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まるまる糸井重里

 出るよ、ということも知っていたし、出たよ、ということも知っていたものの、だからといって特別いいかなあと思っていたのだけれど、なにやら「いいよ~、いいよ~」という見えない圧力が襲ってきて、さらには「買うなら今です」とかでてきてしまい、ちょうどギフトとか届いたのだったなあとか、送料無料であったかとか、もろもろ考えてつい買ってしまったのだった。「BRUTUS 4/15号」。

 その「いいよ~」の誘惑は、

 [ 「のり巻きとBRUTUS 糸井さん特集」社風はぐくみプロジェクト6|北欧雑貨、北欧食器のネットショップ | 北欧、暮らしの道具店のブログ ]

 であるとか、

 [ あったかい気持ち - いつかの昨日 ]

 であるとか、さらには、

 [ Twitter / @糸井 重里: 本望です。どんだけうれしいか‥‥。@smashmed ... ]

 であるとか。

 まんまとはめられてしまいましたよ。でもまあ、なかなかいい言葉たちが詰まっていて、よかったです。「ブルータス」を買ったのは初めてかもしれない。まあ、いつも目にはしていたわけなんですが(過去においては)。それにしても週刊誌にしても月刊誌にしても、号数はできるだけ先付けにしてというのが強いのですが、これは意外なくらいに直近なのだなと、ちょっと驚いた。確かにこれでは基本すぐ入れ替え返品になるだろうなあ。残ったとしても。

 まさに、「買うなら今」という糸井さんの声にも後押しされる形での購入だったのだけれど、実際雑誌ということからも基本、今買うしかないというのはあるのだよね。

 ということで、いくつか目に止まったところをクリップ。(必ずしも糸井さんの言ではないですけれど)

昔からある言い方だけど、石仏を彫る人が「石の中に仏様はいて、周りの石をどかして、出してあげるだけなんだよ」って言うじゃない。それって見事な言い方でさ、あるクルマを開発した人がいて、あるクルマの広告をやる時には、彫ると見えてくる、伝わる何かがあると信じたいんだけど、オレが今広告をやっていない理由って、「それがねぇじゃねぇか」ってことなんだよね。つまり石仏が出てこない。(P.34-35)
仕事に関して過去の話をしないのは、「俺、そんなのとっくに卒業しちゃったんだ」って利口ぶりたいだけなんですよ。過去を振り返るのはあまり嬉しいことじゃないかもしれないけど、今があるのは過去に何かしたからだっていうことをまずは知ることが必要なんじゃないかと思う。(P.36)
 「前例がないからダメだ」と言ってしまうのは莫迦ですが、過去をないがしろにするのもまた愚かです。


よく「夢を持った方がいい」って言う人がいますが、僕は信用してないんですよ。つまり、そういうこと言ってる人は、ずっとそういうこと言ってると思うんです。こういうこと言うと嫌われるんですけどね。見返りがないのにやってて、それを面白がれるっていうのが何よりです。(P.36)

 何事にも期待しない、見返りを求めないというのは大事なことなのかもしれないなと「大河の一滴」など思いだしつつ。


岩田:そうじゃなくて、ある答えをいったん見つけてしまうと頭の中でその回路がつながってうまく動いてしまうので、それ以外のもっといい方法、あるいは「変な」方法が見えなくなるんですよ。それは、ゲームで育ち、ゲームに詳しくて、ゲームを作りながらたくさんの問題を解決してきた人ほど、そういう状態に陥りやすいと思います。その解決方法が定石であればあるほど、すでに過去に見たことがあるものだから、お客さんにとっては驚きがない。つまり、解決はするけど、普通。(P.43)

 新鮮味が失われていくというのは、そういうことかなと。


こういう付き合いがないと、僕らの商品に対して文句言ってる人とか、無関心な人にばかり目が行っちゃって、どうしてちゃんと見てくれないんだろうという気持ちばかりになってしまう。実は喜んでくれているお客さんがたくさんいるのに、そこが見えなくなっちゃうんですよね。(P.55)

高橋:確かにね。正直、サンデルがやっている問題は、結局どれも正解がないってことが明らかになるだけなんだよね。でもサンデルは、正解がないよって言いつつ、「本当はこれなんだよね」っていう感じを匂わせている。そこがおかしいなって思うところなんだよ。(P.62)
 実のところ、サンデル教授の授業にはあまり好意をもっていないわたしです。


一般的な社長取材の記事みたいなのがつまらないのは、自分がよく見えることの材料が全部整っていて、それが順番に出てくるだけだからなんです。(P.64)

でも、日本人は夢中になっていても、自分は夢中になっていると思っていない。いちばん好きなことと、いちばん対話していない。例えば、日本人の子供が砂場で泥んこ遊びしている時、「泥んこ遊びは楽しい?」って聞かれたら、「なにを聞かれてるんだろう」ってなる。アメリカ人の子供だったら、「ボクは泥んこ遊びが大好きさ!」ですよ。(P.64)
 「面白い?」って尋ねて、「面白い」と答えると、「どこが(どんなふうに)面白い?」と尋ねる大人がいるのだけれど、それも同様だよね。無意味だ。


「ほぼ日」を始めてすぐの時に、遅くまで仕事したりするから、「近所に寮とかあるといいんだけどね」って普通に言ったら、「寮でもまだ仕事させるでしょ」って先輩の社長に言われたの。「そんなことしちゃダメだよ」って。その通りだと思って、その言葉は深く胸に刻んだ。ある時代に育った人は、なにかを作る方法は、”捧げる”しかないって思いがちで。もしかしたら俺もそうなっていたかもしれない。(P.65)

俺は、俺の生きやすい世の中を作りたいんです。この説明は本当に便利で、俺が生きやすい世の中って、案外、みんなが生きやすいと思うんだよね。俺、いじめないしね(笑)。それから自慢そうな人が威張ったりすると「ちょっとどいてろよ」って言うしね。多くの人たちが力を発揮し合えた方がいいじゃないって人が増えたら、お互いに楽じゃないですか。でも、すごく悪いやつが攻め込んだ時に、俺は負けると思うよ。でも、それはしょうがないと思う。全部は取れないんで。だから、マッチョな部分はどんどん減らしていくしかないんです。(P.77)

 ブルータスってこんな薄い雑誌だったっけ? とか思ったけれど、まあそれはかなり昔のイメージしかもっていないからで、今はこんなものなんだろうなと。ふと、「まるまる新井素子」とか思い出したけれど、あのボリュームと比べちゃいけないというのはあるにせよ、まあ、「まるまる糸井重里」といった雰囲気はある今回のブルータスだったよねと。

B004SBIHH0BRUTUS (ブルータス) 2011年 4/15号 [雑誌]
マガジンハウス 2011-04-01

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