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布石

 [ 信濃毎日新聞[信毎web] 「信濃の国」薄れる存在感 全校児童で歌う機会ない87% ]

 歴史的な経緯はともかくとして(いや、それを知ればそれはそれでジーンとくるものではあるのだけれど)、実に溌剌とした元気あふれる歌で、県歌として十分誇っていい歌だと思うし、学校でも歌えばいいのにと思う。実際、自分が小学生のころはよく歌っていたような。

 理由として「歌詞が難しい」というのがあるというのだけれど、自分のことで考えても歌詞の意味なんてきっちり考えて歌ってなどいなかったし、歌詞をわざわざ解説して教えるようなこともなかったような気がする。だから、よくあるような思い込みによる勘違い(重いコンダラみたいなものね)もあったような気がする。

 ただ、それはそれでなんら問題なくて、子供のころに必要であろうとなかろうと、とにかくいろんなことを覚えておくことは後々に思わぬ形で役立つものなのにと。そんなことを言ったら歴史の年号だの、円周率だの、平方根だのは覚える意味もないし、教える必要性もなくなってしまうでないの。と、やや極論ながら思ってしまうくらい。

 歌というのは便利なもので、なにかしながらでも歌えるわけなのだから、ながらで覚えておいてもよいわけだし、教えようなどと構えずともことあるごとに流していたりするだけでも十分なんじゃないかとも思う。全部を通しで歌わなくてもよいとも思うし。もちろん転調するところがあることは知っているべきだけれど。

 一見、無駄に思えることなんてたくさんあって、そんなことをいえばまさに学校で学んだことなんて、社会で役にたっているんだろうかと思う人は多いはず。けれど、場面や形は違えども、何かしらでそれが役立っていることはたくさんあるのだから、とにかくいろんなものに触れさせておくってことは大事なことなんじゃないかなあ。

 時間がない、という理由には同情するものもあるけれど、それこそながらでもよいのだと思うし。掃除の時間、休職の時間、などに流しておいたり、音楽の時間に一番だけ歌っておくとかだっていいだろうし、あとは手元に歌詞があれば、放っておいても興味がむけば歌い始めるものだと思うよ。子供って。

 などと、少しさみしく思うのであった。

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2010年現在の主な抗リウマチ薬

 2010年現在において主要な抗リウマチ薬は、次のようなもの。概ね段階的に効果を見極めて使われるという状況。(2008 年のものに 2010 年に承認されたオレンシアを追加。基本的に 2008 年のものと同じ)

ブシラミン(リマチル)
日本生まれであるのが特徴。効果はやや弱い感もあるが、最初に処方されることも多い様子。

メトトレキサート MTX(リウマトレックス)
最大 8mg/週 を最大 3 回に分けて集中して処方するパルス療法がとられる。 1 回ごとに 12 時間の間隔を空ける。たとえば、月曜の朝、夜、火曜の朝といった具合。欧米並みに 15mg/週くらいまで最大量を増やすべきではないかという意見もある。基本としていきなり処方できないのでリマチル処方後というパターンが多いかも。
葉酸の働きを抑えるので健康食品などの摂取には要注意。

生物学的製剤
エタネルセプト(エンブレル)
TNF-α 阻害薬。炎症のもとのひとつであるサイトカイン TNF-α を阻害して、炎症を抑える。週 2 回の皮下注射。訓練を受けた後に家庭において自己注射が可能。

インフリキシマブ(レミケード)
TNF-α 阻害薬。原則 8 週間に一度の点滴。はじめの 3 回のみ変則で、 2 週間後に 2 回目、その 4 週間後に 3 回目、その後は 8 週間ごとに。点滴時間はおおむね 2 時間。

トシリズマブ(アクテムラ)
2008 年から使用できるようになった IL-6 阻害薬。サイトカインをターゲットとしている点は前二者と同じだが、インターロイキン6( IL-6 )という異なるサイトカインをターゲットとしている。このため、あまり効果がみられなかった患者に対しての有効性が期待される。 4 週間に一度の点滴。時間はおおむね 1 時間程度。

アダリムマブ(ヒュミラ)
2008 年から使用できるようになった TNF-α阻害薬。皮下注射。

アバタセプト(オレンシア)
2010 年から使用できるようになった。これまでのサイトカインを阻害するものとは異なり、 T 細胞の働きを抑えるもの。点滴による投与で、3 回目までは 2 週間間隔。以降は 4 週間間隔。

 いずれにおいても炎症を抑え、異常に活発化した免疫を抑制する働きをするため、風邪をはじめとした感染症への罹患に通常以上に注意をする必要がある。少しでもそられの兆候があれば担当の医師に相談し適切な治療をすることが望ましい。

 また、治療にあたっては結核の罹患経験の有無など感染症への対策が十分になされるので、それらに注意すれば決して危険な薬ではない。どのような薬にも副作用はあるもので、それを十分に把握したうえで適切に使用されることがもっとも大切なこと。いたずらに風評に惑わされることはない。

 現在も治験が行われている薬も多数あり、新薬承認のプロセスも優先的に行われているゆえ、数年間隔程度に新薬が使用できる可能性も十分にある。現状の薬が十分な効果をあげなくても、さらなる希望があるということを忘れずに治療に取り組むことが肝要かと。

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2010-2011の黒豆一号

2010kuromame


 2010 年暮れの黒豆。まずまず。煮方は基本、土井式。とはいえ、分量はやや、その時々。

 作り方は、以下参照で。

 黒豆を煮る: つらつらぐさ
 本家の黒豆をはじめて見る: つらつらぐさ

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点取り虫ゲームRuby/Tk版

 点取り虫ゲームはこんなゲーム。テスト用のデモ。

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TSNETスクリプト通信第11号でました

 [ TSNETスクリプト通信第11号 - TSNETWiki on TextWorld ]

 TSNET スクリプト通信第 11 号がでました。お疲れ様でした。

 今回は投稿させていただきました。昔、月刊アスキーに掲載された N-BASIC プログラムの「点取り虫ゲーム」を今風に簡単にやってみたくて Ruby/Tk で書いてみたものです。あれこれしているうちになんだか巨大になってしまったのがなんともですが。さらに、「リファクタリング:Rubyエディション」の影響を受けすぎているのが歴然で、これまた少し恥ずかしいようでもあり、それもまた一里塚と思うことにしようと慰めてみたり。

 なんだかスマートじゃないような気がするところもあるのですが、まあそれはそれということで。

 タイミング的には 3 年前の Ruby1.9.0 リリースを思い出したり。

 雪は降ったけれど、このあたりの平地はさほどではないので路面はすっかり融けているという 12/25 。寒さだけはひしひしと。あったかくして読ませていただきます。

4048678841リファクタリング:Rubyエディション
Jay Fields Shane Harvie Martin Fowler Kent Beck 長尾 高弘
アスキー・メディアワークス 2010-02-27

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数ペック

 ドラマ「SPEC」は視聴率が悪かったということだそうで、なにやら「映画化なんてしない」ということらしいですが、終わり方を見る限りでは、当初から映画化して続けるという腹積もりがあったのは間違いないのだろうな、などと想像したりします。まあ、わりと好きなドラマだったのですが、いまひとつまとまりにかけてしまったのかという印象はあって、構図も広げすぎて収拾がつかなかったようにも。あとはどう上を説得して映画にするか、なのでしょうけれど。

 それはともかく。この手のドラマはいろいろネタが隠されていて、画面に見えるものだけでもそれは面白いのですが、ふと妄想を膨らませるとついついあれこれそれが進んでしまうという困ったところも。で、どうも思わせぶりな名前が多かったわけなんですね。瀬文とか当麻とか一とか。

 で、ふとこんなことを妄想してみたわけですよ。

 瀬文 焚流(せぶみ たける) ==> せぶん ==> 7
 当麻 紗綾(とうま さや) ==> とう(ま) ==> 10
 一 十一(にのまえ じゅういち) ==> 1
 冷泉 俊明(れいせん としあき) ==> れい(せん) ==> 0
 志村 美鈴(しむら みれい) ==> し(むら) ==> 4

 なんだか、能力者は数字と関連させた名前をつけていたのではないのか? などという。

 ところが、どうも他の能力者等を見るとそういう感じがないのですね。

 海野 亮太(うんの りょうた)
 地居 聖(ちい さとし)
 津田 助広(つだ すけひろ)
 野々村 光太郎(ののむら こうたろう)
 脇 智宏(わき ちひろ)
 桂 小次郎(かつら こじろう)
 林 実(はやし みのる)
 古戸 久子(ふると ひさこ)
 星 慧(ほし さとり)

 強いていえば、古戸 久子を「久 ==> 9」とできなくもないものの、ここまでは苗字だったのでやや無理があるなと。

 ドラマのサイトを見たり、少し検索してみてもそういう話題はないようなので、まあ実際そういう意図はなかったということなのでしょう。しかし、面白そうなレトリックになったのではないかな、などと。

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スキャナ原稿台の内側を掃除

 スキャナのガラス面(本当にガラスなのかはわからないのだけれど)の内側が曇ってしまっていて、なにをスキャンしても紗をかけたような感じで薄い感じになってしまうので、思い切って掃除をする。メーカーサイトを見ると、表側、原稿を載せる側はユーザーによる掃除を認めているし、ときどき掃除してね的な案内を載せているのだけれど、内側は修理依頼になりますとのこと。

 それでいて、手持ちの機種は古いためすでに修理対象外ということで、それなら臆することもなかろうとあけてしまうことにする。見れば、なんのことはないネジ2本で止まっているだけ。もちろん、一応注意をはらって開けてみたけれど、これといってケーブルが邪魔するとかいうこともなく、あっさりと取り外すことができた。

 柔らかいタオルにお湯を少しつけて軽く拭いてやるとすっきりとして、その後乾いたもので水分をふき取っておく。何度か繰り返すと見違えるようになった。

 試しにスキャンしてみると、くっきりとして文字の黒さなども際立っている。以前取り込んだ同じものと比べるとその差は歴然。しかし、これならばもう少し早めにやっておけばよかった。

 もちろん、不用意にほこりなどを内部に入れてしまわないように注意は必要なのだろうけれど、それなりに準備して、配慮して行えばどうということはないのではないかとも。

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包む美

 [ 不器用な毛唐どもが日本の店員がする贈り物のラッピング技術にビビる ]
 ときどきの雑記帖 めぐりあい電脳空間篇 経由

一応あの包み方できるけど(バイトで覚えた)、ピシッと決めるのはなかなか難しかったり。

 わたしも一応できるのですが、やっぱり経験が不足しすぎていて、スピードとできばえは残念なレベルです。やっぱり数をこなさないと。

 日本にはこうした「包む文化」があって、芸術の域に達しているのに、それが時にまったくの生活レベルで実用されていたりもして、そのあたりがとても美しいのですよね。むかし、「美の壺」でもやっていたような記憶が。

 さりげなく、迷うことなく、ささっと包めたら美しいですよねえ。

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カビを防いで快適生活


4779005752カビを防いで快適生活
吉田 政司
幻冬舎ルネッサンス 2010-10-30

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 近年はインフルエンザや口蹄疫、ノロウィルスなど、人に直接関わると関わらざるとを問わず、微生物に関するニュースも多いもの。人々の衛生に対する関心もたかまっているとはいえ、きちんとそれが理解され実行されているかというと、あいまいな理解であったり、忙しさや面倒さにかまけておろそかにされてしまっていることも多いもの。テレビ番組などでも何度となくそうした話題は出るものの、結局そのときだけで忘れてしまうことも多いことを思えば、手元にあっていつでも確認できる書籍、それも比較的簡易に書かれた手軽なものは便利に使えるかもしれない。

 そんな参考のひとつになるのが本書かも。カビ対策の仕事を長年続けてきたという著者がカビ対策に関して集中して説明されている。さほど深くはないが、十分にして広いというのが印象。決して悪い意味ではない。各家庭において日常的なカビ対策をするうえで必要なごく基礎的な部分について、コンパクトにまとまっているという点では必要十分。

 カビの取り除き方、そして防ぎ方を簡易に説明されていて、家庭のさまざまな場所に応じた説明もなされているのでわかりやすい。逆に非常にコンパクトにまとまっているために、やや物足りなさを覚えることもないわけではないけれど、それはこの本の目的の範囲外と判断して、他の書籍にあたればよいこと。

 市販のカビ取り剤などの使い方などについても触れていて、ありがちなプロの専門用具礼賛ということでもなく、また一方で潔癖すぎるのは微生物環境としてよろしくないのだという指摘もきちんとあるあたりは好感がもてる。

 もっともはじめのほうで、カビの防除において必要なことのうち、湿度と温度はコントロール可能だが、栄養と酸素はコントロール不可としているのだけれど、酸素はともかく栄養に関してはある程度可能なのではないかとは思う。日々の掃除に気をつけることで栄養のコントロールは完全ではないとしても可能な範囲にはあるはずだ。風呂場にしろ、トイレや台所にしろ、「使ったら洗う。洗ったら拭く」を毎日の日課にできるようにすることで、栄養となる汚れは減らせる。もちろん、習慣にするまでは大変ではあるけれど。

 追加でお薦めするのは湿度計を家のあちこちに置くということか。ひとめで様子がわかれば換気への意識も変わろうというもの。換気扇にも働いてもらう。

 巻末の Q&A で「重曹や酢酸」についての質問で、

重曹や酢酸、クエン酸などは、よりナチュラルな暮らしを志向する人たちに人気が高いお掃除アイテムのようですが、カビ退治に有効か、どうか・・・。除カビできると言っている人も少なくないようなので、それを否定はしません。

しかし、専門業者(プロ)は使わない、とだけは申し上げておきましょう。

 と回答されている。カビを取り除けると言っている話は、少なくともわたしは知らないけれど(汚れを落とすという意味においての重曹の効果を言うのであれば、それは除くとして)、どちらかというと酢酸・クエン酸が掃除後の細菌の繁殖を防ぐ効果というのは、少なからずあるはずでは、とは思う。著者流に言えば、「除カビ」ではなく「防カビ」においては。

 重曹は油汚れを落とすなど掃除には有効なのは間違いありませんが、カビに効くというわけではないし、そういうことを謳っている人も聞いたことがありません。このあたりはやや不十分な、恣意的なものを感じてしまった部分でもあります。

 本書では簡単に触れられているだけですが、カビはどんなものにも繁殖するといって過言ではありません。そうしたさらに詳しい入門的な読み物として「微生物の話 ワインからコンピュータまで」(井上真由美、アグネ)などはお薦めです(入手困難ではありますが)。

 時節はまさに年末の大掃除ということもあり、参考になる部分も多くありそうか。もちろん、いきなりすべてをと思っても疲れてしまうだけなので、これを機会に少しずつ意識を変えてみるきっかけとしても有用かも。

4750706183微生物の話―ワインからコンピュータまで (アグネブックス)
井上 真由美
アグネ 1982-01

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カビを防いで快適生活
  • 吉田政司
  • 幻冬舎ルネッサンス
  • 1260円
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書評

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メモ:NHK?な時に開きたい

 [ 中村明【日本語語感の辞典】: 徹也 ]

 涼さんのを見たら「これ、いいなあ」と思ったのでメモ。でも、買うのは(いや、手に取るのはすら)いつになるやら。

4000803131日本語 語感の辞典
中村 明
岩波書店 2010-11-26

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#NHK=なんか、へんな、かんじ?(by NHK みんなでニホンGO)

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クレンク人は笛を吹くか


4480022724ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
阿部 謹也
筑摩書房 1988-12

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 「異星人の郷」を読んでいる間、ずっと気にかかっていたのがハーメルンの笛吹き男の伝説のことだった。詳細は知らなくても聞き覚えのある人は多いのではないか。ハーメルンの町にねずみが増えてしまい困っていた。ある男が自分が退治できるというので依頼すると、男は笛を吹いてねずみを集めそのまま川に連れて行って溺れさせてしまう。報酬を要求する男にあれこれと言い訳して町が報酬の支払いを拒否すると、男は再び笛を吹き、小さな子供たち 130 人を連れていずこかに消えてしまい、子供たちがふたたび帰ってくることはなかったといった伝説のこと。

 この笛吹き男を称して悪魔であったという説もあり、ねずみはペストの象徴であったという話もあったような気がして、あるいはこのあたりが絡んでくるだろうか、という興味も持ちながら読み進めていたのだった。残念ながらそういう方向の関連は一切なかったけれど。

 ということもあったので久しぶりに「ハーメルンの笛吹き男」を再読してみた。するとなるほど直接関連づけるには無理があった。笛吹き男の事件があったのは 1284/6/26 のこと。「異星人の郷」は 1348-1349 年の話だ。60 年ほど差がある。もちろん、作中では特定の事件について史実を少しばかりいじって作品の年代にあわせたところもあると書いているので、仮に笛吹き男の伝説をもってきても不思議ではない。

 実際再読してみて思うのは、時代的にはごく近いということもあって、小説のなかではわからなかった部分がいろいろ見えてくることだった。

 クレンク人は”悪魔”と呼ばれた。笛吹き男も悪魔であったとする説もある。また度重なる飢饉が中世の常のようなものでもあり、その一因にはバッタの大発生があったこと。とすれば、バッタの姿を持ったクレンク人に対してたいていの農民などは好意をもてるはずもないだろうこと。そんなこんなをうまく利用して、「笛吹き男は実はクレンク人であったのだ」というホラをつくのもまた面白かったのではないかなど。

 下巻にはユダヤ人の一行が村にやってくるくだりがあるのだが、1336 年、1338 年に大規模なユダヤ人狩りがドイツで行われたという事実を知っていれば、一行への態度がやや友好的な印象を強くしてしまうかもしれない。また、ユダヤ人一行にしても、そんなに悠長にしていられるものだろうかという考えも浮かんでくる。

 さて、本書。

 著者は実に丁寧に史料にあたり、事実を事実として整理し、過去の人物らが推理したりしたものについても検証を行い、歴史的にどのような社会が営まれていたのかといったあたりを明らかにしていって、事実がどこにあるのかを見極めていく。その過程は実に丁寧で、当時の人々の暮らしぶりがよくわかり、非常に興味深い。

十二、三世紀にはドイツ東部へ、さらに東欧へ、オランダや西部ドイツから大量の人口の移動がみられたのである。多くの農民や市民が「殖民請負人」に誘われ、先祖伝来の村や町を離れ、東部の新しい土地で村や町を建設した。(P.82)
こうして七光もなく金もない大多数の職人や徒弟は、社会的に上昇する望みを絶たれ、飲食と賭事に生甲斐を見出すほかなくなり、着ているものまで賭けてしまう例も少なくなかったといわれる。しかしこのようななかにあっても爪に火をともすようにして給料をため、仲間が賭事をしていてもそれに加わらず、いわば義理も人情も欠いて小金をためた者もいた。(中略)さらに要領の良い連中は親方の娘を狙った。親方の娘と結婚すれば無料で市民権もツンフト加入権も手に入ったからである。こうしてかなりの職人がこの安易な道に走ると、当然親方の娘が足りなくなる。そうなると今度は未亡人が対象となった。「親方の後家さんの手をとれば仕事場も手に入る」といわれた。マシュケ教授の調査によると十四世紀にはこのような例が極めて多い。1358 年から 1400 年の間に、金を払わずに市民権を手に入れた者の 85.5 パーセントはこのような結婚によるものであったという。(P125-126)

 平民のなかの女性の多くは、その日の食事の心配に奔走する毎日で、とてもなにかを成して安定した暮らしをしようと夢見られるようなものではなかったこと。それは夫がいる女性でも似たようなもので、夫が日銭を昼にもらってくることでなんとかその日の暮らしが成り立っているにすぎなかったということ。

 そんなもろもろが見えてくると、少しばかり「異星人の郷」の世界も違って見えてくる。

 笛吹き男の伝説についていえば、1284 年に笛を吹く男によって 130 人の子供が行方不明になったということだけがまず事実としてあったらしい。鼠退治のくだりは事実としてはあわせ持っていなかった。後に、付け加えられたようだというのだが、小麦の産地でもあり、加工もさかんであったことから鼠による害に困っていた時期があるのは事実で、鼠退治をする男がいたということはあったらしい。

 諸説としては先にもふれた悪魔であるとか、じつは殖民請負人が子供たちを連れて新しい土地へ行ったのだとか、そもそもそのような事実はなかったのだとか、当時の祭りが総じてみなで練り歩くことが主体であったので、その類のことだったのだというものとか。さまざま。(ちなみにペストとの関連はなかった)

 当時の貴族と宗教、教会、台頭してきた商人などの関係や、土地の成り立ちのもろもろがわかってくると、正直「異星人の郷」の世界が少々物足りなさを持ってきてしまったりもする。実際読んでいてそういうものとしてしか描かれていない部分が多いので、当時の社会がいまひとつ具体的に想像できないところはあった。

 マイクル・フリンがこうしたことまで知っていたかどうかはわからないけれど、どうせ大法螺を吹いたのだから、さらに大きな法螺を吹いてみてもよかったのかもしれないなあ。などと思いつつ笛吹き男のおはなしはおしまい。

4488699014異星人の郷 上 (創元SF文庫)
マイクル・フリン 嶋田 洋一
東京創元社 2010-10-28

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賀状の季節につらつら思う

 年賀状の受付が今年もはじまった。考えてみるとこれも変なことにも思うのだけれど、郵便局としては年間売り上げのなかでの稼ぎ頭であるのは事実であるし、なにしろほかに例を見ない一括配送イベントであるから、大変ではあるがオイシイ話でもあるわけで。

 そもそもで思うと、本来なら元日に年始に回るべきところ、遠方であったりもろもろの事情でそうも行かないという方への義理を果たすために元日に賀状を書いて出したというものであろうから、本来的には元日に書くべきものだったというのは歴史。もちろん、だから前年のうちに書くなどもってのほか、などというつもりはないのだけれど、すなわちなにもあせってどうあっても元日に配達されなくてはならないという風に思い込むのは、少し違うように思うよと。

 もちろん、郵便局としたら一括配送できるというメリットを生かすには、事前に出してもらわないと困るわけで、新年になってからパラパラと出されたりするのは、あまりうれしくないというのが本音かもしれない。それでも、郵便を利用するだけよいということでもあろうけれど。

 自分自身の変遷を思うと、ひところ年賀状を出すことをやめてしまい、寒中見舞いを替わりに出したこともあったけれど、そう長くは続かなかったか。そのうちに今度は元日に書くことにしたものの、あえてお年玉くじつきの年賀はがきを使わない時期がそれに続いた。ただ、これは受け取る人にとっては不評だったかもしれないなあとは思う。「どうしてくじ付きはがきじゃないんだよ」というがっかり感はあったかもなあ、と。

 今はお年玉つきはがきを使って元日に書いて出すというパターン。まあ、元日の大半がそれで終わるので、事前にある程度準備はするようになってきたけれど、最終的に書いて出すのは元日。ゆえに届くのはいつも元日以降。まあ、それもいずれどう変わるかはわからないけれど。

 年賀状がまったくないのは確かにちょっと寂しいものがあるし、それはある意味元日配達になれてしまっているのもあるのだけれど、まあこだわり過ぎなくてもいいよね、というのはたぶん変わらない。

 昨今の若者は友達(どの程度の親しさかは問わないような印象だけれど)の数の多さが大事とかいう話題を聞いたけれど、さながら年賀状の量の多寡を競うような人もまたそういうものかもしれないなあ、などとも思う。

 時期とか量とか、あまりあれこれ気にせずに時折年賀状を含めて手紙を書くという習慣だけは、残していきたいものだなあと。メールの便利さとはまた別の意味を持っているよなと、昔のことなど思い出しつつ脈絡なく思ってみたり。

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黒豆ショック

 この年末年始、お節料理から黒豆が消えてしまうかもしれない。

 というと、やや大仰かもしれないが、それに近い状況がすでに現出しているような様子。スーパーや農産物直売所から地物の黒豆が姿を消してしまっている。

 いや、まったくないというわけでもない。ホクレンとかのメーカー品は乾物の棚にあったりはするのだけれど、例年 11 月ころともなれば多数並んでいるはずの黒豆、大豆、小豆といった豆類が店頭にない。ところによっては大豆や小豆などはまだあるのだが、黒豆は年末を控えてということもあってかまるっきりといっていいほどない。先日など 7 つほどあった小袋を、ひとりのおじいさんがそっくり買い占めてしまったのに遭遇した次第。

 いくらなんでも。

 今年は野菜に関しては天候によってかなり大変な年だったのはわかっているけれど、豆類にもこんな影響が出ていたとは。しかも、まったく店頭にないというのは(少なくとも地場産について)初めての経験。

 とすれば価格もあがってくるだろうし、お節用の惣菜などにしても価格が上がってきたり、内容量が減ったりということはあるかもしれないなあ。

 もしも、そんなことはないのだとしたら、黒豆はいったいどこへ消えてしまったのだろう。

 あまりにもベタだ・・・

459403019Xチーズはどこへ消えた?
スペンサー ジョンソン Spencer Johnson
扶桑社 2000-11

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追記:
 品薄を裏づけそうな新聞記事を見つけた。
 [ 奈良新聞WEB | 経済 | 猛暑で収穫量5割減か【宇陀・黒大豆】 - 高い夜温で着果せず ]
 [ 丹波特産ピンチ!クリや黒大豆、猛暑で収量減も : 京都新聞 ]

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異星人の郷(上・下)


4488699014異星人の郷 上 (創元SF文庫)
マイクル・フリン 嶋田 洋一
東京創元社 2010-10-28

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4488699022異星人の郷 下 (創元SF文庫)
マイクル・フリン 嶋田 洋一
東京創元社 2010-10-28

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 SF のテーマとしては著名なものがいくつかあるけれど、ファーストコンタクトと呼ばれるものもそのひとつ。大体は異星人との出会いということになるし、ここでも相手は異星人だ。しかもその容姿はバッタのそれによく似ているという。異星人の側が地球にやってくるというのも特段珍しいというわけではないのだが、その年代が 14 世紀であるというのはやや特異な感じがして、それだけでなんだか興味を覚えた。

 が、実のところファーストコンタクトそのものがメインのテーマではなく、本当のテーマは異星人へのキリスト教の布教は可能なのか、ということと言ってよいのかもしれない。

 14 世紀中ごろのドイツのとある山間の村に現れたバッタの姿に似た異星人たち。異形の彼らを”悪魔”と考える人々も多いなかで、はじめに接触することになった神父は神の教えにもとづいて彼らをも受け入れようとする。彼らが持つ翻訳装置、意思疎通の装置を解して介して会話が繰り返されることによって、双方が次第に理解を深めていく様がなかなか見事だ。

 物語に深みをあたえるのが、当時のヨーロッパの情勢であったり、戦や宗教観念であったり、そしてなにより物語の展開の中心に関わってくるのが黒死病と恐れられたペストの蔓延。次第にせまりくるペストの恐怖と、それに立ち向かう人々のなかに異星人が協力する中で、彼らを受け入れられない人々との確執。あまりに生々しいペストとの闘いの描写は、その恐ろしさをこれでもかと印象付ける。

 一方で異星人はなんとかして自分たちの世界に戻ろうとする動きと、やがて洗礼を受けてとどまることを選ぼうとする一部の者たちとのずれといったものとがあわせて描かれる。およそ一年あまりの短時日の間に、まったく異なる文化、種族であっても、そこまで意思の疎通、宗教的な概念への理解と信仰というものがすすむものだろうか、という疑問はないでもないけれど、そのあたりを丁寧に描いているのは間違いないところ。

 そうした 14 世紀当時の物語が全体の多くを占めるのだけれど、合間あいまに現在のドラマがはさまれる。実のところ、この現在の物語のほうがもともと書かれた小説だったらしいが、そのアイデアを過去のできごとをもっと丁寧に描くことで再構成されたのが本書ということらしい。現在の物語は、歴史から消えてしまった村の存在を調べているうちに、奇妙な記録をいろいろ発見し、それらを総合して考えると異性人との接触があったのではないかと考えられるというもの。そこに空間移動の物理的な理論の展開も加わり、それが真実味を帯びて結末へとなだれこむ。

 ただ、この現在の部分はやや物足りなさというか、わかりにくさを持っているような印象も強かった。特に前半のあたりにそのへんが顕著な印象。おそらくこの部分だけで読んでいたらそうでもないのかもしれないが、14 世紀の話が大半を占めているだけに中途半端な感じがしてしまうのだった。

 とはいえ、結末になっての展開はなかなかに見事で物語のすべてをきっちりとまとめあげてくれている。まあ、できすぎといえなくもないが、そのくらいのロマンがあってもよいのではと許せるような終わりとはいえそう。

 ペストの大流行によって膨大な人口を失った当時の社会を思えば、小さな村がそっくり消滅し、禁断の地とされて歴史から消え去ったことがあったとしても、なんの不思議もないということを、うまく使ったアイデアの面白さは絶妙。フィクションであるのに、フィクションでなかったとしてもあるいは不思議ではないかもしれないと、ふと思わせてしまう妙な説得力まで持った作品として、評価が高いのも頷けそう。

 SF らしい醍醐味を味わえる一冊。



異星人の郷 (上下巻)
  • マイクル・フリン
  • 東京創元社
  • 987円
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書評

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転生

B003EVW67Wテイキング・ライブス ディレクターズカット 特別版 [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ 2010-04-21

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 見始めた途端に不思議な既視感があって、しだいに「あ、見たみた」という感じになって、それでもしっかり楽しめた。最後まできっちりテーマが抑えられている感じで。しかし、どこで見たのだろう。テレビかなあ。まったく覚えていない。

 ただ、繰り返して見るには不向きな気はするので、かなり時間がたっているのだろうな。先がわかっていても気にならなかったので。

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そこで電子書籍ですよ(とか)

 [ 今日のなんでやねん ]

 詳細はわからないけれど、うん、確かにそういうことはあるのかもしれないと、妙に納得してしまうのであった。

 そういう時こそ電子書籍の出番なのではないかと思われ。いや、ここは勇気を持って! に、期待します。

Pet’s Eye―女のコが一番無防備なのは恋人の前じゃなくペットの前だ。 (マイウェイムック)Pet’s Eye―女のコが一番無防備なのは恋人の前じゃなくペットの前だ。 (マイウェイムック)
田村 浩章

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あらあらかしこ

何処もかも冬だ

 ユニクロのダウンジャケットの新しい CM を見ていて、それって違うのではないか? と思い下書きしていたのだけれど、どうやらここで使われているのは高村光太郎の詩の一節らしいとわかって止めた。言葉としてはどう考えても奇妙だとは思うのだけれど、作品としてあるものであるということと、現役作家なら修正することもあるいは可能だろうけれど、故人とあってはそうもいかない。仮に奇妙なものでも、それはそれとして、作品として受け止めるしかないよね、と。

 で、いったんは女性がしたためた手紙風に書いてみて、「かしこ」と締めくくってみるなどしたのだけれど、そういうシャレも使えなくなってしまった。これはちょっと残念。

 ということで、単純に言葉としてどうだろうということだけを記録してみると、「何処もかも冬だ」というのはやや奇妙な文章だと思う。「何処も」では場所を指しながら、「かも」では「彼も」であるから場所ではないものをさしているような。本来的には「何処も彼処も」となるべきなのだろうなと。

 ただ、詩文としてのすわりのよさであったり、語感のよさであったりは「何処も彼処も冬だ」よりも、「何処もかも冬だ」というほうが、なんだかしっくりくるものがあるのも確か。ただ、それはやはり文学的な表現に限られて許されるものなのかもしれないとは思う。

 「どいつも」と言ったら「こいつも」だし、「どれも」と言ったら「これも」だし、「なにも」と言ったら「かも」だし、「何処も」と言ったら「彼処も」だし。「なにもかも、みな懐かしい」と言ったら沖田艦長だし。「docomo」と言ったら・・・

 まあ、まぎれもなく、冬ではあります。

なにもかも【何も彼も】

漏れる所無くそう・する(である)ことを表す。「-- [全部]さらけ出す」

【彼】
1.あれ
2.[「何」とともに用いて]ぼんやり指し示す言葉。「何も--も[=みんな]・なんの--の[=あれこれ]・なんでも--かんでも」

どこ【何処】
[「いづこ」の変化] 不定の場所を示す。

かしこ【彼処】
「あそこ」の雅語的表現。「ここ---・どこも---も[=皆]」

かしこ
[恐れ多い意の雅語的形容詞「畏(カシコ)し」の語幹] 女性が手紙の終わりに、「これで失礼します」の意で結ぶ言葉。かしく。

新明解国語辞典第4版

かしこ

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 このごろだと料理の番組やコーナーで包丁の刃の部分の反対側をさす言葉として「包丁の背」ということが増えているような。かつては「峰」だったかと。だから、時代劇でも「安心せい、峰討ちじゃ」が成り立つわけで。どちらが良いとかではなく。

 まあ、「峰」といったらなんとなく刃の方をイメージしてしまいがちなのが現代なのかもしれないけれど。もっとも包丁を横にして平らな面を使って材料をつぶしたりというときにも「背」という人もあったような記憶もあるし、少し混乱しているようにも。あれは、胴? 腹? なんといったかしらん。

 こういう物の部分の名前というのも、だんだんあいまいになってきたなあと思うこのごろ。

 もしも、時代劇でも「背討ちじゃ」などというようになったら・・・。時代ということかなあ。

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光沢

 [ やじうまミニレビュー - 【年末特別企画】やじうま年賀状ウォッチ - 家電Watch ]

 そろそろ年賀状作成の季節。すでにはがきは購入してあるのだけれど、写真用でなく単なるインクジェット用のほうが写真の印刷がしっくりくる場合もあるとか。しかし、すでに写真用を購入済み。まあ、光沢があるというのは、それはそれでいい感じなのだけれど。

 来年の本番前には一度光沢のないタイプ(つまり写真用ではないインクジェット用紙)でテストしてみるというのもありか。なにしろ料金が安くなるし。

 しかし、比較的暖かい日が続いているので、師走という雰囲気はあまりないのが今年の特徴か。

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絶版の余生

 [ Jコミ ]

 せっかく無料で提供してくれているのだからと、「ラブひな」全 14 巻分をダウンロードして読んでみた。なかなか面白いんじゃないかと。いやいや、青春っていいなあ。漫画だけど。女の子受けはどうなのだろうと思ったら、それなりにファンはいるようなので喜ばしいことで。嫌味じゃないベタっていいなあ。

 絶版になってしまった書籍(小説であろうと漫画であろうと、専門書であろうと)の老後策とでもいうような意味で、こうして電子書籍とかの形で提供されることはあってほしいなあ。無料か有料かというのは議論のあるところであろうし、一概に結論できないだろうけれど、より普及を目指すなら無料というのは強い武器なのかもしれない。自由にコピーしてもらってもいいよといわれてしまえば、あれこれ労するような事態にもならないわけで、むしろ健全かもしれない。

 とはいえ、まったく著者や運営側に利益がないのも辛いだろうし、広告だけでいけるのかというのは未知数なのだろうなあ。

 ひところデマンド印刷が騒がれたこともあったけれど(そして今も残っているのだろうけれど)、基本は注文に応じて製本しますというスタンスだろうからやや面倒なシステム。絶版書を広く読んでもらうという趣旨であれば、電子書籍などデジタルデータの形で配布というほうが、なにかと便利なところは多いはず。もちろん、それでもやはり印刷したものも欲しいという向きには、デマンド印刷で製本すればよいのだし。

 先日のきむらさんではないけれど、蔵書をたんに処分してしまうくらいなら、スキャンして電子データを残すことくらいは、これからの図書館もすべきなのかもしれない。もっとも、すべての図書館でそれをするとなると無駄な手間をかけることにもなりそうだから、やはりそもそものところでそうした対処が必要なのかもしれないけれど。


 在庫があるらしい。

4063126706ラブひな(1) (講談社コミックス―Shonen magazine comics (2670巻))
赤松 健
講談社 1999-03-15

by G-Tools

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ヤーンの導き

 [ NHK ドラマスペシャル 心の糸 ]

 フジテレビの「球形の荒野 後編」を一応見ようかということで、当初は見ずにすませようと思っていたのだけれど、なぜか番組予告を見るうちにざわざわする感じにとらわれてしまい、結局録画しておくことにした。ビデオのリモコンが利かなくなっているので音声を選択することができないため、副音声による解説もはいったまま見たのだけれど、これはこれで案外よかったりした。

 正直なところネタのアイデアとしては面白いけれど、ドラマとしてはさほど膨らみもなくいまひとつしっくりしなかった「球形の荒野」よりも、よほど胸にグサグサと刺さるドラマだった。赤い糸で結ばれるという縁よりも、よほど難しく、見えない、そして頼りない糸かもしれないか。

私たちにはできないことが三つある

聞くこと、しゃべること、
無限の夢を持つこと
でも、私たちにはできることも三つある
目で聞くこと、手でしゃべること、
現実の中に夢を見つけること
思いは必ず
心の糸になってつながる

 ドラマの中にでてくる詩文。音から拾ったので表記はままではないかもしれない。三つとあえていっているのは、象徴としてであるのは当然ながら、けれどそれは大きな意味を持つ三つかもしれない。では、できないことをできている者にとって逆はまた真であるのか? なんだかね。いろいろ考えさせられるドラマだったのですよ。

 12/19 に全編字幕版の放送が予定されているとか。

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