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ばっかい

 先週の NHK 「にっぽん紀行」で、宗谷本線の抜海駅に集まる人々を取り上げていた。「なにもないのが、いい」というのは、よくわかる。かつて日がな一日滝を見つつ、ぼんやりとすごしていた時のことが思い出されるなあ。お弁当と飲み水だけ持って、ただ、水の音を聞いてのんびりしていたり、昼寝したり。そういうなにもしない、なにもない時間のありがたさってものを、しみじみ思ったものだった。

 抜海駅には立ち寄っていない。近くは通ったけれど、駅そのものは知らないまま。当時すでに配線になって過去の遺物となっていた雄武駅の跡地は見た記憶がある。サロベツ原野は荒涼としていて、無になってなにかを見つめなおしたりするには、似合いの場所かもしれないなあ。

 もちろん、北海道でなくてもそうした場所はあるにはあるが、あの広大な大地だからこそというのもあるんだよね。

 羽幌へと向かう海岸沿いの道路のあのうねりは忘れられないなあ。果てしなく続くのかと思った。

 ふと、あの頃のことや、いまのことなど思いをめぐらしてしまう時間だったなあ。

#いや、考えてみると、宗谷本線には稚内への往復で乗っているのだな。具体的な記憶は、もはやまったく残っていないのだけれど。

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Ruby会議2010お疲れ様でした

 Ruby会議2010 が終わりましたね。運営関係の方々も、参加された方々もとにもかくにもお疲れ様でした。

 例年通り、今年も中継を見せていただくということでしたが、いろいろ興味深い話題もあって、なかなかに楽しめました。まあ、あまりにも多くの魅力的な企画が、多数催されたということもあって、会場に足を運ばれた方も、どのセッションに行くべきか悩まれたのでは。

 チャンネルを替えるのも面倒だったので、おおむね大ホールを見ていたのですが、jpmobile on Rails とか、GC とか(すべってませんでしたね)、まつもとさんの基調講演はわたしなんぞにはちんぷんかんぷんではありましたが、それなりに「へえ~」な思いで見ていました。

 遠藤さんの「超絶技巧 Ruby プログラミング」は、まさに楽しい Ruby の本領発揮ともいえるような内容で、楽しくもあり、誘われてしまう魅力がありましたね。Ruby な日々やるりまの話は、ちょっとほかの用事で十分ではなかったので、またあらためて録画を見ます。るりまはメンバーが減ってしまって大変らしいですが、青木さんが登壇されたそうで、それはちょっとよかったねという感じ。

 UNIX 修正主義も途中からだったのですが、わからないことも多かったですが、こちらもまた「へえ~」な内容が多くて、それなりに楽しめました。readpartial を覚えた。

 本当は見たいと思っていた LT ですが、ちょっと用事を優先したので見られなかったので、いずれ録画を見たいです。

 RWiki も途中からだったので、また録画を見ないと(スライドは見せてもらった)。mongoDB 見て、るりまサーチを見て、Tom さんのゲームとバーチャルタイムはなんだか中継の音声レベルが急に下がってしまって、そのまま見ていたけれど、なんか面白そうだなあとは思った。(英語が理解できないのを、音声が小さいことを言い訳にしてます)

 またまた用事をはさんで、桑田さんの HTML テンプレートエンジンの話。とてもわかりやすくて、なるほどと思いつつ見ていました。

 で、再び用事をはさんでチャドさんの基調講演の最後と閉会を。で、Rubykaigi が GC されるんでしょうかね?

 中継を見ながら、ふと思ったことなどはあるのですが。

 今年は即日動画がアップされたりしていて、kaigifreaks の方々もお疲れ様でした。おかげで、現地にいけなくても楽しむことができました。ありがとうございます。

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中継はないのだった

 きょうから Ruby会議2010 なんだけど。お昼からだったのね。と、今頃プログラムを見直して気づいた。企画のほうの開発者会議は午前からあるようだけれど。

 で、ある意味いちばん楽しみにしていた arton さんの野良ビルド講座が中継なしと知って、軽いショック。まあ、企画部屋だったし、3 時間あまりの長時間でもあるし、これはないのかなあとは思っていたものの、一応準備していただけに残念。いずれ、日記でも別サイトでもよいので、解説を載せてくださるとうれしいなあ。

 気になっていた永井さんのは LT だったか。たまに「ruby tk exerb 」あたりで検索するひとは、見ておくとよいかと思うけど。

 ぼちぼちと中継あるものの範囲内で見せていただこうと思います。お疲れ様です。

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サービスというふわふわしたもの

 [ ほとんどの「おもてなし」は知られてない | smashmedia ]

 マーケティングis.jp がリニューアルできたということにあわせて公開された記事のいわば裏バージョンだけど、ある意味こちらのほうが本命ではないかというか、より具体的なだけに納得を得られそうな話。

 ビーケーワン時代にシステムトラブルで 2000 件あまりの注文が強制的にキャンセル扱いになってしまったことを受けて、どう対処するかを検討した結果、書店を走り回るなどして現品を調達したという話しなのだけれど、まあ、リアルな書店でもこういう経験は少なからずあるわけです。ことに、取次ぎからの配本が少なくて、版元からも調達が厳しいとなれば、注文をさばくために、近所の大手に現金持って買いに走るなんてことは。

 そのことを偉い人に説明したら、「それはアピールしなきゃもったいない。絶好のチャンスだ!」みたいなことを言われたというのですね。でも、河野さんは、それってなんか違うよ、と感じていたと。

ぼくのプライドが許さないとかそんな話じゃなくて、そもそも自分たちのミスから始まってるのに「俺たちがんばりました!」とアピールするのは恥ずかしいことであっても、けっして誇らしいことじゃないから。

 これは、その通りで、大事な観点だろうなと。仮にこれが、自ら招いたトラブルでなく、不可抗力的なものだったとしても、それをアピールして「えらいでしょ」というのは、ちょっと違う。いや、言ってもいいけれど、底が知れる。まあ、世の中で出世するようなのは、なんでも利用する人なのかもしれないけれどね。でも、きっと遠い将来にそれはある種のツケになってくるのだと思いたい(いやまあ、どうでもいいことではある)。

 とまあ、こんな話も読めるので、なかなか目が話せないマーケティングisjp なのでした。リニューアルおめでとうござます。

#登録したいと思うのだけれど、ユーザー名とお名前がどう違って、どう扱われるのかよくわからずに、躊躇しているのでした(いえ、登録しても、たぶんそれだけなんですけど。応援し隊なだけで)

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2010:odyssey two

B002JQL2SW2010年 [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ 2009-09-09

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 GyaO! で「2001」ともども無料配信していたので、久々に見た。というか、見たはずだとは思うのに、いまひとつあまり記憶がなくてびっくりした。でも、「あー、見たなあ」という映像もあるので、たぶん見ているのだとは思うけれど。

 冒頭ではヘレン・ミレンの名前を見つけて、ちょっと驚いたし。ロシアの宇宙船の偉い人だった。

 いや、それよりなにより、ふと書棚を見ていて「2010」があったことに気づいて、またまた驚いた。というか、当時買ったのは覚えているし、読んだはずなのも確かなのに、内容はすっかり抜け落ちてしまっているのだった。うーむ。

 で、肝心の内容はといえば、結局なにも解決などされずに終わってしまい、いまひとつ面白みは少ない映画だったのかもしれない。大気ブレーキなんて出してきて、なかなか興味深かったりはするのだけれど。映画としては、さらなる続きは作られずに終わったのかと思うのだけれど、小説の続きでは果たしてきちんとした解決がなされたのだろうか。未読なのでわからないけれど、きっと不明なままのようにも思ったり。

 きっと、映像を作ったときに(「2001」)、いろいろ面白いアイデアを詰め込んだだけで、のちのちそれに解釈をつけようなんて、当時は考えてなかったのではないかなあとも。そうした意味では、やはり「2001」の感動をままにするのが一番なのかもしれないか。

 せっかくなので、すっかり忘れていた「2010:odyssey two」を再読しているところ。1984 年にオーウェルの「1984」が注目されたように、2010 年は「2010」に注目ってものだよね。

B001DKBJJW2001年宇宙の旅 [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-09-10

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41501173302010年宇宙の旅〔新版〕 (ハヤカワ文庫 SF) (文庫) (ハヤカワ文庫SF)
アーサー・C・クラーク
早川書房 2009-11-30

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41501109642061年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)
アーサー・C クラーク
早川書房 1995-03

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41501134753001年終局への旅 (ハヤカワ文庫SF)
アーサー・C. クラーク
早川書房 2001-03

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 こんなに続いていたのか。


4151200533一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル 高橋和久
早川書房 2009-07-18

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フロスト気質


448829104Xフロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
R.D. ウィングフィールド 訳:芹澤 恵
東京創元社 2008-07

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4488291058フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)
R.D. ウィングフィールド 訳:芹澤 恵
東京創元社 2008-07

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 「白痴たちがかわいそうだ。泣いてしまう」と書いたのは、吾妻ひでおだった。昔むかしの SF マガジンの特集号かなにかで、お薦めの一冊といった感じの小さな囲みコラムをいろいろな方が書いているなかのひとつだったかと思う。作品はスタージョンの「人間以上」。ミュータントの悲哀を描いた名作で、確かに涙なしでは読めない。

 フロストシリーズも巻を追うごとに物語は長くなり、数多くの事件が起き、フロストへの署長の風当たりもどんどん強くなる。不測の事態で臨時に応援にやってきた、かつてデントン署にいたキャシディが、抜け目なく手柄を独り占めしては署長に取り入るので、なおのことフロストへの覚えは悪くなるばかり。

 にもかかわらず、冗談で悪態はつくものの、正面切って署長へ不満を表すことのないフロストが、なんとも不憫でかわいそうになってしまう。「フロストの能力をもっときちんと見てやれよ」とか、「あんたはもっと怒っていいよ、フロスト」とか思いつつ読み進めることになる。

 幼い子供に針状のものでちくりと刺していくという事件が頻発するなかで、行方不明の子供の捜索がされる。ついに発見されたかと思ったそれは、最悪なことに無残な遺体であったのだが、はからずもそれは別人で、事件はさらに混迷を増す。行方不明の少年の捜索が大規模に行われるなかで、さらに事件は休んでくれない。15 歳の少女の誘拐事件、死後数ヶ月はたったと思われる腐乱死体の発見(もちろん殺害されたと思しき)、内装工事を請け負う男の幼い子供三人が殺害され、その妻が行方不明になったりと、本来休暇中であったはずのフロストにあれもこれもと事件がふりかかる。

 その中で、老女がずいぶん前の盗難事件で被害にあった、夫の勲章だけはなんとか取り戻せないかと署にやってきたり、キャシディはデントン署に在籍中に起きた自らの娘がひき逃げにあった事件が未解決なことに対するいらだちをフロストにぶつけ続ける。あれやこれやとこまかな雑事がさらに疲れた脳みそをゆさぶり続ける。

 いったい全体眠っているのか? 食事は多少なりとも摂っているのかと心配になるほどの働きぶり。でも、マレット署長はおかまいなしだ。

 そんなフロストの魅力はなんといっても紆余曲折。いわゆる名探偵のように、ずばりと解決するなんてことはない。むしろ、現実的にはそれが普通なのかもしれないけれど、一見これだと見込んでも、すぐにそれはあっさりと撤回せざるをえなくなる。では、ボンクラなのかといえば、そうでもなく、頭脳明晰というわけではないものの、言ってみれば刑事の感に恵まれた人物といったところ。ここぞというときに発揮するひらめきと、なにより運にもいよいよというときには味方されるあたり。

 まあ、日ごろからついつい思ったことを素直に口に出してしまう憎めない性格にもよるのかもしれない。それも相手に合わせて、ときによってはオブラートに包みながらの。かわいくてセクシーなおねえちゃんと見てとれば、ついつい余計な妄想を働かせて捜査を一瞬忘れそうになるし、同行している警官にも、おしげもなくその情報をお披露目してくれる。

ベッドとのあいだの狭い空間に膝をつき、ベッドのしたをのぞき込んだ。何やら黄色っぽく、ふわふわした物体が落ちていた。ごく薄手の布地を、ごくごく控えめに使った、あまりにも丈の短い女物の寝巻。隠すべきところが透けてしまいそうなその生地には、官能を刺激する濃厚な香水の匂いが染みついていた。ジョンソンのベビーパウダーとは似ても似つかない匂いだった。フロストは、それを着たクー・シェンの姿を思い浮かべた。それからあの小柄で、しとやかで、いかにも従順そうで、見るからに抱き心地のよさそうな看護師を、眼のまえのダブルベッドに引っ張り込むところを思い浮かべて・・・・この家を訪れた本来の目的を忘れそうになった。

(上P.64)

 直後やってきた刑事のバートンが、空振りだったというと、フロストも収穫ゼロだと答える。こいつ以外は、と言って件の寝巻きをつまみあげてみせて。

 今回相棒をつとめるリズ・モード部長刑事相手にも、こうした会話はむけられ、時に顰蹙を買うが、次第に憎めないものを感じていく姿もまた面白い。

 キャシディは、これはすぐに解決できそうだと思う事件は自分が担当するといきまき、あさってな推理で犯人を見つけたりするが、フロストは担当如何は関係なく、自分が疑問に思うことはとにかく調べてみる。結果、フロストによって真犯人が見つかったり、事件の全容がわかったりするのだが、キャシディにとってそれは、あくまでも自分の手柄だったりする。

 フロストの前に事件はいっこうに解決する兆しがなく、体も精神も疲れ果てていくばかり。これで、本当に事件は解決するのかという気がかりと、今度はなにをやらかしてくれるのだろうという興味もあいまって、のべ 900 ページあまりもあるというのに、ついついページを繰る手が止まらなくなる。

 そして、最後の大一番では、時間も忘れてつい読みふけってしまう。おおいに笑わせてくれて、ちょっと泣かせてくれて、ついついエールを送ってしまう。フロストにわが身を重ね合わせるなんて人も、あるいは少なくないのかもしれない。

 二年前に翻訳が出版された本書「フロスト気質( Hard Frost )」。まさにフロストのハードな数日間。早く読みたいと思いつつ、今頃になってしまったのだけれど、いま思うともっと先でもよかったのかもしれない。解説によれば、著者ウィングフィールドはすでに亡くなってしまい、残されたフロストの未訳はたった二作となってしまった。愛すべきフロストの活躍を早く読みたい気持ちと、もう少し焦らしてくれてもいいよという気持ちと。

 以前、フロストシリーズを読み始めたときに、すでに読んでいた友人が、「これから読めるなんていいなあ」といっていたのを思い出す。フロストというユニークなキャラクターとこれから出会える人は、本当にしあわせだ。もちろん、すでに読んでしまっていても、幸せな時間をすごしたことには変わりないのだけれどね。

 最後に、これほどまでに見事なフロストを日本語で描き出してくれた、訳者の芹澤恵さんに感謝です。


 ご他聞にもれず、カバーが変わってしまっている。昔のほうが好きだったなあ。

4150103178人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)
シオドア・スタージョン 矢野 徹
早川書房 1978-10

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メモ:不思議な数列フィボナッチの秘密

4822284344不思議な数列フィボナッチの秘密
アルフレッド・S・ポザマンティエ、イングマル・レーマン 松浦俊輔
日経BP社 2010-08-05

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 メモ。

 PC-BSD7 がフィボナッチエディションだったと思うというのは余談。

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プラゴミの略称が誤解を生む

 俗にプラゴミと略称されることが多いけれど、正しくは「プラスチック製容器・包装ゴミ」のリサイクルであって、あくまでも容器・包装資材としてのプラスチックのこと。プラスチック製なら製品そのものであってもよいというわけではない。

 けれど、導入からすでに数年はたっているかと思うのだけれど、なかなかこれが理解浸透されないようで、製品そのものを出す人がいるんだよね。で、回収されずに残るという。

 日本人の大好きな省略が誤解を生むもとになっているんじゃなかろうか。プラゴミといわれたら、もはや”容器”とか”包装”とかいうイメージはまったくなくなってしまうから。

 というか、いっそ製品もひっくるめてプラスチックはリサイクルにすれば、こんな問題は起きないのにとも思ったり。容器・包装の材質と製品のそれとは材質が違うってことでもないだろうに。そもそも、容器・包装にしてもさまざまな材質が混在しているわけだから。製品になっているものはリサイクルの対象ではないが、容器・包装に使われていたらリサイクルの対象となるというのは、なんとも理不尽。

 もちろん、それが、容器・包装リサイクル法という限定された法律に基づくからなのだろうけれど、どうしてこういう無為なことをしてしまうのだろう。

 容器・包装だけ、なんていうのを徹底しようとしても、この分だとなかなか浸透しそうにないので、早いところ製品も含めてプラスチックのゴミとしてまとめてもらったほうが、むしろ効率がよいのではないのか、とも思うのですが。どうなんでしょうね。

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ブラック・ウィドワーズ

 しばらく前になってしまったけれど、まずは arton さんが「黒後家蜘蛛の会5」をメモされていて、新刊が今頃出たのだろうか? と思ったら、そういうわけではなくて、面白そうだなと思われたようだったのだった。で、確認のためにダンボール箱をごそごそすると5冊でてきた。確かにすでに読んではいるようだった。とはいえ、逐一それぞれを覚えているわけではないのだけれど。

 そうこうしていたら、藤岡さんも書かれていたりして、やっぱり黒後家蜘蛛の会はいいよねえ、と。

 この短編の面白いところは、なんといってもキャラクターの面白さ。ゲストにとっては単なる給仕でしかないように見えていたヘンリーこそが、会の一番の知恵者だったりするあたり。

 そもそも殺人などは一切ないというのもいい。毎回ゲストを呼んで、身近に起きた不思議な話をしてもらい、その謎解きを楽しもうという趣向。よって基本的に殺人事件とか、警察沙汰になるような事件はないというのが、素直に推理に集中できるところ。ただ、なかには日本人にはなじみのないネタもあるので、そうした話はいまひとつ楽しめないけれど。

 メンバーひとりひとりの造形が楽しいのもあって、すいすいと読み進めてしまうし。最後はかならずヘンリーが控えめながらも謎解きしてしまうのもいい感じで。いくつもの可能性をメンバーが排除してくれたから残りを考えただけといった奥ゆかしさが、なんともにくいところ。

 短編なので手軽に読めて、ちょっとした退屈しのぎにはうってつけ。 さながらパズルを解くような、軽めのミステリ短編をお望みなら、間違いなくお薦め。


4488167012黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)
アイザック・アシモフ 池 央耿
東京創元社 1976-12

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4488167020黒後家蜘蛛の会 2 (創元推理文庫 167-2)
アイザック・アシモフ 池 央耿
東京創元社 1978-07

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4488167039黒後家蜘蛛の会 3 (創元推理文庫 167-3)
アイザック・アシモフ 池 央耿
東京創元社 1981-02

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4488167055黒後家蜘蛛の会 (4) (創元推理文庫 (167‐5))
アイザック・アシモフ 池 央耿
東京創元社 1985-11

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448816708X黒後家蜘蛛の会〈5〉 (創元推理文庫)
アイザック アシモフ Isaac Asimov 池 央耿
東京創元社 1990-10

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 同じアシモフ・ミステリでも「象牙の塔の殺人」「ユニオン・クラブ綺談」はあわなかったなあ。

4488167063象牙の塔の殺人 (創元推理文庫)
アイザック アシモフ 池 央耿
東京創元社 1988-02

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4488167071ユニオン・クラブ綺談 (創元推理文庫)
アイザック アシモフ 池 央耿
東京創元社 1989-07

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三日戦争

 8/13 夜放送だった NHK 「もしも明日 葬式」の録画をようやく見る。ちょうど一年あまりまえに、まさに当事者の中にいたのもあって。なんだか、亡くなったとなると、さあ急いであれやってこれやってと追いまくられるのは、ある意味葬祭業者の陰謀じゃないかと思いたくもなるくらいに。まあ、そうとばかりはいえないものの、あちらも商売だから、あながち間違いというわけでもないはず(こまごましたところはやっておきますからという感じで、ちょこちょこと積算されていくし)。

 とはいえ、事前にもしも死んだらということを考えている人はやはりわずかなので、大半は亡くなってみて「さて、どうする」といきなり直面して、結局業者におまかせという形になるわけで。それはそれで、楽な面もあるし、忙しさにまぎれていられるというのもある種の昇華作業なのかもしれない。

 中尾彬さんがいっていたけれど、まさに葬式とは故人のためのものではなくて、残された者の気持ちの整理をつけるための作業で、そこには世間並みにといった見栄とかも当然入ってきていて、なにやらわけのわからないパターン化された形式だけを重んじるような感じに。

 もちろん、亡くなってしまったのだから、残ったもののことを考えるのは当然でもあるし、それはそれで決して悪いわけでも、間違いでもないとは思う。ただ、一様にこうでなければならないという固定観念はそろそろはずしてもよいのではないかとは思う。なにより、あわただしいだけで、心行くまでおわかれができた気がしないということも家族にはあるんじゃないかとも思うし。

 その意味では、やはり自分自身はもちろんのこと、家族の葬儀に対する思いというのも理解しておく必要とか、考えておく必要ってのはあるのではないかなと。そして、第一義に優先されるべきは、故人の意向。もう死んでしまってわからないんだから、別にいいじゃないかというのは、あまりに愛のない行為にも思うし。その上で、残された家族や、友人・知人のことを考慮するってことだろうか。

 仮に、ひとまず葬儀は家族など近い人だけで、ゆっくりじっくり過ごしたいというのでもよいし、現行のようにするのでもよいだろうし。家族だけで済ませた場合でも、ある程度時間をおいた後に、友人・知人などを招いてお別れ会を開くということがあってよいだろうし。

 少なくとも、業者まかせであくせくして、なんだかわからないけれど、ものすごくお金がかかった、という葬儀だけをよしとする考え方はあらためてもよいのかもしれないと。

 生まれ方は本人が選ぶことなんてできないのだから、死に方くらいは本人があれこれ考えてもよいのではないかと。費用の問題もあるけれど、どう死ぬかは、どう生きるかの延長上にあるということを、あらためて考えてみたいなと思った次第。

#ちなみに、NHK では「番組たまご」と称してこの番組やほかを放送されているようだけれど、反響がよくてもレギュラー化しないほうがよいと思う。この手の番組は、むしろ半年に一度くらいの長いスパンでじっくり作り、たまに放送してもらうのが一番よいと思う。

#でないと、「ブラタモリ」のような失敗の二の舞をすることになる。(また、レギュラー化するらしいけれど)


多分、末期的な病気にかかることの有利な点は、どう死ぬかを計画できることにあるのでしょう。

(「よく死ぬことは、よく生きることだ」P.29)

どの時代に生きても、完全な人生というものはないし、また同時に完全な死というものもなくて、平凡な表現ですが、与えられた環境でベストを尽くすしかないのだということです。

(「よく死ぬことは、よく生きることだ」P.42)


[ よく死ぬことは、よく生きることだ: つらつらぐさ ]

4167461048よく死ぬことは、よく生きることだ (文春文庫)
千葉 敦子
文藝春秋 1990-02

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 不要の意見も、

4344981588葬式は、要らない (幻冬舎新書)
島田 裕巳
幻冬舎 2010-01-28

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 必要の意見も、

4575153532葬式は必要! (双葉新書)
一条 真也
双葉社 2010-04-20

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 こうしたものの活用も手軽だよね。

4072649058幸せのエンディングノート
主婦の友社
主婦の友社 2009-03-05

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小さいテレビを買った

 アナログ波の終わりまで一年弱となったのもあり、ブラウン管テレビはまだまだ健在ではあったものの、ちょうど値段的にも頃合がよかったので、小さなテレビを買った。20V 型なので、世間的には小さなテレビ。とはいえ、ひとりで見る分にはさほど困らないし、一応これまでのブラウン管よりは高さ的にも大きい。そもそも液晶テレビの類は、推奨される視聴距離がブラウン管に比べて近いので、大勢で囲むのでなければ、正直このくらいでもあまり不満はないかなと。

 省エネの比率で言ったら、大画面のほうがあるいは大きいのかもしれないけれど、絶対的な消費電力の差までは逆転してないし。

 確かに画面はきれいかもしれないけれど、言ってみれば解像度がこれまでのおよそ倍になったのだから、きれいでなくちゃ困るし、それを比較されてもかわいそうな気もする。そもそも、アナログのときに画質が粗くて不満だったというほどでもないし。

 しかし、デジタルテレビってのは、もはやテレビでなくて PC なんだと思い知ったのが、一番の衝撃かも。BSD ライセンスをマニュアルのなかに見ることになろうとは、思いもよらず。

 唯一、この機種の不満をいえば、画面の明るさなどを落として省エネしてくれる「セーブモード」というボタンがあるのだけれど、これがデフォルトでオンにできないこと。本体電源を落としたらリセットされるくらいなら、まだ許せるが、リモコンで電源を落としてもリセットされるし、はては設定画面を出して戻ってくるともうリセットされているというのはどうかと。こんなものはデフォルトでオンにできるように設定されていてもいいのではないか。

 いちいちテレビをつけるたびに押さなくてはならない日々。ソフトウェアの更新で是非対応して欲しいなあ。

 買ったときに、たまたま同タイプでムーブセンサーがついたこちらが安かったので、こちらを買ったのだけれど、ムーブセンサーそのものはなくてもよかった。きちんと認識はしているようだけれど。少なくとも設定で「1分」を選んではいけない。そのくらいの静止状態は頻繁におきるので、やたらと反応されて、”音声だけにするよ”メッセージがでてきてうっとうしいことになる。

 しかし、たまたまたださんがソフトバンクのアンケートでもらったというのが、ムーブセンサーなしのタイプだったのでちょっとびっくり。

 ひとりで使うとか、小さなテレビを探しているというのであれば、価格的にも仕様的にも(安い代わりに地上デジタル専用のものも多い)文句なしの一台かなと思う。

#もっとも BS は契約してないし、アンテナもないので、そもそも見る予定は今のところないのだけれど。

B003A8R52A【エコポイント対象商品】 SHARP AQUOS 20V型 地上・BS・110度CSデジタルハイビジョン液晶テレビ レッド系 LC-20DE7-R
シャープ 2010-03-10

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MOディスクをバックアップした

 ふと思い出したのだった。かつては MO ディスクにバックアップをとっていたのだったなあと。で、それらのあるものは、ほかにはバックアップされてなかったような気がすると。ノート PC をメインに使ってしまうようになると、手持ちの SCSI 接続の MO ドライブはとりあえずすぐにはつなげないので、このあたりで DVD あたりにもバックアップをとっておくべきかということで実行することに。なんだか、バックアップのバックアップという感じ。

 しばらくぶりにデスクトップに SCSI カードをさして、MO ドライブをつないで、まずはすべてのディスクをコピーして、その後 DVD に。ちょっと容量がもったいない気がして、実のところまだ DVD にはしてないけれど。とはいえ、EPSON の PC-98 互換機のシステムバックアップなんて、もうそうそう使うことはないのだろうなあとは思う。マシンそのものはあるし、壊れたわけではないので、まだ動作はするはずではあるけれど、Windows 環境ではないとはいえエミュレータ環境も整っているとなれば、いまさら実機を使うということはまずないとは思う。

 エミュレータで Windows がまともに動作するとなれば、使うこともあるかもしれないが、それすらもいまさら感は強いし。

 ある種、記念としてというところかも。いや、システム以外のディスクもいろいろあるわけだけれど。

 ただ、唯一の Mac フォーマットのディスクが読めないのが悔やまれるなあ。たぶん、データはすでにコピーしてあるとは思うのだけれど。

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HIROSHIMA REPORT

 もうひとつ NHK からみで。8 月 6 日放送の NHK スペシャル「封印された原爆報告書」を録画しておいて見た。ここにも日本陸軍の悪が見えて、なんとも腹立たしい。

 広島の原爆投下直後から、陸軍の医師らが広島にはいり、被爆者の調査をはじめていて、しかし、それは被爆者を治療するためではなく、原爆による被害の詳細な継続調査記録をアメリカに提供するためであったと。治療はされずに死に行くさまや、病態の変化を克明に記録することが目的で、生き延びた人の証言として「モルモットだった」といったことが話されていた。

 陸軍はすでに敗戦を確信していたのか、アメリカとしてもはじめて実戦使用した原爆の影響を詳細に知りたいはずだから、この記録は有効な切り札になると考えていたという。それを渡すことと引き換えに、敗戦後の交渉を少しでも有利にという腹積もりがあったのだとか。

 そして、それらの記録はすべて英訳されてアメリカに渡され、どうやら国内には残されていないらしい。

 原爆の爆心地からの距離に応じた効果を調べるのに使われたのは、小中学校の生徒たち。まとまった人数が一箇所にいたことから被害の大きさの変化を知るのに最適ということで使われたらしい。距離に応じて死者が何名、重症が何名と記された記録から、比率を表すグラフが作られていた。

 応援としてやってきた医学生が、強く残っている放射線によって二次被爆したことを知った高官が詳細な日記を書くようにと命じ、それもまた英訳されてアメリカに渡されていた。戦後、日本政府は一貫してこうした”入市被爆”は存在しないとして、被爆者として認定してこなかったらしい。たとえ、その資料はアメリカにしか存在しないので、知りえなかった事実としても、ではチェルノブイリにいまだに人が入れないようになっているのはなぜなのかとか、誰が考えてもわかるようなことが認められていなかったというのは、あまりに無責任というか。

 いかに日本陸軍が国民のことなど考えず、みずからの保身ばかりを考えていたのかと。さながら、それは、今の政治化が議員に当選し続けることに汲々として政治をしようとしないことと重なって見えたりもする。戦後 65 年がたった今も、ひょっとしたらこの国は本質的にはなにも変わっていないのではないか、と思ってしまったりもする。

 この番組に先立って放送された、吉永小百合さんの原爆詩を朗読する活動をまじえた番組での被爆者の悲痛の叫びと、この悲劇を世界にきちんと広めなくてはと活動されている人々とのギャップが、余計に憤りを強くするなあ。

 この国の戦後は、まだ終わってないのかもしれない。

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ナオミ

 NHK 教育の「こだわり人物伝」で、登山家・冒険家の植村直己さんを取り上げているので、見ている。よく知られている部分もあるものの、友人・知人へのインタビューなどもあって、そのころの姿を伝えてくれていて、なかなか興味深い。

 「青春を山に賭けて」を読んで、自身登山家になる道に進んだという野口健さんが、語り手をつとめていて、やはり実際に同じ山に登った経験のある人の話だけに、よく伝わってくる。わたしが読んだのは、映画「植村直己物語」を見たころだったろうか。不器用だけれど、ひたむきに歩き続ける姿に頭が下がる思いだったし、今でもそれは変わらないか。

 今は比較的そうでもないけれど、昔はレールからはずれた生き方をしようと思ったら、なにかと大変だったし、世間の目というのもあまりに冷たかった。まあ、今だってそうでないとは言い切れないものの、時代の中でそういう選択をするのは、勇気のいることだったのは確かだろうなと。

 たまに”おや”と思う人を紹介していたりするので、あなどれない番組なんだよね。

4141895504NHKこだわり人物伝 2010年8-9月 (知楽遊学シリーズ/水曜日)
野口 健 日本放送協会
日本放送出版協会 2010-07-24

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 あら、新版になっている。

4167178060青春を山に賭けて (文春文庫)
植村 直己
文藝春秋 2008-07-10

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 うーむ、二見書房版はもうないのか。そして、ヤマケイのもほぼ絶版状態か? 元祖、単独行といえばなんだけどなあ。

4635047040新編・単独行 (yama‐kei classics)
加藤 文太郎
山と溪谷社 2000-04

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 この映画も壮絶な現地ロケだけに、迫力あったなあ。できればスクリーンで見たい映画のひとつ。

B0000ZP4VU植村直己物語 [DVD]
植村直己
アミューズソフト販売 2004-01-23

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電池の処分は難しい

 [ 電池::ときどきの雑記帖 めぐりあい電脳空間篇 ]

交換した古い電池どう処分すればいいんだろう? 乾電池ならばわかるんですが。

 最近は電池の処分がなかなか面倒になっていたりするのですよね。以前いろいろ調べたのでした。(で、書こうと思いつつ忘れている)

 携帯電話関係であれば、基本はキャリアの店に持ち込む、でよいかと思うのですが、他社のものでも受け付けてくれたりもするようです。そうではなくて、充電池を処分となると、「小型充電式電池リサイクルBOX」設置場所を探して、そこに出すということになるかと。

 [ ///JBRC.com ]

 ただし、地域によってはごく限られた場所にしかリサイクルBOXが設置されてなくて、なかなか厳しい状況だったりします。

 通常、行政で回収してくれるのは乾電池のみで、ボタン電池はまた別。これも専用の回収ボックスが家電量販店などに置かれていたりするのですが、こちらも設置されているところが流動的。販売している店では回収も必ずやってくれたらよいのですが、そうでもないらしいのが困りもの。

 [ 社団法人電池工業会 - ボタン電池回収サイト ]

 いずれの場合もテープなどで絶縁してから回収にだしましょう。

 総合的には以下で、
 社団法人電池工業会


#おかげさまで、書けました。ありがとうございます。と、誰になく。

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攻め落としても大丈夫です

Seiha_koujyodan


 河野さんからステッカーを送ってもらった。制覇プロジェクト第一弾としての「攻城団」。というか、もともとが攻城団と名づけて城めぐりをはじめたのが、そもそもだったわけではあるよね。

 なんだかちょっとかっこいいステッカーになったので、うれしい。特製名刺は将来価値がでるかもw

 というか、エイトマンの切手が一番感動的だったりするわけですが。

 城がきらいってわけではないけれど、たぶん制覇するほど回ることは無理だなあと思うので、ベータにも参加してないんですが、うまい形で運営できると面白いサービスになりそうだよねとは思っているのです。

 とりあえずはお城からですが、気になった方はぜひぜひ使ってみてくださいませ。

 [ ハブメディアを作る二人の闘い — 株式会社SEIHAへの道 ]

 [ 攻城団ブログ ]


追記:08/10
 そうそう、どういうことをしたいから始めたのだというのは、河野さんのこの声を聞くとよくわかる。
 [ データベースではなく、コミュニティを作りたい::smashmedia ]

おまけ:
 攻城はいいけど、荒城は駄目よ。


 性懲りもなく・・・

4006030053ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
リチャード P. ファインマン Richard P. Feynman
岩波書店 2000-01

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特捜神話の終焉


4864100314特捜神話の終焉
郷原 信郎
飛鳥新社 2010-07-22

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 昨今、数十年も前の事件に関して再審が行われた結果、無罪判決が出されたり、国会議員である小沢一郎氏にかかわる金銭の疑惑であったりとかから、警察や検察の捜査といったものに対していろいろ考えさせられるなかで、近年、検察特捜部によって逮捕・起訴され、確定・未確定を含めて有罪とされた三人との対談をまとめたもの。

 とはいえ、こうした本の場合には、映画「ザ・コーヴ」の例を出すまでもなく、著者側の恣意的なメッセージが唯一無二の正義であるかのように示されてしまうことが、少なくないということは抑えておかなくてはならない。それは、本書の内容が間違っているということではなく、あくまでもどちらかといえば、対立する側の一方的な主張が語られているに過ぎないわけで、いわば、裁判で弁護側の主張がされているのを聞いているだけという状況にすぎない。

 それだけを聞いていれば、なるほどと、なんとなく納得してしまうのだけれど、仮にそれが本当に正しい主張だったとしても、別の見方というのはないのか、本当にそういうものなのかというところを疑う姿勢は持つべき。特に、自分にその主張している内容についての詳しい知識や理解がない場合には。

 その意味では、一人目の堀江貴文氏にしても、二人目の細野裕二氏にしても、自分たちはなにも間違ったことはしてないのに、検察が莫迦で正しい知識を持ち合わせておらず、不当に逮捕された被害者でしかない、という主張が語られるのが大半なので、さほど目新さも面白さもない。もちろん、おふたりが主張されることが間違いだというつもりではなくて、わたしにはそうした知識がないので、それをもってして判断することは軽々にできないということ。

 ただ、検察が「自分たちは法律のプロであり、どんな法令であろうとすべて熟知しており、間違いはないのだ」と思っている、という意見には、昨今の事件報道などを目にするなかでも、そういう思い上がりのようなものはあるのだろうなと思ってしまう。そして、それは検察だけにとどまらず、官僚であったり、はたまた政治家であったりと、権力を持っていたり、エリートと呼ばれる集団にはつきものといってよいのかもしれないというところでは。

細野:(略)立場が人間を作るということです。立場が人間の思考や精神まで支配してしまっているわけです。

(P.169)

細野:(略)たとえば、「いや、ちょっと数字が苦手なんですけれどもね」という方がいたとします。事実そうであって、本人もそれを認識しているのであれば、学ぼうとするでしょう。話を聞こうとするでしょう。「簿記で考えると、どうなんでしょうか」と虚心坦懐に聞こうとするはずです。ところが、自分には苦手なものがない、自分こそ正義だと思っている人は、そうは考えません。

(P.173)

 とまあ、そのあたりは正直なところ本書では前座みたいなもので、もっとも面白みもあって核となるのは、三人目の佐藤優氏との対談。本当はここだけでもよかったのではないかというくらい。外務省のラスプーチンと呼ばれた佐藤氏の話は、検察批判というよりは、むしろ検察への応援歌というあたりが小気味よい。

 自らの裁判に関しての話は少なくともここには出てこない。有罪が確立してしまっている事案だからというのもあるのだろうけれど、今の検察システムにおいては、どうしようもないというところを指摘することからはじまる。検察のなにが問題で、それは本来どうあるべきだったのか。ことは検察だけではなく、みずからが携わっていた外務官僚などにも同様の問題があるのだと指摘。専門莫迦ともいえる実態を語っているあたりが興味深い。もちろん、専門莫迦ではない方々もまた、多くいらっしゃるのだろうとは思うし、そうであって欲しいとは思うけれど、今の社会を見るにつけ、間違いとばかりはいえないというのはまた確かなところかと。

 先ごろ行われた、大型連休を地域別に分散して取得するという案に対しての一般意見を募集したところ、七割弱がやめるべきという意見であったのを受けて、「もっと丁寧に説明しなくてはならない」と言っているあたりにも、端的に現れているのでは。

 さらに、佐藤氏との対談では、この春の小沢氏をめぐる動きであるとか、普天間基地移設問題、参議院選挙を見据えた政界の今後など、結果としてでてしまった今読んでも、なかなかに面白い話題を提供してくれている。

佐藤:(略)私は鳩山さんの当初の腹案の中身は先日放映された「クローズアップ現代」(NHK/2010年4月1日放映)に大きなヒントがあると思うんです。なんで急に鹿児島県の徳之島特集なんか放映するのですか。

(P.247)

佐藤:(略)外務省で早い帰りっていうのは終電で帰ることですよ。だいたい仕事しているといわれている部局って午前二時ですね。ところが朝は九時半くらいまでに来ないといけないのに10時ぐらいに来て、午後一時くらいまでお茶飲んでいるんですよ、みんな。ぼんやりと新聞読んで、頭の中、回るはずないから。

(P.256)

佐藤:そう思います。まだ検察官も、多くの国民も気がついていないけれども、たとえば民主党は武器輸出三原則を緩和しようとしています。武器輸出で生まれる利権です。基本的に武器の値段がどうなっているかなんて分かりません。第三国に売却する場合は、実際に兵器の値段はありません。兵器の販売に伴う利権、そこでのキックバックはかなり大きなものになります。これは典型的な話でしょう。

(P.265-266)

 検察という組織がこれほどいい加減で駄目なのだと、批判ばかりしていたのが、中盤までのふたりとの対談。最後は、検察の実態はこうであるけれど、検察の機能そのものは必要なもので、なんとかこれは正していかなくてはいけないのだという話が展開される。本来あるべき姿に戻れと。

佐藤:でも、僕はそういう社会になってほしくないと言っているんですよ。政治権力が巨大化し、民主党が力を持ち続けるこれからの世の中にこそ、検察の社会的機能は重要だと考えています。

(P.267)

 ただ、佐藤氏が予測したような選挙結果にならなかったし、民主党が悪であるというわけでもない。まさかなれると思ってなかったのに、あまりにも勝ちすぎてしまって政権を握ってしまったため、勝手がわからず、ぎくしゃくした運営しかできない、というのが実態であろうし、さりとて、すぐに自民党政権時代に戻りたいという国民はそう多くないのもまた事実。

 検察のみならず、政治家も、官僚も、国家の上に立つ人々すべてに、本来の役割を果たせということなのかもしれない。

 他のお二方には大変申し訳ないけれど、佐藤氏との対談を読むことにこそ価値がある一冊。



特捜神話の終焉
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Cygwin+tDiaryにnamazuを追加

 Cygwin 上で tDiary を使っているのだけれど、常々検索できなくて不便に思っていたのだった。暫定的には月ごとのページを開いてブラウザのページ検索を使えばできたけれど、やはり不便。ということで、namazu を導入することにした。ほとんどは、むとうさんとこを参照して。

 [ XREA + tDiary + Namazu::よたらぼ 保管庫 ]

 namazu のサイトを確認すると、ひとまず Perl はバージョンがクリアできていた。nkf はないので、インストール。GNU gettext もいれておく。namazu と kakashi を落として、手順に従ってインストール。で、やっぱり File::MMagic が古いとか言われるので、手順に従って更新。なんだかんだで結構時間がかかった(gettext が一時間あまりかかったような)。たしか、--with-libintl-prefix オプションも使って namazu はインストールしたような記憶。

 /virtual/((*hoge*))/ の部分は、/home/(ユーザー名)/ に読み替える。tDiary の設定画面への追加も /namazu/namazu.cgi ではなくて、/~(ユーザー名)/ を頭に追加して。

 インデックス作成のときに失敗したのが、Cygwin の環境変数などの設定を怠っていたこと。tDiary 専用にしか使ってなかったのがあだになった感じ。ということで、LANG など設定してから作成したらきちんと作ってくれるようになった。当初、あっという間にインデックス作成が完了して、ちっともヒットしないという状況になったのだった。今現在作成すると 1 ファイルあたり 1 分ほどかかって処理している。ということで、過去の日記が膨大にあるときに、一気にインデックス作成しようとすると、とんでもないことになってしまう。およそ 6 年分あったのだけれど、概算で 30 時間あまりはかかる計算で、とても連続してはちょっとやりたくないなあということで、分散して作成しているところ。もっと早くに導入するのだったか。

 ということで、地道に小分けに作成するということで。ゆえに使用感はまだ、しばらく先の話。

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予習

 気がつけば今月下旬には Ruby会議2010 という。うっかりしていて、きちんとプログラムをまだ確認してないのだけれど、今年は「週刊るびま」が刊行されているので、それも参考にしつつ。

 arton さんが案内を出されていたので、事前に予習というか準備しておこう。ちょっと興味はあったのだよね。ただ、VC++ の使い方がよくわかっていないという問題が。ということでちょうどよい機会なので。

 まだ日があるな、などと思っているとあっという間だったりするので、早めに用意しておかなくては。

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E

 古い 505 。寒くても、暑くても、あるいはなんでもないような時でも、電源が入らなかったり、使っているとふいに電源が落ちてしまったり、とあまりにも恐ろしい状況で使用していたのもあって、さらには、メインに使っているデスクトップにしても、もはや Windows7 での運用は無理なスペックなので、予備の XP マシンにとどめるくらいにして、いよいよ新しく買わなくてはと思っていたので、ようやく購入した(なんか、長い)。505 はもとよりテキスト書くくらいにしか使っていなかったとはいえ、思いついたことを書いたり、家計簿つけたり、Ruby のスクリプト書いたりには重宝していたものの、いくらなんでも 64MB のメモリは不便すぎたし。

 ということで、あれこれして日常的にとくに不便なく使えるようになっている。二年くらいまえからあれこれ検討していたのだけれど、カスタマイズの柔軟さとかもろもろを見て、VAIO のオーナーメードが気に入ったので、そちらで購入。というか、そっちにしかない E の 14 型なので。

 画面がちょっと小さめ(とはいえ、十分広いけど)で、テンキーがないとかの差はあるものの、むしろ価格も安くできるし、ほどほどという感じ。今後また 10 年くらいは使いたいので GPU も普及品的なものらしいけれど載せたし。おかげで、解像度があがったので、これまでデスクトップで使っていたモニターよりも実寸は小さいのに、あまり遜色ない印象で使えている。くっきりしているためか、小さい文字の視認性もよいし。

 横長の画面はどうかとも思ったけれど、擬似的な二画面みたいに左右に配置して使うこともできて、まずまず便利かもと思うようになった。

 VAIO としてはもっとも安いタイプなのだけれど、よほどスペックにこだわりがなければ、特に困るような使い勝手ではないなと。まあ、やや貧相なつくりに見える部分もなくはないですが、価格を思えば。なによりもかつての 505 の半値以下で買えるとはありがたいことです。

 64bit OS になったことで、プリンタが使えなくなったとか、いろいろ不便なことも発生したものの、もろもろの環境としては快適になったなあと、あらためて実感。いや、これまでが貧弱すぎたというのはあるのだけれど。いずれ、メモリや HDD については増設、交換を検討するということで。

 バリバリの高機能を求めるってわけでもないのであれば、価格との折り合いでもなかなか魅力的な PC かも。economy な E は結構いいかも、などと。


 店舗販売されているのは、15.1 型モデル

B0038O2FEOソニー(VAIO) VAIO Eシリーズ EB18 Win7HomePremium 64bit Office ブラック VPCEB18FJ/B
ソニー 2010-02-27

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 キーボードウェアがあるとほこりが入らずにいいかなあとも思うのだけれど、やや価格が。15.1 型を流用はできないし。オーナーメード限定なので、ほかでは買えないし。うーむ。

B0038O2FD0ソニー(VAIO) Eシリーズ用キーボードウエア バイオレット VGP-KBV3/V
ソニー 2010-03-06

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