撤去はされているがコンクリートの基礎が残っているので駄目だという。更地になっていなければ許可できないと。そしてその費用は商店街持ちになると。まだ作業している作業員にかけあってはがしてもらえないかというが、それは仕事にはいっていないのでと。

 直接作業会社にかけあって了解をとりつけ、急遽基礎まで撤去してもらうようにしたものの 150 万円あまりの費用が持ち出しになるとか。

 仮設商店街の申請をしてもなかなか国の認可がおりず、夏までにはなんとかと考えていたものが結局着工できたのは秋。さらに、進捗を確認しにいけばまだ水回りの工事などがあるにもかかわらず、床板を全部張っている。これではまた床板をはずさなくてはならないので、その旨工事関係者に話すと、納めるのは商店街にではなく、自治体にであって、そこに仮設としての建物だけを納めるだけ。その先のことは関知しないというようなこと。

 それでもなんとかかけあって、結局床板はのせておくだけにしてもらうことにした。水回りは管轄外なのでそのことは知りません。というのが基本というのは、この国の公共工事など見ていても同じこと。道路工事では各種工事がアスファルトをはがしてはまた埋め、そしてまたはがすという繰り返し。

 商店街は結局クリスマスイブになってようやくなんとか開業の運びとなる。

 7 日の大槌町の仮設住宅に暮らす人々を追った番組では、病気や事故で亡くなったのとは違うかたちで家族を失った人々の悲しみの深さや、心のうちがずしりとせまってくる。そろそろ一年になるのだから、いい加減自立するべきだという声を発する人も世間にはあるようだけれど、そこにいる人々の現実にはさまざまなものがあるのだという現実を受け止めて考えるべきことなのではなかろうかなと。一概にこうと決められるほど事態は単純ではないのだ。

 この国の豊かさは、やはり物質的なものだけだったのだろうか。


 暉峻さんのお名前も、なかなか読めずに問い合わせがあったなあ。

4004300851豊かさとは何か (岩波新書)
暉峻 淑子
岩波書店 1989-09-20

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オーディオブック

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 録音図書作って30年 視覚障害者支援の飯田「声の輪」 ]

 地方版にでていたのが目に留まったのでメモということで。

 社説や一面コラム(ここでは「斜面」というタイトル)なども毎日作成されているとか。できれば、この手のものはネット配信とかで手軽にそしてリアルタイムなタイミングで聴くことができるとよいのかもしれないけれど。

 少なくともきちんと読んであれば、機械的なルビ振り問題というのは発生しないわけだなあ。もちろん、そのための労力や努力は避けられないわけではあるけれど。

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ルビ。振るべきか。振らざるべきか。 (その2)

 テキスト読み上げとルビ振りの関係についての続き。

 たとえば「贈り物」というテキストの、「おく」と「もの」にルビがあるという例を考える。形態素解析では「贈り物」とするものもあるだろうし、「贈り」「物」とするものもあるかもしれない(というか事実いろいろのようだ)。

 この場合にどちらの例でも「おくりもの」とは読むのだけれど、振られているルビとは違うという判断から「おくりもの、(おく)り(もの)」のように読んでしまう例もある様子。

 といってこれを「おくりもの」とルビを振っておいても、先の例であれば問題ないかもしれないけれど、後者の例ではやはり解析結果とルビが異なるので二重に読み上げてしまったりする状況が発生しうると。

 どうするのが望ましいのか。形態素解析の数だけ、あるいは学習の習熟の程度だけ状況が異なるということを思えば、諦めてあくまでもルビとして原本通りに振っておくだけというのが望ましいのか、とも。仮にそれによってうまく再生されないケースがあったとしても。

 こうなってくるといっそ青空文庫の傍点のように、画像で表示しているだけでテキストにはまったく影響を与えないようなルビの実現のほうが望ましい、なんてことも考え方としてはあるのかもしれないとも思ったり。すべては読み上げエンジン側にまかせるという。どっちつかずになっていることが問題を生じさせているのかもしれないなあと。

追記:
 ことによるとルビがはいっているために正しく解析できないという弊害があったりするのではなかろうかとも。

 「贈(おく)り物(もの)」といった感じに XHTML で表現されているとして、ルビがあるので決して「贈り物」としては解析されないのでは? いや、ruby タグに対応しているとそうはでないから大丈夫? しかし、それもまた表示の上でのことでしかないのではないかとか。

 EPUB3 ではこのあたりどう考えているのだろう?

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コイは水色

 この冬たまたまいただきものの鮭の半身があって、年末から正月にかけてなかなかに重宝したのだった。ところがこの頃になって冷凍庫に頭の部分だけ残っているのを発見。そういえば炊き込みご飯に使おうかなどと思っているうちにすっかり忘れてしまっていたのだった。

 ということで急遽焼いて食べてしまうことにしたのだけれど、この手の鮭には重大な問題がある。塩がキツイ。塩の結晶が浮いて見えているくらいなのだから相当なもの。少し塩抜きしてからにすればよかったのだけれど、うっかりそのまま焼いてしまった。ゆえに塩っぱい!

 もう舌やら唇やらがびりびりしてくるような塩辛さ。なにしろ普段は減塩生活しているので(別に高血圧というわけではないけれど)ことのほか塩辛さがキツイ。

 で、同時に作ったひじきの煮物や味噌汁、納豆などを食べるとどれも味がしなくて水っぽい。いずれも普段通りの味付け。納豆などは添付のたれをいつも半分しか使わずに、残りは小瓶にいれておいて他の調理に使うくらいなのだけれど、だからといって普段味がしないわけでもなくこれでちょうど良かったのだ。

 にも関わらず。まったく味がしない。水でも飲んでいるかのよう。これは怖い。

 よく漬物に醤油をかけて食べるとか、調理してあってもなんでもかんでも醤油やソースをかけて食べるというひとがあるけれど、そうした濃い味付けに偏ってしまった人というのはこういう感じだったのだなと。本来ならきちんと味がする分量でもまったく感じないようになってしまっている。これは怖いことだなあと。

 身近なところにも、寿司や刺身で小皿にたっぷりの醤油をいれて食べていて、気がつくともうそれがなくなっていてまた足している人というのがある。自分はほんのわずかを使うだけで十分なのだが、将来が心配だなあといつも思っている。

 故若月先生の苦労も今ではもう過去の話でしかないのかもしれない。

 ことほどさように減塩の取り組みというのは難しいのだろうなと、にわかに知ったのだった。

 ちなみに、減塩の一助としてジャガイモを食べるというのは有効なひとつではあろうなと。カリウム含有量は絶大なので。それで万事解決ではもちろんないけれど。


 一応、お約束ということで。

B0000084W3恋はみずいろ~ベスト25
ポール・モーリア
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント 1997-11-06

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メモ:PDF>PPM>JPG

 OCR したテキストはいわばエディタ的な一行ではなくてワープロ的な一行となって改行が細かくはいってブツブツと行が切れてしまう。この部分をつなげて戻していくわけだけれど、膨大な量になれば手作業でというのも大変なので Ruby のお世話になる。とりあえず、改行の前が句点「。」やかぎ括弧「」」でないなら次に続いているものとしてつなげてみると、まあまあの感じになった。

 もちろんその後にきちんと確認しておかしなところは修正するのだけれど、テキストが数千行とか数万行とかだったらその作業の軽減は少なくないのではないかなと。

 どのみち OCR したテキストはどうしても正しく認識できない部分が出てしまうので、そのあたりは原稿と照らし合わせて修正したり、という作業は必要なわけで。そうはいっても認識の精度というのはずいぶんと向上したなあとこの頃は思う。

 あとはちょっとメモ。

 pdftoppm pdf ppm

 convert ppm jpg

 ghostscript が必要だったのだなあ。

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ルビ。振るべきか、振らざるべきか。

 テキスト読み上げについて少し調べたりしていて思ったのは、テキストにルビを振っておくことは有効なのか? ということ。まあ、プレーンなテキストのままであればもちろんたいして意味がないわけではあるけれど、専用のプレイヤーがあってそれが特定のルビ表記に対応してというのなら、また別かもしれないけれど。

 HTML 方面でルビタグを利用しても表示の上では適切に表示はされるものの、読み上げについてはそのエンジンでどのように形態素解析がなされて、結果どのように読むと判断されるかに関わってくるのだなあと思うと、ルビを振ってあっても必ずしもそのようには読み上げてもらえないということなのだなと。

 読み上げのためのエンジン側の辞書の充実とかで適切な読みが選択されるようになれば、それが一番なのだろうけれど、専用の機器というのでなければ難しい面はあるのかもしれない。形態素解析による読みよりも、ルビが指定されていたらそちらを優先するようなソフトウェアだったらまた違うかもしれない。

 とはいえ、シンプルに考えたときに、ルビを設定してあっても必ずしもその通りに読み上げるわけではないとなると、はたしてルビを設定しておくことに意味があるのだろうか? とも思ってしまったり。もちろん、表示上の便宜はあるわけではあるけれど。

 ちょっと悩ましいところかなあ。

追記:(3/4)
 あくまでも正しく読み上げさせるための役に立つのかどうかという観点からの話として。

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昔「みんなの科学」という番組があってな・・・

20120221_everybody_science


 先日、といってもずいぶん前になってしまったけれど、たまたまラジオをつけたらみんなのうたのリクエスト特集番組を三夜連続で放送していたのだった。それはそれで、もちろんよかったのだけれど、視聴者の声のなかで「昔楽譜を送ってもらったものだった」といったことが紹介されていたのだった。

 今と違ってインターネットなんてないし、きょうの料理とかのテキスト販売はすでにあったかとは思うものの、みんなのうたはどうだったのだろう? いずれにしてもビデオだってまだなかったか出始めたかで買うにしても高価だった時代だったかもしれない。

 ということもあってか、番組の最後などに問い合わせの紹介などもよくあったような気がする。

 で、実際自分でも利用したなあと思い出したのだった。教育テレビの平日夕方 5 時 30 分からの「みんなの科学 たのしい実験室」という番組。電子工作もあったし、理科系の工作全般のいろいろを紹介していて面白かった。メモをとったりもするのだけれど、何通か問い合わせを出したことがあって手元に残っている。

 音楽で明るさの変わるライトとかちょっと憧れで、パーツ屋さんでいくつか部品を買ったはずなのだけれど、結局揃うことなくそのままだったようにも。多分、それもまだあるはず(笑)。

 まあ、そういう時代もあったのだよなあと。便利ではあるけれど、便利すぎる時代のようにも時折思わないではないなあ。

4061335057ルドルフとイッパイアッテナ
斉藤 洋 杉浦 範茂
講談社 1987-05-20

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断片たち

4878923849PIECES 7
士郎 正宗
青心社 2011-08

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 昨年夏に出版された折に、なにやら今後の作品関係の情報などもいろいろあるという話を聞いていて、これは久々に見ておかなくてはいけないかなあと思っていたのだった。で、気がつけば年も明けていたと。

 確かにもうずいぶんと長いこと連載していた漫画関係は中途のままになってしまい、その原因が阪神大震災にあったということも聞いてはいたけれど、なかなかに大変だったらしいところもわかった。

 それでもようやくそろそろ漫画方面での動きがありそうとのことなのは素直にうれしいとはいえ、どうやら過去の「アップルシード」であったり、「攻殻機動隊」であったり、「ドミニオン」であったりといった作品の続きが描かれるという見込みはあまりないようでもあって、そのあたりは少し残念にも。

 近年はずっとこのシリーズなどの広く一般受けはやや厳しい(笑)*エ*ロ*画集がメインのお仕事だったので、なかなかそのあたりは追っていなかったのだけれど。しかも、本書はシリーズ画集過去2冊のイラスト解説という独特な趣向ということで、実にテキストが多いという特徴が。

 士郎作品の魅力といったらやはり欄外の(枠外の?)はみだしたテキストたちの情報量の濃さにもあるので、そういう意味ではなかなかに満足な一冊なのかもしれない。

 ただ、やはり*エ*ロ*画集なのでそのつもりでということはお断りしておきますです。

#対策にならないかもしれないけれど、一部対策テストを兼ねて、一部読みにくくなっております。ご了承くださいませ(笑)。


 この2冊なのだな。

4878923792PIECES〈4〉HELL HOUND-01
士郎 正宗
青心社 2010-11

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4878923806PIECES〈5〉HELL HOUND〈02〉
士郎 正宗
青心社 2011-01

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