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スマイルコレクター

 邦題だけ見るとなにやら「ボーンコレクター」とか類似のサスペンスなのかと思ってしまうけれど、実際のところはスマイルをコレクションするわけではないのでややこの付け方は奇妙な感じもしてしまって残念。確かに前半にそういう部分はあるのだけれど(殺害された少女が笑顔を作っていた)、そうした事件が頻発したというわけではなく、やや無理のある邦題。(原題は「LA CHAMBRE DES MORTS」で、「死の部屋」といったところなので、このままというのもちょっと厳しいかもしれないけれど)

 ではあるものの、この映画は怖い。映像的にも怖いものがあるのだけれど、狂気に満ちているという点でも怖い。しかもそれがごく普通のこととして淡々としているので怖い。まあ、怖いというのはそういうものといってしまえばそれまでなのだけれど。

 ただ、冒頭で誘拐事件の身代金を持ってきた父親を誤ってひき殺してしまった暴走親父たちという伏線が、いまひとつ生かされきれないところもあってちょっと残念なところも。さらには、犯人に近づいていくその過程がやや都合よすぎる嫌いも。いろいろと事件と絡む過去のことなどでてくるものの、それがうまく物語として機能しているとはちょっといいがたいところがあって無理やりな印象が残ってしまったのが残念。

 まあでも、メラニー・ロランが主演なのでよしとします。

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タキ・コーポレーション 2009-01-09

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メモリー増設(2GBから8GBへ)

 デフォルトの 2GB メモリの状態で購入したノート PC 。同時にあれこれしなければさほど不便はないものの、Virtual PC とか BOX とか使うとさすがに貧相なので、価格の下落具合を見ながらいつ買おうかと思っていたのだった。

 今年のはじめくらいには 4GB*2 で 8000 円前後だったかと思うのだけれど、どんどん下がり続け、7 月くらいから 5000 円を割るようになってしまった。そして今では 4000 円程度。1GB あたり 500 円とかどういうことなのかと。(いや、うれしいですけれど)

 まだ下がるのかもしれないけれど、いい加減お買い時かなということで購入。交換してみると(一応静電気には十分すぎるほど注意しつつ)あっさりと 8GB を認識してくれた。まだあまり快適さを実感しないのだけれど、Virtual Box での Ubuntu とかの割り当てメモリを 1GB とか 2GB とかにしても困らないので、これから少しずつ実感できるかも。

 そもそも起動すると 1GB くらいはメモリを使っていたのだから、ようやく安心していくつかのプログラムを平行して実行できるということかなと。

 さらに下がり続けるのか、はたまた急激に値を戻す動きになるのかはわからないけれど、結構決断しても悪くない時期なんじゃないかなと。

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#4000 円を割りそうな勢いだなあ。

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マークIリポート

 8/14 放送の ETV 特集「アメリカが見た福島原発事故」を二回見た。

 福島第一原子力発電所 1 ~ 5 号機に導入されたアメリカ GE 社製原子炉、マークI。GE の技術者だったブライデンボウ氏はマークIの安全性について 1970 年代に検証し、マークIは重大な事故が起きた際に安全性を維持できないという可能性に気づき、電力会社や GE の上層部に進言したが聞き入れてもらえなかった。

 マークIは原子炉ビジネスを拡大するために、異様なほど原子炉格納容器を小さく設計。事故により多量の水素や水蒸気が発生した場合、通常格納容器は大きいほうが安全であるとされてきたが、コストを下げるために原子炉容器は大きくした一方で格納容器は非常に小さく作られた。それを補うという目的で設計されたのが、圧力抑制プールというドーナツ状の部分だが、ブライデンボウ氏の調査で、重大事故発生時に想定以上の力が圧力抑制プールにかかり、破壊する可能性すらあることが判明。安全を確認できるまでは、すべてのマークIを停止すべきと進言。

 しかし、上司は「そこまで悪くはないだろう。マークIを停止させれば、GE の原子力ビジネスは終わりだ」と言ったとか。

 結局ブライデンボウ氏は GE を退職し、連邦議会の特別委員会で証言するなど啓発を続けることにしたとか。

 ところがこのときに反対側の主張の大きなよりどころとなったのが、ラスムッセン報告書という存在で、そこでは原子力発電所が重大な事故を起こす確率は隕石がぶつかるのにも似たほどきわめて少ないものだから、考慮する必要などないというもの。恣意的に事故の可能性を低く見積もった上で、最終的な安全対策の必要性まで低く出すという、いわば結果ありきの論旨ではあるのだけれど、結局こうした意見が通ってしまう。

 1980 年代。スリーマイル島での事故を受けて、すべての原子炉について安全性を検証することになったものの、ここでもまた有効な議論も解決も行われなかった。マークIの小さすぎる格納容器の問題は指摘されながらも、「電力会社の圧力によって NRC がこの問題から手を引いてしまった」。

 NRC の依頼を受けてマークIの安全性について検証をしていたケネス・バジョロ氏は、マークIの小さすぎる格納容器についてふれ、「大きな格納容器であれば、事故によって発生した水素を安全に処理できる」が、「マークIは構造上の問題を抱えている」と言った。そして、今回の福島原発事故の推移を見ていて、自らが検証して分析した通りに事故が進んでいたとも。

 結局有効な結論を出しえなかった NRC 側はそれでもというところで、ベント機能を後付けするように指針に盛り込んだ。結果として日本でもベントが追加されたが、ここにはフィルターはなく、しかも一系統しかベントのルートがないため、安全性という点ではきわめてずさんな対処にとどまったと。ただ、これはアメリカという立地での NRC の判断にすぎず、比較的地震の少ない地域だったからそれで済んでいたという話で、それをそのまま日本に適用して済ませていたというところにそもそも問題があると。

 先のバジョロ氏は、「多様性こそが様々な脅威から原子炉の安全を守る最善の防御」といい、実際 NRC や日本の関係機関でも「多重・多様性」の重要性は認識されてはいたようだけれども、実際にそれが厳格に運用されていたかというと残念ながらそうではなかったと。

 福島第一原発においては非常用電源を増やす際に、それまで地上にあったひとつの電源を廃止し、地下にあらたにふたつの電源を隣あわせるようにして設置。これならば地震には耐えるであろうということらしいが、バジョロ氏も「それは重大なミスだ」と指摘。

 しかし、これに対して原子炉で事故が起きる確率はきわめて低いのだから、事故が起きたときのことを考える必要などないじゃないか、というのが原子力行政を動かす機関の考え方。「大地震なんて想定外のことが起きたのだから、多重化・多様化するかしないかということと、それは無関係でしょう」といった考え。

 少なくとも 30 年あまり前からその安全性に疑問をもたれていたマークIにおいて、きちんとした安全対応がこれまでなされてこなかったという現実と、この事故を思えば、まずはマークIについては安全の確保まで停止せざるを得ないところなのかもしれない。他のタイプはまた別の話として検証すべきで、それをなにもかも同列で扱ってしまうのもまた極論でおかしな議論なのではないかとは思う。

 バジョロ氏が最後にこう言った。「原発の安全性を脅かす最悪のものは、想定を決めて想定外を無視すること。それが大きな過ちだ」と。想定の範囲を規定してしまうことが問題なのだと。

 原発に対する不安はもっともなことで、それに頼りすぎる社会よりは、ここでもまた多様性を持った社会を目指すというのは理にかなったことではあろうけれども、すべて同じにして原発はいますぐ廃止しろという議論にするのは感情的すぎる嫌いもあるのではないかなとは思う。

 少なくともマークIについてこれだけの検証がなされていながら、きちんとした対策が何もされないままきていたことは重大な問題として考えるべきだろうなとは。

20 年前にマークIは廃炉にすべきだった。しかし、廃炉できず事故を起こしてしまった。(ブライデンボウ氏)

 いずれにしてもこの番組。ETV ということではたしてどれほどの人が見たのかというと、あまり多くはないのではなかろうかとも思えてしまう。できれば総合で再放送などしてくれるとよいがなあと。

#と、そんなことを思いつつ NHK のサイトを見たら、一部間違っていた部分があったということで訂正が出ていた。再放送ではそのあたりを修正して放送するとか。ということで、非常用電源はもともと地下にあったのをふたつにしたというのが正しいとか。とはいえ、同じレベルにふたつ設置し、それ以外にはないというのは安全担保の点から意味がないというのは同じことかと。

お詫びと訂正

8月14日放送のETV特集「アメリカから見た福島原発事故」で触れた福島第一原発について、
・格納容器の蓋のボルトが浮いている映像を1号機と紹介しましたが、4号機の間違いでした。
・非常用ディーゼル発電機が1階から地下に移されたとお伝えしましたが、最初から地下に設置されているものでした。
お詫びの上、訂正いたします。
今後、事実の確認に関しては十分注意を払ってまいります。
この番組は9月4日(日)午前0時20分~(土曜深夜)再放送を予定していますが、誤っていた一部の表現・映像を修正して放送します。
NHKオンデマンド(見逃し番組)で9月4日(日)午後6時から2週間配信されます。

# うーむ、週末の土曜日深夜ですか。違う時間の総合でやってくれたらうれしいのになあ。

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nlize リターン(続々)

 当然といえば当然の帰結だったのだけれど、ふと Ubuntu で試せばいいじゃないの、と思い出したので、VirtualBox の Ubunut 11.04 で試してみた。

 Ruby 1.9.2-p136 に gettext と nlize をインストールして、すみかんバージョンの mo ファイルに置き換えて試してみた。以下結果。

irb(main):001:0> require 'nlize'

=> true
irb(main):002:0> 5/0
ZeroDivisionError: divided by 0
        from (irb):2:in `/'
        from (irb):2
        from /usr/local/bin/irb:12:in `

'
irb(main):003:0> nil = 'test'
SyntaxError: (irb):3: nil には代入できひんわぁ
nil = 'test'
  ^
        from /usr/local/bin/irb:12:in `
'
irb(main):004:0> (0..2).step(-2) do
irb(main):005:1* end
ArgumentError: step can't be negative
        from (irb):4:in `step'
        from (irb):4
        from /usr/local/bin/irb:12:in `
'
irb(main):006:0>

 なぜか置き換えてくれないメッセージがある。ちなみに以前の結果はこちらを参照。なぞです。

#あまり続けると風邪をひきそうなので、このあたりまでということで。

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nlize リターン(続)

 [ Rubyエラーメッセージの国際化(日本語化)― NLizeの現状::L'eclat des jours ]

でも、Ruby-1.9.xで動くかどうかは試していないので知らない。

 そういえばそうだなあと思ったので、ちょうど 1.9.2-p290.msi をテスト公開されたというので、そちらに入れ替えるまえに試してみようということでやってみました。

 ruby setup.rb してみたら、以前 1.8.x でもそうだったと思うのだけれどエラーがでて駄目だったので gem ファイルを落としなおしてから。

 ところが今度は gettext のバージョンがとか言われるので、gem install gettext してからあらためて gem install nlize -l した。そして irb でテスト。

 が。

 msvcrt-ruby18.dllがないため・・・

msvcrt-ruby18.dll がないため、プログラムを開始できません。

 とか言われてしまった。まあ、当然ですよね。浅はかでありました。


nlizeリターン: つらつらぐさ

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いまだ過去の話ではない結核

 [ 【結核罹患率】減少続くも未だ「中蔓延国」 : 薬事日報ウェブサイト ]

ただ、減少傾向は続いているものの、未だに年間2万3000人以上の結核患者が発生している。また、罹患率は、米国の4倍以上、カナダ、スウェーデンの3倍以上で、世界的に見ると日本は、「結核中蔓延国」になる。

 10 年以上前に、まだニフティサーブの fworld があったころ。厚生労働省などのもろもろの情報を提供しているところがあって、そこでもいまだ結核は非常事態宣言が出されているのだと知った記憶が。なんとなくもはや過去の病という印象が世間的には強く(その頃も同様)、まさに他人事(ひとごと)としか思えないのが実情。

 けれども、これほど多くの患者が発生しているという現実は、やはりきちんと理解しておかないといけないのだろうね。疑いを感じたら、本人、周囲を問わず診断を受けるように働きかけることは必要かも。同時に、結核という病についてきちんと理解しておくこともまた必要なのだろうね。でなければ、いたずらに患者にたいして恐れを抱くようになってしまう例は多いので。もちろん、それはどんな病においてもいえることではある。

 まずは、過去のイメージを払拭し、その病の現状についてきちんと知るということは、患者であるなしを問わず大切なことなのじゃないかなと。

罹患率が最も高いのは、大阪の29・9で、長崎の23・3、東京の23・1と続く。罹患率が低いのは、長野の9・1、群馬の11・0、山形の11・2、宮城の11・3など。長野県は、都道府県罹患率で初めて10を下回り、最も高い大阪府に比べ、3・3倍以上の差があった。

 都市部の人は特に気をつけましょうね。

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「素顔のままで」

 確か映画公開のときにテレビで宣伝を流していたのを見たことがあるような気がする。でも、いったいなんの映画なのか、どんな映画なのかとかはまったく知らずにいたのだった。この邦題では、なんだか感動大作みたいなイメージになってしまう。でも、実際はかなり違う。

 原題が striptease で、ストリップショーという意味だとか。なるほど確かに舞台もそうだし、キーになるのもそうだし。といってそのまま邦題にしたら、それはそれで誤解が生じそうな気もするし、難しいかなあとも。とはいえ「素顔のままで」よりはましかもしれないかなあ。

 元 FBI とはいうけれど、別に捜査官ではなく秘書なので、アクション系の期待はしてはいけない。やくざな元夫との親権裁判で負けてしまい、ひとり娘を手放さざるをえなくなるけれど、元夫は娘に盗みの手伝いをさせ、車で生活して連絡をとらせようとしないので、ついには誘拐まがいに娘を連れてきてしまうという。

 変態議員さんは夜な夜なストリップショーをお忍びで見に行くのが趣味。主人公にいれあげてしまって、金を出すから俺のためだけに踊れとかいいだす始末。コインランドリーから忘れ物を回収させたりもするし。この変態ぶりはなんとも。

 政治家と企業と金を背景にして、結局それを暴露してめでたしめでたしとなるので、まあ安心して楽しめる軽い感じのサスペンス?映画なのかと。

 しかし、豊胸手術までしたというデミ・ムーア。そこまでする必要はあったのかしらん。

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新たな神話の揺籃

 NHKスペシャルの「新エネルギー覇権争奪」を見ていて、素直に思ったのは、結局大震災による大規模な都市再構築に目をつけた金の亡者たちがうごめいている、というイメージ。もちろん、すべての企業がそうであるというつもりもないし、企業であればそれもいたしかたないという面も否定はしないけれど、あのいくつかの笑顔のしたには、様々な思惑がうごめいているのは間違いないはずで。ある意味、壮大な実験場という見方すらあるのかもしれないと思うと、素直にこれを受け止めてよいのかどうか、どうしても疑問にも思ってしまうのだった。

 スマートシティ構想では、電力が足りないと判断すると、中央のコントロールセンターが各家庭の電力使用にまで手をのばし、使えないようにしたり、照明を暗くしたりしてしまうのだという。センサーを多数しこんで多大な情報を集約し、世界中のすべての情報を得るのだといきまくメーカーも。それってまかり間違えば恐ろしい未来社会になりはしないのかと。

 老人や子供のいる家庭をどう切り分けるのかとか、それはお得意の申請主義にでもするのかとか、はたまたそういう家庭でも在宅かどうかでその判断をわけるのかとか、生命維持装置で生きながらえているような人もいるし、視覚や聴覚に障害をもっている人だっている。そういうところを抜きにして全体的に管理するとなれば、弊害も少なくないのではなかろうかとか。

 また、そうしたことをより緻密に管理するとして、そうしたシステムが不具合を起こすことがないと誰がいえるのだろうかと。「ほとんど起こりえないことなので、考える必要はありません」とでもいうだろうか。それでは、またぞろとある神話の再来ではないのか。

 「コンピュータが死んだ日」(石原藤夫)の描いた世界が現実となる日が、そう遠くない将来にあるいは訪れるのかもしれず。あまりに、なんでもかんでも管理しようというのは非常に危険なにおいがして仕方ない。行き着く先は”超管理社会”であったりしないだろうか。

 GE も乗り出しているというが、大問題を抱えてギリギリの攻防を続けているマーク1は、GE の設計ではなかったか。その反省はあるのだろうか、とか。

 今本当に必要なのは、近未来的な社会のイメージ構想なのか。それとも、そうした余地を残しつつのまずは生活の復旧なのか。なんとなく少しあさってなところの議論のようにも思えてしまったり。

 少なくとも新たな安全神話を振りかざすことのないよう、願うばかり。

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レフのあるなしを問わず

 NHK Eテレで今月から放送している中高年のためのデジタル講座。まあ、中高年でなくてもだし、デジタルとはいっているものの一眼レフカメラでもいいし、はたまたコンパクトデジタルカメラだってレンズ交換できないだけで、似たような機能は多くなっているので、それでもいいし。という、カメラ撮影のポイントを教えてくれる講座。風景写真というのもなかなかよいです。

 ということで、毎週見ている。前の企画ではスマートフォンとかタブレット端末についてやっていたのだった。所持してない者にとっては、基本的なところがわかって「あ、そうなってるのね」とわかるのでなかなか面白かった。

 考えてみると次第に総合テレビよりも Eテレに比重が移っているのではないかという、わが視聴スタンスかも。

4141897353中高年のためのらくらくデジタル塾 デジタル一眼レフで今森光彦と美しいにっぽんを撮る! (趣味工房シリーズ)
今森 光彦
NHK出版 2011-07-26

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nlizeリターン

 [ Twitter / @yukihiro_matz: 中学生Ruby教室。エラーメッセージの英語がネックに ... ]

@yukihiro_matz:

中学生Ruby教室。エラーメッセージの英語がネックになっている。

 [ Twitter / @gnue: Rubyってエラーメッセージをローカライゼーションす ... ]

@gnue:

Rubyってエラーメッセージをローカライゼーションする機能って持ってないのか

 そこで帰ってきた nlize ですよ、という話とは違うのかしらん?

 [ arton/nlize - GitHub ]

すみか Ruby: つらつらぐさ

nlize リターン(続): つらつらぐさ

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ブレイブワン

 恋人と散歩していたところを三人のチンピラに襲われて、結果恋人は死亡し、自分も重症をおいつつもなんとか回復した女性が、立ち直る過程の中で、街にあふれる迷惑もののチンピラら犯罪者にたいして制裁を加えていくことになるというお話。

 繊細な心の動きとか、相手の心のうちを見透かすかのような刑事とのやりとりとか、シンプルだけれどちょっと考えてしまうところもあったり。

 やがて、制裁を加えて殺害していくことに抵抗をあまり感じなくなっていく自分に怖さも感じていたりして、刑事は刑事でそれらの事件との関連を次第に疑いだしてというあたりで、さて行き着く結末はどうなるのかと不安な予想もいれながら見ていくことになるわけだ。

 結果的には映画的な落としどころをみつけたという終わりなのだけれど、まあこれはこれで悪くないかなと。もっと悪い終わりを予感していたりもしていたので、それよりはうまくまとまたという感じ。

 ジョディ・フォスター演じる女性の銃の使い方が急に上達してしまうのはちょっと無理があるけれど。

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ワーナー・ホーム・ビデオ 2010-04-21

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流行のダンシャリでしょうか

 [ BK1 またもサービス低下: 徹也 ]

 bk1 のトラックバック機能がなくなったらしいと、涼さんのところで知った。見てくると確かにそうらしい。

2011年8月16日をもって新規トラックバックの受付を終了とし、2011年8月30日に受付済みのトラックバックを削除させていただきます。何卒ご了承くださいませ。

 ただ、これが個別の商品ページのトラックバックの案内項目に書かれているだけというのは、いささかどうなのだろうとは思う。トップページを見ても、こうした仕様変更やサービス変更に伴う案内の告知ページへのリンクといったものがないし、「お知らせ」ページというのもなかったのだなと、あらためて思った。

 利用者が少ないといってもやはりきちんとリリースとして出すべきなんじゃなかろうかなと。

 また、どうやら過去のトラックバックもすべて削除してしまうようで、これはまた思い切ったことをという印象も。もっともトラックバックというのはそもそもの実装が駄目だったので、結局スパムの温床にしかならなかったことを思えば、とっととインターネット界隈から消してしまったほうがよいのではないか、とも思うので(極論)、なくすことに異論はないのだけれど。

 トラックバック以前にインターネットとはどういうもので、どうあるべきかということを理解せずに、「トラックバックポリシーを書け」だなどと啖呵を切るような御仁もみられたけれど、そういう意味からも、もはやなくなることは喜ばしいことではないかなと、個人的には。

 昔は bk1 も好きでたびたび利用していたのだけれど、今ではメール便の使い勝手の不満もあったり、もろもろでほとんど利用することもなくなってしまった。いろいろ大変なことは多いのだろうけれど、本当はよいサービスで頑張って欲しいのだけれどなあ。

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甲虫

カブトムシ


 全長は7cm くらいだったろうか。久しぶりに見た。というか、いるような場所に最近はいかないのもあるのだな。

 少し遊んでもらったあとで。

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圓の錬金術師

 中国の統一通貨「元」の誕生は日中戦争にあったのねと知り、さらにはいわゆる円マーク(¥)と同じもしくは類似のマークを使って表記しているので、日本人が中国に行くと勘違いすることがある、なんて話を聞く理由もなるほどとわかったのだった。NHK スペシャル「圓の戦争」。

 日本には資金がなかったのでそれをなんとかしようとまるで手品のように生まれたのが、現地中国の傀儡銀行との預け合い契約というものだったと。実際には預け合いといいつつも、日本円が実際に動くことはなく、現地銀行に膨大な紙幣を作らせてそれを軍の資金にしていたと。現地の人々は強制的にその紙幣を使うことを強いられていまだに嫌悪感をあらわにしていた。

 そうしてどんどん作るものだから価値はどんどん下がる。一日のうちにどんどん価値が下がり、食料すらまともに買えない状況に陥っていったとか。にも関わらず陸軍はさらに侵攻を深めてはあらたに預け合い契約を結び、いわば幻のような紙幣「圓」をつくり続けたと。

 一方でアメリカでの物資購入資金もないとなると、金での購入をし、その差益を隠し口座にプールして莫大な資金を内密に用意していたとか。もっともそれを FRB が嗅ぎつけていたというのも立派だけれど。

 そうした中国での事態を生んだ背景のひとつには、当時の中国には統一通貨というものがなく、1000 あまりにもなるそれぞれ独自の通貨が使われていたということもあったのだと。そこで「元」を作ることで、日本の「圓」を排除しようとしたらしい。そのため「えん」と発音が似ている「元(いぇん?)」にしたのだとか。

 実際財政的にもとうてい戦争など続けられるはずもなかったのに、巧みな錬金術でもって続けてしまったがために、いまだにその借金は残り続けているのだとか。およそ 400 億円あまり。しかも、当時のそうした銀行などはもはや存在しないので、どうするというあてもないまま借金だけは延々引きつがれているとか。

 この狡猾さはもっと他のところで生かされるべきだったのかなあ、などと。やはり、錬金術などというのは、夢、幻なのだと思い知るところ。

#少なくとも等価交換ではないな。

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アニプレックス 2009-08-26

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暗い鏡の中に


4488168078暗い鏡の中に (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ 駒月 雅子
東京創元社 2011-06-21

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 名作と名高いということで、天邪鬼としてはやや懐疑的な気持ちも持ちつつ、それでいて「幽霊の2/3」を読んだときのしてやられたという作者のうまさも知っていたので、楽しみつつ読み進めた。

 とある女学校である女性教師が赴任後ほどないというのに、理由も告げられずに解雇されるところから物語がはじまる。授業態度などには問題はないというのだが、「あなたはここの校風にあわないのです」という理由になりそうでならないことをいうだけで、なにがいけないとも、問題なのだともいおうとしない。それだけにいっそう理不尽に思えるし、不可解なはじまり。

 ところが、次第にそれは彼女がいるはずのない場所であいついで目撃されたということが理由となっているとわかりはじめるにつれて、物語はにわかにミステリではなく、サイコやホラーの様相をみせはじめるわけだ。

 たとえばそれは下で今みかけたのに、階段をあがって上にいったらそこでまた彼女を目撃したといった事象が多発していたというわけ。そのことをやんわりと問いただすと、自分はずっとどこそこにいてそんなところには行っていないというものだから、気味悪がられていく。あげく、校長の耳にはいるにおよび、悪いうわさがたつことを何よりも恐れることから明確な理由を告げないまま解雇するという決定にいたるのだった。

 彼女の同僚の恋人で精神科医でもあるベイジル・ウィリングはその話を聞いて奇妙に思い、なによりそのような意味不明で理不尽な理由で解雇されるのはおかしいのではということで調査にのりだす。そしてその奇妙な事象の数々を聞かされることになる。

 そしてついには、はるか遠くにいた彼女の手によって殺されたかに見えた死亡事件が起きるにいたって、はたしてそれは事件なのか、事故なのか、はたまた怪奇現象なのかという模糊とした様相を見せはじめる。はたして、物語はどのような決着を見せるのか。

 正直なところこの結末はややあいまいなので、恐らくはかなり読者を選ぶのではないかと思う。解説によると著名な作家の間では非常に高い評価をえていて、最高傑作との呼び声も高い作品ではあるのだが、やはり好みは大きくわかれるのではなかろうかと。個人的にはいまひとつすっきりしないので不満は残るものの、納得はできるところもあるので嫌ではないという、なんともすっきりしない読後感かもしれない。

 とはいえ、「はたしてどう落としてくれるのさ、マクロイ?」という面白みは存分に堪能したので満足ではあるのだけれど。過去に実際にあったという同様の事件を下地においているだけに余計に物語りに重みがある。さらに魔女裁判やドッペルゲンガーなどにも触れられて、舞台装置は必要十分というところ。

 加えて、マクロイの情景描写の妙がくっきりと場面を描いているので、世界が鮮明に見えてくる。流麗な文章でありながら堅苦しさやまどろっこしさといったものはなく、すっとしみこんでくるような描写はマクロイの妙でもあり、翻訳の妙でもまたあって、そのあたりも楽しみのひとつ。

 マクロイがどのような決着を用意したのかは、ぜひ実際に読んで判断を。決着としての好みは分かれるかもしれないけれど、物語全体としては確実に満足できることだけは請合える。多彩な作家マクロイの新たな一面に遭遇できるはず。


 実のところ、物語の展開そのものよりも、このあたりに深く納得したのだった。

十七世紀の魔女や魔法使いがなぜ告発された罪状をあっさり認め、自らの悪行を進んで事細かに語ったのか、ベイジルは初めて深く理解できた気がした。彼らの口を割らせたのは拷問だけではなかったのだ。たとえ恐ろしい処刑が待っていようとも、迫害者を震えあがらせることに喜びを感じたにちがいない。それが唯一の報復手段だったのだ。抱えている失望が大きければ大きいほど、自分には神秘的な力があると信じこみやすいのだろう。そのほうが、自分を野蛮な暴虐の無力な生け贄と見なすよりもずっと受け入れやすいのだから。魔女たちが決まって、自己の力を意識するための健全なはけ口を持たない者だったことは重要視すべきである。(P.159)





暗い鏡の中に
  • ヘレン・マクロイ
  • 東京創元社
  • 945円
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書評

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自制の力

 8 月 7 日放送の ETV 特集「ソルジェニーツィンと大統領たち」をようやく見た。共産党時代を含め、ソビエト崩壊後も少なからず影響を与えていた軌跡が大まかにまとまっていてなかなか興味深かった。というか、実のところそこで語られるさまざまな事柄が、それは今の日本のことか? と思ってしまいそうな、そんなことが多かったりもして、普遍的な社会のテーマなのかとあらためて実感したり。

 「消費の欲望を抑えること」「自制の力」が必要だと。物質的に豊かになりすぎてというのはあって、全体としたら消費行動はややおとなしめの時代が今かもしれないものの、全面的に否定もできないところというのは確かにあるような気がする。

 豊かさということとも関係してくるのだろうけれど、時々 10 年、20 年という間隔で話題が再燃するような。フロムとか、ガルブレイスとか。

 ソルジェニーツィン自身の言葉ではないけれど、「国威発揚よりも、国民の幸福が大切」とかもどこぞの国家がそろそろ気づいてよいのではないかとか。

「問題は言論の自由ではなく、言葉が権力に響かないこと。権力は自分たちに向けられる言葉など、痛くもかゆくもないのです」

 というソルジェニーツィンの妻の言葉は、まるっきり世界どこでも通じるようなものじゃなかろうか。今の日本の状況も。それは政府だけでなく、政治家全般にいえることではないかなと。どなたかが「国民が聞く耳をもたなくなった」といって辞任されたが、本当に聞く耳をもたないのは果たして誰なのか。そこがそもそもずれているのかもしれないなあ。

 などとつらつら思いながら見たのだった。

431400181X生きるということ
エーリッヒ・フロム 佐野 哲郎
紀伊國屋書店 1977-01

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4006031378ゆたかな社会 決定版 (岩波現代文庫)
J.K. ガルブレイス John Kenneth Galbraith
岩波書店 2006-10-17

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 暉峻さんの本がベストセラーになったのも、もう 20 年以上前か。

4004300851豊かさとは何か (岩波新書)
暉峻 淑子
岩波書店 1989-09-20

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 そういえば未読だった。新潮文庫は絶版なのかしらん。

4102132074収容所群島 1―1918-1956文学的考察 (新潮文庫 ソ 2-7)
アレクサンドル・ソルジェニーツィン 木村 浩
新潮社 1975-02

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行く夏

 36 度になった今日、15:00 前くらいからにわかに暗くなり、これは危ないのかという雲行きに。しばらくしてぽつぽつとあたりはじめたのが、次第に強くなって一気に暴風雨。強烈な西よりの風がうねるようにしてブオンブオンと吹きまくる。雨がさながら波頭のように路面を走っていく。

 あまりに強烈で、外は 21 度くらいまで冷えたらしいけれど(データ放送による)、室内はある程度閉めなくてはならない関係もありわずかに下がっただけ。一時間ほどで治まったので、その後はややひんやりだけれど、さてどこまで冷えてくれるのか。

 一時間あまりの嵐は今、東のほうに。雷もなかなかだったなあ。

 稲穂もちらほら見えるようになってきて、いよいよお盆という雰囲気かしらん。

 少しばかり激しすぎる雨ではあったけれど(昨夜もおとなしい雨が少し降った)、久しぶりにまとまった雨というところでは、まずまずよかったのかもしれない。できればもう少しおとなしめでお願いできるとうれしいのですが。

 そうこうしながら、少しずつ秋めいていくのだなあと。

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メール便の便は不便の便?

#いや、ゴロはあまりよくないけれど、まあ、そういう気持ちなんです。

 宅配業者などがメール便などという名称で、信書でない郵便の扱いをはじめたのはいつごろからだったろう。うまみがないということもあってか当初はヤマト運輸だけだったように思うけれど、今は佐川急便でもやっていたかと。ほかはよく知らない。

 で、郵便受けに入らない大きさ・形の荷物の扱いというのが、受け取る側からすると面倒。当初のヤマトメール便では、そのまま専用のポリ袋にいれてドアノブなどに下げて完了としていたのだったが、恐らくは郵便法の関係で指摘されたのか、基本はそれをしなくなってしまった。再配達を依頼したときに、そうしてもよいかという了承をとってからというのはしてくれる。

 そのあたりはまあ仕方ないかとも思う。これは郵便でも同じことではあるし。ただ、再配達のことを思うと、どうにも郵便に分がある。メール便ではその日の再配達は受け付けないし、翌日以降についても時間などの指定ができるわけではなく、基本的に「いつくるかわからないが、くるまで待っていなければならない」という状況に変化はないので。もちろん、先のように不在の場合に玄関先などにおいていってくださいという話にできるなら、必ずしもそうではないけれど、あくまで基本はそうなっているわけで。

 それならいっそ郵便のほうが、宅配などと同様、依頼した時間によって扱いは異なるけれど、その日の再配達を希望することも可能であるし、翌日以降であっても午前・午後などといった時間帯を指定することができるので、受け取る側の負担は少ないんじゃなかろうかと。

 いっそ、メール便と、それを使って荷物を発送する業者との間で、メール便で不在だった場合においてきてもよいというオプション選択ができるような取り組みをしてくれたら、受け取る側も便利なのだろうけれどねえ。無駄な再配達も減らせるし。

 たとえばファンケルであれば(これは宅配荷物ではあるけれど)置き場所指定というのを独自にやっていて、配達業者(今は郵便になったけれど、かつては日通)との独自の契約なのだろうけれど、在・不在の別なく指定された場所においてくることで配達完了としている。メール便でそれができないというわけではないんじゃないかなあと。

 以前に宅配のいろんなサービスで受け取りのためのサービスといっているのもあるが、結局それは受け取り側のメリットはあまりなくて、発送する側の利便性が優先されているんじゃないかなあ、といったことを書いたけれど、メール便もやはり同じ特徴を持ってしまっているんじゃないかなと、ふと思った。

 まあ、宅配業者がやっているんだから同じ論理になるのは無理もないけれど、もう少し受け取る側の不便を解消する方向を考えてもらわないと、利用するのが嫌になるのはあるんじゃないかな。

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樫の木モック

#その「オーク」ではないのだけれど。

 [ 2.11 → 4.0.0::ときどきの雑記帖 二束三文編 ]

 Ruby を使いはじめるまでは、ずっと AWK でテキスト処理するのが好きでした。仕事にも使っていたし。ことによるとまだ使われているのかもしれず。で、すっかりご無沙汰なので手持ちのバージョンはきっとずいぶん古いままのはず(確認したところ gawk3.0.3(MB 1.11)というのだった)。

 もちろん 256 倍本も持ってます。そしてまだ手軽に入手できるという話にちょっとした驚きも。

4756101623AWKを256倍使うための本 (Ascii 256倍)
志村 拓 鷲北 賢 西村 克信
ASCII 1993-08

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 当然こちらも愛読しましたよ。トッパンからのものが絶版になっていて、こちらから再刊されたのをすぐに入手した記憶が。

4901280406プログラミング言語AWK
Alfred V.Aho Brian W.Kernighan Peter J.Weinberger
シイエム・シイ 2001-03-01

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 そうしてそれも絶版となり、これが現在かなあ? まさかこれも絶版?

4775302493プログラミング言語AWK (新紀元社情報工学シリーズ)
P. J. ワインバーガー B. W. カーニハン Alfred V. Aho Peter J. Weinberger Brian W. Kernighan 足立 高徳 A. V. エイホ
新紀元社 2004-01

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 これも持ってる。

4900900583sed & awkプログラミング 改訂版
Dale Dougherty Arnold Robbins 福崎 俊博
オライリー・ジャパン 1997-10-01

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追記:08/12
 な、なんと。( 「プログラミング言語 AWK」::ときどきの雑記帖 転石編 ) なんとか生き延びているのね。

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「ティン・カップ」

 恋は盲目という映画。といってしまうとあっさりすぎるけれど、最後にはどうしても自分の生き方をゆずれなくて(我慢できなくて)突っ走ってしまって、自分としては「どうして我慢できなかったんだ」と悔やんでみせたりもするのだけれど、まあ、それでいいんじゃないのという。「優勝者の名前なんて覚えてないだろうけれど、あなたの 12 打は絶対に忘れられない」といった感じの台詞があって、まあ、そういうことってあるよねと。この台詞にこの映画のすべてがあるような感じかなあ。

 まあ、最後の展開はできすぎでもあるけれど、中途半端なそれではなくて、徹底したそれであったのを思うと、映画なんだしこのくらいあってもいいじゃないのと素直に思える。なんとなくわが事に重ねてみたりするわけでもある。

B00005HC7Cティン・カップ [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ 2000-04-21

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残暑

残暑


 立秋を過ぎたとはいえ、それは天文学的なもの。本来的な意味としても「秋の気配がたちはじめる頃」であって、急に秋になるわけではないし。季節としての夏は、まだまだ元気なのだ。

 とはいえ、”残暑”といっておけば、そのつらさもいくばくかは和らぐかもしれないというくらいのものかも。現実的には処暑を待たなければならないのだろうなあ。

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記憶の夏(2)

 NHK の原爆投下の情報を日本軍の情報部がとらえていたという番組。しかしそれが活かされることはなく、そんなことがあるわけないということだったのか、はたまた別の理由だったのかはわからないけれど、なんの警報も発せられることなく投下された。長崎でのそれは 5 時間という猶予があったにも関わらず。

 近くの飛行場で待機していたパイロットが、これが日本なのか、とすればまたこうしたことがおきるのではないですかね、といったことを言っていたのが重くのしかかる今年の日本。政治家や役人はこの意味と真剣に向き合って欲しいなあとも。

 日本でも原爆の開発を進めていたものの、断念していたとか。その理由がアメリカでも不可能だからやめることにしたという根拠のない理由であったとか。やはりなにかが狂っていたのかなとも。

 ニュースでは広島の小学校で若い世代の教師が原爆について教えることの難しさを取り上げていたけれど、教室でぐだぐだとやっているよりも、広島・長崎の資料館をまずは見ることなんじゃなかろうかと。そして、近年多数記録されるようになってきた被爆者の生の声を聞かせる。加えて、どのような経緯で戦争が起きていったのかといったところをきちんと教えるということ。

 昔から近現代史の教育はおろそかにされすぎてきたわけで、そのあたりをしっかり履行することがまずは大切なんじゃないかなあと。それが、上っ面の教科書の中のはなしで「戦争はよくないと思います」と言わせないための方法なんじゃないかなあと。

 今年も NHK ではいくつかのこうした番組が予定されているようで、興味深いところではあるのだけれど、もう本当に証言をとれる最後になっているのだと思うと、いささか残念な気持ちもしないではないあな。

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記憶の夏

 今年もやっぱり暑い夏がきた。朝夕には、時折秋めいた涼しい風が吹いたりもするものの、基本、なんというかぎらぎらした夏がやっぱりくる。夏の陽射しと、騒がしいくらいの蝉の声と、青い空に白い入道雲。いかにも夏という風景の中、日本人がリンとする季節でもあるかなと。

 たださんの影響でこうの史代という人を知って、なるほどと思っているものの、まだ読んでないという体たらく。それでもかつて放送されたラジオドラマは聴く機会をもてたし、そういうこともあってドラマ「この世界の片隅に」も見てみた。総じていえば悪くなかったかと。演技はさほど上手とはいえないのだけれど、かえってのんびりした雰囲気にはあっていたのではなかろうかと。

 NHK ではこの夏もあれこれと特集番組を用意している様子。もはや最後のあがきなのかもしれないけれど、負の記憶こそは大切に記録しておくべきなのかもしれない。民放ではドラマが多いのかな。

 ということで、わたしとしては「二年2組はヒヨコのクラス」あたりを再読してみようかなと思うところ。いや、さっさとこうのさんの作品を読むようにしなくてはなあ。

4575297445夕凪の街桜の国
こうの 史代
双葉社 2004-10-12

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4575941468この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)
こうの 史代
双葉社 2008-01-12

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 ないんだよねえ、もう。

B000J7BWFQ二年2組はヒヨコのクラス (1983年) (理論社名作の愛蔵版)
山下 夕美子 長 新太
理論社 1983-10

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「草食男子の落とし方」

 物語としては普通に楽しめたのだけれど、この邦題はないなあと。主人公の男性は別に女性や恋愛に消極的なわけではなくて、むしろ積極的なほうだし。プレイボーイというわけではないけれど。

 高校生時代に隣に座った女の子に手紙を渡したりしていたけれど、返事がなかったので駄目かと思っていた 20 年後、ちょっとした作家として名前が売れて母校で講演をすることになって帰省。卒業アルバムを見ていたらその彼女からの「電話して」というメッセージを見つけて電話しちゃうわけだし。

 母校での打ち合わせでは、在校生の女子生徒からアプローチされてもそれなりにあしらいつつ、やや巻き込まれてしまったりはするけれど。

 主人公が書いた小説という形で引き合いにだしながら、実際の物語を展開させていくところはそれなりに面白いし、まあまあかなとは思うのだけれど。いわゆる時代の空気を読みすぎて、奇妙なタイトルにしてしまったという感が。

 せっかくウィノナ・ライダー出ているのになあ、などと思いつつ。

 いい加減、目先の利益を追っただけのようなこうしたタイトルをつけるのはやめたほうがよいのではないかと。

B004V1XHLI草食男子の落とし方 [DVD]
アース・スターエンターテイメント 2011-05-27

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「運がついてくる」

 しばらく前から流れている宝くじの CM で「近頃、運がついてきていると思ったら」とかいうのがあるのだけれど、どうもこれが気になって仕方ない。もちろん宝くじを買おうかどうしようかではなくて、「運がついてきた」という表現が。

 そもそも運というのは良いとか悪いとかいうものなのは間違いないとは思う。「このごろなんだかツイてるんだよね」といった表現はある。ただ、これは運が良い状態のことを「ツイている」というのであって、「運がツイている」というのは奇妙な表現だと思うのだけれど。

 どうしてもというのならば「いよいよ運が向いてきたな」というのはあると思う。ゆえに運というのはツイてくるものではないので奇妙な気持ち悪さが残ってしまう。言葉遊びとしての面白さはあるのだけれど。

 もっとも「不幸がついて回る」といった表現はあるようにも思うので、まんざらおかしいということでもないのか、とも思ったりはするのだけれど。

 借金とかストーカーでないなら、まあよしということかしらん。

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Jusqu' A Toi

 なにやらついてないアメリカ人の若者がなぜかコーラの懸賞にあたってパリ旅行。ところが到着するとトランクは行方不明。やむなく安宿(?)に宿泊するも奇妙な宿。荷物がまったくなかったのでとチップを渡さなかったことや、翌朝掃除しようとしたのを拒否された(在室なのに許可ももとめずに掃除しはじめるというのもどうかとは思うけど)のに腹をたてて、一切のサービスをしないと公言。

 たまたま同じころ仕事帰りに荷物がなくなってしまったフランス人の女の子。帰宅すると隣人がトランクがきたから受け取っといたわよというのだけれど、自分のものではないトランク。電話して間違っているといいたいのだけれど電話したり他人と話すのが苦手なのでどうしても電話できない。で、あろうことかトランクを開けてしまう。中身は男ものと思われる荷物。

 たまたまはいっていたマルケスの「百年の孤独」を見て愛読書なのだと勘違いし、運命の人に違いないと妄想をはじめる。荷物をどんどん出しては妄想にふける彼女。シャツを着てみたりパンツをはいてみたり。少しばかり、いやかなり危ない感じも。

 気がつけばすっかり見ず知らずの荷物の持ち主に恋しているという状況に。

 しばらくしてようやく持ち主への連絡がとれて返さなくてはならないという段になって、荷物のなかのカメラに自らを写しておいたり、メッセージを入れたり。なにも知らずに荷物を持って早々とアメリカに戻った若者は恋人とよりを戻せそうになったものの、恋人がたまたまその写真を見て勘違い。パリに女ができたと。

 パリの女の子のメッセージを翻訳した彼は、ふたたびパリへ。これはうまくいくのかと思わせておきながら、さてどこに落ち着くのかと二転三転。

 なによりも妄想中の女の子がとてもかわいい。二転三転させておいて、それでもという結末はなかなかホッとさせてくれて見終わった感じもさわやか。男性が二度目にパリに行ったときにも同じホテルに宿泊するのに、今度は妙に親切で、あれはいったいなんだったのかと思うところとか、なんとも不思議な面もある映画。

 邦題は確かにそういうことなのだけれど、それはやっぱりすべてのネタばらしになってしまうし、もう少しつけようがあったのではないかなとは思わないでもない。原題のままを少しだけ分かりやすくする程度でもよかったのではないかなとは。まあ、そうすると似たようなものかもしれないけれど。Jusqu' A Toi ってなかなかいい感じなのになあと。

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アース・スターエンターテイメント 2011-04-22

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メラニー・ロラン - Wikipedia

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雨にもめげず

 [ 【PC Watch】 マウスコンピューター、飯山工場でPC組み立て教室レポート ~20組の小学校6年生の親子が参加 ]

 うーむ、子供というのはかくもいろいろと特権を持っているものであると感じざるを得ないこのごろ。そこそのスペックのノート PC を安く組み立てられる体験なんて。富士通とかでもやっているけれど、これはこれでいい企画だなあと。

 とはいえ、

「今日参加するまでにマウスコンピューターを知っていた人」と挙手を求めたところ、手が挙がった子供は約3割ほど。

 というのはまあ仕方ないのか。恐らく大人でも知らない人があったり、まして長野県飯山市に工場がなんて。飯山電機のことを知っている大人はある程度いるかもしれないかなあ。

 お土産のかりんとうは米持製菓のものではなかろうかと。工場見学頼んでみようかしらん。

 そして雨の訳ありセールに行列とは恐れ入りました。とはいえタイムセールは 14:00 からというのに 07:30 から並んでいて得はあったのだろうかとも。抽選となっていたように思うのだけれど。買う予定もないので結局行かなかったけれど、行ってもこれでは難しかったかもしれないなあ。

 地元企業が元気になってもらうのはうれしいので、継続して欲しいなと。

#今度はタブレットも安くしてくれないかなあ、などと。

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TSNETスクリプト通信第13号でました

 [ TSNETスクリプト通信第13号 - TSNETWiki on TextWorld ]

 TSNETスクリプト通信第13号でました。お疲れ様でした。このところなにもしてなくて申し訳ありません。

 巻頭言にあるように Yさ さんの AWK ゲームスクリプトでは、コンピュータの思考ルーチンについての言及があってなるほどと。すこしずつこうして解説が増えてくるとまた面白いし、参考になるのだろうなと思いつつ読みました。昨年載せていただいた「点取り虫ゲーム Ruby/Tk 版」では、とてもそうしたところまで考える余力も知識もなく、といってなにか決めなくてはならないということで、点取りゲームなのだから一番大きい数字を取りにいくことにしようと決めてしまったのでした。

 海鳥さんの漫画もとうとうストックが切れてしまったということで残念ですが、なにやらまとめてみたいなあというお声があるようなのでそれはそれで楽しみです。

 同じく巻頭言によれば「やっぱ Python だよね」みたいな声が聞こえてきたというので、せっかく機械さんの連載があるのだからふりかえって復習してみるというのもひとつなのかとも思ったり。(いや、そもそも Ruby すらまだおぼつかないところばかりというのにという声もある)

 便利なハードが増えている昨今。それでも自分がこうしたいという欲求に必ずしも応えてくれていない場合に、自分でそこを補えるというのは確かに醍醐味なのだなと思える iPodTouch との連携。今も昔も趣味人というのはそうした作業が好きなんですよね。

 ときどき「スクリプト通信」で検索されている方があるようなので、もしも未参加の方であるならば次号あたりから参加していただくというのもうれしいかもしれませんね。

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