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失敗を認めないのはフェアではないと思うよ

 NHK 「クローズアップ現代」にてゲーミフィケーションとかいうので見たのだった。さまざまなことをゲーム的にして楽しみつつ行う・行わせるということは、今にはじまったことではないと思うので、手段そのものに関しては特に驚くにあたらないと思っている。デジタル機器の進歩とネットワークの進歩と、もろもろによる新しい(あるいは新しく見える)手法をいろいろ打ち出しているというところはあるのかもしれないけれど。

 ゆえにまあやりたいところはやればいいし、だからといってそれこそが良いことなのだといった専門家と呼ばれるような方の礼賛はちょっと違うのではないかなとは思う。

 運動が不足しがちなお年寄りにもっと楽しみつつ運動を継続してもらえるような仕組みとかはあっていいだろうし、それはさまざまな分野でそうしたことがあっていいと思う。それがいざこざの元になってしまうようなことがないようには今後配慮が必要になるだろうという未来を想像することも難くない。

 もっとも違和感があったのは、登場していた濱野さん(?)という方だったが、司会の森本さんが子供の勉強を進めようとポイントというご褒美を考えたが失敗したという話をしたときに、「失敗するものはそもそもゲーミフィケーションではないんです。成功したものだけがゲーミフィケーションなんです」といったことを言っていて、それはどうなのか、と思った。

 さながら恣意的な統計調査のそれや、怪しい新興宗教の勧誘にも似て、成功したものしかそれとして認めないのではそもそも考え方が間違っていないかと。顧客満足度 100% とかうたっている商品のチラシや広告とも通ずるものがあるのでは。

 成功しようと失敗しようとゲーミフィケーションとして考えられたのは確かなのでは(先の森本アナウンサーの場合にそこまで明確に意識してはいないとしても、発想そのものは同じであるはず)。それを失敗したものは別物で関係ないという発想でいたのでは、正しい判断や評価などできないと思うのだがなあ。

 恐らくは一時期のブームに終わると個人的には思うけれど。(局部的な継続はあるとしても、全体としては続かないだろうと)

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