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フロスト気質


448829104Xフロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)
R.D. ウィングフィールド 訳:芹澤 恵
東京創元社 2008-07

by G-Tools

4488291058フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)
R.D. ウィングフィールド 訳:芹澤 恵
東京創元社 2008-07

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 「白痴たちがかわいそうだ。泣いてしまう」と書いたのは、吾妻ひでおだった。昔むかしの SF マガジンの特集号かなにかで、お薦めの一冊といった感じの小さな囲みコラムをいろいろな方が書いているなかのひとつだったかと思う。作品はスタージョンの「人間以上」。ミュータントの悲哀を描いた名作で、確かに涙なしでは読めない。

 フロストシリーズも巻を追うごとに物語は長くなり、数多くの事件が起き、フロストへの署長の風当たりもどんどん強くなる。不測の事態で臨時に応援にやってきた、かつてデントン署にいたキャシディが、抜け目なく手柄を独り占めしては署長に取り入るので、なおのことフロストへの覚えは悪くなるばかり。

 にもかかわらず、冗談で悪態はつくものの、正面切って署長へ不満を表すことのないフロストが、なんとも不憫でかわいそうになってしまう。「フロストの能力をもっときちんと見てやれよ」とか、「あんたはもっと怒っていいよ、フロスト」とか思いつつ読み進めることになる。

 幼い子供に針状のものでちくりと刺していくという事件が頻発するなかで、行方不明の子供の捜索がされる。ついに発見されたかと思ったそれは、最悪なことに無残な遺体であったのだが、はからずもそれは別人で、事件はさらに混迷を増す。行方不明の少年の捜索が大規模に行われるなかで、さらに事件は休んでくれない。15 歳の少女の誘拐事件、死後数ヶ月はたったと思われる腐乱死体の発見(もちろん殺害されたと思しき)、内装工事を請け負う男の幼い子供三人が殺害され、その妻が行方不明になったりと、本来休暇中であったはずのフロストにあれもこれもと事件がふりかかる。

 その中で、老女がずいぶん前の盗難事件で被害にあった、夫の勲章だけはなんとか取り戻せないかと署にやってきたり、キャシディはデントン署に在籍中に起きた自らの娘がひき逃げにあった事件が未解決なことに対するいらだちをフロストにぶつけ続ける。あれやこれやとこまかな雑事がさらに疲れた脳みそをゆさぶり続ける。

 いったい全体眠っているのか? 食事は多少なりとも摂っているのかと心配になるほどの働きぶり。でも、マレット署長はおかまいなしだ。

 そんなフロストの魅力はなんといっても紆余曲折。いわゆる名探偵のように、ずばりと解決するなんてことはない。むしろ、現実的にはそれが普通なのかもしれないけれど、一見これだと見込んでも、すぐにそれはあっさりと撤回せざるをえなくなる。では、ボンクラなのかといえば、そうでもなく、頭脳明晰というわけではないものの、言ってみれば刑事の感に恵まれた人物といったところ。ここぞというときに発揮するひらめきと、なにより運にもいよいよというときには味方されるあたり。

 まあ、日ごろからついつい思ったことを素直に口に出してしまう憎めない性格にもよるのかもしれない。それも相手に合わせて、ときによってはオブラートに包みながらの。かわいくてセクシーなおねえちゃんと見てとれば、ついつい余計な妄想を働かせて捜査を一瞬忘れそうになるし、同行している警官にも、おしげもなくその情報をお披露目してくれる。

ベッドとのあいだの狭い空間に膝をつき、ベッドのしたをのぞき込んだ。何やら黄色っぽく、ふわふわした物体が落ちていた。ごく薄手の布地を、ごくごく控えめに使った、あまりにも丈の短い女物の寝巻。隠すべきところが透けてしまいそうなその生地には、官能を刺激する濃厚な香水の匂いが染みついていた。ジョンソンのベビーパウダーとは似ても似つかない匂いだった。フロストは、それを着たクー・シェンの姿を思い浮かべた。それからあの小柄で、しとやかで、いかにも従順そうで、見るからに抱き心地のよさそうな看護師を、眼のまえのダブルベッドに引っ張り込むところを思い浮かべて・・・・この家を訪れた本来の目的を忘れそうになった。

(上P.64)

 直後やってきた刑事のバートンが、空振りだったというと、フロストも収穫ゼロだと答える。こいつ以外は、と言って件の寝巻きをつまみあげてみせて。

 今回相棒をつとめるリズ・モード部長刑事相手にも、こうした会話はむけられ、時に顰蹙を買うが、次第に憎めないものを感じていく姿もまた面白い。

 キャシディは、これはすぐに解決できそうだと思う事件は自分が担当するといきまき、あさってな推理で犯人を見つけたりするが、フロストは担当如何は関係なく、自分が疑問に思うことはとにかく調べてみる。結果、フロストによって真犯人が見つかったり、事件の全容がわかったりするのだが、キャシディにとってそれは、あくまでも自分の手柄だったりする。

 フロストの前に事件はいっこうに解決する兆しがなく、体も精神も疲れ果てていくばかり。これで、本当に事件は解決するのかという気がかりと、今度はなにをやらかしてくれるのだろうという興味もあいまって、のべ 900 ページあまりもあるというのに、ついついページを繰る手が止まらなくなる。

 そして、最後の大一番では、時間も忘れてつい読みふけってしまう。おおいに笑わせてくれて、ちょっと泣かせてくれて、ついついエールを送ってしまう。フロストにわが身を重ね合わせるなんて人も、あるいは少なくないのかもしれない。

 二年前に翻訳が出版された本書「フロスト気質( Hard Frost )」。まさにフロストのハードな数日間。早く読みたいと思いつつ、今頃になってしまったのだけれど、いま思うともっと先でもよかったのかもしれない。解説によれば、著者ウィングフィールドはすでに亡くなってしまい、残されたフロストの未訳はたった二作となってしまった。愛すべきフロストの活躍を早く読みたい気持ちと、もう少し焦らしてくれてもいいよという気持ちと。

 以前、フロストシリーズを読み始めたときに、すでに読んでいた友人が、「これから読めるなんていいなあ」といっていたのを思い出す。フロストというユニークなキャラクターとこれから出会える人は、本当にしあわせだ。もちろん、すでに読んでしまっていても、幸せな時間をすごしたことには変わりないのだけれどね。

 最後に、これほどまでに見事なフロストを日本語で描き出してくれた、訳者の芹澤恵さんに感謝です。


 ご他聞にもれず、カバーが変わってしまっている。昔のほうが好きだったなあ。

4150103178人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)
シオドア・スタージョン 矢野 徹
早川書房 1978-10

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