伝える・伝わる
先日 NHK のニュースのなかで、防災無線がいろいろの理由できちんと伝わらない事例がわかってきて対処しようとしているといったことをやっていた。東日本の大震災の際には放送する機器そのものが故障してしまい、送信していると思っていたらまったく送信できていなかったと後になってわかったとか。まあ、それはそれ。
日常的なこととしては音の重なりで聞えにくくなっている場所が存在するという話が。これはまさに自分が常日頃体験している状況でもある。このあたりであるのは主に行方不明の情報提供を求めるものだったり、乾燥しているので火災に注意するようにだったりといったことが多いのだけれど、これがまともに聞えたためしがまずない。
基本的に一定の間隔で設置さえすれば、それで問題なくすべてに聞えるはずだという意識があるのだろうけれど、音響工学の専門家というわけでなくてもそれはちょっと違うのではと気づきそうなものではないかなとは思う。風向きなどによっても違うようで、比較的分かりやすいときもあるが、なにか言っているようだけれどまるっきり判別不能ということも多い。
これらはハード的な問題で、まあそれもきちんと伝わっているのかということを確認する意識の欠如は考えなくてはいけないと思うのだけれど、もうひとつはそもそも伝えようという意識そのものが不足しているのではないかというのが「繰り返さない」ということではないかなと。
そもそもが突然放送がはじまるわけで、身構えている人などいない。他のことをしていたり、テレビを見ていたりしたらはじめは気づかない。ふと、なにやら無線で言っているようだと思って耳をそばだてても、その頃にはもう内容が終りになってしまう。そこで繰り返してくれたらよいのだが、それがないために結局わからずに終わる。
昔、こうした放送というのは必ずといっていいほど二度は言うものだと思っていたのだけれど。一度目は放送しているということを知らせる意味を持たせ、二度目があることで聞きそびれたところも確実に伝える。「大事なことなので二度言いましたよ」という台詞もあるではないか。なぜ、行政の防災無線ではそれができないのだろうかと。
ハードの不備は言うまでもないけれど、ソフトの不備くらいはすぐにでも対処できる。誰に何をどう伝えるのか。伝えるべき人に伝えるためにどうするべきなのか。もっとも大事な基本がおろそかになっているってことはないのかしらん。
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コメント
正座や直立不動で静聴していても、ほとんどの人が
何を言っているのか理解できなかった「玉音放送」。
確かに、ソフトは重要です。
投稿: 黒豆 | 2012.01.18 18:53
玉音放送は極致かもしれませんね(^^;
もっとも伝えることよりも格調の高さこそがあったのかもしれませんけれど。
投稿: ムムリク | 2012.01.19 09:47