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上手に人を殺すには


4488261051上手に人を殺すには (創元推理文庫)
マーガレット・デュマス 訳:島村 浩子
東京創元社 2010-08-21

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 正直なところ、不安もあったのだった。帯の惹句にしても「お熱い新婚夫婦と友人たちの危なっかしくも痛快な探偵活動 セレブ探偵第二の事件」などと書かれていては、痛快などと書かれていても、こういう文句はあてにならないことも多い。まして、セレブとはどうなの? と。

 どれほどセレブかといえば、「人生を数回生きても使い切れない」だとか、「小国の財政をまかなえるほどの」財産があるとか。生活にはまったく、まったく困ることなどないし、働く必要なんてものとも無縁。いやまあ、働いていないってほどではないにしても、実質的には道楽程度なので、そういっても過言ではないというレベル。そんな人物が主人公で探偵をすると聞いて、面白そうと思うか、はたまたなんだか興醒めと思うか。

 実際、舞台が IT 企業で、そこに潜入するという設定でなければ、まず手に取ろうと思わなかったかもしれない。そもそも前作である「何か文句があるかしら」は、そんな理由もあってパスしていたような気がする。

 ところが、読みはじめてみると、どうも少し様子が違う。いや、設定はまったくもってその通りなのだけれど、物語の雰囲気や小説としてのリズムはなんとも心地よい。確かに主人公のチャーリー(女性)はとてつもないセレブで、世間知らずなところはあるものの、それを鼻にかけているという性格ではないし、ユーモアのセンスもあってむしろ普通に世間にいるちょっと愛すべきお嬢さんというところ。

 たまたまセレブではあるけれど、ただそれだけという感じで嫌味がないのは、設定の技というよりも、著者の文章の洗練さであったり、ウィットに富んだしゃれた会話のセンスといったものによっているのではないかと。だから、読んでいてなによりも楽しい。セキュリティ調査を専門とする夫ジャックとの新居には、もうずいぶん経つというのに家具らしい家具がまったくないという有様で、それは単にどんな部屋にしようかと迷っているからというのもセレブらしからぬところ。

 いや、金はいくらでもあるから、とことん凝るということは当然あるとして、だからといってなにもないままというのは、むしろ貧乏性みたいなところじゃないかと。

 物語の展開もスマートでありながら、読者をドキドキさせる頃合も心得た感じでなかなかうまい。そして、文章をはじめ会話のしゃれたところががっちりと読者をひきつける。さらに、大人で上品なお色気も。

するとジャックは声をあげて笑ったけれど、ほかにもっと気持ちいいこともしてくれていたので、わたしは目をつぶることにした。(P.258)

 ただ、ミステリとして考えたときに不満がないわけでもない。冒頭、ジャックらは仕事の依頼人である IT 企業の CEO モーガンとの話の際に、急死した婚約者は殺されたのだとして本来の件とは別に調査を依頼するのだけれど、ジャックはセキュリティ関係の調査仕事を依頼されたもので、探偵業をしているわけではない。にもかかわらず殺人事件に関する調査を依頼するのはちょっと無理があるかも。頼れる人がほかにいないというのかもしれないが、そこまで知己の仲とも思えない。

 また、ミステリといっても謎解きのためのものではなく、展開そのものを単純に楽しむというスタイルなので、それを期待している読者にはやや不満はあるかもしれない。謎解きのためのヒントが必要十分に開示されてという類のミステリではない。解決そのものはまあそんなものかなと思うのだけれど、そこへ至る過程はやや無理があるようにも思う。

 もっとも、だからといってつまらないというわけではなくて、謎解きはもはや関係なく、展開を楽しむ、会話を楽しむという作品なのだ。そして、それは十分すぎるほど成功している。420 ページあまりの長さにも関わらず、ひとたび読み始めたらすいすいとページが進んでいることはまず間違いない。著者がソフトウェア会社の重役ということもあって、IT 方面の描き方も決して妙なものにはなっていない(と思う)。

「気づいたんだけど、コンピューター技術者って、ふつうの人が“ほとんど”って言うところで“事実上”って言うのよね」(P.223-224)

 軽いミステリを楽しみたいけれど、既存のコージーミステリみたいなあまりに現実的な、日常的な物語よりも、現実的ではあるけれどもう少ししゃれた大人なセンスの漂うミステリを楽しみたい。そんな世界を味わえる珍しい作品といっていいかもしれない。


 一作目はこちら。でも、三作目はまだ書かれてないとか。当面はここまでかあ。

4488261043何か文句があるかしら (創元推理文庫)
マーガレット・デュマス 訳:島村 浩子
東京創元社 2009-06-25

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上手に人を殺すには
  • マーガレット・デュマス
  • 東京創元社
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