天翔る少女 新訳版
![]() | 天翔る少女【新訳版】 (創元SF文庫) R・A・ハインライン 赤尾 秀子:訳 東京創元社 2011-04-28 by G-Tools |
本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。
誤解を恐れずに正直に言ってしまえば、「これはハインラインの遺作なのか?」と。そう思ってしまうくらいに物語は尻切れトンボだ。けれども、決して遺作ではないし、結末についてはいくつかバージョンを持って書かれた作品らしい。
火星生まれの主人公ポディが、金星・地球を回ってくるという旅行に出るというのが、物語の主軸なのだけれど、実際には金星にしばらくとどまり、そこで物語が終わってしまう。それも唐突なくらいに急展開した物語によって、あまりに意外すぎる結末で終わる。まずもって全体としてそれが中途半端すぎる。
途中の磁気嵐のくだりもやや奇妙な内容ではあるのだが、それは赤ん坊をどうこうしてというところというよりは、基本的な磁気嵐対策がやや奇妙。もちろん、このあたりは時代の古さによるところも大きいかとは思うので、まあ仕方ないのかと思わないでもない。
ポディが遭遇する数々の面倒についてとかは、軽快な感じでジュブナイル然として、そこそ楽しめる。そう、中盤 200 ページあまりまでは、物語は十分にきちんとしているし、少女の宇宙冒険譚としてジュブナイルの体をなしているといえるし、細部にあまりこだわらなければ楽しんで読める。が、その先の金星に到着したあたりからなにやら様子がおかしくなってくる。
そして、事態や様子がよくわからないまま奇妙な展開になってしまい、あれよあれよという間に物語が収束してしまう。正直いって細かな説明というか、物語の展開をなるほどと理解し納得できるようなことは一向に書かれていない。ジュブナイルにしなくてはならないというような事情があったとか、いろいろ解説で説明されてはいるのだけれど、あまりに中途半端なままでやっつけで終わりにしてしまったまま発表されたといってもよいくらいな印象で、少々残念な思いが残ってしまう。
設定そのものはとても魅力的なのだ。年代は明示されていないものの、火星に移民が行われて相当の時代が経ているようで、すでに現火星人は滅亡しているし、地球で人類が生まれたと考えるのには無理があるという概念があったり。地球にもあふれるほどの人間が住んでいるらしいが、重力その他を思うと、とても人間が住む場所ではないという考え方もあったり。世界観としては、なかなかにおもしろそうな下地はあっただけに、なんとも残念。
時代を思わせるという意味では、所持品に計算尺があったりして、さすがに古さを隠せない。まあ、そんな細々したところを除けばさほど古さを感じないあたりは、ハインラインお見事という感じでもあるのだけれど。
いずれにしても、これをどう評価すればよいのかは難しいところで、おそらくかなり両極端に意見はわかれるのではなかろうかと。結末そのものが悪いということではないのだけれど、いかんせんこの中途半端感はどうにもできない。天翔るともいいがたいし(もちろん原題は違うので、邦題にやや無理があるわけなのだけれど)。とはいえ、ネタバレしてしまっては面白みがまったくないので、ぜひとも読んで実体験していただくのがよいのではないかと。まあ、こんな感想などまったく読まずに読むほうがはるかによいのは、間違いないですが。
ジュブナイルの体をなしているとは言ったけれど、正直、子供向けというよりは、大人向けのジュブナイルとでも思うほうが、より適切なのかもしれません。
同じ「少女」でも、このごろ出版されたこちらのほうが、なかなか面白そうなのだよね。
![]() | ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF) パオロ・バチガルピ 鈴木康士 早川書房 2011-05-20 by G-Tools |
もっとも、「ねじまき」といったら、やはりこれかなと。
![]() | ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫) 村上 春樹 新潮社 1997-09 by G-Tools |

天翔る少女【新訳版】
- R・A・ハインライン
- 東京創元社
- 861円
書評

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